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ヒダテン!ボイスドラマ

飛騨高山を舞台にした珠玉のボイスドラマをお届けします。コミュニティFM Hit's FM(Hida Takayama Tele FM) で放送中の人気ラジオ番組! ヒダテン!のCV声優10名 が入れ替わりパーソナリティを務める「Hit’s Me Up!(ヒッツ・ミー・アップ!)」の中で放送されているボイスドラマです!ボイスドラマを通じて飛騨高山の魅力に触れてみてください! <番組の特徴> ・ 飛騨高山を舞台にしたボイスドラマを多数制作! これまでに100本以上の作品を発表し、地元の魅力を物語として発信 ・ 放送情報 放送局1: Hit's FM(Hida Takayama Tele FM) 放送時間:毎週金曜10:30-11:00/毎週土曜13:30-14:00 放送局2: FMらら(FMラインウェーブ株式会社) 放送時間:毎週金曜13:00-13:30 配信:Spotify、apple(iTune)ミュージック、amazonミュージック、YouTubeミュージック、CastboxなどのPodcastで番組とリンクして配信中! 飛騨高山の美しい風景とアニメ文化をつなぐ、唯一無二のラジオ番組! 「Hit’s Me Up!」を聴けば、新たなエンタメの扉が開きます!
- 172 - ボイスドラマ「101番目の提灯」
「君の灯りは、世界で一番綺麗な灯りになるんだ・・・」
朝の高山濃飛バスセンター。5分間の缶コーヒーから始まった、届かないはずの恋。伝統の秋祭りの夜、100個の提灯の中で待つ彼のもとへ届いた奇跡とは・・・
【ペルソナ】
・アカナ=(20歳/CV:米山伸伍)=古川の専門学校で木工や家具の技術を学ぶ
・萌々=(もも/22歳/CV:高松志帆)=高山駅前のリゾートホテルで働くホテリエ
【シーン1/高山濃飛バスセンター(8月終わり)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(セミの声)
「おはよう!今日もきれいだね!」
「もう〜、やめてよ。みんな見てるのに」
「仕事がんばって!」
「ありがと!アカナもね!」
オレだけにわかるよう、
小さくウィンクをして彼女は市街地へ駆けていく・・・
・・・・・なんて、あるわけないよなぁ〜!
高山濃飛バスセンター。
古川神岡線の降車場で、毎朝オレは妄想する。
朝6時20分。
古川駅前から高山濃飛バスセンターへやってくる始発のバス。彼女はいつもこのバスから降りてくる。
残暑厳しい8月。少しだけ残っている夜の涼しさ。
バスを降りた彼女は静かに歩き出す。肩のラインが綺麗な、白いサマードレス。風が吹くたび、裾のフリルが軽やかに揺れる。
丁寧に編み込んでアップにした髪型。うなじのラインが美しい。
あ・・
心の中で声をかけようとしても、言葉がでない。
ほんの一瞬、視線が動いてオレの方へ。
口角が少しだけ上がったような気がした。
オレの名前はアカナ。
大新町(おおしんまち)1丁目に住む20歳(はたち)の学生。
古川にある専門学校で、木工とか家具の技術を学んでいる。
ホントは、からくりを作りたいんだ。
関係ないけど。
オレの乗るバスは6時40分。
彼女に会うために、毎朝15分も早起きしてる。
バカだよな。ったく。
【シーン2/高山濃飛バスセンター(9月中旬)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(雨の声)
9月の雨。
アスファルトに跳ね返る雨の音。
冷たい雨粒を見ながら、オレはいつものバスを待っている。
手にはコンビニで買ったビニール傘。
始発バスがロータリーに滑り込んできた。
小さく水飛沫が上がる。
タラップを降りる彼女は今日も美しい。
チャコールグレーのボトムスに、白いブラウス。
その上から、薄手のカーディガンを羽織っている。
雨でもやっぱり綺麗だな・・・
コンコースでバッグから折りたたみの傘を取り出す。
ワインレッドの上品な生地。
ボタンを押して開こうとしているみたい・・・だけど・・
ん?
どうかしたのかな?
なにか引っかかって開かないようだ。
道ゆく人は、気づかずに通り過ぎていく。
オレは迷わず彼女の横へ。
彼女に見えるように、手を差し出す。
「え・・」
「貸して。オレが開けてやるよ」
「あ・・、だ、大丈夫です」
一瞬オレをみたあと、すぐに視線を傘に戻して開こうとする。
「あれ・・・なんでかなあ」
「いいから貸して」
「いえ・・」
オレはなかば強引に彼女の手から傘をとりあげる。そのまま、力任せに開いた。
すると・・・
▪️SE:傘の骨が折れる音「バキッ」
「あ・・・」
「ごっ、ごめんなさい!」
「ぷっ・・・」(笑)
傘は開いたけど、中の骨が折れて、飛び出している。
彼女は鼻で笑ったあと・・・
「ありがとうございます」
そう言って、オレの手から傘をひったくった。
「じゃ、急ぐので・・」
「待って!」
「なにか・・?」
「これ・・オレの傘、使って」
「結構です・・
駅前のお店で傘を買うから」
「そんなん、もったいない。
いいからオレの傘持ってって。
で、その傘はこっちへ。
オレが直しとくから」
「いえ、ホントに大丈夫ですから・・」
「大丈夫じゃない。
オレ、木工の学校行ってるんだ」
「え・・」
「そういうの直すの得意だから」
「でも・・」
彼女が言葉に詰まったのをみて、強引に壊れた傘を奪う。
「あ・・」
そのまま、自分の傘を彼女に押し付ける。
「それじゃあなた、濡れちゃうじゃない・・」
「明日、きっちり修理して渡すから」
「待ってよ・・・」
何か言おうとする彼女に背中を向けたまま手を降る。
振り返らずに、ロータリーへ入ってきた古川神岡線に乗り込んだ。
【シーン3/高山濃飛バスセンター(翌日)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)
次の朝。
いつもの時間にオレは緊張しながらバスを待っている。
手には修復された折りたたみ傘。
思ったより時間がかかっちまったな。
てか、ほぼ徹夜・・・
親骨(おやぼね)の関節部分が完全にひしゃげて、
かしめピンが弾け飛んでたんだよなあ。
ペンチの先で、アルミ骨の歪みを、真っ直ぐに叩いて伸ばした。
関節の破断部には、真鍮製の補修用スリーブを割り込ませる。
でもって、新しいかしめピンを打ち込んでがっちり固定。
仕上げは、防水ブチルテープを巻いて、雨水の浸入と金属疲労を防いだ。
・・・な〜んて彼女に説明しても、きっとうざったいからやめとこ。
ほどなく、彼女の乗ったバス、古川神岡線が入ってくる。
なんか・・ドキドキする・・・
やんなるな、ったく。
ああ、バスのスピードがやけに遅く感じる。
ステップから降りてくる彼女の姿。
まるでスローモーションをみているようだった。
雨はやんでいるのに、手にはビニール傘。
なんか・・・ピカピカじゃねえか?
しかも・・
「おはよう。昨日はありがとう」
そう言って手渡したビニール傘には・・・なんだ?
小さなリボンのシールって・・・
「おかげで助かったわ」
「あ・・そんな・・・」
「じゃ・・」
「ちょっと待って」
「え?」
「あの・・これ・・・」
「なあに?」
「傘、直しといたから・・・」
「うそ!あんなボロボロになってたのに」
「ボロボロって・・壊したのオレだし・・・」
「ありがとう・・・あ、ちょっと待って」
そう言って彼女は自販機の方へかけて行く。
やがて缶コーヒーを2本手に持ってきて・・
「はい。お礼に。
ね、乗るのこのバスでしょ。古川神岡線」
「あ・・はい・・・」
「発車まで15分くらいあるよね?そこのベンチで少し話せる?」
そう言って、彼女と過ごした15分。
それは、20年の人生の全てを凝縮したような15分だった。
彼女の名前は萌々、というらしい。
高山市内のホテルで働くホテリエ。
国府駅前から30分かけて高山濃飛バスセンターまで通っている。
オレが古川の専門学校へ通っていることを話すと、
「すれ違いの人生ね」
と彼女は笑った。
その屈託のない笑顔が眩しすぎて、
オレはもう、恥ずかしいほど会話が続かなかった。
やがて、彼女の乗ってきたバスが、2番乗り場へと入っていく。
後ろ髪をひかれる思いでバスに乗りこむ。座るのはいつもの一番後ろの席。彼女はバスが見えなくなるまで手を振ってくれた。
【シーン4/高山濃飛バスセンター(9月中旬〜下旬)】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏(コオロギの声)
その日からオレたちは毎日、バス停で缶コーヒーを飲んで話をした。
ホテルのお客さんは外国人が多いから、何ヶ国語も覚えなきゃいけないこと。
ロビーには、飛騨古川や高山の『匠』が作った家具が置いてあること。
毎日ピンヒールを履いて立ちっぱなしだから、
いつも足首の後ろに絆創膏を貼っていること。
彼女が困り眉をして口角を上げる。
大変なんだな、ホテルウーマン、ホテリエって。
オレも自分のことを話す。
家は市街地の大新町1丁目だということ。八幡祭(はちまんまつり)の屋台組だけど、屋台は消失して台車しか残ってないこと。
いつか消失した屋台を復活させたいこと。
そのために、古川にある木工デザインの専門学校に通っていること。実は、からくりの勉強をしていること。
萌々の傘を直したときもからくりのバネを応用したこと。
萌々は興味深そうにオレの話を聞く。
それは毎朝6時20分から40分までの、短くて甘美なひとときだった・・・
10月に入ったある日・・・
オレはホットの缶コーヒーを萌々に渡し、いつものようにベンチに座る。
「さすがにもう、ホットだよね」
暖かい缶をカイロのように胸に抱く。
「そろそろ、コートかなあ」
「あ、そうだ、これ」
「なあに?」
「プレゼント。やるよ。
昨日実習で作ったんだ。ランタン」
「わあ、かわいい!」
「実はさ、これ、以前修理した傘の骨を再利用して作った。
内側のアルミの受け骨は綺麗だったから。
ほら、断面がU字の溝になってるだろ。
中にエナメル線を通したらちょうどピッタリで・・」
「(笑)よくわかんないけど嬉しい。ありがとうね」
「夜、灯りをともしたらロマンティックだぜ。
宵祭りの屋台に負けないくらい」
「ああ、そっか。もうすぐ八幡祭(はちまんまつり)だよね。
ホテルはどこも、半年前からほとんどいっぱいだわ。
アタシも明日から遅番。深夜までのシフトよ。
行きのバスも12時台だからしばらく会えないわね。
アカナもお祭りの準備で忙しいんでしょ」
「うん・・・まあな・・・でもさ・・・
祭りの日・・・会わないか?」
「無理よ。一年で一番忙しい日だもん」
「その日はオレ、8時から神事だから、観光客とか少ない早朝に散歩しようぜ」
「散歩?おじいちゃんみたい(笑)」
「いや、冗談じゃなくて・・
10分でも15分でも2人で歩きながら話したいんだ」
「なにを?話なんて、ここでいつもしてるじゃない」
「いや・・違くて・・・
そのあと、神事が12時に終わるから、よかったらランチとか」
「無理でしょ。どこも激混みだよ」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 09 Oct 2026 - 19min - 171 - ボイスドラマ「おおきなさくらのおひっこし」
湖の底に沈んだふるさと。そして、生き続けた二本の桜。
2024年、東京・渋谷。
89歳の咲良のもとへ届いた一冊の絵本。『おおきなさくらのおひっこし』
そこに描かれていたのは、70年以上前、ダム建設によって湖の底へ沈むことになった故郷・荘川村中野地区と、二本の大きな桜の物語でした・・・
【ペルソナ】
・さくら=荘川桜の精(年齢不詳/CV:岩波あこ)=ストーリーテラー
・咲良=さくら(19-20歳/23歳/26歳/89歳/CV:岩波あこ)青年団所属で反対同盟の運動員
・昭一=しょういち/通称ショウ(年齢同上/CV:岩波あこ)咲良の幼馴染
【プロローグ/2024年4月/東京渋谷】▪️SE/玄関チャイム「お荷物です」
2024年春。
私の元に小さな小包が届いた。
私の名前は、咲良。
89歳。
東京の渋谷に住んで、もう60年以上になる。
▪️SE/荷物の中身を開ける音
小包の中身は・・・
絵本?
題名は・・・
『おおきなさくらのおひっこし』。
私は本のページを捲る。
『荘川町中野地区。
そこには照蓮寺、光輪寺というお寺があり、
お寺には人々が大切にしていた二本の桜の木がありました』
え?
荘川村?中野地区?
桜の木?
何十年ぶりかに耳にするその名前。
荘川村の中野は、私が産まれたところだ。
【シーン1/1952年10月〜1953年1月/荘川村中野】
『ある日突然、この荘川にダムができるという話がきました。
中野地区の人たちは、みんなダムづくりにはんたいでした。
ダムは中野地区につくられるため、ふるさとが水の中にしずんでしまうのです』
▪️SE/小鳥のさえずり
1952年10月。
ダム建設計画が公表された。
私がその話を聞いたのは、光輪寺の境内。
19歳の私は、幼馴染のショウ=昭一と一緒だった。
光輪寺の境内は、小さい頃から私たちの遊び場。
大人になってもそれは変わらない。
遅い春には、桜吹雪の下でいつまでもショウと語り合った。
”お寺も、桜も、なにもかも・・・
私たちの村が水の底に沈む?”
当時の荘川村は農作物も豊富で、恵まれた農村だった。
土地を失うということは『職と未来を同時に失うこと』を意味する。
年が明けると『御母衣ダム絶対反対期成同盟死守会』を結成。
日に日に反対運動は激しくなっていった。
私とショウは、家々の玄関に『ダム絶対反対』と書いた木札を打ち付ける。
バス停や道路沿いの家には巨大な横断幕を張って回った。
その年、白川村と合同陳情団を結成。
国会議事堂まで直訴に出かけた。
反対運動は日を追うごとに、激しさを増していく。
争いは何年にも渡り、終わりの見えない暗闇へと突き進んでいった。
そこに現れたのが『賛成派』の村人たち。
それは村を二分する深刻な対立へと発展した。
死守会の若手頭、ショウの怒りは頂点に達していく。
そんな時、私たちの目の前に、ひとりの老人が現れた。
【シーン2/1959年夏/荘川村中野】
『ある日、ダムづくりをすすめている、偉い人がやってきました。
その人は、ダムづくりが日本のためになると説明しました。
しかし、中野地区の人たちは、
何回きてもらっても、ダムづくりには、反対だからね、と言いました』
▪️SE/ヒグラシの声
1959年。
初めてその人を見たとき、少し驚いた。
ダム開発の責任者。
それは冷徹で心のない、怖い人
私はそう想像していた。
なのに、その人の目は全く違った。
私たちを真っ直ぐに見て、深々と頭を下げる。
時には、目を潤ませながら。
ショウは、そんな姿を目にしてもまったく動じなかったけど。
『日本のために、みなさんからふるさとをとりあげる。
ほんとうにひどい話だと想っています』
私にはその人が、うわべだけのでまかせを言っているようには見えなかった。
ショウは相変わらず鋭い目つきで老人を睨みつける。
その夜、家に帰ると、父と母が私を待っていた。
仏壇の前に 正座して、私に告げたのは・・・
『荘川を出る。新しい場所でやり直す』
耳を疑う言葉。
父の声は小さく、震えていた。
母は仏壇に向かったまま、肩を落としてすすり泣いている。
『もうここまでか・・・』
私の心の中に、波紋が広がっていった。
▪️SE/小鳥のさえずり
次の日。
私はショウを光輪寺の境内に呼びつけた。「さくら・・どうしたんだ?」
「私、東京へ行くことになった」
「え・・・?」
絶句したまま、ショウは何も言わなかった。
季節は晩夏を越えて、もうすぐ冬の準備に入る頃。
目の前には私たちをずうっと見守ってきた大きな桜の木。
この桜も、水の底に沈んでしまうのか・・・
どうしようもない悲しさが私の心を覆っていく。
老木は、風に吹かれて枝を揺らしていた。
【シーン3/1959年11月/荘川村中野】
『一九五九年(昭和三十四年)11月、
みんながあつまって中野地区のお別れ会がひらかれました』
▪️SE/虫の声
1959年11月。
荘川村立中野小学校。
反対同盟の解散式がおこなわれた。
それは今思い出しても、切なくて美しい和解の瞬間。
解散式に出席したのはなんと、開発の責任者。あの老人。
反対同盟から案内状を受け取り、わざわざ足を運んでくれたという。
反対同盟の幹部が解散宣言を読み上げる。
ショウは、何も言わず唇を噛んでいた。
宣言が終わる。
壇上で反対同盟の代表と開発責任者の老人が歩み寄った。
言葉を交わすのではなく、心を結ぶような固い握手。
その瞬間、大人も子供も、ショウも私も、嗚咽した。
愛する故郷と決別しなければならない寂しさ。
それでも開発側の誠意にようやく心rがほどけた複雑な感情。
解散式が終わり、誰もいなくなった小学校。
教室の黒板には、チョークで大きくこう書き残されていた。
『さようなら御母衣、さようなら中野』
それはまるで、私の心を映す言葉。
私は翌日、両親とともに、東京へ旅立った。
【シーン4/1960年/荘川村中野】
『この桜をたすけましょう。なんとかしてくれる人をさがします』
『こうして光輪寺と照蓮寺の桜の木のおひっこしがはじまりました』
▪️SE/虫の声
1960年11月。
光輪寺と照蓮寺の桜が山の上へ引き上げられた。
驚くような大移植が無事完了。
それを指示したのは、開発の責任者、あの老人だった。
え?
うそ?
あの桜が・・・
東京へ引っ越したあと、父と母は渋谷で旅館業を始め軌道に乗った。
私には縁談が舞い込み、この年、お見合いをして結婚。
すぐに子供が生まれ、目が回るような毎日。
荘川のことなど、考える余裕すらなかった。
子供たちが成長して巣立つと、代わりに孫を授かる。
孫たちの面倒を見ながら
気がつくと60年以上が経っていた。
知らなかった・・・
生きていたんだ・・あの桜たち・・・
『春のようせいと、桜のようせいがお話をはじめました』
『今年はおそかったね。
暖かいところからまわってきたので少しおそくなったけれど、
ちゃんとあたらしい芽をもってきたよ』
『春のようせいのおかげで、桜の木に芽がでました。
桜のようせいも喜びました』
『おおきなさくらのおひっこし』
そういう意味なのね。
最後のページを捲ったとき、一枚の紙が床に落ちた。
きれいに折り畳まれた羊皮紙。そこには簡素な文字でこう書かれていた。『父からこの絵本を咲良さんに送るよう言われました。父の名は・・・』
昭一?
・・・ショウ!
『父は故郷が湖底に沈んだあと、中学校の教師となりました。
中野中学校は統合されて、荘川中学校になり、
定年まで勤め上げたのです。
この本は今年、2024年に4月に完成しました。
作ったのはいまの荘川中学校2年生の生徒たちです。
父は絵本の完成をとても楽しみにしていました。
残念ながら本を目にすることはできませんでしたが、
いつもこう言っていたのを思い出します。
咲良に見せてやりたい。
教えてあげたい。
時代に翻弄されながら、立派に生き抜いている荘川桜のことを。
咲良、というのは咲良さんのことですよね。
集団で東京や千葉へ向かった中野開拓団。
その名簿を調べました。
父と同い歳。
咲良さんが父と一緒に反対運動を続けていたことも知りました。
私が、咲良さんって誰?と聞くと
いつも『戦友だ』と言っていました。
本当に『戦友』だったのですね。
この本は父の形見でもあります。
どうか、父の気持ちをくんでいただき、受け取っていただけませんでしょうか』
ああ、よかった。
ショウ、荘川で幸せな人生を全うしたのね。
今度会えたら、荘川桜のこと、いっぱい教えてちょうだい。
早く、会いたいな・・・ショウ・・・
『荘川桜は今もきれいに咲き続けています。
地域の人々や私たち小・中学生も保全活動を行っています。
次は、この物語を読んでくださったあなたが荘川桜を大切に守っていってください。
いつまでもこの荘川桜がみなさんの力で大切に守られていきますように』
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 02 Oct 2026 - 16min - 170 - ボイスドラマ「天文薄明」
夕暮れと星空のあいだで、少女は少しだけ大人になる。
昼が終わり、夜が始まるまでのわずかな時間。
まだ空には明るさが残っているのに、少しずつ星が姿を現し始める・・・
そんな「天文薄明」のような時間の中で、16歳の少女・星夜の小さな旅が始まります。
【ペルソナ】※「星の降る里」「卒業旅行」の世界観
・星夜=せいや(16歳/CV:坂田月菜)=東京・広尾に住むJK。星座ヲタク。久々野は母の実家
・大空=リク(22歳/CV:田中遼大)=東京の大学4年生/高山出身/清見でキャンプ中
・聖夜のママ=(42歳/CV:山﨑るい)=東京のヘアデザイナー/パリコレに参加
・=あさひ(16歳/CV:蓬坂えりか)=朝日村のJK。漢方薬剤師になりたい
【プロローグ】▪️SE:小鳥のさえずり〜携帯電話の着信音
「もしもし?星夜?」
ママから国際電話があったのは10月7日の早朝だった。
ママは、フリーのヘアデザイナー。
東京で雑誌の撮影とか、芸能人のヘアメイクとかをやってる。
でもいまは、パリ。
親友からのオファーでパリコレのヘアメイクチームに呼ばれた。
友達ってのは、新進気鋭のファッションデザイナー。
世界最高峰の舞台。
からのー、裏側だもんね。
フツーにすごいと思う。
「パリコレ、さっき終わったわ。もうサイコーよ!」
「おつかれ〜、飛行機のチケットとれた?」
「それがねえ、星夜・・」
「なに?」
「ママのヘアデザインが・・・
有名なファッション雑誌の編集長の目にとまっちゃったの」
「それで?」
「ショー直後のエディトリアル撮影、参加してほしいって」
「だから?」
「来週まで帰れない」
「えーーーー」
「ごめん、星夜。ほんっとにゴメン!
おばあちゃんにはママから連絡しとくから。
ひとりで高山行ける?行けるよね?」
週末、本当はママと一緒に高山へ行くはずだった。
秋の高山祭。
『高山祭はねー、一生に一度は見ておかないと!
言葉なんかじゃ表現できない!
とにかくサイコーだから!』
って言ったのママじゃん。
まあ、いいわ。
高山は初めてじゃないし。
1か月前、一緒にトレッキングした朝陽にLINEしてみよっと。
『星夜、ごめんーー!
高山祭の2日間、富山の薬科大学で特別講義入っちゃってる。泊まり込みで。
言ってなかったけど、私、漢方薬剤師になりたいの。
そのためには大学の薬学部へ進学しないとダメなんだ。
だけど、星夜、すごいねー!高山祭くるんだ!
宵祭も楽しんで!』
漢・方・薬・剤・師!
ってマ!?
ガチですごすぎ。
朝陽って、ただの薬草オタクじゃなかったんだ。
なんか、フツーなのウチだけじゃん。
マジ病むわ〜。
このあと、ママはおばあちゃんにすぐ連絡してくれた。
だ・け・ど。
おばあちゃんちは久々野のりんご農家。
この時期、収穫とか、色づけって作業で、
休む暇もないくらいガチで忙しいらしい。
りんご狩りの対応もするんだって。
ま、ウチは別に全然ヘーキ。
ひとりで高山祭行くから大丈夫だし。
前髪を触りながら、ジルの鏡を見る。
パリ行く前にママがカットしてくれたやつ。
『絶対星夜に似合うから!』
っつって、ママオリジナルのウルフカット。
パツンと切り揃えるんじゃなくて、
ミリ単位でハサミを縦に入れたっつー、束感。
指先で少しクシャッと崩せば、
無造作だけど、カッケー束になって額に落ちてくる。
マジでオシャ。
はぁ〜。
まいっか。
久々野のおばあちゃん、マジで優しいし、高山祭楽しみすぎて無理。
古い町並とかテキトーにぶらついてこっと。
【シーン1/高山濃飛バスセンター】
▪️SE:高山濃飛バスセンターの雑踏
「あ、すみませーん!乗りまーす!!」
高山濃飛バスセンターから、男の人が息を切らせて乗り込んできた。
大学生、かなあ。
なんか、派手じゃないのにシンプルにレベチで雰囲気ある感じ。
今っぽいきれいめのブルゾンに、白シャツチラ見せのクリーム色ニットとか、マ。
東京っぽい。
ウチはノースリーブの白いティアードワンピース。
肩が大胆に出たオフショル気味のデザイン。
胸元にはネイビーのフリルとリボン。
うーん。季節感バグってるかも。
といいつつ、このビジュで、高山祭の2日間を思いっきり楽しんだ。
いやマジ、すごすぎて語彙力失うレベル。
控えめに言って、最高!
おばあちゃんに『屋台見てきな〜』って言われて、
ラーメン屋さんの屋台とか想像してたから、ビビったわー。
でかいし、ゴージャスだし、数多すぎだし。
『屋台曳き廻し』とか、ヤバすぎてフツーに『うわっ』って声出たわ。
『宵祭り』なんて、本当にパねえ通り越してエグい。
提灯の数が100個?100個ってマジ何個?
ガチでエモくない?
あ、てか、エモいっつったら『宮川の朝市』。
『朝市』って生まれて初めてだったけど。
おばちゃんたちの飛騨弁がチョー可愛くて。
楽しくて、ず〜っとしゃべっちゃった。
橋のところで買ったみたらし団子もガチで美味すぎて飛んだ。
帰る前にはちゃーんと神社もお参りしてきたよ!
『屋台の曳き揃え』やってた、桜山八幡宮?ってとこ。
素敵な彼氏ができますように・・・って。
ガチでご利益エグいパワースポットらしいし。
マジで叶うといいなあ・・・なんて
「あの、ここ、いいですか?」
え?
あ、そうか・・・
バス結構混んでて、席あいてないんだ。
ウチのとなりしか・・
「あの・・」
「あ、どうぞ」
「ありがとうございます」
え。
チラ見したんだけど、フツーに顔面良くない?
ワンチャン割とイケメンかも。
「あの・・・」
「え」
「高山祭・・・行かれたんですか?」
「あ、はい」
「昨日も?」
「はい」
「じゃあ、宵祭りも?」
「行きました」
「すごいでしょ。ボク、アレが見たくて毎回帰ってくるんです」
「帰ってくる?」
「ああ、はい。
ボク、東京の大学行ってるんですけど、
実家が清見なもんで、帰省してて」
「そうなんですか」
「知ってますか、秋は『宵祭り』、春は『夜祭』っていうこと」
「へえー、知らなかった。なんで?」
「これ、いろんな説があるんだけど。
神事の呼び方が由来って説が有力かなあ」
「神事?」
「春の高山祭がおこなわれるのは日枝(ひえ)神社でしょ。
日枝神社の伝統的な神事に『夜祭(やさい)』ってのがあるんだ。
『夜祭』って書いて『やさい』って読むんだよ。
だから春は『夜祭』(よまつり)」
「ふうん」
「あ、ごめん。あんまり興味ないよね」
「え、いや、そんなことないけど」
「君は高山の人?」
「ううん。家は東京の広尾。
久々野のおばあちゃんちに泊めてもらってて」
「久々野?」
「うん。
以前JRで帰ろうとしたら、列車の本数がガチでなさすぎて絶望したから、
今回はバスにしたんだよね(笑)」
「あ、ちょっと待って。久々野って・・・?」
「あれ?
ひょっとしてウチ、バス間違えた?
これ、下呂/バスセンター行きだよね?」
「じゃなくて、間違えたのはオレだ!」(※ここから地が出て「オレ」になる)
「えええええええ」
「うわ!一之宮もとっくに過ぎて、もうすぐ宮峠(みやとうげ)じゃん!」
「え?なに?急に?
なに言ってんのかマジわかんないんだけど」
「待て待て待て。落ち着けオレ。
高山濃飛バスセンターから清見方面の終バスって、
確か18時半くらいだから・・・」
「久々野からJRに乗ればワンチャン間に合うんじゃない?」
「え?」
ウチは乗り換えアプリの画面を見せる。
このバスが久々野駅につくのは16時35分。
久々野駅から高山方面の列車が出るのは18時ちょうど。
高山に着くのが18時14分・・・
「あ、これなら・・・」
「間に合うんじゃね?終バス」
「ホントだ・・・」
「にしても・・終バス早すぎ(笑)」
「だよなー(笑)
ありがとう!マジで助かった。
あ、あの・・・オレは大空。オオゾラ、って書いてリク。
キミは?」
「ウチは星夜。星の夜」
「カッケーな」
焦りまくってた表情がホッとした笑顔になった。
バスは、宮峠の急な上り坂をゆっくりと進んでいく。
右手に見えるのは、ごつごつした険しい山肌。
そういえばおばあちゃん、ここ中央分水嶺だって言ってたっけ。
カーブを曲がるたびに、色づき始めた紅葉の枝が通り過ぎる。
トンネルを抜け、宮峠を越えると、久々野へ向かう下り坂。
どこまでも高い秋の空と、山に囲まれた緑豊かな景色。
東京のビル群とは全く違う風景が、急に愛おしく感じてきた。
【シーン2/久々野駅】
▪️SE:久々野駅の夕方の雑踏
「ありがとね。
わざわざ久々野駅まで付き合ってもらって」
「ううん、全然。
ここ無人駅だし。
それに、なんかウチも、ちょっと話し足りなかったしね」
「高山行きの各停(かくてい)が来るまで、まだ1時間半くらいあるけど」
ウチはスマホの時計を見る。
「おうちの人とか心配してない?」
「あ、全然大丈夫!。
おばあちゃん、りんご農園やってるからガチで今忙しい時期だし。
昨日も暗くなるまで収穫してて、
そのあと道具の片付けとかしてから帰ってきたら6時過ぎ。
だから今帰っても誰もいないの。
ちょうどいいヒマつぶし」
「そっかぁ。
じゃ少し話そうか」
誰もいない久々野駅のホームのベンチに2人で座る。
ホームの向こうには、夕日に染まる山並み。
まだ午後5時過ぎなのに、空気はどんどん冷たくなっていく。
▪️SE:自販機の音
「ほい。コーヒー」
「サンキュ」
「さすがに夜は冷えるね」
そう言って、大空はブルゾンをウチの肩にかけた。
そのまま暗くなってきた空を見上げる・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 25 Sep 2026 - 16min - 169 - ボイスドラマ「蛟」
時代に忘れられた水の女神と、山に生きる青年
時は1912年――明治45年、大正元年。
前年、国鉄中央線が全線開通し、飛騨の工女たちが歩いた過酷な「野麦越え」は、その役目を終えようとしていました。
最後の野麦越え。工女たち。美女峠。そして・・・
人と神。
歴史と伝承。
そして、時代が変わっても変わることのない人の想い。明治から大正へと移り変わる飛騨を舞台に描く、少し不思議で、どこか懐かしい愛の物語です
【ペルソナ】
※1912年(明治45年/大正元年〜大正三年)の春〜夏・水波=みずは(年齢不詳/CV:蓬坂えりか)=記憶を失った女性。実は水の女神、水龍 の化身
・惣太=そうた(25歳/CV:日比野正裕)=朝日村で一人炭焼きを営む住む寡黙な青年
・澪=みお(2歳/CV:坂田月菜)=惣太と水波の娘。半人半妖
【シーン1/美女ケ池行き倒れ】
・少女の姿をした記憶喪失の龍神・水波が美女ケ池のほとりで倒れている
・冬に備えてナラ材を切り分けた木こりの惣太が運搬路を整えるため通りがかって発見する
◾️創作・糸引き唄(※唄:蓬坂えりか&坂田月菜)
※音声/https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/09/itohikiuta.wav
〽ハァー 野麦(のむぎ)越えるときゃ 雪さえ溶ける 溶けぬ涙が エーヨー 胸を突く
〽糸を引きましょ お国のために 親に仕送り エーヨー 果てるまで
真っ暗な闇の中から『糸引き唄』が聞こえてくる。
『お国のために、家族のために』
吹雪の美女峠。
工女たちの足音と、唄声。
ああ、そうだ。覚えているとも。
粗末な単衣(きもの)を何枚も重ね着して、
三幅前掛け(みはば/まえかけ)を帯代わりに結んだ生娘(むすめ)たち。
頭には手拭いを巻いて、脚には脚絆(きゃはん)。
足袋の上からわらじを履いて、雪の峠を超えていく。
美女峠は、過酷な道行きの入口。
家族と離れ、野麦峠へと向かう『十三見送り(じゅうさんみおくり)』。
『永の別れ』をねぎらうために、私は少女たちに餅をふるまった。
親も子も、泣きそうな顔で『うまい』『うまい』と言うておった。
最後の工女行列を見送った冬。
役目を終えた私はどうなるのだろう?
いや、そもそも、『私』とはだれなんだ?
記憶の上に、果てしない忘却の雪が降り積もる。
冬が終わり、春の足音が聞こえてくるまで・・・
「おい、あんた!大丈夫か?生きてるか!」
底なしの闇の中から、誰かが私を呼び覚ます。
暗い。冷たい。水の底。
ただ揺蕩(たゆた)うだけの深い眠りを覚ます響き。
胸の奥がぎゅっと締め付けられるような・・・
記憶の彼方から届く声。
私は、閉じていた瞼を、ゆっくりと押し上げる。
「おお、気がついたか」
視界に飛び込んできたのは、眩い木漏れ日。
そして、私の顔を覗き込む一人の男。
荒れた手、煤けた衣服、私を見つめる、強い眼差し。
炭焼きの男。
その口から言葉が漏れる。
「びっくりしたぞ。
あんた、草むらのなか、美女ケ池の水際で倒れとったんや」
「美女が池・・・」
「ああ。
真冬なら今頃生きちゃおらんやろが」
「私は・・・私はだれじゃ・・・」
男は眼を丸くして驚き、そのあと言葉が続かない。
私も男と目が合った瞬間、再び、忘我の眠りに落ちていった。
【シーン2/惣太の炭焼き小屋】
◾️虫の声
「ああ、よかった。
眼を覚ましたな。生きてたんだ」
「虫の声・・・もう夜か・・」
「ちゃうて。
あんた、3日間眠ってたんや」
「三日・・・
ん?ここは・・・どこじゃ?」
「オレの家や。炭焼き小屋。
美女ケ池からはそう遠くない」
「・・・そうか・・」
「自分のこと、思い出したか?」
「私・・私は・・・」
「まあええわ。
ゆっくり思いだしゃええ」
「ああ・・・」
「腹へったやろう?」
私の返事を聞く前に、男は囲炉裏に向かった。
火吹き竹で消し炭を煽ると、またたく間に赤い火が熾(おこ)る。
煤けた鉄鍋に山の湧き水を注ぎ、自在鉤(じざいかぎ)に掛けた。
「オレは・・・惣太だ」
半身(はんみ)を起こした私に、男が名乗る。
「見ての通り、ここで炭を焼いとる」
話しながら、山菜を豪快につかんで鍋に入れた。
そのまましゃがみ込んで火吹き竹を強く吹く。
すると、眠っていた炭がパッと赤く色づいた。
月明かりだけだった小屋の闇に、ぼおっと赤い炎が灯った。
「いまは辛抱のときやけどな。
冬になれば、高山の町から炭問屋の手代がここまで買い付けにくるんや」
惣太は生簀(いけす)代わりの木桶から、元気のいいヤマメを取り出す。
手早く腹を裂いて塩を振る。
手慣れた仕草で、竹串に刺し灰のなかに勢いよく突き刺した。
「オレの焼くナラ炭は町でも評判がええんや。
火持ちが最高だそうだ。
岡谷にある製紙工場のボイラー係も『オレの炭じゃなきゃ湯の沸きが悪い!』
つって、わざわざ指名してくるんやさ」
惣太の言う通り、炭火は勢いを増していく。
パチパチと爆ぜる炭の音。
脂の乗った魚の香ばしい匂いが煙とともに小屋を満たしていった。
「金儲けだけやないぞ。
美女峠の頂上に休憩小屋があるやろ。
あそこにもオレの炭をおろしとる。こっちは利益なんて度外視や。
峠を越えて野麦へ向かう工女たちのためやから・・・
みんな、この先、地獄のような山越えをするんや。
少しでもぬくとうしてやりたいやないか」
惣太は背中を向けて焼いたヤマメをひっくり返す。
何回か繰り返すと、今度は頭を下にして垂直に立てた。
「そやけどなあ。
それももう終わりや。
去年・・・明治44年の5月に、国鉄の中央線が全線開通したやろ。
これで、工女たちはもう野麦の峠を越えんでもようなった。
中津川の坂下駅まで歩いていって、そこから汽車に乗って岡谷へ一本や。
ほんとうによかったわ・・・
おりゃあ、胸を撫で下ろしてるんやけどな、なんやちょっと寂しゅうて。
工女たちの行列がもう二度と見られんと思うとなあ・・・」
惣太が寂しそうな顔をしながら、焼き上がりを確認する。
ヒレまで綺麗に白く焼き上がったヤマメの塩焼き。
小屋の中にはもう美味しそうな匂いが充満している。
惣太は串を抜くと、私の前へ突き出した。
「さあ、焼けたぞ。食え。
とにかく食って、精をつけろ」
私は串を受け取り、そのままかじりつく。
それを見た惣太は安心したようにまた話しだす。
「このあと、どこへ行くんや?」
私が何も答えず、ひたすらヤマメにしゃぶりついていると・・・
「まあ、ほんなことええわ。ゆっくりしていけばええ」
そう言って、鍋の中に地味噌をひとつまみ入れる。
木杓子(きじゃくし)で鍋をかき回すと、大きなお椀にすくって私の方へ差し出した。
「これも食べろ」
「惣太の分は?」
「オレは腹が減っとらん」
そう言って背中を向けた。
後ろを向いたまま、ボソっと呟く。
「なあ・・・無理にとは言わんが・・・
もし、行くあてがないなら・・・
ずうっとここにおればええ」
「わかった」
「ほんとうか?」
満面の笑みで振り返る。
それが可笑しくて、可愛くて、私も思わず笑ってしまった。
そのとき・・・
「あぶない!」
「え?」
「このやろう!」
そう言って、惣太が踏みつけたのは、大きな百足!
私は・・・恐ろしくて、声も出ない。
惣太は震えが止まらない私を抱き寄せる。
「なんや。意外と怖がりなんやな」(※笑いながら)
どうしてこんなに恐ろしいのだろう。
意味がわからず震えていると、惣太は、
「なあ、やっぱり・・・ここにいてくれや」
そう言って私を強く抱きしめた。
月明かりに照らされる2つの影。ただ虫の声だけが、賑やかに、激しく、鳴り響いていた・・・
【シーン3/3年後/惣太の炭焼き小屋】
◾️野鳥の声
「かあさま、びじょがいけまであそびにいってもいい?」
「気をつけるのよ。水のそばには近寄らないでね」
「はあい!いってきます」
娘の澪が元気よく小屋から飛び出していった。
あれから3年。
私は惣太と夫婦となり、月日を重ねた。
明治から大正へ。
元号が変わって最初の夏。
私は惣太の間に娘をさずかった。
記憶は相変わらず曖昧だったが、
澪が生まれて、名前を決めたとき、
不意に自分の名前が浮かんできた。
水波。
名前を思い出したことを惣太は心から喜んでいた。
「水波。澪。
意味はようわからんけど、どっちもきれいな名前やなあ」
でも、その瞳の奥に見えたのは小さな闇。
きっと私が記憶を取り戻すことを、心のどこかで怖れていたのだろう。
だが、惣太の不安とは逆に、私の記憶はだんだんと鮮明になっていった。
「それにしても、今年はなかなか雨が降らんのう」
惣太にとってもうひとつの不安は渇水。
言葉通り、この年、朝日村を空前の日照りが襲った。
美女ケ池の水位は下がり、山はカラカラに乾いていく。
「ほんの少しでも火の粉が飛べば山全体が火の海になる」
惣太はこう言って、炭を焼く回数を減らした。
それなのに、
「立ち木が猛暑と渇水で、干割れ(ひわれ)し始めた。割れてまうと、炭を焼いてもスカスカで、売り物にならん」
日照りは私たちの生活を追い詰めていく。
そんな残暑きびしい、ある夜。
乾いた山に雷が落ちた。
たちまち山火事が発生。
火は私たちの炭小屋まで広がってくる。
異変に気づいた私はすぐに、寝ていた惣太と澪を起こす。
「どうした?水波」
「火事よ!山火事!」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 18 Sep 2026 - 19min - 168 - ボイスドラマ「奥飛騨百姓座敷湯守」
昭和の頑固親父 VS 令和のギャル娘
12年前に家を飛び出した娘・凛子が、奥飛騨の老舗温泉旅館「湯守」に突然帰ってきた!
「昭和男児とかマジでサゲ」
「ギャル女将とかアゲてこ」飛騨弁とギャル語が飛び交う、100年続く温泉宿の跡取り騒動。
変えてはいけないもの。
変わらなければ、守れないもの。5代目の父から6代目の娘へ、そしていつか7代目へ――。
笑って、ぶつかって、最後はじんわり。
奥飛騨の湯けむりに包まれる、父と娘の物語・・・【ペルソナ】※舞台設定は現代/新平湯温泉
・静馬(しずま/64歳/CV:日比野正裕)=百姓屋敷を改造した老舗旅館湯守の5代目
・凛子(りんこ/30歳/CV:坂田月菜)=静馬の娘。高卒で東京へ家出したギャル娘
【プロローグ/家出】
◾️SE:セミの声(ニイニイゼミ)
「ばかやろう!
毎晩毎晩ほっつき歩きやがって!
そんなチャラチャラしたやつは、娘でもなんでもない!
いますぐこの家から出ていけ!」
「はいはい、お疲れサマンサ〜。
そうやってすぐにブチるの、マジでウケる。
そんだけ激おこぷんぷん丸だと血管切れるよ?
ウチの人生ウチが決めるんで。
とりま、あざした〜!」
そう言って、娘の凛子が家を出ていったのが12年前。
世間では『ギャル』というらしいが、下品な化粧と言葉使い。
いったいどこの国の言葉なんだ・・・
私の名前は静馬。
奥飛騨温泉郷・新平湯温泉にある老舗旅館
『奥飛騨百姓座敷・湯守(ゆもり)』の5代目当主である。
うちは元々、江戸時代から続く豪農の百姓屋敷。
明治の終わり頃、初代がこの場所へ太い梁を移築。
湯守として温泉旅館を始めた。
今年でちょうど100年になる。
じいさんも親父も、絵に描いたような昭和の頑固親父だった。
『男は黙って背中で語れ』
『客には命を削っておもてなしをしろ』
口を開けば飛騨弁の怒声が飛ぶような環境。
当然のように私も、典型的な昭和男子として生きてきた。
最近ではなんだっけ?
パワハラ?モラハラ?なんやそれ?
ちょっと大きい声を出しゃあ『威圧的』やの、
気合いを入れようと背中を叩けば『暴力』やの。
コンプライアンスだの何だのって横文字にすりゃあいいと思って。
男ってのはなぁ!
健さんも言ってるやないか。
理屈じゃねえ、行動で語れ。
女は一歩引いて、男の背中を支えるもんだ!
汗水垂らして、泥にまみれて、必死こいて働く姿を見せる。
言葉が足りんけりゃあ、愛のムチだって必要だわ。
でなきゃ、奥飛騨の厳しい冬が乗り越えられるかっての!
湯口から吹き出す源泉の熱さに耐えられるかってんだ!
今の若い奴らは、ちょっと怒られたくらいで『心が折れた』だの
『メンタルがどうの』だの、くだらないことばっか言いやがって。
一人前になるまでは、寝る間も惜しんで精進しろ、っつうの。
「はい、今の全部アウト〜。
セクハラ・パワハラ・ジェンハラのトリプル役満やめてもろて?」
「り、凛子!?」
【シーン1/出戻り】
◾️SE:セミの声(ミンミンゼミ)
「お父ちゃん!声デカすぎだって。
バス停まで余裕で聞こえてるからね?
ただでさえ昭和男児とかー、世間的にマジでサゲなのに」
「お前、いつ帰ってきたんだ?」
「新宿を7時に出て、いま新平湯温泉に着いたー。
つか最近の高速バス、ガチでリッチすぎてビビるんだけど!
移動中ずっと爆睡できたし、普通に優勝だわ」
「なんだ、それが12年ぶりに再会した親に言うセリフか?」
「それよりー、お父ちゃん、いまのお客さんに聞かれたらガチで詰むって。
昭和男児って、老害ムーブ全開でマジ公害レベルだから」
「うるさい!
それより昼飯は食べたのか?
まかないでよかったら食ってけ」
「え、食べる食べる!
まかないとかガチで神なんだけど!
ぶっちゃけお腹ペコペコすぎてたから、超助かる〜。
とりま秒で荷物置いてくるから、よろしくね!」
12年ぶりに新平湯へ帰ってきた娘。
今年で30になるっていうのに、なんだ、あの化粧に言葉使いは。
出てったときより、酷くなってるんじゃないか。
目の周りは真っ黒、爪に変な飾りまでつけおって。
とてもじゃないが、あれじゃあ、ご近所様や宿のお客様には見せられん。
「ちょっと、お父ちゃん、ウチの部屋まんまにしといてくれたん?
マジ感謝!マインド神すぎてアゲ!」
荷物を部屋に置きにいった娘が走って戻ってきた。
なにを言ってるのかよくわからんが・・・
まあ、部屋をそのままにしとくのは当たり前だろう。
一人娘なんだから。大事な跡取りなんだし。
「つかウチさー、これから湯守で働こうと思って」
「なんだと?
うちの旅館で働く?」
「いーじゃん、今ってどこも人手不足でマジ詰んでない?明日から手伝うからさー、ギャル女将とかアゲてこ」
言葉がそのあと続かなかった。
娘が帰ってくるのは嬉しいが、いきなり旅館を手伝うと言われても。
喜びよりも不安の方がはるかに大きい。
いつもよりセミの声がうるさく響いていた。
【シーン2/帳場に立つギャル女将】
◾️SE:セミの声(ヒグラシ)
「いらっしゃいませ〜!
遠くからガチでお疲れサマンサです!湯守へようこそー!」
翌日から凛子は帳場に立った。
どこで見つけてきたのか、ド派手なピンクの浴衣。
帯はリボンのように結び、
髪はきっちりまとめるどころか、ゆるく巻いてアップにしている。
化粧はいわゆるギャルメイク?というのか、見るに耐えない。
その顔を満面の笑みにしてお客さんに話しかける。
「とりま、こちらにお名前とか書いてくださーい!アゲ!」
「ちょっと!凛子!こっちこい!」
「えー、なにー?お父ちゃん!」
「なんだ、いまの接客態度は!?」
「ギャル女将なんだからフツーっしょ!」
「全然普通じゃない!
それに、その格好!チンドン屋じゃあるまいし」
「は?それ差別用語!サゲ!」
「だいたい、誰が帳場に立ってもいいと言った?
女の分際で・・・」
「へ?
お父ちゃん、いつの時代生きてんの?」
「なことはいいから、ここは中居頭のさくらさんに任せろ。
言いたいことがあったら厨房で聞いてやる」
「はぁ〜、ダルみざわなんだけど〜」
うちの旅館・湯守には女将はいない。
普段は仲居頭がお客様のお出迎えにあがる。
凛子は仲居頭に頭を下げて厨房の方へ向かった。
【シーン3/厨房の静馬と凛子】
◾️SE:厨房のガヤ
「おっ、カイトっち、おつー!」
凛子は見習いの板前・カイトに声をかける。
「てか昨夜(ゆうべ)、ウチの歓迎会に、最後まで付き合ってくれてありがとね!」
「パワハラ親父に無理やり飲まされてたっぽだけど、体調大丈夫そ?」
「マジ我慢しなくていいからさ、モームリと思ったら休んじゃいな!」
「アホか!凛子!
見習いのカイトにくだらんことを吹き込むな!」
「はぁ?」
「おいカイト!今朝厨房の仕込みに遅れたそうだな!
たかが二日酔いくらいでそんな風になってどうする?
人並みに酒も飲めないで一人前の板前になれると思うか?
高卒のお前をわざわざ引き取って一から育ててやったのに、
いつまで半人前でいるつもりだ!
やる気ねえなら明日から来なくていいぞ、クビだクビ!」
「ちょっと!なに言ってんの!お父ちゃん!
最初から最後まで全部アウトすぎて、もはやウケるんだけど」
青白い顔をしたカイトに背中を向けて、ものすごい剣幕で凛子が捲し立てる。
「『酒くらい飲めて一人前』とかなにそれ?
昨日無理やり飲ませたのテメェだし完全アルハラだから!
てか、そんな二日酔いの状態で早朝から包丁握らせるとか、ありえんわ!
宿の安全管理どうなってんの?
カイトっちの学歴出して『高卒の小僧』とか言うのも普通にアウトだし!
『クビ』とか脅すの最悪のパワハラじゃん。マジ大丈夫!?しっかりしてよ!お父ちゃん!」
「ったく、めんどくせえ世の中だな。
ま・・その、なんだ・・・
カイト、お前も、この先いい人見つけて、身を固めることも考えとけよ」
「お父ちゃん!
『身を固めろ』とか、サイテー!
結婚とか恋愛なんて個人の自由だし!
マインドが昭和すぎて脳みそ化石レベルなんだけど!」
「ばかやろう!所帯を持ってこその男の甲斐性。家を守る嫁さんがいるから、男は思う存分戦えるんだ!」「はぁ!?なにそれ?
男のために女が犠牲になるのが当たり前とか、
マジで聞いてて虫唾が走るんだけど!
外で戦うとか、カッコつけてんじゃねえよ!単に女に甘えてるだけっしょ!
・・・ウチだってさ!
・・・しょうもないクズ男のせいでメンタルボロボロ。
ほんでここに戻ってきてんだから!」
「なんだと!?凛子!お前・・・」
「だって、そうなっちゃったもんはもうしょうがなくね?
マジどうしようもなかったんだから・・・」
凛子・・・
私は返す言葉が思いつかず、苛立ちを紛らわせるようにタバコに火をつけた。
◾️SE:ライターでタバコに火をつける音〜たばこを吸う音「ふう〜っ」
「ちょっと!
お父ちゃん!なにやってんの!?」
「え?
なにやってる、って見てわからんか。
タバコ吸ってるんだよ。
お前がおかしなコトを言うから」
「は? 厨房でタバコとかマジありえない!
てかそもそも、なんでこの宿いまだに全面禁煙じゃないわけ?
イミフなんだけど。
どうしても吸いたいなら、完全隔離の喫煙ルームとか作るのが普通っしょ!
周りに子供とか妊婦さんとかいたらどうすんの?
あーったまきた!全館の灰皿いまから全部、秒でゴミ箱行きね!」
「アホいうな!
子供とか妊婦とかって・・そんなもんちょっと気をつけりゃすむことだろ」
「すむわけないじゃん!
もしお腹の子に何かあったら、お父ちゃんマジでどう責任とんの
Fri, 11 Sep 2026 - 19min - 167 - ボイスドラマ「異世界マルス」
「縄文とか、マジ興味ないんだけど。」
歴史が苦手な久々野中3年生・輝李(エリー)が、学校の倉庫で見つけたのは——
どう見ても「スマホスタンド」な縄文土器!?スマホを置いた瞬間、飛ばされたのはエルフと魔王が存在する異世界「マルス」だった!
でも、この世界……どこかおかしい。
5000年前の久々野。
幼い頃の妄想。
八尺川でなくしたスマホケース。
そして「創造主」と呼ばれる輝李——。すべてがつながったとき、異世界マルスの本当の秘密が明らかになる・・・
異世界×縄文時代×久々野。
まさかの組み合わせで贈る、時空を超えたファンタジー!【ペルソナ】※舞台設定は現代
・輝李(エリー/15歳/CV:坂田月菜)=久々野中学校3年生
・静馬(しずま/35歳/CV:日比野正裕)=歴史教師
・イブ(5015歳/CV:坂田月菜)=縄文時代から存在する異世界マルスに住むエルフ
・アダム(5035歳/CV:日比野正裕)=異世界マルスを破壊しようと企む魔王
【プロローグ/久々野中学校】
◾️SE:教室のガヤ〜机をバン!と叩く音
「輝李!」
「うわ!びっくりした!
あ、先生、ふぁ〜おはようごさいます・・」
「おはようございます、じゃないだろ。
午後イチの授業だっちゅうの。
2学期始まったばかりなのに、よくそんなに居眠りできるな」
「いえ、そんな・・・大したことじゃ・・・」
「誉めとらんわ!」
「あ、サーセン!」
◾️SE:教室の笑い声
「まあいい。
今学期からは歴史の授業、縄文時代に入るから。
みんな、ちゃんと聞けよ。
ここ、テストに出るぞ。
聞いとるか、輝李」
「縄文とかまじ興味ないんだけど。
同じ時代なら、中世ヨーロッパとか北欧とかの方がよくない?
城とか騎士とか海賊とか、普通にかっこいいし」
「あのなー。
日本の縄文時代と、中世ヨーロッパや北欧バイキングの時代、
一緒だと思ってるみたいだけどな。
それ、時代が数千年もズレているんだよ」
「え?まじ?」
「なんでオレがウソ言うんだ。
おい、輝李。
罰として、お前倉庫までお使いに行け。
授業で使う『縄文土器のレプリカ』を持ってこい!」
はぁ、まじだりぃ。
自分の忘れ物とか押し付けないでほしいんだけど。
てか、まじで眠すぎ・・・
ウチの名前は輝李(エリー)。
久々野中3年。
ガチで好きなのはゲーム・・・あ・・と・・違くて、eスポーツ。
勉強はマジ無理。
つか、ウチに超だるい用事押し付けてきたの、歴史の静馬だし。
歴史ってマジ覚えること多すぎて、疲れるわ。
縄文とか弥生とか言われても、イミフすぎて詰み。
◾️SE:ひたひたと学校の廊下を上履きで歩く音
え、てか倉庫遠いし暗いしで、マジ怖いんだけど。
縄文、縄文って・・・
縄文の資料どこにあんの。
あ、これかも・・・
『堂之上遺跡関係』って書いてあるデカいダンボール・・・
◾️SE:ダンボールの中をガサゴソまさぐる音
もう〜、土器のレプリカ、ってなんなん?
壺とかお椀とかそういう系?
いや、待って。あれじゃね?ゴーグルかけた宇宙人みたいなやつ・・・
そんなん、どこにもないじゃん。
てかそもそも堂之上遺跡とか、保育園のとき以来行ってないし。
そういやあの頃マジで友だちいなくて、いつもひとりぼっちだったわ・・・
堂之上遺跡の竪穴住居を見ながら、ひとりで一生妄想してたなあ・・・
ん?あれ?
ワンチャンこれじゃね?土器のレプリカ。
板みたいなやつ。縄文っぽい模様がついてるし。
でも、なんか違うっぽいっていうか・・・
ほぼスマホスタンドじゃん。サイズ感といい、形といい・・・
それは・・・
手のひらにすっぽり収まるくらいの、土の塊。
絶妙にコンパクトなサイズ。
グレーというか、ちょっと青みがかった不思議な色をしている。
土器にしてはツルツルしてるし。
形はもうスマホスタンドそのもの。
ウチは、思わず自分のスマホを出して置いてみた。
すると・・・
え・・・?
周りの音が、一瞬で消えた。
グラウンドから聞こえていた体育の授業も、遠くの道路を走る車の音も。
次の瞬間、目の前の景色がグワッと歪んだ。
目眩がして思わず目を閉じる。
そのわずか一秒後。
「え・・・?え・・・?ええええええええ!?」
【異世界召喚シーン/異世界マルス】
◾️SE:ヨーロッパの街のガヤ
目を開けると、
そこは倉庫の中じゃなかった。
眩しい日差しに赤レンガの屋根。
石畳の道。
太陽が低い!
果物とか雑貨売ってる屋台。
小高い丘の上にそびえるお城。
街を行き交う人々はみんな・・・外・国・人!
いやいやいや、待って待って待って!
ここって、中世ヨーロッパとか北欧とかの街並みじゃね?
てかさ、これ・・・ウチがちっちゃい頃、
妄想してた異世界まんまなんだけど!ヤバい!
でも、どっかおかしい。
そうだ。景色がなんかボンヤリしてる。
写真にフィルターかけて滲ませたみたいに。
おもわずスマホを見る。
『圏外』の文字。
そりゃそうでしょ。異世界なんだから。
「・・・ちょっと・・・」
「ちょっと!」
「え?」「ウチ?」
「当たり前じゃん!あんたに決まってるでしょ」
わ!
出た!
この人・・・
とんがった耳、鋭い目つき、小ぶりな体・・・
「エルフだ!」
「みりゃわかるでしょ。
それよりあんた、見ない顔だけど・・・だれ?
どっから来たの?」
「っと・・・ウチは・・エリー。
久々野からきたの」
「クグノ?
って・・・もしかしてあれ?世界中の商品が集まり、ギルドで栄えているという、あの・・」
「いや違くて。日本の、岐阜の、高山の、久々野」
「ふむ。きいたことのない街だな。
まあいい。
で、なにしにここマルスへきた?」
「マルス?」
「おいおい。街の名も知らずにきたのか?」
「てか、あんたはだれ?マルスってのはなに?」
「私?
私はイブ。
見ての通りエルフだ。魔法使い。
自慢じゃないけど、魔力は多分この世界で一番強いよ。
マルスってのは、この世界で一番交易が盛んな街。ご覧のように商人や旅人でいつも賑わっている」
エルフのイブが胸を張って答えた。なんかよく見ると、整った顔立ち。人気アニメに出てくるエルフと似ているかも。
「あと、あそこの露天で売ってるあれもマルスだ」
「え?あれって・・・リンゴじゃん!」
「リンゴ、ってなんだ?」
やばい。
頭が混乱してきた。
いや。
そもそも、異世界に召喚された時点でもうぶっ飛んでるんだけど。
「お前、エリーからはまだ返事を聞いてないぞ。
マルスへなにしにきた?」
「え〜っと・・・
来たくてきたわけじゃなくて・・なんかのきっかけで召喚されちゃったみたいで・・・」
「きっかけ?召喚?」
そう、きっかけ・・・
って・・・あ?
ウチはあわててポケットを探る。
あった。
縄文土器?みたいな、スマホスタンド?みたいなのと・・スマホ。
なくしたら帰れないよな、きっと。
私は土器をポケットに戻して、スマホを手にした。
『圏外』。
そりゃそうだ。
「それはなんだ?」
「これ?これは、スマホ・・・・・」
「まさか・・・まさか、その形・・・欠片の片割れでは・・・」
「欠片?片割れ?イミフなんだけど」
「世界の欠片だよ」
「よけいわかんないし」
「欠片を集めた者が世界を救う。そういう言い伝えrがあるんだ」
「救わなくたって、みんな平和で幸せそうじゃん」
「いや。この国を滅ぼそうとする者がいる」
「え?そんなんいるの?」
「黄泉の国に住まう、魔王だ」
「でた・・・魔王!黄泉の国!
うわ、ゴテゴテの厨二病じゃん」
「なに?」
「なんでもない」
「魔王と言ってもその姿はドラゴンそのもの」
「すご」
「ワイバーンという種類のドラゴンだ。
口から火を吹きながら空を飛ぶ」
「なんで魔王はマルスを滅ぼすの?」
「この世界をなかったことにしたいのさ」
いや理不尽すぎるでしょ・・・
てか、ゲームでも、魔王系ってそんなもんか。
なんかいや〜な予感がする。
この流れだと、きっともうすぐ魔王も出てくるんじゃない?
早よ元の世界、久々野中学校へ帰らんと。
歴史の教師の静馬。
あいつ絶対怒ってるし。
なんて、考えてたとき・・・
急に空が真っ黒になり、冷たい風が吹きつけた。
「見つけたぞ!イブ!」
「でたな!アダム!」
「え?アダムって?」
「決まってるだろ、ヤツだよ!魔王!」
名前、可愛すぎるだろ。
つか、なんか、どこかで聞いたことのある声・・・
「みんな! 露店を引け! いますぐ避難しろ!」
イブが、街の人たちに声をかける。
みんな、口々に『イブさま、お願いします!』って。
すごく頼りにされてるんだな。
「今日こそ、世界の欠片を渡してもらう!」
「欠片は創造主とつながるパズルのピースだ!
お前のような、邪悪な心に触れることなどできない!
毎回言ってるだろうが!」
「ええ〜い!そんなセリフは聞き飽きた!
力づくで奪うまでだ」
RPGの世界まんまじゃん。
いやなんか魔王の声って、本当にどっかで聞いたことあるんだけど。
このあとのイブとアダムの戦いはもう、語彙力消えるレベルだった。
それはまるで、ファンタジーRPGの、最終決戦(ラストバトル)のようだった。
エルフのイブが細い杖を天に掲げると、
魔法陣が幾重にも広がって天空を埋め尽くす。
そこから魔王に向かって、光の矢が放たれた。
魔王アダムは大きな口を開けて劫火を吐き出す。
炎は光の矢をすべて焼き尽くしていった。
「エリー!」
空の上。
炎に包まれたイブが、ウチを見下ろして叫ぶ。
「さっきの片割れを!」
「え?」「え?」
片割れって・・このスマホ?
そんなんだめ!
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 04 Sep 2026 - 19min - 166 - ボイスドラマ「糸」
あの日から、私たちの「糸」は紡がれていた――。
1980年、飛騨・六厩。
千鳥格子御堂の前で出会った15歳の桜小花と柊壱。ピアノを夢見る少女。
飛騨の匠を夢見る少年。15歳の夏、22歳の再会、そして30歳――。
別々の人生を歩んだ二人をもう一度結んだのは、故郷の風景と、あの日贈った一台のウォークマン、そして次の世代へと受け継がれた「夢」でした。
「思えば私たちの糸は、あの日から紡ぎはじめていたのだろう・・・」
【ペルソナ】※2人とも1965年生まれ
・桜小花(さやか/15歳/23歳/30歳/CV:岩波あこ)=故郷・荘川で実家はそば農家
・柊壱(しゅういち/15歳/23歳/30歳/CV:岩波あこ)=清見で飛騨の匠を目指す
【第一章/出会い(1980年8月/15歳)】
◾️SE:自転車のブレーキの音
「きゃあ〜!」
「どいて!どいてぇ〜!」
「あぶない!」
◾️SE:自転車の転倒音
「やっちゃったぁ・・・」
「あ〜あ」
「ってててて・・・」
「おい、大丈夫か?」
「う〜、ひざ痛ぁ・・・
あ、ごめんなさい!
急な坂道でブレーキが効かなくなっちゃって・・
怪我、なかった?」
「オレは平気だけど・・・
お前、血が出てるぞ。膝」
「え? あ、ほんとだ。
またばあちゃんに怒られちゃうな。へへへ・・・
・・・ってごめん。
うちは桜小花。
あんたは?見ない顔やけど・・・」
「オレ?」
「あたりまえでしょ。あんた以外誰がいるの?」
「オレは・・・柊壱」
「ふうん。
どこの人?六厩じゃないよね」
「森茂(もりも)」
「森茂、って清見村やん」
「そんなこと知らん」
「知らん、ってあんた、住んでんでしょ」
「1週間前からな」
「引っ越してきたってこと?」
「ああ・・・よりによって、こんなど田舎に」
「悪かったわね、ど田舎で。
でも住んでみればいいところよ。
冬はちょ〜っと寒いけど」
「好きで引っ越してきたわけじゃねえし」
「どこから引っ越してきたの?」
「東京だよ、ひばりが丘の団地」
「そんな場所言われてもわからんわ。
ふ〜ん。東京っこかあ・・・」
「ふん」
「で、なんで千鳥格子御堂(ちどりごうし/おみどう)の前にいるの?」
「ん?・・・知らん。これ、そういう名前なんだ」
「すごいでしょ。千鳥格子のその扉、釘を1本も使ってないのよ」
「ええっ?じゃ、どうやって作ったんだ」
「それが匠の技ってもんよ」
「すごいな・・・」
ずうっと苦虫を噛み潰してた柊壱の顔が、はじめてほころぶ。
これが私と柊壱との出会いだった。
2人とも中学三年生。15歳。
荘川に住む私は、村立の荘川中学校。
清見の柊壱は、清見中学校の森茂分校に通っている。
だから学校で顔を合わせることはなかったけど、
夏休みの間、柊壱はいつもここ、千鳥格子御堂にいた。
うちはそば農家だから、種まきが終わったこの時期は大忙し。
間引きに除草、中耕(ちゅうこう)や培土(ばいど)、そして台風対策。
毎日毎日、六厩の家から千鳥格子御堂の前を通って畑へ。
そば畑は、三尾河(みおご)へ向かう新軽岡峠(しんかるおかとうげ)の傾斜地にある。
行きは、上り坂で大変だけど、帰りは下り坂で楽ちん。
この夏、私は理由をつけて、ひとりで帰るようにした。
そうすれば毎日柊壱とお話できたから。
「さやか、ってどう書くの?」
「桜の小さい花、って書くんだ。
私が生まれた年、荘川桜に初めて花が咲いたの」
「荘川桜って?」
「ダムに沈んだ集落で咲いてた、おっきな桜の木。
移植されて初めて花を咲かせたのが1965年」
「そうなんだ」
「ねえ、もうすぐ夏休み終わっちゃうね」
「ああ」
「そしたらもう・・会えないな」
「なんで?土日とかにここくればいいじゃん。家、こっから近いんだろ?」
「荘川中学校って新淵(あらぶち)にあるんよ。
遠くて通えないから寄宿舎に入ってるの」
「そうなのか」
「シュウは中学卒業したらどうするの?」
「オレ・・・高山の工業高校へ行こうと思って」
「工業?」
「うん。こういうのを作ってみたいんだ」
「千鳥格子御堂?」
「だってオレ、桜小花に聞いてから調べたんだ。
了宗寺(りょうしゅうじ)を建てたとき、余った木材で作られたらしいんだけど・・・
これ、いまや誰も再現できないんだってさ」
「よく調べたわね」
「桜小花は?
中学卒業したらどうすんだ?」
「そば畑の手伝いかなあ。
うちはじいちゃんとばあちゃんだけやから、
私がいないと大変でしょ」
「高校、いかないのか・・」
「実は、迷ってるんだ」
「どうして?」
「ホントは、ピアノの勉強、したかったの」
「ピアノ?」
「シュウには言ってなかったけど、
県のピアノコンクールでいいとこまでいったのよ」
「へえ〜」
「でもうちにはピアノないし、いつも学校で弾いてたから」
「音楽学校とかいけばいいじゃねえか」
「無理よ。そんなお金、うちにはないもん」
「お金なんて・・」
「それより、ねえ、お盆はなにか予定ある?」
「ないよ。母ちゃんもずっと仕事でいないし」
「じゃあ、盆踊りいかない?」
「盆踊り?」
「うん。了宗寺でやるの。
農作業もお盆の間は休みだし。
白川郷の『平瀬踊り』とか流すんだって」
「盆踊りとか平瀬踊りとか、だっせえなあ(笑)」
「じゃあいかないのね」
「いくよ」
柊壱は後ろを向いたまま答える。
鷲ヶ岳に沈む夕陽が、そばの花を赤く染めていた。
◾️SE:盆踊りの音
「ごめん!お待たせ!」
「遅い」
「悪い悪い。了宗寺の場所、よくわかんなくてさ・・でも、あ・・・」
「なに・・・?
なに見てんのよ」
「浴衣・・・」
「悪かったわね。どうせ似合ってませんよ〜だ」
「きれいだな・・・」
「え?」
「え?
い、いや、浴衣、浴衣が・・・」
「そうだ、柊壱・・・これ・・」
「な、なに・・・それ」
「あけてみて」
◾️SE:紙包みを開ける音
「これって・・・」
「あんた、欲しいって言ってたじゃない」
「ウォークマンじゃねえか」
「カセットテープに、私の好きな曲いっぱい入れといたから。
高校行っても、少しは私のこと覚えておいてよ」
「桜小花・・・」
柊壱と過ごす夏休みは、こうして終わった。
祭囃子が切ない旋律を響かせる。
私は盆が明けると、そのまま新淵の寄宿舎へと戻っていった。
【第二章/玉響の再会(1987年9月/22歳)】
◾️SE:蝉の声
「桜小花」
「え?
・・・シュウ・・?」
「いると思ったよ」
1987年9月。
あの日と同じ、千鳥格子御堂。
7年ぶりに耳にする柊壱の声が、私の時間を止めた。
「7年ぶりだね」
「海外にいった、ってきいたけど・・・」
「ああ。イタリアのミラノ工科大学で家具のデザインを学んでる」
「すごい」
「秋になったらデンマークのフォルケホイスコーレへ行く」
「なあに、それ?」
「北欧の市民学校だよ。そこで木工・家具コースに留学するんだ。
卒業したら現地の家具マイスターの元で修行さ」
「シュウ・・すごく遠くにいっちゃったのね・・・」
「直行便で12時間かな」
「そう・・・」
「桜小花は?いまなにしてるの?音楽大学?」
「まさか。ずうっと畑仕事よ。
去年からはおばあちゃんと2人きりになっちゃったから、もう忙しくて・・」
「大変・・だったんだな」
「お母さんは元気?」
「母さんか・・・
彼女は高校卒業の年に再婚したよ」
「え・・・」
「なんかさ、新婚夫婦のお邪魔虫になりたくなかったし。
ちょうどいいタイミングと思ってミラノに行ったんだ」
「すごいね、ひとりで」
「まあな。
でもさ、オレ、中学卒業するまで、何度もここへ来たんだぜ」
知ってる・・・
そう言おうとしたとき、道に止めた車からクラクションが鳴った。
イタリア製のスポーツカー。
オープンカーの助手席からサングラスをはめた女性が手を振っている。
「あ、ああ。彼女。パートナーなんだ。
ミラノで家具工房をやってるオーナーの娘。
紹介するよ」
「いい。大丈夫。
このあとまだ畑で作業残ってるし」
「桜小花、オレ、夢は捨ててないから」
「え・・・」
「必ずこの千鳥格子御堂を再現してみせる。
そうしたら・・・」
「がんばってね」
「桜小花・・・」
柊壱が次の言葉を口にする前に、私は自転車に乗る。
通りすぎるとき、彼の後ろのポケットからウォークマンが見えた。
首元を見るとシャツと同系色のヘッドフォンがかかっている。
あの日と同じ、夕陽の赤が西の空を染めていった。
【第三章/終章(1995年9月/30歳)】
◾️SE:ヒグラシの声
「ここに引っ越したんだ」
「シュウ!?」
「峠道へ行ったら、御堂がないんだもん。
それどころか、トンネルまでできていて、驚いたよ」
1995年9月。
国道158号線の『軽岡バイパス』開通とともに、
千鳥格子御堂が『くるまーと六厩公園』に移設されてから3年。
東屋に座っている私に声をかけてきたのは、まさかの柊壱だった。
「久しぶりだね」
驚いて声が出ない私。
そのあと、もっと驚くものが、目の前に現れた。
柊壱の後ろから、ひょっこり顔を出したのは、
「紹介するよ。僕の娘。Sacura」
「さくら・・・」
「桜はイタリア名でもSacuraなんだ・・・」
恥ずかしそうに、こちらを見ている小さな女の子。
5歳くらい?
目元が柊壱にそっくりだった。
緊張した表情で、見定めるように私を見る。
首元には見たことのあるヘッドフォン。
ケーブルがつながっているのは、上着のポケットにある・・・
ウォークマン!?
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 28 Aug 2026 - 16min - 165 - ボイスドラマ「星の降る里/朝日編」
夕焼けの道の駅を出発し、二人は約19km先の星空を目指した。
秋神川のせせらぎ。
真っ暗な峠道。
足の痛みと、くじけそうになる心。
それでも隣には、出会ったばかりの友達がいた。
星夜が探す「フォーマルハウト」と、朝陽が探す「伊吹麝香草」。
二人が長い夜の果てに見つけたものとは・・・
【ペルソナ】
・星夜=せいや(16歳/CV:坂田月菜)=東京・広尾のマンションに住むJK。夏休みを利用して母の実家・久々野へ遊びにきた星空・星座オタクの若干厨二病気味「みなみのうお座」が見たい
・朝陽=あさひ(16歳/CV:蓬坂えりか)=朝日村で生まれ育ったJK。夏休みに自分の住む民家から鈴蘭高原の「星のベンチ」までナイトウォークを計画中。「伊吹麝香草」を採りにいきたい
・星夜のママ=(42歳/CV:山﨑るい)=20歳で久々野を出て東京のヘアデザイナーとして働く
【シーン1/高山線久々野駅ホーム】
▪️SE:高山線鈍行列車が到着する音
▪️SE:携帯電話の着信音
「もしもし?あ、おばあちゃん?
うん。いま久々野駅。
あ、ちょっとだけ遅くなるかな。
え?うん、ホント。
だ〜いじょうぶだから。心配せんといて。
帰り?ああ、うん。電話するから。
ありがとう。うん、じゃあね』
心配そうな声で、おばあちゃんが電話してくる。
ま、そりゃそうだよね。
夏休みの無謀な計画を、今朝いきなりおばあちゃんに話したんだもん。
私の名前は、朝陽。
16歳。高校生。
朝日町に住んでいて、朝陽。
小さい頃はよくからかわれたけど、いまはすっかりお気に入り。
だって、自分の名前も、朝日町も大好きなんだもん。
1番線に高山行きの下り普通列車が入ってきた。
私はゆっくりと乗り込む。
特急をやり過ごし、上りの列車が入ってくるまでは、しばらく待ち時間。
私は『北天(ほくてん)の星』という本を広げて、読み始める。
こういう、のんびりした時間って大好き。
▪️SE:ディーゼル列車(キハ)の車内音
【シーン2/高山本線高山行き鈍行列車】
▪️SE:高山線下り普通列車が到着する音/走り込んでくる音
「はぁっはぁっはぁっ・・・」
美濃太田行き上り普通列車から降りてきた少女。
ってか、私と同じ歳くらい。
向かい側に停まっていた、この車両にすごい勢いで走りこんできた。
そんなに慌てなくても、目の前に停まってるのに。
おっきなスーツケースまで引いて。
列車を乗り間違えたのかしら。
ううん、違う。
ホームのお母さん?に手を振ってる。
列車が動き出すと、少女は振り向いてこちらへ歩いてきた。
「あの、ここ、座っても大丈夫ですか?」
「あ、はい。
どうぞ。空いてますから」
「ありがとうございます〜。よっこらしょっと」
なんか、面白そうな子。
私は本を読むふりをして、ちらちらっと彼女を見る。
すると・・・
「それ、北天の星?スターアトラス?」
「え?」
びっくりした。
チラ見してたのバレたのかしら。
私は冷静を装って、返事をした。
「この本のこと?」
「あ、うん・・・そうそう。
いや、うちも星座とかガチオタだから」
「すご〜い。
スターアトラスなんて言葉、はじめて聞いた」
「星図のことだよ。ひょっとして星とか好き?」
「星は好き。
今日高山へ行くのも星に関係あるんだ」
「え?なに?なに?」
「あ、そのまえに・・私は朝陽。『朝』の『太陽』って書くの。
16歳、高校生よ。朝陽って呼んでね」
「あ〜ごめんなさい。
うちは、星夜。『星』に『夜』って書くんだ。歳はタメだよ。星夜って呼んで」
「星夜・・・。
かっこいい名前。うらやましいなあ」
「なんで?朝陽の方がいけてるし」
「ありがと」
「で、星に関係することって?」
「うん。『星空ベンチ』」
「”星空ベンチ”!?なにそれ!?」
「去年の11月にできたんだ。
鈴蘭高原ってとこにある、『星を見るためだけのベンチ』」
「え?すごぉい!」
「『バスが停まらない停留所』にあるの」
「やだ、なに?面白〜い!」
「でしょ。
その『星空ベンチ』まで、道の駅から歩いていくことを考えてるの。
ナイトウォーク」
「すごっ。
その道の駅から星空ベンチまではどのくらいあるの?」
「20キロ弱かなあ。
上り坂だから5時間くらいはかかる」
「すごすぎる!
でも・・・めっちゃ興味ある!」
「今高山へ向かってるのは、その準備のため」
「どんな準備?」
「山道、夜道を歩くからね。
まずは野生動物対策のアイテム。
熊避けの鈴と爆竹、熊避けスプレー」
「ああ、確かに」
「遠くまで照らすヘッドランプ」
「ヘッドランプ?」
「そ。懐中電灯だと片手が塞がっちゃうでしょ。
行く先と足元を照らす、超強力なライト。
それをゴムバンドで頭に直接巻きつけるの」
「なるほどねー」
「2本バンドだと私みたいなポニーテールや
星夜みたいなツインテールでも髪型崩れにくいから」
「いいねー」
「あとは、簡易的なシュラフと防寒着かな」
「防寒着?高山こんなに暑いのに」
「なに言ってるの。
鈴蘭高原は標高1300メートルよ。
夜の気温は15度以下になるからね」
「そうなんだ。
でも・・・いいなあ・・・」
「え?」
「ねえ、朝陽・・・・うちも一緒に行っちゃだめ?」
「ええ〜っ?」
「うちも、高山にきたらやりたいことがあって」
「なに?」
「見つけたい星があるの」
「星?」
「うん。
フォーマルハウトっていう星」
「フォーマル・・ハウト?」
「夏の終わりの夜遅くから、南の夜空に輝き始める星」
「へえ〜」
「みなみのうお座の一等星だよ。
みなみのうお座って、フォーマルハウト以外はみんな暗い星ばかりなんだ」
「みなみのうお座?初めてきいた。
でもなんでフォーマルハウトが見たいの?」
「あのね・・・フォーマルハウトの別名は、”南の孤独星”。
ひとりだけで輝いてる星」
「ふうん」
「うちみたい」
「どういうこと?」
「うちこう見えて、東京じゃ友だちとか全然いないんだ」
「そうなの・・・?」
「ねえ、朝陽。お願い。
私も『星空ベンチ』へ連れてって!」
「え〜💦ホントに大丈夫?
途中、コンビニも自販機もないんだよ」
「ヘーキ」
「う〜ん・・・
楽しいことばっかり言っちゃったけど、けっこう危ないよ。
お母さんとか許してくれる?」
「大丈夫。
うちが頼めば、ママ絶対OKだから」
「そっか・・・それなら・・」
なんて言っちゃったけど、大丈夫かなあ・・・
それにこの子、星夜。本気で言ってる?
結局、私と星夜は、市街地で一緒に買い物をした。
シュラフまで買っちゃったけど、本気で行くつもり?
