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ヒダテン!ボイスドラマ

ヒダテン!ボイスドラマ

Ks(ケイ)、湯浅一敏、飛騨・高山観光コンベンション協会

飛騨高山を舞台にした珠玉のボイスドラマをお届けします。コミュニティFM Hit's FM(Hida Takayama Tele FM) で放送中の人気ラジオ番組! ヒダテン!のCV声優10名 が入れ替わりパーソナリティを務める「Hit’s Me Up!(ヒッツ・ミー・アップ!)」の中で放送されているボイスドラマです!ボイスドラマを通じて飛騨高山の魅力に触れてみてください! <番組の特徴> ・ 飛騨高山を舞台にしたボイスドラマを多数制作! これまでに100本以上の作品を発表し、地元の魅力を物語として発信 ・ 放送情報 放送局1: Hit's FM(Hida Takayama Tele FM) 放送時間:毎週金曜10:30-11:00/毎週土曜13:30-14:00 放送局2: FMらら(FMラインウェーブ株式会社) 放送時間:毎週金曜13:00-13:30 配信:Spotify、apple(iTune)ミュージック、amazonミュージック、YouTubeミュージック、CastboxなどのPodcastで番組とリンクして配信中! 飛騨高山の美しい風景とアニメ文化をつなぐ、唯一無二のラジオ番組! 「Hit’s Me Up!」を聴けば、新たなエンタメの扉が開きます!

172 - ボイスドラマ「101番目の提灯」
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  • 172 - ボイスドラマ「101番目の提灯」

    「君の灯りは、世界で一番綺麗な灯りになるんだ・・・」

    朝の高山濃飛バスセンター。5分間の缶コーヒーから始まった、届かないはずの恋。伝統の秋祭りの夜、100個の提灯の中で待つ彼のもとへ届いた奇跡とは・・・

    【ペルソナ】

    ・アカナ=(20歳/CV:米山伸伍)=古川の専門学校で木工や家具の技術を学ぶ

    ・萌々=(もも/22歳/CV:高松志帆)=高山駅前のリゾートホテルで働くホテリエ


    【シーン1/高山濃飛バスセンター(8月終わり)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(セミの声)

    「おはよう!今日もきれいだね!」

    「もう〜、やめてよ。みんな見てるのに」

    「仕事がんばって!」

    「ありがと!アカナもね!」

    オレだけにわかるよう、

    小さくウィンクをして彼女は市街地へ駆けていく・・・

    ・・・・・なんて、あるわけないよなぁ〜!

    高山濃飛バスセンター。

    古川神岡線の降車場で、毎朝オレは妄想する。

    朝6時20分。

    古川駅前から高山濃飛バスセンターへやってくる始発のバス。彼女はいつもこのバスから降りてくる。

    残暑厳しい8月。少しだけ残っている夜の涼しさ。

    バスを降りた彼女は静かに歩き出す。肩のラインが綺麗な、白いサマードレス。風が吹くたび、裾のフリルが軽やかに揺れる。

    丁寧に編み込んでアップにした髪型。うなじのラインが美しい。

    あ・・

    心の中で声をかけようとしても、言葉がでない。

    ほんの一瞬、視線が動いてオレの方へ。

    口角が少しだけ上がったような気がした。

    オレの名前はアカナ。

    大新町(おおしんまち)1丁目に住む20歳(はたち)の学生。

    古川にある専門学校で、木工とか家具の技術を学んでいる。

    ホントは、からくりを作りたいんだ。

    関係ないけど。

    オレの乗るバスは6時40分。

    彼女に会うために、毎朝15分も早起きしてる。

    バカだよな。ったく。

    【シーン2/高山濃飛バスセンター(9月中旬)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(雨の声)

    9月の雨。

    アスファルトに跳ね返る雨の音。

    冷たい雨粒を見ながら、オレはいつものバスを待っている。

    手にはコンビニで買ったビニール傘。

    始発バスがロータリーに滑り込んできた。

    小さく水飛沫が上がる。

    タラップを降りる彼女は今日も美しい。

    チャコールグレーのボトムスに、白いブラウス。

    その上から、薄手のカーディガンを羽織っている。

    雨でもやっぱり綺麗だな・・・

    コンコースでバッグから折りたたみの傘を取り出す。

    ワインレッドの上品な生地。

    ボタンを押して開こうとしているみたい・・・だけど・・

    ん?

    どうかしたのかな?

    なにか引っかかって開かないようだ。

    道ゆく人は、気づかずに通り過ぎていく。

    オレは迷わず彼女の横へ。

    彼女に見えるように、手を差し出す。

    「え・・」

    「貸して。オレが開けてやるよ」

    「あ・・、だ、大丈夫です」

    一瞬オレをみたあと、すぐに視線を傘に戻して開こうとする。

    「あれ・・・なんでかなあ」

    「いいから貸して」

    「いえ・・」

    オレはなかば強引に彼女の手から傘をとりあげる。そのまま、力任せに開いた。

    すると・・・

    ▪️SE:傘の骨が折れる音「バキッ」

    「あ・・・」

    「ごっ、ごめんなさい!」

    「ぷっ・・・」(笑)

    傘は開いたけど、中の骨が折れて、飛び出している。

    彼女は鼻で笑ったあと・・・

    「ありがとうございます」

    そう言って、オレの手から傘をひったくった。

    「じゃ、急ぐので・・」

    「待って!」

    「なにか・・?」

    「これ・・オレの傘、使って」

    「結構です・・

    駅前のお店で傘を買うから」

    「そんなん、もったいない。

    いいからオレの傘持ってって。

    で、その傘はこっちへ。

    オレが直しとくから」

    「いえ、ホントに大丈夫ですから・・」

    「大丈夫じゃない。

    オレ、木工の学校行ってるんだ」

    「え・・」

    「そういうの直すの得意だから」

    「でも・・」

    彼女が言葉に詰まったのをみて、強引に壊れた傘を奪う。

    「あ・・」

    そのまま、自分の傘を彼女に押し付ける。

    「それじゃあなた、濡れちゃうじゃない・・」

    「明日、きっちり修理して渡すから」

    「待ってよ・・・」

    何か言おうとする彼女に背中を向けたまま手を降る。

    振り返らずに、ロータリーへ入ってきた古川神岡線に乗り込んだ。

    【シーン3/高山濃飛バスセンター(翌日)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)

    次の朝。

    いつもの時間にオレは緊張しながらバスを待っている。

    手には修復された折りたたみ傘。

    思ったより時間がかかっちまったな。

    てか、ほぼ徹夜・・・

    親骨(おやぼね)の関節部分が完全にひしゃげて、 

    かしめピンが弾け飛んでたんだよなあ。

    ペンチの先で、アルミ骨の歪みを、真っ直ぐに叩いて伸ばした。

    関節の破断部には、真鍮製の補修用スリーブを割り込ませる。

    でもって、新しいかしめピンを打ち込んでがっちり固定。

    仕上げは、防水ブチルテープを巻いて、雨水の浸入と金属疲労を防いだ。

    ・・・な〜んて彼女に説明しても、きっとうざったいからやめとこ。

    ほどなく、彼女の乗ったバス、古川神岡線が入ってくる。

    なんか・・ドキドキする・・・

    やんなるな、ったく。

    ああ、バスのスピードがやけに遅く感じる。

    ステップから降りてくる彼女の姿。

    まるでスローモーションをみているようだった。

    雨はやんでいるのに、手にはビニール傘。

    なんか・・・ピカピカじゃねえか?