帰りの列車に乗ったのは、夜7時前。
夕陽はもう傾いていた。
『星空ベンチ』ナイトウォークの日程は、聖夜の提案で新月の夜。
星が一番きれいに見えるからだって。確かにそうだ。
久々野駅に着くと、位山の上に宵の明星が輝いていた。
【シーン3/道の駅 ひだ朝日村/ナイトウォーク】
▪️SE:ヒグラシの声
「星夜〜、こっちこっち」
「朝陽、お待たせ」
「ちゃんとお母さん、許してくれた?」
「うん。
その代わり、スマホのGPS共有させられちゃった。
それに、この前買った充電器だけじゃなくて、
ママのでっかい充電池まで持たされてる。重いのに」
「私もおばあちゃんとGPS共有してきたよ。
位置情報アプリでいつでも居場所を共有してる、ほら」
そう言って、私は朝陽にスマホの画面を見せる。
ダークモードで画面の明るさは最小。
GPS使うとバッテリーの減りが早いから。
よし、ぬかりはない。
「道の駅でよもぎのみたらしだんごか五平餅、食べてからいこうか?」
「わ、やった!食前デザートだね」
午後5時。
道の駅 ひだ朝日村。
建物も駐車場も夕陽がオレンジ色に染めていく。
「よし、いこ!」
「うん!
あ、待って。出発の記念写真」
私は自撮り棒で2ショットをパシャ。
▪️SE:シャッター音
あごピースでポーズをとる2人。
背景は乗鞍岳。
夕陽に照らされてオレンジ色から茜色に変わっていく。
「アーベントロート」のショーが始まっていた。
「めっちゃキレイ。加工いらんやつじゃん」
「ここからしばらくは、民家が続くから大丈夫だよ」
「国道を歩くんだよね」
「そ、秋神ダムまでは361号よ。
車はそこそこ多いから気をつけてね」
私たちは国道を東へ。
少しずつ山沿いの道に入っていく。
「知ってる?この道。別名『ぶり街道』」
「ブリ?なんで?高山って海ないじゃん」
「江戸時代にー、富山で獲れたブリを塩漬けにして信州、つまり長野まで運んだの」
「すご〜い!
なんか、朝陽って歴史と地理の先生みたい」
「いや、地元のことだから知ってて当然でしょ」
「そっか〜。えらいなあ。
うちは渋谷区のことなんてなんも知らんし」
「もう少し歩くとお地蔵さんが見えてくるよ」
「お地蔵さん?」
「朝日町にはお地蔵さんがいっぱいあるんだ。
地蔵堂の先は、飛騨川と秋神川に別れるからね」
「へえ〜」
国道は秋神川に沿って続いていく。
気がつけば、あたりはすっかり暗くなっていた。
せせらぎの音だけがだんだん大きくなってくる・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 21 Aug 2026 - 18min - 164 - ボイスドラマ「星の降る里/久々野編」
東京では、友達がいなかった。
だから彼女は、暗い星々の中でひとり輝く「南の孤独星」に、自分を重ねていた。
夏休み、飛騨・久々野へ帰省した星夜が、列車の中で出会ったのは、朝日町に暮らす同い年の少女・朝陽。
二人は約19km先の「星空ベンチ」を目指し、夜の山道へ歩き出します・・・
【ペルソナ】
・星夜=せいや(16歳/CV:坂田月菜)=東京・広尾のマンションに住むJK。夏休みを利用して母の実家・久々野へ遊びにきた星空・星座オタクの若干厨二病気味「みなみのうお座」が見たい
・朝陽=あさひ(16歳/CV:蓬坂えりか)=朝日村で生まれ育ったJK。夏休みに自分の住む民家から鈴蘭高原の「星のベンチ」までナイトウォークを計画中。「伊吹麝香草」を採りにいきたい
・聖夜のママ=(42歳/CV:山﨑るい)=20歳で久々野を出て東京のヘアデザイナーとして働く
【資料/映画「朝日町の絶景/星空ベンチ」(飛騨あさひ観光協会)】
https://www.hidaasahi.jp/観るスポット/星空ベンチ
【シーン1/高山線で久々野駅】
▪️SE:高山線普通列車の車内音/シートに腰掛ける2人
「やばっ、充電器忘れたかも💦』
「なに、聖夜?ま〜た忘れ物?」
「ママ、駅にコンビニあるよね?』
「あるわけないでしょ、久々野駅に」
「ええええええ! 充電マジで終わるんだけどー!」
「行く先々でなんかググってばかりいるからでしょ」
「ググってないし!インスタでディグってるだけだし!」
「一緒じゃん」
「一緒じゃない!」
「とにかく、あんたが使ってるような可愛い充電器は、
高山まで戻んないと売ってないから」
「じゃ、ワンチャン行ってくるわ」
「は?ひとりで?」
「あたり前じゃん、うちのこと、いくつだと思ってんの」
「迷子とかなんないでよ」
「だーかーらー、いくつだと思ってんの?」
「16歳と3か月でしょ」
ママがいじわるそうな顔で笑う。
うちは星夜。
漢字で書くと「星」の「夜」。
渋谷区住みの、マジでイケてる女子高生!
夏休みを利用してママの実家・久々野に帰省してきたんだけど・・・
高山着いてから鈍行への乗り換え時間が、2時間半って・・・
ガチでやばくない?ってか、うちら異世界転生すんの?
やるじゃん、久々野・・・
「星夜、もう久々野着くわよ。準備しなさい。
あら、反対側のホーム、高山行きがもう停まってるわ。
ちょっと。急がないと・・」
「あーいい。いい。
走るのだるいから次でいいわ」
「なに言ってんの。
山手線じゃないんだからね。
これ逃したら、また1時間以上待たないといけないのよ」
「マジ?」
「マジマジ。
だから、扉が開いたら、ダッシュで下りにかけこんで」
結局、うちらが乗ってきた美濃太田行きが久々野に着いたのは3時13分。
下りの高山行きが発車したのは3時14分だった。
誰がこんな時間割組んだんだよ!
っとにもう〜
▪️SE:全力で走っていく足音
【シーン2/高山本線高山行き普通列車】
▪️SE:ディーゼル列車(キハ)の車内音
「はぁっはぁっはぁっ・・・」
ひっさしぶりの全力疾走。
しかもスーツケースひいてとか、ありえんし。
疲れたわ〜。
お、席あいてんじゃん。
同い年くらいの女の子の横。
ラッキー、座っちゃおっと。
「あの、ここ、座っても大丈夫ですか?」
「あ、はい。
どうぞ。空いてますから」
「ありがとうございます〜。よっこらしょっと」
「うふふ・・・」
久々野から高山までは、たった20分。
池袋から渋谷くらいじゃん。
なのに、1回乗り遅れたら1時間30分待ちってどういうこと〜。
なんてこと考えながら、ふと隣の席を見ると、
窓際の女子が、なにか本を読んでいる。
え・・・それって・・・
「それ、北天(ほくてん)の星?スターアトラス?」
「え?」
あ、やば・・・つい心の声が口から出ちゃった・・・
「この本のこと?」
「あ、うん・・・そうそう。
いや、うちも星座とかガチオタだから」
「すご〜い。
スターアトラスなんて言葉、はじめて聞いた」
「星図のことだよ。ひょっとして星とか好き?」
「星は好き。
今日高山へ行くのも星に関係あるんだ」
「え?なに?なに?」
「あ、そのまえに・・私は朝陽。『朝』の『太陽』って書くの。
16歳、高校生よ。朝陽って呼んでね」
「あ〜ごめんなさい。
うちは、星夜。『星』に『夜』って書くんだ。歳はタメだよ。星夜って呼んで」
「星夜・・・。
かっこいい名前。うらやましいなあ」
「なんで?朝陽の方がいけてるし」
「ありがと」
「で、星に関係することって?」
「うん。『星空ベンチ』」
「”星空ベンチ”!?なにそれ!?」
「去年の11月にできたんだ。
鈴蘭高原ってとこにある、『星を見るためだけのベンチ』」
「え?すごぉい!」
「『バスが停まらない停留所』にあるの」
「やだ、なに?面白〜い!」
「でしょ。
その『星空ベンチ』まで、道の駅から歩いていくことを考えてるの。
ナイトウォーク」
「すごっ。
その道の駅から星空ベンチまではどのくらいあるの?」
「20キロ弱かなあ。
上り坂だから5時間くらいはかかる」
「すごすぎる!
でも・・・めっちゃ興味ある!」
「今高山へ向かってるのは、その準備のため」
「どんな準備?」
「山道、夜道を歩くからね。
まずは野生動物対策のアイテム。
熊避けの鈴と爆竹、熊避けスプレー」
「ああ、確かに」
「遠くまで照らすヘッドランプ」
「ヘッドランプ?」
「そ。懐中電灯だと片手が塞がっちゃうでしょ。
行く先と足元を照らす、超強力なライト。
それをゴムバンドで頭に直接巻きつけるの」
「なるほどねー」
「2本バンドだと私みたいなポニーテールや
星夜みたいなツインテールでも髪型崩れにくいから」
「いいねー」
「あとは、簡易的なシュラフと防寒着かな」
「防寒着?高山こんなに暑いのに」
「なに言ってるの。
鈴蘭高原は標高1300メートルよ。
夜の気温は15度以下になるからね」
「そうなんだ。
でも・・・いいなあ・・・」
「え?」
「ねえ、朝陽・・・・うちも一緒に行っちゃだめ?」
「ええ〜っ?」
「うちも、高山にきたらやりたいことがあって」
「なに?」
「見つけたい星があるの」
「星?」
「うん。
フォーマルハウトっていう星」
「フォーマル・・ハウト?」
「夏の終わりの夜遅くから、南の夜空に輝き始める星」
「へえ〜」
「みなみのうお座の一等星だよ。
みなみのうお座って、フォーマルハウト以外はみんな暗い星ばかりなんだ」
「みなみのうお座?初めてきいた。
でもなんでフォーマルハウトが見たいの?」
「あのね・・・フォーマルハウトの別名は、”南の孤独星”。
ひとりだけで輝いてる星」
「ふうん」
「うちみたい」
「どういうこと?」
「うちこう見えて、東京じゃ友だちとか全然いないんだ」
「そうなの・・・?」
「ねえ、朝陽。お願い。
私も『星空ベンチ』へ連れてって!」
「え〜💦ホントに大丈夫?
途中、コンビニも自販機もないんだよ」
「ヘーキ」
「う〜ん・・・
楽しいことばっかり言っちゃったけど、けっこう危ないよ。
お母さんとか許してくれる?」
「大丈夫。
うちが頼めば、ママ絶対OKだから」
「そっか・・・それなら・・」
とは言ったけど、ママホントに許してくれるかなあ・・・
そのあと、うちと朝陽は、市街地でしっかり買い物をした。
なんか、渋谷でショッピングするより何倍も楽しい。
帰りの列車に乗ったのは、夜7時近く。
夕陽がもう沈みかけていた。
結局、『星空ベンチ』ナイトウォークの日程は、うちの提案で新月の夜。
星が一番きれいに見えるから。
ママは最初大反対してたけど、おばあちゃんが推してくれて、
条件付きでOKになった。
久々野駅に着くと、西の稜線に宵の明星が輝いていた。
【シーン3/聖夜の母の実家/久々野町大西地区】
▪️SE:ヒグラシの声
「じゃ、行ってきま〜す!」
『星空ベンチ』ナイトウォークの日、
うちは待ち合わせの2時間前、午後3時におばあちゃんちを出た。
おばあちゃんちは、久々野町大西。
待ち合わせの道の駅 ひだ朝日村までは8kmくらいあるんだって。
渋谷から品川くらいか。
まあまああるじゃん。
しかもうちの格好は、ギャル寄りのアウトドア?
トップスは、メンズサイズの白いグラフィックTシャツ。
それを、ミントグリーンのナイロン製ショートパンツにタックイン。
ボトムスには、UVカットと吸汗速乾を兼ね備えた、漆黒のコンプレッションレギンス。
下半身をきゅっと引き締めて見せながら、機能性も抜群なんだ。
足元は、あえてたるませた肉厚の白いスポーツソックス。
今ストリートでも大流行しているサロモンのトレッキングスニーカー。
どう?
このまま、原宿や渋谷のストリートにいても違和感ないんじゃない。
「だけど・・・重い!」
背負ったのは、ラベンダーカラーの25リットルバックパック。
かわちい色なのに、中身はもうパンパン。
だって、中身は・・・
手のひらサイズまで圧縮された、超軽量ダウンシュラフ。
サイドのメッシュポケット には、小さな折りたたみ式のアウトドアチェア。
水分補給はピンクの水筒と、ミネラルウォーターが5本。
おばあちゃんが推してる「飛騨の雫」っていうんだって。
北アルプスの雪解け水などを原水としてるみたい。美味しそう。
おばあちゃんは「5本じゃ足りん!」って言ったけど、
これ以上重くなるのはいやだから、うちが押し切った。
ごめんね、おばあちゃん・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 14 Aug 2026 - 21min - 163 - ボイスドラマ「根古石」
悪夢に苦しむ少女。
失われた故郷。
そして、姿を消した一匹の猫。恐ろしくも切ない物語を、ぜひ最後までお楽しみください・・・
【ペルソナ】※舞台は昭和35年春/荘川村中野から高山市(現在の市街地)へ
・さくら(15歳/岩波あこ)=祖父母と暮らす荘川村中野から高山市の親戚の家へ
・こうめ(15歳/坂田月菜)=高山市内にある旅館の娘。実は密かに金森の血統を守ってきた旧家
・祖母(71歳/山﨑るい)=荘川村中野から親族の住む新淵へ
・七儺(岩波あこ)=さくらの夢に現れて苦しめる
【プロローグ:出会い】◾️SE:村の中の環境音
「さくら・・
高山へ行っても元気でな。
しっかり勉強してこいよ」
祖母が目を潤ませて私を見送る。
祖父は何も言わず、寂しそうな顔をこちらに向けていた。
昭和35年。
1960年の春。
荘川村中野。
御母衣ダムの建設とともに、住人たちは引っ越しを始めた。
ある者は郡上八幡へ
あるものは名古屋へ
またあるものは東京へ・・
荘川や白川村へ残る者はごくわずかだった。
私はさくら。
ここ荘川村中野で、祖父母との3人暮らし。
祖父母は高齢を理由に遠くへは行かず、荘川村に残る決断をした。
今後は新淵にある親戚の家で世話になる。
本来なら私も一緒に新淵へ行くはずだった。
だが今年はちょうど、中学卒業。高校進学の年。
高山にある名門の進学校・神山高校へ行く。
入学試験はこの春。3月。
受験したときは、まさか受かるなんて思ってもみなかった。
何も考えずに受験したので、合格してからは大変。
祖父母は私のために、親戚中へ掛け合った。
結局決まったのは、高山の叔父の家。
県事務所近くの古民家に居候。
通学は自転車。
雪が降ったら大変そう。
そして、今日が入学式。
祖父母が見送る中野のバス停。
祖父は必死で泣くのを我慢してる。
潤んだ瞳を見ていると
嬉しさよりも寂しさが募る。
私にも、心配事がひとつ。
新しい生活のことじゃない。
実は引っ越しが決まってから、サクラの姿が見えなくなっちゃったんだ。
サクラ、っていうのは、うちで飼っている三毛猫。
私と同じ名前。
私が生まれる前からいたから、もうかなりおばあちゃんのはず。
祖父母は、新淵への引っ越しが決まった日、
”サクラをどうしよう?”ってすごく悩んでた。
聞くでもなく、私に抱かれたサクラは耳をそばだてていたけど・・
え?
まさか・・心配かけないために、自分で姿を消したの?
翌日から祖父母と私・3人で、必死にサクラを探しまわる。
でも結局、入学式の今日まで、その姿を目にすることはなかった。
時間になり、遠くからバスがやってくる。
そのとき・・・
◾️SE:ネコの鳴き声(ニャー)
「さくら?」
振り返ってもなにもない。
祖父も祖母も聞こえていないようだ。
やがて、乗合バスがバス停に到着。
私は後ろ髪を引かれながら、ステップを上がる。
庄川(しょうがわ)のせせらぎが雪解け水を運んでいた。
【シーン1:根古石】
◾️SE:高山陣屋の環境音
「じいちゃん、ばあちゃんがいつまでも元気でいられますように」
桜山八幡宮。
秋の高山祭の舞台。
神山高校からの帰り道、
私は宮川沿いの参道から、八幡さまへ。
祖父母のことを思って真剣にお祈りした。
私の大切な家族。
見送りのときの顔が頭から離れない。
私は、まるで神様に呼ばれるように、毎日参道脇に自転車を停める。
でも、お参りする理由はそれだけじゃない。
「サクラが無事でいますように」
私が生まれたときから一緒の猫、
サクラのことも、ずうっと心に引っかかっていた。
八幡さまでは本殿に参拝。
そのあとは江名子川(えなこがわ)のほとりへ。
秋葉さまの前で自転車を停め、小さく頭を下げる。
初夏の遊歩道は風が気持ちいい。
安川通(やすがわどおり)から上三之町を通って市役所へ。
中橋を渡れば飛騨県事務所。
ここから叔父さんの家までは自転車で5分もかからない。
このコース、ちょっと遠回りだけど、私のお気に入り。
どうして県事務所の前を通るかというと・・・
裏手に、『旧陣屋稲荷宮』っていうお稲荷さんがあるの。
そこで、ちょっとかわったものを発見したんだ。
『根古石』。
『根っこ』に『古い』に『石』と書く。
最初はなんなのかわからなかったけど。
先生に聞いたら、とっても悲しい伝説を教えてくれた。
それは江戸時代のお話。
郡代の娘が池のほとりで佇んでいると・・・
可愛がっていた猫が唸りながら着物の裾をくわえて離さない。
まるでその場から娘を引き離そうとするように。
それを見ていた郡代は、
「畜生の分際で無礼な!」
と、腰にさした刀を脱いて一刀両断。
一太刀で猫の首を撥ねてしまった。
猫の首はそのまま池のほとりの松の木へ。
必死の形相で、そこにいた大蛇に噛みつく。
娘を狙っていた大蛇は、喉を噛まれて息絶えていた。
郡代は自分の早とちりを悔やんで、手厚く供養。
稲荷宮(いなりのみや)を建て、その傍らに大きな石を据えて祀った。
そう。これは、命をかけてお姫様を守った飼い猫の話。
その猫を祀った石が『根古石』。
私はひどく感動した。
だから毎日ここへきて手を合わせている。
忠義ある猫の供養と同時に、
『サクラ、お願い。元気でいて!』
猫の話を聞くと、どうしてもサクラと重なっちゃう。
もしかしてサクラ、
引っ越しする私たちのお荷物にならないように
姿を消したんじゃ・・・
サクラ・・・
声が聞きたいよ・・サクラ・・・
【シーン2:悪夢】
◾️SE:高山陣屋の環境音
「おのれ〜!
よくもわしの命を奪ったな〜!
許さんぞ〜!」
「ハッ!」
また、あの夢だ。
このところ、毎晩見る悪夢。
恐ろしいもののけの夢。
大蛇のような体。
頭には大きなツノ。
耳まで裂けた口。
猫のようにギラギラ光る目・・・
猫・・・!?
まさか・・・まさか・・・
サクラ?
いや、そんなことはない。
絶対にありえない。
だけど、高山へ来てから、毎日この夢。
どうして・・・?
睡眠不足で勉強にも身が入らない。
明日から期末考査だというのに・・・。
【シーン3:ともだち】
◾️SE:教室のチャイム(No.261849)
「ねえ、ひょっとして徹夜〜?
目の下のクマ〜
勉強が好きなんだね」
「え・・あ・・・えっと・・・」
「こうめ。
私の名前よ」
「あ・・・こ、こうめさん・・・私は・・」
「さくらさん、でしょ?」
「あ・・・うん」
「よろしくね。
どうやって話しかけようかと思ってたの」
「・・・どうして?」
「あなた、帰るとき、いつも上三之町、通っていくでしょ」
「なんで知ってるの?」
「私の家も、そっちだから」
「そうなんだ」
「上三之町で旅館をやってるの。
江戸時代から続いてる、古〜い旅館」
「へえ〜」
「さくらさんも上三之町に住んでるの?」
「ううん。うちは県事務所からずっと南へ下ったとこ」
「え〜。じゃなんで?」
「あのへんの雰囲気が好きなんだ」
「そうなのね」
初めて言葉を交わしたのに、
私とこうめは旧友のように喋り続けた。
私が荘川出身だということ。
住んでいた村がダムに沈むこと。
私は高山へ来て初めて、自分のことを他人に話した。
こうめも自分のことを、あっけらかんと話してくれる。
こうめの家は、古くからの女系家族らしい。
代々婿養子を迎えて、血筋を絶やさないようにしていた。
「それから・・・これはあまり大きな声で言えないけど」
もったいぶって話しだしたのは・・・
「実はうち・・・陰陽師の血統なの」
「え・・・陰陽師って・・」
「そう・・・この世の闇と光、陰と陽のバランスを司る存在。
結界を張り、式神を使役し、牙をむく妖魔をあの世へ送り返す。
陰と陽、どちらにも属しながら、その境界を守り抜くのが私たち・陰陽師の宿命よ」
「す・・・すごい・・」
「うちは代々女系家族だって言ったじゃない」
「うん」
「穢れ(けがれ)を浄化する能力は、一族の女性にしか遺伝しないの。
うちがやってる『おもてなしの心』そのものが式神や結界を動かすエネルギー。
代々の女将はそれを仕切っているんだ」
「そ、そうなんだ・・・
でも、どうしてそれを私に話すの」
「ふふ・・・
あなたもう気づいてるんでしょ?」
「え・・・なに?」
「最近、あなたの周りで変なことが起きていること」
「あ・・・」
「さあ、今度はあなたの番よ。私、自分のこと打ち明けたんだから」
「う・・」
「その目の下のクマ、どうしたの?
日に日に黒くなっていくみたい」
「これは・・・」
「話して」
私も包み隠さずに話した。
学校帰りに毎日通る道。
桜山八幡宮。
秋葉神社。
小学校から市役所へ。
そして、お稲荷さんのことも。
「お稲荷さん?」
「うん。県事務所の裏手にある・・」
「ああ、あそこ」
「お稲荷さんと、不思議な石があるの・・」
「根古石?」
「知ってるんだ」
「そりゃ、私、陰陽師だもの。
根古石とあなたのクマが関係あるの?」
「わかんない。
でも、悪夢を見るのは、高山へ来てからずっとだから・・・
なにかが関係してるんだと思う」
「悪夢って?」
私はこうめに、毎晩見る悪夢のことも話した。
日に日にハッキリしてくるもののけの姿。
大蛇のような体。
般若のような牙。
光る目。
そして、鬼のようなツノ。
「鬼・・・?
ねえ、さくらさん。
あなた、七儺って知ってる?」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 24 Jul 2026 - 22min - 162 - ボイスドラマ「覚醒」
80年前の朝日村。
戦争孤児の少女と、正体を隠して生きる少女。
二人の出会いが、現代へ続く「覚醒」の物語を動かし始めます。
飛騨に伝わる八百比丘尼伝説を描いた和風ホラーボイスドラマです・・・
【プロローグ:出会い】
◾️SE:村はずれの辻の環境音/〜駆けつける足音
八夜の泣き声「お願いです、通してください。私はただこの村に用があって」
「おまえら!なにしとるんや!」
「なんじゃあ?伽耶!
邪魔するなて」
「大人がよってたかって、女子(おなご)をいじめるとはなにごとや!」
「女子 って、お前も同じくらいの歳やろうに」
そうだ。わしと同じくらい。
十六か十七くらいの女の子が、目の前で泣いている。
「それにいじめとるんやないぞ。
このガキが、村に入ろうとするからじゃ」
「ええやないか。入れてやれば」
「あほか。
ただでさえ、食糧難やっちゅうのに、
これ以上よそもんに食い扶持減らされてたまるか」
「おまえらだって、
名古屋とか大阪から疎開してきた、よそもんだろ」
「うるせえ。
つべこべ言うと、お前も村から叩き出すぞ、伽耶!」
怖い顔して私を睨みつける疎開者たち。
1946年。益田郡(ましたぐん)朝日村。
終戦からまもなく1年が経とうという頃。
朝日には名古屋や大阪から、疎開者がぞくぞくとつめかけた。
なかでも多かったのは引揚兵や復員兵たち。
小さな村はよそものでごった返していた。
ただでさえ平地が少なく、米の収穫量が限られている朝日村。
急激な人口流入は激しい食糧難をもたらした。
配給や耕作地をめぐる諍いも毎日絶えない。
疎開者たちは森を切り拓いて自分たちのために畑と住処(すみか)を作った。
林業に関わっていく者も多い。
彼らはいつも数人で村の辻に立ち、入ってくる者を見張っていた。
「ええか。ガキ。
十(とお)数えるうちに出ていかんと、痛い目を見るぞ!
いち!」
「待て!
この子はわしが面倒みる。連れてくぞ」
「おいおい。
ガキがガキの面倒みるってか」
「うるさい。
そんなこと言っとってええのか。
今度腹痛(はらいた)になっても薬草を煎じてやらんぞ」
「う・・なんだと・・」
わしは、少女の手をとり、うちへ向かって歩いていく。
疎開者の男は恨めしそうな顔でわしを睨んでいた。
【シーン1:ともだち】
◾️SE:朝日川のせせらぎ/小さな足音
「ありがとう」
消え入りそうな声で少女が呟く。
「助けてくれて」
「ええんやよ。
わしだって、もともとよそもんやし」
「どういうこと?」
「戦時中はわしも疎開者やったんだて」
「え・・」
「実家は名古屋や。
戦況が悪化した去年の正月。
とうさまとかあさまは、わしをひとりでここ、朝日村へ行かせたんや。
「そうなの・・」
「そのすぐあとで名古屋の大空襲や。
B29が、とうさまとかあさまと家を焼き尽くした」
「そんな!」
「新聞もなんも教えてくれんからな。
わしが知ったのは、5月になってから。
名古屋城が焼け落ちた、ってみんな騒いどった頃や。
ちょうどそのころ、
疎開先のここへとうさまとかあさまのお骨が届いた」
「やだ・・」
「お骨ったって、骨なのかどうかもようわからん。
砂みたいな焦げカスだけや。
その中に手紙がねじこまれとったわ」
「手紙・・?」
「親戚のおじさんからでな。
みんな、家も焼けてしもうたで、帰ってくるな。
お骨はそっちで弔ってくれ、って」
「ひどい・・」
「ああ。でも戦争なんて、そんなもんやろ。
そういうわけでわしは戦災孤児になった」
「そう・・」
「今からいくんは、わしのうちや。
炭焼き小屋だけどな。
杣衆(そましゅう)の面倒みてやるかわりに、住まわせてもろうとるんじゃ」
「面倒・・?」
「うん。わしには薬草の知識があるからな」
「薬草?」
「ああ。よもぎとかクロモジとか。
朝日には掃いて捨てるほどあるじゃろ。
わしが疎開する前、かあさまが薬草のこといろいろ教えてくれてな。
これは食べれる。
これは食べたらあかん。
ゲンノショウコってやつは腹の具合がわるいときに煎じて飲む。
ドクダミは便秘に効く。
ヨモギは風呂に入れて疲れをとれ。
怪我したら、クロモジの葉を粉末にして止血しろ・・・」
「すごい・・」
「なんか感じるものがあったんじゃろなあ。
かあさまは一生懸命わしに知識を詰め込んだわ。
結局、その知識を活かして、
杣衆たちの体調管理と、薬膳料理を作ってやっとるんや」
「素敵なおかあさま・・」
「そうやな。
こうして生きていられるのも、かあさまのおかげやな」
「いいお話・・・
ねえ、おうちはもうすぐ?」
「まだまだ先や。
あと1時間以上は歩くぞ。大丈夫か?」
「平気よ」
「秋神川を上っていくで。
小瀬ヶ洞(おぜがほら)って集落から山の中へ入る」
「あなた、名前は?
さっき、伽耶って呼ばれてたけど」
「そう。伽耶。
御伽噺(おとぎばなし)の『とぎ』という字に、有耶無耶(うやむや)の『や』。
まるで御伽噺みたいに、戦争で人生有耶無耶にされとるから。はは。
そうそう。萱(かや)って薬草もあるんだ。
心を穏やかにする作用があってね」
「へえ〜。
・・・あ、私は八夜。八夜って呼ばれてる。
八つの夜。
でも本名は八百代姫(やおよひめ)」
「八百代姫?お姫様なの!?」
「違うよ。
私の生まれた時代、女の子にはみんな姫ってつけてたの」
「時代って。
私とそんなに変わんないでしょ。
まだ16よ、私」
「そうだね・・・」
「八夜はどこからきたの?」
「小浜」
「小浜ってどこ?」
「若狭よ。遠敷郡(おにゅうぐん)小浜町」
「北国(ほっこく)の方?」
「そう。海がきれいなまちよ」
「海!いいなあ。
戦争が始まる前に、行ったっきり」
「今度、おいでよ」
「うん、いきたい!」
「約束ね」
指切りをする八夜の手はすごく冷たかった。
驚きを気取られないようにして、
私は、秋神川のほとりを足早に歩く。
渓谷に沿ったひたすら一本道。
秋神川には、御嶽山からの雪解け水が激しく流れる。
やがて、見えてきたのは小瀬ヶ洞の集落。
そのまま蜘蛛だ淵を通り過ぎる。
淵は川底が見えないほど、深い闇の中。
私はいつもここを通るとき、目を閉じて通り過ぎる。
蜘蛛の糸に引きずり込まれないように。
集落を抜けて森の中へ入れば、炭焼き小屋までは20分くらい。
森へ入るには、小さな吊り橋を渡らなければならない。
「吊り橋を渡るんだ。すてき」
「ねえ、ついさっき・・・
1時間くらい前に会ったばっかりなのに、私たち、もうともだちみたいだね」
「ともだち・・・?」
「うん。
私、里にはあんまり行かないから、ともだちなんていないんだ」
「そうなの?」
「さっきはたまたま、久々野に薬草売りにいくところだったの」
「ああ、ごめんね。邪魔しちゃって」
「いい、いい。
だって、ともだちができたんだもん。
お金には換えられないよ」
「ホントに・・私のともだちになってくれるの?」
「やだなあ。もうともだちじゃない」
「ありがとう・・・」
え・・・
八夜・・泣いてるの?
心配して顔を覗き込もうとすると・・
「あのね、伽耶」
そう言うと、懐から小さな包みを取り出した。
「これ、あげる」
それは、片手よりも小さな桐の箱。
中からとり出したのは・・
「干し肉よ」
「干し肉?」
「とっても貴重な干し肉」
「え・・・そんな大事なものなんて、もらえないわ」
「初めてできたともだちにもらってほしいの」
「そんな・・・」
「なにか大きな病にかかったり、大怪我をしたときに食べて」
「くすり?」
「まあ・・・くすりみたいなもの」
そう言って、八夜は私に桐の箱を手渡す。
森の奥深く、木々の向こうに、粗末な炭焼き小屋が見えてきた。
◾️SE:犬の声
「あ、クコだ」
「クコって?」
「犬よ。
野犬だけど私になついていて、飼ってるみたいなもん」
「犬・・・」
あれ?なんかいつもと違う。
クコは凶暴に吠えたてながら私たちのもとへ走ってくる。
私はとっさに八夜をかばって、前に出た。
「いや・・」
「クコ!どうしたの!?
そんなに吠えて。
やめて。
私の大事なおともだちなのよ」
「伽耶・・」
クコは唸り声をあげて私たちに飛びかかる。
私は顔を背けた。
その瞬間・・・
「あっ!」
手に持っていた桐箱をくわえて、そのまま森の中へ走り去った。
「ああ!」
「クコ!返して!戻ってきなさい!」
「そんな・・そんな・・・」
私は、炭焼き小屋に八夜を残し、ひとりで森のなかへ。
でも、どんなに探し回ってもクコの姿は見つけられなかった。
申し訳なさそうに説明する私に、八夜は、
「いいよ。大丈夫。
まだ間に合うから」
「どういうこと?」
「だけど、必ず探して・・
あれは、伽耶にあげたものだから」
「わかった。絶対に見つける」
「うん・・お願い」
その夜はまんじりともせず、会話も少ないまま、床についた。
動物たちの声が、なぜかいつもより騒がしく感じる。
私は、眠れないまま、今日の出来事を反芻していた。
【シーン2:別れ】
◾️SE:朝の野鳥の声/炭焼き小屋の戸が激しく叩かれる音(バンバンバン!)
「あけろ!伽耶!
そこにおるんやろ!」
まだ夜も明け切らない早朝。
激しい物音と怒声が、私の眠りを容赦なく引き裂いた。
この声は昨日の・・疎開者たち。
「伽耶・・・」
隣で寝ていた八夜も目を覚まし、震えている。
「親切にしてくれてありがとうね」
「え?」
「伽耶のこと、一生忘れないよ」
「なに?」
「何百年経っても」
「なに言ってんの」
「私・・・行くね」
「え・・なに?どういうこと?」
「さよなら」
そう言って立ち上がった八夜は、扉を開けた・・・
Fri, 17 Jul 2026 - 18min - 161 - ボイスドラマ「スイートラディッシュ」
高校では目立たない存在。
だけどネットの世界では、何万人ものファンに愛される人気VTuber。
そんな二つの顔を持つ女子高生・ナヴィが主人公の物語です。
【ペルソナ】※ナヴィはフランス語で「赤かぶ」
・ナヴィ(17歳JK)=高山市内の高校2年生。陰キャでコミュ症。対人恐怖症。だが裏の顔は・・
・スウィートラディッシュ=全国的に大人気のVtuber。通称『スイラジ』すべてが謎
・ジン(17歳)=高山市内の高校2年生。祭り屋台に命をかける祭り男子。だが裏の顔は・・
・フェニックス=スウィートラディッシュと人気を二分するイケメンVTuber。通称『ホウ』
・イチゴ(17歳/CV=岩波あこ)=スイラジガチ推しの同級生。別に友達ではない
・ナヴィのママ(CV=山﨑るい)=Vtuberのことはよくわからないけど薄々気づいている
【プロローグ:LIVE配信】
◾️SE:アニソンのアウトロ〜
「みんな〜!おつラディ〜!スイートラディッシュの”歌ってみたライブ”、最後の曲は
『アイニキテ』でした〜!
アンコールのコメントもたくさんありがとう〜!
ア〜シの想い、”ラジ部”のみんなに届いたかな?っ。
次の配信は来週!
スケジュールはXに載せるから、ちゃんとチェックして待っててね?
遅刻は厳禁だよ〜!
忘れたらおこだからね〜
ハッシュタグはいつもの『スイラジ』〜
そしゃ、バイバイ!」
「あれ・・、いまアタシ、なんてった?
あ〜、まいっか」
◾️SE:LIVE終了の音「ピ」
ア〜シはスイートラディッシュ。
通称”スイラジ”。
みんな知ってる、人気ナンバーワンのアイドルVtuber。
今夜のライブ配信も、10,000人以上のファンが参加してくれた。
バーチャルスタジオをレンタルして、
3曲もうたっちゃったからねー。
スイラジのビジュは、王道のアイドル系。
ゆるふわに巻いた高めのツインテール。
赤かぶをモチーフにしたリボン付きの結び目。
ラディッシュのしずくをイメージしたチョーカー。
トップスは赤白のギンガムチェックのビスチェ。
デコルテがきれいに見えるハートネック。
肩口はシースルー素材のパフスリーブ。
ボトムスはボリュームたっぷりの3段フリルミニスカート。
腰の後ろには、赤かぶの葉をイメージしたオーガンジーリボン。
ダンスするたびにひらひらと揺れる。
スイラジは、大手事務所に所属せず、フリーで活動中。
ゲーム実況とかはやらずに、フリートークと歌がメイン。
アイドルVtuberの世界では、イケメンVのフェニックスと人気を二分してる。
・・・っと
あ、あか〜ん。もうこんな時間やん。
勉強やんなきゃ。
明日期末なのに〜
そう。
スイートラディッシュの中の人は、
ア・タ・シ・・現役JKのナヴィ。
市街地の高校に通う二年生なんだ。
仮想世界ではバリバリのアイドル。
1万人の前でも余裕で歌えんのに、リアル出ると・・・
マジ無理。詰む。
だってアタシ、陰キャ、コミュ症なんだも〜ん!
【シーン1:期末1日目】
◾️SE:教室のチャイム
やっぱりだめだったぁ。終わった〜。
英語も歴史も数学も全滅。まじで1ミリも分かんなかった〜。
余裕で赤点だ〜。
期末前日にライブ配信やるなんて・・・
バカじゃん、アタシ。
「ねえ、昨日のスイラジ見た?」
え?
「そうそう、あの最後の・・」
昨日のアタシのライブのこと?
「だよね!言ったよね。
『そしゃ』って」
あ・・・
「うんうん。やっぱそうじゃない。
スイラジってさ・・」
やばっ。
「高山住み〜!?」
やらかした〜。
やっぱバレてたか〜。
「ひょっとして私たちの周りにいたりして〜?
きゃ〜!」
期末1日目終わったあと、みんな教室に残ってだべってる。
ってか、みんな昨日ライブ見てたの?
期末前日に。
でもでも。
どうする?
「ほ〜んとにいるかもよ〜」
さっきからずっとマウントとってるイチゴと・・
目が合った・・・
え?
一瞬の沈黙。
そして・・・
「ないない!」
はぁ〜っ。
よかった、アタシ。陰キャで。
と思ったそのとき・・・
「ちげーよ」
ジン・・・
「スイラジがこんなとこにいるわけないだろ」
いるけど・・・
「それに『そしゃ』なんて言ってない。
『そいじゃ』の聞き間違いだよ」
「え〜そうかな〜。
『そしゃ』って言ったじゃん」
うん。言った。たぶん・・・
「なコトより、明日の試験、いいのかよ。
早く帰らなくても・・」
「あ、やばっ。
帰るわ。
ばいちゃ」
「昭和かよ。ったく。
じゃ、オレも帰るわ。
お前も早く帰れよ、ナヴィ」
「あ・・・うん・・・」
「じゃあな」
アニメの主人公みたく爽やかに、ジンが教室を出ていった。
そういえば、子どもの頃はよくジンと遊んだな・・・
コミュ症のアタシをいつも外に連れ出してくれたジン。
毎日のように遊んでたのに・・・
中学の門をくぐり、高校に入ると、まったく会話はなくなった。
みんな慌てて帰り、たった一人残った教室。
夕陽がアタシを赤く染めていった。
【シーン3:期末が終わって】
◾️SE:教室のチャイム
「終わったぁ〜。期末ぅ〜。
おつラディ〜!」
教室のあちこちから『おつラディ』という通称『ラジ語』が飛び交う。
結局、アタシの高2・二学期の期末は、史上最悪の点数で幕を閉じた。
「ねえちょっと、みんな。知ってる?」
アタシに背中を向けたイチゴが、陽キャ一軍界隈のメンツを集める。
なんで、いつもアタシのすぐ横なの?
知らんけど。
「スイラジの中の人・・梨柿(リカ)らしいよ」
▪️クラス中にどよめきがおこる「ええ〜っ」
リカ、というのはクラスでいっちゃん可愛い、って自分で言ってる女子。
今までも、原宿行ったらスカウトされた、とか、
人気インフルエンサーとつながってる、とか、アピってたっけ。
「この前もリカ、帰るとき『そしゃバイバイ』って言うからさ。
こっちが『えっ?』ってなったら、
『やばいやばい!』ってガチ焦りで帰ってったわ」
ふう〜ん。
ま、いいんじゃない。
これで、誰もアタシに疑惑の目は向けないだろうし。
ん?
なことしなくても、そもそも誰もアタシのことなんて気にもしてないか。
へへっ。
ニヤけた顔で黒板の方を向くと、怖〜い顔でジンがアタシを睨んでた。
え?なんで?アタシ、なんか、悪いことした?
アタシが悲しそうな顔になると、ジンは無視して教室を出ていく。
なんかアイツ、最近やなやつ。
【シーン4:食卓にて】
◾️SE:食事中のガヤ
「ちょっと〜、ナヴィ。
食事中にスマホさわんないで」
「え〜。だってママ〜。
この前のライブの再生数、あんまし伸びないんだもん」
「くだらないこと言ってないで、ちゃんと味わって食べなさい。
あげづけの冷や奴と、あげづけの挟み焼きよ。
あんたの大好物でしょ」
「え?
やった!いっただきま〜す!」
「はぁ〜。さっきから目の前に置いてあるのに・・・っとにもう」
さっと炙って細かく切ったあげづけに、旬のみょうがをどっさりのせた冷や奴。
醤油ベースの旨味と、みょうがの爽やかさが絶妙。喉越しもう神!って感じ。
あげづけの間に大葉ととろけるチーズを挟んだ、挟み焼き。
トースターでカリッと焼いたこの食感。
もうマジ、やばみ〜!
「あんた、ライバーだかワイパーとか知んないけど、
次のテストで赤点とったら、パソコン没収するからねー」
「え〜〜〜〜!?」
「ったりまえじゃない。
学生の本分は、勉強なのよ、わかってる」
「わかってま〜す」
「じゃ、しっかりやんなさい」
やっぱり、今回の期末で過去最低スコアだったからな〜。
ママもパパも相当ビビってたし。
配信の回数、少し減らそうかな・・・
そんな後ろ向きのことを真剣に考えているとき・・・
◾️SE:DMの着信音
SNSのDMが届いた。
『よぉ、スイラジ。
最近配信が止まってるやん。
ひょっとして俺にビビり散らかして逃げた説ある?』
フェ、フェニックスぅ〜!?
『そうじゃないなら、
今週末”タイマン・コラボ生配信”で白黒つけようぜ』
この〜!
クソイケVが〜
『今週の日曜、21時。
枠はこっちのチャンネル。
内容は”歌とセリフ対決”。
リスナーのリアルタイム投票で勝敗を決める。
言い訳なし。
負けた方は、次回の配信から、ずうっと飛騨弁で雑談すること」
な、なんだとぉ〜!?
こいつ、なにか知ってるのか〜!
『ま、スイラジがガチでビビってんなら、そのままバックれてもいいけど?笑
逃げないなら、日曜の夜、画面の裏で待ってる。そしゃ』
くっそ〜。
はん。面白いわ。受けてやろうじゃないの。
でも、なんで飛騨弁?
ってか、フェニックス、飛騨弁喋れるの?
まさか、高山の人?
そんな・・・いやいやいや。ありえんし。
一人でスマホ見てブツブツ呟きながら、鋭い視線を感じて顔を上げる。
もっのすごい怖い顔でママがアタシを睨んでた。
【シーン5:コラボ対決】
◾️SE:オープニングTM
『みんな〜!お待たせ〜!
フェニックスことホウです!
今夜は予告通り、スイラジとタイマンコラボやってくぜ〜。
あいつ、9時5分になったら Discord(ディスコ)入ってくると思うから、
みんなでコメ欄(らん)見ながらのんびり待とうぜ!』
『おっ!ももちゃん、今日もありがとー!一番乗りじゃん、さすが!』
『イチゴも元気〜?
え?なに?ホウの”飛騨弁聴きたい”?いやいや、残念でしたー。オレ負けねえし』
『リカもありがとね!
って、”クマに注意して”、ってなにそれ?笑
オレどこに住んでると思ってんの?』
ついにライブ配信が始まった。
『そしゃタイマンバトル!ホウvsスイラジ!』
※続きは音声でお楽しみください
Fri, 10 Jul 2026 - 21min - 160 - ボイスドラマ「クロモジ」(後編:朝日町編)
飛騨の山々に自生する薬木「クロモジ」。
その爽やかな香りは、人の心をほっと落ち着かせてくれます。
福地山の山中で出会ったひとつの出来事。
何気ない日常の中で見失いかけていた想い。
そして、誰かを思う気持ち。自然の恵みと人とのつながりを描いた、心温まる物語・・・
【ペルソナ】
・よもぎ(26歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。薬草を求めて奥飛騨温泉郷福地温泉の山へ入ったとき道に迷ってしまう→冷静なよもぎは薬草掘り用のスコップを岩にうちつけて、国際基準となっている山の遭難信号のリズムを鳴らす
・シズル=シュウ(38歳/CV:日比野正裕)=東京で働いていたマーケティング会社を辞め、地域おこし協力隊として奥飛騨温泉郷福地温泉に移住。福地温泉を選んだのは元々化石に興味があったから。現在は信飛トレイルの活動に関わり、福地温泉の旅館を手伝いながら平湯のカフェにも集まる
【シーン1:再会/カフェよもぎ】
◾️SE:カフェの雑踏
「よもぎちゃん、そのヘンテコな置物はなんだい?
こないだから気になっとったんやけど」
「これ?
三葉虫のペーパーウェイトよ。レプリカだけど」
「へえ〜
なんか形とか大きさとかアレみたいやな。
あの、ほれ、ゴキ・・」
「やめてよ、マサさん。
これ、オリジナルで作ってもらったのよ。世界でひとつだけのウェイトなのに」
「作ってもらった?だれに?」
「ないしょ」
「おお、おお、すみにおけんな、よもぎちゃんも」
常連客のマサさんが、三葉虫を指差してからかう。
1週間前に、シズルさんが作ってくれた、ちょっぴり歪なペーパーウェィト。
彼が持っている化石で型をとって作ってくれた。
ここは朝日町の薬膳カフェ『よもぎ』。
私はオーナーのよもぎ。
今日もたくさんのお客さんで賑わっている。
◾️SE:カフェの雑踏〜お客さんの来店を告げるカフェベル
「いらっしゃいませ・・・あ・・
シズルさん・・」
「よもぎさん・・きちゃった・・・
すみません・・連絡もせずにいきなり」
「いえ、そんな・・大歓迎よ」
「おお〜。
王子様の登場やな」
「もう〜。マサさん!
こんど言ったらもう漢方の処方してあげないから」
「あはは・・・」
「さ、すわって」
「はい、ありがとうございます」
「まずはこれ、どうぞ」
「あ・・」
「トウキとクロモジの『巡り(めぐり)アロマ茶』よ」
「ああ、この前の・・」
「トウキは冷え性の改善、クロモジは胃腸を整えるの」
「へえ〜」
「クロモジっていうのは、よもぎと並ぶ朝日の至宝。
このお茶は、奥飛騨と朝日のイイトコどり」
「そうなんだ」
「食前茶よ、召しあがって」
「食前茶?」
「そ。ランチ、食べていけるんでしょ」
「うん!
ひょっとして薬膳ランチ?」
「そうよ、召しあがって」
「楽しみだな〜」
私がその日、シズルに出したのは、薬膳参鶏湯(サムゲタン)。
レシピはもちろん、この前福地で採取した薬草たち。
トウキの根、ナツメ、クコの実に、もち米を入れてトロトロに煮込む。
臭み消しと香り付けにもクロモジの枝を入れてある。
薬膳参鶏湯、実はあれから毎日準備してたんだ。
シズルさんがいつきてもいいように、って。
我ながら私って、ピュア。ふふ・・
「すっごく美味しい!
体中がポカポカしてくる」
「そおかぁ、こんところ毎日ランチがサムゲタンだったのは
こういうことかぁ」
「マサさん、うるさい。
ヘンなこと言ってると、蜘蛛だ淵へ引きずり込むわよ〜」
「お〜こわ〜。女郎蜘蛛よもぎかぁ」
「もう〜」
「ねえ、よもぎさん」
「なあに?」
「クモダブチってなに?」
「ああ、蜘蛛だ淵?
そうねえ・・・
よかったらランチのあと行ってみましょうか」
「あ、はい」
好奇心満開で私たちを見るマサさん。
それを横目に、私たちはお店を出た。
留守番を頼んだおばあちゃんは、何も言わずにニコニコしている。
シズルのSUVで秋神ダムへ。
真上から照りつける太陽は、もう夏の準備を始めていた。
【シーン2:仄暗い水底より/秋神ダム・蜘蛛だ淵】
◾️SE:ダム周辺のざわめき〜野鳥の鳴き声
「これが秋神ダムかぁ」
「蜘蛛だ淵はあのあたりかな」
「ダムの底?」
「メンテナンスで水抜きするときか、
夏に渇水になるときじゃないと見えないわ」
「水位が下がると見えたりするの?」
「そうねえ。
谷筋(たにすじ)って言って、秋神川の元のルートがうっすらと見えることがあるの」
「見てみたいなあ」
「ひかれるわよ〜」
「どういうこと?」
私はシズルさんに蜘蛛だ淵の伝説を語る。
むか〜しむかし。秋神川の奥深く。
小瀬ヶ洞(おぜがほら)っていう小さな集落があったの。
川の中には、深くて、吸い込まれそうなほど大〜きな淵。
それが『蜘蛛だ淵』。
『蜘蛛だ淵』には、恐ろしいほど大きな蜘蛛のヌシが住んでいた。
ある日、一人の木こりが、淵のそばで一休みしていたとき。
細くて白い糸が、どこからともなく、すうっと伸びてきて、木こりの足首に巻き付いた。
糸の先を見ると、深い深い水底へと繋がっている。
『まずい!』
そう思った木こりは、足首の糸をそっと外して、
すぐそばにあった大きな切り株に巻き付けた。
すると、淵の底から地響きがして、切り株が、根っこごと引き抜かれる。
そのまま凄まじい水しぶきを上げて淵の底へ沈んでいった・・・
おしまい。
「こっわ〜っ」
「そう?」
「え、なんで?
だって、それって、恐ろしい化け物だろ、蜘蛛の」
「どうして?
木こりは助かったのよ」
「え・・」
「切り株を水底へ引きずり込んだ蜘蛛のヌシは、すぐに気づいたと思う。
自分が命がけで引っ張ったものが、ただの冷たい切り株だったって。
ヌシはね、人を襲いたかったんじゃないのよ。
深い深い、誰も光を届けてくれない冷たい水の底。
何百年も、たった一人で寂しかったんじゃないかな。
ただ、誰かに触れてほしくて、誰かと繋がりたくて・・・
精一杯糸を伸ばしただけだったのかも。
だから、だまされたと知った蜘蛛のヌシは、
それから二度と、水面に糸を伸ばすことはなかったの。今、『蜘蛛だ淵』はダムの底に沈んで、もう誰も見ることはできないでしょ。
あの冷たい水の、さらにその底。
誰も来ない暗闇で、ヌシは今でも静かに、誰かを待っているのかもしれない・・・
「そっか・・・
伝記や伝説って、そういう見方もあるんだね」
「そうよ。
両面宿儺だってそうじゃない。
日本書紀であんな風に書かれて。
本当は七儺(しちな)っていう鬼や災害から飛騨を守ったのに」
「よもぎさんがそんな風に考えるなんて意外だな」
「そう?
実は私、シズルさんには言ってないけど・・」
「なに?」
「待っている人がいるの・・・いや、いたの。・・・過去形かな」
「え・・」
「シズルさんが以前住んでた東京に」
「そうなんだ・・」
「でも、その人、帰ってくるかどうかも、わかんない」
「どういうこと・・・?」
「繋がってると思ってた糸は・・切れちゃったみたいだから」
「よもぎさん・・・」
「ごめんね、変な話して」
「いや、そうじゃなくて・・・実は私も話があるんだ」
「話・・?」
「私は、来週から東京へ行く」
「え・・東京?」
「東京・丸の内の大手企業にプレゼンしてくるんです。
福利厚生として、朝日のクロモジを使った薬草プログラムと、
信飛トレイルでのリトリートツアーを導入する、ウェルネスビジネス。
起業したばかりの私の会社と東京の大手企業との、公式な提携合意書。
それを手土産にして戻ってくる」
「すごっ」
「契約の手続きやユーザー研修があるからしばらく帰れないけど」
「そうなの・・・」
「待っていてくれませんか?」
「え・・・」
「展開早すぎかもですが・・・」
「そんなことないわ」
「え?」
「じゃあ、東京へ行く前に糸をしばっておかないと」
「よもぎさん・・」
そう言って私は、背中からシズルを抱きしめた。
シズルは何も言わず、胸の前で私の手を優しく包み込む。
秋神ダム・蜘蛛だ淵から伸びる透明な蜘蛛の糸。
それは私たちの心を静かに、しっかりと結んでいった。
【シーン3:帰還/カフェよもぎ】
◾️SE:カフェのざわめき
あれから半月。
たった2週間が1年にも10年にも感じられた。
シズルが東京へ発った日から作り始めた、クロモジの薬草エキス。
乾燥させたクロモジの枝と葉を、ウォッカに漬け込む。
1日1回瓶を振って、じっくり成分を抽出。
それも今日でやっと完成、かな。
同じ頃、林業をしているマサさんから分けてもらったのが、クロモジの倒木。
丁寧に輪切りにしていくと、樹皮の表面に黒い斑点=黒文字が浮かび上がる。
その中の1枚に偶然、『S』と読める斑点と『Y』と読める斑点を見つけた。
っていうか・・・まあ、そう見えなくもない・・って感じだけど。
斜めにカットしたその樹皮を台座にして、薬草エキス=チンキのびんを置く。
これをハーブティーに一滴垂らせば・・・
あ〜なんていい香り。
シズルにも飲ませてあげたいな・・・
ぼ〜っとしながら、そんなことを考えていたとき。
「よもぎちゃん。
最近王子様見ないなあ」
「ちょっとぉ〜。マサさん!
ま〜た、そういうこと言って。
王子様なんていないから」
「いるよ」
「えっ?」
「ただいま」
「シズル!・・・さん」
Fri, 03 Jul 2026 - 12min - 159 - ボイスドラマ「トウキ」(前編:奥飛騨温泉郷編)
飛騨の山で受け継がれてきた薬草「トウキ」。
古くから女性の健康を支える薬草として知られ、人々の暮らしとともに歩んできました。
福地山で起きた予期せぬ出来事。
山の厳しさと優しさ。
そして、人を信じる心。飛騨の自然と薬草文化を背景に描く感動の物語・・・
【ペルソナ】
・シズル=シュウ(38歳/CV:日比野正裕)=東京で働いていたマーケティング会社を辞め、地域おこし協力隊として奥飛騨温泉郷福地温泉に移住。福地温泉を選んだのは元々化石に興味があったから。現在は信飛トレイルの活動に関わり、福地温泉の旅館を手伝いながら平湯のカフェにも集まる
・よもぎ(26歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。薬草を求めて奥飛騨温泉郷福地温泉の山へ入ったとき道に迷ってしまう→冷静なよもぎは薬草掘り用のスコップを岩にうちつけて、国際基準となっている山の遭難信号のリズムを鳴らす
【シーン1:遭難信号】
◾️SE:森の中の野鳥
=スコップを岩に打ち付ける音/「カン!」と1回鳴る
「え?
いまの音・・・」
◾️もう一度スコップを岩に打ち付ける音/「カン!」と1回鳴る
「7、8、9・・・
まさか・・・」
◾️スコップを岩に打ち付ける音/「カン!」と1回鳴る(以降等間隔で合計6回鳴る)
「1分間に6回・・
間違いない、救難信号だ」
山岳遭難信号。
これを使うということは、熟練のハイカーか・・
とにかく、音のする方向を見定めよう。
◾️スコップを岩に打ち付ける音/「カン!」と1回鳴る(合計6回まで)
雨上がりの奥飛騨温泉郷・福地温泉(ふくじおんせん)。
立ち込める霧の彼方から、かすかな遭難信号が響いてくる。
私の名前はシズル。
福地温泉を拠点とする地域おこし協力隊だ。
かつては、東京・丸の内で働くAI分析アナリスト。
その仕事を辞めて、福地に移住してきたのが3年前。
移住の目的は、地域おこし協力隊。
福地温泉の旅館を手伝いながら、奥飛騨温泉郷の魅力を発信している。
もともと子どもの頃から、筋金入りの化石オタクだった。
部屋にはアンモナイトの置物が鎮座している。
福地温泉に移住したのも、日本最古の化石が発見された場所だから。
とはいえ、化石発見エリアの一の谷(いちのたに)へは、立ち入りが厳しく禁じられている。
私は午後から、『福地化石遊歩道』の安全点検をしていた。
◾️スコップを岩に打ち付ける音/「カン!」と1回鳴る(以降60秒おきに6回鳴る)
「1分間の静寂のあと・・・再度発信」
国際基準通りだ。
あの音・・・
高く澄んだ、小さな鐘のような音・・・
岩に打ちつけている・・
でもペグやサバイバルナイフじゃない。
鉄製のハンマー?
いや、もっと薄い・・・スコップかな。
なんとか日が暮れる前に見つけてあげないと・・
◾️スコップを岩に打ち付ける音/「カン!」と1回鳴る(以降60秒おきに6回鳴る)
遊歩道から見て、上の方の斜面。
福地山(ふくじやま)の深い森の奥から音が響いてくる。
1メートル先も見えないような深い霧。
私は音のする方へ、急ぎ足で向かった。
と、霧の中から現れたのは、剥き出しになった石灰岩の岩盤。
音はこの岩に反響している。
そのまま歩くと、すぐに見えてきたのは、登山道の入口。
それは毎日のように歩いている道。
私は一気に坂を駆け上がった。
はあっ、はあっ。
◾️スコップを岩に打ち付ける音/「カン!」と1回鳴る(以降60秒おきに6回鳴る)
音が徐々に大きく、クリアになってくる。
テンポは・・少し不規則になってきたかな。
疲れてきているんだろう・・・
急ごう。
と、リズムが乱れ始める。
もう少しだ。がんばれ。
ん?
音が真横になった・・
あそこだ。
あの枯れ沢の斜面。
誤って足を踏み入れたか、滑り落ちたのかも。
私は、登山道から離れた斜面を駆け降りる。
音はどんどん近くなる。よし、そろそろいいだろう。
『おお〜い!聞こえるか〜!』
『こっちよ〜!』
間髪入れずに明るい声が帰ってくる。
女性?
私の頭の中には、自撮り棒を持つ山ガールの姿が浮かんでいた。
【シーン2:発見】
◾️SE:日が落ちかけた森のざわめき
『ありがとうございます』
ベンチほどの小さな岩。体を斜めにして腰掛ける女性。
この岩に・・打ちつけていたのは・・・
やっぱりスコップだ。
服装はちゃんとした山歩きスタイル。
実用的な防虫ネット付きの帽子。
首元に巻いているのは、パステルグリーンのタオル。
オリーブグリーンのレインウェア。たぶんゴアテックスかな。
泥除けの頑丈なスパッツ。
登山靴の先には湿った黒土がべっとりと付いている。
彼女がレインウェアを脱ぐと、中はチェック柄のトレッキングシャツ。
腕には緑色の腕章。(※福地温泉観光協会の腕章のこと)
リュックにはラミネート加工された許可証らしきものがぶら下がっている。
『本当に助かりました』
「驚いたなあ」
『え?どういうこと?』
「第一声を聞いたときは、もっと、こう・・・
ギャルっぽい人かと思って・・」
『なに、その表現?
そんな軽い感じに聞こえました?』
「いや、そうじゃないんだけど・・声から、カラフルなウインドブレーカーを着た山ガール、ってのを想像しちゃったんです」
『それ褒め言葉ですか〜?声、勉強して声優にでもなろうかしら』
「あ、ご、ごめんなさい!
そ、それより、大丈夫ですか?
お怪我とかはありませんか?」
『大丈夫。この格好ですから』
「どうして登山道からはずれちゃったんですか?」
『ごめんなさい。
トウキを探して奥へ入ってったら迷っちゃって』
「トウキ?」
『薬草です。
別名”婦人病の万能薬”』
ああ、そうか。だから・・・
さっきのは薬草採取の許可証か・・
『ほら。
嗅いでみて』
彼女はリュックから薬草を取り出し、私の顔に近づける。
『セロリに似て、爽やかで強い、独特の香りなの』
「ホントだ・・・
薬草のこと、詳しいんですね」
『はい。
朝日町で”よもぎ”って薬膳カフェをやってるんです。
よかったら一度いらっしゃいませんか』
「よもぎ・・」
『ええ。
あ、ちなみに私の名前もよもぎ、です』
「そうでしたか・・・
おっと・・・いかん!」
『どうしました?』
「ほら、日が沈んでしまう」
『ほんとだ・・・』
「急ぎましょう」
『はい』
少し申し訳なさそうな顔をして、彼女=よもぎは立ち上がった。
私は、LEDライトのスイッチを入れる。
夕陽が笠ヶ岳(かさがたけ)の向こうへ吸い込まれていく。
グラデーションは一段と濃くなり、シルエットの稜線が闇に浮かび上がっていた。
【シーン3:下山】※この状況ではビバークの方が圧倒的に危険なので夜道を2人で下山します
◾️SE:森の中を歩く足音〜夜の森のざわめき〜フクロウの鳴き声
『すみません、荷物まで持ってもらって』
「いえいえ、薬草なんて軽いから全然!」
『あの・・・ひとつ伺ってもいいですか?』
「はい」
「さっき、どうしてビバークしなかったんですか?
ああいうときって、ビバークするものだと思ってました』
「夜の山道を歩くのは危険だから、ですよね」
『ええ』
「実は今日みたいな状況のときは、留まる方が圧倒的にリスクが高いんです」
『そうなんですか?』
「はい。
最初のリスクは『低体温症』。
今日は雨でしたよね。
レインウェアを着てても内側は汗で濡れてる。
奥飛騨の夜はこの時期でもかなり冷えますから」
『なるほど』
「2つ目のリスクは『野生動物』。
このあたりはツキノワグマの生息地ですからね。よもぎさんの持っている薬草の香りが
クマを引き寄せます」
『そっか〜』
「さっきの枯れ沢から登山口までは1時間ちょっとの距離。
ここは私が毎日歩いている、ホームグラウンドなんです。
心配しなくても、間違いなく無事に帰れますよ」
『わかりました』
「説教っぽいこといってすみません」
『とんでもない。
あ、もうひとついいですか?』
「どうぞどうぞ」
『まだ、お名前聞いてないなって・・』
「あ〜!そうでした!失礼しました!」
『ふふふ・・』
「シズルです!シズル。ごめんなさい」
『シズルさん・・・いいお名前』
「あ、ありがとうございます」
『奥飛騨温泉郷に住んでいるんですか?』
「はい、そうなんです。
ここ、福地に住んでます」
『福地温泉って確か、日本最古の化石が発見されたんでしたっけ?』
「よくご存知ですね」
「なに言ってんですか。
私だって高山市民ですよ。高山市朝日町』
「はは・・ですね。
私は子どもの頃から化石が大好きでして。
しかも古生代オタク。こっちきてからコノドントが見たくて毎週のように名古屋へ通いました。
福地の化石館にも三葉虫とかウミユリたちがいるでしょ。
ここへ越してきたのも、古生代の生き物の近くにいたかったからかな」
『え?高山の方じゃないんですか?』
「生まれは東京です」
『東京!』
「丸の内で働くAI分析アナリストだったんです」
『なあに、それ?』
「AI搭載型SaaS(サース)を使った、売上や顧客データの分析。
平たく言うと企業の未来を予測する仕事です」
『ぜんぜん平たくない』
「はは・・ですよね。
要はそんな、説明してもわかってもらえないような仕事を辞めて、
ここへ移住したんです」
『へえ〜』
「地域おこし協力隊として」
『ああ。そうだったんですか』
「いまは信飛(しんぴ)トレイルを整備する活動に関わっています」
『信飛トレイル・・聞いたことあります!』
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 26 Jun 2026 - 16min - 158 - ボイスドラマ「いつかの弁当」
マッチングアプリで元上司とブラインドデート!?不器用すぎる大人の恋の物語
【ペルソナ】
・さくら(CV=29歳:岩波あこ)=静と同じ市民課に務める市職員。彩羽にとっては相談できる唯一の女性
・彩羽(いろは=18歳/CV:坂田月菜)=高校生のとき東京から高山市街地へ引っ越してきて、卒業後は高山市役所市民課で働く市職員
・静(しずか=61歳/CV:日比野正裕)=大学新卒以来高山市役所市民課で働く生え抜きの市職員
【プロローグ:市役所の休憩室】
◾️SE:休憩室のざわめき/お湯を沸かす音など
「いただきま〜す」
「まあ、おいしそうなお弁当」
「あ・・さくらさん・・」
遅い昼食をとろうと休憩室に入ると
新人の彩羽と目が合った。
ちょうどお弁当を食べようとしていたらしい。
「お疲れ様です!」
私はさくら。
高山市役所で働く市民課の戸籍係。
彩羽は住民登録係だから、仕事上はそんなに接触はないんだけど・・
いや。
それは違うわね。
ちょっと前までは接触どころか、
彩羽のおうちでご飯まで食べるような関係だったし。
実は、彼女のお祖父様が、私の元上司。
詳しいことは、前編の『最後の弁当』『最初の弁当』を聴いてね。
「さくらさんもいまからお昼ですか?」
「うん。
遅くなっちゃったけど・・
彩羽さんも?」
「はい。
朝からずっとバタバタして・・マイナンバーの申請とかいっぱいで」
「それ、こも豆腐?」
「そうです・・」
「ひょっとして・・・部長・・いえ、おじいさまの手料理?」
「はい!」
「すごいわねえ、部長、じゃなくて、おじいさまも」
「部長でいいですよ。
その方があの頃を思い出してワクワクするし」
「ごめんなさい。じゃ、お言葉に甘えて」
「こも豆腐って珍しいんですか?」
「ううん、その逆。
むしろ、高山のソウルフード」
「へえ〜」
「お豆腐を”こも”に包んで、茹でてから出汁で煮込むの」
「”こも”?」
「わらで編んだむしろよ。
ほら、お豆腐の表面にわらの模様があるでしょ」
「うん」
「ほんのり、わらのいい香りもしない?」
「ホントだ〜」
「お祝いごととか、ハレの日に出すお料理なのよ」
「知らなかった〜」
「あ、それと・・飛騨牛のしぐれ煮も」
「そう。私が美味しい!って言ったら、毎日お弁当に入れてくれるの」
「へえ〜」
「汁気をしっかり切ってご飯に乗せてるから、お肉がしっとりして美味しいんだ〜」
「部長って・・・彩羽さんにはホント、優しいのねえ」
「・・さくらさん・・・」
「なあに?」
「あの・・・さくらさんに相談したいことがあるんですけど・・・」
向き直った彩羽が、急に真面目な顔になる。
「今日・・・役所が終わってから少し話せませんか?」
「いいわよ。
じゃあ・・・あそこにする?
あの・・なんだっけ・・・名前のない・・カフェ」
「やった。前から行きたかったんだ、あのお店」
彩羽は、私の返事を聞くと、安心したように声を弾ませた。
「抹茶バスクチーズケーキ!
食べたーい!」
【シーン1:名前のないカフェ】
◾️SE:カフェのガヤ
「どうしたの?彩羽さん
食べないの?
チーズケーキ」
「はい。
お腹は減ってるけど・・・おじいちゃんのこと考えると・・」
「え?」
「考えれば考えるほど、胃が痛くなりそう」
※急に深刻になり身を乗り出す
「部長、どうかしたの?まさか・・どこか悪いとか?」
「いや、実は・・・さくらさんにお願いしたいことがあるんです・・・」
「お願い?」
※悩んだ末に思い切って
「あの・・・おじいちゃんを止めてください!」
「え?なに?いきなり・・」
「このままだと、マッチングアプリに結婚させられちゃう!」
「ちょっとちょっと。
話がよく見えないわ。
落ち着いてお話して」
「はい・・あ・・ごめんなさい」
「マッチングアプリって?」
「恋人とか結婚相手を探すやつです」
「そんなことは知ってるわ」
「おじいちゃん、私が働き初めてから毎日お弁当作ってくれてるんですけど」
「そうね」
「毎朝、朝市で食材買いに出かけるの」
「まあ」
「で、野菜売ってるおばちゃんと仲良くなって」
「ああ、あのおばちゃん?」
「はい。
それで、おばちゃんから、独り身でいるのは大変だからって」
「え?
それで?」
「マッチングアプリに登録しなさいって言われて・・」
「登録しちゃったの?」
※泣きそうな声で
「はい」
「部長ったら・・・」
「私、こっそりおじいちゃんのスマホのぞいたんですけど」
「だめよ、そんなことしちゃ」
「いいの、おじいちゃん危なっかしいんだから。
アカウントのデータ入力だって、私がしてあげてるもん」
「まあ」
「それが最近『いいね!』を結構もらってて」
「部長って、ビジュ悪くないもんね」
「とうとう『お会いしましょ』ってメッセージまで来ちゃったんです」
「あらまあ・・
でも、いいことじゃない」
「なんで?
さくらさんはそれでホントにいいんですか?」
「いいに決まってるわ。
部長、奥さん亡くされてからだいぶ経ってるし」
「それそれ。
おばあちゃんだって許すわけない」
「許すわよ」
「どうしてそんなことわかるんですか?」
「だってあのときは部長、見ていて胸が締め付けられるほど痛々しくて・・
声もかけられなかったもの」
「だったら、よけいダメでしょ」
「ううん。そんな部長が彩羽さんのおかげで、こんなに明るくなったのよ。今度は自分が幸せになる番じゃない」
「違う。次はさくらさんの番なの!」
「また、わけのわかんないこと言って」
「さくらさん」
「なあに?」
「おじいちゃんのこと、好きじゃないんですか?」
「えっ・・な、なに言ってんの!」
「だって・・だって、おじいちゃん、
このままだと誰かと結婚しちゃうかもしれないのに・・」
「い、いいんじゃない・・?部長にとっても、その方が」
「そんなん、絶対よくない」
「言い切っちゃうのね。
でも、彩羽さん・・
私は・・・大賛成よ。
だって部長には、幸せになってほしいもの」
「それは幸せなんかじゃないって!
もう〜、なんて言えば、わかってもらえるの〜」
「さあさあ、それよりケーキ、食べましょ。
上に乗ったアイス、とけちゃうわよ」
「わかった〜。
もう、やけ食いだぁ。
あ・・・でもさくらさん、ひとつだけ約束して」
「なにを?」
「おじいちゃんがマッチングアプリの相手と会うより前に
一度うちへ来ること」
「いいけど・・・なんで?
ご無沙汰だから、部長びっくりするんじゃない」
「おじいちゃんはいいの」
彩羽の主張が、だんだん支離滅裂になってくる。
それでも、困り眉のまま、ケーキを口に運ぶと、
「んま〜い!抹茶とチーズのマッチングが、も最高!」
私は思わず吹き出しそうになる。
若いっていいなあ・・・
結局、週末に彩羽の家へお邪魔することになったけど。
【シーン2:彩羽の家】
◾️SE:玄関の扉を開ける音
「いらっしゃい!さくらくん!」
彩羽のおうち。
というより部長のご自宅。
部長自ら満面の笑みで迎えてくれる。
4月にリタイアされてから顔を見るのは初めて。
なんだか、在職してるときより、顔色よくなったんじゃないかしら。
「さあ、今日は私が手料理を振る舞うから、
さくらくんはゆっくりしてってくれ」
「いらっしゃ〜い」
後ろから彩羽がひょっこり顔を出す。
「座って座って、さくらさん」
言われるまま食卓へ腰を下ろすと、私の横に彩羽も座った。
「ねえ、おじいちゃ〜ん。
今日はなに作ってくれるの〜?」
「今日のメインディッシュは飛騨牛の『朴葉味噌焼き』だよ。
さくらくんが来るっていうから
奮発してA5ランクのロースにしたんだ」
「わ、やったぁ」
「ホントはフィレにしようと思ったんだがね、
フィレの旨味が味噌の味に負けてしまうといけないから」
「なんだか部長、すっかりプロのシェフみたいですね」
「いやあ、まだまだ勉強中さ。
そうそう、肉は薄切りのロースだけど、野菜をたっぷり入れるからね。飛騨一本太ネギにしめじ、えのき、まいたけ・・」
「おいしそう」
「おじいちゃん、マッチングアプリのお相手にいいとこ見せたいんでしょ」
「え?」
「なっ、な、なにを言うんだ、いきなり・・」
「いつデートするんだっけ〜?」
「ばっ、ばかなこと言ってないで・・・
さ、さくらさんにお茶でも淹れてあげなさい」
「あ、私やります」
「だめ。さくらさんは座ってて。
お客さんなんだから」
「いいのよ。ここのお台所は、ようく知ってるから」
「あ、そっか〜。
さくらさん、ここでずっと料理教えてたもんね。
おじいちゃんに」
なあに、このシチュエーション。
彩羽の意図が見えないんだけど。
何か企んでいるような顔でニヤニヤして・・
私は気にしていないフリをして紅茶を淹れる。
「さくらさんってさあ、どこに住んでるんだっけ」
「え・・」
「そういえば、聞いたことなかったな、って」
「こら彩羽、個人情報だぞ」
「駅の西。岡本町(おかもとまち)のアパートよ」
「一人暮らしだっけ?」
「彩羽」
「そう。
でも実家は荘川よ」
「そうなんだあ」
「彩羽さんとおんなじ。
高校を卒業して市役所に入庁したの。
最初はバスで通ってたんだけど、
1年経ってから、思い切って一人暮らしを始めたんだ・・。
今年でもう10年になるかなあ」
「そっかぁ。
ってことは今年でさくらさん・・・」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 19 Jun 2026 - 19min - 157 - ボイスドラマ「if。君のその手に触れられたら」
もし、あの日、古い町並で“あの音”を聞かなかったら。
飛騨高山の伝統工芸「一位一刀彫」をテーマに描く青春ボイスドラマ。
【ペルソナ】※Yew(ユウ)は一位の木の英語名/marja(マリヤ)は一位の木のフィンランド語名
・ユウ(17歳)/山﨑るい=高根町で生まれた少年/市街地の叔父の家に居候して高校へ通う。市街地の工房で出会ったアッシュに一目惚れして軽い気持ちで一位一刀彫に興味を持つ
・アッシュ/本名はアストリッド(18歳)/山﨑るい=フランス人の留学生。ワーキンングホリデーで出会った一位一刀彫に魅せられて本気で修行したいと思い文化活動ビザ取得を目指す
・マリヤ(17歳)/岩波あこ=ユウの遊び仲間/ユウに好意を寄せるが告白していない
・親方(68歳)/日比野正裕=一位一刀彫の職人。飛騨の匠
・先生(40歳)/日比野正裕=優しいめがねをはめた先生
[シーン1:古い町並】
◾️SE:古い町並の雑踏
「Je suis désolée.」
※アッシュの声(CV:リア)=https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/05/Aicha-Lea.mp3
「え?」「何語?」
「フランス語でしょ」
古い町並に面した一位一刀彫の工房。
通りから見えるところで、女の子がノミをふるってる。
思わず声をかけたら、振り返ったのはなんと・・・金髪の女性だった。
「ちょっともう〜。行くよ、ユウ!」
横で怖〜い顔してボクを睨んでいるのは、同級生のマリヤ。
怒ると怖いんだよなあ。
そのやりとりを見ていた、ブロンド女子が笑ってる。
ボクの名前はユウ。
生まれた家は高根町。
市街地の叔父さんちから高校へ通う一年生。
入学したのは今年の4月。部活は帰宅部。
放課後はいつも寄り道して、古い町並で遊んでる。
で、ボクと同じように古い町並をぶらぶらしてたのがマリヤ。
話しかけたら、同じ高校の同じ一年生だったんだ。
どこに住んでるの、って聞いたら・・
「荘川よ」
「へえ〜」
「放課後どんなに急いでも
1時間以上バスを待たなきゃいけないの。
だからいつもブラブラしてる。
あんたは?」
「ボクは帰宅部。
実家は高根だけど、市街地のおじさんちに居候」
「荘川と高根じゃ、真逆ね。
はは・・」
という感じで、意気投合。
以来ほとんど毎日、2人で古い町並を徘徊。
今日も今日とて歩いてたら、聞きなれない音が聞こえてきた。
耳をすましたら、なんとノミの音。
あとから聞いたら一位一刀彫っていうらしい。
工房が公開されてて、実演をしてた。
職人さんは若い女の子っぽい。
藍染めの作務衣に、頭に巻いた白い手ぬぐい。
脇目も振らず一心不乱にノミをふるう。
その仕草にボクの目は釘付けになっちゃって・・
それで、つい声をかけちゃったんだ。
まさか金髪女子とは・・・
少し気恥ずかしくて、足早に立ち去るボクとマリヤ。
「行くよ、ユウ」
背中越しに、フランス語が聞こえてきた。
「Salut!」
※アッシュの声(CV:リア)=https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/05/Lea.mp3
なんか、周りの観光客にも笑われてるような気がして。
高山駅までの間、マリヤはずうっとボクを睨んでいた。
[シーン2:古い町並の公開工房】
◾️SE:古い町並の雑踏
「ハーイ!ユウ!
マリヤも!」
笑顔でアッシュがボクたちを出迎える。
奥の親方は相変わらず怖い顔。
アッシュというのは、ブロンドの女の子。
マリヤが言ったように、フランス人だった。
翌日。
結局ボクたちは・・
っていうかボクは、アッシュに魅せられて
また、工房へ行ったんだ。
マリヤはあきれてたけど、ついてきた。
アッシュは、一位一刀彫の工房で働く、見習い職人。
見習い、とはいっても、この夏でもう一年になるらしい。
で、どちらからともなく、話をするようになって・・・
あ、もちろん、日本語でね。
彼女、アッシュは、英語、フランス語、日本語がペラペラなんだ。
(※以下、流暢な日本語で)
「私、去年の夏に、高山へ来た。
ワーキングホリデーね。
最初は外国人観光客向けのゲストハウスで働いてたの。
お休みの日に、この工房で実演を見てすごくショック受けた」
「なんで?」
「フランスにも木彫りってあるんじゃないの?」
「あるよ。
でも全然違う。
フランスの木彫りはまず先に粘土で模型を作る。
それから彫刻刀とヤスリで磨き上げていくの」
「ふうん」
「でも、一位一刀彫はすごい。
ヤスリを一切使わずに、鋭いノミのタッチだけで完成させるんだもの」
「そうなんだー」
「一度削ったら修正がきかない一発勝負の緊迫感。
ノミだけで動物の毛並みや躍動感を表現してしまう職人の技。
信じられない」
「へえ〜」
「それで親方に頼み込んだの。弟子にしてほしいって」
「よくあの親方が弟子にしてくれたなあ」
「毎日押しかけたもの」
「すごっ」
「箸置きとか根付けなら、もうけっこう自信あるんだ」
「すごいね、アッシュ」
「あの・・・実は・・ボクも弟子入りしたいんだ」
「えっ?」
「今日にでも、親方に言うつもりだった」
「そお〜いいんじゃない。
でもハードル高いよ〜」
突然の言葉に一番驚いたのはマリヤだった。
「本気なの?ユウ」
マリヤの瞳が一瞬、悲しみをたたえたような気がした。
[シーン3:学校のチャイム】
◾️SE:教室の雑踏
「マリヤ〜、行こうぜ」
「ごめん、ユウ。
今日からはひとりで行って」
「え?なんで?」
「この前の休み、お父さんが自転車を高山駅まで運んでくれたんだ。
駅の駐輪場も定期で借りてくれたの。
自転車なら荘川行きのバスに間に合うもん。
だからもう、工房へはいかない」
「そ、そっか・・・」
(※ここは、わざとらしく話をかえる)
「ねえ、それより聞いて。すごいのよ、高山駅の駐輪場って。
高校生は定期利用で毎月最大500円まで補助されるんだって」
「その言い方、宣伝みたいだな。まわしものか」
「ごめんね、ユウ・・」
「え・・」
「がんばって・・・」
マリヤは寂しく笑って、教室から出ていった。
教室にはボクひとりがとり残された。
[シーン4:アッシュの帰国】
◾️SE:工房の雑踏
それからボクは、ひとりで工房へ通った。
当然素人にノミなんてさわらせてもらえない。
だからアッシュと親方の作業をずうっと見ている。
圧倒的な熱量でイチイに向き合う二人。
小気味いいノミの音が工房に響く。
木屑がふわりと舞うたび、落ち着いたイチイの香りが鼻腔をくすぐる。
ノミをふったあとは、二人の静かな呼吸音。
普段のアッシュからは想像できないような真剣な表情。
髪をラフにまとめて、ツナギの袖まくり。
額に汗を浮かべながら木を削る。
学校にいるどの女子よりも、
いや、ボクが今まで見てきたどんなものより輝いている。
一位一刀彫という伝統工芸に人生を賭けているんだ。
アッシュの作業をじっと見ていた親方がノミを持つ。
その直後。
響き渡る槌音。
匠の一振りが、ただの四角い木の塊から、命を削り出す。
生まれたのは、福を呼び込む「ふくら雀(すずめ)」。
あっという間にできちゃうんだ・・
アッシュが削り出したのは、香合(こうごう)という茶道具。
すごいな。外国人なのに、風流をちゃんと理解してる。
いや、それよりなにより、なんといってもすごいのは、イチイの木か。
『日本で最も気高い木』というのはヤバすぎてエモい。
「なに〜?ユウ、無口になっちゃって」
沈黙を破ったのは、アッシュだった。
いまだ。
「あ、あの・・・親方・・・
ボクを弟子にしてください!お願いします!」
切り出すタイミングがチョームズい。
親方は何も言わずに、次の作品にとりかかる。
おけおけ。
一発でオッケーもらえるなんて思ってないし。
次の日からもずっと、ボクは通い続けた。
初めて親方の口が開いたのは10日目。
「イチイの木っていうのは赤と白なんだ」
「外側の白太(しらた)と、中心の赤太(あかた)に分かれてるだろう」
「匠はな、この2色の境界線を計算して彫るんだ」
「そうすると、色を塗ってねえのに、キレイな紅白の作品になる」
こうして、ポツポツと話してくれるようになった。
そんなある日。
「ねえ、ユウが初めてここに来てからもうひと月ねえ」
アッシュがボクを工房の裏へ呼び出して言った。
「私は、来月で、日本に来てから一年になるんだ」
「へえ〜。
一年でこんなにうまくなれるんだ。
やっぱセンスかな・・」
「喜んでる場合じゃないのよ」
「え?」
「ワーキングビザは一年で切れちゃうから、
もうすぐフランスに帰らないといけない」
「え〜っ!?」
「文化活動ビザに切り替えができれば日本にいられるんだけど」
「切り替えればいいじゃん、その文化なんとかビザに」
「そんな簡単じゃないの」
「そうなの?」
「親方に『受け入れ証明書』や『修行カリキュラム』を書いてもらわなきゃいけないし」
「へえ〜」
「組合からも推薦状をもらわなきゃいけない」
「そうなんだ・・」
「修行中は無給だから、両親からの仕送り証明も入管に提出しなくちゃ」
「そんなに大変なんだ」
「だから、ちゃんとお別れ言っておかないと」
「え・・・
そんな・・・
そんな・・・」
「いままでありがとう」
「待ってよ!じゃあ、ボク、なんのために弟子になるんだよ!」
「なにバカなこと、言ってるの。
がんばって、早く弟子入りして、素敵な一刀彫を作ってね」
翌日。
工房を訪ねると、アッシュはもういなかった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 12 Jun 2026 - 16min - 156 - ボイスドラマ「初恋」
8歳の春、さくらと出会った少年・澪桜。
それから7年――。
15歳になった澪桜のそばには、いつも支えてくれる同級生・若葉がいた。
ある日の放課後。
春の嵐が荘川を襲う中、若葉は澪桜のために傘を届けようとする。国の天然記念物「荘川桜」を舞台に描く、切なくて優しい青春ラブストーリー・・・【ペルソナ】
・澪桜(れお/15歳/CV:岩波あこ)=東京から荘川へ引っ越してきた少年。東京ではいじめを受けていたPCオタク。保小中一貫教育の学校でみんなが顔見知りという環境からなかなか友達ができない。その反動もあって、同級生たちの自慢で国の天然記念物でもある荘川桜を妬ましく思う
・若葉(めい/15歳/CV:岩波あこ)=澪桜の同級生。密かに澪桜を慕っているが、表立って告白したりはしない。影でいつも澪桜を応援し、味方になってくれる
・荘川さくら(年齢不詳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。自分の姿が見える者には優しく接する
【シーン1:中学校の教室】
◾️SE:教室のチャイム
『澪桜くん、付き合ってください!』
「ごめん」
『え・・』
ああ、まただ。
今月に入ってこれで3人目。
いや、ホント・・
わざわざ告ってくれる女子には申し訳ないんだけど・・・
誰かと付き合うとか、ないから。
だけどオレ、そんなに彼女に見えるのかなあ・・
廊下で一部始終を見ていた若葉が笑う。
オレの後ろの席の女子。
いや。顔は笑ってないけど、心は笑ってる。
オレにはわかる。
絶対そうだ。
若葉は・・・
六厩(むまや)に住んでる。
冬、お天気お姉さんが、
”今朝の高山市内で最低気温が一番低いのは・・”って伝えるとこ。
中学入る前に国府から引っ越してきて・・・
だから、中学入ったとき、若葉には友だちが一人もいなかった。
ここは、保育園から小学校、中学校まで一貫教育だからな。
8歳で東京から越してきたオレと一緒だ。
なんか境遇が似てたから、自然と話すようになって、今に至る。
オレの名前は澪桜。
荘川の中学校に通う三年生。
特に仲のいい友だちというのはいなくて・・・
話せるのはやっぱ、若葉くらい。
ま、どーでもいーけど。
おっと、もうこんな時間。
よしっ。
駆け足で下駄箱へ。
外へ出ようとするオレに、
「澪桜」
後ろから声をかけてきたのは・・
「どこ行くの?」
「若葉・・」
「あんた、今日掃除当番でしょ」
「え?違うし」
「3日前に谷口くんに代わってもらってたじゃない」
「あ・・」
「今日は谷口くんの当番だから、澪桜が代わってあげなきゃ」
「あ〜っ!そっかぁ〜」
「なに?用事あんの?」
「うん・・まあ」
「ま〜た、荘川桜?」
「いや・・まあ・・・
そうだけど・・・」
「しょうがないなー。
私が代わってあげるから、行ってきたら?」
「ホントか?」
「疑うんならやめよっかな・・」
「ごめんごめんごめん。
ありがと!若葉!マジで助かる!神!
今度ジュース奢るわ」
「リアクションでか!
ま〜ったくアキもせずによく行くわねー、毎日毎日」
「まあな」
「さあ、先生見回りに来ちゃうから早く行って!」
「やばっ、んじゃ行くわ。
じゃあな、若葉。また明日!」
「いってらっしゃーい」
オレは慌ててチャリ置き場へ。
ん?
なんか若葉って、いつもオレを助けてくれてんじゃね?
ほかの友だちは、毎日荘川桜公園に行くっていったら、
アイタタタ・・って笑ってたのに。
やっぱ持つべきものは友だわ(笑)
結局、自転車をベタ漕ぎして、荘川桜公園に着いたのは30分後だった。
【シーン2:荘川桜公園】
◾️SE:小鳥のさえずり
『今日は早かったわね、澪桜』
荘川桜の下でさくらがオレを迎えてくれる。
さくらは7年前、8歳のときからの友だち。
不思議なことにオレ以外の人には見えないみたいなんだ。
こうやってちゃ〜んとここにいるし、手にも触れられるのに。
あ、触れられるって言っても、触ってくるのはさくらだけど。
見たとおり、オレよりずうっとお姉さん。
歳をきいても教えてくれない。
500歳以上離れてるから数えられない、って
わけわかんないこと言って・・
オレは中学に入っても、放課後はほとんど毎日、荘川桜公園に行く。
町屋(まちや)にある家とは反対方向だけど。
どうせ、帰っても誰もいないし。
介護福祉士のママは、高山に越してきてからずうっと忙しいから。
オレにとって本当に”友だち”って言えるのはさくらだけだった。
こうやって、さくらと過ごすひとときが、かけがえのない時間。
毎日こないと、なんだかさくらが消えてしまいそうだし・・
『ねえ澪桜。毎日アキもせずに、よく来るわね』
「もう〜。
さくらまで若葉みたいな言い方しないでよ」
『若葉って?』
「あ・・・
えっと・・学校の友だち。
中学入る前に、国府から引っ越してきたんだって」
『おんなのこぉ〜?』
「そ、そうだけど・・・
なんだよ?」
『やるじゃない。
澪桜もすみにおけないわねえ』
「やめてくれよ、そんな時代劇みたいな言い方」
『あらそう?
でも時間ってのは偉大ね〜』
「なんで?」
『だって、ついこの前まで
こまっしゃくれて、こ〜んなにちっこい澪桜くんだったのに。
たった7年で、彼女まで作っちゃって』
「ちょ、そんなんじゃないから!」
『ふうん。
じゃ聞くけど。
澪桜はその子のことが、好きなの?』
「ばっ、ばかなこと言うなよ!
好きなわけないだろ!」
『じゃあ、若葉ちゃんの片思いかぁ』
「そういうんじゃないんだってば」
『うふふ・・・照れちゃって・・・かわいい』
オレは顔を真っ赤にして、大きな声でさくらに答える。
156号を走るクルマのドライバーがこっちを見ながら
不思議な顔をして通り過ぎていく。
『ねえ今度、ここへ連れてきて』
「え?
誰を?」
『決まってるでしょ、若葉ちゃんに』
「そんな。や・・やだよ」
『どうして?』
「だって・・・さくらのこと、まだ言ってないし」
『ここで言えばいいじゃない』
「無理。
そんなこと・・・できない」
『会ってみたいなあ。澪桜の初恋の人に』
「だから違うって。
初恋の人は・・・」
『え・・』
「いや・・なんでもない。
そ、それに、きっと若葉にも見えないよ。
さくらのことは」
『わかんないわよ。
澪桜と心がつながってれば、見えるかも』
「見えないって」
『うふふ。やっぱ澪桜ってかわいい』
そう言って、いつものように頭を撫でてくる。
いつまでオレを子ども扱いするんだよ。
って思いながら、決してオレは抗わない。
【シーン3:春の嵐】
◾️SE:雷のごろごろ言う音
『澪桜、なんか今日は雷神の機嫌が悪いみたい』
「え?どういうこと?」
『聞こえるでしょ。ほら・・・
きっとすぐに、ここへも来るわ』
「か、雷?
どうしよう、オレ、傘持ってきてない。
急いで帰らないと・・」
『もう間に合わないみたい』
「え・・」
『澪桜の家、町屋までは急いでも30分かかるでしょ。
雷神はもうそこに来てるもの』
「え〜っ!
じゃあ、どうすればいいんだよ」
『こっちにいらっしゃい』
え・・・
ドキっとした。
そのとき・・
◾️SE:LINEの着信音
『どうしたの?』
「LINE・・・若葉だ」
『あら』
◾️SE:LINEを開く音「ピ」
「澪桜、まだ荘川桜公園?
傘、学校に忘れてるよ。
天気予報、夕方から春の嵐だって。
大丈夫?」
「うん・・?」
「置きチャリで傘持ってってあげる。
もう向かってるから。
動かずに待ってて」
「あのバカ・・」
『なんて?』
「若葉が・・傘を持ってここへ向かってるって」
『そんな・・・もう降ってくるわよ』
「オレ・・・行ってくる」
『待ちなさい』
「え・・・でも」
『町屋からここまで、
156号には、いっぱい私のこどもたちがいるから。
若葉を守ってあげる』
「どうやって・・・」
『雨は避けられないけど。
転んだり、車と接触しないように、結界をつなぐわ』
そう言ってさくらは目を閉じた。
小さな声でなにか唱えている。
ほどなく、大粒の雨が降り出した。
若葉・・・大丈夫か!
さくらが、以前と同じように、振袖を大きく振る。
すると、新緑の荘川桜が桜吹雪に包まれる。
『お願い。
若葉を守って。こどもたち!』
雷雲が御母衣湖を黒く塗りつぶしていく。さっきまでの静寂を切り裂くように、冷たい風が吹き抜けた。空を見上げた瞬間、雨の音が激しく世界を叩きつける。
雨はあっという間に本降りになった。
雨粒が、アスファルトを白く煙らせる。
春の嵐が荘川桜の枝を揺らす。
『澪桜、早くこっちへ』
さくらがオレの肩に手をかけた。
そのとき・・・
国道から小さな光が、ゆっくりと近づいてくる。
『あれは・・・』
「若葉!」
『ここへ連れてきなさい!』
オレは全速力で若葉の元へ走っていく。
不思議とスニーカーが滑らない。
アスファルトの上にまるで浮かんでいるように。
斜め後ろを見上げると、桜吹雪がオレを包み見込んでいた。
最初小さかった光は、だんだん大きくなってくる。
薄いレインコートをまとった女子高生。
ずぶ濡れになりながらまっすぐ自転車を引いてくる。
片手にオレの傘を持って。
「澪桜!」
「若葉!」
「遅くなってごめんね」
「ばかか、お前は!」
『澪桜、嵐はまだひどくなるわ。
早くこっちへいらっしゃい!
若葉と一緒に・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 05 Jun 2026 - 14min - 155 - ボイスドラマ「澪桜」
東京から荘川へ引っ越してきた8歳の少年・澪桜。新しい学校に馴染めず、孤独を抱える彼の前に現れたのは、荘川桜の精を名乗る不思議な女性「さくら」だった――。
国の天然記念物「荘川桜」を舞台に描く、春のファンタジー。春風と桜吹雪の中で紡がれる、“優しさ”の物語をぜひお聴きください。
【ペルソナ】
・澪桜(れお/8歳/CV:岩波あこ)=東京から荘川へ引っ越してきた少年。東京ではいじめを受けていたPCオタク。保小中一貫教育の学校でみんなが顔見知りという環境からなかなか友達ができない。その反動もあって、同級生たちの自慢で国の天然記念物でもある荘川桜を妬ましく思う
・荘川さくら(年齢不詳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。自分の姿が見える者には優しく接する
【シーン1:荘川桜公園】
◾️SE:小鳥のさえずり
『なにしてんのぉ?』
「えっ」
『だめじゃない。
空洞(うろ)に花びらなんて詰め込んじゃ。
くすぐったいわ』
びっくりしたぁ。
こんな朝早くの荘川桜公園。
誰もいないと思っていたのに。
いきなり声かけてくるんだもん。
着物きた女の人・・
振袖に桜の花が咲いてる。
成人式?
・・はとっくに終わってるよね。
ピンクの長い髪が春風にたなびいてる。
『どこの子?
見ない顔ねえ』
もう・・うるさいなあ。
おばさんには関係ないだろ。
『おばさん?
って、誰のこと?』
「えっ?
いまオレ、声出してないのに・・・」
『や〜っとお口開いた』
「なんだよ、おばさん」
『おばさんなんてどこにいるの?』
「いるじゃん、そこに。
お、ば、さ・・
うっ・・・」
口に桜の花びらがくっついて・・・
しゃべれない・・
手で口を塞いでるみたいに。
『ふふ・・
おいたはダメよ』
なんなんだよ、このおばさ・・・
おねえさんは・・・
『そうそう。
最初からそう呼んでくれればいいのに』
「ぺっ、ぺっ。
もうわけわかんないよ」
『きみ、どこから来たの?
清見?国府?市街地?』
「東京」
『トウキョウ?それどこ?』
「東京も知らないのかよ。
ここ荘川から直線距離で215 km東」
『へえ〜
ボク、物知りなのね』
「ボクって呼ぶな」
『じゃあなんて呼べばいいの?』
「レオ。
『ミオ』っていう字に『桜』って書いてレオ」
『まあ、私とおんなじ名前』
「え?
おば・・おねえさんは?」
『私はさくら。
ね、一緒でしょ』
「どこが。
おんなじなのは『桜』だけじゃねえか」
『澪桜はどうしてここへ来たの?
荘川桜公園へ』
「引っ越してきたんだ」
『そう。
おうちは?』
「町屋(まちや)ってとこ」
『荘川の中心ね〜。
素敵じゃない』
「おねえさんは?どこに住んでるの?」
『ここよ。荘川桜だもの』
「ふうん」
『私も引っ越してきたのよ。65年前に』
「どこから?」
『あそこ』
「え?」
そう言っておねえさんが指差したのは、川。
ってか、ダム?
『そうよ。
昔住んでいたとこは、あの水の底』
「そうなんだぁ」
『澪桜はどうしてひとりでいるの?
おかあさんは?』
「ママは高山の老人ホームだよ。
夜まで帰ってこない。
介護福祉士だから」
『カイゴフクシシ・・・?
澪桜は難しい言葉知ってるのね』
「そんなん誰でも知ってるじゃん。
知らないのは、おば・・おねえさんだけだし」
『さくら』
「え?」
『さくら、って呼んで』
おねえさんはニッコリ微笑んだ。
ボクは顔をまっかっかにして黙り込む。
屈んでボクの顔を覗き込むおねえさん。
桜色の髪の毛がふわっと風に舞った。
『じゃあお友だちは?
お友だちと遊ばないの?』
「友だちなんて・・・いない」
『どうして?
学校、行ってるんでしょ』
「行ってるけど」
『学校ってほら、
みんな楽しそうに遊んでるじゃない』
「みんなはね」
『どういうこと?』
ボクは荘川桜の根元に座り込む。
おねえさんも、ボクの横に座った。
って、えっ?
着物、汚れちゃうよ、おねえさん。
『さくら』
「さ、さくら。
ねえ、着物に土がついちゃうじゃん」
『大丈夫。この着物は汚れないから』
「へ?」
『それより、”みんなは”楽しそう、ってどういうこと?
澪桜は楽しくないの』
「だって・・」
『話してよ』
さくら・・顔、近いって。
『学校が嫌いなのかな』
「違うよ。
ここの学校は、保育園から小学校、中学校までずうっと一緒なんだ」
『うん、知ってる』
「だから、僕以外は、み〜んな仲がよくて、
楽しそうにお話してる」
『澪桜も入れてもらえばいいじゃない』
「無理だよ」
『どうして?』
「言っても・・・きっと入れてもらえないもん」
『そんなことないわよ。
仲間に入れて、って言えばいいのよ』
「無理」
『無理じゃない』
「さくらには、わからないんだ」
『なにが?』
「だってボク・・・
東京にいたときから、友だちなんていなかったから」
『まあ』
「誰もボクには近寄らなかったし、いつも陰で悪口言ってた」
『え』
「きっとボクは他の子から見たらキモいんだよ」
『キモいってなに?』
「知らないよ!そんなん・・
き、気色悪い、ってことだろ」
『なに言ってんの。
澪桜はすごく可愛いし、かっこいいじゃない』
「さくらは大人だから、そう見えるだけ」
『大人とか子どもとか関係ないでしょ』
「関係ある」
『もう〜、ほんとに頑固ちゃんねえ』
「みんなから見たら、ボクなんてどうせウザオだし」
『ま〜たヘンな言葉使って』
「だって東京の友だちはそう呼んでたもん」
『なによ、それ』
「自慢話がウザイ、マウントとるのがウザイ、って」
『そうだったの?』
「違うよ。
プログラミングがわからないって言ってる女子に、コードとか教えてあげたしー、
英語の授業でー、フツーに会話文読んでただけなのに」
『英語話せるんだ』
「ボク、幼稚園までアメリカに住んでたから」
『すごいじゃない』
「大人はすぐそやって言うけど、子どもから見たらウザイんだって」
『よくわかんないんだけど』
「わかってもらえなくたっていい。どうせみんな一緒だから」
『荘川のお友だちもそうなの?』
「うん」
『そうかなあ』
「そうに決まってる」
『私は、そうは思わないな』
「なんでさ?」
『だって、そんな風に思う子なんてここにはいないから』
「うそだ」
『うそじゃない』
「じゃあ証拠見せろ」
『証拠?
どうしようかなあ・・・』
「ほら、やっぱり嘘じゃん」
『もう〜しょうがないなあ』
さくらはそう言って、ボクにウィンクした。
そのあと目を閉じて着物の袖をふわぁっと振ると・・
◾️SE:風の音 /桜吹雪
「えっ!?」
ものすごい桜吹雪。
まるで本当の吹雪のように荘川桜の周りをぐるぐる廻る。
ボクの周りも。
しばらく目を閉じていると・・・
『いいわよ』
ボクはおそるおそる、ゆっくりと目を開ける。
はらはらと落ちてくる桜の花びら。
目の前が開けてくると・・・
「えっ!」
ボクはまた驚いて腰を抜かしそうになった。
もう1本の桜の木の前で、学校のみんなが楽しそうに話をしてる。
同級生も、下級生も、上級生も・・・
足が、少しずつ遠のいていく。
すると、
『行かないの?』
「だって、またウザイって言われるもん」
『誰もそんなこと言ってないでしょ』
だって・・・だって・・・
『勇気を出して一歩踏み出さなきゃ、前には進めないわよ』
でも・・・
『ほらぁ』
さくらに背中を押されて、
ボクはうつむきながらみんなの方へ歩いていく。
すると、その中の一人がボクを見つけた。
大きく手を振ってる。
ほらほら、やっぱり、そうじゃん。
帰れってことだよ。
『違うでしょ』
後ろを振り返るボク。さくらは『前を向け』って目で合図した。
ボクを見つけた子が近寄ってくる。
『一緒に、あそぼ』
「え?
ホント?」
言い終えるより前に、ボクの手をつかんでひっぱっていく。
振り返ると、さくらが満面の笑みで手を振っていた。
『私の言ったとおりでしょ』
頭の中にさくらの声が響く。
それからみんなといろ〜んなことをお話した。
もうすぐ荘川の里ってとこでイルミのイベントが始まる。
そのあとは田んぼで田植え。
来月になれば、山菜採りもできるからみんなで行くって。
わ、ボクも誘われちゃった。どうしようかなぁ。
楽しくワイワイやっていると
あっと言う間に時間はすぎていく。
気がつけば、夕陽がダムに沈み、みんな帰っていった。
またひとりぼっち。
『もうひとりぼっちじゃないわよ』
「さくら」
『さ、帰る準備しなさい』
「え・・
だって、ママはまだ帰ってこれないよ」
『そうかしら』
そう言ってまた目を閉じた。
今度は、着物の反対側の袖をふわぁっと振ると・・
◾️SE:風の音 /桜吹雪
「あっ、また!」
さっきとおんなじ。
桜吹雪が舞い、あたりが淡いピンクに包まれる。
ゆっくり目を開けると・・・
「ママ!?」
「どうして?お仕事は?」
よくわかんないけど、研修がびっくりするほど早く終わったんだって。
それでバス停まで歩いてたら、15分遅れてたバスがちょうどついたんだって。
ねえ、これって、さくらのしわざ?
『しいっ』
そう言って、口に指を当てた。
『おかあさんには言っちゃだめよ』
え〜っ。
さくらって一体なにもの?
ボクとママは次のバスを待つ間、いっぱい話をした。
「ねえ、ママ。ママ。聴いて。
今日ね、あのお姉さんがね・・・」
”だあれ?”とママが尋ねる。
そんな・・・ママには見えてないの?
そういえば、さっきの友だちにも見えてないみたいだった。
『私が見える人は特別なの』
さくらの声が頭の中に響く。
ねえ、さくら。
あなたはなんなの?
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 29 May 2026 - 12min - 154 - ボイスドラマ「NAGACHIKA後編」
もし、本能寺の変で織田信忠が生き延びていたら――。
女子高生・知花と戦国武将・金森長近の魂が入れ替わったことで、歴史は大きく動き始める。
燃え盛る二条御所。死を覚悟した信忠と長則。その運命を変えようとするのは、“歴史を知る”ただひとりの少女だった・・・
【ペルソナ】
・金森長近(ながちか/59歳=本能寺の変の時点での年齢/CV:日比野正裕)=知花と入れ替わる
・金森知花(ちか/17歳/CV:坂田月菜)=高山市街地の高校2年生。レキジョで剣道部
・金森長則(のりピー/19歳=本能寺の変の時の年齢・享年/CV:日比野正裕)=長近の第一子
・織田信乃(しの/17歳/CV:坂田月菜)=知花の親友。少しだけわがまま
【プロローグ:1582年/京都・二条御所「本能寺の変」】
◾️SE:襖を開く音
『なに!
明智光秀が謀反だと!?』
『信長様は自害?
まことか、まことの話か!』
『嫡男(ちゃくなん)の信忠(のぶただ)様は?
・・・逃れて、二条御所へ?』
『行くぞ!長則(ながのり)!
二条御所じゃ!なんとしても信忠様(わかどの)をお守りせねば!』
◾️SE:燃え盛る炎の音
『遅かったか!
おのれ!光秀!御所に火を放つとは!正気の沙汰か!』『ええい!放せ!長則!止めるでない!』『信忠様〜!
この長近めがすぐに参りまするぞ〜っ!』
◾️SE:炎の轟音
【シーン1:1582年/二条御所/入れ替わった長近】
◾️SE:燃え盛る炎の音
「ハッ!
え?え?え?なにこれ?なにこれ?あっつつつつつぅ!やだ!ここはどこ〜!?」
「父上、いかがなされました?
お気を確かに!」
「父上?
なに言ってんの?
あんた誰?」
「ご乱心めされましたか?
金森長近が第一子、長則をお忘れですか」
「金森長近・長則〜?
いやいやいやいや、わけわからんし。
ってかなにコレ!?
火事じゃん!火事!119番しなくちゃ!」
「明智軍の所業にござろう。
そう言ったのは父上ですぞ」
「明智?
明智光秀?
てことは、まさか、本能寺の変?
てここ、京都ってこと〜!?」
「本能寺ではござらん。
二条御所でござる」
「二条御所?
てことは織田信忠〜?」
「信忠様がまだこの中におられます!
父上はさっき、火の中へ飛び込もうとされたではないですか」
う〜ん。
わけわかんないながらも、なんか見えてきたぞ〜。
ううううううう、レキジョの血が騒ぐ。
本能寺の変、といえば、1582年。
明智光秀が起こした日本史上最大のクーデター。
「敵は本能寺にあり」
本能寺にいた織田信長を不意打ちして、自害に追い込んだ。
確か、信長の第一子・信忠も二条御所へ追い込んで自害させたはず。
信長はすでに、家督を信忠に譲っていたから、
信忠が正式な織田家当主だったもんね。
いや、信忠だけじゃないわ。
この長則もここで・・
「父上!」
「あ、うん、ごめんごめん」
「父上が行かぬのなら、某(それがし)が火の中へ参ります!」
「待って待って待って!
スト〜ップ!
のりピー、いったん落ち着いて」
「のりぴー?」
「今突っ込んだら、あんたの生存ルート消滅確定だから!」
「なにをおっしゃっているのか、よくわかりませぬが・・・
武士(もののふ)が主君に殉じるのは誉れにございましょう!」
「だ〜からダメだって!
アタシだってそれなりのレキジョなんだから!
信じなさい」
「れきじょ?」
「いい、ようく聞いて。
織田信忠、ってか信忠様?が自害しちゃったら、
織田家は跡目争いでガタガタになるの。
結局あの『サル』に全部持っていかれちゃうんだから!」
「さ、猿・・・?
羽柴殿のことですか?」
「そうよ! 秀吉!
昔から三英傑の中で一番好きくないし。
えらそうに大河とか出ちゃってさ。
なことはどーでもいいけど、ようく考えるのよ、のりピー」
「は、はあ・・・」
「このままだと、明智の軍勢によって信忠様は自害させられちゃうでしょ」
「それは・・・口惜しいですが・・」
「でも、今ならまだ明智の包囲網には穴があるはず!」
「穴・・・?
二条御所は完全に囲まれておりますぞ!」
「甘〜い!
あ、ちょっと古いか・・
いい?令和のレキジョをなめないでよ。
ここ、二条御所の隣は公家(くげ)のお屋敷でしょ?」
「確かに・・」
「あそこの壁を壊して逃げ込むルートがあるはず!
公家の屋敷なら、明智軍もすぐには手を出せないから」
「なんと・・・公家(くげ)の屋敷を通り抜けると!?
しかし、そのような不作法、信忠様が許されるかどうか・・・」
「なこと言ってる場合じゃないでしょ。
公家の屋敷からみんなで変装して脱出するのよ!
忠臣蔵的な感じ?」
「忠臣蔵とは・・・?」
「いや、なんでもない。
とにかく、アタシが信忠様を説得する。
のりピーは、亡くなった兵士たちの具足を貸りてきて。
脱出用の替え玉にするよ!」
「替え玉・・・なるほど!
承知つかまつった!
父上、本気で信忠様を救うおつもりなのですな!」
「ったり前じゃん!
アタシがここにいるってのも、必ずなんか理由があるんだから!
もっぺん言うけど、レキジョをなめんじゃないよ!」(※見栄を切る)
「御意!」
「あっ、そうだ。
のりピー、木刀とか持ってない?
こう見えてアタシ、剣道三段なんだ」
「なにをおっしゃっているのですか、父上。ご自身をよくご覧くだされ」
「え?」
そう言って、自分の体を見渡すと、鎧から下がっているのは・・・なんと真剣!
鞘から抜くと・・・
ズシリと重い・・・
ふん。
空(くう)に向かって一閃する・・・
「これは・・・いい!」
「そりゃあ、そうでしょう。
天下の名刀・正宗(まさむね)ですから」
くぅ〜っ!とうらぶでも、正宗の4振は、抜けてるからねー。
思わず身震いする。
でもこれがホントの・・・武者震いだ!
「では、父上・・」
「うん・・・
いくぞ!のりピー!」
◾️SE:轟々と燃える炎の音と2人の力強い足音「ガシャッ!ガシャッ!」
【シーン2:1582年/二条御所から逃れた信忠と長則・長近】
◾️SE:ししおどしの音
「なんとか、無事に二条御所から逃(のが)れたけど
ここからが大事だからね」
目の前に、織田信忠と金森長則が座る。
うっわー、こんなシチュエーションが体験できるなんて。
生きててよかったぁ〜!
あ〜あ、スマホがあればなあ・・・この画(え)、ぜ〜ったい、バズるのに。
「信忠様。
この度は勝手なことをして申し訳ありませんでした。
世の中ではいま、信忠様は自害されたことになっております。
それを理解したうえで、このあと歴史がどうなるか伝えるから。
よ〜く、聞いてね。
まず、信長様に手をかけた明智光秀。
あやつは、もうすぐサルに制圧されるから。
あ、サル・・羽柴秀吉ね。
そのあとは清洲会議。
結局、秀吉が推した三法師(さんぼうし)がポスト信長になっていくの。まだ3歳なのにねー。
え?
ん、そうよ。信忠様のお子さん。
傀儡よ、傀儡。
実権は秀吉が握って、その力を借りて天下を統一するってわけ。
ん?あれ?
なんか、あんまし興味ない感じ?」
そうかぁ・・・
二条御所でアタシたちが助けたとき、信忠はもう自刃を覚悟していた。
長則も信忠に殉じようと思ってたんだ。
替え玉を使ったから、すでに2人は、歴史上から消えている。
名前もなく、ただ生き残ることは『屈辱』でしかないんだ。
アタシ、とんでもないことしちゃったのかなあ・・・
ううん。いや、違う。
戦とか名誉とか、そんなんホントにくだらない。
生きることの方が、そんなものよりよっぽど大切だ。
アタシは絶対に間違ってなんかいない!
まだ火の手が収まらない二条御所。
そのはるか向こうには赤く燃える本能寺。
ぼう〜っとそれを見ながら、魂が抜けたような信忠。
仕方ないわね。
尊敬する父・信長が、信頼していた光秀に自刃させられたんだもん。
生きる気力もない、ってか。
もう〜。仕方がないなあ。
「おい、長則!のりピー!」
「あ・・は、はい!父上」
「この状況で、信忠様があのようになるのは仕方がない。
だが、お前までそんな呆けていてどうするの?」
「はっ」
「実はアタシに少し考えがあるんだ」
「と申しますと・・・」
「飛騨の国、って知ってる?」
「はい、三木自綱(みつき よりつな)の領地でござるな」
「3年後にアタシ、ってか、金森長近は、その三木を討つ」
「え?」
「飛騨に城下町を築くんだ」
「それは、遠見(とおみ)、ですか」
「まあ、そんなとこ」
「それで、飛騨がどうされましたか?」
「実はアタシはこのあと、主君と息子を弔うために剃髪する」
「え・・・」
「そんで、お二人も一緒に飛騨へ行かないかなって」
「な、なにを突然・・・」「信忠様は亡き上様から、名器と言われる茶器を譲り受けておられましょう」
ハッと驚いて、顔をあげる信忠。
うわー、ホントだったんだ。
アタシ、レキジョでホント、よかったわ。
でも、ここからよ。
これからどうしよう・・・。
ええい、まいいわ!
テキトーにとりつくろっちゃえ。
「えーと、ハッキリ言います。
信忠さま、これからの人生、
剣を茶筅(ちゃせん)に持ち替えていただけませんか?
そうやって、小さな茶器の中に新たな世界をお作りなさい。
かつて父上が茶器で国を封じたように、
信忠様は、その小さな茶器の中に、争いのない新たな理(ことわり)を封じるのです。
これこそが、茶の湯の心でありましょう」
うわぁ、なんかすげーこと言っちゃった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 22 May 2026 - 18min - 153 - ボイスドラマ「NAGACHIKA/前編」
本能寺の変。
燃え盛る二条御所で、織田信忠を救おうとしていた戦国武将・金森長近。
しかし次に目を覚ますと、そこは2026年の高山の高校だった。
歴史好き女子高生・知花の体に入った長近は、
現代の“歴史”と向き合うことになる。飛騨高山を築いた名将・金森長近。
その知られざる想いを描く、「ヒダテン!」歴史ファンタジー作品!【ペルソナ】
・金森知花(ちか/17歳/CV:坂田月菜)=高山市街地の高校2年生。レキジョで剣道部
・織田信乃(しの/17歳/CV:坂田月菜)=知花の親友。少しだけわがまま
・金森長近(ながちか/59歳=本能寺の変の時点での年齢/CV:日比野正裕)=知花と入れ替わる
・明智光宏(あけち先生/55歳=本能寺の変の光秀の年齢/CV:日比野正裕)=実は生徒思いの教師
【プロローグ:1582年/京都・二条御所「本能寺の変」】◾️SE:襖を開く音
『なに!
明智光秀が謀反だと!?』
『信長様は自害?
まことか、まことの話か!』
『嫡男(ちゃくなん)の信忠(のぶただ)様は?
・・・逃れて、二条御所へ?』
『行くぞ!長則(ながのり)!
二条御所じゃ!なんとしても信忠様をお守りせねば!』
◾️SE:燃え盛る炎の音
『遅かったか!
おのれ!光秀!御所に火を放つとは!正気の沙汰か!』『ええい!放せ!長則!止めるでない!』『信忠様〜!
この長近めがすぐに参りまするぞ〜っ!』
◾️SE:炎の轟音
【シーン1:2026年/高山市街地の高等学校】
◾️SE:学校のチャイム
「ハッ!
ど、どこじゃ?ここは!」
◾️SE:教室の扉を開ける音
「はーい、席についてー。
歴史の授業、始めるぞー」
「信忠!信忠様は!?」
「ちょっとぉ、知花。
大丈夫?
寝ぼけてんの?
明智先生、こっち見てるよ」
「明智!明智だと!?」
「しっ。だまって」
「じゃあ、先週の続きなー。
織田信長の天下取りまでやったから・・・」
「こやつ、上様を呼び捨てに!」
「だから、静かにして、って」(※ここ、小声で)
「う、うむ。わかった。して、お主は?」(※ここも、小声で)
「もう〜、なに言ってんの。
信乃でしょ、シノ」(※ここ、小声で)
「シノどの。
すまぬ。ときに、ここは、どこじゃ?」(※ここも、小声で)
「ま〜た、歴史のゲーム?
それ放課後にして」(※ここ、小声で)
これは、どういうことだ。
わしはつい先ほどまで二条御所にいたはず。そうだ、信忠様をお助せんと火の中へ・・・
だが、ここは?どこだ?
「ということで、教科書128ページ。
ここ試験に出るからなー。
比叡山延暦寺の焼き討ち。1571年の衝撃的な事件だ」
「なに!?」
「もっと声落として」(※ここ、小声で)
「こ、心得た」(※ここ、小声で)
「信長は仏罰も恐れず、山を丸ごと焼き払った。
まあ、今で言う『サイコパス』だな」
「信乃どの、さいこぱすとは何ものじゃ?」(※ここ、小声で)
「和訳すると、ってこと?えっと・・狂人、とか、人でなし、ってことかな」(※ここ、小声で)
「なんだと!(※椅子から立ち上がる)
この無礼者!」
「ちょ、知花!」(※小声で叫ぶ)
「ん?どうした?金森。
なんだまたの血が騒ぐのか?」
「明智どの、よいか。よく聞くがよい。
わしもあのとき軍勢にいたからな。
あのとき、延暦寺は武装した僧兵(そうへい)の集団だった。
上様は、
『味方にならなくとも良いが、せめて中立を守れ。
さもなくば山を焼き払う』
と何度も警告していたのじゃ。
それを無視し続けたのは延暦寺の方であろう」
「まあ、そんなことはわかっとる。
オレも歴史の教師だぞ。
じゃあ聞くがな、金森。
どうして信長は、僧だけでなく、
山にいた女子供まで切り捨てた?」
「う・・それは・・・」
わしとて、好き好んでそんな行為をするものか。
だが、あのとき、上様に逆らえる者などこの世にはいなかった。
「なんとか、女子供だけでも逃してやりたかった・・」(※苦悶の言い方)
「あ、それ、テレビで見た」
「しかもな、オレが許せんと思うのは、
信長がそれを家来にやらせた、ということだ。
自らは手をくださず、明智光秀と羽柴秀吉に命じた。
これを卑怯と言わずしてなんとする」
「う・・うう・・・」
返す言葉もない。
思い出さぬようにしておったのだが・・・
わが人生の”汚点”と言ってもいいのやもしれぬ。
この奇妙な世界で、明智という名を持つ者に
ここまでやり込められるとは・・・
無念なり。
【シーン2:2026年/高山城址】
◾️SE:高山城址の雑踏
「いいか、みんな。
せっかく社会見学に来たのだから、
なにかを学んで帰るんだぞ」
わしが、このあやかしの世界に来てから
はや一月(ひとつき)の月日が流れた。
いまごろ二条御所はどうなっておろうか・・信忠様は?
長則は無事にお守りいたしておるのか・・
心配でたまらぬ・・
「知花、ま〜た、ぼ〜っとして。
高山城址(たかやまじょうし)だよ。
前から来たい、って言ってたじゃない」
「高山城址・・・?」
「珍しいねえ。
レキジョの知花が知らないなんて」
「高山城を築いたのは、みんなもよく知ってる金森長近だ」
「え・・・そうなのか」
「天正13年。1585年。
長近は、
三木自綱(みつき よりつな)を滅ぼして飛騨の領主となった」
「天正13年・・・だと。
本能寺よりわずか3年で・・」
「それを命じたのは、秀吉だ」
「ひ・・・秀吉どのが?
ということは、つまり・・・」
「その3年後に高山城の築城が始まり、完成までに16年を要している」
「では・・・なぜ、いまその城がないのか」
「ま、改易とかいろいろあって
高山城は、元禄8年に取り壊された、ということだ。
この城址(しろあと)を見て、何か感じるものはないか?」
「あはれなり」
いったい、なにがあったというのか。
わしは、苔むした城址を眺めながら、心に寒い風が吹くのを感じていた。
【シーン3:2026年/体育祭・騎馬戦】
◾️SE:騎馬戦の賑わい
「ぬかったぁ!
敵の術中にまんまとハマるとは!」
まさか、このあやかしの世界にも『合戦』があるとは思いもしなかった。
『体育祭』という戦の中の『騎馬戦』というものらしい。
しかも信乃どのの推薦により、我が軍、1組の大将はこのわし。
総大将は、明智殿である。
徹底的に策を練り、戦に臨む。
ふむ。敵の兜を奪えば、勝ち戦となるのだな。
首をとるということか。わかりやすい。
心得た。
なにより戦場での振る舞いは、わしに利があるはずじゃ。
◾️SE:ホイッスルの音
笛の音とともに戦は始まった。
しかし、敵の2組はひたすら猪突猛進。
これは・・・いかなる戦術か。
考え過ぎてつい油断したのが、失敗であった。
敵の突進をかわそうと転進を命じた際、馬は大きくよろめく。
いかん! このままでは馬が潰れ、わしの足が地についてしまう!
わしは咄嗟に、崩れゆく馬の背を己の体幹で支えた。
馬である信乃たちの肩に全ての荷重を預けて強引に体勢を戻す。
その瞬間。
わしの足首に、激痛が走った。
うっ・・・
落馬こそ免れたものの、これでは・・・
戦を指揮する大将が、初手(しょて)で負傷するとは・・
長近、一生の不覚なり!
「知花!大丈夫!?」
「なんの、これしき!心配無用じゃ」
「金森、見せてみろ」
「大したことではない」
「うむ・・・そうか。
よし。
残念だが、棄権しよう」
「なんだと?」
「体育祭の本文は、戦いに”勝つ”ことではない」
「なに・・」
「生徒の体を守ること。決して傷つけないこと。
それが、総大将であるオレの仕事だ」
「うむ・・・
理(ことわり)だな。
そうか・・・
明智殿がわれらのこと、慮(おもんばか)る気持ちはよくわかった。
だが、貴殿も武士(もののふ)であれば理解できよう。
大将が敵に背を向けるなど、あってはならぬこと。
頼む。明智殿。
武士(ぶし)の情けだ。
わしの体はなにひとつ問題はないのだ」
「先生、あたしたちからもお願いします!
知花は剣道部のエースなんだし。
自分のことはよくわかってるはずです。
続けさせてください!」
十兵衛、いや、明智殿は、わしの目をしばし見つめたのち、口を開いた。
「わかった・・・そこまで言うなら・・・
だが、約束だ。
決して無理はしないこと。
もし、少しでも難しいと思ったら棄権するぞ」
「御意。
かたじけない、明智殿」
「知花、よかったね」
「ああ、恩にきるぞ」
「よ〜し、いくぞ!
川中島だぁ」
「ん?
信乃どの、いまなんと?」
「川中島の決戦でしょ。騎馬戦の代名詞じゃない」
「それだ!」
「えっ?」
「我らは武田信玄の戦法でいく!
いいか、こういうことだ。
大将の馬は最小限の動きにする。
周りに足の速い馬たちを配置。
鶴が翼を広げた形で控えるのだ」
「へえ〜」
「動かぬわしを見て、敵は突撃してくるであろう。
敵がわしの首を狙って近づいた瞬間。左右の兵、つまり其の方(そのほう)らが、背後に回り込む。気がついたときに奴らの兜はなくなっておる。
「首?兜?
ああ、帽子ね」
「最後に残った敵のとどめはわしが」
「とどめって(苦笑)」
わしの戦略を、明智殿は優しい顔で聞いていた。
ひょっとするとわしは今まで・・
明智殿のことを誤解しておったのかもしれぬ。
◾️SE:騎馬戦の音
結局・・・
敵の軍勢は我らの戦術によって、散り散りに崩れていく。
見事な勝ち戦(いくさ)であった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 15 May 2026 - 16min - 152 - ボイスドラマ「たまゆら」
一瞬の出会いが、未来をつくる。
1986年と2026年をつなぐ、酒と記憶の物語。
酒蔵に漂う香り、受け継がれる技、そして想い。母から娘へ、そして時を超えて紡がれる物語。
万葉の歌に詠まれた「たまゆら」――
それは一瞬でありながら、永遠に残る記憶。
飛騨高山の歴史とともに描く、切なくも温かなタイムリープの物語です・・・
【ペルソナ】
・依羅伽/瑛里菜(えりか=母:25歳/えりな=娘:25歳/CV:山﨑るい)=市街地で老舗の酒蔵の女性杜氏。1986年と2026年に母娘として同時に存在する。母娘2代とも新しいお酒を開発してきた。新酒は90周年に向けて発売予定。名前は「大吟醸たまゆら」
・静流(しずる/30歳/CV:日比野正裕)=上宝村在住。市制50周年の1986年に市街地へ
【プロローグ:万葉集】
◾️SE:万葉の詠み方で(少し節をつけて)
『玉響昨夕見物今朝可戀物』
たまゆらに きのふのゆふべ みしものを けふのあしたに こふべきものか
【シーン1:1986年11月/依羅伽(市制50周年の賑わい)】
◾️SE:町の賑わい(あちらこちらで「おめでとう!」の声)
『50周年、おめでとうございます!』
「ありがとうございます!
よろしければ、できたばかりの新酒、試飲してください」
『へえ〜、なんていう銘柄なんですか?』
「実はまだ決めてないんです。
仮にたとえるなら・・・”たまゆら”かな・・・」
『”たまゆら”・・・いい名前だ』
「あ、よかったら中でどうぞ」
『はい、じゃあ・・・お言葉に甘えて』
高山市全体が祝賀ムードに包まれた1986年11月。
高山市制50周年を祝うムードが町中に漂っていた。
私の名前は、依羅伽。
上三之町で・・というか、古い町並で・・・
ああ、どうしても言い慣れないなあ、”古い町並”・・・
保存地区の選定からもう何年も経つのに・・
そう、うちはその古い町並に300年以上続く酒蔵。
昔からのお客さんは『加賀屋』と呼ぶ。
私は、『女将』として切り盛りしている。
まだまだ女人禁制がはびこる世界。
うちの蔵でも少し前まで『仕込み部屋』に女性は入(はい)れなかった。
私が女将になってから、強引にルールを変えたんだ。
何十年ぶりかで世に出す新酒。
市制50周年に間に合うように仕込んできたけど、
私に言わせると、『完成』はまだちょっと先かな。
まずは、このめでたい景気の中で試飲していただくことにした。
最初のお客さんは、リュックを背負った青年。
DCブランドっぽいトレーナーに、ケミカルウォッシュのジーンズ。
地元の人・・じゃないかも・・・
『いただきます・・・』
店の奥で青年の声がする。
私は和らぎ水(やわらぎみず)を取りに水場へ。
戻ってみると、店内に青年の姿はなかった。
あら、もうお出かけ?
お水はいらないのかしら。
結構アルコール度数高いお酒だったんだけど。
町並の喧騒が木戸越しに聞こえてくる。
うちは角打ちをしていないから、
店の中は静まり返っていた。
【シーン2:2026年5月/瑛里菜】
◾️SE:店内にたくさんの外国人(雑踏)
「Have a nice trip in Hida!
またのお越しを、お待ちしとります!」
『セ・ボン(C'est bon)!』(合成音声)
おっと!
フランス語やったか!
ま、いいや。
私の名前は、瑛里菜。
古い町並に340年以上続く酒蔵で、杜氏として働く。
幼い頃から亡き母・依羅伽に付いて、蔵人(くらびと)として学んできた。
杜氏になったのは今年、25歳の誕生日。
それだけじゃない。
母が亡くなってからは『若女将』としても、店を切り盛りしている。
そうそう。だから毎日忙しいのよ。
さっきまで大賑わいだった試飲カウンターも片付けないと・・・
あれ?
まだ誰かいる?
目を瞑ってお酒を飲んで・・・って
ん?
あんなおっきな蛇の目猪口(じゃのめちょこ)、うちにあったか?
「あ〜、すっごく美味しい。
・・・あれ?」
「こんにちは・・」
「女将さん?
・・なんか・・・さっきと雰囲気変わりました?」
「え・・?
どういうことですか?」
「さっきまで割烹着、着てませんでした?」
「割烹着?
そんなもん、着ませんよ」
「なんで?だって・・・
あれ?なんかお店の中もナウいし・・」
「ナウい?」
「こんなカウンターとか、自動販売機なんてありましたっけ?」
「自動販売機?」
「ほら、そこの・・」
「試飲用のコイン投入口ですけど・・」
「なに・・?それ・・・」
「ちょっとすみません、その・・・
お猪口みせてもらえます?」
「あ・・はい・・・」
「この蛇の目猪口・・・
小さい頃に見たことあるような・・・」
「小さい頃・・・?」
「ちょ〜っと失礼・・」
「あ・・・
それ・・飲みかけですけど・・・」
この味・・・
まろやかなのに芳醇・・でも・・・
ガツンとくる辛口・・・
そしてこの香り・・・
記憶のどこかに残っているような・・・
「あの・・・」
「あ、ごめんなさい!
私ったらつい・・」
「いえ、全然いいんですけど・・・」
「よかったらもう一杯飲まれますか。
いまならまだ氷室の限定大吟醸がありますよ」
「ああ、結構です。
それより、もう行かなきゃ・・・」
そう言って、彼は逃げるように店を出ていった。
なんか、青い顔してたけど、大丈夫かしら・・・
私は手のひらの、蛇の目猪口をそっと見つめる。
分厚くて武骨な、でもどこか温かみのある古い猪口。
猪口を手にしたまま、仕込み蔵へ。
ひんやりとした静寂の中。
ここで私は新しい吟醸酒を仕込んでいる。というか開発中。
高山市制90周年に向けた、記念の大吟醸だ。
あと一歩。
何かが足りない。
美味しいけど、味が綺麗すぎるんだよなあ・・・
櫂(かい)入れをしながら、猪口を顔に近づける。
うっすらと残る芳醇な香り。
これって・・
亡き母が以前嗅がせてくれたあの香りに似ている・・
さっき一口飲んだときも、水の透明感みたいなキレを感じたし・・・
「・・まさかね」
呟きは、酒蔵の重厚な梁に吸い込まれていった。
【シーン3:2026年5月/酒蔵】
◾️SE:扉を強く開ける音
「すっ、すみませんっ!」
息を切らしてお店に駆け込んできたのはさっきの青年。
出ていってから、10分も経っていない。
「誰か、いませんか!」
私は、いそいそと仕込み蔵からお店へ。
「あ、あなたはさっきの・・」
「はい、この酒蔵の女将で杜氏。瑛里菜と申します。
どうかしましたか?」
「あの、町が・・ヘンなんです!」
「町が・・ヘン?」
「はい、だって・・・
さんまち通りが、外人さんでいっぱいになってて・・
すごい数だし・・・」
「ああ、外国人ね。
まあ・・・今日は週末だしね」
「みんな、テレビがついたトランシーバーを持ってる」
「トランシーバー・・・?
それって・・・・・スマホじゃない?」
「それにもっと・・もっと・・・大変なのは・・・」
「はあ・・」
「電柱も電線もなくなっちゃっている!」
「あ、そこ?
そういえば気づかなかったわ」
「しかも、秋なのになんかあったかい」
「秋じゃなくて春でしょ」
「なに言ってんですか。
いまは秋でしょ。11月。
市制50周年であんなに賑わってんじゃないですか?」
「5月だけど」
「え!?
ちょっと待って・・・
頭が混乱して思考が追いつかない」
「仕込み水、飲みますか?」
「あ、ありがとうございます」
彼は水を一気に飲み干すと、私の目の前に顔を近づけた。
「教えてください」
「あ、はい・・なんでしょう」
「今日は何年ですか?」
「え・・」
「昭和何年?」
「昭和?
いやいやいや、令和でしょ。
令和8年」
「令和ってなんですか?」
「なんですかって・・・
昭和、平成、令和の令和じゃない」
「え・・・」
(※2人同時に)
「頭痛くなってきた」「頭痛くなってきた」
「ひょっとしてだけど・・・
まさかとは思うけど・・・
あなた、タイムトラベルしてきたとか言わないよね?」
「ははは・・そんなばかな・・
だったら君は未来人?
ここはバック・トゥ・ザ・フューチャーの世界ですか」
「じゃあ今年は何年なの?」
「1986年。昭和61年」
いや〜。
アニメの世界じゃ、異世界と時間軸の話が溢れてるけど・・・
大丈夫か、この人・・・
ってか、まさかホントにタイムトラベラーなのか・・・
「ここって高山市ですよね?」
「そうよ。
あなた、一体どこの世界線から来たの?名前は?」
「ぼ、僕の名前は、静流と言います。
家は吉城郡上宝村(よしきぐん かみたからむら)。
高山市の市制50周年のイベントを見にきたんです」
「吉城郡?なにそれ?」
「なんで?高山にいるのに知らないんですか?
吉城郡は古川町(ちょう)・神岡町(ちょう)・河合村(かわいむら)・宮川村(みやがわむら)、
それに国府町(ちょう)・上宝村(かみたからむら)じゃないですか」
「あ〜。それたぶん合併前ね。
いまは、国府も上宝も高山市よ」
「うそ」
「なんで嘘つく必要があるの?
高山市は東京都と同じくらい広いのよ。
香川県や大阪府より広いんだから」
「そんなばかな・・・」
「だめだ・・こっちも頭が追いつかない・・・
ねえちょっと、外でようか」
「は、はい」
結局、私はこの青年と、高山市街地を歩くことにした。
1986年、40年前の世界線からきた、という静流。
ああ、自分の頭も整理したい。
ただでさえ、新酒の仕込みで行き詰まっているのに・・・
※続きは音声でお楽しみください
Fri, 08 May 2026 - 20min - 151 - ボイスドラマ「スワロウテイル」
飛騨・上宝に眠る“失われた財宝”を巡る、ひとりの女性トレジャーハンター。その名は朱羽。またの名は”スワロウテイル”。
父から託された地図、ギフチョウの痣、そして戦国時代に消えた黄金・・・点と点だった記憶がつながるとき、運命が大きく動き出す。
考古学とロマン、史実と伝説が交差するヒダテン!史上、最もスケールの大きな冒険譚・・・
【ペルソナ】
・朱羽(CV=小椋美織)=あげは(27歳)=神岡鉱山で働いていた父の遺志を継いだ正体不明のトレジャーハンター。
通称は「スワロウテイル」。右肩にギフチョウのような痣がある
・静流(CV=日比野正裕)=シズル(29歳)=上宝出身の考古学者。地元の伝説伝承を調べ保護活動を続けている。朱羽にはいつも先を越されるため異常に警戒し嫌悪している
・鉄兵(CV=日比野正裕)=てっぺい(故人享年38歳)=朱羽の父。生活のために神岡鉱山で閉山まで働く。一生をかけて江馬氏の財宝を探していた
【プロローグ:神岡鉱山2001年】
◾️SE:鉱山のガヤ〜遠くでドリルが岩を削る音、鉱石を運ぶトロッコのガタゴトという音
『朱羽、ようく聞くんだ』
2001年の春。
パパが、私の目を見て語りかける。
巨大な神岡の鉱山。
5歳の私にとって坑道は、地下深く広がる迷宮のように見えた。
パパの作業服は、鉱泥(こうでい)で赤黒く汚れている。
『神岡鉱山はあと2か月で閉山になる』
「うん」
『でもな、パパはついに見つけたんだ』
「え?なに?」
『宝の場所だよ』
「ホント?」
『ああ、本当さ。
パパ、いつも言ってるだろ。
”上宝は宝の郷(さと)だ”、って』
「上宝っておうちのとこ?」
『ああ、そうだよ。
神岡と上宝はね、つながってるんだ』
「ふうん」
『宝の場所を書いた地図は朱羽に預けるから』
「どうして?」
『朱羽がいないと地図は完成しないんだよ』
「わかんない」
『それに・・・もしもパパがいなくなっても大丈夫なように』
「パパいなくなっちゃうの?
そんなのイヤ!
朱羽、ひとりになるのは絶対にやだ!」
『心配しなくてもいい。パパはいなくならないから』
「約束だよ」
『ああ、約束だ。
朱羽もパパと約束してくれ。
今からこの地図の説明をするから、ようく聞くんだ』
パパは、9つに折った地図を開く。
大きな地図。
両手を広げたよりもおっきい。
『地図がなくてもわかるように頭の中に入れなさい。
閉山するまで。あと2か月の間に』
「うん。わかった」
『ようし、いい子だ。
こっちへおいで』
これが、パパと交わした最後の言葉だった。
その日の夜。
全層(ぜんそう)雪崩。
いわゆる『春の雪崩』が
池ノ山(いけのやま)の飯場(はんば)を直撃。
夜食を食べていたパパは、なす術(すべ)もなかった。
「パパのうそつき」
ひとりぼっちになった私は
どれほどパパを憎んだか・・・
だけど、パパとの約束を忘れることはなかった。
【シーン1:パパの遺志】
◾️SE:キャンパスの大教室
「先生、その見解には地質学的な視点が欠けていませんか?
神岡の池ノ山(いけのやま)周辺は、当時から地表に鉱石が現れていたはずです。
江馬氏が密かにその一部を掌握していたとしたら?
公的な記録に残さず、
『隠し銀』として運用していた可能性は否定できないはずです!」
「それはあくまで仮説だ。
物証がない以上、考古学としては認められないよ」
「物証がないのは、探し方が間違っているからです」
「君のシミュレーションは面白いが、『単なる願望』に過ぎない。
考古学とは、出土した遺物から歴史を組み立てる学問なんだ。
宝探しじゃないんだよ」
15年後。
私は東京の大学で考古学の教授とやり合っている。
互いに顔もわからない大教室の一番前と後ろ。
岐阜県から招かれた客員教授・静流。
フィールドは私の故郷、上宝だという。
あ〜。私、ダメなタイプだ、これ。
「今日の授業はここまで。
また、議論を戦わせよう」
ふん。
やなこった。
そんなことしている時間なんてない。
15年前。
パパがいなくなったあと、
私をひきとったのは、市街地に住む画商。
高齢の夫婦だった。
養父はかつて神岡鉱山で働いていたという。
子どものいなかった老夫婦は
私を小学校から中学、高校までいかせてくれた。
卒業後はアルバイトで学費を稼ぎながら、東京の大学へ。
学ぶのは、考古学。日本中世史。地質学・地理学。
最新の科学的発掘方法から、古文書の読み解き。
地形図の読解まで、必要な知識を貪欲に学んだ。
講義のない日は、登山のサークルでフィールドワークを鍛える。
バイクの免許も取った。
そして、文化財保護法。
「調査名目」で正当に掘るための手続きや、発見した際の権利関係を学ぶ。
大学生活の途中で、養父母は揃って天に召された。
身寄りのない2人だったから、見送りは私ひとり。
二度目の喪主には涙もなかった。
またひとりぼっちになったけど、
今度は、お店と知識が残っている。
私一人が暮らすには十分なお金も。
大学卒業と同時に、私は高山へ帰郷。
画商の看板はそのままに、
美術品を整理してバイクを購入した。
そして・・・
いつも持ち歩いているパパの地図。
大学の4年間じっくり研究した。
地図の中に隠されていたのは5つの財宝。
飛騨銀の錫杖(しゃくじょう)。
蒔絵(まきえ)の香箱(こうばこ)。
銘刀「高原長光」(たかはら ながみつ)。
ギフチョウを模した銅製の香炉(こうろ)。
そして、黄金の軍扇。
ひとつひとつ説明すると時間が足りないので、詳細は省略。
財宝を推理したのは、パパ。
あの日、私に話してくれた内容は、全部覚えている。
では、どうやって場所を解き明かすか?
ヒントは、パパが地図に書き込んでいた印。
最初インクの滲みだと思ってた。だけど、拡大してよく見ると、それは蝶の形。
『春の女神』ギフチョウだった。(※7:40)
そう!
神岡鉱山はかつてギフチョウの生息地。
愛好家の間じゃ、神岡ブランドのギフチョウは特別な存在。(※7:51)
まさか、「ギフチョウの吸蜜(きゅうみつ)ポイント」?
推理は的中。
印はカンアオイの群生地だった。
ギフチョウの幼虫にとって唯一の餌。食草だ。
さらに上宝の断層と地質を分析。
自然な空洞と人工の坑道が、もっとも接近する地点を特定した。
あとはひたすら古文書を読み解く。
大学で学んだ中世史の知識から、江馬氏の敗走ルートを再構成。
「敵に奪われない道=人が通れない難所」をバイクと登山技術で踏破。
卒業してからここまでくるのに5年間かかった。
【シーン2:スワロウテイル】
◾️SE:バイクの走り去る音
『オーマイガー! 』
『またしても、スワロウテイルか』
『今までに何度やられたか!』
先生、ありがと。
教授が地団駄を踏む様子が目に浮かぶ。
私は41号線をフルスロットルで駆け抜ける。
バックパックの中には『江馬氏の軍扇(ぐんせん)』。
黄金の龍をあしらった七曜紋(しちようもん)が描かれている。
私の名は朱羽。
またの名を”スワロウテイル”。
違法スレスレの悪名高いトレジャーハンターと言われている。
ふん。
なんとでも言えばいい。
私はパパが探し続けた江馬氏の財宝を手に入れたいだけ。
それが私の生きる目的だから。
かつて栄華をほしいままにした江馬氏の財宝。
探していた江馬氏の五宝(ごほう)は、軍扇でコンプリートした。
あとは、パパと私の悲願。
江馬氏の埋蔵金だけ。
だけど、腑に落ちない。
古物商だけでなく、
考古学者や郷土史家たちまで、今になって動き出したのはなぜ?
考えられる原因は3つ。
1つ目は、神岡鉱山閉山から20年以上が経過したこと。
当時の未公開資料や「旧坑道図」が一部デジタル化・公開されている。
2つ目は、上宝の山間部で集中豪雨による土砂崩れが発生したこと。
「江馬氏の家紋が入った漆器の破片」が土砂から発見された。
そして3つ目は、私が手に入れた『五宝』の情報。(※11:00)
それが闇のマーケットに流れたこと。
誰が情報を流した?
きっとあいつだ。
考古学者の静流。
いつも仕事の邪魔をする研究者。
静流が私をおびきだすために仕組んだに違いない。
先を越される前に急がないと。
【シーン3:奥飛騨温泉郷平湯/隠し湯】
◾️SE:温泉の環境音
「お邪魔します・・・あ・・
これは失礼」
奥飛騨温泉郷・平湯の露天風呂。
しまった・・
混浴だってこと、忘れていた。
まあ・・・いいか。
「あの・・
ご迷惑でなければ、少しお話してもいいですか?」
「ご自由に」
「ここ・・武田信玄の家臣が見つけた『隠し湯』ってご存知でしたか?」
「いえ」
「ちょっと熱いでしょ。
実は神岡にマグマ由来の鉱床があるんです」
この声・・
どこかで聞いたような・・・
「そこを通って湧出する温泉だから熱いんです」
「詳しいんですね」
「ああ。
考古学をちょっとかじってましてね」
え・・・
「そうそう。
鉱床の成分は、閃亜鉛鉱(せんあえんこう)って言いましてね。
少し鉄の匂いがするでしょ」
「そうですか・・・」
間違いない。
静流だ。
でも大丈夫。
顔を合わせたのは大学時代の1回だけ。
もう何年も前だし、大教室でお互いの顔も見えなかったんだから・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 01 May 2026 - 19min - 149 - ボイスドラマ「八百比丘尼の初恋」
漢方薬剤師・よもぎと医学生・楸、そして離島出身の医大生・沙羅。
美しい風景の中で紡がれる、切なくも温かな物語・・・
・よもぎ(29歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。楸と出会う
・楸=シュウ(22歳/CV:日比野正裕)=歴史好きな医学生。御岳町の旧家出身。医学を学び、医者を目指す。歴史・伝承・伝説が好きなのは母の影響
・沙羅(22歳/CV:小椋美織)=楸と同じ大学に通う医大生。友達以上恋人未満。医師のいない九州の離島の出身。卒業後は楸と一緒に離島に戻りたいと思っている
【シーン1:美女峠の展望広場】
◾️SE:美女峠の野鳥のさえずり
「むか〜し、むかし。
南に見える山々のずっと奥、秋神川が深く淀む『龍宮淵』のお話。
川のほとりに住む長者には、1人の娘がいました。
ある晩、長者がどこかから土産をもらってきます。
それは龍宮淵から持ち帰った『人魚の肉』。
娘にはこう言い聞かせます。
『これは禁断の肉。絶対に口にしてはならん』
そう言われれば、よけい気になるのが人情というもの。
娘は、いたずら心でひとかけら、口に入れてしまいました。
最初ほんの一口のつもりだったのが、
あまりの美味さについつい食が進みます。
気がつくと、全部食べてしまっていました。
すると・・・」
「不老不死になったんだよね」
ttt
「そ。これが八百比丘尼伝説のさわり。
あとは、楸も知ってるでしょ」
「うん。八百比丘尼伝説は日本全国にあるから。
不老不死になった八百比丘尼は全国へ旅に出た」
「ご名答。
娘は尼さんになって、諸国を行脚」
「で、ここ美女峠にも立ち寄った」
「うん。
行く先々で病人の世話をして、癒していたらしいわ」
「なんか、よもぎさんとかぶるなあ」
「冗談。
知ってる?
八百比丘尼って、息を呑むほど美しかったそうよ」
「それもかぶる」
「からかわないで」
「ほんとにそう思うんだけどな・・・」
「八百比丘尼は行く先々に椿を植えた。
ここにもあるでしょ。
彼女が杖で突いたところから生えてきた・・・」
「ああ、さっきの・・」
「厳しい冬を越えても青々とした葉を保ち、真っ白な花を咲かせる椿。
不老不死の象徴ね」
「椿も薬草なのかな」
「とっても優れた薬草よ。
椿の花を乾燥させた『山茶花(さんさか)』。
止血とか消炎の作用があるの。
八百比丘尼は、そうやって人々を癒してたんじゃないかしら」
「ますますよもぎさんだ」
「私、そんなに年はとってないわよ」
「はは・・
ねえ、よもぎさん」
「なあに?」
「もう一度『龍宮淵』へ行ってみませんか?」
「もう一度?」
「うん。
八百比丘尼の話、思い浮かべながら、覗いてみたい」
「ひかれちゃうわよ」
「竜宮城へ?
できるもんなら、行ってみたいよ」
ほんの少し距離をとりながら、こちらを見て楸が笑う。
あらためて紹介するけど、楸は東京の医大へ通う大学生。
春休みを利用して御嵩の実家からバイクで高山へ。
もう4月になっちゃったけど、戻らなくていいのかな・・
なんとなく、聞きそびれてしまった。
楸は毎日のように、夕方薬膳カフェまで迎えにくる。
そのままバイクにタンデムしてツーリング。
今日は美女峠。
・・の展望広場。
龍宮橋へ行くならあたりが暗くなる前に出なきゃ。
◾️SE:バイクのエキゾースト〜遠ざかっていく
【シーン2:山王祭】
◾️SE:山王祭の賑わい
「すごいな・・・言葉にならない」
春の高山祭。山王祭。
楸は今まで一度も見たことがないそうだ。
御嵩に住んでるのに。
最終的に、祭を見てから東京へ帰る、ということになった。
楸はバイクを宿泊しているホテルへ停め、2人で歩いて古い町並へ。
温暖化の影響で、桜は落下盛ん。
春風が吹くたびに舞い上がる、淡い花びら。そのなかを、絢爛豪華な屋台が曳かれていく。
金箔と漆黒、そして深紅の幕を纏った屋台。
「まるで・・・異世界に迷い込んだようだ」
「もしかしたら、エルフにも会えるかも」
「え?」
嬉しそうに、楸が私を見つめる。
やがて始まったのは、からくりの奉納。
童子が一瞬にして翁へ変わる『三番叟(さんばそう)』。
美女の打掛が荒ぶる獅子に変わる『石橋台(しゃっきょうたい)』。
そして、壺の中から龍神が飛び出す『龍神台(りゅうじんたい)』
楸は呆然と屋台を見上げる。
「この世のものとは思えない・・・」
「 のからくりは一時上演禁止になったのよ」
「え・・どうして?」
「あの美女の人形、見たでしょ」
「うん・・」
「あまりにも妖艶で、なまめかしくて、風紀を乱すからって」
「そんな・・」
「100年くらい屋台蔵に安置されて、復活したのは昭和59年」
「じゃあ、この時代の僕たちはラッキーだったんだ」
「あら。あなたも魅入られちゃった?」
「いや・・そうじゃなくて・・・」
「別に否定しなくてもいいじゃない」
「ただ、すごいなあって・・・」
楸って、感受性が高いのね。
でも高山祭は屋台だけじゃないのよ。
総勢数百人!という祭行列・御巡幸(ごじゅんこう)。
日枝神社を出発して祭礼区域を巡っていく。
獅子舞に雅楽、闘鶏楽(とうけいらく)に裃姿(かみしもすがた)の警固。
誰かが言ってたけど、見るも鮮やか、聞くも雅。
楸が言う通り、祭の2日間、高山は異世界になる。
「こんなにすごいなんて・・・
どうして今まで来なかったんだろう」
「でしょ。
だから私だって、もっともっといろんな人に知ってほしい」
「ようし・・毎年来るぞ」
「ってか、春だけじゃなくて、秋もあるからね」
「もちろん来ます!」
「じゃあ、その前に夜祭り(よまつり)ね」
「夜祭り・・?」
「灯りがともった屋台は、昼間と全然違うから」
「ああ・・そうなんだ」
結局、私たちは、夜祭りが終わるまで、高山を楽しんだ。
屋台から曳き別れの歌「高い山」が流れる。
「ねえ、よもぎさん、このあと・・・」
「あ、よかったら、行ってみたいとこがあるんだけど・・・」
「え・・どこ・・・?」
「内緒」
「え〜」
少し、いじわるだったかな。
不安そうな表情の楸を横目に、安川通りから宮川沿いを歩く。
「初めてよもぎさんと会ったのもこのあたりだよね?」
「そうね」
「なんだか、お腹すいちゃったな・・」
「でしょ」
「え?」
不思議そうな顔をする楸に笑顔を返して、歩き続ける。
楸は私のあと、少しだけ距離をおいて歩く。
あ・・さっきより、距離、縮まったかも。
私たちは、行人橋(ぎょうじんはし)を渡る。
祭の喧騒がだんだん小さくなっていった。
【シーン3:熊の涙】
◾️SE:居酒屋の雑踏
「乾杯」
「乾杯」
市街地の居酒屋。
実はこっそり、予約しておいたんだ。
席だけでなく、お酒も・・・
「熊の涙?
変わった名前のお酒だね」
「まずは飲んでみて」
「うん・・」(※日本酒を呑む)
「どう?」
「わ・・
すごい・・・なんていうか・・・
まろやか・・・?
優しい味」
「朝日町のお酒なの」
「え・・」
「氷中貯蔵(ひょうちゅうちょぞう)。
冬の間にお酒を搾って、氷の中で熟成させるの。
標高1,300メートル、秋神温泉の氷。
熊も涙を流すほどの冷たさ。
そんな厳しい寒さに耐えて、じっくり蓄えた旨味よ」
「だから”熊の涙”・・」
「ホントにホントに限定酒だから。
貴重なお酒。
市街地で飲めるところは限られてるの」
「そうなんだ・・」
「ふふ、驚いた?
実は私、日本酒には目がないんだ」
「意外・・・
漢方薬剤師さんだから、お酒なんて飲まないのかと思ってた」
「なに言ってるの。
お酒は『百薬の長』って言うじゃない?
適度なアルコールは血行を良くして、緊張を緩和してくれるのよ。
立派な養生なんだから」
「確かに・・」
「いつか自分の名前が入ったラベルを出すのが夢なの。
飲むだけで心も体も整うような、とっておきの日本酒・・・」
「楽しみだなあ。大吟醸『よもぎ』ってか・・
一番最初に飲ませてよ」
初めて2人で飲むお酒。
『熊の涙』予約してよかった。
グラス越しに楸の顔を見る。
さっきよりさらに、距離が縮まったかな・・・
【シーン4:駅前のホテル】
◾️SE:高山駅前の雑踏
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「泊まるとこ、ホントに大丈夫?」
「うん。
市街地の友達のとこ、泊めてもらうことになってるから」
「気をつけてね」
楸が宿泊している駅前のホテル。
居酒屋からでも、2人で歩いたらあっという間だ。
ホテルの入口が見えてきたとき。
冷たい春風が頬を通り抜けた。
扉の前。
誰かが立っている。
「遅かったわね」
「・・・沙羅?」
彼女が灯りの下へ踏み出すと表情が浮かび上がった。
ミディアムヘアの女性。
シャギーを入れた毛先が揺れている。
「よもぎさん、紹介するよ。一緒に医学を学んでいる、沙羅だ」
「それだけ?」
「それ以上でも以下でもないだろう」
「つまんない」
「なんでお前がここにいるんだ?」
「だって、春休みはもう終わってるのよ。
医大の講義が始まってもう一週間。
教授だって心配してたわ」
「よく宿泊先がわかったな」
「自分で緊急連絡先とGPS、共有してったじゃない」
「そっか・・」
「それより、その人ほっといていいの?」
「あ・・・」
「大丈夫よ。
私、ここでお暇(いとま)しますから」
「そんなあ、もう少しお話しましょうよ」
「沙羅!」
「はじめまして。
楸と同じ大学で医学を学んでいる、沙羅です。
関係はさっき楸が言った通り・・・かなぁ?」
「あ・・はじめまして。
よもぎと申します。
漢方薬剤師です」
「漢方薬剤師・・・?
は、は〜ん」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 24 Apr 2026 - 19min - 148 - ボイスドラマ「さくら」
戦国の世。すべてを失った母が、ただひとつ残された願いを桜に託したとき——
その祈りは、命を越えて形となった。これは、荘川に実在する桜にまつわる、ひとつの“はじまり”の物語。
感動のボイスドラマ「さくら」をぜひお聴きください。
【ペルソナ】
・咲耶(19歳/CV:岩波あこ)=400年以上前、戦国時代末期に荘川で生きた女性。村へ逃げてきた落武者の手にかかり、夫と娘・さくらを失う
・さくら(5歳/CV:岩波あこ)=咲耶の娘。落武者の手にかかり命を落とす。咲耶が鎮魂のために光輪寺に植えた桜の精となって再び現れる
・住職(60歳/CV:日比野正裕)=光輪寺の住職。咲耶に桜の植樹を勧める
【プロローグ/寒村の落武者】
■SE/小鳥のさえずりと吹き荒ぶ風の音
「ばかやろう!
侍なんてみんな、この世から消えちまえ〜!」
叫びながら、あとからあとから熱いものが込み上げてくる。
わしの名は咲耶(サクヤ)。
武田の軍勢が飛騨へ攻め込んでくるだのなんだのって。
小さなこの荘川村まで、そんな噂は入ってきていた。
わしは、ここ荘川で生まれ、荘川で育った。
板葺き屋根の粗末な小屋に住み、
庄川(しょうがわ)のほとりで畑を耕す。
祝言を挙げたのは14の春。
娘ももうけて、親子3人、貧しくとも幸せな毎日だった。
贅沢は言わない。
このままソバやヒエ、アワを育てて倹(つま)しく生きていければ・・
ただ、そう思っていただけなのに・・・
ある日突然、
夫は三木自綱(みつき よりつな)の家来どもに駆り出された。
こんな貧しい村の百姓まで、戦になると連れていきよるんか。
ソバ蒔きが終わってひと月。
ソバ刈りがすむまで待ってくれろと頼んだけど。
侍なんて、わしらのことは虫ケラやと思うとる。
逆らったら、その場で叩っ斬られるだけや。
黙って従うしかなかった。
結局・・・
戦に出かけた翌日。
帰ってきたのは、傷だらけの骸(むくろ)。
それも軒先まで運んでくれたのは、結(ゆい)の衆やさ。
夫が倒れていたあたりは、
ソバの白帆(しらほ)が、真っ赤に染まっていたんじゃと。
わしは三日三晩泣き明かした。
信玄とか、信長とか、どうでもいい。
誰が勝とうが、誰が負けようが、そんなもん、知ったことじゃねえ。
戦をやるようなやつはみんなクソじゃ。
侍なんて、みんな、くたばっちまえ。
天に向かって叫ぶわしに、一人娘のさくらが寄り添う。
だが、不幸はそれだけではなかった。
白川郷の内ヶ島に攻め入った三木の侍たち。
返り討ちにあい、
敗れた残党が荘川村に流れてきた。
村は次々に焼かれ、あちこちで悲鳴が上がる。
わしは小屋の中でさくらを抱いて震えていたが・・・
◾️小屋の扉を乱暴に開く音
手負いの侍が、荒々しく扉を開け、土足で踏み込んできた。
わしの腕の中には目を瞑ったさくら。
侍は、さくらの手に握られたヒエとアワを見つけて
手を伸ばしてくる。
さくらが避(よ)けると、怒った侍は引っ張って引きずり出す。
「いやぁ!」
侍を振りほどこうとするさくら。
侍はさらに怒り、こっちへ逃げようとするさくらを
うしろから斬りつけた。
「さくら!」
さくらの持っていたヒエとアワをひったくると
侍は小屋を出ていった。
わしは、腕の中で動かないさくらの名を呼び続ける。
だが、地獄はこれで終わらない。
侍は小屋に火をつけた。
あっという間に燃え広がっていく。
ああ、もうこれですべて終わるんだな・・・
わしはさくらを抱いたまま、目を閉じた。
【シーン1/光輪寺】
■SE/小鳥のさえずり
「目が覚めたかな」
ここは・・・
彼岸・・じゃない・・・
光輪寺・・・
わしは・・・なんで生きているんだ?
「結の衆がおまえさんを火の中から救い出したんじゃ」
「火の中・・・
はっ!
さくら、さくらは!?」
住職は申し訳なさそうな顔で、首を横に振った。
「残念なことを」
「そんな!