    しかも・・

    「おはよう。昨日はありがとう」

    そう言って手渡したビニール傘には・・・なんだ?

    小さなリボンのシールって・・・

    「おかげで助かったわ」

    「あ・・そんな・・・」

    「じゃ・・」

    「ちょっと待って」

    「え?」

    「あの・・これ・・・」

    「なあに?」

    「傘、直しといたから・・・」

    「うそ!あんなボロボロになってたのに」

    「ボロボロって・・壊したのオレだし・・・」

    「ありがとう・・・あ、ちょっと待って」

    そう言って彼女は自販機の方へかけて行く。

    やがて缶コーヒーを2本手に持ってきて・・

    「はい。お礼に。

    ね、乗るのこのバスでしょ。古川神岡線」

    「あ・・はい・・・」

    「発車まで15分くらいあるよね?そこのベンチで少し話せる?」

    そう言って、彼女と過ごした15分。

    それは、20年の人生の全てを凝縮したような15分だった。

    彼女の名前は萌々、というらしい。

    高山市内のホテルで働くホテリエ。

    国府駅前から30分かけて高山濃飛バスセンターまで通っている。

    オレが古川の専門学校へ通っていることを話すと、

    「すれ違いの人生ね」

    と彼女は笑った。

    その屈託のない笑顔が眩しすぎて、

    オレはもう、恥ずかしいほど会話が続かなかった。

    やがて、彼女の乗ってきたバスが、2番乗り場へと入っていく。

    後ろ髪をひかれる思いでバスに乗りこむ。座るのはいつもの一番後ろの席。彼女はバスが見えなくなるまで手を振ってくれた。

    【シーン4/高山濃飛バスセンター(9月中旬〜下旬)】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)

    その日からオレたちは毎日、バス停で缶コーヒーを飲んで話をした。

    ホテルのお客さんは外国人が多いから、何ヶ国語も覚えなきゃいけないこと。

    ロビーには、飛騨古川や高山の『匠』が作った家具が置いてあること。

    毎日ピンヒールを履いて立ちっぱなしだから、

    いつも足首の後ろに絆創膏を貼っていること。

    彼女が困り眉をして口角を上げる。

    大変なんだな、ホテルウーマン、ホテリエって。

    オレも自分のことを話す。

    家は市街地の大新町1丁目だということ。八幡祭(はちまんまつり)の屋台組だけど、屋台は消失して台車しか残ってないこと。

    いつか消失した屋台を復活させたいこと。

    そのために、古川にある木工デザインの専門学校に通っていること。実は、からくりの勉強をしていること。

    萌々の傘を直したときもからくりのバネを応用したこと。

    萌々は興味深そうにオレの話を聞く。

    それは毎朝6時20分から40分までの、短くて甘美なひとときだった・・・

    10月に入ったある日・・・

    オレはホットの缶コーヒーを萌々に渡し、いつものようにベンチに座る。

    「さすがにもう、ホットだよね」

    暖かい缶をカイロのように胸に抱く。

    「そろそろ、コートかなあ」

    「あ、そうだ、これ」

    「なあに?」

    「プレゼント。やるよ。

    昨日実習で作ったんだ。ランタン」

    「わあ、かわいい!」

    「実はさ、これ、以前修理した傘の骨を再利用して作った。

    内側のアルミの受け骨は綺麗だったから。

    ほら、断面がU字の溝になってるだろ。

    中にエナメル線を通したらちょうどピッタリで・・」

    「(笑)よくわかんないけど嬉しい。ありがとうね」

    「夜、灯りをともしたらロマンティックだぜ。

    宵祭りの屋台に負けないくらい」

    「ああ、そっか。もうすぐ八幡祭(はちまんまつり)だよね。

    ホテルはどこも、半年前からほとんどいっぱいだわ。

    アタシも明日から遅番。深夜までのシフトよ。

    行きのバスも12時台だからしばらく会えないわね。

    アカナもお祭りの準備で忙しいんでしょ」

    「うん・・・まあな・・・でもさ・・・

    祭りの日・・・会わないか?」

    「無理よ。一年で一番忙しい日だもん」

    「その日はオレ、8時から神事だから、観光客とか少ない早朝に散歩しようぜ」

    「散歩?おじいちゃんみたい(笑)」

    「いや、冗談じゃなくて・・

    10分でも15分でも2人で歩きながら話したいんだ」

    「なにを?話なんて、ここでいつもしてるじゃない」

    「いや・・違くて・・・

    そのあと、神事が12時に終わるから、よかったらランチとか」

    「無理でしょ。どこも激混みだよ」


    ※続きは音声でお楽しみください。

    Fri, 09 Oct 2026 - 19min
  • 171 - ボイスドラマ「おおきなさくらのおひっこし」

    湖の底に沈んだふるさと。そして、生き続けた二本の桜。

    2024年、東京・渋谷。
    89歳の咲良のもとへ届いた一冊の絵本。

    『おおきなさくらのおひっこし』

    そこに描かれていたのは、70年以上前、ダム建設によって湖の底へ沈むことになった故郷・荘川村中野地区と、二本の大きな桜の物語でした・・・

    【ペルソナ】

    ・さくら=荘川桜の精(年齢不詳/CV:岩波あこ)=ストーリーテラー

    ・咲良=さくら(19-20歳/23歳/26歳/89歳/CV:岩波あこ)青年団所属で反対同盟の運動員

    ・昭一=しょういち/通称ショウ(年齢同上/CV:岩波あこ)咲良の幼馴染


    【プロローグ/2024年4月/東京渋谷】

    ▪️SE/玄関チャイム「お荷物です」

    2024年春。

    私の元に小さな小包が届いた。

    私の名前は、咲良。

    89歳。

    東京の渋谷に住んで、もう60年以上になる。

    ▪️SE/荷物の中身を開ける音

    小包の中身は・・・

    絵本?

    題名は・・・

    『おおきなさくらのおひっこし』。

    私は本のページを捲る。

    『荘川町中野地区。

    そこには照蓮寺、光輪寺というお寺があり、

    お寺には人々が大切にしていた二本の桜の木がありました』

    え?

    荘川村?中野地区?

    桜の木?

    何十年ぶりかに耳にするその名前。

    荘川村の中野は、私が産まれたところだ。

    【シーン1/1952年10月〜1953年1月/荘川村中野】

    『ある日突然、この荘川にダムができるという話がきました。

    中野地区の人たちは、みんなダムづくりにはんたいでした。

    ダムは中野地区につくられるため、ふるさとが水の中にしずんでしまうのです』

    ▪️SE/小鳥のさえずり

    1952年10月。

    ダム建設計画が公表された。

    私がその話を聞いたのは、光輪寺の境内。

    19歳の私は、幼馴染のショウ=昭一と一緒だった。

    光輪寺の境内は、小さい頃から私たちの遊び場。

    大人になってもそれは変わらない。

    遅い春には、桜吹雪の下でいつまでもショウと語り合った。

    ”お寺も、桜も、なにもかも・・・

    私たちの村が水の底に沈む?”

    当時の荘川村は農作物も豊富で、恵まれた農村だった。

    土地を失うということは『職と未来を同時に失うこと』を意味する。

    年が明けると『御母衣ダム絶対反対期成同盟死守会』を結成。

    日に日に反対運動は激しくなっていった。

    私とショウは、家々の玄関に『ダム絶対反対』と書いた木札を打ち付ける。

    バス停や道路沿いの家には巨大な横断幕を張って回った。

    その年、白川村と合同陳情団を結成。

    国会議事堂まで直訴に出かけた。

    反対運動は日を追うごとに、激しさを増していく。

    争いは何年にも渡り、終わりの見えない暗闇へと突き進んでいった。

    そこに現れたのが『賛成派』の村人たち。

    それは村を二分する深刻な対立へと発展した。

    死守会の若手頭、ショウの怒りは頂点に達していく。

    そんな時、私たちの目の前に、ひとりの老人が現れた。

    【シーン2/1959年夏/荘川村中野】

    『ある日、ダムづくりをすすめている、偉い人がやってきました。

    その人は、ダムづくりが日本のためになると説明しました。

    しかし、中野地区の人たちは、

    何回きてもらっても、ダムづくりには、反対だからね、と言いました』

    ▪️SE/ヒグラシの声

    1959年。

    初めてその人を見たとき、少し驚いた。

    ダム開発の責任者。

    それは冷徹で心のない、怖い人

    私はそう想像していた。

    なのに、その人の目は全く違った。

    私たちを真っ直ぐに見て、深々と頭を下げる。

    時には、目を潤ませながら。

    ショウは、そんな姿を目にしてもまったく動じなかったけど。

    『日本のために、みなさんからふるさとをとりあげる。

    ほんとうにひどい話だと想っています』

    私にはその人が、うわべだけのでまかせを言っているようには見えなかった。

    ショウは相変わらず鋭い目つきで老人を睨みつける。

    その夜、家に帰ると、父と母が私を待っていた。

    仏壇の前に 正座して、私に告げたのは・・・

    『荘川を出る。新しい場所でやり直す』

    耳を疑う言葉。

    父の声は小さく、震えていた。

    母は仏壇に向かったまま、肩を落としてすすり泣いている。

    『もうここまでか・・・』

    私の心の中に、波紋が広がっていった。

    ▪️SE/小鳥のさえずり

    次の日。

    私はショウを光輪寺の境内に呼びつけた。「さくら・・どうしたんだ?」

    「私、東京へ行くことになった」

    「え・・・?」

    絶句したまま、ショウは何も言わなかった。

    季節は晩夏を越えて、もうすぐ冬の準備に入る頃。

    目の前には私たちをずうっと見守ってきた大きな桜の木。

    この桜も、水の底に沈んでしまうのか・・・

    どうしようもない悲しさが私の心を覆っていく。

    老木は、風に吹かれて枝を揺らしていた。

    【シーン3/1959年11月/荘川村中野】

    『一九五九年(昭和三十四年)11月、

    みんながあつまって中野地区のお別れ会がひらかれました』

    ▪️SE/虫の声

    1959年11月。

    荘川村立中野小学校。

    反対同盟の解散式がおこなわれた。

    それは今思い出しても、切なくて美しい和解の瞬間。

    解散式に出席したのはなんと、開発の責任者。あの老人。

    反対同盟から案内状を受け取り、わざわざ足を運んでくれたという。

    反対同盟の幹部が解散宣言を読み上げる。

    ショウは、何も言わず唇を噛んでいた。

    宣言が終わる。

    壇上で反対同盟の代表と開発責任者の老人が歩み寄った。

    言葉を交わすのではなく、心を結ぶような固い握手。

    その瞬間、大人も子供も、ショウも私も、嗚咽した。

    愛する故郷と決別しなければならない寂しさ。

    それでも開発側の誠意にようやく心rがほどけた複雑な感情。

    解散式が終わり、誰もいなくなった小学校。

    教室の黒板には、チョークで大きくこう書き残されていた。

    『さようなら御母衣、さようなら中野』

    それはまるで、私の心を映す言葉。

    私は翌日、両親とともに、東京へ旅立った。

    【シーン4/1960年/荘川村中野】

    『この桜をたすけましょう。なんとかしてくれる人をさがします』

    『こうして光輪寺と照蓮寺の桜の木のおひっこしがはじまりました』

    ▪️SE/虫の声

    1960年11月。

    光輪寺と照蓮寺の桜が山の上へ引き上げられた。

    驚くような大移植が無事完了。

    それを指示したのは、開発の責任者、あの老人だった。

    え?

    うそ?

    あの桜が・・・

    東京へ引っ越したあと、父と母は渋谷で旅館業を始め軌道に乗った。

    私には縁談が舞い込み、この年、お見合いをして結婚。

    すぐに子供が生まれ、目が回るような毎日。

    荘川のことなど、考える余裕すらなかった。

    子供たちが成長して巣立つと、代わりに孫を授かる。

    孫たちの面倒を見ながら

    気がつくと60年以上が経っていた。

    知らなかった・・・

    生きていたんだ・・あの桜たち・・・

    『春のようせいと、桜のようせいがお話をはじめました』

    『今年はおそかったね。

    暖かいところからまわってきたので少しおそくなったけれど、

    ちゃんとあたらしい芽をもってきたよ』

    『春のようせいのおかげで、桜の木に芽がでました。

    桜のようせいも喜びました』

    『おおきなさくらのおひっこし』

    そういう意味なのね。

    最後のページを捲ったとき、一枚の紙が床に落ちた。

    きれいに折り畳まれた羊皮紙。そこには簡素な文字でこう書かれていた。『父からこの絵本を咲良さんに送るよう言われました。父の名は・・・』

    昭一?

    ・・・ショウ!