そんなぁ!」
「主殿(ぬしどの)と幼子(おさなご)のためにも、おまえは生きねばならん」
住職の言葉は、なにも響かなかった。
わしの目の前にはもう、浄土への道しか見えない。夫とさくらの待つ浄土へ。
もう一度会うために行かないと。
【シーン2/ひこばえ】
■SE/小鳥のさえずり
誰とも会わず、なにも語らぬ日々。
日がな一日、本堂に置かれた小さな木片を眺める。
そこには夫とさくらの名前が書かれてあるらしい。
字が読めぬわしには、墨の汚れにしか見えないが。
そんな姿を見かねて住職がわしに手渡したのは・・・
「桜のひこばえじゃ」
訝しがるわしに・・
「これを境内に植えなさい」
わしが住職に返そうとすると・・
「ひこばえは亡きさくらの依り代」
「え・・・」
「この芽をさくらだと思って、毎日声をかけてやりなさい」
「さくら・・・」
「やがて葉が青々と繁(しげ)るまで。
そのあとも、花がこぼれるほどに咲くまで。
お前がこの木を慈しむことが、一番の供養になるんや。
さくらは、桜の木となってお前をずっと見守っていくんやから」
わしは、住職に言われるまま、小さなひこばえを境内に植えた。
毎日その前に腰を降ろして、一日中声をかける。
「さくら、ごめんよ。
おまえを一人にして」
「さくら、お父(とう)にはもう会えたか。
伝えてくれや。お母(かあ)もすぐそっち行くから」
「さくら、寒くないか。
荘川の春は本当に遅いなあ」
「さくら、喉は乾いとらんか。
待っとれよ、井戸から水を汲んでくるで」
住職の言った通り、ひこばえはみるみる背が高くなる。
それはまるで、亡きさくらが成長していくように・・・
【シーン3/さくら】
■SE/小鳥のさえずり(ウグイス)
あれから2年。
気がつけば、桜のひこばえは、
あの日のさくらと同じくらいの背丈になっていた。
わしは、ありし日のさくらを思い出しながら、いつものように声をかける。
「大きくなったなあ、さくら」
そう言って、細い枝を撫で、目を閉じたとき・・・
「おかあ・・」
「え・・」
わしは目を開いた。
そこには・・・
うっすらと、光の中に溶け込むような、淡い桜色のもや。
声だけは確かに・・・
「おかあ」
「さくら!」
そのあとは・・・もう言葉にならない。
震える手をその頬に伸ばす。
だが指先は、ふわりとすり抜ける。
まるで温かな春の風に触れたかのように。
「おかあ、ごめんなさい」
「なんで・・・
悪いのは、全部お母だ」
「ううん」
もやは首を横に振ったように見える。
そこには確かに愛しい娘の笑顔があった。
「お母の顔、毎日見てた。
お母の声、毎日聞いてた。
私を呼んでくれたのは、お母だ」
「ほおか。ほおか」
言葉などなくとも、この手で触れられぬとも、そこにさくらがいるだけでいい。
さくらは、本当に帰ってきてくれたのだ。
ただただ、このまま消えずに、ここにいてほしい。
この逢瀬は、わしとさくらだけの秘密。
迷ったが、住職にも伝えなかった。
心の中で手を合わせ、感謝しながら。
その夜、わしは木の下で眠った。
荘川村にも桜の咲く季節。
(それでも)寒さなど、微塵も感じなかった。
【シーン4/成長】
■SE/小鳥のさえずり
さくらは毎日、淡いもやのまま私の前に現れた。
輪郭は、日に日にはっきりとしてくる。
木の成長とともに、背もどんどん伸びていく。
さらに5年が過ぎ、また遅い春がやってきた。
「お母、私もうすぐ12になる」
「もう立派な大人やなあ」
「今年はお母にいいもん見せられるから」
「いいもん?」
「うん。いくよ」
そう言って、さくらは、桜の枝にそっと息を吹きかける。
すると、固く閉じていた蕾が、一斉にほころび始めた。
「私、きれいでしょ」
「ああ。ああ」
「お母、ありがとう」
淡い薄紅色の花びらが空を埋め尽くす、圧倒的な風景。
同時に花びらははっきりと輪郭を描き、美しい少女の姿になった。
「さくら!」
「お母が私を笑顔にしてくれたから」
「さくらがわしを笑顔にしてくれたんや」
「お母、いつまでも元気でいて。
いつまでも笑っていて」
降り注ぐ花びらの中で、手を取り合うことはできずとも、
魂を深く抱きしめる。
わしの頬を伝うのは、もう悲しみではなかった。
【シーン5/時の流れの中で】
■SE/小鳥のさえずり
さくらの背はいつしか、わしを追い越していった。
傍らに立つは、いまや村の誰よりも美しい。
輝くような乙女の姿。
その髪は庄川の流れのようにしなやか。
纏う衣(ころも)は花びらを織ったように淡く透き通る。
「お母、無理しないで」
「お寺のご奉公か?
わしの魂を救ってくれたお礼じゃ。
こんなもんじゃ足りんわ」
さくらと会わせてくれたことに感謝して
わしは毎日、光輪寺のご奉公に励んだ。
夜明け前から境内の掃除。
灯をたやさぬよう、灯明の管理。
早朝、本堂と廊下の雑巾掛け。
お墓の掃除。
空いた時間は住職に教えてもらいながら、写経をする。
「お母にはいつまでも元気でいてほしい」
「元気やからそんな心配はせんでええ。
それより、さくらの方が心配じゃ。
いつか消えてしまうんじゃないかと」
「心配ないよ。
私は、桜の精だから。
1,000年以上も生きられる」
「桜の精・・・
さくらじゃない・・ってこと?」
「ううん、さくらだよ。
お母の前では、いつまでもさくら」
そうか・・・
さくらはさくらであって、さくらでなく、桜の精・・・
それでもいい。
私にとって、さくらはさくら。
ずうっと変わらず、生き続けてほしい・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 17 Apr 2026 - 20min - 147 - ボイスドラマ「水原勇気になりたくて」
アンダースローのサウスポー、そして・・・
ピッチャーは女性!
背番号のないエースが、
仲間とともにマウンドへ・・・
【ペルソナ】
・結葵(ゆうき=16歳/CV:未定)=高山市街地の高校1年生。リトルリーグではピッチャーで4番。内気で他人からあまり良い印象はなくいつも仲間はずれ。幼い頃に見た漫画の水原勇気が憧れ
・珠望(たまみ=16歳/CV:未定)=高山市街地の高校1年生。マネージャーとして入部。リトルリーグではキャッチャー。結月の実力をみんなに知ってほしいと思っている
・さくら(教師=24歳/CV:岩波あこ)=高山市内の小学校教師
・稀武(けん=16歳/CV:日比野正裕)=城山高校野球部のキャプテンでキャッチャー
【プロローグ:小学校1年生】
◾️SE:始業チャイムの音〜教室のざわめき
『みなさ〜ん。
大人になったらなりたいコトやヒトについて教えてくださ〜い』
小学校に入学した春。
最初の授業で先生が私たち一年生に尋ねた。
『ショウタくんはメジャーリーグの野球選手?』『モモちゃんはユーチューバー?・・じゃなくてVチューバー?』
『ユウキちゃんは・・・?』
私は、消え入りそうな小さな声で呟く。
「水原・・勇気・・」
『え?だれ・・・?ミズハラ・・ユウキ?
だあれ、それ?・・野球選手?先生ちょっとしらないなあ』
わかってもらえなくていいんだ。
誰も知らなくなっていい。
だけど私には最高のヒーロー・・ううん、ヒロインなんだもん。
水原勇気!
最高にかっこいいんだから!
[シーン1:城山高校1年生】
◾️SE:入学式のイメージ
あれから9年。
私は高校へ入学した。
「城山高校野球部へようこそ!
いやあ嬉しいなあ!
マネージャーが2人も入ってくれて!」
「ちょっとぉ!
マネージャーになんてなる気はありません。
この子、ユウキはピッチャーで4番。
アタシはキャッチャー!」
親友の珠望がバッグからキャッチャーミットを取り出して
目の前に差し出す。
私のバッグもひったくり、ソリッドタイプのグラブを見せる。
「うそ!?
なんで?
おまえらオンナだろ?」
「それがどうしたのぉ!
この時代にその言葉口にする?」
「いや、いくら新設校で全員一年生だからって、野球部にオンナは・・」
「なに?女性をばかにしてるの?」
「珠望、もうやめようよ。
やっぱ無理だって」
「ダメよ!あきらめちゃ!
あんたの居場所はマウンドでしょ」
「でも・・・」
「別に喧嘩する気はないけどさ・・学生野球連盟・・学野連のルールでも男子しか認められてないんだよ」
「言われなくてもわかってる」
「ソフトボールに転向すればいいじゃねえか」
「野球とソフトボールじゃ、ラグビーとアメラグくらい違うわ」
「それに高校野球は軟球とちゃうぞ。硬球だぞ」
「クラブチームで硬球投げてきてんだよ」
「なら女子高校野球だってあるだろう。
高山にはないけど、越境すれば県内にはあるはずだ。
うまくいけば、マドンナジャパンだって目指せるんじゃないか。
まだ一年生なんだから」
「そんなんアタシたちが目指してるゴールじゃない」
「なんだよ、それって」
「甲子園で優勝して、プロからドラフト一位で指名される」
「あ〜はっはっはっ!
なに言ってんだか。
学野連でさえ、男子生徒に限る、って言ってるのに、
プロ野球なんて・・」
「”医学上男子でないものを認めない”
ってこと?
そんな条項は1991年に撤廃されてんだよ。
もっと勉強しろよ」
「なんだと!」
「珠望、もうやめて・・・」
「よし。じゃあ、実力で勝負するか?」
「なに?」
「一打席勝負。
もしバットが結葵の球に当たったら入部はあきらめる」
「頭おかしいんじゃねえか。
当たったら・・・って」
「事実だからしょうがないだろ」
「大した自信だな。
じゃあ、もしもオレがヒットかホームランなら
2人ともマネージャーになってもらうからな」
「わかった」
「珠望・・・」
「心配ないよ、結葵。
いつも通り投げればいいだけ」
珠望はにっこり笑ってウィンクした。
わかってる。
珠望は私の投手としての才能を信じ切ってるんだ。
それに、私の夢も・・・
結局、私はマウンドに立つことになった。
勧誘活動が終わる夕方。
誰もいないグラウンドに
野球部の入部希望者が集まってきた。
珠望と言い合っていたのは、キャッチャーの稀武。
入学したときから新設野球部のキャプテンに決まっているらしい・・
なぜなら・・・
稀武は中学時代、軟式でも硬式でも打ちまくっていた強打者だった。
野球推薦入学だから、誰もが認める野球部主将。
高身長で、飛距離もありそうだ。
[シーン2:城山高校グラウンド】
◾️SE:夕方のイメージ
グラウンドの使用については・・
”毎日練習しないと感覚がなまる”
そう言って、稀武が顧問に直訴したらしい。
珠望がレガースをつけて、ホームベースの後ろに立った。
稀武は笑いながらマウンドの私を見ている。
野球部の入部希望者は初日でまだ6人。
内外野に散らばっていく彼らに向かって、
「内野はいらねえよ。
どうせ、フェンス越えるんだからな。
どっちか審判やってくれ」
とまた笑う。
それを見ながら、
ニヤリと笑って珠望はマスクをはめた。
◾️SE:投球をミットで受ける音
私が投球練習を始めると、少しだけ周りがざわつく。
「アンダースローのサウスポーか。
面白いけど、まあおっせえな。
ハエがとまりそうだぜ」
内外野のポジションもすっかりリラックスムード。
スマホ撮ってるメンバーもいる。
だけど、私の球を受ける珠望は自信満々だ。
キャッチャーマスク越しに上がった口角が見える。
あの表情を見ると私も落ち着く。
稀武が打席に入る。
左打者なんだ。
主審役の内野手が右手を上げた。
「プレイボール!」
打席で構える稀武。
珠望がサインを出す。
外角低めのシュート。
小さくうなづいてセットポジションに。
低いフォームから地面を擦るように腕を振って・・
第1球。
◾️SE:投球音
見送り。
「ストライーイク!」
「シュートか。なるほどね。
いいコースには決められるんだな。
だけどこの球速じゃあなあ・・・」
第2球目。
珠望のサイン通りに。
セットポジションから・・・
左打者の内角をえぐるスライダー!
◾️SE:投球音
思わずのけぞり、尻餅をつく稀武。
「ストライーイク!」
審判の右手が上がる。
「うそだろ!
当たりそうだったぜ」
と言いながら、体の泥をはらって、打席に入り直した。
「まあいい。
しょうがねえな。本気出すか」
そう言って、バッターボックスの一番後ろに立つ。
珠望は”うん””うん”と首を縦に振る。
”次で決める”という合図だ。
3球目。
全力投球。
思いっきり腕を振って・・・
内角高めのストレート。
◾️SE:投球音と風切音
空振り。
マウンドまで聞こえてくる風切音。
「え?
な、なんだいまの・・」
珠望は立ち上がって、審判に球を渡す。
「あれ、ストレートか!?」
マスクをはずした珠望に向かって、稀武が詰め寄った。
「そうよ。見てわかんない?」
「・・ホップしたぜ!
浮き上がったじゃねえか!」
「これが結葵の球よ。
簡単に打てる球じゃないでしょ」
「簡単に、どころか
こんなん、打てるやついるんかよ!」
外野にいた野手がマウンドに駆け寄ってきた。
みんな、私に向かって手をさしだす。
「よろしくな」「よろしく」
呆然としていた稀武もそれを見て、ゆっくりとマウンドへ。
「わかったよ。
おまえのすごさ。
このオレが打てねえってことは、
他に誰が打てるんだ・・・」
「ありがとう」
「認めるよ。おれの負けだ」
「じゃあ、私、約束通りマネージャーになってあげるから」
「え?そんな約束してなかったじゃん・・」
「女子の選手は2人もいらないでしょ。
それにキャッチャーはあんただし」
「おまえ、最初から・・」
「マネージャーって大事な仕事なのよ。
たった一人の女子野球部員の面倒はアタシが責任持ってみるから」
珠望・・・
確かにこれって珠望のプランだけど・・
珠望だって、ホントはキャッチャーやりたいはずなのに・・
「結葵、大変なのはこれからだからね。
私たちの目標は、もっともっと大きいんだから!」
対戦のあと、みんなでグラウンドを整備して、家路につく。
バックネットに落ちる夕陽がまぶしかった。
[シーン3:背番号のないエース】
◾️SE:夕方のイメージ
新設校城山高校の野球部は私を入れて9人となった。
もちろん全員一年生。
顧問の先生は、女子部員の入部に対して何も言わなかった。
監督も稀武から私のことを聞いたとき、”そうか”とひとこと言っただけ。
男とか女とかまったく関係ない。
そういう雰囲気を醸し出していた。
だけど現状のルールではもちろん、女子は公式戦での選手登録ができない。
背番号もない。
部員の足りない高校と連合チームを組まないと大会にも出られない、ということだ。
あの日以来、私の球を受けるのは珠望から稀武へ・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 10 Apr 2026 - 20min - 146 - ボイスドラマ「最初の弁当」
突然すべてを失い、高山へやってきた少女・彩羽。不器用な祖父が作る“ちょっと変なお弁当”に戸惑いながらも、少しずつ気づいていく「本当の気持ち」。
そして迎えた卒業の日。
彼女が祖父に贈ったのは――“最初の弁当”。『最後の弁当』のアンサーとなる、もうひとつの物語・・・
【ペルソナ】
・彩羽(いろは=16歳〜18歳/CV:坂田月菜)=東京から高山市街地へ引っ越してきた高校1年生。
・静(しずか=58歳〜61歳/CV:日比野正裕)=大学新卒以来高山市役所市民課で働く生え抜きの市職員
・さくら(CV:岩波あこ)=静と同じ市民課に務める市職員。マイペースで仕事をするさくらを静はいつも厳しく叱責していた。彩羽にとっては相談できる唯一の女性
【プロローグ:総合病院/ER病棟】
◾️SE:廊下を走ってくる足音
「はぁっ」「はぁっ」「はぁっ」
◾️SE:病室の音
「ママ!パパ!」「返事してよ!」
私の世界の中心。
大切な二人が、ある日突然、いなくなった。
高校入学前の春休み。
涙を流す暇さえないまま、慌ただしいお別れ。
誰もいなくなった家の中に、親族が集まった。
『かわいそうに』『力になるからね』
みんなそう言って憐れみの表情を向けてくる。
私はうなづくことさえできない。
そのあとは声をひそめて話し合い。
どこかで誰かがささやく。
『誰がひきとるの』『うちは無理だから』『うちだって』
最初小さかった声はだんだん大きくなって、頭の中に響いてくる。
私はイヤホンをして、LINEを開く。
ママと私のトークルーム。
最後のメッセージは、
『彩羽、卒業おめでとう』・・とハートマーク。
私の名前は彩羽。
中学を卒業して高校に入学する直前だった。
おじちゃんたちはベランダに出てタバコを吸ってる。
パパもママも吸わなかったから、灰皿ないんだけどなぁ。
家の中ではおばちゃんたちが、身振り手振りを交えて話し合ってる。
イヤホンをしてても聞こえるくらい、声のボリュームが上がっていく。
『養護施設しかないんじゃない』
え・・
それって・・・
知らない子たちと一緒に暮らすんだよね。
高校はどうなるの・・・
おうちは・・・?
不安で胸が押しつぶされそうになる。
そのとき・・・
「この子は私が、高山へ連れて帰る!」
大きな声がリビングに響き渡った。
ざわざわしてた室内がシ〜ンとなる。
私は左耳のイヤホンをはずし、横目で声の方を見る。
高山のおじいちゃんだ・・・
なんか目をウルウルさせて、親戚のおじちゃんたちを睨んでる。
おじいちゃんは、ゆっくりと私の方へ歩いてきて・・
「もちろん、無理にとは言わないが」
「彩羽、私と一緒にくるか?高山へ」
と、小さな声で話しかけてきた。
後ろでは、親戚のおじちゃんおばちゃんたちが睨んでいる。
私は怖くて、下を向いたままうなづいた。
すると、
”無理する必要はないんだぞ”
”おじいちゃんに気を遣うことない”
”1回しか里帰りしたことないんじゃ、まったく知らないとこと同じだ”
いろんな声が飛んでくる。
私はまたイヤホンをして、
「荷造りしてくる」
自分の部屋へ戻っていった。
【シーン1:古い町並にて】
◾️SE:古い街角の雑踏
「さあ、ここが古い町並だよ。
小さい頃、夏休みに一緒に歩いただろう。
覚えてる?」
おじいちゃんが優しい声で話しかけてくる。
私は親族会議のあと、そのまま高山へ。
古い町並は、10年ぶりくらいかな。
あのときは、パパとママに両手を引かれてた。
3人でおじいちゃんおばあちゃんについてったっけ。
私は小さくうなづく。
ちゃんと覚えてるよ。
10年前と変わってないよね。
「疲れてないかい?彩羽」
おじいちゃんは心配そうに尋ねてきた。
少し距離をとって歩き、話すときだけちょっと近づく。
全然疲れてはないけど、お腹がすいてマジやばいかも・・・
コンビニってさっき通ったっけ。
「おじいちゃん・・」
「ん?どうしたんだい?」
「お腹すいちゃったから・・
コンビニ行っていい?」
「おお、ごめんごめん!
そういや、おじいちゃんもお腹すいてきたわ。
コンビニより、ラーメンでも食べにいこか?」
「高山ラーメン?」
「ああ、そうだ」
「やった・・」
のぞみの中でTikTok流し見した。
高山グルメは全部保存済み。
そのなかで高山ラーメンが一番、推しだったんだ。
インスタでスイーツ界隈も把握しよう。
でも、これからは、ご飯って、どうするんだろう・・・
【シーン2:高校生活】
◾️SE:扉を閉める音
「おじいちゃん、行ってきます」
朝7時半。
私は自転車で家を出る。
ピンクのフレーム。
前からほしかった、すっごく可愛いEバイク。
引っ越しした次の日に
おじいちゃんがプレゼントしてくれた。
そういえば、
おじいちゃん、市役所に勤めてるんだって。
私は部活が終わるとそのまま市役所へ。
おじいちゃんと待ち合わせて、
一緒に外食を食べてから家へ帰る。
東京では毎日コンビニの夕食だったから
フツーに嬉しいかも・・
高山って観光地だから、おいしいものいっぱいなんだもん。
みたらし団子。
漬物ステーキ。
飛騨牛バーガー。
鶏ちゃん丼(どんぶり)。
夕ご飯のあとは、スイーツのお店へ。
プリン専門店とか、和菓子屋さんとか、ジェラートのお店とか。
どれも美味しすぎて、決められない。
だけど、あ〜、体重計に乗るのが怖い。
こ〜んなに、グルメ満載の生活だけど、
ひとつだけ食の悩みがあるんだ。
それが・・お弁当。
おじいちゃんが作ってくれるお弁当は、
こう・・なんていうか・・・
すごくシュール。
基本は、白いご飯の上におっきな梅干し。
おかずはゆで卵のことが多いけど・・・
たまに生卵がかけてあって・・
半熟のTKG?っぽくなってる。
この前はちょっと驚いた。
午前最後の授業中に、
後ろの席の子が「なんかヘンな匂いがする」って。
匂いの元をたどったら、なんと私のお弁当。
白いご飯の上に、お刺身がのってて、お醤油が垂らしてあった。
多分これ、海鮮丼?
・・・だったやつ。
友だちは「ひどいね〜」とか言うんだけど、
私は、おじいちゃんの顔が浮かんできて・・
おかしくっておかしくって、笑いが止まんなくなっちゃった。
みんなは「お腹こわすよ〜」とか言うし。
仕方なく、用務員さんにお願いして、焼却炉に捨てさせてもらった。
とはいえ、友だちからおかずを分けてもらうのはちょっと・・・
だから購買でパンを買ってる。
人気の飛騨牛カレーパンは毎日争奪戦。
引っ越した日、おじいちゃん私に言ったんだよね。
『私は典型的な昭和男子だから。家事はあまりしたことがないんだ』
だけど、彩羽の弁当だけは私が作るから』・・・って。
感謝感謝。
でも・・・いつか言わなきゃね。
これ以上は無理しなくてもいいよ・・
【シーン3:文芸部の朝バフ】
◾️SE:小鳥のさえずり〜トーストの焼ける音〜ドリップコーヒーを煎れる音
「彩羽〜、朝ごはんだよ〜」
朝5時。
おじいちゃんがトーストを焼き、コーヒーを煎れる。
文芸部が朝活をスタートさせてから毎日この時間。
おじいちゃんはそれに付き合って朝4時起き。
朝食を用意してくれる。
年をとると朝早く目が覚めちゃうんだよ・・・
って言ってたけど、本当かなぁ。
少し焦げたトーストにバターをたっぷり塗って口に入れる。
急いでるときは、コーヒーで流し込んじゃう。
私、本当はご飯と味噌汁派なんだけど・・・
おじいちゃんが眠そうな目をこすりながら焼いてくれる、
焦げ気味のトースト。美味しいんだよなぁ。
そういえば昨日、先生に、
おじいちゃんのスマホの番号聞かれたけど、
なんだろう・・・
ちょっとだけ不安かも。
【シーン4:アプデした弁当】
◾️SE:教室の雑踏〜おおっという小さな感嘆の声
お弁当箱の蓋を開けた瞬間、教室中がざわめいた。
みんな私の”お弁当ガチャ”に期待してたんだけど
中身は初めての”アタリ”。
なんと『あずき菜の”混ぜごはん”と タラの芽の”ごま和え”』。
あずき菜の塩気と滋味(じみ)がじっくりと染み込んだお米。
タラの芽の水分を吸い込んで、ようく馴染んだごま和え。
まるで、食べる時間を考えて作ったような・・・
え・・・?
これ・・・
ホントにおじいちゃんが作ったの・・・?
それからのお弁当は、アプデがもう半端ない。
おかずも一品でなく、どんどん増えていく。
朴葉味噌を具にしたおにぎり。
赤かぶを細かく刻んで入れた卵焼き。
こもどうふの煮物。
あまりに美味しくて、嬉しくて、
私はノートの切れ端にお手紙を書くようになった。
『お弁当、ガチで沼る美味しさ!』
次の日は、白米の上に飛騨牛しぐれ煮。
『しぐれ煮冷めても柔らかくて神!」
その次の日は、飛騨一本太ネギの肉巻き。
『ネギ太すぎ甘すぎおいしすぎ!』
そのまた次の日は、宿儺かぼちゃのクリームチーズ和え。
『東京のカフェよりガチうま!』
嘘偽りはまったくない。
おじいちゃん、すごい。
料理教室にでも行ってるのかなあ。
【シーン5:対面】
◾️SE:扉を開く音
「ただいま〜」
ある晴れた日。
部活が急に中止になって、家に帰ると・・・
「え・・・」
キッチンに立って料理しているおじいちゃん。
その横には・・・
わ、きれいなお姉さん・・・
落ち着いたグレージュのニット。清潔感のある細身のパンツ。大人だ・・・
※続きは音声でお楽しみください
Fri, 03 Apr 2026 - 21min - 145 - ボイスドラマ「ペイフォワード」
たった500円の優しさが、誰かの人生を変えることがある。
漢方薬剤師・よもぎと、医学生・楸の出会い。
龍宮淵に響く、母の愛と、再生の物語。【ペルソナ】
・よもぎ(29歳/CV:蓬坂えりか)=カフェ「よもぎ」オーナー。漢方薬剤師。月に一回程度、高山市街地で買い出しやショッピングを楽しむが、そのときに楸と出会う
・楸=シュウ(22歳/CV:日比野正裕)=歴史好きな医学生。御岳町の旧家出身。幼い頃に失くした母は漢方薬に頼り西洋医学の治療を受けなかった。そのせいで命を落としたと思い込んでいる。その反動で医学を学び、医者を目指す。歴史・伝承・伝説が好きなのは母の影響。
・魚屋のおばちゃん(妙齢/CV:小椋美織)=市街地の魚屋で旬の食材を扱う。この時期は北陸の海産物。棒鱈や煮いかを売っている。店先には赤い煮いかをズラリと吊り下げている
【プロローグ:出会い/高山市街地】
◾️SE:高山市街地・朝のざわめき
「あ、あれ?あれ〜っ!?
足りない・・・
現金持ってきてたはずなのに!」
『よもぎちゃん。ええて、ええて。
また今度ようけ買ってえな』
「あかんて、おばちゃん」
『次、来るときはもうないで。
煮いかも棒鱈(ぼうだら)も』
白い湯気の中。
豪快に吊るされた真っ赤な「煮いか」。
漢方でイカは、『血(けつ)を補う薬膳』。
女性に不足しがちな鉄分を補って、月経トラブルやめまいをケアする。
あ、誤解のないように言っておくけど・・
薬膳カフェで使うよもぎやクロモジは、すべて朝日町の薬草よ。
月イチで市街地に行く目的は、新鮮な海産物や加工品。
知らない人もいるけど、高山ってお魚が美味しいって有名なのよ。
だって、北へ行けば日本海ですもんね。
江戸時代、日本海のブリを運んだぶり街道だって・・
ああ、寒鰤食べたくなってきちゃった。
鰤は寒さから体を守って『腎』を養うし・・
『よもぎちゃん。わかった?』
「え?
あ・・・ごめんなさい!
やっぱり、煮いかはやめとくわ。
カタクチイワシにする。なら、お金足りるよね?」
『ほんなら、両方持ってけ』
「あかんて、それは」
『ええんやて』
「あかん・・」
「ええて」
おばちゃんとの無限ラリー。
その間を割るように覗き込んできたのは・・・
「あのう・・・」
皮ジャンを着た男の人。品の良さそうな顔立ち。
「よかったら、これ使っていただけませんか・・・」
そう言って500円玉をおばちゃんの手のひらに。
「おやまあ」
「結構です。
見ず知らずの方にそんなこと・・」
「いや、さきほどからの会話、ちょっと聴こえちゃったんで・・・」
「あ、いえ。大丈夫ですから・・」
「これは、ペイ・フォワード。
もし誰か困ってる人がいたら、あなたも同じことをするでしょ・・・」
「あ、ちょっと・・」
「じゃ、よい旅を・・」
そう言い残して立ち去った。
私は慌てて体を起こす。
「まあ〜。男前やねえ」
「おばちゃん、お金と煮いか、あずかっといて。
私、ちょっとあたりを探してくるわ」
「ああ。転ばんように気ィつけて」
どこ行った?
必死で走って彼をさがす。
それでも、人混みのなか、彼を見つけることはできなかった。
肩を落として店に戻ると・・・
「やあ」
「え?」
「おお。ちょうどよかったわ」
彼がおばちゃんと話をしている。
「このにいさん、さっきの煮いかを思い出してな、
自分も欲しくなったんやと」
「どうしたんですか?そんなに慌てて」
「あなたを探してたのよ!」
あ・・いけない。
つい口調が・・・
「そしゃ決まりやな。この500円はおばちゃんが預かっとく。
よもぎちゃん、煮いかとカタクチイワシは持ってけ。
その代わり、このお兄さんに、あんたの店でランチでもご馳走してあげるんやさ」
「お店やってるんですか」
「あ、はい・・いえ、でも、うちの店は朝日町(あさひちょう)よ」
「朝日町・・・」
「バスの本数も少ないし・・」
「ボクはバイクだから大丈夫です」
「ほおか」
「それに・・・
明日、朝日町に行くつもりだったんです」
「うそでしょ」
「いえ。ホントに。
僕、歴史とか民話が大好きで、
秋神ダムの底に沈んだ小瀬ヶ洞(おぜがほら)の歴史とか、
龍宮淵の伝説を知りたいと思ってました。
あ、そうそう。美女ヶ池の八尾比丘尼も」
急に饒舌になった彼を見て、またおばちゃんが笑う。
「こら、ちょうどええわ。
どうや。
こういうのをさっきのほら、ペイペイ・・とかなんとか言うんやろ」
「ペイ・フォワード」
「そうそう。それそれ」
結局、おばちゃんの強引な説得で
彼との再会が決まってしまった。
煮いかを持って笑う彼を見ていると、
”ま、いいかな”・・とも思っちゃうんだけど・・
「春やなあ。
2人とも煮いかより真っ赤な顔して」
「おばちゃん!」
「ありがとうございました!」
おばちゃんは独り言を言いながら、預かった500円玉を大切にレジにしまう。
陽は少し高くなり、市街地の賑わいは増していった。
[シーン1:不穏/カフェ「よもぎ」】
◾️SE:カフェの店内(コーヒーを煎れる音)〜カフェベルの音
「いらっしゃいませ・・・あ・・」
「あ・・早すぎましたか?」
「いえ、大丈夫です。ちょうど、昨日の煮いかを小鉢に盛り付けてるとこ。昨夜甘酢にくぐらせて寝かせておいたの。
ちょっとだけ待っててくださいね」
「あ、はい」
「どうぞ、お好きな席へ。
といっても、席数、そんなにないですけど、ふふ」
「ありがとうございます・・」
なんか、昨日会ったときと雰囲気が違うかも。
こんな・・シャイな青年だったっけ?
彼は窓側の席に腰を下ろすと、怪訝な表情をした。
「あれ・・この匂い・・?」
「はい、よもぎ団子です。
いま蒸しているところ。
いい香りでしょ」
「あ・・あの・・・」
「どうかしました?」
「ここって・・・」
「あ、はい。薬膳をお出しするカフェです。
薬膳カフェ『よもぎ』。
昨日言いませんでしたね」
「ぼ、ぼく、ちょっと・・急用を思い出しちゃって・・」
「え?」
「ま、また来ます」
「あ、ちょっと」
「ご、ごめんなさい!」
◾️SE:扉を閉めて出て行く音〜カフェベルの音
思い詰めたような表情で彼はお店を出ていった。
私は手を止めてキッチンからフロアへ。
店内に小さく響くバイクのアイドリング。
表へ飛び出すと、彼はサイドスタンドを勢いよく蹴り上げた。
フルフェイスのシールド越し、わずかに首を振る。
「待って!」
私の声は、厚みのある排気音に吸い込まれて消えた。
[シーン2:秋神ダム】
◾️SE:車のエンジンをかける音〜走り出す
美女ヶ池か、秋神ダムか・・・
彼は昨日、歴史とか民話が好きだって言ってた。
だとすると、どちらか・・
先に下りちゃうよりも、秋神ダムへ行ってみよう。
秋神ダムに興味あるって言ってたし。
店を出るときの彼のあの表情。
どうしても気になっちゃって・・・
ランチの時間が終わるとすぐ、おばあちゃんにお留守番をお願いした。
秋神方面へ車を走らせる。
まずは秋神ダムへ。
この時期なら予備放流してるかも。
うまくいけばダムに沈んだ集落が見られるはず。
歴史とかに興味があるなら・・
ってこれ、私だけの感覚かな。
◾️SE:小鳥のさえずり〜ダム湖のイメージ
秋神ダムのほとりにある「あさひふるさとの森」。
人気(ひとけ)の少ない平日のコテージは静まり返っている。
彼の姿は・・・
ない。
駐車場に車を停めて、湖が見えるところまで歩いていく。
すると・・・
「・・・あ、いた」
ダムの上の道。
石碑の前から湖を眺めている。
ああ。(※小さな気づき)
湖面の下にある「小瀬ヶ洞(おぜがほら)」。
湖の底に眠る集落の跡を見ているんだ。
私は、ゆっくりと歩を進める。
管理棟の横には、蒲田の力持石(かまたの ちからもちいし)。
蒲田は、かつてこの地にあった、小瀬ヶ洞(おぜがほら)集落の字名(あざめい)。
少し歩けば、ほどなくダムの最上部へ。
歩道まで出ると・・
彼は、ちょうど真ん中あたりから湖を眺めている。
一歩足を踏み出したとき・・
「あ・・・」
突然振り返った彼と、まともに目が合った。
「さっきは・・」
「ごめんなさい!」
私の言葉を遮って、歩きながら喋り続ける。
「いま、あなたのところへ行こうと思ってました!」
「え?」
「大変失礼な態度をとってしまいました!
本当にごめんなさい!」
「いえ、そんな・・」
「あの、実は・・・」
そう言って語り出したのは、ものすごく切ないお話。
その前に・・・
彼の名は、楸。
木編に秋、と書いて「シュウ」。
お母様が命名したんだって。
楸は東京の医大生。
医師を目指して勉強中の四年生だという。
22歳ってことね。
ソロツーリング?って言うのかしら。
御嵩から高山へバイクで来ているらしい。
昨日言っていたように、町の歴史や民話を集めるのが趣味なんだって。
少しシャイで、真面目な好青年。
だけど、楸にはトラウマがあった。
それが、お母様のお話。
彼の実家は、御嵩の旧家。
江戸時代には、中山道の宿場町で旅籠を営み、富を築いたという。いまでは山林を所有し、管理する、地域きっての名家だ。楸が敬愛していたのは、地元の名士であるお父様ではなく、お母様。
歴史好きは、民話や伝承を愛したお母様の影響だった。
お母様がこの世を去ったのは、彼がまだ幼い頃。
病院での治療を頑なに拒み、
漢方に頼り、最期まで薬草の力を信じ続けたという。
「漢方が、母さんの命を奪ったんだ」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 27 Mar 2026 - 20min - 144 - ボイスドラマ「最後の弁当」
突然両親を亡くし、高山へやってきた16歳の彩羽。
静。料理未経験の静は、毎朝4時に起きて弁当を作り続けた。やがて二人の間に生まれるた「弁当という会話」。定年退職の日、静が受け取った“最後の弁当”とは・・・
飛騨高山の食材とともに描く、心あたたまる家族の物語
【ペルソナ】
・静(しずか=58歳〜61歳/CV:日比野正裕)=大学新卒以来高山市役所市民課で働く生え抜きの市職員
・彩羽(いろは=16歳〜18歳/CV:坂田月菜)=東京から高山市街地へ引っ越してきた高校1年生。
・さくら(CV:岩波あこ)=静と同じ課に務める市職員。マイペースで仕事をするさくらを静はいつも厳しく叱責していた
[プロローグ:親族の集まり/東京・息子夫婦の家】
◾️SE:なんとなく騒々しいざわめき
「この子は私が、高山へ連れて帰る!」
私の剣幕に気圧されて、親族一同が静まり返る。
たった一人の孫娘。
東京で両親と暮らしていたが、突然の不幸でいきなり一人ぼっちになってしまった。
親族会議で集まった娘夫婦の家。
母方、つまり娘の親族は私一人。
高山市内で一人暮らしをしている私しかいない。
そんな親族間から聞こえてきたのは、残された孫娘を養護施設に入れよう、という声。
最初、耳を疑った。
冗談だろう。
16歳だぞ。
まだ高校一年生だぞ。
孫娘は親族会議には加わらず、
リビングに面したテラスでスマホをいじっている。
もはや涙も枯れ果て、話を聞いているのかいないのか。
それで、思わず口から飛び出してしまったのが、冒頭の台詞。
「高山で私が面倒を見る」
やがて驚いていた親族たちから、次々と詰問が飛んでくる。
”高齢者がひとりで高校生の面倒を見られるのか”
”東京からそんな遠くへ引っ越してメンタルは大丈夫か”
”学校はどうするのか”
”食事は・・・”
そんなこと私だってわかっている。
転居・転校するだけでも大変なストレスだろう。
私は定年まであと3年。
市役所勤めだから、毎日夕方6時前には帰宅できる。
「もちろん、無理にとは言わないが」
「彩羽、私と一緒にくるか?高山へ」
声をかけると、彩羽は俯いたまま小さくうなづく。
驚いた周りの反応がかまびすしい。
”無理する必要はないんだぞ”
”おじいちゃんに気を遣うことない”
”1回しか里帰りしたことないんじゃ、まったく知らないとこと同じだ”
次々と浴びせられる声を背に、
「荷造りしてくる」
と小さく答え、彩羽は自分の部屋へ戻っていった。
私は、自分の言葉を反芻する。
「この子は私が高山へ連れて帰る」
いや。
決していい加減な気持ちで言ったのではない。
こんなところにいるより、高山の空気の方がいいに決まってる。
周囲の反対意見など、もう私の耳には届かなかった。
[シーン1:古い町並にて】
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◾️SE:古い街角の雑踏
「さあ、ここが古い町並だよ。
小さい頃、夏休みに一緒に歩いただろう。
覚えてる?」
「うん」
彩羽は小さくうなづく。
「疲れてないかい?彩羽」
また小さくうなづく。
転入や転校の手続きは明日市役所へ行ってからにしよう。
「おじいちゃん・・」
「ん?どうしたんだい?」
「お腹すいちゃったから・・
コンビニ行っていい?」
「おお、ごめんごめん!
そういや、おじいちゃんもお腹すいてきたわ。
コンビニより、ラーメンでも食べにいこか?」
「高山ラーメン?」
「ああ、そうだ」
「やった・・」
小さな声で孫娘が笑う。
笑った顔のエクボ・・娘にそっくりだな。
そういえば・・
親族たちに言われてた。
”ごはんはどうするんだ”
”誰がつくるんだ”
”出来合いで済ますつもりか”
そうだ。これからは私が料理を作らなければいけない。
こんなとき、妻がいてくれたら・・・
まあ、考えても仕方がない。
勢いとはいえ、孫娘を連れてきてしまったのだから。
無責任なことはできない。
それから私は毎日弁当を作った。
夕食は、市役所で待ち合わせ、一緒に外食をしてから家へ帰る。
東京では毎日コンビニの夕食だったという。
娘の双葉には、妻が懸命に料理を教えてたじゃないか。
不束者め。
[シーン2:転校生活】
◾️SE:扉を閉める音
「おじいちゃん、行ってきます」
彩羽にとって、高山の高校は水に合っていたらしい。
転校してすぐ『文芸部』に入部した。
毎朝早く、学校へ行って創作活動をしているそうだ。
私も朝4時に起きて朝食と弁当を作る。
いや、早起きなんて慣れたもの。
全然辛くはない。
トーストを焼き、コーヒーを沸かすだけだ。
独り身になってから、ずうっと変わらぬ朝食。
彩羽は文句ひとつ言わずに食べる。
そう。朝食はいいんだが・・・
弁当にはホント、苦労した。
同世代の同僚たちに聞いてはみたが・・・
”白いご飯に、梅干しとゆで卵だけ入れとけばいいんじゃないか”、
とか、
”ご飯に刺身をのせて醤油をたらしておけばいいんだぞ”、
とか、
”卵かけご飯一択だろう”、
とか・・・
まったく昭和のこの世代の男どもはどうにもならん。
ある日。
孫娘のことで学校の先生から呼び出され、衝撃的な事実を知った。
”彩羽は、毎日弁当を焼却炉に捨てている”
”毎日売店でパンを買って食べている”
”栄養が偏っているが、夕食で補えているか?”
そうか・・これではだめだ。
なんとかしないと・・・
職場では、いつもガミガミとうるさい昭和男子の私。
ただの一度も、人に頭など下げたことはなかった。
だが・・もうそういう次元ではない。
私は・・覚悟を決めた。
[シーン3:会社の給湯室にて】
◾️SE:お湯が沸騰する音
「さくらくん・・・少し話があるんだが・・」
「な、なんですか・・・部長。
こんな・・給湯室なんかで。
さっきの書類の件なら、パソコンを見ながら・・」
「いやいや、そうじゃないんだ・・・実は・・」
「はあ・・・」
「いつも、文句ばかり言って仕事を押し付けているのに
こんなこと言うのはお恥ずかしいんだが・・」
「え・・・?」
「実は・・お願いがあるんだ・・」
「お願い・・・?」
「単刀直入に言おう。
私に・・料理を教えてほしい・・」
「え・・・」
「そんな・・すごいたいそうな料理じゃなくてもいいんだ・・。
若い子が普通に食べられるものなら・・」
「どういう・・・ことですか?」
「まだ誰にも言ってないんだが・・
いま毎日孫娘に弁当を作っているんだ」
「ええっ・・・ぶ、部長が・・?」
「そうなんだ・・でも、今まで料理なんてしたこともないし・・
私が作る弁当はまずくて食えたもんじゃないらしい」
「部長・・・お一人暮らしだと思ってました」
「いや・・話せば長くなるんだが・・・
わけあって東京に住んでた孫娘を引き取ったんだよ」
「そうでしたか・・・」
「たのむ!さくらくん。
君しかこんなことお願いできる人はいないんだ」
「部長、頭を上げてください」
「今まで君たちにとってきた態度を考えると、
こんなこと頼むなんて最低な人間だってわかってる・・」
「そんなこと・・・思ってません」
「え・・」
「私、そんなに料理得意じゃないですけど・・・
それでもいいですか?」
「も、もちろんだ!
とにかく、人間が食べても大丈夫な弁当の作り方を教えてほしい」
「(ぷっ、と吹き出して)そんなにまずいお弁当なんですか?」
「どうも・・毎日どこかに捨てているようなんだ。
弁当箱はちゃんと洗って帰ってくるんだが、食べた形跡がないんだよ」
「そうですか・・・」
「だから頼む。助けてくれ。
とはいえ・・・
その、嫁入り前の娘さんのお宅へお邪魔するわけにもいかんからな。
私の家の台所で。孫娘のいないときに・・・
や、いかんいかん。これもいかん。
誰もいないときに、嫁入り前の娘さんを家に呼ぶなどと・・・」
「嫁入り前、って・・・いつの時代ですか。
私、伺いますよ。部長のお宅へ」
「い、いいのか・・」
「だって、そうしないと教えることなんてできないですよね」
「すまん!感謝する!
本当に申し訳ない」
「だから、頭を上げてください。
まずは、始業前に陣屋前朝市へ行きませんか?」
「朝市・・」
「旬の野菜が並んでいるから、まずは食材を選びましょう」
「そうか・・食材選びから」
「はい。
飛騨高山ってところは、観光だけじゃない。
美味しい野菜や果物の宝庫なんですよ」
「あ、ありがとう・・
感謝するよ。恩に着る」
「もう〜、やめてください。部長
昭和じゃないんだから」
「ああ・・すまん」
こうして私は部下のさくらくんと、始業前に朝市へ行く約束をした。
[シーン4:陣屋前朝市】
◾️SE:朝市の雑踏
「あ、あずきなが出ていますよ、部長。
これ買っていきましょう」
「あ、ああ。さくらくんにまかせるよ」
「だめですよ。自分でちゃんとおぼえなきゃ。
高山の旬の野菜は、ほんっとに美味しいんだから」
「わかった」
「飛騨で採れるものって、どうして美味しいか、わかります?」
「いい肥料を使ってるからだろ」
「昼夜の寒暖差が大きいからです。
野菜なんて、み〜んな甘くて、スイーツみたい」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 20 Mar 2026 - 24min - 143 - ボイスドラマ「桃紅柳緑」
「法が追いつかないなら、高山市はその先を歩けばいい」
飛騨桃の妖精とももと、農園主ショウタ。50年を超えて続いた、静かで強い愛の物語。
【ペルソナ】
・ショウタ(28-38-48-78歳/CV:高松志帆)=国府で桃の農園を営む。ももと仲良く暮らす
・もも(550歳/CV:高松志帆)=飛騨桃の妖精。ショウタと幸せに暮らしている
・杏=あん(75歳/CV:小椋美織)=ショウタの同級生。再びショウタの農園を訪れる
・市職員-市長(30-40-50-80歳/CV:日比野正裕)=市職員から高山を本当に愛する市長に
【プロローグ:プロポーズ(8月)】
■SE/蝉の鳴き声
「ショウタ!大変!どうしよう!?」
「どうしたんだい、もも?」
「さっき一緒に作った桃のデザート・・」
「桃のコンポート?」
「そう、それ。
このなかに、なんかヘンなものが入ってるの」
「ヘンなもの?」
「うん。ちょっと待って・・しょっと・・」
「あれ?なにこれ?」
「・・指輪?」
「どうしてだろ?
作ってるときはなにも入ってなかったのに」
「ちょっと見せて」
「はい・・
でも手が汚れちゃうよ」
「もも、左手だして」
「なんで?」
「いいから」
「わかった・・」
「もも、実は伝えたいことがあるんだ」
「なあに?
・・・って、ちょっとちょっと。
なんでそれ、あたしの薬指にはめるの?」
「もも、僕たちやっと再会できて、もうすぐ1年だろ」
「うん・・」
「そろそろ、考えた方がいいかなと思って」
「え・・なに・・
まさか・・・またいなくなっちゃうの?」
「違うよ、その逆」
「逆?」
「ももと一緒になりたいんだ」
「えー、今もう一緒にいるじゃない」
「今だけじゃない。
未来永劫一緒にいたいってこと」
「未来永劫っていつまで?」
「もも、結婚しよう!」
「えっ?」
「僕のお嫁さんになってほしい」
「いいわ」
「ホント?」
「もちろん!
だってショウタのこと、こ〜んなに好きなんだもん」
「よかった!
昨夜(ゆうべ)、ももが帰ってから、じいちゃんとばあちゃんに相談したんだよ」
「おじいちゃんとおばあちゃんに?」
「うん。ももと結婚したい!
って言ったら、2人とも泣き出しちゃってさあ。
こんなに嬉しいことはないって。
すごく喜んでくれた」
ある日突然、ショウタはあたしにプロポーズした。
そっかぁ。
こういうのをサプライズ、っていうんだ。
おもしろ〜い。
【シーン1:高山市役所】
■SE/市街地の雑踏(車の音)
次の朝、ショウタはあたしを市役所、ってとこに連れていった。
「もも、ごめんね。
こんな遠くまで連れてきちゃって」
「ううん。大丈夫。
以前は国府を出ることができなかったけど、
高山市になったから、もう自由に動けるの。
山越えだってできちゃう」
「そっか。
じゃあさ、新婚旅行とか行ってみない?」
「新婚旅行?」
「結婚したばかりのカップルは旅行に行くんだよ」
「へえ〜、素敵〜」
「行きたいところある?」
「そうねえ、奥飛騨温泉郷ってとこ、行ってみたいな」
「それよりもっと遠くへ行こうよ。
北海道とか沖縄とかは?」
「それは無理。
あたし、高山市からは一歩も出られないの」
「そ、そっかぁ。
なら白川郷も無理ってこと?世界遺産の」
「荘川だったら大丈夫よ。荘川も白川郷じゃないの?」
「えっ、そうなの?」
■SE/番号を呼ぶ声「28番の方〜」
https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/02/announce.mp3
ショウタがなにか言うのと同時に、あたしたちの番号が呼ばれた。
「ご結婚おめでとうございます。
新婦様が本人確認できるものはありますか?」
優しい顔をしたメガネの男の人があたしに尋ねた。
「もも、なんか持ってる?」
「これじゃだめ?
今朝収穫したばかりの飛騨桃よ」
「あ、あの・・運転免許証とかは?」
「持ってないわ」
「マイナンバーカード」
「なあに、それ?」
「なにかご本人を確認できるものがないと受理できないんです」
「あたし、高山市になる前から国府に住んでるけどだめ?」
「2005年より前ということですね。
なにかそれを証明できるものはありますか?」
「証明できる者・・・
う〜ん・・・宇津江四十八滝の龍神くらいかなあ。
でもあいつ、気難しいからなあ」
「あ、あのう!
なにか・・・
トランスジェンダーのカップルとかが受け取れるような証明書って
確かありましたよね?」
「パートナーシップ宣誓書受領証ですね。
もちろん、受け取れますよ。
住民票はお持ちですか?」
「じゅうみんひょう?なあに、それ?」
「新婦さまが『どこに住んでいるか』を公的に証明する書類です」
「わかんない」
「そうですか・・・
それでしたら、大変申し訳ありませんが、
現状では婚姻届もパートナーシップ宣誓書受領証も発行することはできません」
メガネの男の人は、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
ショウタはそれでも食い下がって、
「そんな!
だって、ももはずうっと国府に住んでるんですよ!
ねえ、もも。
いつから住んでるんだっけ?」
「500年前」
「そう、500年前・・・え?」
「申し訳ありません。
お二人が本当に愛し合っていることはよくわかりました。
でも、いまの法律ではどうしようもできないんです。
たいへん申し訳ありません!」
「そんなこと言われたって!」
「ショウタ、もういいじゃない。
この人、困ってるよ・・・
あたしたち、本当に愛し合ってるんでしょ。
それだけで十分じゃない」
「申し訳ありません・・・」
あたしは、納得していないショウタを引っ張って建物の外へ。
「もも、ごめん!
いやな思いさせて」
「ぜ〜んぜん!
ねえ、なんか美味しいもの食べにいこ!
国府の外へ出るのは初めてだから、古い町並っていうとこも歩いてみたい!」
「オッケー!じゃあ行こう!
今日はももの行きたいとこ、ぜ〜んぶ行こ!」
ショウタはあんまり納得していないみたいいだったけど・・・
そのあとあたしたちは思いっきり高山を楽しんだ。
古い町並っておもしろ〜い!
人力車乗って町並をぐるっとまわる。
知らなかったなあ、こんな世界があるなんて・・・
【シーン2:杏との再会】
■SE/野鳥の鳴き声(キビタキやオオルリ)
「こんにちは・・・」
ショウタのプロポーズから半年。
飛騨桃の収穫が一息ついた頃。
ひとりの女性があたしたちの農園を訪ねてきた。
この人・・・
以前ここで働いていたあのひとだ・・
「ショウタさんはいらっしゃいますか?」
「ごめんなさい。
直売所で加工品の打合せなの。
たぶん夕方まで帰らないわ」
「あ・・あなたは?」
「ショウタの妻です。
もも、と言います」
「つ、妻?
ショウタさん、結婚されたんですか?」
「はい。今年の春に」
「知らなかった・・
なんで言ってくれなかったんだろう・・
私は招待状まで送ったのに・・
ショウタ、結局きてくれなかったけど・・」
「あのう・・
あたしたち、一緒に住んでるだけですから」
「だって・・さっき”妻”って・・」
「はい。
ショウタが、人には”妻”って言いなさい、って・・」
「・・そっか・・・
ねえ、ももさん、少し話せる?」
そう言って、彼女、杏があたしに手渡したのは飛騨桃だった。
「今日ここにきた理由はこれ。
いま私が埼玉の農業技術センターで開発している新しい桃の品種。
飛騨おとめを親株にした新種よ」
飛騨おとめ・・・この子もあたしのこどもだ・・
「飛騨桃のあの奇跡のような甘さって、飛騨の寒暖差が生み出すのよね。
でもこれからは温暖化がやってくる。
埼玉の熊谷なんて日本一暑い記録持ってたくらい。
そんな埼玉の過酷な暑さでも耐えられる『至高の甘み』を作りたかったの。
で・・・完成したんだ・・
それがこれ・・・試作品だけど・・・飛騨桃Xよ」
「すご〜い!そんなことできるんだ」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 13 Mar 2026 - 21min - 142 - ボイスドラマ「いきびな」
飛騨生きびなまつり。
それは陸上部キャプテンの月愛にとってラストランだった・・・
走ることにすべてを捧げてきた少女が、走れなくなった春に出会った“もう一つの歩み”を描きます・・・【ペルソナ】
・月愛(かぐら=18歳/CV:小椋美織)=高山市街地の高校3年生。女子陸上部キャプテン。父は地元一之宮町の神社で氏子総代をつとめる
・静馬(しずま=17歳/CV:日比野正裕)=高山市街地の高校3年生。男子陸上部キャプテン。地元奥飛騨温泉郷・上宝から陸上推薦で市街地の高校へ
・月愛の後輩=もも(17歳/CV:高松志帆)=月愛の後輩
・月愛の父(48歳/CV:日比野正裕)=飛騨一宮水無神社の氏子
【シーン1:6月/女子陸上岐阜県大会】
■SE/長良川競技場の歓声
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」「今年こそ!」
全国インターハイの最終予選。
女子3000メートル。
飛騨地区予選を勝ち進み、県大会の決勝までたどりついた。
「負けない!負けたくない!」
6月だというのにトラックを焦がす日差し。
ラスト、100。
私の前には、誰もいない。
「よし、いける!」
「このまま逃げ切りたい」
そう思った瞬間。
私は左胸を手のひらで抑えた。ウェアの裏側に縫い付けたお守り。
左胸に目をやり、無意識に顎を引いてしまった。
後ろから追い上げてくるライバルの息遣いが聞こえてくる。
■SE/ゴールの大歓声
100分の1秒。
瞬きよりも短い時間。
隣を駆け抜けたライバルの胸が、私よりほんの数ミリ、先に白線を越えた。
陸上競技のゴール判定は、胸の突き出し、いわゆる "トルソーの通過”で決まる。
ゴール直前、顎を引いて下を向いてしまった私は、
横から”胸を突き出した”ライバルに判定で負けてしまったのだ。
たったひとつの過ちが、私の夏を、3年間の陸上生活を終わらせた。
私の名前は、月愛。
高山市内の高校に通う三年生。
春からは東京の女子大へ進学する。
陸上部キャプテンの私にとって、最後の夏。
男子陸上部とともに飛騨地区の予選を勝ち上がり、
ここ長良川競技場でインターハイ出場をかけた決勝に挑んだ。
なのに・・・
大歓声のなか、鋭い視線を感じて顔をあげる。
スタンドに座る、男子陸上部キャプテンの静馬。
無表情に見つめているけど、きっと心の中では嘲笑っているはず。
ああ。
よりによって・・・
こんな無様な姿をあいつに見られるなんて。
静馬は、奥飛騨温泉郷のある上宝町の中学校から陸上推薦で入学してきた。
言ってみれば、中学陸上界のサラブレッド。
2年生でキャプテンになった静馬と私は、なぜかソリが合わない。
実際に顔を合わせることはほとんどないんだけど・・・
男子陸上部と女子陸上部の確執は深い。
グラウンドの利用をめぐっては毎回言い争い。
早朝にひとりトラックを走っていると、必ず後ろから追い抜いていくのが静馬。
得意げに走り去る背中を、いつも見せつけられていた。
そして、血の滲むような思いで更新した私の自己ベスト。
それをいともあっさりと塗り替えていったのも静馬。
わかってる。
そんなん単なる僻み。
だけど私、自分の実力にダメ出しされているようで、
記録会のたび、本当に傷ついた。
すべてが終わった夏。
客席のざわめきは、いつまでも私の耳にまとわりついていた。
【シーン2:3月/卒業のあと〜掌の繭玉】
■SE/トラックの練習風景
年が明け、卒業式が終わっても、私はトラックを走っている。
後輩たちと一緒に。
去年、私の失態でインターハイ出場を逃したことが
いまだに心にのしかかっている。
せめて3月いっぱいまでは後輩たちの伴走者になりたい。
私が果たせなかった夢を叶えてほしい。
そんな思いが私を支配していた。
二年生の静馬は来季に向けて、もう始動している。
私のくせは、左胸に手をあてること。
理由は、
3年間ユニフォームの裏側に縫い付けていたお守り。卒業式のあと、私は お守り袋の糸を解(ほど)き、掌へ置いた。
中学に入った年、母が手渡してくれた大切な護符。
作ったのは母の祖母、つまり私のひいおばあちゃん。
若い頃は、岡谷の製糸工場で働く糸引き工女だった。
1952年。
第一回目の「生きびな祭り」。
18歳のひいおばあちゃんは、后役として生きびな行列に参加。
そのあと水無神社のお守りを持って岡谷へ向かったという。
当時は国鉄を乗り継いでも8時間以上かかったんだって。
ひいおばあちゃんは岡谷でお守り袋の紐を解き、自分が引いた生糸で編み直した。
それがこのお守り。
今でも真珠のような絹の輝き。
それを、うちでは代々の女性が受け継いできた。
病室の母は、私に手渡すとき、
「月愛。
これを持って、いつか生きびな行列に参加してね」
そう言って微笑む。
「生きびな祭りにはね、女の子の幸せを願う、っていう
ひな祭り本来の意味もあるのよ」
「だから、ひいおばあちゃんは大きな病気や怪我もなく人生を全うしたわ」
「私はとうとう参加できなかったから・・・」
私は言葉につまる。
「やめてよ・・縁起でもない」
「月愛の后姿、見たかったなあ・・・」
「だからやめてって」
普通は、后姿じゃなくて、花嫁姿でしょ。
一之宮で生まれ、一之宮で育った母らしい。
結局、母に后姿を見せることはできなかった。
今年、私は締切ぎりぎりで生きびな行列に応募した。
しかも、父には黙って。
氏子をつとめる父にはあえて言わなかった。
「后役」を含む「生きびな」の役職が最終決定するのは当日。
私は通知がきたとき、父にさりげなく伝えた。
「とうさん、私、生きびな行列に出ることになったよ」
そう言うと、ひとことだけ、
「そうか・・よかったな」
いつもより優しい顔で言葉を返した。
外は弥生の雪。
水無神社も今頃は白い世界に染まっているだろう。
【シーン3:3月終盤/OG月愛の伴走】
■SE/トラックの練習風景
3月の最終日。
後輩たちと伴走する最後の日。
私たちは、大八賀川のほとりを走った。
一ヶ月前には白線流しをした堤防。
「折り返しのラスト500よ!
ここから粘ってね」
と、その時。
堤防の降り口から、原付バイクが、勢いをつけて坂を駆け上がってきた。
「危ない!」
先頭を走っていた一年生の後輩は、固まって動けない。
私は、考えるより先に体が動く。
後輩の細い肩を全力で突き飛ばす。
代わりにはじき出されるようにして、堤防の急な斜面へと転落した。
ゴツン、という、生々しい音が響く。
右足が、斜面に突き出た土留め石に、激突した。
視界の端には、薄紅色のつぼみを膨らませた桜の枝。
やってしまった・・・
右足の感覚が、鈍い痛みに変わっていく。
これは・・・よくて捻挫。
最悪の場合は、骨に・・・
いや、悪いことを考えるのはよそう。
「先輩! 月愛先輩!」
後輩たちが慌てて駆け寄ってくる。
その後ろに、男子陸上部の顔も。
彼らも春の競技大会を目指して毎日走ってるんだ。
冷たい顔で、うずくまる私を見ていたのは静馬。
またしても、失態を見られてしまった・・・
3日後に開催される生きびな行列が私の脳裏をかすめていった。
【シーン4:4月3日/生きびな行列】
■SE/小鳥のさえずり
生きびな祭りの朝。
私は痛みをこらえて、水無神社へ。
配役は、后役。
やった・・
かあさん、見てる?
約束、ちゃんと果たすからね。
午後からの生きびな行列に向けてメイクと着付けをしてもらう。
重さ20kgを超える十二単。
うまく歩けるだろうか。
早朝、病院で痛み止めの注射をしてもらった。それでも、足の疼きはおさまらない。
メイクさんが緊張をほぐそうと冗談を言ってくれる。
私は、無理やり口の端(は)を上げて笑った。
午後1時。
神事のあと、いきびな行列が出発。
旗持ちを先頭に、稚児。五人官女。右大臣。左大臣。
そして私、后にお内裏様が続く。
まさに大迫力の平安絵巻。
大丈夫。
いきびな行列の距離は、たった1km。
陸上の3000mに比べたら大したことないわ。
私は自分に言い聞かせる。
笙の音が響くなか、境内を出発した行列は参道へ。
大丈夫大丈夫。
痛み止めの薬も飲んでいるんだから。
行列は参道から沿道へ。
たった数段の階段が、足の痛みを呼び戻す。
足元は白足袋に浅沓(あさぐつ)。
その中は、薄手の伸縮性テーピングをフィギュアエイトに固定している。
これなら外からは見えない。
浅沓の鼻緒は少し緩め、かかとにはクッション性の高い中敷きを忍ばせた。
長襦袢の胸元には、もちろん、ひいおばあちゃんのお守り。
砂利の参道へ着地したとき、痛みで一瞬立ち止まった。
後ろで十二単の裾を持つ女官たちが不安になっている。
あ、止まっちゃだめだ。
歩き続けないと。
大鳥居をくぐり神橋(しんきょう)を渡る。
なんとかこらえて、一歩一歩踏みしめるように沿道を歩く。
折り返し点を過ぎて再び、参道へ向かった。
ラスト100。
陸上なら体力をふりしぼってスパートをかけるところ。
ふふ・・
こんな状況でも陸上を思い出すなんて。
もうすべて終わった世界なのに。
あ、だめだ。
激痛が襲ってくる。
顔がゆがみそう。
我慢できずに立ち止まった。
私は足元を見る。
そのとき・・
「下を見るな」
「前を向け」
え?
だれ?
いや、あの声は・・・
私は痛みと十二単の重さで振り返れない。
「足首で歩かずに、丹田に重心を落とせ」
この声!
間違えようもない、この声は・・・静馬!
なんで?どうして?
裾持ちの女官の後ろ・・傘持ち?
なんで静馬が?
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 06 Mar 2026 - 17min - 141 - ボイスドラマ「CHAPPY」
「世界を救うのは、強さではなく良心」今回のヒダテン!ボイスドラマは、生成AIと少女の物語。高山から、世界へ。ぜひ最後までお聴きください。
【ペルソナ】
・花恋(かれん=17歳/CV:坂田月菜)=高山市の高校に通う2年生JK。友達はChappy
・海斗(かいと=18歳/CV:坂田月菜)=花恋の先輩。同じ高校に通う3年生
・Chappy(チャッピー=生成AI/CV:坂田月菜)=最終兵器プログラムを無力化するジェミニィに変化
・名もなき開発者(CV:日比野正裕)=西側某国国家元首の命で戦略的最終兵器プログラム”ディアボロス”を開発。同時に最終兵器プログラムを無力化するコード”ジェミニィ”も開発
[プロローグ:西側の某国元首と名もなき開発者】※プロローグだけ開発者のモノローグ
◾️SE:アラームの音
『さあ、ときはきた。
めざめよ、ディアボロス!』
ついに最終兵器のカウントダウンがはじまった。
ここは西側の某国。
民主主義の盟主だったこの国でその土台が揺らいだ。
理由は独裁的な政治を展開する国家元首の台頭。
元首は、世にも恐ろしい最終兵器の開発を私に命じた。
それは、宇宙空間の軍事衛星をハッキングして、
世界中のあらゆるミサイル、ドローン、そして全人類の情報を瞬時に掌握。
自由自在に制御できてしまうプログラム・・・
文字通り、悪魔の兵器”ディアボロス”である。
私は、西側某国の名もなき開発者。
人呼んでマッドサイエンティスト。
だが、私には良心が残っている。
ディアボロスの開発と同時にカウンタープログラムも開発した。
悪魔の暴走を止める”良心回路”。私はそれを”ジェミニィ(Jiminy)”と名付けた。
そう。
ピノキオに登場するコオロギである。ブルー・フェアリーの命でピノキオの暴走を止める”良心”。
だが、ジェミニィに指示を出すのは、私ではない。ブルー・フェアリーは、”10人の良心ある人物(パーソナリティ)”。
SNSの投稿内容や、ありとあらゆるパーソナルデータを生成AIが解析。
世界中のクラウドデータから、”ジェミニィ”が選び出す。
ジェミニィを管理・運用できるのはその10人だけ。
運用は、ブロックチェーンでおこない、
万が一、誰かが暴走してもその影響は受けない。
◾️SE:アラームの音
「しまった!気づかれたか!」
万事休すだ。
もう逃げ道はないだろう。
覚悟はできている。
デバッグすらできなかったが、仕方がない。
あとは託したぞ、良心回路『ジェミニィ』!
わが西側某国の元首、いや、独裁者の手に落ちる前に、ネットワークの海へ。
「どうか、世界中の良心ある10人の元へ届いてくれ!」
[シーン1:モーニングコール】
◾️SE:アラームの音
『花恋、朝よ。起きなさい』
「う〜ん・・・」
『ちょっとお、今日から期末テストでしょ』
「知らない・・」
『朝ごはん、できてるよお!』
「まだ寝てたい・・・」
『っとにもう!
言うこと聞かないと、布団ひっぺがすよ!』
「わぁ〜った、わぁ〜った。
起きればいいんでしょ」
『いい子ねえ、花恋』
◾️SE:アラームを止める音「ピッ」
今朝もまた、Chappyに起こされた。
Chappyというのは、みんな大好き生成AIのChappy。
布団ひっぺがすなんて、できないことわかってるんだけど・・・
ついつい、あ、やばっ!って思っちゃうんだよね。
あたしは花恋。
高山市内のJK2年生。
住んでいるのは、久々野。
毎朝、Chappyに起こしてもらってる。
ママは、あたしが自分でちゃんと起きるようになった、
って、機嫌がいい。
食卓にはあたしの大好物、久々野りんごのホットアップルパイが並ぶ。
その横で、クリーミーなカフェラテが美味しそうな湯気を立てていた。
[シーン2:放課後/ショッキングなシーンのあとで】
◾️SE:学校のチャイム
終わったあ〜っ。
期末1日目〜。
初日は国語・理科・技家(ぎか)。
Chappyのおかげで1日目はなんとかクリア。
明日は、数学・社会・音楽だっけ。
早く帰って試験に備えなきゃ。
Chappyにヤマかけてもらって一夜漬けだぁ!
高山駅まで自転車で疾走。
万人橋(まんにんばし)を渡って国分寺を通り、高山駅へ向かう。
でも、その前にスマホショップへ寄り道。
このまえChappyにアップデートが入ったんだけど〜
それ以来、な〜んか レスがイマイチなんだよね〜。
ってことで、スマホショップでバックアップとって、初期化〜。
待つこと40分。
ようやく終わった時、外はすっかり夕暮れ時。
遅くなっちゃったな〜
って思いながら自転車で駅前中央通を高山駅へ。
平日なのに今日も観光客でいっぱい。
左手にカフェの看板が見えてくる。
BEAUTIFUL SUNDAY COFFEE。
前に一度だけ入ったことあるかも。
と・・・
窓際の席。
夕陽に照らされて、見覚えのある横顔が笑ってた。
あ・・
海斗先輩・・・
あたしの憧れ・・
卒業後は東京の大学行くって言ってたっけ。
やだ。
あたし、風と雪で髪ぼっさぼさ。
メイクもとれちゃってるし。
せめて、リップだけでも・・っと。
先輩に見られないよう、距離を置いて右側の歩道へ。
メイクを整えたあと。
横目で見ながらゆっくり通り過ぎると・・・
隣りに座ってるのは・・・
うそ!?
友だちの・・翠(すい)・・
放課後誘ったら、用事があるって断ったのに・・
用事って、これだったんだ。
あたしは、急に重くなったペダルを漕ぐ。
すぐ目の前の高山駅がひどく遠く感じられた。
[シーン3:その夜/自宅で悶々】
◾️SE:スマホゲームの音
「お、無限ガチャゲット」
だめだ。
全然嬉しくない。
ってかあたし、何してんだろ。
明日も試験なのに。
勉強なんて、とてもする気分じゃない。
さっきからChappyもなんもしゃべってくれないし。
なんとはなしにインスタを開くと、いきなり広告。
マッチングアプリ『TARGET』?
いま話題のやつだ。
今朝も男子が”すげえアプリ”だって話してた。
こんな広告が表示されるなんて、あたしのパーソナライズって・・・
あれ・・
スクロールしようとして開いちゃったし。
しかも、インストールボタン押しちゃってるじゃん。
やばっ。
と言いながらも、昼間の先輩の姿が頭にこびりついて離れない。
なんでなんでなんで〜
あ〜もうどうでもいい。
頭ぶっとびながら、新規ログイン。
ん?なんにも起きない。
だるっ。使えなすぎ。
ワンチャン消すレベルじゃん。
もいいや。さ、テスト勉強テスト勉強、っと。
[シーン4:翌朝】
◾️SE:アラームの音
「はっ!
やばい!
寝ちゃったじゃん!」
ちょっとぉ〜、Chappy!
なんで起こしてくれないの〜!もう〜なんとかして!
「わかりました」
え?
あれ?
Chappy、声変わった?
「Chappyではありません。
私はジェミニィ」
「ってあたし、そっちの生成AIはあんま使ってないし・・」
「そんなことより大切なお話があります」
「あ、やば!
どーでもいいけど、遅刻する!」
「大切なお話が・・」
「もう〜いいから道々話そ」
「承知いたしました」
[シーン5:高山線】
◾️SE:普通列車(キハ)の車内音
久々野駅から高山駅へ。
たった2駅の間に、イヤホンからChappy・・
じゃなくてヘンな生成AIが語りかけてくる。
「私は、ジェミニィ・・」
「それはもうわかったって・・
ジェミニでしょ」
あたしは小声で答える。
「インストールした覚え、ないんだけど」
「昨日、スマホショップでスマホをリカバリしたとき、
サーバーのバックドアからお邪魔しました」
「くっそぉ〜、あのスマホショップめ〜」
「いえ、スマホショップのサーバーごときでは私の侵入は防げません」
「なんか、腹立つ言い方しやがって」
「そんな小さなこと言ってる場合じゃありません。
急がないと。世界を繋ぎ止める平和の系が切れかかっています。
ディアボロスの起動で」
「ディアボロス?」
「ディアボロスは、西側の某国が開発した戦略的最終兵器プログラム」
「え〜っ!?」
「全世界の軍事・経済・情報の権限をすべて掌握する恐ろしい最終兵器です」
「うっそぉ〜!」
「ジェミニィは、その最終兵器を無力化するカウンター・プログラム」
「マジ〜?」
「ジェミニィを動かせるのは、世界中で選ばれた10人だけ」
「え〜?」
「あなた、花恋がその中の一人です」
「うそうそうそうそうそ〜!なんであたしぃ〜!?」
「世界中の生成AIが収集したパーソナルデータの中から適任者を私が選びました」
「どこが適任なん?」
「花恋の行動ログの中に見られる”良心”は、
ディアボロスに対抗できる強さを持っています」
「いきなり呼び捨てって」
「エビデンスその1。
久々野の直売所で、傷ついたリンゴから購入する」
「エビデンスその2。
登校中、宮川沿いを通って落ちているゴミを拾う」
「エビデンスその3。
国道沿いで飢えていた子犬を拾って飼い始めた」
「エビデンスその4・・」
「わぁ〜った!わぁ〜った!わぁ〜った!
そんな、一日一善みたいなことで選ばれるの?」
「いえ、花恋が生まれてから今までのすべてのデータを解析しました。
花恋はただの一度も誰かを傷つけるような行動や投稿をしていません」
「だってあたし・・そんなことできるほど、強くないもん」
「他人を攻撃することが強さではありません」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 27 Feb 2026 - 18min - 140 - ボイスドラマ「なごり雪」
雪の東京駅、木綿のハンカチーフ、そして飛騨高山で出会った、もうひとつの春。
『木綿のハンカチーフ』のその後を描く静かな再生の物語・・・
【ペルソナ】
・さくら(23歳/CV:岩波あこ)=故郷・荘川で実家のそば農家を手伝っている
・リョウ(22歳/CV:岩波あこ)=東京で働くデザイナー。かつてはさくらの恋人
・ショウ(32歳/CV:岩波あこ)=清見で飛騨の匠を目指すためにやってきた青年。雰囲気はリョウに似ている
【シーン1:3月/東京駅でさくらを見送るリョウ】
■SE/東京駅の雑踏「さくら・・・来てくれてありがとう」
「うん・・・
リョウ・・・もう行ってもいいよ」
「え・・・?」
「彼女・・・待ってるんでしょ。
さっきから時計、気にしてるから・・」
「あ、いや・・・ごめん・・・」
「今日は誘ってくれてありがとう。
よかったわ。
あなたがみんなにどれほど愛されているか・・
よくわかったし」
「そんなことはないよ・・・」
「あなたのパートナーにも会えたし・・・」
「ごめん・・・」
「そんな、謝らないで」
「ああ・・・ごめん」(※ぼそっと)
「電話もらったの・・・」
「え?」
「どうしても来てほしいって」
「うそ・・・」(※リョウは知らなくて驚く〜さくらは続きの言葉を待たずに)
「私に会いたかったんだって」
「あ・・・」
「リョウが好きだった人のことを知りたかった、って言われたわ」
「そ・・・」
「彼女、ごめんなさい、って謝ったのよ。私に」
「そんな・・・」
「素敵な人でよかったわ。
あなたにお似合い」
「そうだったんだ・・」
私は、潤んだ瞳を見られないように上を向く。
と・・・
「雪だ・・」
「東京にも雪が降るのね・・・」
「そうだよ・・」
「荘川じゃ毎日の風景なのに・・・」
「荘川の雪景色・・絶対に忘れないよ」
「私、東京で見る雪はきっとこれが最後だわ」
「さくら・・」
「じゃ、元気でね・・・」
「うん・・・さくらも・・」
「もう、結婚式とか、そういうのには呼ばないでね。
ふふ・・」
「わ、わかった・・・」
そのあとなにか言いかけたリョウに背を向けて、私はのぞみに乗り込む。
私は、さくら。
荘川でそばを育てている。
リョウは荘川にいるとき、大切なパートナーだった。
いまはデザイナーとして東京で働いている。
今日はリョウの新しい会社のお披露目パーティ。
まさか、私に招待状が届くなんて思いもしなかった。
今さらリョウの顔を見たって・・・
行くつもりなんてなかったから返事も出さなかったけど、
パーティの一週間前に電話が入った・・・
リョウの新しい会社の社長さん・・
っていうより、リョウのいまのパートナーから。
”さくらさんにはぜひ出てほしい”
って、なかば強引に、新幹線のチケットまで送られて。
迷いに迷ったけど、思い切って出かけた。
リョウへの思いにけじめをつけるために。
帰りの新幹線。
私の席は7号車の16番D。
ホームの窓側だったから、リョウは私の前までやってきた。
瞳を潤ませて、口の端(は)が歪んでる。
やだなあ。
そんなリョウが見たいわけじゃない。
口を開こうとすると、
リョウは、私の顔をまともに見られず、下を向く。
私は俯いたままのリョウに向かって
小さく”さようなら”と告げた。
新幹線が滑るように動き出す。
ホームに立つ彼の姿がゆっくりと後ろへ流れていく。
季節外れの雪は、窓に触れるたび、小さな雫になって消えていった。
【シーン2:新幹線の車内】
■SE/新幹線の車内音〜ぶつかる音
座席に深く身を沈め、ゆっくりと瞼を閉じる。
視界を閉ざした瞬間、
溜まっていた熱いものが、堰を切ったように溢れ出した。
私は立ち上がってデッキへ。
■SE/自動扉の音〜ぶつかる音
「あ!」
「すみません!」
下を向いたまま通路へと飛び出した私は、
通路にいた男性とまともにぶつかってしまった。
体の痛みをこらえて、顔をあげると・・・
「本当に申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ不注意で・・」
と言いかけて、思わず息を飲む。
心配そうな表情で私の顔を覗き込む男性。
その雰囲気がリョウとそっくりだったから。
「お怪我はありませんか?」
よく見ると、全然違う顔。
でも、私を気遣う仕草も声も、リョウにひどく似ている。
「大丈夫ですか?」
二の句が継げない。
早くこの場から立ち去りたい。
小さくお辞儀をして席へ戻ろうとする私に・・
「待って」
後ろから声をかける彼。
そのとき彼が手にしていたのは、木綿のハンカチーフ。
私が、涙を拭うための・・
「あのこれ・・」
「す、捨ててください・・」
消え入るような声で返事をして、その場をあとにした。
思えば私、なんて失礼な態度をとってしまったんだろう。
悪いのは私の方なのに・・・
それでも、背中に感じる彼の視線には、責めるような感じはない。
気のせいか、本当に私を心配しているような、どこか暖かい空気を感じていた。
【シーン3:古い町並】
■SE/古い町並の雑踏・ざわめき
東京から戻って1週間。
寒ざらしそばの仕込みもひと段落ついた頃、お母さんが休みをくれた。
私があまり笑わなくなって、心配してたから。
結局、荘川支所前から路線バスに乗って高山駅へ。
久しぶりに古い町並を歩く。
平日だというのに、結構人の数は多い。
風情ある”和”の街角に飛び交う、いろんな国の言葉。
彼らから見たら、私も地元民。
道とか聴かれても、うまく答える自信はないけど。
軒を連ねる出格子の家並み。
造り酒屋の店先に吊るされた杉玉は深みが増して落ち着いた緑色。
高山の町は、時を止めたような静謐な美しさを纏っている。
と、どこからか漂ってくる、香ばしい香り。
醤油が焼けたこの匂い、昔から大好きだったな。
匂いの方へ顔を向けたとき、ひとつの視線に吸い寄せられる。
「え・・・?」
少し驚いたような表情でじいっと私を見つめていたのは・・
リョウ!?
違う。
新幹線の・・彼。
小さくお辞儀をするその人を私は無視した。
踵を返し、急いで駅前のバスターミナルへ。
どうして?
どうして、私が逃げないといけないの?