    『父は故郷が湖底に沈んだあと、中学校の教師となりました。

    中野中学校は統合されて、荘川中学校になり、

    定年まで勤め上げたのです。

    この本は今年、2024年に4月に完成しました。

    作ったのはいまの荘川中学校2年生の生徒たちです。

    父は絵本の完成をとても楽しみにしていました。

    残念ながら本を目にすることはできませんでしたが、

    いつもこう言っていたのを思い出します。

    咲良に見せてやりたい。

    教えてあげたい。

    時代に翻弄されながら、立派に生き抜いている荘川桜のことを。

    咲良、というのは咲良さんのことですよね。

    集団で東京や千葉へ向かった中野開拓団。

    その名簿を調べました。

    父と同い歳。

    咲良さんが父と一緒に反対運動を続けていたことも知りました。

    私が、咲良さんって誰?と聞くと

    いつも『戦友だ』と言っていました。

    本当に『戦友』だったのですね。

    この本は父の形見でもあります。

    どうか、父の気持ちをくんでいただき、受け取っていただけませんでしょうか』

    ああ、よかった。

    ショウ、荘川で幸せな人生を全うしたのね。

    今度会えたら、荘川桜のこと、いっぱい教えてちょうだい。

    早く、会いたいな・・・ショウ・・・

    『荘川桜は今もきれいに咲き続けています。

    地域の人々や私たち小・中学生も保全活動を行っています。

    次は、この物語を読んでくださったあなたが荘川桜を大切に守っていってください。

    いつまでもこの荘川桜がみなさんの力で大切に守られていきますように』


    ※続きは音声でお楽しみください。

    Fri, 02 Oct 2026 - 16min
  • 170 - ボイスドラマ「天文薄明」

    夕暮れと星空のあいだで、少女は少しだけ大人になる。

    昼が終わり、夜が始まるまでのわずかな時間。

    まだ空には明るさが残っているのに、少しずつ星が姿を現し始める・・・

    そんな「天文薄明」のような時間の中で、16歳の少女・星夜の小さな旅が始まります。

    【ペルソナ】※「星の降る里」「卒業旅行」の世界観

    ・星夜=せいや(16歳/CV:坂田月菜)=東京・広尾に住むJK。星座ヲタク。久々野は母の実家

    ・大空=リク(22歳/CV:田中遼大)=東京の大学4年生/高山出身/清見でキャンプ中

    ・聖夜のママ=(42歳/CV:山﨑るい)=東京のヘアデザイナー/パリコレに参加

    ・=あさひ(16歳/CV:蓬坂えりか)=朝日村のJK。漢方薬剤師になりたい


    【プロローグ】

    ▪️SE:小鳥のさえずり〜携帯電話の着信音

    「もしもし?星夜?」

    ママから国際電話があったのは10月7日の早朝だった。

    ママは、フリーのヘアデザイナー。

    東京で雑誌の撮影とか、芸能人のヘアメイクとかをやってる。

    でもいまは、パリ。

    親友からのオファーでパリコレのヘアメイクチームに呼ばれた。

    友達ってのは、新進気鋭のファッションデザイナー。

    世界最高峰の舞台。

    からのー、裏側だもんね。

    フツーにすごいと思う。

    「パリコレ、さっき終わったわ。もうサイコーよ!」

    「おつかれ〜、飛行機のチケットとれた?」

    「それがねえ、星夜・・」

    「なに?」

    「ママのヘアデザインが・・・

    有名なファッション雑誌の編集長の目にとまっちゃったの」

    「それで?」

    「ショー直後のエディトリアル撮影、参加してほしいって」

    「だから?」

    「来週まで帰れない」

    「えーーーー」

    「ごめん、星夜。ほんっとにゴメン!

    おばあちゃんにはママから連絡しとくから。

    ひとりで高山行ける?行けるよね?」

    週末、本当はママと一緒に高山へ行くはずだった。

    秋の高山祭。

    『高山祭はねー、一生に一度は見ておかないと!

    言葉なんかじゃ表現できない!

    とにかくサイコーだから!』

    って言ったのママじゃん。

    まあ、いいわ。

    高山は初めてじゃないし。

    1か月前、一緒にトレッキングした朝陽にLINEしてみよっと。

    『星夜、ごめんーー!

    高山祭の2日間、富山の薬科大学で特別講義入っちゃってる。泊まり込みで。

    言ってなかったけど、私、漢方薬剤師になりたいの。

    そのためには大学の薬学部へ進学しないとダメなんだ。

    だけど、星夜、すごいねー!高山祭くるんだ!

    宵祭も楽しんで!』

    漢・方・薬・剤・師!

    ってマ!?

    ガチですごすぎ。

    朝陽って、ただの薬草オタクじゃなかったんだ。

    なんか、フツーなのウチだけじゃん。

    マジ病むわ〜。

    このあと、ママはおばあちゃんにすぐ連絡してくれた。

    だ・け・ど。

    おばあちゃんちは久々野のりんご農家。

    この時期、収穫とか、色づけって作業で、

    休む暇もないくらいガチで忙しいらしい。

    りんご狩りの対応もするんだって。

    ま、ウチは別に全然ヘーキ。

    ひとりで高山祭行くから大丈夫だし。

    前髪を触りながら、ジルの鏡を見る。

    パリ行く前にママがカットしてくれたやつ。

    『絶対星夜に似合うから!』

    っつって、ママオリジナルのウルフカット。

    パツンと切り揃えるんじゃなくて、

    ミリ単位でハサミを縦に入れたっつー、束感。

    指先で少しクシャッと崩せば、

    無造作だけど、カッケー束になって額に落ちてくる。

    マジでオシャ。

    はぁ〜。

    まいっか。

    久々野のおばあちゃん、マジで優しいし、高山祭楽しみすぎて無理。

    古い町並とかテキトーにぶらついてこっと。

    【シーン1/高山濃飛バスセンター】

    ▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏

    「あ、すみませーん!乗りまーす!!」

    高山濃飛バスセンターから、男の人が息を切らせて乗り込んできた。

    大学生、かなあ。

    なんか、派手じゃないのにシンプルにレベチで雰囲気ある感じ。

    今っぽいきれいめのブルゾンに、白シャツチラ見せのクリーム色ニットとか、マ。

    東京っぽい。

    ウチはノースリーブの白いティアードワンピース。

    肩が大胆に出たオフショル気味のデザイン。

    胸元にはネイビーのフリルとリボン。

    うーん。季節感バグってるかも。

    といいつつ、このビジュで、高山祭の2日間を思いっきり楽しんだ。

    いやマジ、すごすぎて語彙力失うレベル。

    控えめに言って、最高!

    おばあちゃんに『屋台見てきな〜』って言われて、

    ラーメン屋さんの屋台とか想像してたから、ビビったわー。

    でかいし、ゴージャスだし、数多すぎだし。

    『屋台曳き廻し』とか、ヤバすぎてフツーに『うわっ』って声出たわ。

    『宵祭り』なんて、本当にパねえ通り越してエグい。

    提灯の数が100個?100個ってマジ何個?

    ガチでエモくない?

    あ、てか、エモいっつったら『宮川の朝市』。

    『朝市』って生まれて初めてだったけど。

    おばちゃんたちの飛騨弁がチョー可愛くて。

    楽しくて、ず〜っとしゃべっちゃった。

    橋のところで買ったみたらし団子もガチで美味すぎて飛んだ。

    帰る前にはちゃーんと神社もお参りしてきたよ!

    『屋台の曳き揃え』やってた、桜山八幡宮?ってとこ。

    素敵な彼氏ができますように・・・って。

    ガチでご利益エグいパワースポットらしいし。

    マジで叶うといいなあ・・・なんて

    「あの、ここ、いいですか?」

    え?

    あ、そうか・・・

    バス結構混んでて、席あいてないんだ。

    ウチのとなりしか・・

    「あの・・」

    「あ、どうぞ」

    「ありがとうございます」

    え。

    チラ見したんだけど、フツーに顔面良くない?

    ワンチャン割とイケメンかも。

    「あの・・・」

    「え」

    「高山祭・・・行かれたんですか?」

    「あ、はい」

    「昨日も?」

    「はい」

    「じゃあ、宵祭りも?」

    「行きました」

    「すごいでしょ。ボク、アレが見たくて毎回帰ってくるんです」

    「帰ってくる?」

    「ああ、はい。

    ボク、東京の大学行ってるんですけど、

    実家が清見なもんで、帰省してて」

    「そうなんですか」

    「知ってますか、秋は『宵祭り』、春は『夜祭』っていうこと」

    「へえー、知らなかった。なんで?」

    「これ、いろんな説があるんだけど。

    神事の呼び方が由来って説が有力かなあ」

    「神事?」

    「春の高山祭がおこなわれるのは日枝(ひえ)神社でしょ。

    日枝神社の伝統的な神事に『夜祭(やさい)』ってのがあるんだ。

    『夜祭』って書いて『やさい』って読むんだよ。

    だから春は『夜祭』(よまつり)」

    「ふうん」

    「あ、ごめん。あんまり興味ないよね」

    「え、いや、そんなことないけど」

    「君は高山の人?」

    「ううん。家は東京の広尾。

    久々野のおばあちゃんちに泊めてもらってて」

    「久々野?」

    「うん。

    以前JRで帰ろうとしたら、列車の本数がガチでなさすぎて絶望したから、

    今回はバスにしたんだよね(笑)」

    「あ、ちょっと待って。久々野って・・・?」

    「あれ?

    ひょっとしてウチ、バス間違えた?

    これ、下呂/バスセンター行きだよね?」

    「じゃなくて、間違えたのはオレだ!」(※ここから地が出て「オレ」になる)

    「えええええええ」

    「うわ!一之宮もとっくに過ぎて、もうすぐ宮峠(みやとうげ)じゃん!」

    「え?なに?急に?

    なに言ってんのかマジわかんないんだけど」

    「待て待て待て。落ち着けオレ。

    高山濃飛バスセンターから清見方面の終バスって、

    確か18時半くらいだから・・・」

    「久々野からJRに乗ればワンチャン間に合うんじゃない?」

    「え?」

    ウチは乗り換えアプリの画面を見せる。

    このバスが久々野駅につくのは16時35分。

    久々野駅から高山方面の列車が出るのは18時ちょうど。

    高山に着くのが18時14分・・・

    「あ、これなら・・・」

    「間に合うんじゃね?終バス」

    「ホントだ・・・」

    「にしても・・終バス早すぎ(笑)」

    「だよなー(笑)

    ありがとう!マジで助かった。

    あ、あの・・・オレは大空。オオゾラ、って書いてリク。

    キミは?」

    「ウチは星夜。星の夜」

    「カッケーな」

    焦りまくってた表情がホッとした笑顔になった。

    バスは、宮峠の急な上り坂をゆっくりと進んでいく。

    右手に見えるのは、ごつごつした険しい山肌。

    そういえばおばあちゃん、ここ中央分水嶺だって言ってたっけ。

    カーブを曲がるたびに、色づき始めた紅葉の枝が通り過ぎる。

    トンネルを抜け、宮峠を越えると、久々野へ向かう下り坂。

    どこまでも高い秋の空と、山に囲まれた緑豊かな景色。

    東京のビル群とは全く違う風景が、急に愛おしく感じてきた。

    【シーン2/久々野駅】

    ▪️SE:久々野駅の夕方の雑踏

    「ありがとね。

    わざわざ久々野駅まで付き合ってもらって」

    「ううん、全然。

    ここ無人駅だし。

    それに、なんかウチも、ちょっと話し足りなかったしね」

    「高山行きの各停(かくてい)が来るまで、まだ1時間半くらいあるけど」

    ウチはスマホの時計を見る。

    「おうちの人とか心配してない?」

    「あ、全然大丈夫!。

    おばあちゃん、りんご農園やってるからガチで今忙しい時期だし。

    昨日も暗くなるまで収穫してて、

    そのあと道具の片付けとかしてから帰ってきたら6時過ぎ。

    だから今帰っても誰もいないの。

    ちょうどいいヒマつぶし」

    「そっかぁ。

    じゃ少し話そうか」

    誰もいない久々野駅のホームのベンチに2人で座る。

    ホームの向こうには、夕日に染まる山並み。

    まだ午後5時過ぎなのに、空気はどんどん冷たくなっていく。

    ▪️SE:自販機の音

    「ほい。コーヒー」

    「サンキュ」

    「さすがに夜は冷えるね」

    そう言って、大空はブルゾンをウチの肩にかけた。

    そのまま暗くなってきた空を見上げる・・・


    ※続きは音声でお楽しみください。

    Fri, 25 Sep 2026 - 16min
  • 169 - ボイスドラマ「蛟」

    時代に忘れられた水の女神と、山に生きる青年

    時は1912年――明治45年、大正元年。

    前年、国鉄中央線が全線開通し、飛騨の工女たちが歩いた過酷な「野麦越え」は、その役目を終えようとしていました。

    最後の野麦越え。工女たち。美女峠。そして・・・

    人と神。
    歴史と伝承。
    そして、時代が変わっても変わることのない人の想い。

    明治から大正へと移り変わる飛騨を舞台に描く、少し不思議で、どこか懐かしい愛の物語です

    【ペルソナ】

    ※1912年(明治45年/大正元年〜大正三年)の春〜夏・水波=みずは(年齢不詳/CV:蓬坂えりか)=記憶を失った女性。実は水の女神、水龍   の化身

    ・惣太=そうた(25歳/CV:日比野正裕)=朝日村で一人炭焼きを営む住む寡黙な青年

    ・澪=みお(2歳/CV:坂田月菜)=惣太と水波の娘。半人半妖

    【シーン1/美女ケ池行き倒れ】

    ・少女の姿をした記憶喪失の龍神・水波が美女ケ池のほとりで倒れている

    ・冬に備えてナラ材を切り分けた木こりの惣太が運搬路を整えるため通りがかって発見する

    ◾️創作・糸引き唄(※唄:蓬坂えりか&坂田月菜)

    ※音声/https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/09/itohikiuta.wav

    〽ハァー 野麦(のむぎ)越えるときゃ 雪さえ溶ける 溶けぬ涙が エーヨー 胸を突く

    〽糸を引きましょ お国のために 親に仕送り エーヨー 果てるまで

    真っ暗な闇の中から『糸引き唄』が聞こえてくる。

    『お国のために、家族のために』

    吹雪の美女峠。

    工女たちの足音と、唄声。

    ああ、そうだ。覚えているとも。

    粗末な単衣(きもの)を何枚も重ね着して、

    三幅前掛け(みはば/まえかけ)を帯代わりに結んだ生娘(むすめ)たち。

    頭には手拭いを巻いて、脚には脚絆(きゃはん)。

    足袋の上からわらじを履いて、雪の峠を超えていく。

    美女峠は、過酷な道行きの入口。

    家族と離れ、野麦峠へと向かう『十三見送り(じゅうさんみおくり)』。

    『永の別れ』をねぎらうために、私は少女たちに餅をふるまった。

    親も子も、泣きそうな顔で『うまい』『うまい』と言うておった。

    最後の工女行列を見送った冬。

    役目を終えた私はどうなるのだろう?