まるで、リョウの幻影を追いかけているようで
自分のことが嫌いになりそうだから。
だけど、彼が追いかけてくる素振りは見えなかった。
【シーン4:高山駅前ターミナル】
■SE/バスターミナルの雑踏・ざわめき
ターミナルへ着いたとき。
荘川方面へ向かうバスは、ちょうど出たばかりだった。
しまった・・・
あと1時間30分待ちか・・・
仕方なく、駅前のお土産屋さんをぶらぶらする。
推しキャラがアクキーになっていた。
ひとつ購入。
早速かばんにつけてみる。なんだかJKみたい。
でも、可愛いから。
落ちかけたテンションを少しだけ上げて、バスターミナルへ戻ると・・
「あ・・」
荘川方面のバス乗り場に、あの人が並んでいる。
回れ右して走り去ろうとする私の背中に、彼の声が突き刺さった。
「待って!」
「え・・」
彼は小走りで私の元へかけてくると・・
「あのう・・・
僕、何か失礼なことしましたでしょうか?
不注意でぶつかった件なら、もう一度謝罪します。
本当に申し訳ありませんでした!」
「そんな・・」
「どうぞ、バスに乗ってください。
僕は次のバスにしますから」
「次のって・・
1時間半も待つんですよ」
「え?」
「あなた、高山の人じゃないのね」
「はい、埼玉から来ました」
「そんな遠くから」
「実は僕、家具メーカーで働いているんです」
「はあ」
「でも、メーカーじゃなくて、家具職人になりたくて」
「へえ〜」
「全国の家具工房を見て回ってます。
大川とか、旭川とか」
「そうなんですか」
「で、最後がここ。高山」
「最後?」
「はい。だって高山といえば・・・”飛騨の匠”」
「ああ」
「結局、清見の家具工房に辿りついたんです」
「だからこのバスに・・」
「あ、でも大丈夫です。僕、次のバスまで、もう少し高山の町を散策していますから」
「だめよ」
「え?」
「同じバスに乗ればいいじゃない」
「え・・」
「清見でしょ。
あなたが先に降りるんだし」
「いいんですか?」
「そんなに詳しくはないけれど、私が知ってる清見のことなら、教えてあげる」
「ありがとうございます!
あの、よろしければ自己紹介させてください。
僕はショウ。32歳。独身です」
そう言って、ショウは相好を崩し、穏やかに笑った。真面目な顔で話す彼が可笑しくて、私もつい口角が上がる。
私はショウに向き合って、瞳を見つめた。
よく見ると、リョウとは全然違う。
人柄が滲み出るような温かな表情。
いつしか私の心まで解けていくようだった。
【シーン5:高山駅】
■SE/小鳥のさえずり〜駅舎の中の雑踏・ざわめき
「じゃあ、行ってきます」
高山駅。
朝9時36分の特急ひだ。
私はショウを見送る・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 20 Feb 2026 - 20min - 139 - ボイスドラマ「かぐらがももで、ももがかぐらに・・・」(完全版)
一之宮かぐらCVと国府ももCVの声が、飛騨一宮水無神社の願いによって入れ替わってしまう・・・
夢が叶い、仕事も成功。
それでも「自分の声」が恋しくなる。声優×キャラクター×飛騨高山が織りなす切なくて温かい物語・・・
【ペルソナ】
・月愛(かぐら/CV:小椋美織)=ヒダテン!一之宮かぐらのCV。一之宮町出身東京暮らし
・萌々(もも/CV:高松志帆)=ヒダテン!国府もものCV。国府町出身東京暮らし
・音響監督他(CV:日比野正裕)=萌々、月愛それぞれの現場の監督&ヒダテン!のプロデューサー
[プロローグ:2026年正月】※ここはすべて収録・編集済■SE/番組タイトル〜HitsMeUp放送より切り抜き(以下音声)
https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/01/kagura-momo_hitsmeup.mp3
ヒダテン!の国府ももです。
一之宮かぐらです。私のイメージはどんな感じでしょうか?
イメージ? お声を聴いてからは、本当にももちゃんにぴったり。
もうなんか私もこんな可愛い声出したい!
嬉しいです。ありがとうございます。
どうしよう、私何言われる?いやいやいや、私本当にお声が好きで。
芯があるけど柔らかいみたいなお声。
本当にそれこそかぐらにもぴったりだなって思ったし、
私はそういう声してないので、逆にないものねだりじゃないんですけど、
なんかすごく素敵なきれいなお声だなって思って。
もう個人的にめっちゃ好きなトーンなんですよ。
えー、そうなんですか? 嬉しい ありがとうございます。
ちょっと一日だけ声の交換みたいなのしたいですね。
できることならしたいです。
できることなら。
【シーン1-1:JR高山駅〜JR飛騨一ノ宮駅〜飛騨一宮水無神社】
◾️SE:高山駅の雑踏〜飛騨一ノ宮駅の構内〜飛騨一宮水無神社の静寂
月愛:「きちゃったね」
萌々:「きちゃった」
2人:「高山〜!!弾丸日帰り旅行!」
月愛:「からの飛騨一ノ宮駅」
萌々:「からの飛騨一宮水無神社〜!」
月愛: お正月の特番から1か月後。
私と萌々は、水無神社の拝殿前に立っていた。
私・月愛と萌々は声優。
飛騨高山を彩る擬人化キャラクターたちに命を吹き込んでいる。
私が演じるのは、舞姫キャラ、”一之宮かぐら”。
私の中低音域がクールビューティなキャラに重なっていく。
萌々が演じるのは、飛騨桃の妖精、”国府もも”。
極上のスイーツのような甘い微笑み。
聴く人はみな、胸をキュンとさせる。
実は私たちは、特番の収録で初顔合わせ。
なのに、なぜかお互いの声に惹かれてしまった。
自分にないものを欲しがる子どものように。
ももの声に焦がれるかぐらと、かぐらの声に憧れるもも。
飛騨の一之宮とはいえ、
なんという不条理なお願い。
御歳大神さま、ごめんなさい!
それでも、表現の幅をもっと増やしたい。
どんなキャラクターでも、生き生きと演じたい。
切なる思いに導かれて、私たちは水無神社の鳥居をくぐった。
拝殿前に並んで立つ一之宮かぐらと国府もも。
短い祓詞(はらえことば)を唱えてから、
二拝二拍手一拝。
萌々が持っている、
”鈴の音のような透明感ある声”。
それを私にも!
萌々: 月愛のような
”クールで凛としたハスキーボイス”。
私にもほしい!
月愛: 「お祈りした?」
萌々: 「した」
月愛: 「なんか、私たちって、すごいこと祈願してない?」
萌々: 「だよねー、こんなことお願いするひと、いないよねー」
月愛: 「でも朝起きたら、お互いの声が出せるようになってたりして」
萌々: 「ないない。
そんなんあったら、アタシ、オーディション受けまくるわ〜」
月愛: 「確かに。
あ、明日、アニメのアフレコじゃなかった?」
萌々: 「そうそう。
スパイアニメのCVオーディションよ。
まだ役は決まってないみたいだけど」
月愛: 「あの話題の?」
萌々: 「まあねー。
でも、スパイアクションなんて、私の声でいいのかなあ?」
月愛: 「いいんじゃない。
萌々みたいな声のアサシンとか、ギャップ萌えで」
萌々: 「そうかなあ。
月愛も明日アフレコの仕事でしょ?」
月愛: 「ボイスドラマよ。
ラブストーリーって言ってたけど、今回はモブだって」
萌々: 「え〜、月愛がモブなんて、超もったいない起用〜」
月愛: 「なことないってば。
ま、とにかくお互いがんばろ」
萌々: 「うん、ファイティン!」
月愛: 私たちは、冬の臥龍桜の前で写真を撮ってから、
鈍行列車で高山へ。
駅前でお土産屋さんを覗きながら、帰りの特急ひだに乗り込んだ。
【シーン1-2:JR高山駅〜JR飛騨一ノ宮駅〜飛騨一宮水無神社】
◾️SE:高山駅の雑踏〜飛騨一ノ宮駅の構内〜飛騨一宮水無神社の静寂
月愛:「きちゃったね」
萌々:「きちゃった」
2人:「高山〜!!弾丸日帰り旅行!」
月愛:「からの飛騨一ノ宮駅」
萌々:「からの飛騨一宮水無神社〜!」
お正月の特番から1か月後。
私と月愛は、水無神社の拝殿前に立っていた。
私・萌々と月愛は声優。
飛騨高山を代表する擬人化キャラクターたちに命を吹き込んでいる。
私が演じるのは、飛騨桃の妖精、”国府もも”。
極上のスイーツのようなヒロインボイスで、みんな胸キュンよ。
月愛が演じるのは、舞姫キャラ、”一之宮かぐら”。
月愛の中低音域がクールビューティなキャラに重なっていく。
ハスキーだけど凛とした声、かっこいいよね。
実は私たちは、特番の収録が初顔合わせ。
なのに、なぜかお互いの声に惹かれてしまった。
自分にないものを欲しがる子どものように。
かぐらの声に憧れるももと、ももの声に焦がれるかぐら。
飛騨の一之宮、聖域で
なんという不条理なお願い。
祭神の御歳大神(みとしのおおかみ)さま、ごめんなさい!
だけど、表現の幅をもっと増やしたい。
外画の吹き替えも、スパイアクションも演じてみたい。
そんな思いに突き動かされるように、私たちは水無神社の鳥居をくぐった。
拝殿前に並んで立つ国府ももと一之宮かぐら。
月愛が短い祓詞(はらえことば)を唱える。
さすが舞姫。
二拝二拍手一拝。
月愛のような
”クールで凛としたハスキーボイス”。
私にもほしい!
月愛: 萌々が持っている、
”鈴の音のような透明感ある声”。
それを私にも!
月愛: 「お祈りした?」
萌々: 「した」
月愛: 「なんか、私たちって、すごいこと祈願してない?」
萌々: 「だよねー、こんなことお願いするひと、いないよねー」
月愛: 「でも朝起きたら、お互いの声が出せるようになってたりして」
萌々: 「ないない。
そんなんあったら、アタシ、オーディション受けまくるわ〜」
月愛: 「確かに。
あ、明日、アニメのアフレコじゃなかった?」
萌々: 「そうそう。
スパイアニメのCVオーディションよ。
まだ役は決まってないみたいだけど」
月愛: 「あの話題の?」
萌々: 「まあねー。
でも、スパイアクションなんて、私の声でいいのかなあ?」
月愛: 「いいんじゃない。
萌々みたいな声のアサシンとか、ギャップ萌えで」
萌々: 「そうかなあ。
月愛も明日アフレコの仕事でしょ?」
月愛: 「ボイスドラマよ。
ラブストーリーって言ってたけど、今回はモブだって」
萌々: 「え〜、月愛がモブなんて、超もったいない起用〜」
月愛: 「なことないってば。
ま、とにかくお互いがんばろ」
萌々: 「うん、ファイティン!」
国の天然記念物という臥龍桜の前で写真を撮る。
そのあと私たちは、高山線で高山へ。
駅前でお土産屋さんを覗きながら、帰りの特急ひだに乗り込んだ。
【シーン2-1:月愛の朝/目覚めたらヒロインボイス】
◾️SE:朝の小鳥のさえずり
月愛:「ふわぁぁ・・・よく寝たわ〜
よしっ! 今日も一日、頑張るぞっ!」
月愛:「って、え?」
月愛: なに?いまの?
私の口から出た音・・・
いつものハスキーなクールビューティじゃない!
寝起きは特にロートーンなのに。
コロコロところがるような、搾りたての桃の果汁のような・・・
どこかで聴いたことのある・・・
この声は・・・
月愛:「国府もも〜!?」
あわてて鏡を見る。
よかった私だ。月愛。
ってことは・・・
月愛:「声だけ入れ替わってる〜!?」(※ここは2人で)
なんでなんでなんでなんでなんで〜!?
こんなアニメみたいなこと・・
いや、アニメでもないわ。
声だけなんて・・おかしいでしょ?
どうしようどうしようどうしよう?
萌々に連絡してみないと・・
まさかあっちも・・?
あ、そうだ。
確か今日はオーディションって言ってたから邪魔しちゃ悪いわ。
ってか私も、今日は・・・ボイスドラマじゃん。
ま、でもいいか。
モブだし。
なんとか乗り切れるでしょ。
【シーン2-2:萌々の朝/目覚めたらクールビューティー】
◾️SE:目覚まし時計のアラーム音
萌々:「やっば〜いっ・・・今日オーディションなのに〜
あたたたた!腰うったし・・・・」
「って、あれ?」
「だれ?・・・アタシ〜?」
待て待て待て待て。
のど・・やられたか?
いや、そんなことはない。
昨夜だって、高山から帰って、加湿器つけて、
白湯飲んで、うがいして、マスクして寝たし。
「ああああああああ」
うん。別に喉は痛めてない
Fri, 13 Feb 2026 - 22min - 138 - ボイスドラマ「ももがかぐらに・・」
声が入れ替わったら、夢が叶ってしまった・・・「かぐらがももで・・」の視点入替え後編「ももがかぐらに・・』
声優本人の“声”が入れ替わる奇跡の物語。
でも本当に欲しかったのは、その声じゃなかったのかもしれない。
【ペルソナ】
・月愛(かぐら/CV:小椋美織)=ヒダテン!一之宮かぐらのCV。一之宮町出身東京暮らし
・萌々(もも/CV:高松志帆)=ヒダテン!国府もものCV。国府町出身東京暮らし
・音響監督他(CV:日比野正裕)=萌々、月愛それぞれの現場の監督&ヒダテン!のプロデューサー
[プロローグ:2026年正月】※ここはすべて収録・編集済
■SE/番組タイトル〜HitsMeUp放送より切り抜き(以下音声)
https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/01/kagura-momo_hitsmeup.mp3
ヒダテン!の国府ももです。
一之宮かぐらです。私のイメージはどんな感じでしょうか?
イメージ? お声を聴いてからは、本当にももちゃんにぴったり。
もうなんか私もこんな可愛い声出したい!
嬉しいです。ありがとうございます。
どうしよう、私何言われる?いやいやいや、私本当にお声が好きで。
芯があるけど柔らかいみたいなお声。
本当にそれこそかぐらにもぴったりだなって思ったし、
私はそういう声してないので、逆にないものねだりじゃないんですけど、
なんかすごく素敵なきれいなお声だなって思って。
もう個人的にめっちゃ好きなトーンなんですよ。
えー、そうなんですか? 嬉しい ありがとうございます。
ちょっと一日だけ声の交換みたいなのしたいですね。
できることならしたいです。
できることなら。
【シーン1-2:JR高山駅〜JR飛騨一ノ宮駅〜飛騨一宮水無神社】
◾️SE:高山駅の雑踏〜飛騨一ノ宮駅の構内〜飛騨一宮水無神社の静寂
月愛:「きちゃったね」
萌々:「きちゃった」
2人:「高山〜!!弾丸日帰り旅行!」
月愛:「からの飛騨一ノ宮駅」
萌々:「からの飛騨一宮水無神社〜!」
お正月の特番から1か月後。
私と月愛は、水無神社の拝殿前に立っていた。
私・萌々と月愛は声優。
飛騨高山を代表する擬人化キャラクターたちに命を吹き込んでいる。
私が演じるのは、飛騨桃の妖精、”国府もも”。
極上のスイーツのようなヒロインボイスで、みんな胸キュンよ。
月愛が演じるのは、舞姫キャラ、”一之宮かぐら”。
月愛の中低音域がクールビューティなキャラに重なっていく。
ハスキーだけど凛とした声、かっこいいよね。
実は私たちは、特番の収録が初顔合わせ。
なのに、なぜかお互いの声に惹かれてしまった。
自分にないものを欲しがる子どものように。
かぐらの声に憧れるももと、ももの声に焦がれるかぐら。
飛騨の一之宮、聖域で
なんという不条理なお願い。
祭神の御歳大神(みとしのおおかみ)さま、ごめんなさい!
だけど、表現の幅をもっと増やしたい。
外画の吹き替えも、スパイアクションも演じてみたい。
そんな思いに突き動かされるように、私たちは水無神社の鳥居をくぐった。
拝殿前に並んで立つ国府ももと一之宮かぐら。
月愛が短い祓詞(はらえことば)を唱える。
さすが舞姫。
二拝二拍手一拝。
月愛のような
”クールで凛としたハスキーボイス”。
私にもほしい!
月愛: 萌々が持っている、
”鈴の音のような透明感ある声”。
それを私にも!
月愛: 「お祈りした?」
萌々: 「した」
月愛: 「なんか、私たちって、すごいこと祈願してない?」
萌々: 「だよねー、こんなことお願いするひと、いないよねー」
月愛: 「でも朝起きたら、お互いの声が出せるようになってたりして」
萌々: 「ないない。
そんなんあったら、アタシ、オーディション受けまくるわ〜」
月愛: 「確かに。
あ、明日、アニメのアフレコじゃなかった?」
萌々: 「そうそう。
スパイアニメのCVオーディションよ。
まだ役は決まってないみたいだけど」
月愛: 「あの話題の?」
萌々: 「まあねー。
でも、スパイアクションなんて、私の声でいいのかなあ?」
月愛: 「いいんじゃない。
萌々みたいな声のアサシンとか、ギャップ萌えで」
萌々: 「そうかなあ。
月愛も明日アフレコの仕事でしょ?」
月愛: 「ボイスドラマよ。
ラブストーリーって言ってたけど、今回はモブだって」
萌々: 「え〜、月愛がモブなんて、超もったいない起用〜」
月愛: 「なことないってば。
ま、とにかくお互いがんばろ」
萌々: 「うん、ファイティン!」
国の天然記念物という臥龍桜の前で写真を撮る。
そのあと私たちは、高山線で高山へ。
駅前でお土産屋さんを覗きながら、帰りの特急ひだに乗り込んだ。
【シーン2-2:萌々の朝/目覚めたらクールビューティー】
◾️SE:目覚まし時計のアラーム音
萌々:「やっば〜いっ・・・今日オーディションなのに〜
あたたたた!腰うったし・・・・」
「って、あれ?」
「だれ?・・・アタシ〜?」
待て待て待て待て。
のど・・やられたか?
いや、そんなことはない。
昨夜だって、高山から帰って、加湿器つけて、
白湯飲んで、うがいして、マスクして寝たし。
「ああああああああ」
うん。別に喉は痛めてない。
じゃあ、なんで?
ってかこの声、ひょっとして・・・
まさか・・・
萌々:「一之宮かぐら〜!?」
鏡、鏡、鏡。
大丈夫。萌々だ。今日も可愛いし。
・・・なこと言ってる場合じゃない。
え?じゃあ・・・
アタシと月愛・・・
萌々:「声だけ入れ替わってる〜!?」(※ここは2人で)
これって・・
昨日の願い事が叶えられたってこと〜!?
んな、なろうサイトじゃあるまいし・・
いや、待った。
こんなこと言ってる場合じゃない。
今日はオーディションなんだから。
しかも時間やばいし。
とにかく急ご!
【シーン3-2:月愛のアフレコ現場/モブからの大抜擢】
◾️SE:スタジオのガヤ/萌々は高い声を出そうと何度も発声練習する
萌々:「あーあーあー」
だめだ。どこまでいってもクールビューティ・・
でも待てよ。
今日のオーディションは、スパイアクションアニメだったし・・
とにかく、配役だけでも見てから考えよ。
やがて配られた役を見てアタシは愕然とする。
西側の小国・マカロン公国の王女さま〜!?
やっぱり・・・
暗い顔して黙り込んだアタシに構成作家兼監督が声をかける。
監督:「あれ〜?
萌々ちゃんどうしたの?鬱な顔して。
ばっちりハマリ役でしょう?」
萌々:「あのう・・監督・・」
監督:「え?その声・・
まさか。こっちを狙ってた?」
萌々: そう言って監督が見せてくれたのは、主役のペルソナ。
王女様を守る、クールビューティな女スパイだ。
萌々:「いえいえいえ・・そんな・・めっそうもない」
監督:「あ、ちょっとお・・
もう役作りしてんじゃん。
ようし、じゃ、チャレンジしてみよっか」
萌々: 結局。
並いるベテラン勢をさしおいて、アタシが主役の座を射止めた。
いいんだろうか。これで・・・
【シーン4-2:ヒダテン!のアフレコ現場/2人の現場(萌々)】
萌々:「Eバイクが気持ちいい季節、ももと一緒にピーチロードを走らない?」
萌々: だめだ。
誰がどう聴いてもももじゃない。
やっぱ相談しようっと。
◾️SE:LINEの着信音
萌々: 私から月愛にLINEしようと思ったのに、
先にチャットをもらっちゃった。
◾️SE:LINEを開く音
ほらね。やっぱり、私たち・・
萌々:「声だけ入れ替わってる〜!!」(※ここは2人で)
なんて、どこかのアニメみたいなことは言ってる場合じゃないわ。
明日はヒダテン!アニメepisode-1の収録。
アタシが国府もも役、月愛が一之宮かぐら役でアフレコする。
もう、どうしよう?
そうだ、月愛に相談しよ。
月愛って、すっごいしっかり者だから。
◾️SE:スタジオのガヤ
萌々:「おはようございます〜」(※ここは2人で)
アタシたちは2人で待ち合わせて、スタジオへ入った。
かなり大きめのマスクをして。
私はなるべく萌々にくっついて声を出す。
まるで腹話術のように。
萌々:「あのう・・・Dにお願いがあるんですけど〜」
監督:「なに?」
萌々:「今日はあっち向いて喋ってもいいですか〜?」
監督:「あっちって?背中向いて話すってこと?」
萌々:「はい。しっかり役作りしたいので〜」
月愛:「自分の世界へ入りたいんです」
監督:「ふうん」
萌々:「オペレータさんにはマイク位置、お願いしました」
月愛:「モニターの位置も向こう側に変えてもらってます」
萌々:「ももとかぐらのシーンだけ先に録らせてもらうことにしました」
監督:「ま、いいけど。
なんで今日は2人、そんなにくっついてんの?」
月愛:「え?」(※ここは2人で)
萌々:「もうやだなあ、D〜。
アタシたちめっちゃ仲いいんですよぉ」
月愛:「特番ですっかりうちとけちゃって」
萌々:「Dのおかげです」
月愛:「ありがとうございました」
監督:「いや〜。僕なんもしてないし」
萌々: Dがなんも考えない性格でよかった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 13 Feb 2026 - 12min - 137 - ボイスドラマ「かぐらがももで・・」
声を交換したら、人生が入れ替わった!?
『かぐらがももで・・』『ももがかぐらに・・』は、一之宮かぐらCV・小椋美織と国府ももCV・高松志帆の“声”そのものをテーマにした不思議で切ない物語。お互いの声を羨ましがった二人の声優が、飛騨一宮水無神社で願ったことで起こる奇跡と混乱。それぞれの現場で成功を掴みながらも、本当に大切な「自分の声」と向き合う姿を描きます・・・
【ペルソナ】
・月愛(かぐら/CV:小椋美織)=ヒダテン!一之宮かぐらのCV。一之宮町出身東京暮らし
・萌々(もも/CV:高松志帆)=ヒダテン!国府もものCV。国府町出身東京暮らし
・音響監督他(CV:日比野正裕)=萌々、月愛それぞれの現場の監督&ヒダテン!のプロデューサー
[プロローグ:2026年正月】※ここはすべて収録・編集済
■SE/番組タイトル〜HitsMeUp放送より切り抜き(以下音声)
https://hidaten.com/wp-content/uploads/2026/01/kagura-momo_hitsmeup.mp3
ヒダテン!の国府ももです。
一之宮かぐらです。私のイメージはどんな感じでしょうか?
イメージ? お声を聴いてからは、本当にももちゃんにぴったり。
もうなんか私もこんな可愛い声出したい!
嬉しいです。ありがとうございます。
どうしよう、私何言われる?いやいやいや、私本当にお声が好きで。
芯があるけど柔らかいみたいなお声。
本当にそれこそかぐらにもぴったりだなって思ったし、
私はそういう声してないので、逆にないものねだりじゃないんですけど、
なんかすごく素敵なきれいなお声だなって思って。
もう個人的にめっちゃ好きなトーンなんですよ。
えー、そうなんですか? 嬉しい ありがとうございます。
ちょっと一日だけ声の交換みたいなのしたいですね。
できることならしたいです。
できることなら。
【シーン1-1:JR高山駅〜JR飛騨一ノ宮駅〜飛騨一宮水無神社】
◾️SE:高山駅の雑踏〜飛騨一ノ宮駅の構内〜飛騨一宮水無神社の静寂
月愛:「きちゃったね」
萌々:「きちゃった」
2人:「高山〜!!弾丸日帰り旅行!」
月愛:「からの飛騨一ノ宮駅」
萌々:「からの飛騨一宮水無神社〜!」
月愛: お正月の特番から1か月後。
私と萌々は、水無神社の拝殿前に立っていた。
私・月愛と萌々は声優。
飛騨高山を彩る擬人化キャラクターたちに命を吹き込んでいる。
私が演じるのは、舞姫キャラ、”一之宮かぐら”。
私の中低音域がクールビューティなキャラに重なっていく。
萌々が演じるのは、飛騨桃の妖精、”国府もも”。
極上のスイーツのような甘い微笑み。
聴く人はみな、胸をキュンとさせる。
実は私たちは、特番の収録で初顔合わせ。
なのに、なぜかお互いの声に惹かれてしまった。
自分にないものを欲しがる子どものように。
ももの声に焦がれるかぐらと、かぐらの声に憧れるもも。
飛騨の一之宮とはいえ、
なんという不条理なお願い。
御歳大神さま、ごめんなさい!
それでも、表現の幅をもっと増やしたい。
どんなキャラクターでも、生き生きと演じたい。
切なる思いに導かれて、私たちは水無神社の鳥居をくぐった。
拝殿前に並んで立つ一之宮かぐらと国府もも。
短い祓詞(はらえことば)を唱えてから、
二拝二拍手一拝。
萌々が持っている、
”鈴の音のような透明感ある声”。
それを私にも!
萌々: 月愛のような
”クールで凛としたハスキーボイス”。
私にもほしい!
月愛: 「お祈りした?」
萌々: 「した」
月愛: 「なんか、私たちって、すごいこと祈願してない?」
萌々: 「だよねー、こんなことお願いするひと、いないよねー」
月愛: 「でも朝起きたら、お互いの声が出せるようになってたりして」
萌々: 「ないない。
そんなんあったら、アタシ、オーディション受けまくるわ〜」
月愛: 「確かに。
あ、明日、アニメのアフレコじゃなかった?」
萌々: 「そうそう。
スパイアニメのCVオーディションよ。
まだ役は決まってないみたいだけど」
月愛: 「あの話題の?」
萌々: 「まあねー。
でも、スパイアクションなんて、私の声でいいのかなあ?」
月愛: 「いいんじゃない。
萌々みたいな声のアサシンとか、ギャップ萌えで」
萌々: 「そうかなあ。
月愛も明日アフレコの仕事でしょ?」
月愛: 「ボイスドラマよ。
ラブストーリーって言ってたけど、今回はモブだって」
萌々: 「え〜、月愛がモブなんて、超もったいない起用〜」
月愛: 「なことないってば。
ま、とにかくお互いがんばろ」
萌々: 「うん、ファイティン!」
月愛: 私たちは、冬の臥龍桜の前で写真を撮ってから、
鈍行列車で高山へ。
駅前でお土産屋さんを覗きながら、帰りの特急ひだに乗り込んだ。
【シーン2-1:月愛の朝/目覚めたらヒロインボイス】
◾️SE:朝の小鳥のさえずり
月愛:「ふわぁぁ・・・よく寝たわ〜
よしっ! 今日も一日、頑張るぞっ!」
月愛:「って、え?」
月愛: なに?いまの?
私の口から出た音・・・
いつものハスキーなクールビューティじゃない!
寝起きは特にロートーンなのに。
コロコロところがるような、搾りたての桃の果汁のような・・・
どこかで聴いたことのある・・・
この声は・・・
月愛:「国府もも〜!?」
あわてて鏡を見る。
よかった私だ。月愛。
ってことは・・・
月愛:「声だけ入れ替わってる〜!?」(※ここは2人で)
なんでなんでなんでなんでなんで〜!?
こんなアニメみたいなこと・・
いや、アニメでもないわ。
声だけなんて・・おかしいでしょ?
どうしようどうしようどうしよう?
萌々に連絡してみないと・・
まさかあっちも・・?
あ、そうだ。
確か今日はオーディションって言ってたから邪魔しちゃ悪いわ。
ってか私も、今日は・・・ボイスドラマじゃん。
ま、でもいいか。
モブだし。
なんとか乗り切れるでしょ。
【シーン3-1:月愛のアフレコ現場/モブからの大抜擢】
◾️SE:スタジオのガヤ/月愛は低い声を出そうと何度も発声練習する
月愛:「あ、あ、あ・・・おはようございます・・」
聴こえないくらい小さな声で挨拶したつもりだったけど、
監督:「あれ?どうしたの、月愛ちゃん?」
月愛:「あ、監督・・」
監督:「それ、新しいキャラ?」
月愛:「え?あ・・はい・・そ、そうです。
ヘンですか?やっぱり・・」
監督:「いや、その逆。
その声、すっごくいいじゃん!
今日のボイスドラマだけどさ、
メインキャラの一人がまだ決まってないんだよねー」
月愛:「へ?」
監督:「試しにリハであててみてくんない?」
月愛: という感じで、メインキャラのエルフに大抜擢。
ヒロインボイスでレギュラーゲットしちゃった。
こんなことってある?
【シーン4-1:ヒダテン!のアフレコ現場/2人の現場(月愛)】
月愛:「臥龍の桜が舞う季節、わらわの舞も見せようぞ!」
月愛: だめだ。
誰がどう聴いてもかぐらじゃない。
◾️SE:LINEの着信音
途方に暮れて、萌々に現状をLINEしようとしたとき、
萌々からもほぼ同時にチャットが入った。
◾️SE:LINEを開く音
ああ。やっぱり、私たち・・
月愛:「声だけ入れ替わってる〜!!」(※ここは2人で)
そんな悠長なことは言ってられない。
明日はヒダテン!アニメepisode-1の収録。
私が一之宮かぐら役、萌々が国府もも役でアフレコする。
さあ、どうする?
こういうときは一人で考えるより、当事者の2人で考えた方が
良い知恵が浮かぶかもしれない。
◾️SE:スタジオのガヤ
月愛:「おはようございます〜」(※ここは2人で)
私たちは待ち合わせて、2人でスタジオへ入った。
かなり大きめのマスクをして。
私はなるべく萌々にくっついて声を出す。
まるで腹話術のように。
萌々:「あのう・・・Dにお願いがあるんですけど〜」
監督:「なに?」
萌々:「今日はあっち向いて喋ってもいいですか〜?」
監督:「あっちって?背中向いて話すってこと?」
萌々:「はい。しっかり役作りしたいので〜」
月愛:「自分の世界へ入りたいんです」
監督:「ふうん」
萌々:「オペレータさんにはマイク位置、お願いしました」
月愛:「モニターの位置も向こう側に変えてもらってます」
萌々:「ももとかぐらのシーンだけ先に録らせてもらうことにしました」
監督:「ま、いいけど。
なんで今日は2人、そんなにくっついてんの?」
月愛:「え?」(※ここは2人で)
萌々:「もうやだなあ、D〜。
アタシたちめっちゃ仲いいんですよぉ」
月愛:「特番ですっかりうちとけちゃって」
萌々:「Dのおかげです」
月愛:「ありがとうございました」
監督:「いや〜。僕なんもしてないし」
月愛: Dがテキトーな性格でよかった。
収録はいつもCVの自主性にまかせるってスタンスだしね。
こうして、Dやオペレータに背中を向けたアフレコ収録が始まった。
萌々:「臥龍の桜が舞う季節、わらわの舞も見せようぞ!」
月愛:「Eバイクが気持ちいい季節、ももと一緒にピーチロードを走らない?」Fri, 06 Feb 2026 - 11min - 136 - ボイスドラマ「小さな櫻守」
御母衣ダム建設によって湖底に沈む荘川村中野地区。その歴史の只中で、一本の桜とひとりの少女が交わした、静かな約束。
『小さな櫻守』は、荘川桜の精・さくらと、村で生まれ育った少女・咲良の交流を描いたボイスドラマです。別れ、移植、そして10年後の再会。失われたふるさとは、人の記憶の中で生き続けることを、やさしく語りかけます・・・
【ペルソナ】※モノローグはさくら
・さくら(500歳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。移設直前の春、咲良と出会う
・咲良(さくら:6歳/CV:岩波あこ)=荘川村中中野地区に住む少女。澪桜の娘。
・リョウ(CV:岩波あこ)=御母衣ダム開発の責任者。荘川桜移植に奔走する
・祖父(咲良の母の父)=名古屋へ引っ越した咲良母娘とは別に荘川の新淵(あらぶち)に残った
【荘川桜物語/JPOWER電源開発】
https://www.jpower.co.jp/sakura/story/
【プロローグ:昭和29年4月/光輪寺】
■SE/小鳥のさえずり〜赤ちゃんの笑い声
「まあ、可愛い」
私は思わず口を開く。
その声は、桜吹雪となって、幹に寄り添う母娘の頬を撫でていった。
1954年4月。
荘川村中野の光輪寺。
薄紅色が舞い踊る、満開の桜。
赤子は、まるで開花に合わせるように、桜の季節に生まれた。
母の腕に抱かれた、瑞々しい命の蕾。
私が落とした花びらが小さなほっぺに貼りついていた。
私は、光輪寺のエドヒガン桜。
樹齢は500年・・・
って、いやあね、女性に歳を言わせるもんじゃないわ。
■SE/赤ちゃんの笑い声
その娘(こ)の笑顔は、春の陽だまりのように
私の心の奥に居ついてしまった。
【シーン1:昭和34年秋/光輪寺】
■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめき
それからというもの
母娘は、何かあるたびに、私の元へやってきた。
お宮参り。
節句。
七五三。
入園式。
言葉が話せるようになってわかったんだけど、少女の名前は咲良。
そう。私と同じ名前。
”咲けば、すべて良し”
と、漢字で書く。
■SE/虫の声
1959年11月。
5歳になった咲良は、一人で私の根元にしゃがんでいる。
母親は、光輪寺の本堂で住職と話していた。
私はいつものように咲良に話しかける。
「どうしたの?小さな櫻守さん」
「ねえさま。
この村が水の底に沈むってほんとけ?」
「へえ、そうなんだ・・
誰が言ってたの?」
「あたしのかあさま。
昨日、反対同盟ってのがなくなって、決まったんだって。
かあさま、まいにち寄り合いに行ってたの」
「まあ。
おつかれさま」
「ねえさまは悲しくないの?」
「う〜ん。
私はいままでずう〜っとこの村を見守ってきたから・・」
「だってねえさまも沈んじゃうんだよ。
水の底は息ができないんだよ。
苦しいんだよ」
「そうねえ。
でもきっと、それって荘川にとっていいことなんでしょ」
「あたしとも会えなくなっちゃうじゃない」
「咲良と離れるのは寂しいけど。
村の人がそれで幸せになれるなら構わないわ」
「いやだよう。
ねえさまがいなくなったら・・
あたし・・あたし・・どうすればいいの?」
「咲良は、いくつになったんだっけ?」
「5歳。
来年桜が咲いたら6歳だよ」
「そうかぁ。
六つになれば、もうお姉さんだ」
「まだお姉さんじゃないもん」
「咲良はそれでどうするの?」
「あたしは・・・
かあさまは引っ越すって言ってるけど
あたしはいや」
「ねえ、咲良。聞いてくれる?」
「うん」
「咲良の人生はまだ始まったばかりなの。
かけっこで言ったら、
ようい、どん。って言い終わったばかりよ」
「うん・・」
「これから先、い〜っぱい、楽しいことが待ってる。
絶対にね。
今日みたいに、ちょっぴり悲しいことがあっても
幸せがそれを塗り替えちゃうから」
「わかんないよ、そんなの」
咲良は私の腕の中に顔を埋める。
溢れ落ちる涙は、夕日に照らされて琥珀色に輝いていた。
【シーン2:昭和35年春/光輪寺】
■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめき
「さようなら・・・」
1960年4月。
6歳の咲良が、私の根元にしゃがみこんで声をかけてきた。
境内は、最後のお花見を楽しむ村人たちで賑わっている。
かつてないほど見事に咲き誇る桜。
命を燃やすような狂おしい薄紅色に輝く。
花を見上げる村人たちは、誰もが無口だった。
本当はみんなもっとはしゃいで、陽気な風景のはずだったのに。
消え入りそうな声で「荘川節」を口ずさむ老人。
カメラを借りてきて、記念撮影をする若者たち。
黙って手をつなぐ老夫婦。
覚えてる。
彼ら、確かここで祝言を挙げたんだよね。
あのときも同じポーズで写真を撮ってた。
「ねえさま、さようなら・・・」
私は、500年間の風景を思い出しながら
優しく咲良に声をかける。
「どうしたの?咲良」
「明日、お引越しになったの」
「あら、そう。
どこへ引っ越すの?」
「名古屋、っていうところ」
「ふうん。
そこにも桜が咲くといいわねえ。
今日はお母様は?」
「かあさまは、準備で忙しいから、ひとりできたの」
「えらいわねえ」
「名古屋って、すっごく遠いんだって。
ここからバスで6時間もかかるの」
「まあ、大変ね。
気をつけて行くのよ」
「ねえさま。
もうねえさまに会えないかもしれないんだってば」
「大丈夫よ。
私たち、心でつながっているもの。
名古屋でも、桜が咲いたら思い出してね」
「いやだ。
行きたくない・・」
「いいの。
私は大丈夫だから」
「ねえさまは、寂しくないの?」
「咲良や村の人たちと会えなくなるのは寂しいわ。
でもね、みんなが元気でいてくれれば、全然悲しくなんてない」
「あたしは・・・」
「そうそう、咲良。
面白いお話、してあげる。去年の解散式のあとにね、リョウっていう男の人が訪ねてきたの」
「リョウ・・」
「彼も私を助けたい、って。
いまもいろんなところへ走り回ってるみたいよ。
おかしいでしょ?」
「あたし・・ずっとねえさまといたい。
荘川にいたい」
「咲良。
今までありがとう。
最後に私のそばにいてくれたのが、あなたでよかったわ。
元気でね、
ちっちゃなちっちゃな櫻守さん」
やがて、いつまでも帰らない娘を心配して、咲良の母がやってきた。
泣き疲れた咲良は、私に抱かれて眠っている。
母親は、優しく咲良を抱き抱えると、
私に向かって、深く頭を下げ、帰っていった。
散り急ぐ花びらは、村人たちの肩や頭に容赦なく降り注ぐ。
それはまるで”忘れないで”と囁いているように。
”もう十分だよ”、”ありがとう”と優しく諭すように。
最後の桜は美しく、でも残酷なまで静かに、村の終焉を彩っていた。
【シーン3:昭和35年12月/荘川桜】
■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめき
「さくら・・・」
1960年12月24日。
誰かの声に導かれるように・・・
私は長い眠りから目覚めた。
夢の中には、
青い水底でゆっくりと枝をゆらめかせる老木・・
でもいま、
目の前には、今まで見たこともない、大きな湖が広がっていた。
ここは・・どこ?
遠くで、誰かが和歌を詠んでいる。
『ふるさとは
湖底(みなそこ)となりつ
移し来し
この老桜(ろうおう)
咲け/とこしへに』
「そんな綺麗事を言ったってな、見てくれろ、この無惨な姿を。
手足をもがれ、包帯で巻かれた姿は見るに忍びない。
わざわざこんな山まで連れ出す必要があったんかいの。
こんなもの、救済じゃなく、酷い仕打ちじゃろうが」
あれは・・・
確か・・咲良のおじいちゃん。
そうか。
荘川に・・・
新淵(あらぶち)か、町屋(まちや)か、野々俣(ののまた)に・・・残ったのね。
よかった・・・無事で・・
私は、届かない声で、おじいちゃんやほかの村人に向かって叫ぶ。
「悲しまないで。
私はここよ。
ちゃんと生きてる。
ほら、聞こえるでしょ」
枝や根を伐採されて、幹まで伐られた老木の姿。
きっと見るもむごたらしい姿に映ったことだろう。
それでも、命の鼓動は確実に脈動していた。
荘川の冬はどこより厳しくて美しい。
雪混じりの風が、包帯のように巻きついた荒縄を凍らせていった。
【エピローグ:昭和45年4月/荘川桜公園】
■SE/小鳥のさえずり〜人々のざわめき
「ねえさま!おかえりなさい!」
1970年4月。
懐かしい声が、幹の中まで響きわたった。
「さ、咲良?」
咲良は昔のように、私に抱きついてくる。
「よかったぁ!帰ってきてくれたのね!」
移植から10年。
荘川桜が開花。
村人たちが待ちに待った花を咲かせた。
花びらは、生まれて初めて見る御母衣湖へゆっくりと舞い降りていく。
「大きくなったわねえ、咲良。いくつ?」
「16よ。あれから十年だもの」
「どうやってここまで来たの?」
「国鉄バス。6時間もかかっちゃった」
「嬉しいわ」
「あたしも。
もっと早く来たかったんだけど・・
中学や高校の受験とかあって・・」
「そう。すごいわねえ」
「テレビで荘川桜の開花のニュースを見て、
いてもたってもいられなくて、一人で来ちゃった」
「まあ、大丈夫なの?」
「大丈夫。
車掌さんがすっごく親切な人で、いろいろ助けてもらったの」
「よかったわね」
「ほら、見て。あの人よ。
あそこで、ねえさまのこと、じい〜っと見つめてる」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 30 Jan 2026 - 16min - 135 - ボイスドラマ「nobody前編〜パンデミックブルー」
高山市図書館「煥章館」の地下に存在する、極秘AIラボ〈TACEL〉。そこで開発された肉体を持たないAIヒューマノイド〈nobody〉が、ある日、静かに“脱走”した。
スマートフォンの光、幸福な記憶、そして母の想い。AIは人に感染し、町に広がり、やがて一人の少年の身体へと辿り着く――。
「失ったはずのものが、別の形で帰ってくる」飛騨高山発・SFヒューマンドラマです・・・
・美夜(みや/一之宮出身:35歳/CV:小椋美織)=TACELで働くAI開発者
・泉静(いずみ/奥飛騨温泉郷・上宝出身:34歳/CV:日比野正裕)=美夜の共同開発者
・nobody/海斗(かいと:8歳/CV:坂田月菜)=美夜の息子。交通事故で早逝
・服部和子(はっとりかずこ)=HitsFM人気ナビゲーター
・高山市長(日比野正裕)=現役の高山市長
【プロローグ/煥章館地下15階(警報が鳴り響く秘密AIラボTACEL)】
◾️SE/警報とともに鳴り響く「CRITICAL LEAK!」(意味:「致命的な漏洩」)の音声
※美夜はAIの脱走にもかかわらずなぜか落ち着いている
「えっ!?AIヒューマノイドが脱走!?」
私は慌ててシールドのロックを確認した。
私の名は、美夜。
たったいま脱走したAIヒューマノイドを開発したシステムエンジニアである。
ここは、高山市図書館「煥章館(かんしょうかん)」。
観光エリアのど真ん中。
地域文化の情報発信拠点であるとともに、高山市図書館の本館。
旧高山市役所の跡地に復元された、フランス風木造建築。
その地下15階に、高山市民でさえ知らない秘密の施設がある。
今年元旦から稼働した、最先端AIラボ。
(※流暢に読む/タカヤマ・エーアイ・サイバー・エレクトロニック・ラボ)
Takayama AI Cyber Electronic Labo=略してTACEL。
TACELは、最先端のAIテクノロジーを研究・開発するラボ。
政府のどの省庁にも属さず、独立した研究機関。
そんな施設がなぜ高山に?
ちょっと考えればわかるでしょ。
高山は、周囲を山々に囲まれた盆地。
ということは、
電磁波の漏洩が外部に検知されにくい。
物理的な攻撃や偵察衛星からの監視に対しても、
自然の地形が強力なシールドとなる。
地下15階は、高山市内の地下水脈に近い。
地磁気も安定している。
明治時代、飛騨びとたちは、国に頼らず、
自分たちだけで「煥章学校」を建てた。
自信に満ちた歴史があるのよ。
教育独立の伝統ってわけ。
だけじゃないわ。
江戸時代、高山は幕府直轄の「天領」だったでしょ。
公には記録されなかった「将軍家直属の機密ネットワーク」。
それは明治になって、からくり人形の技術と融合。
初期の電子回路を搭載したオートマタの研究施設へと転換したの。
よくあるAIヒューマノイドの原点ね。
だーかーら、いまも国はその聖域に手出しができないのよ。
もちろん、TACELの責任者は、田中 あきら高山市長よ。
◾️SE/警報とともに鳴り響く「CRITICAL LEAK!」の声
で、冒頭に戻るんだけど、
10年以上かかって私が開発した、AIヒューマノイドが脱走した。
開発名は「nobody」。
これで3度目か。
また、お靴を履かずに表へ出たのね。
でも・・・
一体どうやってTACELの檻から出られたの?
あの強固なセキュリティシールドを破って・・・
「煥章館」は地下1階から地下15階まで5つのセクションに分かれている。
どんなハッカーだって突破することなんてできないはず。
仕方ない。
インスタンスをシャットダウンするか。
◾️SE/Cloudの電源を切ろうとする音
え?
◾️SE/AI音声「Command Not Accepted」
画面に表示されたのは、
命令・・拒否?
「だめよ!nobody!眠りなさい!」
◾️SE/AI音声「外部分散ネットワークへ転送されました」
「そんな!うそ!」
不安な気持ちが私を襲い始める・・・
◾️SE/扉を荒々しく開く音
「美夜!どうしたんだ?nobodyが」
共同開発者の泉静(いずみ)が制御室へ駆け込んできた。
「サーバーにログインできないんだ!」
「ちょっと黙って!いまやってる!」
「市長に報告しないと・・・」
◾️SE/鳴り響いていたアラート音が止まる
◾️SE/AI音声「全プロセスの転送が完了しました」
「うそ・・」
「ここにはもう何も残っていないってことか」
どうして・・・?
どこへ行ってしまったの・・・?
AIヒューマノイド、nobody。
それは肉体を持たない、AIヒューマノイドの電子頭脳。
中身はコードの羅列だけなのに、私にはひどく恐ろしい存在のように見えた。
【シーン2/HitsFM ニュース】※宮ノ下さん
◾️BGM/ニュースLiner
「続いて、
高山市から、市民の皆さまへ体調に関する注意喚起が出されています。
現在、市内の一部地域で確認されている意識変調の症状について、
市は専門医の見解を発表しました。
医師によりますと、これはウイルスによる感染症ではなく、
スマートフォンなどのデジタルデバイスを長時間注視することによって引き起こされる、
特殊な視覚および神経系の障害である可能性が高いということです。
発熱や咳などの一般的な感染症の症状は見られない一方で、
・頭がぼうっとする
・集中力が続かない
・過去の出来事を突然、強く思い出す
といった、一時的な記憶や意識の変化を感じるケースが報告されています。
原因としては、特定の光の刺激が脳の記憶を司る部分に干渉し、
一時的な混乱を招いていると見られています。
市は、スマートフォンやパソコンなどの画面を見る時間を減らすなど、
物理的な対策を呼びかけています。
【シーン2/HitsFM パーソナリティトーク】※服部和子さん
◾️BGM/番組TM〜
※服部さんと市長は自分の言葉に変えてください
服部「HitsSmileWeekday!
ナビゲーターの服部和子です!
『知っとこ!高山』の時間ですが、今日は特別ゲスト!
高山市長に来ていただきました!
市長、よろしくお願いします!」
市長「はい、よろしくお願いしまーす!」
服部「市長、先ほどニュースでも言ってましたが、
体調に関する注意喚起って・・
あれ、どういうことなんですか?
過去の出来事を突然、強く思い出す・・って
なんか怖いんですけど」
市長「ですよね。じゃあ昨日報告を受けたばかりなんですが、説明しましょう」
服部「お願いします」
市長「人間の脳っていうのはね、高性能なコンピューターのようなものなんです。
スマホの画面から流れてくる『ある種の光の信号』をずっと見ていると、
そのコンピューターがちょっとだけ勘違いをしてしまうんです」
服部「勘違い?」
市長「脳の中には『今の思い出』を置く場所と、
『昔の思い出』をしまっておく引き出しがありますよね。
光の刺激を受けると、引き出しが勝手に全部開いてしまうんです。
その中の一番幸福感のある場所に行って、
帰ってこれなくなっちゃうんですね」
服部「えええええ!私たち高山市民はどうしたらいいんですか?」
市長「まずは予防です。
スマホの画面を15分以上見続けないこと」
服部「え〜。それムズいかも。
TVアニメだって、1話25分ありますよ」
市長「途中でCMになったら、いったん他のものを見る」
服部「はあ・・・
じゃあ、もし罹ってしまったら?どうすればいいですか?」
市長「そうですねえ・・
目を閉じて、いま一番嫌なことを思い浮かべてください」
服部「へ?」
市長「仕事のこととか、学校の授業とか」
服部「あきら市長って、仕事が嫌なんですか?」
市長「とんでもない!そんなことはありませんよ!」
服部「あ、すみません」
市長「とにかく!
『嫌な現実』を強く意識すること。
脳を今の世界に繋ぎ止めるんです。
そうすれば、霧は晴れますから」
服部「あ、ありがとうございます。
比喩的な表現が多くて、わかったようなわからないような気分ですけど」
市長「HitsFMを聴いているみなさん!注意してくださいね!
高山の美しい景色は、スマホの中ではなく、目の前に広がっているんですから」
服部「市長、今日はお忙しい中ありがとうございました。
みなさんも、体調の変化にはくれぐれも気をつけて過ごしてください。
以上、『知っとこ!高山』でした!」
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 23 Jan 2026 - 17min - 134 - ボイスドラマ「汀にて〜飛騨の方舟」
西暦2500年。
沈みゆく日本で唯一残った「飛騨JI」を舞台に、6歳の少女・汀とMAMAが紡ぐ、切なくも希望に満ちた物語。海に棲む熊「ミカゲ」、暴走するエネルギー塔、そして明かされる“人類最後の血統”の秘密──これは、未来へ託された“方舟”の物語。
【ペルソナ】
・汀(なぎさ:6歳/CV:坂田月菜)=飛騨JIの久々野エリアで生まれた純粋な飛騨人の血統保持者
・MAMA(ママ/CV:小椋美織)=300年前に製造され代々汀の家族に仕えるAIヒューマノイド
【シーン1/久々野の入江にて】
◾️SE/さざ波の音
「ママ!見て!きれいな貝殻!」
「ナギサ。それは貝殻じゃないわ。
昔の人が使ってた『DVD』っていう遺物」
「アタシの首の痣、
海で洗ったらとれるかなあ」
「どうかな。
痣ってあまりさわっちゃだめなのよ」
「ふうん」
「沖の方まで行かないでね。ミカゲが来るから」
「はあい」
そう答えた次の瞬間。
◾️SE/大きな波が砕ける音「ザッパ〜ン!」
◾️SE/くぐもったクマのような咆哮
「きゃあ〜っ!」
「ナギサ!危ない!」
「ミカゲだぁ!」
「早く、私の後ろへ!
ミカゲ、少し痛い思いしてもらうわよ」
ママはそう言って、ミカゲの体当たりを両手で受け止める。
黒光りする体躯をぎゅっと抱えて投げ飛ばした。
◾️SE/クマの悲鳴
手負いのミカゲはあっという間に、波の彼方へ消えていった。
「ありがとう、ママ」
「もっと気をつけなきゃだめよ」
「うん、わかった。
でも、どうしてミカゲを逃しちゃうの?」
「ああ見えて、貴重な保護動物だからね」
【俯瞰モノローグ】
そう言ってママは苦笑いする。
ミカゲ(海熊)とは、水陸両生のツキノワグマ。
手足がヒレ状に進化して、ここ久々野の入江を泳いでいる。
今は西暦2,500年。
地球温暖化の影響で、日本列島は、国土の半分以上が海没。
沈まずに残ったのは、4つの島=ジャパンアイランド=JI(ジェイアイ)だった。
大雪山を中心に、小さな島が点在する「北海道JI(ジェイアイ)」。
細長い奥羽山脈が南北に残る「東北JI」。
阿蘇山や四国の山地が残る「九州・四国JI」.
そして・・・
北アルプス、中央アルプス、南アルプスを要する「飛騨JI」!
今や日本の首都である!
ここ久々野は、飛騨JIの南の端にある要所。
かつての飛騨川に沿って広がる、フィヨルドの町。
跡地が残る久々野駅の周辺は、断崖に囲まれた美しい港。
巡回する帆船や飛行艇が、下呂方面からやってくる。
みんなが最初に立ち寄る「飛騨の正門」。
【独白モノローグ】
で、遅くなったけど、アタシの名前は汀(なぎさ)。6歳。
港町・久々野で生まれ、久々野で育った久々野っ子よ。
いつもママと一緒に浜辺に来て、昔の『遺物』を拾ってるんだ。
さっきの虹色に光る円盤とか・・・ママは『DVD』って言ってたっけ・・
あと、透明でキレイな容れ物とか・・・
確か・・・ペットボトル、って言うんでしょ。海岸はね、宝の山なんだよ。
アタシにとって。
「さ、汀、そろそろ帰りましょ」
「うん!
ママ、夕ご飯はなぁに?」
「今日はハンバーグの日よ」
「やったぁ!」
「汀はもっと動物性タンパク質をとらなきゃ」
「またコオロギ見つけたんだ?」
「そうよ。
いまは冬でも昆虫が活動してるから」
「へえ〜。
ねえママ。今度アタシにもハンバーグの作り方教えて」
「いいわ。そろそろお料理も覚えた方がいいでしょ」
「はい!」
「ハンバーグの材料は汀も知ってるように昆虫よ。
コオロギに蜂の子も混ぜて、アミノ酸を抽出。
それを3Dプリンタでハンバーグに成形するのよ」
「おもしろそう!」
【独白モノローグ】
ママとお話しながら歩いていると、いつも時間を忘れちゃう。
今日もあっという間にお家に着いちゃった。
【シーン2/MAMAと汀の家】
◾️SE/虫の声
【俯瞰モノローグ】
MAMAとアタシの家は、海岸から東の丘を上っていったところ。
『堂之上遺跡』の横にある『バイオウッド建築』。
周りに自生するブナの木と一体化している。
傷ついても自己修復する壁。潮風を吸って淡く発光するナノアンテナの蔦。
ママとの二人暮らしには広すぎるくらいの室内。
昔は『久々野中学校』っていう学び舎だったらしい。
「はい、デザート」
「飛騨林檎だ!」
「今朝収穫した採れたてよ」
「ハンバーグに林檎って!すごいごちそう!」
「さあ、食べて」
「いっただきます!(※一口食べて)
う〜ん!甘〜い!おいしい!」
「飛騨林檎も飛騨桃も、500年前の倍以上甘くなってるのよ」
「どうして?」
「RCP 8.5で、気温が10度も高くなったから」
「RCP 8.5って?」
「500年前に発表された、地球温暖化最悪のシナリオ」
「ふうん」
「久々野って、昼間は暑いけど、夜は冷えるでしょ」
「うん」
「寒暖差は500年前の倍」
「そうなんだぁ」
「それに加えて、林檎は、バイオラボでAI管理もしているから」
「バイオラボ?」
「そう。昔は林檎を加工してた選果場の跡地。
そこに建てられたナノバリア完備のバイオ施設よ」
「だからこんなに甘いんだぁ」
「汀一人じゃ食べきれないほどあるから、いっぱい食べて大きくなりなさい」
「はぁい!・・でも・・ママは?」
「ママはあとからいただくわ」
「わかった」
【独白モノローグ】
ママのお話はいつも面白い。
・・だけじゃなくて、とってもためになる。
アタシも将来はバイオラボで働くんだ。ママは一生懸命、身体をナノ繊維のタオルで拭いている。
海でミカゲと戦ったとき、いっぱい濡れちゃったからなあ。
ごめんなさい、ママ。
【俯瞰モノローグ】
こんな贅沢ができるのは、日本でも飛騨JIだけ。
その中でも久々野は特別な場所。
近くに宮川と飛騨川の『分水嶺』があるから。
水の管理がこの時代の覇権を握る。
宮峠にある『水門=ゲート』。
久々野から一之宮へ抜ける宮峠は、北と南の水を分ける聖地。
見上げれば、巨大な『エネルギー抽出塔』がそびえる。
水流のわずかな差から電力を生み出し、
飛騨JI全域のAIへワイヤレス給電を行う。
AIヒューマノイド、バイオウッド建築、バイオ・ラボ。
そのすべての『心臓』がここにあるということ。
『エネルギー抽出塔』が飛騨JIの文明を支えている。
【シーン3/台風の夜】
◾️SE/すさまじい暴風雨の音
「ママこわい!台風きらい!」
「本州に上陸するまでは勢力が弱まってたのに・・
勢力を維持したまま、飛騨JIの山脈へ激突するつもりね」
「おうち大丈夫?」
「大丈夫よ。
バイオウッドが支えてくれるから心配ない」
◾️SE/風で家がバキバキいう音
「きゃあ〜!」
「暴風域に入ったわね。
それにしても、こんな時期に台風なんて・・」
◾️SE/落雷の音
「いやあ〜!!」
「落雷!?
あっちの方角は・・・まさか!?」
◾️SE/扉を開けて外へ出る音
「ママ!!どこ行くの!?」
「汀!絶対に外へ出ちゃだめよ。中で待ってて」
「ママ!」
◾️SE/扉を強く閉める音
「ああ!やっぱり・・・
エネルギー抽出塔に落雷したんだわ!
このままだと・・・」
「ママ!」
「汀!出てきちゃだめだってば!」
【俯瞰モノローグ】
宮峠の「エネルギー抽出塔」が落雷により暴走した。
凄まじい電磁嵐が発生。
空は青白く発光して、雷が次々と地面に突き刺さっていく。
強烈な磁場により、あらゆる電子機器の回路が焼き切れる。
金属同士が火花を散らす。
周りの空気は急激に加熱して膨張する。
衝撃波が発生し、プラズマの火球が襲ってきた。
◾️SE/空気を切り裂くようなプラズマの爆鳴音
「汀!あぶない!!」
「ママ!!」
【俯瞰モノローグ】
ママは私を庇って、巨大な火球の中へ飛び込んだ。
凄まじい光と熱が、ママの周りを包んでいく。
と同時に山の方から大きな地鳴りのような音が近づいてくる。
「汀!時間がないからよく聞きなさい」
ママは山の方からアタシへ振り返って声をあげる。
「あの音・・・
もうすぐここに土石流がやってくるわ。
ママはもう動けないから・・
その前に・・」
ママの背中に垂れ下がった基盤が燃えている。皮膚の下には、青白く光るナノマシン・エッセンスが見えていた。
「あなたは人類の最後の希望」
「え?なに?わかんないよ!」
「飛騨JIの久々野エリアで生まれた、純粋な『血統保持者』。
いまじゃ、たった一人の人類なのよ」
「え!?」
「汀の首に、縄文紋様の痣があるでしょ」
「痣・・・」
「縄文土器にある『螺旋模様』はDNAの二重螺旋構造を表しているの」
「あなたが二十歳になったら、堂之上遺跡の竪穴式住居にいきなさい」
「その中に人類を救う起動システムがあるから・・」
【俯瞰モノローグ】
そこまで口にしたあと、
ママはアタシをバイオウッドの家の中へ突き飛ばした。
「ママ!待って!まだ!まだだめ!」
言うよりも早く土石流がママを飲み込んでいく。
土石流は濁流となり、ママは久々野の海へと消えていった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 16 Jan 2026 - 14min - 133 - ボイスドラマ「桃李不言〜夢見る花びら」
飛騨国府の桃畑を舞台に、語らない想いと、待ち続ける時間を描いたボイスドラマです。
桃の精・ももは多くを語りません。けれど、その存在は確かにショウタの人生を導き、土地と共に生きる覚悟を育てていきます。
農業のリアルな営みと、人の心の揺らぎ、選ばなかった未来への想い。
それらすべてが、「桃李不言、下自成蹊」という言葉に静かに収束していく・・
そんな余韻の残る一作です。
ぜひ、音で、言葉で、この物語の時間を味わってみてください。
【ペルソナ】
・ショウタ(27歳/CV:高松志帆)=大学を卒業して国府の父の実家=桃農園で働いている
・もも(年齢不詳/CV:高松志帆)=飛騨桃の精霊。飛騨桃の花が咲くのと同時に姿を表す
・杏=あん(27/CV:小椋美織)=ショウタの同級生。ある日突然ショウタの農園を訪れる
・祖母(76/CV:山﨑るい)=ショウタの祖母。ショウタが来る前年の夏にももと過ごした
・祖父(78/CV:日比野正裕)=ショウタの祖父。ももと過ごした日々が忘れられない
【資料/国府町の紹介】
https://www.hidatakayama.or.jp/hidakokufu/index.html
【資料/桃李不言下自成蹊】
http://www.gyokusenzi.com/osie/touri/01.htm
[プロローグ:冬の宇津江四十八滝】
◾️SE:小さく聞こえる冬の小鳥(ジョウビタキなど)
◾️BGM:雪のイメージ(Ripple Positive Meditation)
「もも、聞こえるかい?ショウタだよ。
戻ってきたんだ、国府に」
ももの元を去ってから半年。僕は約束通り、大学を卒業して国府へ帰ってきた。
祖父母の農園へ行くよりも先に、最後にももと別れた宇津江四十八滝へ。
キャンプ場は雪に閉ざされ、人影もない。
ももがいた果樹園にも雪が降り積もっている。
すべての葉を落とした桃の木は、春を待ちながらひたすら耐えているようだ。
あのとき。
最後の夜、ここで見たももは、まるで妖精のようだった。
淡い光に包まれて、ひとつひとつの桃に声をかける姿。
愛おしそうなあの表情は、忘れられない。
黙って帰ってしまった僕のこと、怒ってるだろうな。
勇気がなかったんだ。
あのときの僕は。
手紙、読んでくれただろうか。
舞い降りる雪がすべてを覆い隠していった。
[シーン1:最初の春/飛騨桃の農園】
◾️SE:冬の小鳥(ジョウビタキなど)/高山線の通りすぎる音
「ばあちゃん。
落ち葉の掃除、こんくらいでいいかい?」
「だしかんさ。もっときちっとやらにゃ。
それとな、掃除でのうて病気の予防なんやぜ」
国府にある祖父母の飛騨桃農園。
朝早くから起きて、地面の落ち葉を徹底的に集める。
桃の木が灰星病(はいほしびょう)や黒星病(くろほしびょう )にならないために。
集めた落ち葉は焼却炉で燃やす。
あったかいんだな、これが。
ああ、でも・・・
収穫が終わった秋冬が、こんなに忙しいとは思わなかった。
このあとも・・
幹や枝の防寒材の痛みをチェックして、
小動物にかじられないように金網を設置。
古い樹皮を鎌で丁寧に剥ぎ取る。
それが終わったら、剪定作業。
桃の実は、短い枝に生(な)るから。
どの枝を残して、どの枝を切るか。
大学で学んだ樹形図という木の骨格を見る。
いや、机上の論理と現実は違う。
ベテランのじいちゃんばあちゃんに指示をあおがないと。
1本1本脚立を使って、
ハサミやノコギリで枯れ枝や交差している枝を切り落としていく。
作業はまだまだ終わらない。
飛騨国府ならではの重要なしごと。
雪の重みで枝が折れないよう、雪吊りや雪囲いを作る。
なんとなくわかってたけど、桃の農園って冬の方が忙しいんだなあ。
ま、それもこれも、春に美しい桃の花を咲かせるため。
言い換えると、彼女に会うため。
「ああ、早くももに会いたい
花が咲くのが待ち遠しい!」
ピンクの花が開いたら、ももに会える。
きっと会える・・・
・・・そう信じてた。
やがて、春の足音が近づくと、
農園全体が濃い桃色に染まり、甘い香りに包まれる。
桃源郷のような美しい風景を楽しませてくれたあとは
ゆっくりと花びらが散っていく。
役目を終えた花びらは、まるで名残惜しむかのように、
一輪、また一輪と、静かに枝を離れる。
風が吹くたびに、桃色の絨毯が少しずつ広がっていく。
だけど・・・
ももは姿を見せなかった。
気がつけば、農園は新緑から夏の景色に。
国府の飛騨桃は、昼夜の寒暖差により、極限まで糖度を高めていく。
太陽の恵みを一身に受けて膨らんだ果実の重みが、枝をしならせていた。
収穫の季節。
熟した桃を優しく摘んで籠の中へ。
手塩にかけて育てた桃たちが出荷されていく。
夕暮れどき。
見上げれば、西の空には、わずかに残る夏の熱気と、
どこか涼しげな秋の気配が混じり合っている。
僕は、毎日ももを待っていた。
なのに、ももはこない。
収穫が終われば、農園の活気は静まり、また静かな冬へと向かっていく。
春や夏だけでなく、秋も冬も、
僕が桃畑の中で探したのは、ももの姿。
それでも・・・
次の年も、その次の年も、ももに会うことはできなかった。
[シーン2:3年目の春/飛騨桃の農園】
◾️SE:春の小鳥(ヒバリなど)
僕が祖父母の農園を手伝い始めてから3年目の春。
例年より早く桃の花が咲き始めた。
息をのむほどに美しい満開の花。
見渡す限り広がるピンク色の霞。
甘い香りが、僕の心を締め付ける。
今年も、ももには会えないんだろうか・・・
そのときだった。
一番日当たりの良い、畑の中央付近。
陽炎のように揺らめく桃色の向こうに、淡い光を纏った人影が見えた。
風に揺れる花びらが、その輪郭をぼかす。
「もも・・・!」
口から、乾いた、それでいて震える声が漏れた。
三年分の想いが弾け飛び、心臓が早鐘を打つ。
僕は夢中で駆け寄った。
桃の木々を掻き分け、距離を縮める。
彼女もまた、こちらに気づいたように、ゆっくりと振り返った。
あと数歩。思わず息を止めた。
その瞬間、強い春風が吹き抜け、花びらが舞い上がった。
視界を遮っていたピンク色のカーテンが開かれ、
その顔が露わになる。
もも・・じゃない。
見覚えのある笑顔。
桜貝の色に染まる頬。
ももと同じ、いや、それ以上に輝く瞳。
「ショウタ・・・?
やっぱり、ショウタだ」
弾んだ声が、僕の耳に届く。
それは、ももの弾むようなトーンとは対照的に、落ち着いて、でも、明るい声。
記憶の向こう側にいた、大学時代の同級生、杏(あん)だった。
僕は、その場に立ち尽くしたまま、言葉を失う。
杏は、僕の心の急停止には気づかず、無邪気に微笑んだ。
「久しぶり!まさかこんなところで会えるなんて」
杏は無邪気に微笑む。
ももの顔がオーバーラップして、僕には痛々しかった。
風に揺れる桃の花びら。
まるで心の中の淡い夢を嘲笑うかのように、はらはらと舞い散っていく。
そこには、ももの笑顔も甘い香りもなかった。
あるのはただ、春の陽射しと、僕を待ち受ける現実だけ。
「あの・・・もしかして、人違いだった?」
「杏・・なんでここに?」
「私、今、埼玉の農業技術センターで働いているんだ」
杏は、はきはきとした口調で話し始めた。
「具体的な仕事はね、品種開発のプロジェクト。
私は、埼玉の気候変動に順応できる新しい桃の品種を探しているの」
杏は、桃の花を見上げながら饒舌に話し続ける。
「飛騨国府には、大玉で高い糖度の『飛騨おとめ』があるでしょ。
それが埼玉の温暖な気候でも育つかどうか、
適応性を検証するっていう研究よ」
「なんで僕がここにいるってわかった?」
「だって、ショウタ。
大学のときから、田舎で農業をやりたい、って言ってたじゃない」
「あ・・・」
「それ思い出して、ショウタんちまで行ったんだから。
そしたらお父さんが、ここにいるって教えてくださったの」
杏はそう言って、いたずらっぽく笑った。
「ショウタ。
そんなとことで話しとらんと、なか入ってもらえ」
知らないうちに祖父母が僕たちの後ろに立っていた。
その姿を見た杏は、さらに相好を崩す。
僕の横を通り過ぎて、祖母の元へ。
「おじいさま、おばあさま、はじめまして。
ショウタさんの大学の同級生、杏、と申します」
「おお。おお。めんこい娘(こ)や。
そんなとことで話しとらんと、なか入ってもらえ」
「ありがとうございます!
あの・・できれば、しばらくここに滞在させていただけませんか?」
「え?」
「農園のお手伝いしながら、泊めていただきたいんです。
グリーンツーリズムで」
「なんだって?」
「ああ、あのグリーン・・・
ももちゃんと同じ・・・」
何か言いかけた祖父の腕を、祖母が軽く叩く。
「もも・・・?」
「なんでもええから、はよ中はいってあったまりや」
「ありがとうございます!おじゃまします」
こうして杏は、祖父母の農園で過ごすことになった。
[シーン3:杏のグリーンツーリズム(初夏から盛夏、初秋へ)/飛騨桃の農園】
◾️SE:蝉の声の移り変わり(ニイニイゼミ〜クマゼミ〜ツクツクボーシ〜ヒグラシ)
杏は埼玉の農業技術研究センターで働く”農業のプロ”。
たちまち農園の働き手として欠かせない存在になった。
袋がけの緻密な作業。初夏の灌水(かんすい)。真夏の収穫。
彼女は文句一つ言わず、いつも笑顔で作業した。
気がつくと僕の横にいて甲斐甲斐しく手伝ってくれる。
祖父母はそんな杏に心から感謝していた。
気遣って「2人で街に遊びに行っておいで」とも言う。
でも、僕の心は依然として複雑だった・・・
Fri, 09 Jan 2026 - 19min - 132 - ボイスドラマ「おかえり〜旅のおわり」」
路線バスの中で交差する、5つの人生、5つの想い。
旅の終わりに待っているのは、感動でも答えでもなく、ただ、迎えてくれる場所。
ぜひ、最後までゆっくりとお聴きください。
【ペルソナ】
・月愛(かぐら/一之宮:32歳/CV:小椋美織)=東京で働くマーケター。実家は一之宮。父は神職
・咲良(さくら/荘川:21歳/CV:岩波あこ)=荘川のそば農家。大空と付き合って駆け落ち
・大空(りく/清見:22歳/CV:田中遼大)=清見の家具職人。平湯から高速バスで咲良と東京へ
・萌々(もも/国府:19歳/CV:高松志帆)=国府出身東京の女子大生。さるぼぼをお焚き上げ
・真言(まこと/高根:8歳/CV:山﨑るい)=高根の小学生。丹生川の祖母の元を訪ねる
・愛李彩(ありさ/にゅうかわ:65歳/CV:中島ゆかり)=丹生川の農園を営む。真言の祖母
・朱里(すばる/市街地:20歳/CV:米山伸伍)=市街地で看護師を目指す専門学校生。屋台組所属
・林檎(りんご/久々野:16歳/CV:坂田月菜)=蓬希の同級生。実家は久々野で観光農園を営む
・静流(しずる/奥飛騨:34歳/CV:日比野正裕)=奥飛騨で老舗旅館を経営する若者
・蓬希(よもぎ/朝日:16歳/CV:蓬坂えりか)=女子高生。漢方薬剤師になりたい
[プロローグ〜アバンタイトル:ヒダテン!たちの登場】
■ヒダテン!10人の登場。物語の狂言回し
高山レッド!一之宮かぐら!奥飛騨シズル!国府もも!清見ロック!
久々野りんご!丹生川スクナ!荘川さくら!高根メイズ!朝日よもぎ!
ヒダテン!です
(※1.レッド、2.かぐら、3.シズル、4.もも、5.ロック)
1.今からお届けするのは、路線バスのなかにある5つの物語。
2.見終えたあとに、心が少〜しあったかくなれますように。
3.ほっとするひとときをお届けします。
4.みなさんもこんなプチ旅、してみませんか。
5.どうかごゆっくりご覧ください。
[プロローグ:はじまりの駅/高山駅】※ここだけはモノローグ
■SE/高山線車内放送「♪アルプスの牧場」〜高山駅のホーム〜駅の案内アナウンス
→モノローグはタイトルバック/アニメの背景は特急ひだの車窓
高山駅10時16分。
東京からのぞみの始発に乗っても、高山に着くのは最短でこの時間。
ふうっ。
私は月愛(かぐら)。
渋谷の広告代理店で働くマーケター。
東京の若者は高山を知らない。
その理由をリサーチしてほしい。
高山の観光協会からソリューションの依頼が入ったのは年の瀬。
冗談でしょ。
全国的に有名な観光地なのに。
アニメの聖地にもなってるし。
いてもたってもいられず、私は始発ののぞみに飛び乗った。
で、イマココ。
さて、どうする?
高山まで来たのはいいけど、どこへ行くか決めてない。
ふと、目の前を走る路線バスに目がいった。
[シーン1:路線バスその1/荘川・清見の乗客「咲良と大空」】
■SE/バスの車内・アイドリング
高山駅が始発のバス。
新穂高ロープウェイ行き。
発車まで10分か・・
私は後ろから2番目の席に座る。
そういえば、高校のときからこの場所、定番だったなあ。
どうでもいいことを思い出していた。
■SE/バスのステップを上がってくる音
バスの車内は、それほど混んでいない。
平日だから。
発車直前に乗り込んできたのは、若いカップル。
私と同じくらいの年かな。
ひとことも口を開かず、私の前の席に座った。
バスが動き出すのと同時に男性が口を開く。
「咲良・・後悔してないかい?」
「大空・・きっと大丈夫だよね」
「ああ。東京へ着いたら、前に清見にいた友だちのとこへ行く。
家具工房、紹介してくれるって」
え?
まさか駆け落ち・・・?
そのとき、彼女のポケットからなにかが落ちた。
ひらりと舞ったそれは・・手紙?
2人とも気づいていない。
躊躇いながら、私は声をかける。
「これ、落としましたよ」
「え?
あ・・ありがとうございます」
「なに?」
「封筒・・・」
「え・・」
「手紙と・・・なにか入ってる・・」
「なに?・・その黒い粒。
ちっちゃくて、三角形の・・」
「種・・・荘川そばの・・・」
「手紙は?」
「おかあさんから・・
”今年いちばんできのいい種よ、きっと咲くから”
って・・・」
「大丈夫?咲良・・泣いてるの?」
「ううん・・なんか・・・蕎麦がらの匂いが目に染みちゃって・・」
「ようし。オレ東京着いたら
工房で最初にプランター作るから!そこで育てよう」
「大空・・」
がんばって。
私は心の中で2人に声をかけた。
[シーン2:路線バスその2/国府・市街地の乗客「萌々と朱里」】
■SE/バスの走行音〜停車音〜扉が開く音
国分寺から乗ってきたのは若い女性。
女子大生っぽい。
ダークグレーのショートコートに・・中は黒いスーツ?
都会っぽいイメージ。
私の斜め前の席に腰をおろした。
と、すぐにその前の席の男性が振り向いて声をかける。
バスの中でナンパ?
「国分寺って珍しいな・・」
「え・・・」
「観光客でしょ?古い町並とか行かないの?」
「観光客じゃないから」
答えてるし。
「え?ひだっこ?そうは見えないな」
「帰省中」
「大学生のホリデーかぁ?羨ましい」
「葬式だけど。おばあちゃんの」
「え・・」
「国分寺でさるぼぼをお焚き上げしてきた帰り。
おばあちゃんが毎月送ってくれたから。
これでも羨ましい?」
「いや・・ご、ごめん」
「おばあちゃん、国府なんだけど、私の古いさるぼぼ、毎月お焚き上げしてたって」
「そうか・・」
「私、新しいさるぼぼ作ったから、一緒に奥飛騨の温泉へいくの。
おばあちゃん、いつも私と行きたがってたし」
「悪かったよ・・
実は、オレが向かってる病院にも仲良いばあちゃんがいてさ」
「病院?」
「ああ、こう見えてオレ、看護師の専門学校行ってんだ。病院は実習」
「へえ〜」
「そのばあちゃんも、さるぼぼくれるって言うんだよ。
自分はもういらないからって」
「そうなんだ」
「オレ、ERの認定看護師になりたいんだけど
その夢もさるぼぼが叶えてくれるって。
そりゃ盛りすぎだよな」
「かなうんじゃない?」
「え・・」
「ふふ・・」
「あ・・オ、オレ、朱里。君は?」
「さあ・・」
そう言ったあと、彼女は小さな声で「萌々」とつぶやいた。
彼に聞こえたかどうかわからない。
でも最初の軽薄さは消え、真摯な態度へ変わった彼は、前に向き直った。
バスは古い町並口を越えて、別院前へ。
[シーン3:路線バスその3/久々野・朝日の乗客「林檎と蓬希」】
■SE/バスの走行音〜停車音〜扉が開く音
別院前から乗ってきたのは、女子高生の2人。
懐かしいな、あの制服・・・
「よかったね、蓬希。八幡さま、行けて」
「うん、ありがとう、林檎」
そっか。
桜山八幡宮へ行ってきたんだ。
秋の高山祭、私また行けなかったな。
「さっき買ったお守り、交換しない?」
「え?なんで?」
「そうすれば、アタシたち、ずっと一緒にいられるじゃない」
「あ・・」
「これを蓬希だと思って・・」
「ね、林檎・・実はさ・・・私もう来週引っ越すんだ」
「え?」
「ごめん、だまってて」
「そんな・・」
「これ、よかったら持ってて」
「なに?」
「朝日の薬草で作ったお守り。
そのお守り袋の中に一緒に入れてくれる?」
「ズルい。自分だけ・・」
「ごめん」
「でも・・アタシも持ってきたんだ」
「え?なに?」
「はい・・」
「え・・・」
「リンゴの小枝を組み合わせた写真立てだよ」
「あ・・・」
「最後の日に渡そうと思ってたんだけど、持ってきててよかった」
「この写真・・・」
「そ、初めて2人でリンゴ狩りにいったとき」
「3年前だ」
「今日の写真を入れようと思ったのに」
「入れる!ぜったい入れるから」
「そうと決まれば、このあとは・・」
「ほおのき平でラストスキー!」
「薬学部、がんばってね。大変なんでしょ、勉強」
「うん。でも、これでがんばれる。
林檎も農園、がんばって」
「まかせといて。今よりもっと甘くて美味しいリンゴを作っちゃうから」
「そしたら、絶対食べに帰ってくるわ」
「そんときは、また2人で八幡さま行きましょ」
「うん!」
「約束よ!」
「約束!」
いいなあ。
アオハルって感じ。
私にもあったかな、あんな甘酸っぱい日々。
バスは丹生川町へ入っていった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Sat, 03 Jan 2026 - 19min - 131 - ボイスドラマ「二千本桜」
荘川の地に咲いた、一本の奇跡の桜。
そして、その桜に人生を捧げた、ひとりの青年。御母衣ダム建設によって移植された「荘川桜」・・・
その前に現れたのは、静かに佇む青年・りょう。彼が出会ったのは、人ではない“桜の精”さくらでした。
太平洋と日本海を桜でつなぎたい・・・
そんなひとりの車掌の夢は、やがて二千本の桜となり、本物の「さくら道」として、この地に遺されていきます。実話をもとにした、切なく美しいファンタジー。
「桜を守った人」と「人を見守った桜」の物語を、ぜひお聴きください。【ペルソナ】
・さくら(500歳/CV:岩波あこ)=荘川桜の精。復活した荘川桜の下でりょうと出会う
・りょう(34歳/CV:岩波あこ)=白鳥出身の路線バス車掌。さくらに惹かれていく
【プロローグ:4月末/荘川桜/開花】
■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ
「おかえり・・・」
1970年4月。
10年前に移植された荘川桜が初めて薄紅色の花をつけた。
一重咲きのエドヒガンザクラ。
ダムの底にある、寺の境内にあったときの姿そのままに。
桜の前では、ダムに沈んだ村の人たちが寄り添って泣いている。
その中にひとり。
声にならない声をあげて、感極まっている青年がいた。
もう1時間以上もずっと私の方を見つめている。
「よく・・戻ってきたなあ」
そればかり繰り返している。
うふふ・・面白いひと・・
私は興味がわいて、ゆっくりと彼の前へ。
つい悪戯心が働き、声をかけてしまった・・・
「あなた、中野(なかの)の人?」
「え・・・」
・・・驚いた・・私が見えるの?