    いや、そもそも、『私』とはだれなんだ?

    記憶の上に、果てしない忘却の雪が降り積もる。

    冬が終わり、春の足音が聞こえてくるまで・・・

    「おい、あんた!大丈夫か?生きてるか!」

    底なしの闇の中から、誰かが私を呼び覚ます。

    暗い。冷たい。水の底。

    ただ揺蕩(たゆた)うだけの深い眠りを覚ます響き。

    胸の奥がぎゅっと締め付けられるような・・・

    記憶の彼方から届く声。

    私は、閉じていた瞼を、ゆっくりと押し上げる。

    「おお、気がついたか」

    視界に飛び込んできたのは、眩い木漏れ日。

    そして、私の顔を覗き込む一人の男。

    荒れた手、煤けた衣服、私を見つめる、強い眼差し。

    炭焼きの男。

    その口から言葉が漏れる。

    「びっくりしたぞ。

    あんた、草むらのなか、美女ケ池の水際で倒れとったんや」

    「美女が池・・・」

    「ああ。

    真冬なら今頃生きちゃおらんやろが」

    「私は・・・私はだれじゃ・・・」

    男は眼を丸くして驚き、そのあと言葉が続かない。

    私も男と目が合った瞬間、再び、忘我の眠りに落ちていった。

    【シーン2/惣太の炭焼き小屋】

    ◾️虫の声

    「ああ、よかった。

    眼を覚ましたな。生きてたんだ」

    「虫の声・・・もう夜か・・」

    「ちゃうて。

    あんた、3日間眠ってたんや」

    「三日・・・

    ん?ここは・・・どこじゃ?」

    「オレの家や。炭焼き小屋。

    美女ケ池からはそう遠くない」

    「・・・そうか・・」

    「自分のこと、思い出したか?」

    「私・・私は・・・」

    「まあええわ。

    ゆっくり思いだしゃええ」

    「ああ・・・」

    「腹へったやろう?」

    私の返事を聞く前に、男は囲炉裏に向かった。

    火吹き竹で消し炭を煽ると、またたく間に赤い火が熾(おこ)る。

    煤けた鉄鍋に山の湧き水を注ぎ、自在鉤(じざいかぎ)に掛けた。

    「オレは・・・惣太だ」

    半身(はんみ)を起こした私に、男が名乗る。

    「見ての通り、ここで炭を焼いとる」

    話しながら、山菜を豪快につかんで鍋に入れた。

    そのまましゃがみ込んで火吹き竹を強く吹く。

    すると、眠っていた炭がパッと赤く色づいた。

    月明かりだけだった小屋の闇に、ぼおっと赤い炎が灯った。

    「いまは辛抱のときやけどな。

    冬になれば、高山の町から炭問屋の手代がここまで買い付けにくるんや」

    惣太は生簀(いけす)代わりの木桶から、元気のいいヤマメを取り出す。

    手早く腹を裂いて塩を振る。

    手慣れた仕草で、竹串に刺し灰のなかに勢いよく突き刺した。

    「オレの焼くナラ炭は町でも評判がええんや。

    火持ちが最高だそうだ。

    岡谷にある製紙工場のボイラー係も『オレの炭じゃなきゃ湯の沸きが悪い!』

    つって、わざわざ指名してくるんやさ」

    惣太の言う通り、炭火は勢いを増していく。

    パチパチと爆ぜる炭の音。

    脂の乗った魚の香ばしい匂いが煙とともに小屋を満たしていった。

    「金儲けだけやないぞ。

    美女峠の頂上に休憩小屋があるやろ。

    あそこにもオレの炭をおろしとる。こっちは利益なんて度外視や。

    峠を越えて野麦へ向かう工女たちのためやから・・・

    みんな、この先、地獄のような山越えをするんや。

    少しでもぬくとうしてやりたいやないか」

    惣太は背中を向けて焼いたヤマメをひっくり返す。

    何回か繰り返すと、今度は頭を下にして垂直に立てた。

    「そやけどなあ。

    それももう終わりや。

    去年・・・明治44年の5月に、国鉄の中央線が全線開通したやろ。

    これで、工女たちはもう野麦の峠を越えんでもようなった。

    中津川の坂下駅まで歩いていって、そこから汽車に乗って岡谷へ一本や。

    ほんとうによかったわ・・・

    おりゃあ、胸を撫で下ろしてるんやけどな、なんやちょっと寂しゅうて。

    工女たちの行列がもう二度と見られんと思うとなあ・・・」

    惣太が寂しそうな顔をしながら、焼き上がりを確認する。

    ヒレまで綺麗に白く焼き上がったヤマメの塩焼き。

    小屋の中にはもう美味しそうな匂いが充満している。

    惣太は串を抜くと、私の前へ突き出した。

    「さあ、焼けたぞ。食え。

    とにかく食って、精をつけろ」

    私は串を受け取り、そのままかじりつく。

    それを見た惣太は安心したようにまた話しだす。

    「このあと、どこへ行くんや?」

    私が何も答えず、ひたすらヤマメにしゃぶりついていると・・・

    「まあ、ほんなことええわ。ゆっくりしていけばええ」

    そう言って、鍋の中に地味噌をひとつまみ入れる。

    木杓子(きじゃくし)で鍋をかき回すと、大きなお椀にすくって私の方へ差し出した。

    「これも食べろ」

    「惣太の分は?」

    「オレは腹が減っとらん」

    そう言って背中を向けた。

    後ろを向いたまま、ボソっと呟く。

    「なあ・・・無理にとは言わんが・・・

    もし、行くあてがないなら・・・

    ずうっとここにおればええ」

    「わかった」

    「ほんとうか?」

    満面の笑みで振り返る。

    それが可笑しくて、可愛くて、私も思わず笑ってしまった。

    そのとき・・・

    「あぶない!」

    「え?」

    「このやろう!」

    そう言って、惣太が踏みつけたのは、大きな百足!