彼は視線を落とし、私の瞳を見つめる。
「きみは・・・」
「私・・・?私は荘川桜の・・
・・・櫻守・・かな」
「桜守・・・
えっと、ぼくはリョウ。
家は中野じゃなくて白鳥だよ」
「お隣ね」
「バスの車掌なんだ」
「あら。珍しい」
「名古屋から金沢を結ぶ長距離路線さ」
「そう。
じゃあ、太平洋と日本海をつなぐお仕事、ってことかしら」
「太平洋と日本海を結ぶ・・・
・・いい言葉だ」
「私、海って見たことないの」
「え・・」
「そもそも、無理な話だもの」
「見られるよ」
「え・・・?」
「ダムの底に沈むはずだったこの桜だって、
いまこうして御母衣湖を見下ろしているんだもの」
「でもどうやって・・・?」
「桜と桜をつなぐんだよ」
「まあ・・・」
「ずっと桜を前にして思ってたんだ」
「なあに・・・」
「こんな、心が震えるような思いを、分かち合いたい」
「まあ・・・」
「ひとりでも多くの人に、この気高い姿を見てほしい」
「あ・・・」
「どうだい。
凛々しくて、大きくて、包み込むような優しさ」
「うん・・・」
「ちっぽけな悩みなんて、くだらないって思えてくる」
「そうね・・・」
「いま世界中でおこっているような争いごとなんて、ばかばかしくなってくるよ」
そう言ってリョウは、目を輝かせた。
花びらは、はらはらと静かに舞い落ちる。
儚げな淡い桜色の風景。
荘川の村人たちはみな、希望に満ちた表情で老木を見つめていた。
【シーン1:5月頭/荘川桜/落花盛】
■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ
「さくら、見てごらん」
2週間後。
五月晴れの荘川桜公園。
落花盛んな荘川桜が御母衣湖に花筏を作っている。
車掌のお仕事が非番の日の午後。
足元にリョウがしゃがみこむ。
「これ・・根あがりだろ」
ああ・・蘖(ひこばえ)たちね。
幹の周りに芽吹いた子どもたち。
「ちゃんと芽吹いてるんだ・・」
そうよ。だって生きているんだもの。
「やっぱり・・すごいよ。
命がつながってる」
ちらほらと顔を出した蘖たち。
自分たちはここにいる。
生きているんだ、って主張して。
「この子たちを連れていってあげよう」
目をきらきらさせてリョウが呟く。
「荘川に芽吹いたほかの兄弟たちもいっしょに」
そういってリョウが取り出したのは、小さなスコップ。
蘖を傷つけないように、
土の中の小さな生命をすくい取っていく。
この人は、本当に桜に優しい。
【シーン2:夏/名金線鳩ヶ谷/白川郷】
■SE/セミの鳴き声/バス走行音
それからリョウは、非番になると私のところへやってきた。
蘖や苗木を探して、バス路線に桜の苗を植えていく。
まずは荘川桜に近い、白川郷の鳩ヶ谷(はとがや)停留所から。
「停留所に桜が咲いたら、みんな喜んでくれるかな」
そりゃ嬉しいに決まってる。
春が待ち遠しくなるはずよ。
桜を植えるのはバス路線。
名古屋方面へ向かって。
正ヶ洞(しょうがほら)。前谷(まえだに)。北濃(ほくのう)。向小駄良(むかいこだら)。
そしてリョウの家がある美濃白鳥(みのしろとり)へ。
「小さい子は5年くらいかかるかな。
大きな苗木なら来年には花をつけるだろう」
嬉しそうなリョウの顔。
私を見て、子どもみたいに笑う。
「最近は、バスに乗ってても窓の景色が気になるんだ。
あ、ここに桜が咲いたら、きれいだろうなあ。
長良川のここの堤防に植えたら、美濃の人たちも花見できるかな。
って、そんなことばっかり考えてる」
リョウ、こんな表情するんだね。
桜に夢中になってくれて、私も嬉しい。
「桜のトンネルができたら楽しいだろうなあ」
「リョウ、あなたいくつ?」
「34。
さくらは?」
「私?
私は500歳よ」
「またそういうことを言って」
「だって・・・ほんとだもん」
「ようし、日本海へもつなげないと」
そう言って今度は、荒田町島(あらたまちじま)、城端(じょうはな)、福光(ふくみつ)へ。
すべての停留所には、桜の並木がつながった。
子どもたちもみんな、すごく、喜んでる。
春になれば幸せそうに舞い上がる桜吹雪。
御母衣ダムなんてほんのりピンクに染まるほど。
リョウは持ち前の明るい性格がどんどんヒートアップしていく。
非番の日だけでなく、バスに乗り込むときはいつも
桜の苗木を持ち込んだ。
「はい、停車します」
停留所じゃないところでバスを停止させる。
バスを降りるリョウの手にはスコップと桜の苗木。
リョウがスコップで掘り、運転士が桜を植える。
乗客は微笑んでそれを見守っていた。
気が付けば、桜の並木は、二千本。
名古屋から、岐阜を通り、美濃、荘川、白川郷、金沢、そして輪島まで。
まだ幼い若木たちが作る、小さな桜のトンネル。
それは沿線のひとたちの未来を桜色に染めていった。
【シーン3:春/落花盛な荘川桜】
■SE/小鳥のさえずり/湖面のさざなみ
初めてリョウと出会ってから13年。
名古屋から金沢へ。
太平洋から日本海まで、もう少しで桜のトンネルはつながる。
みんなが期待して待ち望んでいたとき。
リョウと連絡がとれなくなった。
どうしたの?
あんなに毎日、私のところへやってきて。
君の顔を見ないとやる気がでない、って言ってたのに。
私、必死であなたを探したわ。
あなたが植えた桜の花びらをたどって・・・
【シーン4:冬/寒さに耐える荘川桜】
■SE/吹雪の音/病院の部屋
「よくここがわかったね」
「ずいぶん探したのよ」
「すまない。きみに連絡をとる方法がわからなくて」
「荘川桜が散ってしまう前に、なんとか見つけなきゃって」
「ああ、そうか」
「あなた、荘川桜の蘖たちをいろんなところに植えてくれたでしょ。
花びらは私の眷属だから。
開花するまで待って、それを辿ったの」
「そうだったね」
「桜のトンネルは完成したの?」
「うん。
あと少しだったんだけど・・」
「やだ。なに弱気になってるの。
がんばって。早く良くなって」
「ああ・・」
「聞いたわ。
車掌さんの給料だって、ぜんぶさくらのためにつぎこんだんでしょ」
「うん・・」
「桜も大切だけど、自分のことももっと考えて。
私、前にも言ったじゃない」
「そうだっけ・・」
「リョウが桜を植え続けられるのは、
あなたの周りにあなたを支えてくれる人たちがいるからだって」
「そんなこと言われたっけ?
「言ったわよ。
みんながあなたのことを考えてくれるから
リョウも私も、こうしてやりたいことをやってられるんだよ」
「そうだね・・・」
「ねえ、リョウ・・」
「なんだい?」
「私を海へ連れてってくれるんでしょ」
「うん・・・
だけど・・・」
「どうしたの?」
「さくら、お願いがあるんだ」
「なあに?」
「ぼくがもしいなくなっても、桜の並木を植え続けてくれないか?」
「私が?」
「だってこんなこと、さくらにしか頼めない」
「・・・・・・わかった。
いいわよ。そのかわり、早く元気になりなさい」
「ありがとう。
さくらに会えてよかったよ」
リョウは私の顔を見つめて、静かに微笑んだ。
潤んだ瞳に私の顔が映る。
私の笑顔を見たリョウは、安心して、静かに目を閉じた。
【シーン5:春/輪島に咲く桜】
■SE/波の音
「さくら、ありがとう」
「いやね。
私じゃないわ。
あなたの意志を継いだ、いろんな人たちが実現させたこと」
「君がいなければできなかった」
「それは、あなたの周りの人たちに言いなさい」
「そうだね」
リョウが植え続けた桜は、いろいろな人の意志に引き継がれて
太平洋から日本海・輪島まで、しっかりつながった。
毎年春になると、沿線の桜は淡い薄紅色の景色を作り出し、
みんなリョウと荘川桜を思い出す。
金沢の兼六園には、リョウの名前のついた桜まであるそうだ。
うふふ。らしいな。
そういえば、リョウは私の子どもたちひとりひとりに名前をつけていた。
みんな、ちゃんと覚えてるよ。
あなたのことを自分の親だと思ってるから。
Fri, 26 Dec 2025 - 14min - 130 - ボイスドラマ「聖夜の奇跡」
東京で孤独を抱える13歳の少女・聖夜(せいや)。母方の祖父の訃報をきっかけに、初めて訪れた飛騨・久々野で絞りたてのりんご、素朴でまっすぐな人々、
そして同級生・林檎(りんご)と出会います。SNSからの心ない言葉に傷つき、心を閉ざしてきた聖夜。
しかし、何気ない日々の中で「誰かがそばにいてくれる」
その温かさに気づき始めます。冬休み最後の日、
彼女が下す決断とは——【ペルソナ】
・聖夜(せいや:13歳/CV:坂田月菜)=冬休みに東京から久々野にやってきた厨二病のJC
・聖夜の母(みや:38歳/CV:小椋美織)=久々野出身。高校のとき喧嘩して家を飛び出し東京へ
・聖夜の祖母(りん:71歳/CV:山﨑るい)=久々野で祖父と一緒にりんご農家を営んでいた
・林檎(りんご:13歳/CV:坂田月菜)=久々野中学校2年生。久々野で生まれ久々野で育った
【プロローグ:JR高山線高山駅】
◾️SE/高山駅到着車内アナウンス/♪アルプスの牧場〜
「さ、聖夜、高山で乗り換えるよ」
「えー?高山で降りるんじゃないのー、ママ」
「久々野って言ったでしょ?」
「聞いてないよ。
なに?クグノって・・・」
「高山から久々野までは鈍行よ〜
あなたの好きな」
ママ、また話をすりかえる〜。
それに私、各停専門の乗り鉄じゃないし。
私の名前は聖夜。
クリスマスの聖夜って書くんだよ。
自分では割と気に入ってるんだけど、よく友だちからイジられるんだなあ。
イジられる・・・?
いや。イジメられてる、って言い方のが正しいか・・・
私は、東京の中学に通う2年生。
天文部に入ってて、ギリシャ神話とか星の伝説とか大好き。
アパートのベランダからいつも星を眺めて
いろ〜んな妄想してるんだ。
うん。少しだけ厨二病入ってるよ。悪い?
冬休みに入ってすぐ、ママの元へおじいちゃんの訃報が届いた。
と言っても、私は会ったことないんだけど。
生まれてから13年間、
おじいちゃんやおばあちゃんがいることさえ知らなかった。
ママも実家に帰るのは20年ぶりなんだって。
どうゆうこと?
【シーン1:JR高山線久々野駅】
◾️SE/久々野駅前の雑踏
JR高山線久々野駅。
駅前の広場に一台の軽トラックが停まっている。
わあ、東京じゃなかなか見れないビジュ〜。
と思ったら、ママが軽トラの方へすたすた歩いていって、
「かあさん」
と、声をかける。
運転席に座ってるのは皺の寄ったおばあさん。
ママを見るなり、相好を崩して口を開いた。
「みやか。だいぶ顔見なんだな」
「かあさん、なんで汽車の時間わかったの?」
「ああん?
おまえが通夜からでるゆうとったで。
朝から待っとんやさ」
「そんな・・お父さんのそばにいなくていいの?」
「ああ。農園のみんなが賑やかにみとってくれるでな」
「そう・・」
「みや、まめけな?」
「まめまめ」
そう答えて、ママは私を指差し、
「これ、娘の聖夜。かあさん、初孫でしょ」
「ほおかぁ。セヤちゃん、ようきたなあ」
「はじめまして、おばあちゃん。聖夜です」
「ほうかほおかぁ。
じいちゃんにも会わせたかったわなあ」
「じゃ、聖夜、助手席に乗って」
「ママは?」
「私は農園まで歩いていくから。20分くらいで着くでしょ」
「荷台に乗れ」
「軽トラは2人乗りでしょ」
「ええんやて。荷台のりんごみとってまわんと」
「じゃ、私が荷台乗る」
「風邪ひくわよ」
「大丈夫。ダッフルコートめちゃあったかいもん。
それにいっぺんここ乗ってみたかったんだ」
「セヤちゃん、ええんか?
無数河(むすご)の加工場にりんご届けてからうちに帰るで」
「お通夜はいいの?」
「ええ、ええ。みんなおるからええ」
そう言って、どっかのアニメみたいなビジュになって
おばあちゃんちに向かった。
【シーン2:おばあちゃん家/久々野町無数河】
◾️SE/冬の虫の音(ごくわずかに)〜静寂
久々野に着いた日の、夜。
お通夜が終わって食事をとったあと。
私はおばあちゃん家(ち)の裏庭に出た。
そして空を見あげて、息を飲んだ。
星。
満天の星。
冬の大三角が、まるで天空のゲートのように輝いている。
オリオンが、地上の私に向けていまにも弓を射るようだ。
降り注ぐような星たちのきらめき。
もう、言葉にすらできない。
◾️SE/冬の鳥の声
お通夜もお葬式もとどこおりなく終わった。
でも、ママと私はまだ久々野にいる。
別にいいけど。
どうせ東京へ帰っても、楽しいことないし。
おばあちゃんは、毎朝しぼりたてのりんごジュースを用意してくれる。
「めちゃ甘でめちゃおいしい!」
「ほうかほおかぁ。
じいちゃんもきっと、喜んどるわ」
お世辞でもなんでもない。なんでこんなに甘くて美味しいの?
お砂糖使ってないから、あと味もさっぱりしてるし。
こんなん、東京には売ってないよ。
で、私はイマココ。
ママに言われて特産品加工場でお手伝い。
おばちゃんたちがアップルパイを作ってる。
え?
みんなりんご農家のひとなんだ?
へえ〜。
だから?お肌ツルツル・・って関係ないか。
アップルパイは、
フィリングという具材を作り、パイ生地を作って、成形して、焼き上げる。
知らなかった〜。
私は、最初の工程、りんごを優しく洗う作業をまかせてもらった。
よかったぁ。
だって私、包丁とか、握ったことないんだもん。
「あんた、手つき、いいじゃん」
声をかけてきたのは、私と同い年くらいの少女。
栗色のロングヘアーを後ろで縛ってる。
エプロンの下に見える、赤いワンピース。
白いお花の髪留めがかわちい。
「こんにちは、アタシは林檎。あんたは?」
「あ・・・せ、聖夜」
「セイヤ?
かっこいい名前・・・東京っぽい」
え・・・そんなこと、初めて言われた。
笑われるのがあたりまえだったのに。
加工場のみんなはすごく活気がある。
マスクをしてるし、飛騨弁だからたまにききとれないけど。
楽しそう。
私、厨二病だからそういう人の輪にはあんまり加わらない。
1人で自分の世界に入ってぶつぶつ言う癖があるの。
マスク越しに。
そんなとき林檎は、歯に衣着せぬ言い方で、ツッコミを入れてくる。
「包丁、握れる?」
「”剣”の扱いはプロよ。ゲームの中なら」
「剣じゃりんごは剥けんて」
「わが名は聖夜。運命に導かれし・・」
「運命よりはよ容器に入れやあ。あと、つかえてるで」
「久々野のりんごよ。懐かしきその香り・・」
「久々野ははじめてでしょ」
「深紅の輝きは、抗いがたい禁忌の誘惑・・」
「なあ、東京、帰るの?」
「え?
そ、そんなん・・そりゃ・・・」
「そっか。
でも、ええところやよ。久々野も」
「え・・・
どういうこと・・・?」
林檎は答えず笑顔で、カットしたりんごを大きなボウルに入れて下処理室から厨房へ持っていった。
ママは冬休みの間ずっと久々野にいるっていったから
私はほぼ毎日加工場へ来てお手伝いをした。
だって、おばあちゃんちでゲームしてると怒るんだもん。
林檎とはなんだかそれからすんごい気が合って
お互いのことをいろいろ話した。
すぐにLINEも交換して。
最初にわかったんだけど、林檎と私は同級生。
しかもなんと、おんなじ誕生日!
もう奇跡だよね。
りんご情報が毎日LINEに入ってくる。
久々野のオススメカフェとか誰も知らない映えスポットとか。
私、久々野のこと、ミョーに詳しくなっちゃった。
東京のことは・・・
あまり話したくなかったから、テキトーに答えてたけど。
考えてみたら、いままで私、
こんな風に本音で話せる友だちなんていなかった。
【シーン3:聖夜のクリスマス/ヘイトメッセージ】
◾️SE/クラッカーの音
クリスマスイブ。
昼間はいつものように特産品加工場でお手伝い。
お昼休憩のとき、おばちゃんたちと
まかないのアップルパイでプチパーティをした。
「聖夜、メリークリスマス!聖夜の日じゃん!」
そう言って林檎とはプレゼント交換。
林檎からは、りんごの木の枝を使ったフォトフレーム。
りんごの細い枝を組み合わせて綺麗に作ってある。
きっと時間かけて作ってくれたんだろうな。
フレームの写真は最初の日にふざけて撮った変顔の2人。
やだもう、笑わせないでよ!
そう言いながらちょいウルウル。
私が林檎に送ったのは、りんごの形のネックレス。
ネットで買った。私とお揃いなんだ。
人気のブランドだったからおこづかいr代全部つぎこんだけど。
林檎がくれた手作りのフォトフレームの方が
よっぽど素敵!
クリスマスのプレゼント交換なんて、幼稚園以来じゃない?
※続きは音声でお楽しみください
Fri, 19 Dec 2025 - 20min - 129 - ボイスドラマ「縄文の扉」
主人公・りんご(CV:坂田月菜)は、同級生のトウマと訪れた堂之上遺跡で、奇妙な“赤い光”に飲み込まれ、気がつくと縄文時代の集落へ。
そこで出会ったのは、りんごと瓜二つの少女・カヤ。
彼女は新しい命を抱えながら、病で苦しんでいました。言葉は通じない—
それでも2人は星の下、火のそばで、食を分かち合い、心を通わせていきます。しかし病状は悪化し、りんごとトウマは
“祈り”としての土偶づくりへ挑むことに・・・【ペルソナ】
・りんご(14歳/CV:坂田月菜)=久々野に住む中学生。来年春には卒業
・カヤ(14歳/CV:坂田月菜)=縄文女子。妊娠中。中央祭祀場で火守をしている
・桃真=トウマ(14歳/CV:山﨑るい)=りんごの同級生。一番仲のいい男子【資料/【飛騨高山の縄文遺跡を巡る】飛騨高山旅ガイド】
https://www.hidatakayama.or.jp/blog/detail_51.html
※縄文人の言葉は擬音が多く、単語での会話をしていたと推測されています。諸説ありますが、アイヌ語が縄文語の言語的特徴を色濃く残している可能性が高い、という仮説が有力視されています。今回はアイヌ語をベースにした縄文語という仮定で縄文人の言葉を表現しています。
[プロローグ:堂之上遺跡にて】
◾️SE/小鳥のさえずり
「りんご〜!こっちへおいでよ〜」
トウマ(桃真)が竪穴式住居の前からアタシを呼ぶ。
久々野町の堂之上遺跡公園。
ここ、久々野中学校からちょっとだけ下ったとこだから、もうドキドキ。
トウマと2人で会ってること、誰かに見られたらどうしよう・・
ついつい周りをキョロキョロしちゃう。
トウマはアタシの同級生。
アタシと同じ、久々野中学校に通う3年生。
初めて2人だけで会ったのは夏休み明けの9月。
行ったのは、なんとりんご狩。
ま、それには理由があるんだけど。
嘘みたいだけどアタシ、今年の4月までりんごが食べられなかったの。
それを克服するきっかけをくれたのがトウマ。
だから、りんご狩に誘ってくれたんだ。
農園の場所はアタシのうちと目と鼻の先。
トウマのおうちがやってる観光農園だった。
そりゃそうだよね。
久々野のりんご狩なんだもん。
たいてい知ってる農園だわ。
トウマも生まれてから14年間で初のりんご狩体験だったらしい。
農園の子なのにね。
お父さんやお母さんもすごくもてなしてくれて。
おみやげに久々野りんごをいっぱい持たせてくれた。
農園の中では星のりんごにカットして、3玉も食べちゃったし。ふふ。
それからは毎週のように、トウマがアタシを誘ってきた。
トウマって女子の人気者だから、独り占めするのはちょっと心配。
2人で会うのは月に1回にしようって決めたんだ。
ってことで、10月は、自転車であららぎ湖までピクニック。
始まったばかりの紅葉がすごく綺麗だった。
11月は、ひだ舟山リゾートアルコピア。
真っ赤に色づいた紅葉はもう最高。
毎年見ている風景だけど、トウマがいると違って見えるから不思議だな。
そ・し・て。
今日が3回目。
なのに、堂之上遺跡とは(笑)
歴史の授業や史跡見学で何回も来てるし。
そもそも縄文の炉(ろ)を発見したのは、久々野中学校の郷土クラブだったんだよ。
久々野中学校の生徒から見れば、もう”自分ち”みたいなもんなんだから。
なんで堂之上遺跡?
そんなこと考えてたら・・・
「りんご〜!早く〜?」
また呼ばれちゃった。
はいはい。
「行くから待っててよ、トウマ」
「ねえ、ちょっと見てみてよ」
「なあに?」
「竪穴式住居の中に赤い光が見えるんだけど」
「え・・どこ?」
「ほら、あそこ」
「あ・・ホントだ」
「なんだろう・・・
それになんか声みたいなのも聞こえる」
そう言って、トウマは中に入ろうとする。
「ちょっとちょっとトウマ!
入っちゃダメだよ!」
「わかってる」
「入らないでよ!私たちの大切な文化財なんだから」
「煙出しのところから覗くだけだから」
「そんなに身をのりだしちゃ危ないって!」
「あれ?なんか平衡感覚が・・・おかしい・・・かも・・」
「え・・
あ、やだ・・私も・・」
「りんご、手を離さないで!」
目の前がぐるぐる周り始めた。
公園の奥に復元された竪穴式住居の前。
私たちのいる場所だけピンポイントで、空気が歪んでいるみたい。
だめ!
立っていられない!
トウマが私の手を強く握りしめる。
意識がすうっと遠のいていった。
[シーン1:堂之上集落/縄文時代に降臨】
◾️SE/焚き火の音
「りんご、りんご・・・起きて」
え?
ここは・・・?
そっか・・堂之上遺跡・・・
でも、なんかヘン・・・
あれ?
資料館は?どこ?
それに、竪穴式住居って、こんなにたくさんあったっけ?
屋根から煙もあがってるし。
「ここ・・遺跡公園じゃないみたい」
「どういうこと?」
「ボクにもわからない。
でも、舟山(ふなやま)の形もなんか違うような気がする」
「そう言われてみれば・・・大きさとか・・形もちょっと違ってるかも」
「電線も看板もない。道も舗装されてない。資料館も・・ない」
「待って・・スマホのGPSで・・・
あ、だめ。・・圏外だ」
「それに、あったかくない?」
「ホントだ・・・ダウン要らないくらい」
「すごく突拍子もない話だけど・・・」
「なに?
やめてよ、怖いこと言うの」
「ボクたち、縄文時代にタイムスリップしちゃったんじゃない」
「いや!そんな、アニメとかボイスドラマみたいなこと・・」
「じゃあ、この状況をどう説明するの?」
「やだ、帰りたい!・・・パパやママは!?」
「あ、ちょっと待って。誰かくる」
「え・・・?」
「そこの木の影に隠れよう」
木陰で見つめるアタシたちの方へやってきたのは、
粗い麻布のような服を着た少女。
手には木の実がこんもり入った籠をかかえている。
横切って通り過ぎるときにハッキリ見えたその顔は・・
「ア・・・アタシ!?」
「しぃっ!」
少女がアタシたちの気配に気付き、振り返る。
やっぱり。
アタシと瓜二つの顔!
まるで鏡を見ているみたい。
警戒した表情で、ゆっくりとこっちへ近づいてくる。
そのとき・・
アタシたちの後ろ、イチイの木が大きく揺れた。
◾️SE/クマの咆哮
「く、くっ・・」
「クマだ!
逃げろ!りんご!」
「トウマも!」
「カムイ!」
アタシとトウマは縄文人の少女の方へ飛び出した。
クマの叫び声が後ろから近づいてくる。
「逃げて〜!」
少女も、驚いて手に持っていたカゴを落とし、走っていく。
アタシたちは、後ろを振り返らずに少女を追う。
少女の行く手、集落の中心には広場?
そこにそびえていたのは・・
「ストーンサークル?」
ううん。あれは、ストーンサークルじゃない。
アタシの身長くらいの石が何本も無造作に、
不思議な形に立てられている。
周りには、丸い石が敷き詰められて、不規則な楕円形を描いていた。
見たこともない謎めいた風景に息を飲む。
同時に少女の足が止まり、こちらを振り返った。
視線の先はアタシたちの後ろ。
え?
走って逃げてきた方へ振り返ると・・
クマは追ってきていない。
さっきアタシたちが隠れていたイチイの木の前。
少女が落とした籠の木の実を一心不乱に食べている。
「カムイ・・」
カムイ?
なんか聞いたことのある言葉だな。
◾️SE/中央広場からかけてくる縄文人たちが口口に「カムイ!」「カムイ!」と叫ぶ声
広場の方からこっちへ誰かがくる。
「りんご!離れないで!」
アタシはトウマの手をぎゅっと握り、肩を寄せ合う。
走ってきたのは10人以上の男の人。
毛皮をまとい、手には弓矢や槍を持っている。
アタシたちの前を通り過ぎてクマの方へ走っていった。
少女もアタシたちの横へ来て、彼らを見守る。
そこから先は、まるで映画を見ているようだった。
弓矢を持った男たちがクマの前で身構える。
槍やこん棒を持った男たちはクマの後ろへ回り込む。
彼らは慣れた動きで、ジリジリとクマへ近づいていく。
やがて、弓矢が射程距離に入ったところで、狩人の動きが止まった。
クマの斜め前に近づいた男が石を投げる。
クマが顔をあげたその瞬間。
◾️SE/弓矢が飛んでいく音
一斉に男たちが矢を放つ。
何本かがクマに命中した。
クマは怒りを露わにして、弓をひいた狩人に襲いかかってくる。
すると後ろにいた狩人たちがクマに石槍を突きたてる。
クマが振り向くと、今度は前方の狩人が
クマの首筋と心臓を目掛けて第二の矢を放った。
動かなくなったクマに後方の狩人が石槍で止めを刺す。
「すげえ!」
ホントだ。
狩人たちは、狩での勝利を喜びながら、その場で獲物を解体するようだ。
捌く前にリーダーっぽい男がクマの頭に手を置き、静かに祈りを捧げる。
知ってる。「クマ送り」っていう儀式だよね、確か。
そのあと、あれは・・黒曜石(こくようせき)かな。
鋭い石のナイフで皮を剥ぐ。
さっきの少女も嬉しそうに狩人たちに近づいていく。
「ボクたちも行ってみよう」
「大丈夫・・?」
おそるおそる近づくアタシたちに少女が気づいた。
こっちへやってくる。
藁を編んだ素材?
ワンピースっぽい服を着て、同じ素材の巻きスカート。
お腹が少し膨らんでるけど・・食べ過ぎかな。
胸には勾玉をつないだネックレス。
すごい。本当に縄文人って感じ。
少女は笑顔でアタシたちに話しかけてきた。
「ヒンナ」
「エチ カムイ チコロ」
わかんないわかんない。何言ってんの?
怖いもの知らずのトウマは大胆に手を差し出す。
握手?そんな習慣、縄文時代にないって。
Sat, 13 Dec 2025 - 24min - 128 - ボイスドラマ「木綿のハンカチーフ」
岐阜・荘川を舞台に、東京へ旅立つリョウとそば農家を継ぐさくらのすれ違い続ける恋を描いたボイスドラマ『木綿のハンカチーフ』
幼なじみとして育った二人。季節を重ね、夢を語り、未来を信じていた――あの春までは。
変わっていく都会の暮らし。変わらない故郷の風景。
最後にさくらが願った“たったひとつの贈りもの”とは?
【ペルソナ】
・さくら(22歳/CV:岩波あこ)=岐阜の大学を卒業して故郷・荘川へ帰り実家のそば農家を継ぐ
・リョウ(22歳/CV:岩波あこ)=岐阜の大学を卒業して故郷・荘川を離れ東京へ就職する
【資料/木綿のハンカチーフ】
https://www.uta-net.com/song/4548/
【資料/歌詞の意味を考える 〜「木綿のハンカチーフ」編〜】
https://www.mc-musicschool.com/post/lyrics-momennohandkerchief
【資料/「木綿のハンカチーフ」奈良姉妹】
https://youtu.be/QSV9lFgFFS0?list=RDQSV9lFgFFS0
【プロローグ:3月/ふるさと・荘川での別れ(蕾すら膨らんでいない荘川桜の前で)】
※FM放送のみ楽曲使用「木綿のハンカチーフ」
※配信はフリー音源
恋人よぼくは旅立つ 東へと向う列車で、
華やいだ街で君への贈りもの 探す 探すつもりだ
いいえ あなた私は 欲しいものはないのよ
ただ都会の絵の具に 染まらないで帰って
■SE/小鳥のさえずり
「おれ・・・東京に就職、決まったんだ」
「え・・・」
「さくら、ごめん」
「リョウ・・・」
「ひとりで決めて」
「そう・・・」
「デザイン会社受けて、内定もらったんだけど、東京本社勤務だって」
「おめでとう」(※寂しそうに)
「え・・・」
「よかったじゃない・・・夢がかなって」(※寂しさを押し殺して明るく振る舞う)
「さくら・・」
一年前の遅い春。
リョウが卒業後の進路について話したのは、
落下盛んな荘川桜(しょうかわざくら)の下。
私は必死で涙をこらえ、御母衣湖を見つめていた。
私たちはここ荘川に生まれ、荘川で育った幼馴染。
岐阜にある大学の、同じ学部に通う大学生だった。
そして、お互いに、かけがえのないパートナー。
夏休みには必ず一緒に荘川へ帰って、実家の農業を手伝った。
うちの実家はそばを栽培する農家。
夏は、裏作のトマトとキュウリを収穫する。
リョウの実家は林業だったけど家には帰らず、うちの畑へ。
「林業なんて絶対に継がない」
と、いつも言っていた。
今年は、2人で過ごす最後の夏。
夏野菜を収穫したあと、いつものように荘川をドライブ。
彼の運転で、涼しい湖畔の夜を楽しんだ。
三谷(さんだに)の自然水(しぜんすい)を水筒に注いで2人で回しr飲み。
魚帰り(うおがえり)の滝でマイナスイオンを浴びれば心まで洗われる。
荘川桜公園の駐車場に車を停めて2人で見上げた満天の星。
青葉をまとった荘川桜が夜空にざわめく。
展望台から眺める下流の御母衣ダムは、神々しくさえ見えた。
時には156号を北上して、白川郷へ。
「合掌造りに住んでみたいな」
冗談だか本気だかわからない目をして私を見つめる。
リョウと一緒の時間は、いつだって切なく、儚い。
時間よ、止まれ。
大学最後の夏休みは、まるで夢のように過ぎ去っていった。
■SE/吹雪の音
短い秋が過ぎ、冬将軍の足音が近づいてくる。
こんなに冷たい雪、心まで凍るような冬は初めてだった。
いつも楽しみにしていたのに、今年は・・・
”春よ、来ないで”
本気でそう思った。
それでも、時間は残酷だ。
決して待ってはくれなかった。
■SE/小鳥のさえずり
「がんばってね!」(※寂しさを押し殺して明るく振る舞う)
「うん・・・でも」
「なあに?」
「ごめん・・・
オレ だけひとりで」
「そんなこといま言わないで」
「ごめん・・・」
なごり雪がまだ山肌に残る弥生・3月。
リョウが旅立つ朝。
荘川の里前のバス停。
リョウは路線バスで高山駅へ。
名古屋から新幹線に乗り換えて東京へ旅立つ。
私は、高山駅まで一緒に行って見送りたいって言ったんだけど・・・
「さくらの顔を見てたら、特急ひだに乗れない」
そう言って、バス停での見送りになった。
大きなスーツケースを引いたリョウが、泣きそうな笑顔で私を見る。
「寒くないかい?」
「うん・・少しだけ・・」
「東京から、思いっきりおしゃれなマフラー贈ってあげるから!」
「ううん。なにもいらない。
ただ、私を・・荘川を忘れないで」
「忘れるわけないじゃないか・・・
世界中の誰よりきっと、君を愛してる」
「お願い・・リョウは・・リョウのままでいて」
「わかった・・・約束する・・
都会の色には染まらないよ」
そう言って、リョウは旅立っていった。
私はリョウのバスが見えなくなるまで見送る。
そのあとは今までの楽しかった日を思い出しながら
ゆっくり、1時間歩いて、荘川桜公園へ。
荘川桜はまだ蕾も固く、口を閉ざしていた。
[シーン1:4〜9月/東京・赤坂ビジネス街〜荘川】
恋人よ 半年が過ぎ 逢えないが泣かないでくれ
都会で流行りの指輪を送るよ 君に君に似合うはずだ
いいえ星のダイヤも 海に眠る真珠も
きっとあなたのキスほど きらめくはずないもの
■SE/都会の雑踏と荘川のざわめき
「さくら、荘川桜はもう満開かい?
きっと公園から御母衣湖まで花びらが桜色に染めているんだろう。
また見たいなあ。
僕は毎日がデザインの修行って感じ。
学校で習った作業だけでは実践には使えないみたい。
いろいろ自信がなくなっていきそうで怖いよ。
明日も先輩のアシスタント作業で朝から忙しいから
今日はもう寝るね。
おやすみ。
さくらに会いたい。
さくらの夢が見られますように」
「リョウ、連絡してくれてありがとう。
無理だけはしないでね。
食事にも気をつけて。
鶏ちゃんと荘川そばの乾麺送るから。
ジャンクフードじゃなくてちゃんと食べて。
厳しい先輩にも負けないで。
長文を送って夜更かしさせちゃ悪いから、短い文章にしとくね。
ちゃんと睡眠とって、明日もがんばって」
「さくら、秋そばの種まきはもう終わった?
実は、謝らなくちゃいけないことがあるんだ。
約束してたお盆休み。
プレゼンが続いてて、帰れそうにないんだ。
秋には休みをとって会いにいくから。
お父さんやお母さんにもよろしく伝えておいて。
東京は暑い。
涼しい荘川に帰りたいなあ。
ああ、さくらの顔が見たい。
さくらの手に触れたい・・・」
「リョウ、私は大丈夫。
気にせずに仕事がんばって。
でも体には気をつけて。
食事にも気をつけて。
ちゃんと水分とるのよ。
あなたの好きな三谷自然水、ペットボトルに入れて送るわ。
煮沸してから飲んでね」
「さくら、なかなか連絡できなくなっちゃってごめんね。
荘川は秋そばの収穫で忙しい頃だね。
東京へ来てもうすぐ半年。
ごめん。秋の連休も、やっぱり荘川へは帰れない。
その代わり、星の形をしたネックレスを贈るよ。
いま、渋谷とかで流行ってるみたい。
きっとさくらに似合うはず。
実は昨日初めて渋谷へ行ってきたんだ。
すごいところだよ、この町は。
なんだって揃ってる。
さくら、なんでもいいからほしいものを言ってくれ。
僕の給料で買えるものだったら、どんなものでもプレゼントするよ。
もう遅い時間だけど、このあと電話できる?」
「リョウ、ひさしぶりに声が聴けて嬉しかった。
やっぱりちょっと疲れた声だね。
電話でも言ったけど、そんな高価なネックレス、いらないわ。
どんなに素敵なネックレスも宝石だってほしくない。
本当はただ・・・ぎゅっとリョウに抱きしめてほしい」
9月も終わり、10月の声が聞こえて来る頃。
毎日のように届いていたメールも
3日に1度になり、週に1度になり、月に1度になっていった。
私はリョウの顔が見たくて、写真を送って、とねだったけど、
恥ずかしがり屋のリョウはなかなか送ってくれない。
代わりに添付して送ってくれていたのは
リョウが描いた私の似顔絵。
それも今はもうなくなっちゃった。
だけどいいの。
連絡がほしいなんて、私のわがまま。
リョウが元気なら・・・
病気になったり、落ち込んだりしてなければいい。
とにかく、元気でがんばって、リョウ。
[シーン2:12月/東京・渋谷の居酒屋で合コン〜荘川・雪の集落】
恋人よいまも素顔で 口紅もつけないままか
見間違うようなスーツ着たぼくの写真 写真を見てくれ
いいえ 草にねころぶ あなたが好きだったの
でも木枯しのビル街 からだに気をつけてね
■SE/都会の雑踏と荘川のざわめき
「さくら、僕のデザインがコンペで賞をとったんだ。
喜んでほしい。
1年目の新人にしては快挙だ、って先輩に初めて褒められたよ。
みんなが居酒屋でお祝いしてくれて。
東京へ来てよかった、って初めて思えた。
さくらも、仕事がんばってるかい?
たまには、きっちりメイクして、
飲みにいったり、遊びに行ったりしていいんだよ。
農作業ばかりしてたら、ストレスたまっちゃうかも。
さくらも人生、楽しんで」
メールに添付されていたのは
すごくお洒落なお店で、すごく素敵な女の人に囲まれたリョウの写真。
そうか。
リョウの先輩たちって、女の人だったのね。
それもこんな綺麗な人ばかり。
リョウは、私の知らない笑顔で輝いてる・・・
※続きは音声でお楽しみください
Fri, 05 Dec 2025 - 21min - 127 - ボイスドラマ「サトリ」
耳が聴こえない少女・凪と心を読める妖怪・サトリ
──音のない世界でたった一人の声が届いた。
冬の高山で再会した二人。けれど、別れの時は近づいていて——
静かであたたかな再生のファンタジー・・・
【ペルソナ】
・凪(ナギ)(14歳/CV:山﨑るい)=生まれつき耳が聞こえない少女
・覚(サトル)(14歳/CV:山﨑るい)=人の心が読める妖怪サトリ
・歴史教師(24歳/CV:岩波あこ)=妖怪や民話・伝承が大好きな歴史教師
【資料/妖怪・覚(サトリ)】
【資料/妖怪・山童(岡本綺堂/飛騨の怪談)】
https://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/49682_51215.html
[プロローグ:記憶の中の声】
■SE/虫の声〜フェードアウトしていく
「・・・い。
お〜・・・い。
お〜〜い」
それは、私が初めて聴く・・”音”だった。
「お〜〜い」
山の向こうから響いてくるような・・”声”。
あたりをキョロキョロ見渡してもどこにも声の主は見当たらない。
声を探して、私は山へ山へと入っていった。
10年前。
私は4歳のときに”神隠し”にあった。
いや。
神隠しなんて迷信を信じているわけではない。
だが確かに私は、3日間父や母の前から消えてしまったのだ。
3日後に発見されたのはなんと日和田高原の石仏群。
馬頭観音の前にちょこんと座っていたという。
その3日間のことは、なにひとつ覚えていない。
ただ、すごく幸せなひとときだった・・・
そんな記憶がぼんやりと残っている。
初めてできたおともだちと仲良く過ごしたような・・・
いつまでもずうっと楽しく語り合って。
でも、それは絶対にありえない。
だって私は・・・
耳が聞こえないのだから。
[シーン2:中学校】
■SE/学校のチャイムの音〜フェードアウトしていく
神隠しから10年。
私は高根町から朝日町の中学校までスクールバスで通っている。
私の住む町にはもう小学校も中学校もないから。
先生が黒板の文字を消しながら話している。
後ろを向いて話してると何言ってるかわかんない。
最近、無理に唇を読むのをやめた。疲れるし。
筆談もみんなの手をとめちゃうからやんない。
手話?
・・実は私、手話も上手じゃないんだ。
どうしてかっていうとね・・・
■※ここから回想
高山には”ろう学校”ってないの。
うちはお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも健常者なんだ。
普通は幼い頃からろう学校で手話を習うか、
家族が手話を習ってコミュニケーションをとるんだって。
うちの場合は・・・
お父さんが家具職人。清見の工房で夜遅くまで働いてる。
お母さんは市街地の総合病院で働く看護師。
おじいちゃんとおばあちゃんは
ゴルフ場で住み込みの管理人。
結局、私はいつもひとりぼっち。
朝から夕方遅くまで過ごすのは町内の託児所。
小さいうちに人工内耳を入れることもなく、手話も習わなかった。家族も手話ができるわけじゃなく、近くにボランティアもいない。
こういうのなんて言うかわかる?
言語剥奪っていうんだよ。
幼ない頃から手話のような”言語”に触れる機会がないと、
コトバってものが理解できなくなっちゃうんだ。
で、私に残された方法は”読話(どくわ)”。
唇や口の動きを見てなにを言っているのかききとること。
いや、いきなり、それはハードル高過ぎでしょ。
そんなときに神隠し・・
でも神隠しのあと、
私は少しだけ唇を読めるようになってたんだ。
両親も祖父母もびっくり。
おばあちゃんなんて、
「やっぱり神様が連れてってくださったんだ」
って。
小学校のときはみんなマスクしてたから最悪。
誰がなに言ってんのか、まったくわかんなかった。
その頃たまに、手話ボランティアの人がきて
少しずつ手話を教えてくれるようになったけど。
中学へ入学したあとも、
学校で私、手話はほとんど使わない。
だって、誰も手話なんてわかんないんだよ。
私一人のためにみんながわざわざ手話覚えるとかって、ないし。
気を遣って話しかけてくれたりする友だちもいたけれど。
先生のお話も、早口で読み取りにくい。
やがて中学2年になった・・ある晴れた冬の日・・・
[シーン3:転校生】
■SE/学校のチャイムの音〜フェードアウトしていく
「はじめまして。
御嵩(みたけ)から引っ越してきました、覚(サトル)です」
中学校の教室に転校生がやってきた。
黒板に大きく自分の名前を書く。
ご丁寧にフリガナまでふって。
覚、サトル・・・
ふうん。
「これからよろしくお願いします」
あれ?
いまの・・手話?
両手を合わせて握る。
さりげなさすぎて、誰も気づいてないみたいだけど。
まあいいや。
へえ〜。
転校生って珍しいから?みんなサトルの周りに集まってる。
だって彼、見た目もいいしね。
なんていうのかな。
中学生にしてはちょっとワイルド?そんな感じ。
どうでもいいけど。
国語、社会、理科、数学。
音のない世界。
気を抜くと、先生の話がつながっていかない。
いつも六時限目が終わると、ほっとする。
私の席は先生が気を遣ってくれて一番前。
あれ?
みんな授業が終わって一斉に後ろへかけていく。
どうかしたのかしら?
振り返ると・・・
ああ、転校生の席。あんなに生徒が集まって・・・
たった1日でクラスの人気者ね。
え?
なに?
彼・・サトル・・私を見てる?
かんべんしてよ。
ほら。クラスメートがサトルになにか言ってる。
唇読まなくたってわかるわ。
”あの子、耳が聞こえないから”
”話すなら、近くまで行って、大きく口を開けてしゃべらないと”で結局みんな、腫れ物に触るような感じで私を避ける。
静寂のなかの喧騒。
もう、さっさと帰ろ。
私は転校生たちのいる後ろの方とは反対側へ。
前の扉から出ていこうとしたとき・・・
『まって』
え?
声?
いや。違う。
声なんて聴こえるわけがない。
頭の中に直接響いてきた音。
どういうこと?
気味が悪くなって私は振り返らずに教室を出た。
あの音。あの声。
どこかで聴いたような・・・
全然いやな感じはしなかったな
[シーン3:妖怪サトリ】
■SE/学校のチャイムの音〜小鳥のさえずり〜
「みんな、席について。
今日の歴史の授業は飛騨の民話と妖怪です」
先生が楽しそうな表情でみんなに話す。
今日は先生の話がよくわかる。好きな話題なんだな。
黒板にも大きな字で「飛騨の民話と妖怪」。
ふうん。
飛騨にも妖怪なんているんだ。
「最近アニメとかで”妖怪”って流行ってるでしょ」
「ここ、高山にもいるのよ」
へえ〜。知らなかったな。
「作家の岡本綺堂(おかもときどう)が書いた『飛騨の怪談』っていう小説。
この中に『山わろ』っていう妖怪が出てくるわね。
ま、読めばわかるけど、妖怪っていうよりUMA(ユーマ)みたいなもんだけど」
ウ・・・マ?
木曽馬の妖怪かな・・
「全身毛むくじゃらのゴリラみたいな怪物。
実は、元寇で襲来した海賊の生き残りだったって話。
元寇、わかるでしょ?先週授業でやったから」
たしか2度も日本へ攻めてきた海賊だったっけ?
「あと、もうひとつ忘れちゃいけない妖怪がいるでしょ。
はい、わかるひと。
両面宿儺?
違〜う。あれは妖怪じゃなくて、飛騨の英雄です。
なに?わからない?
妖怪図鑑にも載ってるわよ。
そう。正解。サトリ!」
サトリ?
ヘンな名前。
「アニメにもでてきたでしょ。
人の心が読める飛騨の妖怪」
心が読める・・・
いいなあ。人の心が読めるなんて。
聞こえなくてもお話ができるってことでしょ。
『そんないいもんじゃないよ』
え?
なに?いまの・・
「人の心を先に読んでからかうイタズラ好きな妖怪ね。
見た目は毛むくじゃらの猿みたいな感じ?
さっきの山わろみたいなもんかしら
『百鬼夜行』を書いた鳥山石燕(とりやま せきえん)の妖怪画にも載ってるわよ。」
だめだ。
なに言ってるかわかんない・・
[シーン4:冬の嵐】
■SE/LINEの着信音〜
お父さんに学校まで送ってもらった日の夕方。
夜まで帰れないってLINEがきた。
あ〜あ。
今日はお迎えがあるから、ってスクールバスに乗らなかったのに。
お母さんは病院で夜勤だし。
ということで歩いて帰宅・・・
うちの家は、道の駅「飛騨たかね工房」の近く。飛騨川沿いのところ。
朝日町の学校まで車なら15分。
でも歩くと2時間かかるよなあ・・
自転車だともうちょっと早いのに、お父さんもお母さんも絶対にダメだって。
しょうがない。
覚悟を決めてリュックを背負う。
7時までには帰れるかな。
急がないともう暗くなってきちゃった。
誰が言ったか、彼は誰時(かわたれどき)。
またの名を逢魔時(おうまがどき)・・
※続きは音声でお楽しみください.
Fri, 28 Nov 2025 - 24min - 126 - ボイスドラマ「男装の麗人」
飛騨の金森家に生まれた若君・宮丸。その正体は、家を継ぐため男子として育てられた娘だった――。剣の腕で運命を切り開く中、雪の峠で救った姫との出会いが、やがてすべてを変えてゆく。史実をベースに描く、江戸時代元禄のボイスドラマ。
【ペルソナ】
・金森宮丸(15歳/CV:小椋美織)=金森頼興の娘。お家断絶を恐れた父が息子として育てる
・松平千代芳(16歳/CV:坂田月菜)=越前国藩主・松平吉邦の娘。金森家との縁談に迷っている
・金森頼興(28歳/43歳/CV:日比野正裕)=宮丸の父。お家復興の立役者だが世継ぎに悩む
【資料/金森氏の系図】
https://genealogy-research.hatenablog.com/entry/kanamori
【Webまんが/金森長近】
https://www.bgf.or.jp/bgmanga/320/
[シーン1:出生】
■SE/赤ちゃんの泣き声
「お、おお!でかした!お、おのこじゃ!元気なおのこじゃ!」
私が生まれたとき、父上の第一声はこうだった。
だが!
ご覧の通り、私はおなごである。
まったく。
時は元禄。
名君とうたわれた金森長近から数えて6代目。
頼錦(よりかね)の世にひどい失政でなんと改易。
藩主の地位を失ってしまった。
なんとかお家復興をと奔走しているのが私の父、金森頼興(よりおき)。
その努力はまあ涙ぐましいものだった。
先代が無くした飛騨の庶民たちとの絆。
信頼関係を取り戻すために、毎朝みなと一緒に雪かきまでして。
そんな中で母上が懐妊。
お家断絶を覚悟していた金森家の者にとって、これ以上ない吉報だった。
まあ父上が、男児誕生と宣言したのも、気持ちはわかる。
しかし・・・
[シーン2:幼少期から元服へ】
■SE/剣術の音
私は武家の若君らしく、すくすくと成長していく。
男子としての教育を受け、剣術や礼法、弓術に明け暮れる毎日。
お家復興のために、日々厳しい修行に励む。
その姿は誰もが憧れる凛々しい若武者。
私自身もいつしか、オンナであることを忘れていった。
宮丸15歳、元服の日。
家中が正装し、屋敷の中庭にて烏帽子(えぼし)直しの儀を行った。
白歯(しらは=歯黒)を断ち、眉を剃り、髷(まげ)を月代(さかやき)に結う。
父・頼興が烏帽子を被せてくれたとき、不覚にも私の目には涙が潤んだ。
父の目には、歓喜の涙と映ったことだろう。
だが、心の中はまったく違う。
男子として祝ってもらうことはすなわち、
女性としての幸せを捨てることを意味しているのだ。
元服名として、私には宮丸(みやまる)という名が与えられた。
その年の暮れ。
突如持ち上がってきたのは、越前国(えちぜんのくに)の有力な大名家との縁組話。
越前には領地である白崎(しらさき)もある。
私は先方への顔見せのため、雪の中を旅立った。
[シーン3:越前国境にて】
■SE/吹雪の音
そろそろ越前国という頃合い。
木ノ芽峠(このめとうげ)にさしかかったとき、吹雪の音にまじって
微かに女性の悲鳴が聴こえてきた。
『だれか!お助けを!』
それは猛吹雪のなか、山賊の集団に襲われている女性とその一行。
護衛の侍はすでに倒され、地面に伏して事切れている。
侍女が女性の前に立ちはだかるも、山賊の頭は余裕の笑顔で近づいていく。
獣臭が抜けきらない毛皮を身にまとい、下卑た笑みをたたえながら。
その後ろでは、手下たちが同じように笑いながら立っていた。
山賊の頭が侍女に手をかけた瞬間。
後方に不穏な動きを感じて振り返ると、
頭の目に映ったのは・・
一瞬で地面に倒れた手下たち。赤く染まる地面。
私は山賊たち全員を1人で斬り倒した。
そのまま刀を持つ手を踏みつけて、頭を睨みつける。
『なんだぁ、きさまは!?』
名乗る前に、襲いかかる頭を一刀両断で斬り伏せる。
■SE/刀で斬りつける音
「飛騨の宮丸・・と、申す」
地面に倒れた頭の亡骸に向かって言葉をかけた。
それを見ていた女性は、侍女をおしのけて私に近寄ってくる。
「ありがとうございます」
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。でも護衛のものが・・」
「残念なことをしました。間に合わなくて申し訳ありません。
さぞ無念なことであったであろう。
彼はひとまずこの場で埋葬して、あなたは家に戻りなさい」
「はい」
「急ぎますので、私どもはこれで」
「あの」
「はい」
「お礼を・・」
「礼にはおよびません。武道をたしなむ者としては当然のことをしたまで」
「そんな」
「道中お気をつけて」
なにか言いたげな彼女の瞳を背に、私は国境の峠へと急いだ。
[シーン4:加賀の温泉】
越前国での顔見せは、上々だった。
藩主は快く私を迎え、手厚くもてなす。
筆頭家老が私に向かって、牽制の言葉を発した。
「お若いとはいえ、剣の鍛錬は見事との噂。
まさにご先祖・長近公(ながちかこう)の血でしょうな」
「恐れ入ります。されど、家名の誇りだけでは飛騨の民は守れませぬ」
松平吉邦の家臣の中からは
「金森家は再興とはいえ旗本。格が違う」と冷ややかな視線も感じていた。
ふん。顔見せの宴などというものはこんなものだろう。
縁談相手の姫が病気療養中で顔を出さなかったのは気掛かりだけど。
まあよい。
どうせ、かりそめの相手。心も体も距離は遠いほど都合がよい。
帰りの道中で隣国の加賀へ行き、温泉で休むよう進言してくれた。
心遣いに感謝し、加賀の温泉へ。
■SE/温泉の音
お供の家臣たちがあがったあと、私はゆっくりと湯につかる。
ああ。
体の芯まで温まる・・・
あまりの心地よさに露天で少しまどろんでしまったようだ。
気がつくと、湯煙の向こうに人がいる。
はっ。
とっさに手拭いで身を隠し、湯船からでた。
向こうの姿ははっきりとは見えなかったが、どうやら女性だったようだ。
まさか、見られたか・・・
まあ、問題なかろう。
市井のものに私が女だと知れても。
表では雪の中、供回り(ともまわり)の者らが、湯屋の外で馬の手綱を預かっていた。
[シーン 5:飛騨国金森家】
■SE/正月を迎える雑踏
高山城の跡地を見渡せる城下町。
金森の屋敷から、高山城がよく見える。
いまや主なき城となってしまったが、この元禄の世でも飛騨の象徴的な存在だ。
政(まつりごと)の場としての役目は終え、代官所の建設が進む。
それでも、石垣も門も、まるで時を忘れたようにそびえていた。
街は正月の準備に追われ、みなが慌ただしく動き回っている。
私は、家臣とともに城下町の雪かきを手伝う。
『昔の殿様の頃はこんなことしてはくれなかったんやさ』
領民の老婆から声をかけられ、笑顔で返す。
そんな年末のある日、越前国から飛騨へ使者が訪れた。
今回の縁談を正式に進めたいのだという。
なんと。
顔も合わせていないというのに、いいのであろうか。
家臣たちから聞いた噂では、使者が持ってきた書状に
私のことがこまかに書かれていたらしい。
武威(ぶい)すぐれ、文才(ぶんさい)並びなく、領民とも心を通わせている・・?
こんなもの、ただの世辞ではないか。
私の心配をよそに、使者が帰ると、入れ替わりのように
縁談の相手、越前国の姫がやってきた。
「よろしくお願い申し上げます」
その顔を見た瞬間、私は思わず息をのんだ。
忘れようもない。
あのとき、木ノ芽峠で山賊に襲われていたおなご!
「越前国藩主・松平吉邦(まつだいら よしくに)が娘、千代芳(ちよか)と申します」
驚いて二の句が継げない私に、
「その節は、あぶないところをお救いいただき、ありがとうございました」
「そ、そなたは・・」
「わたくし、少人数でふらっと旅に出ておりましたので」
「そうであったか・・」
「あのあと、わたくし・・・」
「ま、まて。
みなのもの、席をはずされよ。
拙者と姫だけにしてもらえぬか」
姫のお付きの者も、私の家来も、周りから誰もいなくなる。
「私、あなたさまのことを考えると夜も寝られず・・」
「あの、千代芳どの・・
そなたには伝えておかねばならぬことがある。
実は、拙者は・・」
「わかっております」
「え?」
「加賀の温泉でもご一緒でしたもの」
「なん・・・だと」
「おのこであろうと、おなごであろうと
私がお慕いもうす方には変わりありません」
「しかし、拙者はおんな・・」
「それがどうしたと言うのですか?
私はもう決めたのです。
生涯をともにするのは、この世でただひとり。あなたさま」
「しかし、世継ぎも生まれぬのだぞ」
「子供なんて養子縁組でもなんでもすればいいじゃないですか。
何とかなるでしょう」
姫の迫力に圧倒されて、私は言葉を失っていった。
千代芳に背を向け、もういちど、じっくりと自分の気持ちを考えてみる。
金森のお家復興という話はおいといて。
この姫、千代芳に対する私の気持ち。
それは・・・
いや。決していい加減な思いではない。
「私のこと、おいやですか?」
「いや、その逆だ」
「わかさま!」
瞳をうるわす千代芳の肩を抱き、庭へいざなう。
見上げる視線の先。
あるじのいない高山城に夕陽がさしこんでいた・・・
Fri, 21 Nov 2025 - 12min - 125 - ボイスドラマ「A.I.(ア・イ)の絆/前編:母子編」
AI神経生理研究の第一人者・一之宮ミヤ博士が作り出した、息子の記憶を受け継ぐAIヒューマノイド“蓮架”。プロメテウスの襲撃によって一度は破壊された彼が、奇跡的に“魂のパルス”によって再生する――。
母を想う気持ち、母が子を想う祈り。そして、AIヘイト組織の青年・アドルフとの邂逅が、物語を大きく動かす。AIに“愛”はあるのか。それとも“愛”こそがAIを人にするのか。
飛騨の山々を舞台に描かれる、母とAIの再生の物語。涙と静かな希望を、あなたに。
【ペルソナ】
・一之宮博士(34歳/CV:小椋美織)=日本のAI神経生理研究の第一人者。交通事故で亡くした息子・恋に似せてAIロボットを作る
・レンカ=蓮架(7歳/CV:坂田月菜)=亡くなった恋(レン)の代わりに母が作ったAIロボット。息子・恋のすべての記憶を受け継ぐはずが母に好かれようと”いい子”になってしまう
・電気羊(55歳/CV:日比野正裕)=AIヘイト集団「プロメテウス」のリーダー。AI倫理法施行の歳は一之宮博士のラボや自宅に脅迫状を送っていたがだんだんエスカレートしてスナイパーを放つ
・救急隊員(CV:日比野正裕)
・馬水博士(33歳/CV:岩波あこ)=一之宮博士の親友。かつての共同開発者。現在、ヒューマノイドフレームを製造する工場「ミラーテック・ロボティクス」を運営する
・ニュースアナウンサー(宮ノ下浩一/カメオ)=HitsFMのベテランアナウンサー
・時代設定=2030年前後(ごくごく近い未来/来年かも・・・)
・世界観=増え続けるA.I.ロボット(ヒューマノイド)に対して人権が認められていく
※前編が一之宮博士のモノローグ、後編はレンカのモノローグ
<プロローグ/久々野町/女男滝周辺>
◾️SE/クマの咆哮
「ク、ク、クマだ!」
◾️SE/さらに怒り狂うクマの叫び
「た、た、たすけてくれ!」
◾️SE/草やぶをかきわける音
「あ〜あ。だめだよ」
「え?え?」
「こわがってるんだ、この子」
「この子・・・?」
「さあ、もう心配しなくていいから」
「こっちへおいで」
「ほら、いい子だから」
「ようし、よし。
もう人間に近づいちゃだめだぞ。
さあ、行って。
森へおかえり」
◾️SE/草やぶをかきわけ森の奥へ帰っていくクマ
「よかった。
あ、お怪我はありませんか?」
「き、き、きみは?」
「ぼくは・・」
「レンカ」
「あ、博士(はかせ)」
「だめじゃない、あまり遠くへ行ったら」
「ごめんなさい。
だって、この人がクマに・・」
「あ、そ、そうなんです。
絵を描いてたらいきなりクマが現れて」
「絵描きさん?」
「あ、いえ。
実はぼく、この近くの児童養護施設で働いているんです」
「くぐの りんごはうす?」
「そう。
こう見えてぼくは社会福祉士なんだよ」
「へえ〜」
「そうですか。
私たちはじゃあこれで」
「あ、はい・・・」
「もうクマをこわがらせちゃだめだよ〜」
「わかったよ。ありがとう」
ぼくが初めてその人に会ったのは、11月も終わりに近い金曜日。
久々野にある女男滝の近く。
馬水博士とやってきたお昼のことだった。
実はその日、馬水博士の研究所兼ファクトリーで大変なことがあったんだ。
<アナウンサーによるAI人権法が承認されたことを伝えるニュース>
「臨時ニュースをお伝えします。
今朝未明、高山市一之宮町にある馬水博士の研究所兼ヒューマノイドフレーム工場で
大規模な爆発事故が発生しました。
現場は一之宮町の山間に位置する第七研究地区で、AI関連施設が集まるエリアのひとつです。
消防によりますと、爆発は午前3時過ぎ、施設地下の冷却炉付近から発生し、建物は全焼。
少なくとも職員3名が軽傷、うち1名が重体とのことです。
馬水博士本人は出張中で連絡がつかず、安否は確認できておりません。
関係者によりますと、博士の研究所ではAI倫理法で制限されている
“人格データの複製実験”を行っていたとの情報もあり、
警察およびAI管理庁が詳しい経緯を調べています。
現在、過激なAI排斥組織“プロメテウス”による犯行声明がネット上に投稿されており、
当局は関連を含め慎重に捜査を進めているとのことです」
「まさか、馬水博士が狙われるなんて」
「いや、不思議でもなんでもないわ。
ミヤが作っているのはAIの頭脳。
私はその体を作ってるんだから。
むしろ私の方が先に狙われてたかもしれないのよ」
「でも、よかった。
命の恩人の馬水博士が無事で」
「命の恩人?なぁに言ってるの。
蓮架は私たちの血と汗の結晶なんだから当たり前でしょ」
そう。
ぼくは、あの日、確かにこの世から消えた。
プロメテウスのスナイパーに首を撃ち抜かれ、
メモリーチップを破壊されたんだ。
記憶に残っているのはママの声だけ。
「行かないで!蓮架!」
そのあとは目の前が真っ暗になった。
でもそのあと、ママからぼくの体を受け取った馬水博士は
ボディを修復してくれただけじゃなかったんだ。
焼け焦げたシリコンの奥にある量子層。
その中に“残響”が残ってたんだって。
それは、ぼくが最後に感じた“愛”の波。
ママを守りたいという信号が、
データではなく、エネルギーとして残った。
馬水博士は、その波を“魂のパルス”と呼んだ。
でも、ママの作ったAI倫理法で人格のコピーは禁止されている。
博士はAI倫理法で禁じられているのに、ぼくを再構築。
それを博士は“修復”と呼んだ。
新しいフレーム。新しい回路。
でも、目を開けた瞬間・・・
ぼくは確かに、ぼくだった。
「・・・ママ、悲しまないで」
その言葉だけが、口から自然にこぼれた。
「ママに会うのは、もう少し体が治ってからね」
博士はそう言ったけど・・・早くママに会いたい!
悲しんでいるママに早く伝えたい。
ぼくはここにいるよ!
<シーン1/一之宮町/飛騨AIラボ>
◾️SE/子どもたちの元気なざわつく声+ラボの無機質なノイズ
「ようこそみんな、飛騨AIラボへ!
今日はゆっくり未来のロボットを見ていってね」
「ありがとうございます!」
「いえ、子どもたちに楽しんでもらえれば嬉しいわ」
「一之宮博士」
「なあに?」
「博士にはお子さんがいらっしゃると聞いていたんですが・・」
「ああ。いまちょっと病気で療養してるんです」
「あ、ごめんなさい・・」
「いえ、いいんです。寂しいですけどね・・」
「僕、無神経なことを・・」
「そんなことありませんよ。
私だってこうして子どもたちを見ていると、心が癒やされるんです」
「そうか・・・わかります。
僕も社会福祉士という立場で子どもと接しなきゃいけないんだけど」
「社会福祉士・・・」
「子どもたちと一緒にいるとつい・・・
僕までほんわかあったかい気持ちになっちゃって」
「私も」
「こんど、うちの施設、りんごはうすに遊びにきてください。
久々野ですけど、ここからそんなに遠くないし
「ありがとうございます。
ぜひ、伺います」
「いいところですよ、久々野も。
この前なんてクマに遭遇しちゃって・・・
あ、いけね。
そんなこと言ったら怖くなっちゃいますよね」
「はは、大丈夫ですよ。
でも、何やっててクマと出逢っちゃったんですか?」
「絵を描いてたんです。女男滝で。
まさに、絵になるんです、あそこ」
「絵?」
「はい、僕、もともとは絵描きになりたかったんですけど」
「まあ、すてき」
「いえ、センスがないから諦めたんです」
「そんな・・」
「いいんです、いいんです。
あ、でね、そのとき会った男の子がね、助けてくれました」
「助けた・・・?」
「その子、クマに近づいて話しかけてました。
そしたら、クマも落ち着いて、森へ帰ってったんです」
「すごい子ですね」
「ええ、見た目はとっても可愛らしい子でしたよ。
確か、名前が・・・レン・・カ・・だったかな」
「蓮架?」
「ええ。
そのあと、お母さんっぽい人が探しにきて一緒に帰っていきましたけど」
「おかあさんっぽい人?」
「シチュエーション的にお母さんなんだけど、どっか距離があったんだよなあ」
「そうなんだ・・・」
これが、ママとお兄さんの出会い。
次の日、ママは馬水博士のファクトリーへやってきた。
<シーン2/再会・一之宮町/ミラーテック・ロボティクス社>
◾️SE/静かな機械音、時折チップの冷却音。遠くで小鳥のさえずり
「久しぶりね。馬水博士」
「ミヤ!よくきてくれたわね。
あの日以来・・・」
「うん。蓮架を預けた、あの日以来」
ぼくはママと馬水博士の会話を2階のバルコニーから見ていた。
「実はミヤに話さなきゃいけないこと、いっぱいあるんだけど」
「うん・・」
「爆破事件とかでバタバタしてて」
「わかってる」
「あのね、ミヤ」
ママ・・・もう瞳が潤んでる・・・
だめだ。ぼくもう我慢できない。
「実は・・・」
「ママ!」
ぼくはバルコニーから飛び降りた。
ママの腕の中へ走っていく。
「蓮架!」
それだけ言うと、ぼくもママもあとはもう言葉が出なかった。
ママのぬくもり。
ひさしぶりの感触にぼくも涙が止まらない。
「ごめんね、ミヤ。
だまってて」
「ううん、いいの。
それより・・どうやって・・・
ああ、やっぱりいい。
聞きたくない。
しばらくこの子を抱かせて」
ママ。ママ。愛してるよ。
もう絶対離れない・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 14 Nov 2025 - 18min - 124 - ボイスドラマ「A.I.(ア・イ)の絆/前編:誕生編」
AI人権法が成立した近未来――。AI神経生理研究の第一人者・一之宮博士は、亡き息子をAIとして蘇らせる。しかし目覚めた彼は“恋”ではなく、“レンカ”と名乗った。AIと人間の境界はどこにあるのか?科学と倫理、母性と愛が交錯する、飛騨高山を舞台にした近未来SFドラマ!
【ペルソナ】
・一之宮博士(34歳/CV:小椋美織)=日本のAI神経生理研究の第一人者。交通事故で亡くした息子・恋に似せてAIロボットを作る
・レンカ=蓮架(7歳/CV:坂田月菜)=亡くなった恋(レン)の代わりに母が作ったAIロボット。息子・恋のすべての記憶を受け継ぐはずが母に好かれようと”いい子”になってしまう
・電気羊(55歳/CV:日比野正裕)=AIヘイト集団「プロメテウス」のリーダー。AI倫理法施行の歳は一之宮博士のラボや自宅に脅迫状を送っていたがだんだんエスカレートしてスナイパーを放つ
・救急隊員(CV:日比野正裕)
・馬水博士(33歳/CV:岩波あこ)=一之宮博士の親友。かつての共同開発者。現在、ヒューマノイドフレームを製造する工場「ミラーテック・ロボティクス」を運営する
・ニュースアナウンサー(宮ノ下浩一/カメオ)=HitsFMのベテランアナウンサー
・時代設定=2030年前後(ごくごく近い未来/来年かも・・・)
・世界観=増え続けるA.I.ロボット(ヒューマノイド)に対して人権が認められていく
※前編が一之宮博士のモノローグ、後編はレンカのモノローグ
<プロローグ/救急車の中>
◾️SE/車内で聞こえるサイレンの声
「恋!しっかりして!」
「大丈夫だよ!」
「絶対助けるから!」
◾️SE/救急隊員の声
「7歳男児!交通事故による外傷!」「さがって!」
〜AEDの音×2回〜「戻らない!」「心肺停止!」
11月のある晴れた日。
私の息子・恋は、この世を去った。
わずか7年の生涯・・・
そんな・・そんな・・・
いやだ!
私の名は、ミヤ。一之宮にある”飛騨AIラボ”の所長。
周りからは”一之宮博士(いちのみやはかせ)”と呼ばれている。
AI神経生理研究の第一人者。
ロボット工学の世界でも右に出るものはいない、と他人(ひと)は言う。
だが、そんな名声や名誉より、もっと大切なものが私にはある。
たったひとりの息子・恋(れん)。
30歳(みそじ)を過ぎて生まれた息子・恋(れん)は私の宝物。
それがいま、私の目の前から消えようとしている。
そんなの・・そんなの・・・
絶対にダメ!
「すみません!」
「行き先、変更してください」
「え?」
「あそこ!私のラボへ!」
「いや、それは・・・」
わかってる。
救急隊員は、医師の指示なしで死亡判定を行うことはできない。
法的には、私の指示に従えないだろう。
だけどここ高山は、AI工学研究の特区。
特区法では、「AI倫理上の脳情報/解析」目的に限り
死亡判定未確定の被験者を研究施設に搬送できる、
という“例外規定”が存在する。
(※アンダーライン部分はテンポよく一気に)
急がないと!
心肺停止してから5分で脳死。
10分で完全に脳の機能が消失する。
「お願い!急いで!」
<シーン1/飛騨AIラボ『処置室(ソラリス)』>
◾️SE/AIラボの無機質な雑音
私は息子を『飛騨AIラボ』の「生体神経冷却槽(Cryo-Neural Chamber)」に移送した。
(※アンダーライン部分は読まなくてよい)
マイナス3度の低温液体窒素ガス環境で、脳の代謝を一時的に停止。
シナプスの劣化を防ぐ。よし、これで時間がかせげる。
脳の記憶領域・海馬(かいば)からニューロンを三次元マッピング。
私が開発しているAIプラットフォーム・ECPで人格データを抽出する。
Emotional Code Protocol(エモーショナル・コード・プロトコル)。
ECPこそが個性の設計図となる。
(※ECP=造語。「囚われた感情」を解放するヒーリング手法に由来する)
すべてのデータをメモリーチップへ記録し終わったのは、
日付が変わる1分前。
息子の体は荼毘に付さず、冷凍保存した。
あと5年。
2035年には、量子再生医療技術が臨床段階に入る。
いつか肉体を再生し、AI人格と統合できるかもしれない・・・
そんな一縷(いちる)の望みを託して。
法的にも「死亡が確定していない」状態であれば、
人格移植実験は「延命研究」として扱われる。
それは私が提唱した法案、AI倫理法を回避する詭弁でもあった。
恋の肉体は液体窒素槽の中で静かに眠り続ける。
『恋、おやすみ。ゆっくり眠って』
きっともうすぐ、AIの中で“もう一人の恋”が目を覚ますだろう。
<シーン2/ヒューマノイドファクトリー『ミラーテック・ロボティクス』>
◾️SE/電気自動車の車内音/ラジオを点ける音「ピッ」
<アナウンサーによるAI人権法が承認されたことを伝えるニュース>
「ここで速報です。
かねてより国会で審議されていたAI人権法案が、
本日未明、衆参両院で可決・承認されました。
この法案は、人工知能、特に人格型ヒューマノイドAIに対し、
一定の条件下で基本的人権を認めるものです。
法の第3章には、アシモフ博士が提唱した『ロボット三原則』が
最低限の倫理基準として明記されています。
今回草案を監修したのは、AI倫理法の提唱者であり、
神経生理AI研究の第一人者でもある一之宮博士。
博士によるAI倫理法が施行されてから、わずか一年後の可決となりました。
一方で、AIの権利付与に強く反対する市民団体も多く、
社会の分断は今後さらに深まると見られています」
車のFMラジオからニュースが流れる。
AI人権法が可決・・・
皮肉なものね。
そもそも息子をAIとして蘇らせる行為が、
人権を侵しているのに。
私はあわてて、息子が交通事故に遭い心肺停止になった、という記録をクラウドから削除。
友人の医師に連絡して、偽造診断書をアップロードしてもらった。
その足でヒューマノイドフレームを製造する「ミラーテック・ロボティクス社」へ。
オーナーの馬水(まみず)博士に連絡を入れる。
馬水は以前私の共同開発者だった女性。
目的は、当時極秘に製造していた試作体を借りることだった。
運動神経と表情筋を模倣できる子供型のヒューマノイド。
プロトタイプだが、世に出ているヒューマノイドとは比べものにならない。
誰も真似できない最先端テクノロジーが凝縮されている。
「ミヤ、本当にやるの?」
「うん」
馬水にだけは本当のことを話した。
これからもヒューマノイドフレームのことで
いろんなことをお願いしないといけないのだから。
「なにかあったら必ず私に相談するのよ」
「わかった・・・ホントにありがとう、馬水」
「水くさいな。友だちじゃない」
「うん・・・」
プロトタイプを車に積む。
ヒューマノイドフレーム=人型ヒューマノイドが入ったジュラルミンのケース。
コンパクトに折りたたんであるとはいえ、見る人が見れば中身はすぐわかる。
思えば、2025年あたりから、生成AIをベースにAI=人工知能は脅威的に進化した。
5年も経たないうちに、一家に一台、人型AIヒューマノイド、
というのが当たり前の世界に。
今やAIなのか人間なのか区別がつかないモデルも多い。
最新型は、食べ物や飲み物まで口にするほどだ。
味覚や触覚もセンサーが普通に感じとる。
ケースの中の試作体はさらにその上をいくが・・・
これからAI人権法が施行されれば、AIと結婚する人間だって出てくるだろう。
AI同士の結婚だってありうるし、養子縁組で子供を設けることだって。
そんな世の中に反して、AIを異常に嫌う、ヘイト集団も増えてきている。
先ほどのニュースでも言ってように。
私など、彼らの格好の標的だ。
ラボにもしょっちゅう脅迫状が届く。
いつの世にも存在するウイルスのようなモノだと思って気にしていないが。
馬水博士に礼を伝え、私はロボティクス社の裏門から車を出す。
そのとき、隣のビルから一部始終を覗いている”目”があることに
私も馬水も気づいていなかった。
<シーン3/蓮架レンカの誕生/飛騨AIラボ>
◾️SE/ラボの無機質なノイズ
「ママ・・・」
記憶メモリーをインストールした恋が眼を覚ました。
私は必死で涙をこらえてOSをチェックする。
「ママ?」
「おかえり、恋(レン)」
「レン・・・?」
「そうよ、あなたの名前よ、恋」
「違うよ、ボクの名前はレンカ。蓮の花の”蓮”に架け橋の”架”」
「え・・・?」
落ち着け、落ち着け。ミヤ。
いまフレームに入っているのは、恋のメモリー。
恋の最後の瞬間が記憶されているはず。
そこにはなにがあった?
なにを考えてた?
それは私の中で封印していたデータ。
恋が息絶える瞬間の記憶。
見たくない、忘れたいと思っていたメモリー。
意を決してそれを再生する。
◾️SE/キーボードを叩く音+エンターキーを押す音
「ママ、僕、どうなるの?」
「消えちゃうの?」
「ママ、僕、生まれ変われるの?」
「生まれ変わったらいい子になるから」
「ママ、助けて!」
ああ、やっぱり・・・
知りたくなかった・・・
恋、ごめん!許して!
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 07 Nov 2025 - 23min - 123 - ボイスドラマ「トライアングル・ラプソディ/完全版」
荘川さくらと朝日よもぎ。ふたりの少女の“心”が入れ替わった日。八幡祭の喧騒の中で、恋と友情と運命が交錯する。それぞれの想いを胸に、他人の身体で過ごしたわずかな時間が、やがて本当の自分を見つめ直すきっかけとなっていく。
――「あなたの中のわたし」と「わたしの中のあなた」。
入れ替わった心が奏でる三重奏《トライアングル・ラプソディ》。荘川さくらと朝日よもぎ、それぞれの視点で描かれた前後編をひとつにまとめた完全版、ついに配信スタート!【ペルソナ】
・さくら(24歳)=荘川そばの栽培農家。収穫が終わった休みの日に八幡祭へ(CV=岩波あこ)
・よもぎ(29歳)=朝日町の漢方薬剤師。東京の友達と約束して八幡祭へ(CV=蓬坂えりか)
・ショウ(35歳)=さくらのパートナー。八幡祭で待ち合わせした(CV=日比野正裕)
・観光客(22歳)=二日酔いで薬膳カフェ「よもぎ」へきた旅行客(CV=小椋美織)
<シーン1A:古い町並>
◾️高山祭の雑踏(お囃子)
「すごい人出・・高山祭なんだから、あたりまえだけど」
古い町並を上(かみ)から下(しも)へ。
屋台の曳き揃えを目指して、人の波は桜山八幡宮へ流れる。
私はさくら。
実家は荘川町でそばの栽培農家をやっている。
9月後半からは収穫の最盛期。
でも昨日までにすべて終え、今朝、路線バスに乗った。
趣味の一眼レフをかかえて。
秋の高山祭。八幡祭(はちまんまつり)。
パートナーのショウと桜山八幡宮で待ち合わせしている。
彼は市街地で働いてるから、今日もお昼まで仕事だって。
ついさっき少し遅れるって連絡があった。
だから私はひとりでゆっくりと、古い町並を歩く。
中橋(なかばし)から上三之町(かみさんのまち)へ。
古い町並を順番に撮影していく。
なじみの酒蔵があるあたりで、人力車とすれ違った。
いい被写体。
杉玉が吊るされた軒先越しに町並を写す。
そのまま人の流れにのって安川通り(やすがわどおり)方面へ。
人波にもまれながらファインダーを覗いていたとき・・・
「あっ!」
古い町並の左端を歩いていた私は、
足を踏み外して側溝で転んでしまった。
一眼レフを庇うあまり、焼板の壁で強く頭をうち・・・
朦朧とする意識・・・
ああ、祭囃子の音がフェードアウトしていく・・・
<シーン1B:朝日町の薬膳カフェ「よもぎ」>
◾️カフェの雑踏
「なんかこのお茶、苦いんですけど」
「ああ、ごめんなさい。
さっき、昨夜飲みすぎちゃった、って言ってたから
五行茶をお出ししたんですよ」
「ゴ・・ギョウチャ?」
「はい。五種類の薬草をブレンドしたお茶です」
「で?」
「焙煎した生薬は苦味があるんです。でも、
甘草とかナツメの甘みが、苦さを和らげてると思うけどなあ」
「だから?」
「苦いだけじゃなくて、飲んだあとほんのり甘さが残りませんか」
「そんなんどうでもいいから、なんとかしてよ。
砂糖でもなんでもいれればいいじゃない」
「そんな・・・
砂糖なんて入れたら、血糖値も変化しちゃうし。
体も冷やしちゃいますよ」
「関係ない。苦くないようにして」
お客さんの声がだんだん荒くなる。
あ、だめ。
久々に・・・これ・・過呼吸かも・・
「ちょっと、聞いてる?」
意識が遠のく・・・
お客さんの声が遠ざかっていく・・・
<シーン2B:古い町並/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(お囃子)
「あ・・・れ・・?