    私は・・・恐ろしくて、声も出ない。

    惣太は震えが止まらない私を抱き寄せる。

    「なんや。意外と怖がりなんやな」(※笑いながら)

    どうしてこんなに恐ろしいのだろう。

    意味がわからず震えていると、惣太は、

    「なあ、やっぱり・・・ここにいてくれや」

    そう言って私を強く抱きしめた。

    月明かりに照らされる2つの影。ただ虫の声だけが、賑やかに、激しく、鳴り響いていた・・・

    【シーン3/3年後/惣太の炭焼き小屋】

    ◾️野鳥の声

    「かあさま、びじょがいけまであそびにいってもいい?」

    「気をつけるのよ。水のそばには近寄らないでね」

    「はあい!いってきます」

    娘の澪が元気よく小屋から飛び出していった。

    あれから3年。

    私は惣太と夫婦となり、月日を重ねた。

    明治から大正へ。

    元号が変わって最初の夏。

    私は惣太の間に娘をさずかった。

    記憶は相変わらず曖昧だったが、

    澪が生まれて、名前を決めたとき、

    不意に自分の名前が浮かんできた。

    水波。

    名前を思い出したことを惣太は心から喜んでいた。

    「水波。澪。

    意味はようわからんけど、どっちもきれいな名前やなあ」

    でも、その瞳の奥に見えたのは小さな闇。

    きっと私が記憶を取り戻すことを、心のどこかで怖れていたのだろう。

    だが、惣太の不安とは逆に、私の記憶はだんだんと鮮明になっていった。

    「それにしても、今年はなかなか雨が降らんのう」

    惣太にとってもうひとつの不安は渇水。

    言葉通り、この年、朝日村を空前の日照りが襲った。

    美女ケ池の水位は下がり、山はカラカラに乾いていく。

    「ほんの少しでも火の粉が飛べば山全体が火の海になる」

    惣太はこう言って、炭を焼く回数を減らした。

    それなのに、

    「立ち木が猛暑と渇水で、干割れ(ひわれ)し始めた。割れてまうと、炭を焼いてもスカスカで、売り物にならん」

    日照りは私たちの生活を追い詰めていく。

    そんな残暑きびしい、ある夜。

    乾いた山に雷が落ちた。

    たちまち山火事が発生。

    火は私たちの炭小屋まで広がってくる。

    異変に気づいた私はすぐに、寝ていた惣太と澪を起こす。

    「どうした?水波」

    「火事よ!山火事!」


    ※続きは音声でお楽しみください。

    Fri, 18 Sep 2026 - 19min
  • 168 - ボイスドラマ「奥飛騨百姓座敷湯守」

    昭和の頑固親父 VS 令和のギャル娘

    12年前に家を飛び出した娘・凛子が、奥飛騨の老舗温泉旅館「湯守」に突然帰ってきた!

    「昭和男児とかマジでサゲ」
    「ギャル女将とかアゲてこ」

    飛騨弁とギャル語が飛び交う、100年続く温泉宿の跡取り騒動。

    変えてはいけないもの。
    変わらなければ、守れないもの。

    5代目の父から6代目の娘へ、そしていつか7代目へ――。

    笑って、ぶつかって、最後はじんわり。
    奥飛騨の湯けむりに包まれる、父と娘の物語・・・

    【ペルソナ】※舞台設定は現代/新平湯温泉

    ・静馬(しずま/64歳/CV:日比野正裕)=百姓屋敷を改造した老舗旅館湯守の5代目

    ・凛子(りんこ/30歳/CV:坂田月菜)=静馬の娘。高卒で東京へ家出したギャル娘


    【プロローグ/家出】

    ◾️SE:セミの声(ニイニイゼミ)

    「ばかやろう!

    毎晩毎晩ほっつき歩きやがって!

    そんなチャラチャラしたやつは、娘でもなんでもない!

    いますぐこの家から出ていけ!」

    「はいはい、お疲れサマンサ〜。

    そうやってすぐにブチるの、マジでウケる。

    そんだけ激おこぷんぷん丸だと血管切れるよ?

    ウチの人生ウチが決めるんで。

    とりま、あざした〜!」

    そう言って、娘の凛子が家を出ていったのが12年前。

    世間では『ギャル』というらしいが、下品な化粧と言葉使い。

    いったいどこの国の言葉なんだ・・・

    私の名前は静馬。

    奥飛騨温泉郷・新平湯温泉にある老舗旅館

    『奥飛騨百姓座敷・湯守(ゆもり)』の5代目当主である。

    うちは元々、江戸時代から続く豪農の百姓屋敷。

    明治の終わり頃、初代がこの場所へ太い梁を移築。

    湯守として温泉旅館を始めた。

    今年でちょうど100年になる。

    じいさんも親父も、絵に描いたような昭和の頑固親父だった。

    『男は黙って背中で語れ』

    『客には命を削っておもてなしをしろ』

    口を開けば飛騨弁の怒声が飛ぶような環境。

    当然のように私も、典型的な昭和男子として生きてきた。

    最近ではなんだっけ?

    パワハラ?モラハラ?なんやそれ?

    ちょっと大きい声を出しゃあ『威圧的』やの、

    気合いを入れようと背中を叩けば『暴力』やの。

    コンプライアンスだの何だのって横文字にすりゃあいいと思って。

    男ってのはなぁ!

    健さんも言ってるやないか。

    理屈じゃねえ、行動で語れ。

    女は一歩引いて、男の背中を支えるもんだ!

    汗水垂らして、泥にまみれて、必死こいて働く姿を見せる。

    言葉が足りんけりゃあ、愛のムチだって必要だわ。

    でなきゃ、奥飛騨の厳しい冬が乗り越えられるかっての!

    湯口から吹き出す源泉の熱さに耐えられるかってんだ!

    今の若い奴らは、ちょっと怒られたくらいで『心が折れた』だの

    『メンタルがどうの』だの、くだらないことばっか言いやがって。

    一人前になるまでは、寝る間も惜しんで精進しろ、っつうの。

    「はい、今の全部アウト〜。

    セクハラ・パワハラ・ジェンハラのトリプル役満やめてもろて?」

    「り、凛子!?」

    【シーン1/出戻り】

    ◾️SE:セミの声(ミンミンゼミ)

    「お父ちゃん!声デカすぎだって。

    バス停まで余裕で聞こえてるからね?

    ただでさえ昭和男児とかー、世間的にマジでサゲなのに」

    「お前、いつ帰ってきたんだ?」

    「新宿を7時に出て、いま新平湯温泉に着いたー。

    つか最近の高速バス、ガチでリッチすぎてビビるんだけど!

    移動中ずっと爆睡できたし、普通に優勝だわ」

    「なんだ、それが12年ぶりに再会した親に言うセリフか?」

    「それよりー、お父ちゃん、いまのお客さんに聞かれたらガチで詰むって。

    昭和男児って、老害ムーブ全開でマジ公害レベルだから」

    「うるさい!

    それより昼飯は食べたのか?