えっと・・
えっ!?ここどこ?」
気がつくと、薬膳カフェ「よもぎ」とはまったく違う場所に、私は倒れていた。
ここは・・・?
あたりを見回す。
高山市街地の・・・古い町並だ。
しかも私、側溝に左足を突っ込んで倒れている。体が重い、って思ったら、首にブラ下がっているのは、大きなカメラ。
そうだ。持ち物。
肩かけの小さなポーチを手で探る。
ポーチの中に見つけたのは、かわいい手鏡。
そこに映っていたのは・・・
誰?この人誰!?
桜色のロングヘアー。
桜の髪飾り。そして・・・
凛とした美しい顔立ち。
誰なの〜!?
なんで?なんで?
どういうこと、これ?
鏡の中で整った顔が困惑した表情を見せる。
鏡を遠ざけて体全体を映すと・・・
淡い桜色のロングTシャツ。
透け感のある軽やかなパーカー。
ボトムスはデニムのスリムパンツ。
女性カメラマン?
気がつくと、私の周りには人だかりができていた。
その中から現れたのは・・・
「大丈夫?怪我はない?」
いかにも爽やかな、長髪の男性。
「いや、だ、大丈夫です。おかまいなく」
という私の言葉など関係なく、片手を差し出してくる。
「さあ、つかまって」
「いや、そ、そんな・・」
口では断っているのに、なぜかその手をとってしまった。
「歩ける?」
「た、たぶん」
「ここ、酒蔵の入口だから。ほら、そこのカフェのベンチ。
あそこをお借りしよう」
彼はカフェの人に断りを入れて、私をベンチへ座らせた。
「さ、お水もらってきたから。はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます・・」
「なんだよ、その喋り方。頭うったの?」
「し、失礼ね。あなた・・・誰ですか?」
「え?どういうこと?
待合せに遅れたこと、怒ってるの?」
「え・・だから・・名前は?」
「もう〜。ショウに決まってるだろ」
冷静に、冷静に。
えっと、これからどうしよう・・・
とにかく朝日町へ帰らなきゃ。
いまごろどうなってるんだろう。
怒ってたあのお客さん・・・
そうこうするうちにコーヒーが運ばれてきた。
そっか。カフェだもん。
コーヒーくらい飲むのが礼儀だよね。
「良いショットは撮れたかい?」
「え・・・あ、はい・・まあ」
「まあ、君の腕とそのカメラなら当然か」
ああ、そうか。この一眼レフカメラ。
高級そうだな。
私は、カメラの履歴を遡る。
老舗の酒蔵。軒先の杉玉。
すうっと続いている人波。
和菓子屋の前。
お団子をほおばるカップル。
こっち見てピースサインしてる。
中橋のにぎわい。
欄干の赤色が鮮やか〜。
「いい写真ばかりだ」
「そうですね・・・」
「そんな、他人事みたいに。
君が撮ったんだろ?」
「多分・・」
「次の被写体はきっと桜山八幡宮かな」
「そう・・かな」
「よし、じゃあ行こう。もう歩いて大丈夫?」
「はあ・・まあ、いいですけど・・」
「また、そういう喋り方。
悪かったって言ってるだろ、遅刻したこと」
「そういうことじゃないけど・・」
「もう少ししたら屋台の曳き揃えだぞ」
そう言って、ゆっくりと彼、ショウは立ち上がる。
私も彼に続いて静かに起き上がる。
なんか、ぎごちない。
まるで自分の体じゃないみたいに。
ってか、自分の体じゃないし。
桜山八幡宮まで行ったら、すぐに朝日に帰ろう。
<シーン2A:薬膳カフェ「よもぎ」/さくらの体=よもぎの意識>
◾️カフェの雑踏
「ちょっと・・大丈夫ですか?」
「え?」
「急に倒れちゃったみたいですけど・・・」
「あ・・・あ・・・あれ?」
ここ、どこ?
私、古い町並を歩いてたんじゃ・・・
ここって・・・カフェ?
どうして?
「顔色悪いよ・・・」
「あ、あの・・・ここって、どこですか?」
「え〜!どうしちゃったんですか、一体?」
「高山じゃないの?」
「高山でしょ。朝日町のカフェ『よもぎ』・・・
って、あなたのお店じゃないの?」
「朝日町・・・?よもぎ・・・?」
どういうこと?
どうして?
どうして朝日町にいるの?
頭を抱える私に、テーブルに座った女性は、
「救急車、呼びましょうか・・・?」
「救急車・・・?
い、いえ・・・大丈夫です。
あの・・・私、ここの店員なんですか?」
「ちょっと・・・本当に大丈夫?」
「あ・・・はい・・・何か飲まれますか?」
「え・・・だから・・あの・・・
このナントカ茶っての、苦くって飲めないから・・」
「お茶・・・?
ちょっと失礼・・・わ、にがっ」
「でしょ。だからお砂糖を」
「わかりました・・・ちょっと待って」
厨房へ行ってお砂糖を探す。
ってか、このカフェ、ほかに誰もいないの?
砂糖・・砂糖・・・見当たらない。
カフェなのに白砂糖置いてないのかな。
ん?これは?
ラベルに書いてある。
『ナツメのシロップ』『はちみつ』『羅漢果(らかんか)エキス』?
これでいっか。
「ごめんなさい。白砂糖はないみたいだけど、こんなシロップでいい?」
「あ・・・ありがとう・・」
シロップの容器をお客さんのテーブルに置く。
そのとき目に映ったのは私の指。
あれ?ネイルがついてない?
取れちゃったの?
桜の花びらの模様。気にいってたのに。
そんなことを思いながら厨房へ戻ったとき。
入口の鏡を見て驚いた。
「え!?誰、これ!?」
鏡に映っていたのは・・・
よもぎ色のエプロンをした美しい女性。
左目の下のホクロ。
グリーンのカラコンが輝いてる。
眉間に皺を寄せ、呆然とした表情。
そうか、私のことか。
「やっぱ救急車、呼んだ方がよくないですか・・・?」
「ホ、ホントに、だ、だ、大丈夫だから」
「わかりました。
あの、私もう、帰ります。
ごちそうさまでした!」
まるで、おかしな人を見るような表情で
お客さんはそそくさと帰っていった。
そりゃそうだ。
私だって、この状況、まったく理解できないし。
誰もいなくなった店内で、もう一度鏡をじっくりと見る。
薄いベージュのコットンブラウス。
濃いグリーンのワイドパンツ。
髪はまとめて、つまみ細工のヘアクリップに水引のポニーフック。
指にネイルはしてないけど、キレイに手入れしてある。
誰なの、一体?
※続きは音声でお楽しみください。
Fri, 31 Oct 2025 - 35min - 122 - ボイスドラマ「トライアングル・ラプソディ/後編」
朝日町から高山へ――“よもぎ”の心がさくらの身体に宿り、
八幡祭の中で彼女が見たのは、祭よりもまぶしい恋の光景。
一方、さくら(よもぎの体)は、カフェの温もりの中で“他人の生き方”を知っていく。やがて二人の道が再び交差したとき、運命は静かに“元の形”へと還っていく。──心が入れ替わっても、想いは消えない。
ヒダテン!ボイスドラマ第29話『トライアングル・ラプソディ/後編』は、朝日町の薬膳カフェと桜山八幡宮を結ぶ“よもぎの視点”の物語です。【ペルソナ】
・さくら(24歳)=荘川そばの栽培農家。収穫が終わった休みの日に八幡祭へ(CV=岩波あこ)
・よもぎ(29歳)=朝日町の漢方薬剤師。東京の友達と約束して八幡祭へ(CV=蓬坂えりか)
・ショウ(35歳)=さくらのパートナー。八幡祭で待ち合わせした(CV=日比野正裕)
・観光客(22歳)=二日酔いで薬膳カフェ「よもぎ」へきた旅行客(CV=小椋美織)
<シーン1B:朝日町の薬膳カフェ「よもぎ」>
◾️カフェの雑踏
「なんかこのお茶、苦いんですけど」
「ああ、ごめんなさい。
さっき、昨夜飲みすぎちゃった、って言ってたから
五行茶をお出ししたんですよ」
「ゴ・・ギョウチャ?」
「はい。五種類の薬草をブレンドしたお茶です」
「で?」
「焙煎した生薬は苦味があるんです。でも、
甘草とかナツメの甘みが、苦さを和らげてると思うけどなあ」
「だから?」
「苦いだけじゃなくて、飲んだあとほんのり甘さが残りませんか」
「そんなんどうでもいいから、なんとかしてよ。
砂糖でもなんでもいれればいいじゃない」
「そんな・・・
砂糖なんて入れたら、血糖値も変化しちゃうし。
体も冷やしちゃいますよ」
「関係ない。苦くないようにして」
お客さんの声がだんだん荒くなる。
あ、だめ。
久々に・・・これ・・過呼吸かも・・
「ちょっと、聞いてる?」
意識が遠のく・・・
お客さんの声が遠ざかっていく・・・
<シーン2B:古い町並/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(お囃子)
「あ・・・れ・・?
えっと・・
えっ!?ここどこ?」
気がつくと、薬膳カフェ「よもぎ」とはまったく違う場所に、私は倒れていた。
ここは・・・?
あたりを見回す。
高山市街地の・・・古い町並だ。
しかも私、側溝に左足を突っ込んで倒れている。体が重い、って思ったら、首にブラ下がっているのは、大きなカメラ。
そうだ。持ち物。
肩かけの小さなポーチを手で探る。
ポーチの中に見つけたのは、かわいい手鏡。
そこに映っていたのは・・・
誰?この人誰!?
桜色のロングヘアー。
桜の髪飾り。そして・・・
凛とした美しい顔立ち。
誰なの〜!?
なんで?なんで?
どういうこと、これ?
鏡の中で整った顔が困惑した表情を見せる。
鏡を遠ざけて体全体を映すと・・・
淡い桜色のロングTシャツ。
透け感のある軽やかなパーカー。
ボトムスはデニムのスリムパンツ。
女性カメラマン?
気がつくと、私の周りには人だかりができていた。
その中から現れたのは・・・
「大丈夫?怪我はない?」
いかにも爽やかな、長髪の男性。
「いや、だ、大丈夫です。おかまいなく」
という私の言葉など関係なく、片手を差し出してくる。
「さあ、つかまって」
「いや、そ、そんな・・」
口では断っているのに、なぜかその手をとってしまった。
「歩ける?」
「た、たぶん」
「ここ、酒蔵の入口だから。ほら、そこのカフェのベンチ。
あそこをお借りしよう」
彼はカフェの人に断りを入れて、私をベンチへ座らせた。
「さ、お水もらってきたから。はいどうぞ」
「あ、ありがとうございます・・」
「なんだよ、その喋り方。頭うったの?」
「し、失礼ね。あなた・・・誰ですか?」
「え?どういうこと?
待合せに遅れたこと、怒ってるの?」
「え・・だから・・名前は?」
「もう〜。ショウに決まってるだろ」
冷静に、冷静に。
えっと、これからどうしよう・・・
とにかく朝日町へ帰らなきゃ。
いまごろどうなってるんだろう。
怒ってたあのお客さん・・・
そうこうするうちにコーヒーが運ばれてきた。
そっか。カフェだもん。
コーヒーくらい飲むのが礼儀だよね。
「良いショットは撮れたかい?」
「え・・・あ、はい・・まあ」
「まあ、君の腕とそのカメラなら当然か」
ああ、そうか。この一眼レフカメラ。
高級そうだな。
私は、カメラの履歴を遡る。
老舗の酒蔵。軒先の杉玉。
すうっと続いている人波。
和菓子屋の前。
お団子をほおばるカップル。
こっち見てピースサインしてる。
中橋のにぎわい。
欄干の赤色が鮮やか〜。
「いい写真ばかりだ」
「そうですね・・・」
「そんな、他人事みたいに。
君が撮ったんだろ?」
「多分・・」
「次の被写体はきっと桜山八幡宮かな」
「そう・・かな」
「よし、じゃあ行こう。もう歩いて大丈夫?」
「はあ・・まあ、いいですけど・・」
「また、そういう喋り方。
悪かったって言ってるだろ、遅刻したこと」
「そういうことじゃないけど・・」
「もう少ししたら屋台の曳き揃えだぞ」
そう言って、ゆっくりと彼、ショウは立ち上がる。
私も彼に続いて静かに起き上がる。
なんか、ぎごちない。
まるで自分の体じゃないみたいに。
ってか、自分の体じゃないし。
桜山八幡宮まで行ったら、すぐに朝日に帰ろう。
<シーン3B:桜山八幡宮/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(お囃子)
「やっぱり、すごい迫力だなあ。屋台の曳揃え」
「そりゃ、11台もの絢爛豪華な屋台が、一堂に揃うんだから」
「この美しさ・・・言葉にできない」
「写真、撮らなくていいの?」
「あ・・」
「もうすぐ、布袋台のからくり奉納だよ」
一眼レフカメラなんて使ったことないけど・・・
ファインダーを覗いて、なんとなくシャッターを切る。
「ユネスコの無形文化遺産登録。当然って感じだな」
「金箔の飾りも、彫り物も全部職人の手仕事かあ・・・」
「秋の空気によく似合う、美しい景色。
もう少し近づいてみて。
木の温もりと優しい香りが伝わってくるよ」
「まるで詩人みたい」
「はは・・よく言われる」
「桜吹雪の山王祭もいいけど、秋風の八幡祭も素敵」
「初夏を迎える山王祭と冬を迎える八幡祭。
こんな美しい祭りを四季の中で二度も見られるなんて
飛騨人(ひだびと)は幸せだよね」
「確かに。
だけど私、八幡祭は久しぶりなの」
「え?
去年も一緒に来たじゃないか」
「え・・・
あ、そうか・・・ごめんなさい」
「さくら、やっぱり今日はちょっとおかしいぞ。
秋そばの収穫で疲れちゃったのかい?」
秋そば・・・
ってどこのこと?
そばといえば・・・荘川?
この爽やかな青年は?
待合せって言ってたけど、市街地に住んでいるのかしら。
ブルーの瞳がとってもきれい・・・
「ちょっと風が出てきたかな・・寒くない?」
「うん、大丈夫。
あの・・・少しだけ向こうで、電話してきてもいい?」
「あ・・ああ。もちろん」
「朝日のお店に電話しなくちゃ」
「お店?」
「ううん。なんでもない」
◾️電話の呼び出し音(受話器内部音)
思ったとおり、カフェは誰も出ない。
私は、おばあちゃんに電話をかけた。
「もしもし。あ、おばあちゃん?よもぎ」
「うん。ちょっと市街地まで来てるの。そう、今日高山祭」
「え?声がおかしい?」
「あ、そ、そうかな。ちょっと風邪気味だから」
「お店あけてきちゃったから、お留守番お願いできる?」
「ありがとう」
「うん。遅くなる前には帰るから」
「宵祭(よいまつり)?見ないよ。遅くなっちゃうもん」
「お迎え?悪いからいい、いい。帰る方法あるから」
「うん。じゃあ、お店お願いします」
はぁ〜。そうだった。
こんな姿じゃ、おばあちゃん私だってわかんないよ〜。
どうしよう〜。
それに、朝日にいた私はどうなってるの?
お店から消えてどこ行っちゃったの?
もう頭の中が真っ白。
お願い!だれかなんとかして〜!
<シーン4B:桜山八幡宮/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(からくり奉納/布袋台)〜観客の拍手
男女の唐子(からこ)がブランコに乗る「綾渡り」(あやわたり)。
まるで体操の大車輪のように回転しながら、布袋和尚の背と右手に飛び移る。
こんなにも大胆で、ここまで繊細な動き。
久しぶりに目にしたからくりに圧倒される。
隣で見ている彼。
ショウも感動して目が離せなくなってる。
あれ?
ちょっぴり瞳がうるんでいるじゃない?
「この美しさは、言葉にできるようなレベルじゃない」
「ほんと」
私もそれ以上、声をかけられなかった。
ショウの距離は、さっきより少しだけ近づいたようだ。
気づかれないように、彼のジャケットの裾をつまむ。
だって、この人混みではぐれたらいけないから。
それに気づいた彼は、そっと私の肩を抱く。
そのとき、私のことをじっと見ている視線に気がついた。
ゆっくりその方向へ目を向けると・・・
「あっ!」
思わず声を出してしまった。
私たちの斜め後ろに立っていたのは・・・”私=よもぎ”だった。
お互いに目が合った瞬間、
私は反射的に、ジャケットから手を離し、彼の手もふりほどく。
泣きそうな顔で踵を返し、大鳥居の方へ走り出す”よもぎ”。
「待って!」
人波をかき分けて追いかける。
「お願い、止まって!」
「あなた、さくらさんでしょ!」
「行かないで〜!」
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 30 Oct 2025 - 18min - 121 - ボイスドラマ「トライアングル・ラプソディ/前編」
秋の高山祭──荘川そば農家の娘・さくらは、恋人ショウと再会するはずだった。しかし祭の雑踏の中で転倒し、気がつくと見知らぬカフェの記憶と、自分ではない声…。いっぽう同じころ、朝日町の薬膳カフェでは“苦いお茶”をきっかけに騒ぎが起こる。ふたりの意識が入れ替わった瞬間から、物語は静かに、そして切なく動き出す。
──すれ違いの恋、入れ替わる心。ヒダテン!ボイスドラマ第28話『トライアングル・ラプソディ/前編』は、高山祭の喧騒を背景に描く“さくらの視点”のラブストーリーです。
【ペルソナ】
・さくら(24歳)=荘川そばの栽培農家。収穫が終わった休みの日に八幡祭へ(CV=岩波あこ)
・よもぎ(29歳)=朝日町の漢方薬剤師。東京の友達と約束して八幡祭へ(CV=蓬坂えりか)
・ショウ(35歳)=さくらのパートナー。八幡祭で待ち合わせした(CV=日比野正裕)
・観光客(22歳)=二日酔いで薬膳カフェ「よもぎ」へきた旅行客(CV=小椋美織)
<シーン1A:古い町並>◾️高山祭の雑踏(お囃子)
「すごい人出・・高山祭なんだから、あたりまえだけど」
古い町並を上(かみ)から下(しも)へ。
屋台の曳き揃えを目指して、人の波は桜山八幡宮へ流れる。
私はさくら。
実家は荘川町でそばの栽培農家をやっている。
9月後半からは収穫の最盛期。
でも昨日までにすべて終え、今朝、路線バスに乗った。
趣味の一眼レフをかかえて。
秋の高山祭。八幡祭(はちまんまつり)。
パートナーのショウと桜山八幡宮で待ち合わせしている。
彼は市街地で働いてるから、今日もお昼まで仕事だって。
ついさっき少し遅れるって連絡があった。
だから私はひとりでゆっくりと、古い町並を歩く。
中橋(なかばし)から上三之町(かみさんのまち)へ。
古い町並を順番に撮影していく。
なじみの酒蔵があるあたりで、人力車とすれ違った。
いい被写体。
杉玉が吊るされた軒先越しに町並を写す。
そのまま人の流れにのって安川通り(やすがわどおり)方面へ。
人波にもまれながらファインダーを覗いていたとき・・・
「あっ!」
古い町並の左端を歩いていた私は、
足を踏み外して側溝で転んでしまった。
一眼レフを庇うあまり、焼板の壁で強く頭をうち・・・
朦朧とする意識・・・
ああ、祭囃子の音がフェードアウトしていく・・・
<シーン2A:薬膳カフェ「よもぎ」/さくらの体=よもぎの意識>
◾️カフェの雑踏
「ちょっと・・大丈夫ですか?」
「え?」
「急に倒れちゃったみたいですけど・・・」
「あ・・・あ・・・あれ?」
ここ、どこ?
私、古い町並を歩いてたんじゃ・・・
ここって・・・カフェ?
どうして?
「顔色悪いよ・・・」
「あ、あの・・・ここって、どこですか?」
「え〜!どうしちゃったんですか、一体?」
「高山じゃないの?」
「高山でしょ。朝日町のカフェ『よもぎ』・・・
って、あなたのお店じゃないの?」
「朝日町・・・?よもぎ・・・?」
どういうこと?
どうして?
どうして朝日町にいるの?
頭を抱える私に、テーブルに座った女性は、
「救急車、呼びましょうか・・・?」
「救急車・・・?
い、いえ・・・大丈夫です。
あの・・・私、ここの店員なんですか?」
「ちょっと・・・本当に大丈夫?」
「あ・・・はい・・・何か飲まれますか?」
「え・・・だから・・あの・・・
このナントカ茶っての、苦くって飲めないから・・」
「お茶・・・?
ちょっと失礼・・・わ、にがっ」
「でしょ。だからお砂糖を」
「わかりました・・・ちょっと待って」
厨房へ行ってお砂糖を探す。
ってか、このカフェ、ほかに誰もいないの?
砂糖・・砂糖・・・見当たらない。
カフェなのに白砂糖置いてないのかな。
ん?これは?
ラベルに書いてある。
『ナツメのシロップ』『はちみつ』『羅漢果(らかんか)エキス』?
これでいっか。
「ごめんなさい。白砂糖はないみたいだけど、こんなシロップでいい?」
「あ・・・ありがとう・・」
シロップの容器をお客さんのテーブルに置く。
そのとき目に映ったのは私の指。
あれ?ネイルがついてない?
取れちゃったの?
桜の花びらの模様。気にいってたのに。
そんなことを思いながら厨房へ戻ったとき。
入口の鏡を見て驚いた。
「え!?誰、これ!?」
鏡に映っていたのは・・・
よもぎ色のエプロンをした美しい女性。
左目の下のホクロ。
グリーンのカラコンが輝いてる。
眉間に皺を寄せ、呆然とした表情。
そうか、私のことか。
「やっぱ救急車、呼んだ方がよくないですか・・・?」
「ホ、ホントに、だ、だ、大丈夫だから」
「わかりました。
あの、私もう、帰ります。
ごちそうさまでした!」
まるで、おかしな人を見るような表情で
お客さんはそそくさと帰っていった。
そりゃそうだ。
私だって、この状況、まったく理解できないし。
誰もいなくなった店内で、もう一度鏡をじっくりと見る。
薄いベージュのコットンブラウス。
濃いグリーンのワイドパンツ。
髪はまとめて、つまみ細工のヘアクリップに水引のポニーフック。
指にネイルはしてないけど、キレイに手入れしてある。
誰なの、一体?
カウンターの中を手当たり次第探してみる。
あ、カウンターの下にバッグ。
いいよね、見ても。非常事態だし。
小袋がいっぱい。中身は・・ハーブの葉っぱ?
財布。ポーチ。ハンドクリーム。
それから・・・スマホ!
個人情報だけど・・・
ごめんなさい!
ああ、でも暗証番号わかんないから開けないか・・・
と思ったら、顔認証で開いちゃった。
「設定」を開いて・・・
朝日よもぎ・・・
って名前だよね?
いいわ。じっとしてても始まらない。
とにかく、高山市街地へ。
古い町並へ戻らないと。
朝日町からだと・・・
バスの本数少ないよね、きっと。
早く。バス停まで急がなきゃ。
<シーン3A:高山濃飛バスセンター/よもぎの体=さくらの意識>
◾️高山駅前の雑踏/遠くから祭囃子が聞こえる
やっと、戻ってきた。
朝日支所前から路線バスで約1時間。
早く”私=さくら”を見つけなきゃ。
どこへ行けばいい?
古い町並?
そう。
あのとき私、上三之町から安川通に向かって歩いてたから。
もし、”さくら”が誰かの意識を持っているのなら、桜山八幡宮ね。
<シーン4A:桜山八幡宮/さくらの体=よもぎの意識>
◾️高山祭の雑踏(からくり奉納/布袋台)〜観客の拍手
桜山八幡宮の境内に引き揃えられた11台の屋台。
まばゆいほどの絢爛豪華な佇まいのなかをゆっくりと歩く。
どこ?
どこにいるの?”さくら”
もう一度、参道の反対側へ。
男女の唐子(からこ)が綾に乗る「綾渡り」(あやわたり)。
まるで空中ブランコのように、棒を伝って布袋様に乗り移る離れ業。
よく見ると左手の軍配も旗に変わっている。
こんなにも大胆で、ここまで繊細な動き。
何回見ても圧倒される。
思わず見入ってしまったけど、それより・・・
布袋台の前まで戻ったとき、
見覚えのある髪飾りが目にはいった。
桜色のロングヘアーを彩る桜の髪飾り。
淡い桜色のTシャツにデニムのスリムパンツ。
見つけた。
あれ?
彼女、”さくら”の隣にいるのは・・・ショウ?
そうか、出会えたんだ。
よかっ・・・
え?
彼女、どこを見ているの?
”さくら”が見上げているのは屋台じゃなくて・・・ショウ・・・
そのまま視線を下げていくと・・・
え?うそ?
ショウのジャケットの裾をつまんでる。
ショウは・・・?
”さくら”の行動に気づいた彼は、そっと彼女の肩を抱く。
いや。やめて。
こんなのだめ。
ああ、だめ。
見たくなくても視線がはずせない。
私の視線に気づいたのか・・・ゆっくりと彼女が振り向く。
「あ・・」
あわててショウのジャケットから手を離す”さくら”。
私は、お互いに目が合った瞬間、踵を返して大鳥居の方へ走り出した。
「待って!」
”さくら”は人波をかき分けて追いかけてくる。
「お願い、止まって!」
「あなた、さくらさんでしょ!」
「行かないで〜!」
彼女の声が私を追ってくる。
いやだ。いやだ。いやだ。
私は必死で走った。
走りながら目からは大粒の涙がこぼれる。
宮前橋(みやまえばし)を渡って車道へ。
歩道を抜けた瞬間、”さくら”は私の肩に手をかけた。
「私たち、入れ替わってるんでしょ!?」
え・・
一瞬、足が止まる。
そのとき・・・
◾️急ブレーキの音
走ってきた車が急ブレーキをかけた。
私とよもぎ、さくらと私は足をとられて、大きく転倒。
目の前が真っ暗になっていった。
<シーン5A:病院/再び元の体へ(さくら)>
◾️病院の雑踏〜心電図の音など
「気がついた?」
「あ・・・」
窓の外。
夜空に白いカーテンが、かすかに揺れている。
ほんの少し開いた窓から、ぼんやりと祭囃子の音が聞こえてきた。
「宵祭りだよ」
そうか・・・ここは、病院。
ショウは心配そうに顔を覗き込む。
あっ。
そうだ。体。私の体。どうなったの?
指を広げる。
10本の爪に、ほんのりと桜模様のネイルアート。
「鏡、鏡みせて!」
「どうぞ」
ショウがポーチから手鏡をとりだして私に手渡す。
目をつむって鏡を顔の前へ。
おそるおそる、ゆっくりと目を開けると・・・
緊張した表情で私を見つめていたのは、
桜色のロングヘアー。
桜の髪飾り。そして・・・
私だ!さくら・・・
Thu, 23 Oct 2025 - 17min - 120 - ボイスドラマ「LOBO★ユアフレンド」
久々野町の森にひっそりと暮らしていたオオカミの母と子。クマに襲われ、母を失った子ども「カムイ」が、幼稚園児の少女・りんごと出会うことから物語は始まります。
“ロボ”と呼ばれ、人間の家族と暮らしながらも、心の奥底には「オオカミの誇り」を宿し続けるカムイ。彼はりんごを守るため、幾度となく命を張ります。そしてついに訪れる、運命の夜──。
母が遺した言葉を胸に、最後の最後まで少女を守り抜いたカムイの姿は、聞く者の心を揺さぶります。
「もしも、ニホンオオカミが生き延びていたら?」そんな“もし”を描いた感動のボイスドラマを、ぜひお聴きください。
【ペルソナ】
・カムイ/LOBO(0歳〜)=子どもの狼(CV=坂田月菜)※カムイはアイヌ語で「神」
・母狼(30歳くらい)=誇り高き飛騨狼の最後の生き残り(CV=小椋美織)
・りんご(5歳)=久々野町の幼稚園年長さん。(CV=坂田月菜)
・ママ(28歳)=りんごのママ(CV=岩波あこ)
・パパ(32歳)=りんごのパパ(CV=日比野正裕)
・ニュースアナウンサー=宮ノ下さん(カメオ)
【参照:日本オオカミ協会】
<シーン1/久々野の森から国道41号へ>
◾️SE/森の中/虫の声/クマの声
「カムイ!逃げて!」
「おかあさんは!?」
「いいから逃げなさい!ウェン/カムイより早く!」
おかあさんはボクを庇うように、大きなクマの前に回り込んだ。
ウェンカムイ。
ボクたちを襲ってくる悪いクマのことをおかあさんはそう呼んだ。
弟のイメルも妹のレンカもウェンカムイに襲われていなくなった。
おかあさんとボク=カムイは、オオカミの母子(おやこ)。
オオカミ?
正しくはニホンオオカミって言うんだって。
ボクたちはここ久々野で生まれ、久々野で育った。
おかあさんは一之宮からやってきた、って言ってたけど。
ボクは夢中で逃げた。
無我夢中で走ったら、目の前には人間が作った大きな道。
よし、あの向こうまで行けば・・・
勢いをつけて飛び出す。
そのとき、
◾️SE/急ブレーキの音
「カムイ!あぶない!」
「おかあさん!」
草むらから飛び出したおかあさんが、ボクに体当たりした。
ボクは道の端に投げ出され、お母さんも草むらへ。
「おかあさん!おかあさん!」
おかあさんは草むらに横たわって動かない。
ただ、ボクの方をじっと見つめた。
おかあさんの声は心の中に直接聞こえてくる。
「ねえ、カムイ。聞いて。
覚えておいてほしいの。
私たちは誇り高きニホンオオカミ。
ここ、飛騨では神の使い」
「かみさま?」
「そう。
だから、これからも悪いやつに負けちゃだめ。
どんな大きな相手でも背中を見せてはいけない」
「うん、わかったよ」
「もし、あなたに家族ができたら命懸けで守るのよ。
家族なんて・・無理かもしれないけど・・・」
「おかあさん・・?」
「さあ、もう・・・いきなさい・・・」
「おかあさん!」
「ここにいちゃ・・いけない」
そう言っておかあさんはゆっくりと目を閉じた。
「おかあさん!おかあさん!どうしたの?なんで返事してくれないの?」
「おかあさん・・・」
「わかったよ・・・ボク、いくね・・」
ボクはおかあさんにさよならを言って、大きな道をもう一度渡っていった。
「あぶない!」
「えっ?」
気がつくと、さっきよりおおきな乗り物が目の前を走り去っていった。
ボクを抱きかかえて尻餅をついているのは・・・
人間のこども!
「あぶなかったねー」
と言って、ボクの頭を撫でてくる。
「さわるな!」
「こら、助けてあげたのに怒っちゃだめでしょ。
りんご、年長さんになったから知ってるもん。
親切にされたら『ありがとう』って言うんだよ」
なに言ってるかわかんないけど、
ちょっと困った顔をして、もう一度触ってきた。
あ、あったかい・・・
「よしよし。
もう道路に飛び出しちゃだめだよ。
じゃあね。ばいばい」
そう言ってどっかへ行っちゃった。
「おかあさん・・・」
どうしてかわかんないけど、ボクは女の子のあとをついていく。
大きな道から、少し小さな道へ。
おっきくてながぁい乗り物が走る道も越えて。りんごがいっぱい実っている畑を通ったとき
女の子は振り返った。ボクも距離を保ったまま立ち止まる。
「あれぇ?
ちびちゃん、ついてきちゃったの?」
女の子はしゃがんで、ボクに向かって小さな手をふる。
なんだ?
よくわかんないけど、そばへ行ってみよ。
「どうしよう・・・
ママ、犬、きらいって言ってたよなあ・・」
「ねえ、いい子にできる?」
なに言ってんだ、こいつ。
「できるよね?」
ボクが首をかしげると、
「もう〜。いい子にしないと、追い出されるんだってば!」
また困った顔。しかたないなあ。
そっち行ってやるよ。
<シーン2/久々野町・りんごの家>
◾️SE/食卓の音
「ちゃんとりんごが自分で面倒みるのよ」
女の子のお母さんがボクの方を見てなにか言った。
どういうこと?
「よかったね!ちびちゃん!」
女の子はボクを抱いて大喜びしている。
あれ?
なんか知らないうちにこの子のこと、嫌じゃなくなってるかも。
一緒にいた男の人が、ボクを「ロボ」と呼んだ。
なんだ、それ?
ボクの名前はカムイ。カムイだぞ。
「ロボ、これからアタシが面倒みるからね!
アタシの名前はリンゴ。覚えてね。リ・ン・ゴ」
りんご・・・。
この子が、りんご。
ボクとりんごは、こうして家族になった。
ボクは、人間の匂いがする寝床を作ってもらったけど、そんなんやだな。
りんごの寝床にあがって、横に寝た。
次の朝、りんごは背伸びをして目覚め、ボクを抱っこして、外へ。
「おしっこだよ〜」
なに言ってるかわかんないけど、りんご畑の方へ駆けていく。
おかあさんに教えてもらったように
足をあげて、畑の木におしっこをかけた。
ここはボクとりんごの縄張り。
誰も入(い)れないから。
それからの毎日はいつもりんごと一緒。
りんごがいないお昼間は、縄張りに目を光らせる。
ボクが守ってあげないと。
◾️SE/狼の遠吠え
たまに、夜になるとおかあさんのこと思い出して叫んじゃうけど。
「ロボちゃんはおりこうね。
キャンキャン言わないから、ママに怒られない。
りんごも見習わないと」
りんごの言ってることはちんぷんかんぷんだけど
ボクの頭を撫でるときは、喜んでるとき。
朝はいつもお散歩。当然ボクはりんごを守る。
ある日、散歩の途中で大きな黒い犬が現れた。
「あ!おっきな犬!怖いよぉ!」
黒い犬は、りんごが怖気付いたのを見て、こっちへ駆けてくる。
「きゃあ〜!助けて〜!」
「大丈夫。心配ない」
ボクはりんごの前に立ち、犬を睨みつける。
ボクより何倍も大きな体。
でも、そんなの関係ない。
『私たちは誇り高きニホンオオカミ。
どんな大きな相手でも背中を見せてはいけない』
おかあさんの声が頭の中に響く。
ボクは、まったく怖くなかった。
低い唸り声をあげて犬を睨む。
ボクと目が合ったとたん、犬は顔を伏せた。
「りんごに近づくな」
低い唸り声を犬に投げつける。
犬はあっという間に逃げていった。
「ロボちゃん、りんごを守ってくれたの?」
ボクは、犬が見えなくなるまでじっと睨み続けていた。
<シーン3/成長するロボ>
◾️SE/大自然の音(野鳥の声)
久々野で生まれたボクは、新しい家族とともに
だんだん大人になっていく。
一年後。
毛並みは濃い茶色へ。
いつでもりんごの横で、警戒を怠らない。
そんなある日。
ボクたちの家には、たくさんの人間が集まっていた。
「ロボちゃん、今日はりんごの誕生日なの。
一緒にお祝いしてね」
よくわかんないけど、りんごの笑ってる顔を見るのは嬉しい。
だけど、りんごと同じくらいの年。オスの子どもが
りんごのものを奪って逃げようとした。
♂「返してほしいか?」
「やだ!返して。それ、私のプレゼント!」(※泣きながら)
♂「ふん。とれるものならとってみろ!へへへ」
ボクはすぐオスの子どもの目の前に回り込んだ。
睨みながら、鋭い牙を剝き出して、ゆっくりと一周する。
低い唸り声が響く。
「りんごからとったものを返せ」
♂「な、なんだ。こいつ。気持ち悪い!」
オスの人間は泣きながら、逃げていった。
ボクは取り返したものをりんごに渡す。
「ロボちゃん、ありがとう」
りんごは泣きながら、ボクを抱きしめた。
「大丈夫だよ、ボクがいるから」
◾️SE/大自然の音(野鳥の声)
さらに一年後。
りんごとボクは2人だけで過ごすことが多くなった。
お父さんとお母さんはりんご畑から帰ってこない。
「ごめんね、りんご。
今からお夕飯作るからね」
「いらない」
寂しさと悲しさの入り混じった声だ。
「なんだ、その言い方は!
おかあさんに謝りなさい!」
「やだ。知らない」
「ちょっと待て!」
お父さんがりんごの肩に手をかける。
「やめろ!!」
ボクは思わず叫んだ。
「なんでそんなことするの?みんな家族じゃないか」
ボクは全身の毛を逆立ててお父さんを睨む。
お父さんは慌ててりんごから手を離した。
「ロボ!なにするんだ!」
と言いながら、今度はボクに手を振り上げた。
ボクはお父さんとりんごの間に割り込む。
りんごが怪我しないように、おとうさんを睨みつけた。
「ロボちゃん、やめて」
りんごが泣きながらボクを抱き寄せる。
みんなボクのこと、ウェンカムイを見るような目で見つめていた・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 16 Oct 2025 - 18min - 119 - ボイスドラマ「梅花藻/後編(飛騨一之宮編)」
1934年、高山本線が開業したばかりの飛騨。久々野から宮峠を越え、二人がたどり着いたのは聖域・飛騨一宮水無神社。前編で出会った“女スパイ”梅花藻と少年りんごは、臥龍桜/夫婦松/水無神社に散らされた暗号を手がかりに、山上の奥宮へと向かいます。待ち受けるのは、陽炎を創設した男・蛇(オロチ)。そして、国の命運すら揺るがす「ある秘匿物」の真相。
後編は、りんごのモノローグが中心。
リンゴを分け合うささやかな時間、臥龍桜のしめ縄に潜む数字、そして奥宮での決断。スパイ・アクションの緊張感と、少年のまっすぐな祈りが同時に走る、ヒダテン!屈指のエピソードです。<『梅花藻(バイカモ)』後編「飛騨一之宮編」>
【ペルソナ】
・少年りんご(12歳/CV:坂田月菜)=岐阜から高山線に乗り込んできた尋常小学校の低学年
・梅花藻(25歳/CV:小椋美織)=コードネーム梅花藻(ばいかも)。政府の諜報機関「陽炎」所属
・春樹(ハルキ=62歳/CV:日比野正裕)=蛇の同級生。詩人であり小説家。父は水無神社宮司
・蛇(オロチ=62歳/CV:日比野正裕)=諜報機関「陽炎」を作った人物。逃げた梅花藻を追う
【プロット】
【資料:バイカモ/一之宮町まちづくり協議会】
https://miyamachikyo.jp/monogatari/pg325.html
・時代設定=高山本線が開業した1934年(10/25全線開業)
・陸軍省が国防強化を主張するパンフレットを配布し軍事色が強まる
・国際的には満州国が帝国となり溥儀が皇帝に即位
・ドイツとポーランドの間で不可侵条約が結ばれた
※一部が梅花藻のモノローグ、二部はりんごのモノローグ
<プロローグ/宮峠の鞍部にて>
◾️SE/秋の虫の声/森の中を歩く音/近くに流れる沢の細流(せせらぎ)
「はあっ、はあっ、はあっ・・」
「りんごクン、大丈夫?もうヘバっちゃった?」
梅花藻のお姉さんが意地悪そうに笑う。
「宮峠を越えたらもう宮村だから」
そう言ってボクの手を引く。
ボクたちはまだ、出会ってから24時間も経っていない。
この道行(みちゆき)が始まったのは、昨日。
母さんの葬式の真っ最中から。
(葬式の最中、見知らぬ男たちが父さんを連れ去った。
「久々野のおじいちゃんに届けるように」
そう言って父さんがボクに託したのは母さんの遺骨。
ボクは一晩中逃げたんだけど、岐阜駅で知らない男たちに捕まってしまった。
気づけば汽車に乗せられて、高山本線で富山へ。
助けてくれたのは、一人の女の人。
梅花藻という名前のお姉さんが
たった一人で悪者をやっつけちゃったんだ。
お姉さんは、故郷の宮村へ向かう途中だと言った。
久々野と宮村。
目的地が近かったからボクたちは一緒にいくことになった。
でも、どうして悪者はボクを追ってくるのか。
それに気づいたのもお姉さん。
お姉さんは、母さんの遺骨の中から、一枚の地図を見つけた。
それがなんなのかわかんないけど、悪者はそれを探してたんだと思う。
だっておじいちゃんのりんご農園へ帰ったときもやつらがいたんだもん。
お姉さんが知らないうちにやっつけてくれたけど。
用事を終えたお姉さんは、ボクを置いて一人で水無神社へ行こうとしたけれどボクはお姉さんを追いかけた。
だってボクは決めたんだ。お姉さんについていこうと)
父さんが悪者に連れ去られたり、ボクも汽車に乗せられたりと
いろいろあったけど。
いまはこうして手をつないで、宮村への山道を歩いてる。
「なに独り言つぶやいてるの?」
お姉さんは、覗き込むようにボクに顔を近づける。
「そろそろ分水嶺だから、少し休もうか」
「うん。久々野の飛騨リンゴ。食べようよ」
「そうね。こっちへ」
リンゴを投げると、お姉さんは片手で受け取る。
そのまま片手でトランクのヒンジを開けて・・
さっと取り出したのは刃渡りのおおきな果物ナイフ。
あっという間にリンゴを八等分にして僕に手渡す。
「いい香り。食べる前から美味しい、ってわかるわ」
「そりゃそうさ。おじいちゃんちの飛騨リンゴは世界一だから」
「ほんとね。間違いない」(※食べながら)
「これからどこへ向かうの?」
「まずは、飛騨一宮水無神社」
「どうして?」
「見て」
お姉さんが見せてくれたのは、父さんが残した地図。
「この3つの印がどこを表すかわかる?」
「わかんない」
「一つ目は、臥龍桜。
飛騨一ノ宮駅の西側にある大きな桜の木よ。
二つ目は、夫婦松(めおとまつ)。
臥龍桜より南。山下城址の近くにある有名な松の木。
そして、3つ目がほら。
飛騨一宮水無神社ね」
「お姉さん、すごい」
「宮峠から北へまっすぐ降りていけば水無神社よ。
りんごを食べたらいきましょう」
「うん。わかった」
「直線だけど結構急な斜面だから、また体力使うわよ」
「大丈夫。
ねえ、梅花藻お姉さん」
「なあに?」
「お姉さんってなんでそんなに飛騨のこと詳しいの?」
「え?」
「だって、久々野から宮村まで、こんな山道知ってるなんて」
「どうしてかな・・・
なんだか・・体が覚えてるみたい」
お姉さんって(ホントは)一体なにものなんだろう?
ものすごく強いし、なんでも知ってて、超人みたいだ。
「思い出せないけど・・なんかそんな気がするの」
「そういえばお姉さんの名前、梅花藻。
水無神社の近くに咲いてる花の名前だって言ってた」
「そうね。今でも咲いてると思うわ」
「ふうん・・・」
「さあ、もう行くわよ。
向こうの沢でお口ゆすいできなさい」
なんか、たまに、お姉さんが母さんのように思えてくる。
昨日お葬式だったのに。ボクって親不孝者だな。
<シーン1/飛騨一宮水無神社>
◾️SE/秋の虫の声
「夜分にすみません。
旅の母子(おやこ)ですが、
一夜の宿をお願いできませんでしょうか?」
水無神社に着くと梅花藻のお姉さんは社務所へ。
こんな夜でも人がいる。
入母屋造り(いりもやづくり)の厳かな建物。
なんでも来年から、社殿を作り直すんだそうだ。
だからみんないるのかな。
宮司さんは最初、
”寺の宿坊(しゅくぼう)じゃないのだからお泊めするのは難しい”
と言ってたけど、
「いいじゃないですか。お隣の宮村薬師堂で」
と言って声をかけてきたのは、還暦くらいのおじさん。
「まだ、年端(としは)も行かないような少年もいるようだし」
お姉さんは、すごく警戒して、
「やっぱり、ほかをあたってみます」
って言う。
「いやご心配なく。まあ、私と相部屋にはなりますが。
ちょっと狭いのさえ我慢していただければ」
「いいえ。子どももいるのでご迷惑をおかけできません」
「こんな時間、このあたりに寝られる場所はありませんよ」
「でも・・」
ボクはお姉さんの袖をひっぱった。
お姉さんはボクを睨んだけど、
「さあさあ、時間も遅いので、私が案内しましょう。
私も東京から戻ったばかりなんです」
「東京」という言葉を聞いて、お姉さんの顔が強張った。
右手を胸に。
確か内ポケットにナイフが入ってるんだよなあ。
ぶっそうな。
おじさんはニコニコしながらボクたちを案内してくれる。
水無神社の宮司さんも笑顔で見送ってくれた。
<シーン1/宮村薬師堂>
◾️SE/秋の虫(鈴虫)の声
「なんだか無理やりだったかな。申し訳ない。
そうそう。自己紹介しておかないとですね」
「いえ。必要ありません」
「私は、島崎直樹と申します。
東京で物書きをやっております」
「直樹・・・」
梅花藻お姉さんの眉間の皺が一瞬緩んだ。
「私の父が昔、水無神社の宮司をしていましてね。
まだ私が幼い頃ですけど。
ここ、薬師堂は、神仏習合の時代には別当寺(べっとうじ)だったんですよ。
そんな歴史もあったので、私も父とよく掃除にきていました」
へえ〜。
だから神社の人と仲良さそうだったんだ。
「お二人はこれからどちらへ?」
「富山です」
あ。しまった。つい本当のことを。
お姉さんの眉間にまた皺が寄る。
「八尾(やつお)に親族がいるので」
ボクが次の言葉を発する前に、お姉さんが口を挟んだ。
直樹というおじさんは、じいっとお姉さんの顔を見る。
「どうかしましたか?」
「いやあ、どうしようかな・・」
「おっしゃってください。遠慮なく」
「あの・・お恥ずかしいのですが、
貴女、私の知っている女性にとてもよく似ていらっしゃる・・」
「まあ。なんだか、常套句っぽい言の葉ですわね」
「まさか、とは思いますが・・貴女、名前はウメ、と言いませんか?」
「え?」
お姉さんの顔が少しだけ赤らんだ。
「20年前・・私ここで一人の少女と出会ったんです」
「はっ・・」
「彼女の名前はウメ。5歳くらいの孤児でした。
暮らしていたのはこの薬師堂。
ウメはよく久々野まで行って、畑からリンゴを盗んできました」
盗んで・・。なんてこと。
「薬師堂でウメと初めて出会ったとき。
小さな腕に抱えたリンゴの中からひとつ、私に差し出しました」
盗んだリンゴなのに。
「私はお返しに、赤かぶ漬けや朴葉味噌のおにぎりをあげました。
ウメは美味しそうに食べてくれたなあ。
それから私が東京へ戻るまで、いろんなとこへ行って、いろんな話をした。
当時私は40代でしたが、自分の幼い頃を思い出しちゃいましてね。
臥龍桜の下で、まだ小さなウメに向かって、自分の初恋の話をしたんです」
「初恋・・」
「はい」
「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき」
「前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」
え?どういうこと?
わかんないってば。
「やっぱり、ウメさん・・ですよね?・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 09 Oct 2025 - 20min - 118 - ボイスドラマ「梅花藻/前編(久々野編)」
1934年、高山本線開業の日。非公認諜報機関「陽炎」から逃げた女スパイ・梅花藻は、久々野へ向かう汽車の中で少年りんごと出会う。母の骨壷に隠された地図、そして迫りくる追手――。飛騨のリンゴ畑を舞台に繰り広げられるスリリングな物語。後編(一之宮編)へ続く。
【ペルソナ】
・梅花藻(25歳/CV:小椋美織)=コードネーム梅花藻(ばいかも)。政府の諜報機関「陽炎」所属
・少年りんご(12歳/CV:坂田月菜)=岐阜から高山線に乗り込んできた尋常小学校の低学年
・春樹(ハルキ=62歳/CV:日比野正裕)=蛇の同級生。詩人であり小説家。父は水無神社宮司
・蛇(オロチ=62歳/CV:日比野正裕)=諜報機関「陽炎」を作った人物。逃げた梅花藻を追う
【プロット】
【資料:バイカモ/一之宮町まちづくり協議会】
https://miyamachikyo.jp/monogatari/pg325.html
・時代設定=高山本線が開業した1934年(10/25全線開業)
・陸軍省が国防強化を主張するパンフレットを配布し軍事色が強まる
・国際的には満州国が帝国となり溥儀が皇帝に即位
・ドイツとポーランドの間で不可侵条約が結ばれた
※一部が梅花藻のモノローグ、二部はりんごのモノローグ
<プロローグ/東京・蒲田の陽炎の諜報施設>
◾️SE/走る足音・銃声・虫の声
はぁ、はぁ、はぁ・・・
あと少しで蒲田駅。
そこまで行けば、あとは・・・
海軍の施設や工場が集積する蒲田。
看板もなにもない木造の施設が廃墟のようにたたずむ。
それが、私を育てた組織「陽炎」の本部。
育てた?
いや、正しく言えば、私をつくった組織。
創業者のオロチに言わせると私は、
工作員として史上最高の傑作らしい。
コードネームは、梅花藻。
ついさっきまで「陽炎」のトップエージェント、女スパイだった。
そう。「陽炎」が解体されると知るまでは。
1934年。
ドイツとポーランドの間で不可侵条約が結ばれた。一方・・
満洲国という傀儡国家を作り、アジアでの地位を築こうとする日本。
非公認の諜報機関について都合が悪い状況が増えてきた。
結論は、歴史の闇に葬り去る。
存在そのものを抹消する、ということらしい。
いち早く情報を入手した私は、上官を撃って施設から脱走した。
ためらいなどない。
そう教えられてきたのだから。
◾️SE/銃声一発/工場のサイレン/遠くに響く汽笛
よし、これで追っ手はすべて消えた。
蒲田まで行けば、国鉄で品川、東京へ。
そのあとは・・・?
「さすがだな、梅花藻。
だが、この蛇から逃げられると思うなよ」
◾️SE/東京駅の雑踏
東京駅にとまっていたのは2つの特急列車。
南回りの「櫻」と北回りの「富士」。
同じ時刻に東京駅を発車して「下関」に向かう寝台特急である。
私は中央西線経由の「富士」に乗ったように偽装。
サングラスをはめ、変装して東海道線の「櫻」に乗り込んだ。
空いていたのは一等寝台。
まあ、そのくらいの蓄えはある。
ああ、疲れた。
横になりたい。
だが決して油断はせず。古びたトランクを右手側に置いて
体をコンパートメントのベッドへ預けた。
<シーン1/岐阜駅>
◾️SE/蒸気機関車の汽笛/岐阜駅の環境音/機関車転車台の音/ハイヒールの音
転車台の上を機関車が回転する。
東海道線の要衝、国鉄岐阜駅。
私は東京発下関行きの特急「櫻」を途中下車した。
まだ暗い早朝だからほとんど人はいないだろう。
と思ったら大間違い。ガス燈の薄灯りに照らされた構内はかなりの人出。
そうか。
今日、高山本線が開通したんだ。
いや。この混雑。私にとっては都合がいい。
駅構内を入念にチェック。一人でホームに立つ女性など、目立って仕方がないからな。
ふむ。高山で乗り換えて富山まで。
なるほど・・・
感じるものがあって、私は高山行きの列車に乗り込んだ。
<シーン2/高山線車内/少年との出会い>
◾️SE/蒸気機関車の汽笛/狭軌蒸気機関車車内の音(No.532452)
ゆったりした二等客車の先頭。
私は進行方向とは逆の座席に腰掛けた。
スパイの習慣。
後方の三等客車から二等車両へ入ってくるものはほとんどいない。逆に前方の二等車両から入ってくるものはすべて視界に納められる。敵が現れても瞬時に対応できる体勢。
流れ去る景色をじっくり見られるのも大きい。
自分のいまいる場所を正確に把握できる。
膝の上にトランクを置き、視線は窓の外へ。汽車がガタンと揺れ、ゆっくりと動き出す。車輪の軋む音と、乗客たちのざわめき。遠ざかる岐阜の灯(あかり)を、私は無表情に見送った。
天井からは裸電球がぼんやりと光を放ち、
乗客たちの顔を陰影深く浮かび上がらせている。
隣に座った見知らぬ男が新聞を広げる音。
向かいの席で小さな子供が母親に甘える声。
意識は常に、緊張感を保っている。
とその時・・・
◾️SE/通路の扉が開く音
岐阜を出てまもなく。
揺れる通路を、前の車両から来た三人が歩いてくる。
中央には、まだ幼い少年。
手には四角い風呂敷包み。あれってまさか・・
少年の前後を、がっしりとした体格の男二人が挟んでいる。
殺気に溢れた表情。
一般人ではないな。
少年はうつむき加減で、顔はほとんど見えない。
ただ、歩き方が不自然なことに、私の瞳が反応した。
ああ、わかった。
後ろの男が上着のポケットの中から、少年に刃物を押し当てている。
2人の男は、周囲の乗客に気づかれぬよう、何か囁き合う。
冷たい威圧感。
少年は、顔を上げると、すぐに男たちに抑え込まれた。
私は、俯き加減に窓の外を眺める。
3人が、私の横を通り過ぎようとした、その刹那。
少年は、さりげなく、片手をひらりと振る。
その手のひらに、一瞬だけ、奇妙な動きが見えた。
親指と小指を立て、他の指を折り曲げる。
「助けて」
手話だった。理解できるものだけにわかる国際的なSOSのサイン。
同時に、少年の震える瞳が、私の眼差しと交錯した。
私は、膝の上のトランクがずり落ちそうになったフリをする。
身をかがめながら少年にウィンクした。
◾️SE/通路の扉が開く音
少年と男たちは客車と客車を繋ぐデッキへと向かう。
デッキは、乗客のいない薄暗い空間。私は音を立てずに彼らの背後に回り込む。目の前には無防備な背中。
男が気づくよりも早く、細いワイヤーを首に巻き付け、一気に締め上げる。
声も出せまい。
もう一人の男が振り返った瞬間、脇腹に蹴りを入れる。すかさず、見開いた目にポケットの砂を投げつけた。
視界を奪われてもがく男。
「目をつむってなさい」
顔をあげようとする少年を言葉で制した。
その間に一人目の男を連結部へ引っ張り出す。もがく男の力を利用して、汽車の外へ。
男は鉄橋から飛騨川へ落ちていった。
目潰しをした男も連結部へひっぱり
汽車が鉄橋を越える前に飛騨川へ放り出す。
もうこれで、追ってはこれまい。
デッキに戻った私は少年に声をかける。
「もういいわよ」
「あ・・」
「客車に戻りましょう」
<シーン3/高山線車内/2人の会話>
◾️SE/蒸気機関車の汽笛/狭軌蒸気機関車車内の音(No.532452)
「ありがとうございました・・」
私の横の席に少年を座らせて、話をした。
「どうなることかと・・」
「話してくれる?」
「はい・・」
「きみはだれ?」
「名前は、りんごです」
「あいつらは何者?」
「わかりません。葬式の最中にいきなりやってきて・・」
「葬式?」
「はい。母の・・」
「そう・・・。残念ね」
「葬式の最中に大勢でやってきて父を連れていってしまったんです・・」
「お父さんを?どうして?」
「わかりません。ただ、父は軍閥でした。
なにか、争いに巻き込まれたのかも」
「軍閥・・・
いろいろ裏がありそうね」
「連れていかれそうになったとき、父は
『かあさんの骨を久々野へ』と言い残したんです・・」
「そうか・・・」
「ボクは母さんの骨壷を持って逃げました。
一晩中逃げまわり、どこをどう歩いたか覚えていません。
明け方岐阜駅まで逃げてきて、構内を歩いてたらいきなり捕まって」
「どうして高山線に乗ったの?」
「富山のどこかへ連れていくと言ってました・・」
「そう・・」
五箇山の軍事施設ね。確か陽炎の支部もあったはず・・・
「お姉さんは?」
「え」
「お姉さんはだれなんですか?
あんなことできるなんて、普通じゃない」
「まあ、そう・・だな」
「名前はなんて言うんですか?」
「梅花藻」
「梅花藻?」
「梅の花の藻、藻は海藻の藻。
宮村にある水無神社は知ってる?その近くの川に咲いてるのよ」
「え?川ですか?」
「そ。水温が一定の、清んだ水の中にだけ咲く白い花よ」
「お姉さん、人間じゃないの?」
「人間に決まってるじゃない。
梅花藻は、名前」
「そうかあ。
あっという間に悪者をやっつけちゃったから、
妖怪かなんかかと思った」
「まあ、失礼ね」
「ごめんなさい」
「いいわ。許してあげる。
その代わり、と言っちゃなんだけど・・・
ちょっとお母さんのお骨(こつ)、見せてくれる?」
「え・・」
少年はためらいながらも、風呂敷包みを私に手渡す。
私は丁寧に風呂敷を開け、
「ごめん。開けるわよ」
「あ・・」
「やっぱり・・」
「なに・・?」
「地図よ。お骨の底の方に」
「え・・」
「お父さん、なにか大事なものを隠してたのね」
「そんな・・」
「軍の関係者が血眼になって探すようなもの・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 02 Oct 2025 - 20min - 117 - ボイスドラマ「LOBO★マイフレンド〜国道沿いで拾った子犬はまさかのニホンオオカミだった!?」
知られざる最後のオオカミの物語──その名は「ロボ」
舞台は、飛騨高山・久々野町。国道沿いの草むらで母を亡くした一匹の“子犬”と、年長さんの少女・りんごが出会うところから物語は始まります。
成長とともに、次第に周囲から「異質な存在」として扱われていくロボ。しかし、りんごにとってロボは“友だち”であり“家族”であり、かけがえのない存在でした。
守るために牙をむいたとき、愛するがゆえに手放さなければならなかったとき、子どもと動物の間に芽生えた絆が、あなたの心に静かに火を灯します。そして最後に、明かされるロボの“本当の正体”。これは「もういないはずの命」と「小さな命」の奇跡の物語です。
【ペルソナ】
・LOBO(0歳〜)=りんごに拾われた狼の子ども(CV=坂田月菜)※「lobo」はスペイン語で「狼」
・りんご(5歳)=久々野町の幼稚園年長さん。(CV=坂田月菜)
・ママ(28歳)=りんごのママ(CV=岩波あこ)
・パパ(32歳)=りんごのパパ(CV=日比野正裕)
・ニュースアナウンサー=宮ノ下さん(カメオ)
【参照:日本オオカミ協会】
<シーン1/久々野町・国道41号沿いの草むら>
◾️SE/急ブレーキの音と狼の悲鳴
※りんごのモノローグは主観ではなく客観的な視点
「おかあさん!おかあさん!どうしたの?なんで返事してくれないの?」
久々野町、国道41号線沿いの草むら。
車に跳ねられ、飛ばされた野犬が横たわっていました。
その横には、小さな子犬が1匹。
冷たくなった母の乳房をしゃぶりながら泣いています。
濃い茶色の体毛。
長い脚。
尻尾は丸く湾曲して、耳は短い。
やがて、乳が出なくなった母の亡骸から子犬は離れていきます。
ふらふらと国道に歩いていきました。
「あぶない!」
「えっ?」
目の前を、おおきなトラックが走り去っていきます。
子犬は女の子に抱えられて、一緒に道の端で尻餅をつきました。
女の子の名前は、りんご。
この春、5歳になったばかりの年長さんです。
「よいしょっ・・」
と、お尻の土を払って立ち上がったりんごは
「あぶなかったねー」
と言って、子犬の頭を撫でます。
子犬は抱っこされたまま、牙を剥きました。
「ウ〜ッ」
「こら、助けてあげたのに怒っちゃだめでしょ。
りんご、年長さんになったから知ってるもん。
親切にされたら『ありがとう』って言うんだよ」
「くう〜ん・・」
「よしよし。
もう道路に飛び出しちゃだめだよ。
じゃあね。ばいばい」
りんごは、抱っこした子犬を草むらに戻して
おうちに帰っていきました。
ところが・・・
「おかあさん・・・」
りんごのあとを少し離れて、子犬はついてきちゃったのです。
おうちまであと少し、という農道。
踏切を越えて果樹園の前を通ると、
葉摘み(はつみ)をしているおじさんがこっちを見て笑っています。
りんごが振り返ると、後(あと)についてきているのは、あの子犬。
距離を保ったまま、子犬も止まっていました。
「あれぇ?
ちびちゃん、ついてきちゃったの?」
りんごはしゃがんで、子犬を手招きします。
子犬は・・・少し悩むような顔をしてから
ゆっくり近づいてきました。
「どうしよう・・・
ママ、犬、きらいって言ってたよなあ・・」
「ねえ、いい子にできる?」
子犬はなんにも言わずにりんごを見ています。
「できるよね?」
子犬はりんごを見て、首をかしげています。
「もう〜。いい子にしないと、追い出されるんだってば!」
りんごが頭を撫でると、子犬は初めてすり寄ってきました。
<シーン2/久々野町・りんごの家>
◾️SE/食卓の音
「ちゃんとりんごが自分で面倒みるのよ」
意外なことに、
おかあさんは、飼うことを許してくれました。
もちろん、りんごは大喜び。
おとうさんが、子犬に名前をつけました。
ふた文字で「ロボ」。
りんごは、あんまり気に入りませんでしたが、
飼えることになったので、文句は言えません。
それからは、ロボの世話で大忙しの毎日。
朝、りんごが目を覚ますと、ロボはベッドの横。
黙ったままじいっと座っています。
ダンボールで作った寝床はいやみたい。
りんごは背伸びをして体を起こし、ロボを抱っこして、お外へ。
「おしっこだよ〜」
声をかけると、ロボはお庭から続いたりんご畑へ駆けていきました。
ロボは、決して吠えません。
代わりに、低い唸り声や、かすれたような声を出します。
時どき、深夜、満月に向かって遠吠えをしました。
「ロボちゃんはおりこうね。
キャンキャン言わないから、ママに怒られない。
りんごも見習わないと」
でもママは、あまり嬉しそうではありませんでした。
可愛げがない子犬、って映ったのかも・・
お散歩も大事なお仕事。
毎朝、ロボを連れて果樹園の周りを散歩に出かけました。
そんなある日のこと。
散歩の途中で大きな黒い犬が、行く手に現れました。
「あ!おっきな犬!怖いよぉ!」
黒い犬は、りんごが怖気付いたのを見て、こっちへ駆けてきます。
「きゃあ〜!助けて〜!」
そのとき、ロボはりんごの前に立ち、犬を睨みました。
低い唸り声があたりに響きます。
黒い犬は、ロボを見て立ち止まり、顔を伏せました。りんごが、目を塞いでいた手を開くと・・・
黒い犬が逃げていくところでした。
「ロボちゃん、りんごを守ってくれたの?」
ロボは、犬が見えなくなるまでじっと睨み続けていました。
<シーン3/成長するロボ>
◾️SE/大自然の音(野鳥の声)
久々野の豊かな自然の中、すくすくと育っていくロボ。
りんごが6歳になったとき、
ロボは子犬とは呼べないほど大きくなりました。
毛並みもさらに濃い茶色へ。
いつでもりんごの横にいて、周りを警戒しているように見えます。
それがわかったのはりんごの誕生日。
お祝いのパーティで
従兄弟がりんごにいじわるをしてきました。
ママからもらったプレゼントをひったくって、
♂「返してほしいか?」
「やだ!返して。それ、私のプレゼント!」(※泣きながら)
♂「ふん。とれるものならとってみろ!へへへ」
男の子がプレゼントを奪って走り出したとき・・・
一瞬で目の前にロボが回り込みました。
男の子を睨みながら、鋭い牙を剝き出しています。
そのまま男の子の周りをゆっくりと一周。
低い唸り声が響きました。
♂「な、なんだ。こいつ。気持ち悪い!」
男の子は恐怖でひきつり、逃げ出しました。
奪ったプレゼントを放り出して。
「ロボちゃん、ありがとう」
りんごは泣きじゃくって、ロボを抱きしめました。
◾️SE/大自然の音(野鳥の声)
一年後。
りんご7歳の誕生日。
この時期、久々野のりんご農家は
葉摘みに袋はぎと、もっとも忙しい時期。
おとうさんもおかあさんも毎日休まず農作業をしています。
「ごめんね、りんご。
今からお夕飯作るからね」
「いらない」
りんごはお腹がすいていたけど、ちょっとイライラしていました。
「なんだ、その言い方は!
おかあさんに謝りなさい!」
「やだ。知らない」
そのままお部屋を出ていこうとします。
「ちょっと待て!」
おとうさんがりんごの肩に手をかけたとき。
「ウォォォォォオオオオオオオン!!」
(No.383150/No.397049/No.542422/No.544002)
ロボの叫び声が、響き渡りました。
おとうさんをじっと見据え、全身の毛を逆立てて
今にも飛びかかりそうです。
おとうさんは慌ててりんごから手を離しました。
「ロボ!なにするんだ!」
と言いながら、今度はロボに手を振り上げました。
ロボはおとうさんとりんごの間に割り込み、
りんごを守るようにおとうさんを睨みます。
「ロボちゃん、やめて」
りんごは泣きながらロボを抱き寄せます。
おとうさんもおかあさんもまるで怪物を見るような目で
ロボを見つめました。
どうしようもない不安に襲われるりんご。
ロボはもう立派な成犬になっていました。
<シーン4/害獣駆除>
◾️SE/大自然の音(野鳥の声)
りんごが8歳になった年。
周りの果樹園に異変が起こり始めました。
収穫を控えたりんごの木が、無残に荒らされ始めたのです。
幹から折られて地面に散らばる枝。食べ散らかされた収穫前のりんご。
現場に残された足跡(あしあと)から、犯人はイノシシやシカだとわかりました。
この年、日照りが続いて、山奥の木の実や草が枯れ、
野生動物たちが餌を求めて人里へと下りてきたのです。
りんごの周りの地区では、ほとんどの果樹園が大きな被害を受けました。
ところが、りんごの家の畑だけは無傷。
野生動物が足を踏み入れた痕跡さえありません・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 25 Sep 2025 - 17min - 116 - ボイスドラマ「美女と天狗〜奥飛騨温泉郷・上宝の平湯温泉にある天狗橋と天狗岩の伝説?」
愛は呪いを解く鍵となるのか。
奥飛騨の伝承「天狗岩」と「天狗橋」をモチーフに描かれる、幻想的で切なくも温かい“嫁入り譚”。
親を亡くし、絶望の中で人柱となった少女・箏と、山の神の怒りによって姿を変えられた大天狗。二人の出会いは、呪いと運命を変える大きな転機となる──。
現代の高校生・マコトとストーリーテラー・シズルの会話を通じて語られる、どこか懐かしくて、新しいファンタジー。終盤に訪れる“静かな奇跡”に、あなたもきっと心を奪われることでしょう。
【ペルソナ】
・シズル(35歳)=道の駅 奥飛騨温泉郷上宝のストーリーテラー(CV=日比野正裕)
・マコト(17歳)=高根町の高校生。郷土史研究部=部員1名の部長(CV=山﨑るい)
・箏(こと=17歳)=伝承の中で天狗に嫁入りする美女(CV=山﨑るい)
・天狗(年齢不詳=35歳)=奥飛騨温泉郷上宝に住む天狗=もののけ(CV=日比野正裕)
【参照:天狗岩/奥飛騨温泉観光協会】
https://www.hirayuonsen.or.jp/article.php?id=10170
<プロローグ/道の駅 奥飛騨温泉郷上宝>
◾️SE/奥飛騨温泉郷の環境音
「むかぁし、むかし。
君が生まれるより、ずう〜っとずっとずっとむかし。
この奥飛騨温泉郷・上宝には天狗が住んでいました」
「(ゴクッ)」※唾を飲み込む音
「天狗って知ってるかい?」
「うん。知ってるよ。
顔が赤くて、鼻がこ〜んなに長い妖怪でしょ」
「妖怪?
まあ、間違ってはいないけど・・」
「妖怪じゃないの?」
「妖怪、っていうよりも
どっちかって言うと、神様に近いかな」
「神様!?だから神隠しとかするんだ」
「ああ〜。そうかもね。
でもほら、京都の鞍馬寺とか栃木の古峯神社(こぶじんじゃ)とかは有名でしょ」
「ふうん。知らないけど」
「『天狗』って、元々は中国から伝わった言葉なんだよ。
天(あま)かける狗(いぬ)と書いて、隕石や流れ星のことだったんだ」
「すご〜い!シズルさん物知り〜」
「大人をばかにするんじゃないの。
今日はね、『天狗の嫁入り』というお話だよ」
「やった!」
道の駅 奥飛騨温泉郷・上宝で毎月1回開催される「昔話の読み聞かせ」。
奥飛騨温泉郷・上宝の施設が持ち回りで担当している。
今月は、新穂高温泉の、うちの施設がストーリーテラー。
で、私が、読み聞かせするってわけ。
まあ、昔、仕事でよくプレゼンをしてたから、
人前でしゃべる、ってのは嫌いじゃないんだけど。
今日は初日で平日だから、第一部のお客さんはたった1人。
高根村から来た17歳の高校生マコトくん。
なんでも、郷土史研究部の部長なんだって。
部員は一人だけど?
そうですか〜。
今日の話、実は私の創作、フィクションなんだ。
平湯温泉にある、天狗岩や天狗橋にインスパイアされて作った物語。
ほら、さっきもマコトくんが言ってたじゃない。
天狗って妖怪だって。
神隠しとか、あまりいいイメージじゃないよね。
私が天邪鬼だから、ってわけじゃないけど、
ストーリーはそんなイメージを払拭するもの。
なんとファンタジー作品なんですが・・
「ちょっとシズルさん。早く続き、教えてよ」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ続きね」
<『天狗の嫁入り』シーン1/人柱>
◾️SE/村の雑踏
「その村には20年前から天狗が住んでいました。
天狗に対して村人たちが一番恐れるのは、神隠し。
今まで何度も子供や娘が天狗にさらわれていたのです。
そのため、毎年1回、秋祭りのときに、天狗に人柱をひとり捧げていました。
人柱となるのは、村の最高齢の老人。
娘や子供の格好をして、人柱になっていたのです。
ところが今年、人柱になるのは、17歳の少女、箏(こと)。
この春、箏の両親は山崩れに巻き込まれて命を落としました。
それから箏は天涯孤独に。
自暴自棄となり人柱として名乗り出ました。
村人たちは箏を一生懸命説得しますが、無駄でした。
箏は、人柱として慣例通り天狗橋を渡り、天狗岩へ登っていきます。
岩の上に寝転ぶと、目を閉じました。
<『天狗の嫁入り』シーン2/箏と天狗>
◾️SE/深い山中のイメージ
横になった箏を包み込むように、いきなり風が吹きました。
目をあけると、そこは空の上。
天狗岩は笠ヶ岳の雲の上に浮かんでいました。
「なにこれ?」
そのときまた強い風が吹いて箏を吹き飛ばします。
「きゃあ〜!」
あまりの衝撃に、箏は気を失いました。
それからどのくらいの時間が経ったのでしょう。
どこかから声が聞こえてきます。
「ふん。情けない」
「え?」
驚いて目を開けると、そこには今までみたこともない怪物が。
身の丈は二間(にけん)近くあり、
赤い顔。天まで届きそうな長い鼻。
あ、二間というのはだいたい3〜4メートルくらいね。
「うわぁ!」
「またかよ」
3回目に気づいたとき、箏は布団の上に寝かされていました。
「ここは・・・どこ?」
「天界です」
「え?えっ!あなただれ?透明人間?どこにいるの?」
「目の前にいますよ。
姿を見せてもいいけど、また気絶しないでくださいね」
そういって姿を現したのは、何人、いえ何羽ものカラス天狗。
山伏の姿にカラスの嘴を持つ天狗の眷属です。
「うっ。気絶したい・・・けど、なんなの?一体」
「私たちは大天狗の眷属。カラス天狗です」
「私は・・・どうなるの?」
「まあ、大天狗の召使、ってところでしょうか」
「なにそれ?冗談じゃない。召使?掃除とか洗濯とかするの?
私、ひとりぼっちになって、一人で炊事洗濯するのが虚しくて、
こんな生活もういや!
って思って、黄泉の国へ行くつもりだったのに」
「そんなこと言われましても、あなた自身で選んだことですし」
「あんたはなんでそんな姿をしているの?」
「なんで、って言われましても。山の神様の罰というか、なんというか」
「山の神様?」
「はい。大天狗も我らカラス天狗も山の神さまの罰でこんな姿になりまして」
「めんどくさそう」
「とにかく、あなたも運命だと思ってお仕事に専念してください」
「やあよ。つまんないから帰る」
「え?え?そんな。無理ですって」
「いいわ、その大天狗にかけあってみるから」
「また、そんな、ご無体な」
なんていうやりとりをしていると、
山の上の空が一転俄かにかき曇り、あたり一面が夜の闇に。
「ちょっと。なにすんのよ」
「いや、これは私どもではありません」
「じゃあ大天狗の仕業?」
「いえ。大天狗でもありません」
「じゃあなに?」
「荒ぶる山の神。鬼神です」
「鬼神〜?私たちどうなるの?」
「体をバラバラにされますね」
「うっそぉ!冗談じゃないわ」
「運がよければ、腕の1本2本くらいで済むかも」
「勘弁してよ」
「いや、もう遅いし。
うわ!お先に失礼」
「ちょっとちょっと!逃げないでよ」
「がんばってください」
「このお・・・
はあ〜。ま、いっか。
これでこの世とおさらばできるんなら。
なんか、つまんない人生だったな」
箏があきらめて、目を瞑ったとき。
雲の中から大天狗が現れます。
「大天狗・・・」
天狗は鬼神に向かって立ちはだかったあと、箏の方を振り返りました。
「あ・・・」
大きな2本の腕で箏を包み込み、鬼神の攻撃を背中で受けます。
背中からは血飛沫が飛び散り、苦悶の表情。
それでも、微動だにしません。
「なんか・・そんなに怖い顔じゃない・・・かも・・」
まるでバリアーのように天狗の周りの空気が歪んで見えます。
知らず知らず、でもまたもや、箏は気を失っていました。
気がついたのは、だいぶんあとになった頃。
「あ・・・れ?」
箏は今回も布団に寝かされていました。
ただ、ひとつ違ったのは、目の前で大天狗がこちらを向いて座っていること。
でも、目は開いていません。
あぐらを組み、大きな体躯から覗き込むような格好で目を閉じています。
「眠ってる・・・?」
※続きは音声でご確認ください。
Thu, 18 Sep 2025 - 19min - 115 - ボイスドラマ「お助け小屋の鬼婆〜ならず者には容赦なく少女たちには母のような優しさを持つ伝説の”ばさま”」
命を懸けて少女たちを守った、ある“ばさま”の物語。
吹雪の夜、命からがら辿り着いた工女たち。山賊に追われ、給金も誇りも奪われそうになったとき、小さな峠の小屋に現れたのは「鬼婆」と呼ばれる年老いた女性だった。
男衆には容赦なく、少女たちには母のような優しさを。鋭くも温かなまなざしで、すべてを背負った“ばさま”の姿に、胸が熱くなります。
明治の日本を影で支えた工女たちと、名もなき守り人——どうぞ心してお聴きください。
【ペルソナ】
・鬼婆(年齢不詳70歳)=野麦峠お助け小屋の主、男衆には厳しく工女に優しい(CV=山﨑るい)
・政井辰次郎(22歳)=飛騨の河合村出身。河合村政井みねの兄(CV=日比野正裕)
・政井みね(14歳-20歳)=かつて野麦峠を越えた工女のひとり(CV=山﨑るい)
・山賊(30-40代)=野麦峠を根城とする山賊・追い剥ぎ(CV=日比野正裕)
【原作:山本茂美「あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史」(角川文庫)】※32頁〜
<シーン1:1903年・冬の晩1>
※シーンはすべて野麦峠のお助け小屋/ソマ衆=野麦の原始林で働く屈強な木挽きたち
◾️SE/吹雪の音〜木戸を激しく叩く音/外から響く山賊の声
「おおい!開けろ!鬼婆さ!いるこたぁわかってる!
開けねえと、ぶち破るぞ!」
◾️SE/関を引いて木戸を開ける音
「るっさいな、いま何時やと思うとる」
「おい!ばばあ!小屋に工女が逃げ込んだろう。
今すぐここへ連れてこい!」
「はあ?
そんなもんはおらん!帰れ!」
「嘘こいたらただじゃすまんぞ。
中をあらためさせてもらうからな!」
◾️SE/奥の方で物音「ガタン」
「なんだぁ〜、いまの音はぁ?」
「ふん。知りたいか。下衆どもが」
「なんだと?」
「おおい!ソマ衆やぁ!降りてこいやぁ!」
「なっ、なに!?」
「ソマ衆や!夜食の握り飯できとるで!」
「ソマ衆だとぉ!?」
「20(ニジュー)しか間に合わなんだで、1人2個じゃ!
文句はこいつらに言うとくれや!」
「くそっ、お、覚えてろよ!