    まかないでよかったら食ってけ」

    「え、食べる食べる!

    まかないとかガチで神なんだけど!

    ぶっちゃけお腹ペコペコすぎてたから、超助かる〜。

    とりま秒で荷物置いてくるから、よろしくね!」

    12年ぶりに新平湯へ帰ってきた娘。

    今年で30になるっていうのに、なんだ、あの化粧に言葉使いは。

    出てったときより、酷くなってるんじゃないか。

    目の周りは真っ黒、爪に変な飾りまでつけおって。

    とてもじゃないが、あれじゃあ、ご近所様や宿のお客様には見せられん。

    「ちょっと、お父ちゃん、ウチの部屋まんまにしといてくれたん?

    マジ感謝!マインド神すぎてアゲ!」

    荷物を部屋に置きにいった娘が走って戻ってきた。

    なにを言ってるのかよくわからんが・・・

    まあ、部屋をそのままにしとくのは当たり前だろう。

    一人娘なんだから。大事な跡取りなんだし。

    「つかウチさー、これから湯守で働こうと思って」

    「なんだと?

    うちの旅館で働く?」

    「いーじゃん、今ってどこも人手不足でマジ詰んでない?明日から手伝うからさー、ギャル女将とかアゲてこ」

    言葉がそのあと続かなかった。

    娘が帰ってくるのは嬉しいが、いきなり旅館を手伝うと言われても。

    喜びよりも不安の方がはるかに大きい。

    いつもよりセミの声がうるさく響いていた。

    【シーン2/帳場に立つギャル女将】

    ◾️SE:セミの声(ヒグラシ)

    「いらっしゃいませ〜!

    遠くからガチでお疲れサマンサです!湯守へようこそー!」

    翌日から凛子は帳場に立った。

    どこで見つけてきたのか、ド派手なピンクの浴衣。

    帯はリボンのように結び、

    髪はきっちりまとめるどころか、ゆるく巻いてアップにしている。

    化粧はいわゆるギャルメイク?というのか、見るに耐えない。

    その顔を満面の笑みにしてお客さんに話しかける。

    「とりま、こちらにお名前とか書いてくださーい!アゲ!」

    「ちょっと!凛子!こっちこい!」

    「えー、なにー?お父ちゃん!」

    「なんだ、いまの接客態度は!?」

    「ギャル女将なんだからフツーっしょ!」

    「全然普通じゃない!

    それに、その格好!チンドン屋じゃあるまいし」

    「は?それ差別用語!サゲ!」

    「だいたい、誰が帳場に立ってもいいと言った?

    女の分際で・・・」

    「へ?

    お父ちゃん、いつの時代生きてんの?」

    「なことはいいから、ここは中居頭のさくらさんに任せろ。

    言いたいことがあったら厨房で聞いてやる」

    「はぁ〜、ダルみざわなんだけど〜」

    うちの旅館・湯守には女将はいない。

    普段は仲居頭がお客様のお出迎えにあがる。

    凛子は仲居頭に頭を下げて厨房の方へ向かった。

    【シーン3/厨房の静馬と凛子】

    ◾️SE:厨房のガヤ

    「おっ、カイトっち、おつー!」

    凛子は見習いの板前・カイトに声をかける。

    「てか昨夜(ゆうべ)、ウチの歓迎会に、最後まで付き合ってくれてありがとね!」

    「パワハラ親父に無理やり飲まされてたっぽだけど、体調大丈夫そ?」

    「マジ我慢しなくていいからさ、モームリと思ったら休んじゃいな!」

    「アホか!凛子!

    見習いのカイトにくだらんことを吹き込むな!」

    「はぁ?」

    「おいカイト!今朝厨房の仕込みに遅れたそうだな!

    たかが二日酔いくらいでそんな風になってどうする?

    人並みに酒も飲めないで一人前の板前になれると思うか?

    高卒のお前をわざわざ引き取って一から育ててやったのに、

    いつまで半人前でいるつもりだ!

    やる気ねえなら明日から来なくていいぞ、クビだクビ!」

    「ちょっと!なに言ってんの!お父ちゃん!

    最初から最後まで全部アウトすぎて、もはやウケるんだけど」

    青白い顔をしたカイトに背中を向けて、ものすごい剣幕で凛子が捲し立てる。

    「『酒くらい飲めて一人前』とかなにそれ?

    昨日無理やり飲ませたのテメェだし完全アルハラだから!

    てか、そんな二日酔いの状態で早朝から包丁握らせるとか、ありえんわ!

    宿の安全管理どうなってんの?

    カイトっちの学歴出して『高卒の小僧』とか言うのも普通にアウトだし!

    『クビ』とか脅すの最悪のパワハラじゃん。マジ大丈夫!?しっかりしてよ!お父ちゃん!」

    「ったく、めんどくせえ世の中だな。

    ま・・その、なんだ・・・

    カイト、お前も、この先いい人見つけて、身を固めることも考えとけよ」

    「お父ちゃん!

    『身を固めろ』とか、サイテー!

    結婚とか恋愛なんて個人の自由だし!

    マインドが昭和すぎて脳みそ化石レベルなんだけど!」

    「ばかやろう!所帯を持ってこその男の甲斐性。家を守る嫁さんがいるから、男は思う存分戦えるんだ!」「はぁ!?なにそれ?

    男のために女が犠牲になるのが当たり前とか、

    マジで聞いてて虫唾が走るんだけど!

    外で戦うとか、カッコつけてんじゃねえよ!単に女に甘えてるだけっしょ!

    ・・・ウチだってさ!

    ・・・しょうもないクズ男のせいでメンタルボロボロ。

    ほんでここに戻ってきてんだから!」

    「なんだと!?凛子!お前・・・」

    「だって、そうなっちゃったもんはもうしょうがなくね? 

    マジどうしようもなかったんだから・・・」

    凛子・・・

    私は返す言葉が思いつかず、苛立ちを紛らわせるようにタバコに火をつけた。

    ◾️SE:ライターでタバコに火をつける音〜たばこを吸う音「ふう〜っ」

    「ちょっと!

    お父ちゃん!なにやってんの!?」

    「え?

    なにやってる、って見てわからんか。

    タバコ吸ってるんだよ。

    お前がおかしなコトを言うから」

    「は? 厨房でタバコとかマジありえない! 

    てかそもそも、なんでこの宿いまだに全面禁煙じゃないわけ? 

    イミフなんだけど。

    どうしても吸いたいなら、完全隔離の喫煙ルームとか作るのが普通っしょ!

    周りに子供とか妊婦さんとかいたらどうすんの?

    あーったまきた!全館の灰皿いまから全部、秒でゴミ箱行きね!」

    「アホいうな!

    子供とか妊婦とかって・・そんなもんちょっと気をつけりゃすむことだろ」

    「すむわけないじゃん!

    もしお腹の子に何かあったら、お父ちゃんマジでどう責任とんの

    Fri, 11 Sep 2026 - 19min
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