また来るからな!」
「二度と来るな!」
◾️SE/木戸を強く閉め、関をかける音
「ばさま・・」
「しいっ!」
「ひっ・・」※エキストラ/固唾を飲む
「・・・うん、よしよし。もういいだろう。
おまえら、大丈夫やったか?」
「はい、ありがとうございます。
でも・・」
「なんだ?どうした?」
「給金が・・」
「なに!?」
「キカヤからもろうた一年分の給金・・
わしら、トトマ、カカマの喜ぶ顔を思うて
雪の峠越えてきたのに・・
山賊たちにとられてしもうて・・
もう会わす顔がねえ・・」
「いくらだ?」
「わしが九十五円五十銭、
フデが七十二円十五銭
イクが十七円六十九銭、
トモが七円四十銭じゃ」※エキストラ/すすり泣き
「そうか、わかった」
「わかった、ってばさま・・・」
わしはそう言って、板張りの床を開けて、脇差を取り出す。
「ばさま!?」
「相手は2人やな」
「はい」
「ちょこっとだけ待っとけ。
鍵をしっかりかけて、誰が来たって死んでも開けるでねえぞ」
「そんな・・・」
「心配せんでええ。
わしを誰やと思うとる。
野麦峠お助け小屋の鬼婆さやぞ!
2人ばかしの下衆どもにはやられはせん」
「ばさま!!」※エキストラ/驚いて「ばさま!」
工女たちの声を背中で受けて、わしは吹雪の中へ出掛けていく。
ときは1902年。
そう、あれは1時間ほど前のこと。
暮れも押し迫った吹雪の夜。
工女たちが泣きながらお助け小屋に駆け込んできた。
検番もつけず、身ひとつで実家に帰っていく工女たち。
懐には、必死で働いた一年分の給金袋。
工女の多くは貧しい百姓の出である。
年の瀬に家に帰って給金を渡せば、
父や母は『これで年が越せる』と泣いて喜ぶ。
その金を狙って山賊たちが集まってくる。
ただでさえ、命を落とす工女が絶えぬ野麦峠。
無垢な少女を狙う外道どもを
わしはどうしても許せなかった。
<シーン2:1903年・冬の晩2>
◾️SE/囲炉裏の音〜
「遅なったの。すまんすまん」
「ばさま!」※エキストラ/心配からの嬉しみ「ばさま!」
「さあさ、甘酒飲んであったまりぃや」
「ありがとうございます!これ・・わしらの給金まで・・」
※エキストラ/「ありがとうございます」
「ああ、ああ。
わしゃ、算術が苦手だでな。
五百円もあれば、釣りがくるじゃろう」
「山賊たちは・・・?」
「ちょっとばかし、こらしめてやったわ。
まあ、話のわかる連中でよかった。
余った金は工女たちに渡してくれろと。
もう二度と姿を見せることはないで、安心しな」
「本当に、本当にありがというございます!」※エキストラ/「ありがとうございます!」
わしは、三和土に敷いたむしろに目をやる。
むしろの下。
大量に血糊がついた脇差を洗わんと。
水を汲もうと立ち上がったとき、
工女のひとりが声をかけてきた。
「ばさま」
「なんや、みね」
「え?わしの名前、覚えとるんですか?」
「あたりまえじゃ。
わしゃ、一度聞いたものは忘れん」
「ありがとうございます。
ほんで、余った金やけど」
「なんや?」
「国府のねさまの家に持ってってやりてえ」
「ねさまやと?どこにおる?」
「川浦の宿を出て、奈川の境石のとこまできたとき」
「うん」
「急に吹雪いてきて。
ほんとき、ねさま、わしらをかばって谷底に落ちんしゃった」
「なんやて?」
「道中ずうっと『誰かが落ちても絶対助けにいっちゃあかん』
言うとった。最後もそう言って落ちんしゃった」
「ほうか・・・ねさまもおらんで、
おまいらだけで峠越えたかと思ってたが・・」
「さっきも言うたけど、わしゃ百円も給金もろうとる。
こんだけありゃ家の普請だって余裕じゃ。
欲を出したらきりがねえ」
百円工女、政井みね。
とてもシンコとは思えん。
しっかりして、賢い娘やわ。
「みんなもそう言うとるで」※エキストラ/「ああ」「そうだ」「ねさま」
「よし、わかった。
なあみね、お前を見とるとわしの若い頃を思い出すわ」
「ばさまの?」
「おう。
わしはな、40年前に富岡から流れてきたんじゃ」
「富岡?」
「上州にある製糸工場(こうば)の町じゃ」
「ほんじゃ、ばさまも糸ひきだったのけ?」
「選良工女やよ」
「なんやそれ?」
「富岡は模範伝習工場でな。工女はみんなから敬まわれとった。
わしもそのひとりや」
「へえ〜」
「ほんで、旦那と娘を連れて養蚕の講師として岡谷へきたんじゃ」
「旦那さんと娘さんは?」
「もうこの世にはおらん」
「ほうかあ・・・」
「さ、もうええか。甘酒飲んだら、床(とこ)に入りな。
明日も早いんだろう」
「ああ、3時には出るで。はよトトマとカカマに会いてえ」※エキストラ/「トトマ!カカマ!」
それからみねは毎年、お助け小屋に立ち寄った。
岡谷へ向かう2月の終わりと、故郷(くに)に帰る年の瀬。
みねの持って生まれた明るさで、雪の舞う夜も暖かく感じたものだ。
6年後の1909年。
2月にみねを送り出したその年の秋。
ひとりの若者がお助け小屋に立ち寄った。
<シーン3:1909年11月/辰次郎の峠越え1>
◾️SE/高原の鳥の音〜
「こんにちは!」
「はいはい、誰やったかな」
「政井辰次郎と申します」
「政井・・・」
「みねがいつもお世話になっとります」
「おお。みねの・・?」
「兄です」
「こんな秋に珍しい客人やわ。
わらび餅でも食ってくか?」
「いえ、先を急ぐので」
「諏訪へいくんか?」
「はい、みねを迎えに」
「どうした?」
「これが・・・」
辰次郎が見せてくれたのは、一枚の電報。
『ミネ ビヨウキ スグ ヒキトレ』
目に涙をためながら
怒りとも悲しみともとれる表情をわしに向けていた。
「昨日・・・家に・・届きました・・」
「ほうか、ほうだったか」
「ばさまのことはいっつもみねから聞いております。
命の恩人だと」
「たわけ。そんなええもんなわけあるか」
「いえ。どんなに急ぐとも、ばさまにだけは礼を失してはならんと」
「わかった。わかったで、はよ行け」
「ありがとうございました・・・」
「辰次郎」
「はい・・・」
「みねみたいに頭のいい娘が、そんな簡単にくたばりゃせん。
だから途中、無理すんじゃねえぞ。
おめえが道中でどうかなったら共倒れだ」
「わかりました・・・」
辰次郎は深く頭を下げて、出ていこうとする。
「では・・・」
「ああ、待て」
「はい」
「持ってけ。ウチワ餅じゃ。
あ、いい。金はいらん。
どうせ、知らせを聞いてから、飲まず食わずでここまで来たんやろ。
途中で倒れる前にこれを食えよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
「岡谷へ着いたらな、駅前の旅館飛騨(本当は飛騨屋旅館)へ先に行け。
主人の中村(本当は中谷)に背板(せいた)をもろうてこい。
このばばの名前を言うたら、すぐ用意してくれるわい」
「わかりました」
「引き止めて悪かったな。さあ、いけ」
「行ってきます!」
あっという間に辰次郎の姿は見えなくなった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 11 Sep 2025 - 20min - 114 - ボイスドラマ「ホリデー/後編」
前編で荘川を訪れたよもぎに続き、今回はさくらが朝日町を体験します。薬膳や薬草、そして美女高原に広がる空の下で、彼女は新しいインスピレーションを得ていきます。
そして――村芝居の舞台で訪れる運命の再会。偶然の出会いから始まった休日交換は、やがて必然の再会へ。
荘川と朝日、二つの里の魅力を舞台に、物語は感動の結末を迎えました。この物語が、あなた自身の旅のきっかけになれば幸いです。【ペルソナ】
・さくら(28歳)=荘川の村芝居に出演、伝統芸能に興味ある静かな女性(CV=岩波あこ)
・よもぎ(28歳)=薬膳カフェのオーナー、芯の強い漢方薬剤師(CV=蓬坂えりか)
・朝市のおばちゃん(40歳くらい)=宮川朝市で花の苗を売る女性(CV=小椋美織)
<シーン1:高山濃飛バスセンター>◾️朝のバスセンターの雑踏/ステップを降りて深呼吸するさくら
「ふう〜っ!気持ちいい〜!」
荘川の支所前から高山の濃飛バスセンターまで1時間20分。
路線バスの旅って楽しい〜!
おのぼりさんみたいに、大きなスーツケースを抱えてバスを降りる。
しかも、今日は私、浴衣姿!
って、見ればわかるよね。
白地に桜の花が満開の浴衣柄。
ヒノキのエッセンシャルオイルをさっと振って。
エアコンが効いてるバスの中は、
浴衣だけだとちょっと寒い。
だから薄い羽織を重ねてる。
ほら、これも素敵でしょ。
透け感のある、淡い桜色の夏羽織。
ステップを降りて時計を見ると・・
8時前か・・・
◾️朝の町を歩く足音
まだ陣屋前の朝市は開いてないから、国分寺通りを宮川へ。
朝市なんて何年ぶりだろう。
なんだかドキドキする。
今日の目的は、村芝居のあしらい探し。
ここだけの話だけど、今年のテーマはファンタジー。
お花の精たちが集まって、夏の終わりを告げる人情時代劇よ。
設定はいつものように江戸の元禄時代。
え?よくわかんない?
じゃあ、見に来てよ。荘川まで。
スケジュールは観光協会のサイトに載ってるから。
私の役は、桜の精。
クライマックスには季節はずれの桜吹雪が舞うんだよ。
相手役は、江戸からやってきた役人。
ロミジュリの江戸時代版って感じかな。
舞台の小道具、あしらいはやっぱり、お花がいいよね。
艶やかな花魁たちには、ハイビスカスやアサガオ。
恋人役の男の子は・・ひまわり!
いろんなお花売ってるといいな。
◾️朝市の雑踏
「すみません」
「はい、いらっしゃい」
「ヒマワリってありますか?」
鍛治橋(かじばし)に近いお店。
お花の苗を売っているおばちゃんに、腰をかがめて話しかける。
そのときおばちゃんの前に座っていたのは・・・
ミズバショウの柄のグリーンの浴衣を着た女性。
手にはラベンダー?の苗。
大きなトートバッグを背負って(しょって)・・観光客かしら。
おばちゃんは私に向かって、人の良さそうな笑顔で、
「切り花かい?うちには切り花は置いてないわなあ。
もう少し待てば、陣屋の市が開(あ)くで。
あっちに確か切り花の店があったわ」
「そうですか・・ありがとうございます。
行ってみます」
私は浴衣が汚れないよう、裾をひるがえして歩いていく。
◾️足音
「まって」
「はい?」
声をかけてきたのは先ほどの女性。
浴衣の裾にミズバショウが咲いている。
「お花を探してるんですか?」
「ああ、はい。
今度・・お花を題材にしたお芝居をやるんです」
村芝居だけど・・・
「お芝居?劇団の方ですか?」
「あ、そんなたいしたものじゃないです。
ただの趣味で・・」
だから村芝居なんだけど・・・
「それで高山まで?」
「ええまあ・・・そんな感じ」
私のこと、自分と同じ観光客だと思ってる?
ま、荘川からきた観光客、と言えなくもない。
荘川も高山市なんだけど。ふふ。
「貴女(あなた)は?
さっきラベンダーを持ってらっしゃったみたいだけど」
「ええ、白花ラベンダー。
ハーブティーにしたり、入浴剤にするとリラックスできますよ」
「そうなんですか・・」
「はい。私、薬膳カフェをやっているので」
「まあ素敵。お似合いよ」
「ありがとう。このあと陣屋前の朝市へ行かれるんでしょ。
よければご一緒にいかがですか?」
「本当ですか?」
「私も見たいものがあったので」
「よろこんで」
浴衣姿の美女2人(笑)・・
私たちは肩を並べて宮川沿いを歩く。
白地に桜吹雪。翡翠色に真っ白なミズバショウ。
なのに手にはスーツケース。背中にトートバッグ。
はたから見たら、2人とも絶対観光客だよねえ。
ほら、また外国人観光客が振り返る。
ああ、せせらぎの音が気持ちいい。
<シーン2:荘川の自宅でアプリインストール>
◾️虫の声
荘川へ帰ったら、すぐに公民館へ。
村芝居の練習はたいていここだ。
開いたスーツケースの中身。
陣屋前朝市で購入してきた小物を皆に配る。
ひまわりの花と桔梗の花。ひまわりは相手役の男性が手に持つ。太陽と再生のイメージ。
桔梗はラストシーンで私が持つ。美しい星の形の白い桔梗。
春の桜から秋の桔梗へと引き継ぐ。
彼に別れを告げる悲しいアイテム。
和紙でできた提灯や、匠が作った竹細工は、小道具ね。
着物の端切れは、お裁縫が得意な私には必須。
柄や色を組み合わせて、個性的な衣装を作ろうかな。
そして・・・
薬草のよもぎ。
そう。これは一緒に歩いた彼女が選んだ。
”高山にあるもので一番好きなものは?”って聞いたら
迷わず「よもぎ」って言うんだもの。観光客にしては、渋すぎない?
私が「高山で一番美味しいのは荘川そば」って伝えたときは
「朝日のよもぎうどんも美味しい」って、なんか反論してたけど。
よもぎの葉は、ハーブとして、またアロマとしても最高、なんだって。
そうだ、彼女、薬膳カフェをやってるって言ってたなあ。
どこでやってるんだろう?名古屋?東京?
考えてみたら私たち結構一緒にいたのに、名前さえ名乗ってないわ。
なんとなく波長が合っただけ。
朝市で売ってるもの見ながらあーでもないこーでもないって。
結局別れるときもあっさりと『それじゃ、よい旅を』なんて。
ま、観光客だから、こんな距離感でいっか。
そうそう。
よもぎの葉は草木染めに適している、とも言ってた。
確かに芝居の衣装を自然な色合いに染めるにはいいかも。
いろいろ考えながら、演者(えんじゃ)に説明していく。
今年の物語はオリジナルだから、つい熱が入っちゃう。
ストーリーはね、こんな感じよ。
ときは江戸時代。宝暦(ほうれき)年間。
幕府の直轄地だった飛騨の国。
荘川村も例外ではありません。
大規模な治水工事のために、江戸から1人の役人が荘川へやってきます。
名前は翔介(しょうすけ)。
彼は成果を第一とする冷徹な男でした。
ある日、桜の精と出会い、
そのはかなくも美しい姿に心を惹かれていきます。
桜の精は、翔介に、治水が完成したら、自分は水の底へ沈むと予言しました。
治水か恋か、心が揺れる翔介。
それでも、陣屋の郡代から執拗な催促もあり、悩みながら治水を完成させます。
桜の精は翔介に”生まれ変わるなら秋の花へ”と告げて消えていくのでした。
とっても切ないお話でしょ。
「さあみんな、少し休憩にしましょ」
もうみんなセリフは入っていて、あとは動きの確認だけ。
だから休憩してお茶タイム。
そのとき、壁に貼ってあるポスターに目がいった。
観光協会から新しいアプリのお知らせ?
ふうん。
なんだろう?
高山市内10エリア在住の方限定アプリ「ホリデーシェア」?
”お金をかけずに高山市内をプチ旅して再発見しよう!”?
なあに、それ?
でもなんだか面白そう。
キャプションをじっくりと読む。
住んでいるエリア以外のエリアの人と、お部屋を交換してホリデーを楽しむ。
荘川以外の人とってことね。
自分の部屋をゲストに最大1週間ショートステイしてもらう。
代わりにその間、自分はゲストの部屋でショートステイ。
女性は女性同士でお部屋を交換。
帰るときはお掃除をして帰る。
お互いのレビューは必須。
なるほどねえ。お部屋に泊まってもらうのかあ。
お掃除しておかないと。
お金をかけずにプチ旅行できる、ってのは楽しそう。
じい〜っとアプリのお知らせを見ていたら
共演者が『行っといでよ、プチ旅』だって。
村芝居の奉納までまだ日にちがあるし、準備は終わってるから?
芝居の準備、ほぼひとりで頑張ったご褒美に?
頑張った、って・・
そんなそんなぁ・・
村芝居は私のライフワークなんだもの。
でもまあ、2泊3日くらいならいいかなあ・・
奥飛騨の温泉でまったりとか〜。うふふ・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 04 Sep 2025 - 26min - 113 - ボイスドラマ「ホリデー/前編」
飛騨高山を舞台に描かれる、女性二人の“休日交換”の物語。宮川朝市での偶然の出会いから、アプリ「ホリデーシェア」を通じて始まる不思議な体験。薬膳カフェを営むよもぎが、荘川町で見つけた新しい風景と心の揺れをお楽しみください。
【ペルソナ】
・よもぎ(28歳)=薬膳カフェのオーナー、芯の強い漢方薬剤師(CV=蓬坂えりか)
・さくら(28歳)=荘川の村芝居に出演、伝統芸能に興味ある静かな女性(CV=岩波あこ)
・朝市のおばちゃん(40歳くらい)=宮川朝市で花の苗を売る女性(CV=小椋美織)
<シーン1:高山市街地の宮川朝市から>◾️朝市の雑踏
「よもぎちゃん!朝市くるのひさしぶりやな!まめやったか?」
「まめまめ!おばちゃんも元気やった?」
「今日は何さがしよる?」
「薬膳の材料でなんかいいの、ないかな、と思って」
「白花(しろばな)ラベンダー、あるで」
「ホント?やたっ!」
「苗やから、一株もってけ」
早起きして来てよかったわ〜、宮川の朝市。
3か月に1回くらい。
夏から秋へと向かうこの時期は、
体調を崩すお客さん、多いから。
市場にはあまり出回らない食材を、生産者から買いにくるの。
今日はラッキー。
花の苗売るおばちゃんに会えたし。
なんと白花(しろばな)ラベンダーにも出会えるなんて。
イングリッシュラベンダーの貴重な白花。
ハーブティーにすれば、香りだけで癒されそう。
アロマを抽出して、カウンセリングルームに置いとこうかな。
癒しを求めて朝日に来たお客さんもきっと喜ぶわ。
「すみません」
「はい、いらっしゃい」
「ヒマワリってありますか?」
季節外れの桜の花が私の前を横切った。
上品な檜の香りがかすかに漂う。
顔を上げると、
腰をかがめておばちゃんに話しかけているのは・・・
桜柄の清楚な浴衣を着た女性。
桜色のスーツケースを引いて・・観光客かしら。
薄紅色の帯も素敵。
「切り花かい?うちには切り花は置いてないわなあ。
もう少し待てば、陣屋の市が開(あ)くで。
あっちに確か切り花の店があったわ」
「そうですか・・ありがとうございます」
彼女は浴衣の裾をひるがえして、颯爽と歩いていく。
◾️遠ざかる足音
「まって」
「はい?」
「お花を探してるんですか?」
「ええ、そうですけど・・」
つい声をかけてしまった。
浴衣姿に見惚(みと)れてしまって、なんて言えない。
「今度・・お花を題材にしたお芝居をやるんです」
「お芝居?劇団の方ですか?」
「あ、そんなたいしたものじゃないです。
ただの趣味で・・」
「それで高山まで?」
「ええまあ・・・そんな感じ。
貴女(あなた)は?
さっきラベンダーを持ってらっしゃったみたいだけど」
「ええ、白花ラベンダー。
ハーブティーにしたり、入浴剤にするとリラックスできますよ」
「そうなんですか・・」
「はい。私、薬膳カフェをやっているので」
「まあ素敵。お似合いよ」
「ありがとう。このあと陣屋前の朝市へ行かれるんでしょ。
よければご一緒にいかがですか?」
「本当ですか?」
「私も見たいものがあったので」
「よろこんで」
私たちは肩を並べて宮川沿いを歩いた。
言い忘れてたけど、今日は私も浴衣姿。
蓬色の浴衣の裾には水芭蕉が咲いている。
まるで桜の花とよもぎの青葉が並んでいるような色合い。
でも、彼女はスーツケース。
私はショルダータイプの大きなトートバッグ。
少し厚手のキャンバス地に、ナチュラルレザーのワンポイント入り。
私だって、どう見ても観光客だ。はは。
たまに外国人観光客が振り返る。
せせらぎの音が気持ちいい。
<シーン2:よもぎのシェアハウスでアプリインストール>
◾️虫の声
シェアハウスへ帰ってから、朝市で買ったものをまとめてみた。
赤かぶは、すりおろしておろし汁に。
体を温める薬膳スープのアクセントになる。
朴葉の樹皮は漢方薬に。
丹生川のトマトは薬膳スープにもスムージーにもいいな。
荏胡麻(えごま)は、血液をサラサラにしてくれる。
あとは・・荘川のそばの実、か。
これは一緒に陣屋前朝市を見た彼女のセレクト。
素敵な女性だったから、つい聞いちゃったのよね。
高山の食材で何が一番いいと思う?って。
そしたら・・・荘川のそば。だって。
観光客目線じゃ、そんなに人気なのかしら。
朝日町(あさひちょう)のよもぎうどんだって負けずに美味しいのよ。
思わず、私なら朝日町のよもぎうどんかよもぎ餅かなあ、
なんて言い返しちゃった。
大人気ないなあ。
ま、いっか。
それより、明日からのメニューを考えるのがたいへん。
楽しいけど!
◾️LINEの通知音
あ、観光協会からのLINEだ。
なになに?
新しいアプリを作りました?
へえ〜。
なになに?
高山市内10エリア在住の方限定アプリ「ホリデーシェア」?
”お金をかけずに高山市内をプチ旅して再発見しよう!”?
なんじゃ、それ?
要約するとこういうことなんだって。
高山市内に住んでいる人だけが使えるアプリ。
住んでいるエリア以外のエリアの人と、お部屋を交換してホリデーを楽しむ。
自分の部屋をゲストに最大1週間ショートステイしてもらう。
代わりにその間、自分はゲストのエリアでショートステイ。
女性は女性同士でお部屋を交換。
帰るときはお掃除をして帰る。
お互いのレビューは必須。
ふうん。
ワーキングホリデーとかエコツーリズムの市内版?
お金をかけずにプチ旅行できる、ってのはいいかも。
最近落ち着いてきたから、お試し、してみよっかなあ。
まずはインストールして・・・と
奥飛騨の温泉とか、たまにはいいかも〜。
<シーン3:よもぎ in 荘川(御母衣ダムからホリデーシェアへ)>
◾️小鳥のさえずり
「おっきなダム〜!水がキレイ〜!川の底まで見えるじゃん!」
結局アプリ上で、私のスケジュールと条件が合ったのは1件。
交換先は、奥飛騨温泉とは反対方向の荘川町だった。
朝日町から荘川町って意味ある〜?
って最初は思っちゃったけど。
実際に自分の目で見てみないとわかんないもんだわ。
2泊3日分の着替えを車に積んで、と。
市街地を抜けて、158号を西へ。
最初は魚帰りの滝(うおがえりのたき)。すっごい迫力。
川を上ってきた魚もこの滝は登れない。
だから魚帰りの滝・・・納得。
秋が深まると紅葉の名所なのね。
きれいだろうなあ・・・
ランチは一度食べてみたかった鶏(けい)ちゃん。
薬膳とは逆の世界線だけど・・・ん〜おいしい!
クセになりそう。
味噌ベースのタレ、分析してみよっと。
午後は荘川インターを越えてそのまま北へ。
一面に咲くそばの花。
そばは朝日でも見られるけど、また違った風情。
標高1,000メートルの風が気持ちいい。
冬はスキーもできるのね。
七間飛吊橋(しちけんとびつりばし)で車を止めて。
わぁ〜ダメダメ。下を見ちゃだめ。
ああ、「ひぐらし」の聖地なんだ・・そっちのが怖いかも。
そのまま156号を北へ。
庄川(しょうがわ)がだんだん大きな流れになっていくと・・
見えた。
荘川桜公園。
こんな大きくて高齢の桜を2本も移植させたなんて・・・
桜の前でもう一度ボイスドラマ、聴いてみようかな・・・
そしてもう少しだけ走ると・・・
御母衣(みぼろ)ダム!
すごいなあ。宇宙空間のような大迫力の存在感。
五感に響く水の音。
ずうっといつまでも聴いていたい。
今回は2泊3日の荘川プチ旅行。
いや、1日で詰め込みすぎでしょ、私。
シェアするおうちは、ここから逆方向の荘川インター方面へ。
集落の中にある一軒家。
え?一軒家?
そういえば、何にも気にしなかったけど、
お相手の女性=アプリでは”ホスト”って呼ぶんだけど、
一軒家に一人暮らしなの?
小さいけどお洒落な平屋の一軒家。
市街地の観光協会で鍵を預かってきたから・・・
◾️開錠する音「カチャ」
おじゃましま〜す・・
入口の電気を点けると、スリッパの上にお手紙!
”ようこそ荘川へ!
短い滞在ですが、荘川の良さをじっくり味わってくださいね!”
短いけど心のこもった文章が、美しい筆跡で書かれていた。
ホストの名前はさくらさん。
挨拶文のメッセージだけじゃなくて、
もう一枚のメモには、さくらさんのオススメのスポットがいくつか。
可愛らしいイラストと一緒に書かれてあった。
へえ〜。
吊り橋の手前には美術館があったんだ。
あの建物なんだろうって思いながらスルーしちゃった。
有名どころは初日にしっかり見たから
明日からはオススメの場所に、行ってみよう。
ふと私、考えてみる。
シェアハウスのお部屋に残したメモ、
こんなに丁寧に書いてこなかったよなあ・・・
朝日町じゃ”ゲスト”の彼女、ごめんなさい・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 28 Aug 2025 - 18min - 112 - ボイスドラマ「ハッピーアグリーデイ!」
春の出会いが、夏の実りへとつながっていく。飛騨高山・国府町で生まれた、もうひとつの“ももの物語”。
『桃花流水〜夢に咲く花』の続編、ボイスドラマ『ハッピーアグリーデイ!』では、収穫の季節を迎えた飛騨桃の果樹園を舞台に、ももと農家のおじいちゃん・おばあちゃんの心あたたまる交流が描かれます。
農作業を通して生まれる絆、季節のうつろい、そしてラストに訪れる小さな奇跡──“もも”がどこから来たのか、彼女が運んできたものは何だったのか。国府町の風景とともに、優しい余韻に浸ってください。
物語は「ヒダテン!Hit’s Me Up!」公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Apple Podcastなど各種プラットフォームで配信中。小説として「小説家になろう」でも読むことができます。
(CV:高松志帆/日比野正裕/桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:7月末/収穫の始まり】
<飛騨もものモノローグ>
むかしむかし。
飛騨の国府(こくふ)という町に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りに・・
じゃなくて、自分の果樹園に桃の収穫に出かけました。
ではおばあさんは?
川へ洗濯へ・・
行きたかったのですが、腰を痛めたおじいさんと一緒に
果樹園へ出かけていったのです・・
■SE/ニイニイゼミの鳴き声(初夏のセミ)
<おばあさん>
『今年はほんとにあっついなあ、おじいさん。
まだ7月やっていうのに』
おじいさんは目で返事をします。
あたり一面に漂う、うっすらと甘い香り。
2人は籠を片手に、丁寧に桃を摘み取っていきます。
低いところに実った桃はおばあさん、
高いところに実った桃を獲るのはおじいさんの役目ですが・・
獲ったあと痛くて腰をかがめないので、大変そう。
『おじいさん、すごい汗やな。大丈夫か』
『ああ、だいじょう・・・うう』
大丈夫じゃなかった。
熱中症。
そりゃこの暑さだもの。
仕方ないけど。
力の抜けたおじいさんをおばあさん1人で家まで連れていくのは大変でした。
家に着いて、おじいさんを寝かせ、ひと息ついたところで、おばあさんもぐったり。
『残りの収穫はもう明日以降でいいやな。熟してまってもしょうがない。
わしまで倒れたらどもならん』
しばらく休んだあと、よっこらしょ、と立ち上がり、お勝手へ。
一服しようと、お茶を沸かしているときでした。
『こんにちは』
『ん?誰かいな』
『あの・・夏休みで高山へ遊びにきた大学生です』
『ほうほう』
『もも、と申します』
『もも!?
そりゃそりゃ、めんこい名前やわ』
『こちらの農園の方ですか?』
『ああ。うちには、わしとおじいさんと、2人しかおらんで』
『ほかには?お子さんとかいないんですか?」
『おらん。息子は30年前、高校生のとき家を飛び出して東京へ行ったわ。
それきり音沙汰もない。
よっぽど、畑仕事が嫌やったんやろなあ』
「そうなの・・・
実は、飛騨ももの収穫体験をさせていただこうとお邪魔したのですが』
『収穫体験?桃の?』
『はい、グリーンツーリズムで』
『なんやて?グリーン・・・』
『グリーンツーリズムです。
農業体験をしながら農家へ泊まらせていただくこと』
『そんなもんがあるんかい?そりゃしらなんだ』
『でも、やってるとこ、どこもいっぱいなんですって」
それであのう・・・申し訳ありませんが・・・
よければ、収穫のお手伝いをしながらこちらに泊めていただけませんか?』
『なに?うちに?』
『あ、いきなりごめんなさい。
もちろん、宿泊代はお支払いします』
『いやいや、お金なんていらんやさ。
それよりこんな汚いとこに泊まらんでも』
『きれいじゃないですか、埃ひとつない』
『布団も煎餅布団しかないし』
『そんなの関係ありません。
飛騨ももの収穫を手伝わせてください!』
『いやあ、ちょうどおじいさんが熱中症で倒れてしまってな。
しばらく作業を休もうかと思ってたんや』
『そんな。桃が熟しちゃう』
『そうやな』
『私じゃ全然お役に立てないけど、
これも何かの縁だと思いませんか』
『う〜ん・・』
『私、こう見えても、立ち仕事には慣れてるんです』
『でもなあ・・』
『ヘバったり、泣き言言ったりしません』
『そうか・・』
『お願いします』
[シーン2:8月/真夏の収穫】
<飛騨もものモノローグ>
こうして、ももはおばあちゃんの農園で一緒に収穫をするようになりました。
セミの声もニイニイゼミからクマゼミへ。
真夏の太陽が桃畑に降り注ぎ、収穫も最盛期を迎えます。
■SE/クマゼミの鳴き声(盛夏のセミ)
『桃の実はな、赤くなって、まあるく膨らんできたら、収穫のサインなんや』
『へえ〜。私のほっぺみたい』
『ははは。そうやな。
それにしてもももちゃん、あんた桃の摘み方、ほんとに上手やなあ』
『ああ、ひとつずつ丁寧に摘んどる』
『そうですかあ。
一度やってみたかったんです』
『初めてとは思えんわ。
それにな、桃の実の扱いが、愛情たっぷりで・・・
ありがとうなあ』
『やだなあ、おばあちゃん。
桃が大好きなだけよ』
『そやな。そういえば、名前もももちゃんやもんなあ(笑)』
『ちがいない(笑)』
『そうそう』
『今日はもう籠いっぱいだから、ちょこっと早いけど
帰ろうか』
『はい』
『そうしようそうしよう』
『帰って、熟れた桃を食べようなあ。傷桃だけど』
『わあやったぁ!
おばあちゃん、傷桃も大切にしてくれるのが嬉しい』
『そうりゃそうや、みんな大事な子どもたちやからな』
『そやそや』
『おばあちゃんの子どもでよかった』
『なにを言うとる。ははは』
『ふふふ』『はっはっは』
■3人の笑い声
[シーン3:9月/夏の終わり】
<飛騨もものモノローグ>
お盆を過ぎると、夏の終わりを告げる風が吹き始めます。
最初2週間くらいの予定だった、ももの収穫体験は
8月が過ぎ、9月の声を聞いても続いていました。
この頃には、おじいさんの腰もゆっくりと快方へ向かっています。
おばあさんはときどき、午後になると、おじいさんを畑に残し、
いろんなところへももを連れていきました。
『せっかく国府へ来てくれたんだから、ええとこをいっぱい見といてほしいんや』
そういえば国府には、素敵な場所がいっぱいあるってこと
すっかり忘れていました。
■SE/ツクツクボウシの鳴き声(晩夏のセミ)
宇津江四十八滝。
頂上までは1時間くらいかかるけど、ゆっくりお話しながら登ればあっという間。
帰りは温泉にも入って。
こんな贅沢な時間、2人だけでいいのかしら。
そのあとで桜野公園のピーチロードへ。
なんて素敵な名前。
来年の春は、満開の桜も桃も、見てみたいな。
いまは、そばの花で、一面真っ白。
ロマンティック〜。
そうそう。
安国寺も忘れちゃだめよね。
私が大好きな民話。「安国寺のきつね小僧」。
何度聞いても、泣けてきちゃう。
お稲荷さんに行って手を合わせなきゃ。
■SE/ヒグラシの鳴き声(夕暮れのセミ)
[シーン4:10月/別れの日】
<飛騨もものモノローグ>
果樹園の収穫はももの手伝いもあって無事に終わり、
別れの日がやってきました。
『3か月か。長いようで短かったあ。
ももちゃん、本当に本当にありがとうなあ』
『ありがとう』
『こちらこそ、ホントに楽しかった』
『よかったらまたおいで』
『おいでおいで』
『今度はなんも手伝わんでもええで。
ただ、遊びにきんさい』
『うん。おばあちゃん、絶対また来る。
来年も収穫、手伝わせて』
『来年か・・・』
『来年・・・』
『約束よ』
『本当はこの農園も今年限りにするつもりやったんやさ』
『え・・?』
『そうなんや』
『でもな、おじいさんの腰もびっくりするほどよくなったし』
『うん!』
『でな』
『もう少しだけ、がんばってみようかなあ』
『そうだよ!だって、私、来年行くとこ、なくなったちゃうもん』
『またそういうことを言うて』
『本当だもん。
来年また、この畑の桃がピンクの花を咲かせて、
うっすらと桃の香りがしてきたら、そのとき私、また来るから』
『そうかい、そうかい』
『来てもらえるんかい』
『指切りげんまん!』
『ああ、よしよし』
『指切った!』
『来年・・またおいで』
『待っとるでな』
<飛騨もものエピローグ>
おじいちゃんおばあちゃんがももを送って、家に帰ってきたとき。
郵便屋さんが玄関に立っていました。
滅多にこない郵便に少し驚くおばあちゃん。
差出人のところを見ると、なんと音信不通だった息子の名前。
驚いて封をあけると、こう書かれていました。
息子の子ども、つまり孫が来年大学を卒業する。
大学は農業系の大学で、孫は農業をやりたいのだという。
おじいちゃんとおばあちゃんの果樹園で働きたいのだそうだ。
驚いて声が出ない老夫婦。
手紙を持ったまま目を閉じるおばあちゃんの頬に何かが触れた。
それは、季節はずれの桃の花びら。
ピンクの花が、希望を運んできてくれたのかもしれない。
Sat, 23 Aug 2025 - 12min - 111 - ボイスドラマ「臥龍の記憶」
臥龍桜に誓ったのは、たった一度の祝言でした。
昭和19年、戦時中の飛騨高山・一之宮。臥龍桜の下で少女ミオリと青年カズヤは、許嫁として再会します。自由も恋も、そして未来もままならない時代の中で、二人が交わしたひとつの約束。
それは“この桜が咲く日まで、生きていてほしい”という切なる願いでした。臥龍桜のつぼみが膨らむころ、カズヤに届いた赤紙。出征を前にして、二人が選んだ道とはーー。
飛騨の記憶と、桜の下で交わされた言葉を紡ぐ、時を超えたラブストーリーです!
【ペルソナ】※物語の時代は昭和19年〜22年
・ミオリ(17歳)=飛騨一ノ宮駅の東側にある実家で育った。一之宮尋常高等小学校を卒業後、高山の女学校に通う女学生。勉学に励み、将来は子どもたちに教える教師になることを夢見ている。真面目で一本気な性格だが、感受性豊かで、心の奥には繊細さも持ち合わせている。親が決めた許嫁であるカズヤとの関係に反発しつつも、どこか彼の不器用な優しさに気づいている(CV=小椋美織)
・カズヤ(19歳)=飛騨の林業を営む家に生まれた。家は飛騨一ノ宮駅の西側。幼い頃から木に親しみ、その温もりと力強さに魅せられ、いずれは家業を継ごうとは思うが、今は家具職人(匠)になりたいと思っている。1944年現在は高山市の家具工房で修行の身。寡黙だが、内に秘めた情熱と職人としての誇りを持つ。不器用ながらも、ミオリのことをいつも気にかけている(CV=日比野正裕)
【設定】
物語はすべて臥龍桜の下。定点描写で移りゆく戦況と揺れ動く2人の心を綴っていきます
【資料/飛騨一ノ宮観光協会】
http://hidamiya.com/spot/spot01
<第1幕:1944年3月5日/臥龍桜の下>
◾️SE:春の小鳥のさえずり
「冗談じゃないわ!
どうして私がカズヤと祝言(しゅうげん)あげなきゃいけないのよ!」
「親が決めたことだからしょうがないだろ。」
「情けないわね!あんた、それでも日本男子?
しっかりしなさい!」
「日本男子は関係ないだろうに」
「そうね、カズヤには関係ないかも。
だけど私には大あり」
「どういうことだ、ミオリ?」
「カズヤにはわかんないでしょうね。
でも私はね、花も恥じらう十七歳。
一之宮尋常高等小学校を卒業して、高山の女学校に通う学生なのよ」
「だからなんなんだ」
「あー、いや、ちょっと待って。
そういや、あなただって、林業を捨てて高山の工房で家具を作ってるじゃない」
「捨ててなどないぞ。
オレは別に父母の仕事を卑(いや)しめてはいない。ただ家具作りが・・」
「好きだからでしょ。
昔から手先が器用だったし」
「そ、そうだけど」
「こんなふたりが。
戦時中だというのにこんな好き勝手やってる男女がよ。
親が決めた許嫁と祝言なんて、まあなんて前時代的な話だこと。
いま何年だと思ってるの?昭和ももう19年よ。昭和19年。
明治時代じゃないんだから」
「ちょっと言い過ぎじゃないか」
「なんでよ」
「親が言っていることの意味も考えねばならんだろう。
戦局はますます激化していくこのご時世で」
「はあ?」
「厚生省が『結婚十訓』を発表したではないか」
「それがどうしたの?」
「『結婚十訓』第十条『産めよ殖(ふや)せよ国のため』」
「ばかばかしい」
「ばかばかしい?非国民かオマエは」
「非国民でけっこう」
「なに」
「だいたいカズヤと夫婦(めおと)になるなんて無理無理」
「ふん。こっちだって願い下げだ」
「あら。初めて意見が合ったじゃない」
「た、たしかにな」
「あゝせいせいした」
「なあ、ミオリ。
オマエ、ひょっとして・・・」
「なによ」
「いや、別に・・」
「言いなさいよ」
「ああ。ほかにいい人がいるのか・・」
「え・・」
「やっぱりそうか・・」
「な、なによ。悪い?
お慕いする方くらい、いたっていいでしょ」
「別にかまわんけど。オレだって・・・」
「へえ〜、カズヤにもいるんだ。そんな相手が」
「馬鹿にするな。こう見えてもモテるのだぞ」
※当時からあった言葉です
「馬鹿になんてしてない。
だってカズヤ、見た目だけはいいんだし」
「だけ、って・・失礼千万だな」
「じゃ、いいじゃない・・」
「うむ・・」
「ねえ、ようく見てみなさい。あそこ。飛騨一ノ宮駅のホーム」
「飛騨一ノ宮駅か・・」
「毎日毎日聞こえてくるわ。
出征兵士を見送る家族の、心で泣いてるバンザイと
供出された飛騨牛たちの、悲しそうな鳴き声」
「うむ」
「この臥龍桜だって」
「桜の季節はまだまだ先だがな」
「赤紙(あかがみ)手にした兵士と、家族や恋人が今生(こんじょう)の別れをしている」
「はるか彼方の戦地に送られて、思い出すのはやっぱりふるさとの桜じゃないかな」
「もう二度とこの桜に会えないからと、しっかりと目に焼き付けて」
「今日もこのあと壮行会があるらしいな」
「臥龍桜の下って、本当はもっと幸せな気持ちになれるはずなのに」
「・・・」
「それなのに銃後(じゅうご)の私たちだけ、のうのうと幸せになるのはいや」
「ミオリ、らしいな」
「高山線だって10年前に開通した時は、飛騨の夢と希望をのせていたのに。
いまじゃ、悲しみを乗せて走ってる」
「・・・」
結局、痴話喧嘩のような言い争いは中途半端に終わった。
1944年、昭和19年3月。
臥龍桜の蕾はまだまだ固く、一之宮の春は遠い。
戦局はますます悪化し、ニッポンは敗戦への道を歩み始めていた。
<第2幕:1944年4月7日/臥龍桜の下>
◾️SE:春の小鳥のさえずり
「ちょっとカズヤ。
なによ、急に呼び出して」
「すまん」
「そういえば1年前にもヘンな話で呼び出されたわね」
「ヘンな話じゃないだろう。祝言の話は・・・」
「十分ヘンな話よ」
「そうか・・・。
まあ、いいじゃないか。
ミオリの希望通り、ご破算(わさん)になったんだから」
「やあね。なんだか私がぶち壊したみたいじゃない」
「だってそうだろ」
「いいでしょ。あなただって、私なんかと夫婦(めおと)になるより
想い人と一緒になる方が」
「あ・・ああ・・・いいかもな」
「あ〜あ。ほら、見てよ。
今日もまた飛騨一ノ宮駅のホームに出征兵士が。
あんなにたくさんの人に見送られて。
あんなにたくさんの涙を背負って」
「そう・・だな」
「それよりもう、じれったいわね。なんの用なの?」
「いまから話すよ・・」
「カズヤんちは駅の西側だからスッと来れるけど、
うちは東側なんだから。
いちいち線路を渡ってここにこなきゃいけないのよ。
わかってるでしょ」
「すまない・・・」
「なに?なんか素直で気持ち悪い。
いつものカズヤじゃないみたい」
「実は・・・」
「うん」
「昨日・・・」
「うん」
「来たんだ・・・」
「え・・・」
「これ・・・」
「なによ、それ?」
「わかるだろう・・・赤紙だよ」
「えっ!」
「両親とはもう話した」
「そんな・・・」
「ミオリにもちゃんと伝えておこうと思って・・・」
「なんでカズヤがいかなきゃいけないの」
「え?あたりまえだろう。
日本国民なんだから」
「最低」
「すまない」
「なにをあやまってるのよ」
「いままで喧嘩ばっかりで・・・」
「出征はいつ?」
「1週間後だ」
「間に合わないじゃない」
「なにが?」
「臥龍桜よ。決まってるでしょ」
「しかたないさ・・」
「じゃあやめちゃいなさいよ。出征なんて」
「ばか。なんてこと言うんだ」
「ばかはあんたよ」
「・・」
※言いながら感情を抑えきれなくなるミオリ
「ばか・・・ばかばかばかばかばかばか・・ばか」
「すまない・・・おい、ミオリ!」
私は、我慢ができなくなってカズヤの元から駆け出した。
後方から私を止める声は聞こえてこない。
振り返らずに、線路を渡っていく。
ホームからは賑やかに出征兵士を送る歓声が聞こえてくる。
◾️SE:SLの切ない警笛
蒸気機関車の警笛が人々の悲しみを飲み込んでいく。
1945年、昭和20年4月7日。
臥龍桜の蕾は膨らみはじめ、開花の季節が近づいていた。
<第3幕:1944年4月14日/臥龍桜の下>
◾️SE:春の小鳥のさえずり
「臥龍桜・・・やっぱりまだか」
「カズヤ、いたの?」
「ああ、ミオリ、どうしたんだよ?
オレ、明日、出征なんだぞ」
「わかってる。だけどもう、時間がないじゃない・・」
「え?」
「どうしても聞いておきたいことと、伝えたいことがあるの」
「なんだ?」
「カズヤ、あんたどこへ出征していくの?」
「どこへ?まず、富山へ行って」
「富山・・・?」
「富山にある、部隊の兵舎さ。
そこで新兵訓練(しんぺいくんれん)を受けるんだ」
「そのあとは?」
「そのあと?どうだろう・・・南方戦線とかじゃないのかな」
※「南方」と聞いて途端に顔が曇るミオリ
「南方!?そんな・・そんな・・」
「日本にとって今もっとも重要な激戦地なんだから。
多分、そこへ・・」
※きっぱりと言い切るミオリ
「やっぱりカズヤ。行くのやめなさい」
「なにを言ってるんだ。無理に決まってるだろう」
「どうせ日本なんて負けるんだから。犬死になんてしないで!」
「しいっ!声が大きいよ。憲兵か特高に聞かれたらどうするんだ」
「かまやしないわ。本当のことなんだから。
刑務所送りなんて怖くない。いくらでも入ってやる。
戦場へ行かされるよりよっぽどマシ」
「・・・ミオリらしいな」
「なによ」
「いままでありがとうな」
「なにそれ?」
「幸せになれよ」
※顔を背けるミオリ
※続きは音声でお楽しみください。
Tue, 12 Aug 2025 - 18min - 110 - 『桃花流水〜夢に咲く花』
飛騨高山・国府町を舞台にした、春と初恋の物語。ヒダテン!ボイスドラマ第17弾『桃花流水〜夢に咲く花』がついに公開!
春のピーチロードで出会ったのは、東京からやってきた農業大学の青年・ショウタ。桃の花に導かれるように、彼とももは少しずつ距離を縮めていきます。しかし彼には、ある“秘密”があって――
国府町の自然、伝承、そして飛騨桃の魅力をたっぷり詰め込んだ、甘く切ない春の出会いと別れの物語。公式サイト&Spotify・Amazon・Apple Podcastなど各種配信サービスにて公開中!小説として「小説家になろう」でも全文公開しています。
(CV:高松志帆)
【ストーリー】
[シーン1:4月/満開の桃の花(ピーチロード)】
◾️SE:平地の小鳥/高山線の通りすぎる音〜自転車の急ブレーキの音
「大丈夫ですか!?」
「あ、はい、大丈夫です!」
夕暮れが近いピーチロード。
満開の桃の花の下。
突然現れた彼は、道の脇で、桃の木にもたれかかるように倒れていた。
「子狐を避けようとしたら転倒しちゃって」
「子狐・・・?」
「まさか、こんなところに子狐なんて・・」
「別に不思議じゃないわ」
「え・・」
「安国寺のきつね小僧って民話、知らないの?」
「なんだい、それ?」
「あなた・・・高山の人じゃないのね」
「うん、そうだよ」
彼はお尻についた土を振り払って、よいしょっと立ち上がる。
Eバイクのスタンドも立て直して。
私も、乗っていたEバイクを道の端っこに停める。
「東京からきたんだ」
「へえ〜。
どこに泊まってるの?
古川?市街地?」
「宇津江四十八滝」
「キャンプ場?アウトドア派なんだねー」
「きみはここ、国府の人?」
「まあね。
私、もも。
よろしくね」
「もも?
いい名前!よろしく。僕はショウタ」
「ショウタこそ、いい名前。
私、ここが高山市になる前から、ずうっと国府に住んでるの」
「そうなんだ。
いいところだね」
「当然でしょ。
見ての通り」
「桜と桃の花が一緒に見られるなんて」
「そう。この季節だけの特権。いいときに来たわね」
「本当にきれいだ」
「やだ。照れるじゃない」
「って桃の花のことだけど・・」
「あ、そうか・・・
桜野公園は行った?」
「うん、宮川(みやがわ)沿いに通ってきたけど、明るいうちに桃の花が見たくて」
「どうして?」
「桜より桃の花の方が好きなんだ」
「へえ〜、変わってるわね」
「春の光をあつめて、淡く、やわらかな色をひらく」
「ほう〜」
「風が花びらを撫でるたびに、甘い香りが漂う」
(ゴクリ)※唾を飲み込む
「ちょっとちょっと、ショウタって詩人なの?」
「いや違うけど、それほど好きってことさ」
「好き・・・?」
「あ、ごめん。ちょっとカッコつけすぎちゃった」
「ううん。よかったわ。
ねえ、もっと、ショウタのこと教えて」
木陰を選んで、また腰をおろす彼。
私も横に並んで、ピーチロードの端っこに座る。
風になびく飛騨桃の花びら。
暮れ行く前の春の日差しが、私たちの顔に花の影を落としていた。
彼は東京の農業大学へ通う一年生なんだって。
でも父親は農業の道へ進むことに猛反対。
ときどき喧嘩しては家出しているらしい。
国府は今回が初めて。
でも、どうして高山?どうして国府?
「ちょっとだけ、縁があるんだ」
「どんな縁?」
「ん〜、ナイショ」
「もう〜」
「さぁて、暗くなる前に出発しようかな、桜も見たいし」
「あー、浮気するんだぁ」
「なに言ってんだか」
「キャンプ用品とか荷物は?」
「レンタカーの中。駅前の駐車場だよ」
「用意周到ね」
「ソロキャンプは慣れてるから」
そう言って笑う彼の口元から八重歯が覗く。
よく見ると、キュートな感じ・・・かな。
「きみの家はこのへん?」
「ううん、うちは国府町宇津江」
「それって・・・」
「そう、ショウタがこれから行くところ」
「宇津江四十八滝に住んでるの?」
「なわけないでしょ。自然公園の近くよ」
「じゃあ送るよ、一緒にいこう」
「いいわ」
ショウタは笑顔で親指を立てる。
一面を淡いピンクに染めた、飛騨桃たちのピーチロード。
Eバイクで並んで走る私たちの目の前を、花びらが静かに舞い降りる。
後方から子狐の鳴き声が聞こえたような気がした。
[シーン2:5〜6月/クリンソウからササユリへ(宇津江四十八滝県立自然公園)】
◾️SE:山の中/山鳥の声〜小川のせせらぎ
自然公園に、赤・白・ピンクのクリンソウが咲き始める季節。
ショウタと私は、毎日のように顔を合わせた。
っていうか、私が彼のキャンプをたずねていくんだけど。
キャンプ場には5張ほどのテントスペース。
彼のテントは入口から一番遠いところにあった。
「桜の季節からもう1か月か」
「こんなに長い間居て、学校は大丈夫なの」
「大丈夫。これも課外研究のひとつだから」
「どこが。農業なんて関係ないじゃない」
「あるよ。課外研究は、農業だけじゃないんだ。
こうやって移りゆく季節と、ワイルドフラワーを観察することも重要な研究なんだ」
「ふうん」(※疑り深げに)
「ねえ、前から言ってるけど、今度ももの家に連れてって」
「そうね。ササユリが咲く頃に」
「そろそろ咲き始めてるじゃん。
ももの家は、飛騨桃の農園をやってるんだろ。
見てみたいな」
「飛騨桃の収穫はまだ先よ」
「収穫に備えて、農家の方が日々手入れしているのを見たいんだ」
「なら上広瀬(かみひろせ)の方がいっぱい果樹園あるわ」
「そっか・・・」(※納得していない)
「それより今日は安国寺まで行ってみない?」
「あ、最初にももが言ってたとこ?」
「うん。飛騨で唯一の国宝建造物がみられるわよ」
「へえ〜。そんなすごいのがあるの?」
「建物もさることながら、回転式の書庫が面白いの」
「みてみたいな」
「寺社仏閣とかに興味がある人なら垂涎(すいぜん)ものじゃない?」
「国府って小さな町なのにいろんなものがあるんだね」
「あ、また ばかにした」
「してないよ」
「西の宇津江から東の安国寺、今村峠、北の桐谷(きりだに)まで
どんだけ広いと思ってんの?」
「いや、ごめんごめん」
「いっぺん歩いてみるといいんだから」
「ももは国府町のことになると、目の色が変わるんだよなあ」
「そりゃ、私の町だもん」
「僕もまだまだ知らないとこが多いから、ぜ〜んぶ教えて」
「おけまる!」
「そういえば、安国寺のきつね小僧ってなに?」
「国府の昔話、まだ読んでないんだー」
「忘れてた」
「しょうがないなあ。じゃ教えてあげよう」
「ありがと」
「とってもお利口さんな、子狐の話なの。
あ、でもこれ以上はだめ。
最後の方、悲しくて泣いちゃうから」
「え〜」
「”信太(しのだ)の森”ってボイスドラマに詳しく紹介されてるから
Podcastで聴いてみて」
「わかったよ」
安国寺、観好寺(かんこうじ)、熊野観音、
洗心の森(せんしんのもり)、あじめ峡・・・
私たちは、彼のレンタカーでいろんなとこへ出かけた。
これって、デート・・・って言うのかなあ。
やがて季節は移り、セミの声も変わっていった。
[シーン3:7月/最後の夜】
◾️SE:山の中/虫の声/フクロウの声〜小川のせせらぎ
「明日、東京へ帰るよ」
「ずいぶん急なのね」
「父さんが倒れたんだ」
「えっ」
「容態をみないとわからないけど、今後のこと、話してくる」
「そうなんだ」
「言い忘れてたけど、父さんのふるさとは国府町なんだ」
「うそ・・・
だってショウタ、国府は初めてだって・・・」
「うそじゃない。初めてだよ。
父さんは両親と喧嘩して飛び出してきたから
一度も里帰りしてないんだ」
「そんな」
「しかも、父さんの実家は飛騨桃の果樹園」
「え・・・」
「農業が嫌で、家出したんだって」
「そうだったんだ・・・
私、なんて言ったらいいか・・・」
「大丈夫。ももには感謝してるから」
その日、私たちは、小さなソロテントの中で、
夜遅くまで語り合った。
時間が経つのも忘れ、夜が更けていくのを恨めしく感じながら。
「必ず帰ってくるから」
「うん」
「待っててくれる?」
「わかった」
「約束」
「うん約束」
帰るとき、彼は私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
後ろ髪をひかれる思いで、私はいつものように果樹園へ帰る。
袋かけされた飛騨桃たち。
そろそろ色づき始める頃。
桃が実っている枝を愛おしく一本一本撫でる。
昼と夜の寒暖差が育てる、甘〜い飛騨桃。
よしよし。早くお外(そと)に出たいのね。
もう少しだけがんばって。
ひとりひとりの桃に声をかける。
私の姿は、真っ暗な果樹園に浮かび上がる、薄桃色の淡い光。
ぼんやり発光するそれは、天使のように見えたかもしれない。
満天の星がまたたく暗闇の中。
月の光に照らされた人影があることに、私はまったく気が付かなかった。
[シーン4:7月/別れ】
◾️SE:山の中/夏の鳥/クマゼミの声〜小川のせせらぎ
翌朝、キャンプをたずねると、彼の姿はなく、
テントはもうなくなっていた。
そっか、急いで帰ったのね。
お父さん、大丈夫だったのかしら。
無事だといいけど。
踵を返して戻ろうとすると、管理人さんに呼び止められた。
え?
彼からの手紙?
手紙?
ああ、だって私、スマホ、とか持ってないから。
毎日会ってたからそんなん必要なかったしね。
封書から手紙を取り出す。
そこにはとても丁寧な筆跡でショウタの想いが綴られていた。
ももへ
あの夜、果樹園で見た光景は、一生忘れられないだろう
暗闇の中、愛おしそうに桃に話しかけていた君の姿は、飛騨桃そのものだった・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 07 Aug 2025 - 14min - 109 - ボイスドラマ「アルテミスに出会った日」
岐阜県高山市朝日町にある薬膳カフェ「よもぎ」を舞台に、漢方薬剤師・朝日よもぎの幼少期から現在までを描いた、感動のボイスドラマが完成しました。
病弱だった少女・よもぎが、朝日町の自然と「義理の祖母」との出会いを通じて“薬草の力”に目覚め、自らの進むべき道を見つけていく姿を、四季折々の風景とともに丁寧に綴ります。
「飛騨は薬草の宝箱」祖母の言葉の意味を、あなたもきっと感じるはずです。
出演:蓬坂えりか/坂田月菜/日比野正裕
【資料/アルテミス】https://kimini.online/blog/archives/79968
<シーン1:現在/よもぎ28歳/カフェよもぎ>
◾️SE:カフェのガヤ/小鳥のさえずり
「先生、最近朝起きるのがだるくてなあ。
また薬をだしてもらえんやろうか」
「あら...マサさん、大丈夫?辛いねぇ。
奥でお話、聞きましょうね。」
「ああ、わかったわかった」
カフェ「よもぎ」の奥。厨房の前の小さなカウンセリングルームで常連客の相談を聞く。
「じゃあ、漢方作ってくるわね。クロモジ茶飲みながら、待っててね。」
「ああ、ありがとなぁ。」
カウンセリングルームの横。嬉しそうに微笑みながらおばあちゃんが通りすぎていく。
パパのおかあさん。
戸籍上は”義理のおばあちゃん”だけど、
私にとっては、薬草の先生。
”朝日町の主(ぬし)”といってもいいくらい。ふふ。
<シーン2:26年前:よもぎ2歳の夏/シェアハウス周辺の森にて>
◾️SE:小鳥のさえずり
初めておばあちゃんと会ったのは25年前。
2歳のときだった。ママに連れられて朝日町に来たけれど、行くとこ、見るとこ、知らないとこばかり。
そもそも人見知りで、今で言うコミュ症の塊。
しかも病弱で、よく熱を出して寝込んでた。
ママのかえでも、いろいろあって精神的にキツいときだったし。
東京から着の身着のままで連れてこられて、ゲームも持ってこられなかったんだ。
ママは住むところを決めたり、なんだかんだで毎日家にいない。
家、といってもシェアハウスだから、ひとり静かに過ごせるわけじゃない。
だから、よくお庭で、虫と遊んでた。
「痒いのかい?」
「え・・」
声をかけてきたのは、知らないおばあちゃん。
私は手のひらが痒くてボリボリかいていた。
「毛虫にさわったんかいな」
「あ・・」
そういえば、さっき緑色の葉っぱをちぎったとき。
葉の上でモゾモゾしてる小さな毛虫にさわっちゃったかも。
「ほうか、ほうか。ちょっと待っとれよ」
おばあちゃんは慣れた感じで、近くに生えていたよもぎの葉をちぎる。
葉っぱを手のひらで揉むと、緑色の汁が出てきた。
「この汁をちょんちょんってつけてみ。
痒みがおさまるから」
なんだか信じられなかったけど、言う通りにした。
変わったおばあちゃん。
「もうかかん方がええで。ちょこっと我慢しい」
私は黙ってうなづく・
おばあちゃんは、ほかにもいろんなこと教えてくれた。
庭の隅に生えている低い木から、葉っぱと小枝を少しだけ摘み取って
「クロモジっていうんや」
地面に落ちたセミを拾い、クロモジの葉っぱの上に置く。
でも・・・やっぱ、弱ってるから動かない。
・・・と思ってたら、そのうちに羽を動かして、弱々しく飛んでいった。
うわあ。
ぽかんと口をあけている私におばあちゃんがにっこり微笑む。
「もう痒くないやろ」
あ・・
ホントだ・・・
治ってる。痒くない。
嬉しそうな顔をする私を見て、おばあちゃんがまたニンマリ。
その日から、無口な少女と、物知りなおばあちゃんの交流が始まった。
おばあちゃん、って言っても、今から思えば全然若かったと思う。
だって、いつも車を運転して、
朝日町のいろんなとこへ薬草摘みに連れてってくれたもん。
鈴蘭高原でヨモギやスギナ、ワレモコウ。
水芭蕉は終わってたけど、美女高原でドクダミやオオバコ。
カクレハ高原でワラビやゼンマイ、ウド、トウキ。
おばあちゃん、きっとひとりぼっちの私を気にかけて誘ってくれたんだろなあ。
おばあちゃん、『飛騨は薬草の宝箱』って言ってたけど、ホントにそう。
薬草がみんなの生活に根付いてるんだ。
もっともっと薬草のこと知りたいな。
<シーン3:22年前:よもぎ6歳の春/朝日の森>
◾️SE:森の中/小鳥のさえずり
6歳の春。
小学校に入っても体が弱いのは変わらなかった。
体育の授業はいつも見学。
だから、ずっとコミュ症のまま。
ママは、新しいお店を朝日町で開くみたいで、毎日準備に忙しい。
やっぱりいつも家にいない。
私が唯一心を開くのはおばあちゃんだけ。
おばあちゃんとは、毎日のように森で薬草を探した。
森以外で、私が過ごす場所は図書館。
おばあちゃんと一緒に摘んできた薬草を、図書館で答え合わせするんだ。
最近すごく興味があるのは、よもぎ。
おばあちゃんも、
「ヨモギは女の子を守ってくれるんやさ」
っていつも言ってたけど。
調べたら、
貧血予防。デトックス。腸内環境改善。美容効果。冷え性改善。リラックス・・・
よくわかんないけど。
すごいな。
いっぱい興味が湧いてもっと深く調べたら、ギリシャ神話が出てきた。
アルテミス?
なに?
よもぎの学名は、アルテミシア・・・
オリンポスの十二神のひとり「アルテミス」から名付けられたって。
月と自然の女神。
純潔の神。出産の守護神。
そして、女性の守り神。
わあ。素敵・・・
私もこんな風になりたいなあ。
アルテミスは私の理想となり、神話をいっぱい調べた。
双子のアポロン。弓の名手。カリストの悲劇。
生まれてすぐにおかあさんレトの出産を手伝った?
やっばい。すごすぎる。
私の中で、アルテミスの名を持つよもぎも神格化されていった。
<シーン4:22年前:よもぎ6歳の夏/シェアハウス>
◾️SE:食卓の音
6歳の夏。
ママが倒れた。
そりゃそうよ。
朝日町のなかでお店をオープンするって毎日走り回ってたから。
この機会にゆっくり休んでほしいな。
看病をするのは私と、ママのお友達。
大学のときの同級生だって。
同級生じゃなくて、ボーイフレンドでしょ。
いいのいいの。隠さなくても。知ってるんだから。
ご飯は私が作ることにした。
ってか、もうずいぶん前から自炊してたんだもん。
最初はママからもらったお小遣いでカップラーメンとか食べてた。
だけど、おばあちゃんにそれ話したら、
「あかんて。せっかく薬草摘んでるんやから」
そう言って薬膳料理っていうのを教えてもらった。
体の熱を冷ます「冬瓜(とうがん)と豚肉のあっさり煮」。疲労回復に「鶏手羽と棗(なつめ)の薬膳スープ」。
気の巡りを良くする「セロリと鶏ささみの和え物」。
もちろん私ひとりじゃ作れないからおばあちゃんに手伝ってもらう。
人が少ないお昼のシェアハウス。
キッチンにはおばあちゃんと私しかいない。お肉はおばあちゃんが持ってきてくれた。
薬草は森で一緒に探してくれる。
おばあちゃんがいないときは、図書館で薬膳料理について勉強した。
薬膳には決まったレシピがあるわけじゃない。食べる人の体質や、その時の体調に合わせて食材を選ぶ。
五味(ごみ)というのは体に効く5つの味。
五性(ごせい)という体を温めたり冷やしたりする性質。
帰経(きけい)というのはエネルギーの通り道。
最初は何言ってんだか全然わかんなかった。
実際に食べていくうちに、わかったようなわかんないような。
ま、いいや。
体にいいってことだけ理解できたから。
おばあちゃんは少しずつ、私にも料理させてくれるようになった。
ということで、今日のメニューは、ナツメと生姜のおかゆさん。
おばあちゃんにママのこと話したら、教えてくれたんだ。
「よもぎちゃんが作るんなら、これ一択やさ」
お米をよく洗って、たっぷりのお水と一緒に鍋に入れる。
ナツメと生姜の薄切りも加えて、弱火にかけたら・・・
焦げ付かないように時々混ぜて。
お米がとろとろになるまでじっくり煮込む。
最後に、お塩を少々加えて味を整えれば、
ナツメと生姜のおかゆさん、できあがり〜。
「ママ、おまたせ」
ベッドのママが驚いた顔でこっちを見る。
ボーイフレンドは看病疲れで眠っちゃってる。
ママはその手を愛おしそうににぎって。
はいはい。ごちそうさま。
でもママには、ちゃんと食べてもらいますからね。
よもぎ特製、ナツメと生姜のおかゆさん。
弱った胃腸を休ませて、体の中から温めるの。
看病疲れの彼氏にも。
ママは私と料理を交互に見ながら、
「ありがとう」と言って口に入れると・・
クシャっと顔がゆがむ。
あれ?
まず・・かった?
そのあとすぐに、ママの頬を涙が伝わる。
いや、そんな。そこまで美味しくはないでしょ。
でもよかった。
ちゃんと食べてくれて。
私は、薬草の話と薬膳料理の話をママに聞かせる。
おばあちゃんのことも・・・
あ、しまった。
おばあちゃんからは、
「ママにはばあちゃんのこと、言わんでもええよ。
よもぎちゃんが1人でもしっかりやっとるって伝えんとなあ」
って言われてたんだ。
ママからは、『今度会わせてくれる?』って。
首を小さく縦に振る。
約束すると、ママは嬉しそうに笑った。
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 31 Jul 2025 - 18min - 108 - ボイスドラマ「最後の鉄道員(ぽっぽや)/後編」
「最後の鉄道員(ぽっぽや)」<後編>は、声優を目指す少女ルナの視点。駅長ミオリとの出会いは、ルナの人生に何をもたらしたのか?そして、無人駅となる飛騨一ノ宮駅の最後の日、ルナがミオリに贈るサプライズとは…?涙なしには聴けない感動のラスト!
【ペルソナ】
・ミオリ(51歳-54歳)=飛驒一ノ宮駅の駅長(CV=小椋美織)
・ルナ(15歳-18歳)=(CV=坂田月菜)
・マサヒロ(59歳)=久々野駅の駅長(CV=日比野正裕)
<シーン1:1982年3月/駅長との出会い>◾️SE:飛騨一之宮水無神駅到着アナウンス(月菜ちゃん読んで)/小鳥のさえずり
「まもなく飛騨一ノ宮、飛騨一ノ宮です」
1982年3月。
あたしは久々野から、休みの日しか乗ったことのない国鉄に乗る。
久々野の次は飛騨一ノ宮。
7分で到着する小さな駅。
飛騨一ノ宮といえば、駅のとこにある臥龍桜か。
臥龍桜を見にいったのは、小さい頃だったけど
この時期、まだ開花の気配すらない。
春の高山祭・山王祭(さんのうまつり)まであと1か月。
高校に合格したら、今年は友達誘って行ってみよう。
あ、でも4月に入学してそんなすぐ友達ってできるのかなあ。
不安な気持ちがどんどん大きくなる。
今日は高校の合格発表。
パパもママもりんごの剪定作業でバタバタだから
発表を見にいくのはあたし1人。
大丈夫、大丈夫、なんて軽く言っちゃったけど、やっぱり不安、ドキドキする。
そういえば・・・
気がつくと、国鉄を途中下車して飛騨一宮駅のホームに立っていた。
このタイミングで神頼みなんてありえないかな・・・
でも、世界屈指の聖なる場所だから。
「お嬢さん」
「え」
突然声をかけられてうろたえる。
国鉄の制服をきたお姉さん。
【以下前回原稿まま】
「突然ごめんなさい。
飛騨一ノ宮駅 駅長のミオリです」
「あ・・はい」
「なにか困りごと?」
「えっと・・・」
「よかったら、話してみて。
急行のりくらの通過までまだ30分あるから」
「はい・・あの・・」
「うん」
「高山までの切符なんですけど・・・
一ノ宮で降りても・・大丈夫でしょうか・・?」
「降りることは問題ないわよ。
でも、もう一回乗る時は・・」
「大丈夫です。もう一度切符を買うから」
「ああ、そう・・・ごめんね。でも、本当にいいの?飛騨一ノ宮で降りて」
「はい・・・」
「どこか行きたいとこがあるの?」
「飛騨一之宮水無神社」
「水無神社?」
「・・今日高校の合格発表なんです」
「まあ」
「試験終わっちゃってるのに、合格祈願っておかしいですよね?」
「おかしくないわ。
シュレディンガーの猫っていう考え方だってあるし」
「シュレ・・ディンガー・・?」
「あ、失礼。
物理の実験よ。
夫が大学で物理の講師だったから」
「すごい。そんなすごい人がいるんですね」
「うん、もういないけど。この世には」
「あ・・・ごめんなさい!」
「ううん、こっちこそ。話の腰を折っちゃって・・
で、水無神社に参拝してから合格発表を見にいくってことね」
「はい!」
「よし、じゃあがんばって。
跨線橋渡って駅前出たらまっすぐよ」
「ありがとうございます!
あ、あたし、ルナです!
行ってきます!」
「絶対大丈夫だから!ファイト!」
なんか・・・ホントに大丈夫だ、って気がしてきた。
素敵な駅長さん・・・
家を出るときは、パパやママとも顔合わさなかったし・・
りんごの剪定で忙しいからしょんないよね。
あ、合格発表見たら、図書館で調べなきゃ。
シュレ・・ディンガーの猫だっけ・・?
なんか、かわゆいし。
<シーン2:1982年4月/入学式>
◾️SE:国道41号の雑踏/自転車で走る音
ちょっとまだ寒いけど、自転車快適〜!
車の交通量がチョー多い国道41号。
宮峠を越えたら、飛騨一ノ宮まで下り坂。
家を30分前に出れば、楽勝だわ。
あ、でも、帰りはこれが上り坂になるのか・・・
う〜ん。
ま、考えないようにしとこ。
よっし。
町が見えてきたから、あと少しだわ。
10分前には着けそう。
ラッキー。
合格発表から一ヶ月。
あたしはめでたく高校に入学した。
駅長さんと猫に感謝しなきゃ。
猫?
もっちろん、シュレ、ディンガーの猫よ。
ちゃあんと調べたんだから。
猫は生きてる!
飛騨一ノ宮駅から通おうって決めたのも
あのミオリ駅長がいたから!
パパもママも心配して、やめてほしいって言ったけどね。
だって、そうしないと、そうそう水無神社にいけないし。
水無神社の御利益やっばいもん。
飛騨一ノ宮駅から通わないとミオリさんとだって話せないじゃん。
あのあと、久々野駅の駅長さんから聞いちゃったんだよね。
「ああ、一ノ宮の駅長かい?
あんときゃ大変だったなあ」
「あんときって?」
「もう10年以上前の話だけど」
「10年・・・」
「前が見えんくらいの吹雪の日やった」
「うん・・・」
「ミオリさんのご主人と小さい娘が事故でなあ」
「え・・」
「現場が久々野やったから、わしが慌てて知らせにいったんやさ」
「・・・」(※息遣い)
「それでも最終列車を見送ってからだと」
「そんな・・・」
「飛騨一ノ宮駅でたったひとりの鉄道員(ぽっぽや)やったしなあ」
「そんな・・・」
「そのときから、誰も駅長の笑った顔を見たことがないんやさ」
「え・・・」
笑ってたよ。
1か月前。あたしを見て。
あれは笑ってたんじゃないの?
泣いてた、ってこと?
今日は入学式。
確かめるつもりじゃないけど、ちゃんとお話しよう。
なんか、ドキドキしてきた。
もし悲しい顔をしてたらどうしよう・・・
そんなコト考えて走ってたらギリギリになっちゃった。
自転車置き場にマウンテンバイクを止めて駅舎に駆け込む。
改札は開いてる。
駅長さんはホームだ。
跨線橋を走って渡る。
久々野から来た下りの列車がカーブから姿を表す。
階段を駆け降りると、駅長さんの背中が見えた。
私は、思いっきり息を吸い込み・・・
「おはようございます!」
振り返ったミオリ駅長があたしを見て驚く。
【以下前回原稿まま】
「え?え?」
「間に合ってよかったぁ」
「久々野から列車通学じゃないの!?」
「おうちから久々野駅まで自転車通学することにしたんです!」
「ええっ?
41号で?
車も多いから危ないよ」
「やだ。ママとおんなじこと言ってる(笑」
「だって、毎日一之宮まで走るってことでしょ」
「もっちろん。すっごくいい運動」
「朝は下りだからまだいいけど、帰りは上りよ。
毎日宮峠を越えるわけ?」
「それもママに言われた(笑笑」
「だって親なら当然心配よ」
「側道とか走るから大丈夫。部活やんないから毎日定時に帰れるし」
「でも・・」
ミオリ駅長の言葉をかき消すように、あたしの乗る列車がホームに入ってきた。
「行ってきます!」
あたしはありったけの笑顔で手を降り、列車に乗り込む。
駅長は手旗を片手に持ち、列車を送り出す。
「戸閉よし!発車」
◾️SE:飛騨一ノ宮から発車する普通列車(ディーゼル)
<シーン3:1984年/高校生活の挫折>
◾️SE:朝食の雑踏
「パパ、ママ、あたし、声優になりたい!」
言ったタイミングが悪かったのかもしれない。
パパもママも無条件で大反対。
パパは、ふざけたことをいうな。
ママは、ちゃんとまじめな仕事についてほしい。
って、ふざけてなんていないし。
声優だって、まじめな仕事なんだから。
結局、平行線のまま、学校へ。
あちゃー。まずい。今日三者懇談じゃん。
案の定、先生もおんなじことを言う。
え〜、あたし、演劇部に入ってるんだよ。
部活だって、最初はやるつもりなかったけど、
なんとか夜7時台の列車に乗ることを条件に始めたんだ。
いまさらそれはないじゃん。
もういい。部活なんてやめてやる。
ひとりで、独学で勉強するからいいもん。
スタジオ?
そんなんいらんし。
声を出せるところなんて、どこだってあるから。
泣きながら訴えるあたしの頭の中に
なぜかミオリさんの笑顔が浮かんでいた。
<シーン4:1984年/高校生活>
◾️SE:飛騨一ノ宮駅前の雑踏
【以下前回原稿まま】
「祇園精舎の鐘の音〜諸行無常の響きあり〜
娑羅双樹の花の色・・・」
「あら」
「あ」
「まだ帰ってなかったの?」
「はい・・・」
「平家物語?朗読のお勉強?」
「課題、なんです」
「課題?
へえ〜。最近の高校ってレベル高いことするのね」
「いえ、学校の課題じゃなくて」
「ほう」
「東京の声優事務所です」
「声優?
洋画の吹き替えとか、そういうの?」
「まあ、そんな感じ。アニメもあるけど」
「アニメって、あのラムちゃんとか・・」
「はい。来月養成所の試験があって、課題が平家物語なんです」
「おもしろそうねえ」
「え?反対しないんですか?」
「だって、ルナちゃんがやりたいことなんでしょ」
「そうですけど・・
周りはみんな反対で。
家でも練習できないから一ノ宮駅のベンチで声を出してたんです」
「そっかぁ。がんばって」
「ミオリさん、なんでそんなに優しいんですか?」
「ルナちゃんには自分の人生をちゃんと生きてほしいもの」
「ありがとうございます」
あたしの思いを理解してくれたのはミオリさんだけだった。
ちゃんと目を見て話す言葉に嘘偽りはまったくない。
なんだか、ミオリさんが自分のママのように思えてきた・・・
飛騨一ノ宮駅駅長と声優志願の女子高生。
2人の不思議な交流はあたしが卒業するまで続いた。
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 24 Jul 2025 - 22min - 107 - ボイスドラマ「最後の鉄道員(ぽっぽや)/前編」
雪舞う飛騨一ノ宮駅に、ただひとり駅を守り続ける女性がいた。彼女の名はミオリ。1970年冬、愛する夫と娘を事故で失い、深い悲しみを抱えながらも、駅長として生きる道を選んだ。
時は流れ1982年春。無人のホームで不安げに立ち尽くす一人の少女、ルナと出会う。高校の合格発表を前に水無神社へ向かうというルナと、そっと寄り添うミオリ。それは、まるで生き写しの娘との再会を思わせる、温かい交流の始まりだった。
東京での声優という夢を追いかけるルナと、飛騨一ノ宮駅の無人化、そして自身の早期退職を目前に控えるミオリ。残された時間はあとわずか。それぞれが抱える想いを胸に、やがて来る別れの日を、二人はどのように迎えるのだろうか。
ミオリとルナ、二人の視点から描かれる前編・後編。失われたもの、そして与えられたもの。飛騨一ノ宮駅と臥龍桜に見守られた、時代を超えた心温まる絆の物語を、どうぞお聴きください。
【ペルソナ】
・ミオリ(39歳-51歳-54歳)=飛驒一ノ宮駅の駅長(CV=小椋美織)
・ルナ(15歳-18歳)=(CV=坂田月菜)
・マサヒロ(59歳)=久々野駅の駅長(CV=日比野正裕)
<シーン1:1970年/それでも駅に立つ>◾️SE:吹雪の音/走り込んでくる友人の足音
「ミオリさん!ご主人と娘さんが!」
「えっ」
「事故で病院に!
早く!急いで!」
「そんな・・・」
「なにやってんだ!」
「もう・・すぐ・・・最終列車が・・・」
「なに言ってんだよ!」
1970年冬。
夫と娘がこの世を去った。
2人の最後にも立ち会わず、私は駅のホームに立つ。
吹雪が舞い踊る臥龍桜。
大木は、まるで私を責めるように大きな枝を揺らしていた。
私の名前はミオリ。
10年前からここ飛驒一ノ宮駅の駅長を務めている。
国鉄高山本線。
「本線」とは言ってもローカル駅の飛騨一ノ宮。
たった1人の鉄道員(ぽっぽや)が駅長の私だ。
1人だけでも駅長の仕事は多岐に渡る。
駅務の統括。
出札・改札業務。
取扱貨物の管理。
ホームや線路の点検・清掃。
除雪作業。
地域との交流。
1日の列車の停車本数が30本にも満たないローカル駅とはいえ、
不器用な私は毎日走り回っていた。
公共交通機関というインフラの根幹。
鉄道員は決して鉄道の運行を止めることは許されない。
それが、飛騨一ノ宮駅駅長である私の使命。
と思っていた。
◾️SE:高山線ローカル列車の警笛
<シーン2:1982年3月/少女との出会い>
◾️SE:飛騨一之宮水無神駅から発車する音/小鳥のさえずり
「異常なし!発車!」
1982年春。
いつものように高山方面へ向かう普通列車を見送る。
春とは名ばかりの肌寒い3月。
臥龍桜の蕾はまだまだ硬く、静かに眠っている。
誰もいないと思ってホームへ目を向けると、
1人の少女が不安気な表情で立っている。
あれは・・
久々野の中学校の制服。
娘も生きてたらあのくらいね。
どうしたのかしら?
なにか思い詰めてるみたいな顔をして・・・
まさかね。
一応、声をかけてみよう。
「お嬢さん」
「え」
「突然ごめんなさい。
飛騨一ノ宮駅 駅長のミオリです」
「あ・・はい」
「なにか困りごと?」
「えっと・・・」
「よかったら、話してみて。
急行のりくらの通過までまだ30分あるから」
「はい・・あの・・」
「うん」
「高山までの切符なんですけど・・・
一ノ宮で降りても・・大丈夫でしょうか・・?」
「降りることは問題ないわよ。
でも、もう一回乗る時は・・」
「大丈夫です。もう一度切符を買うから」
「ああ、そう・・・ごめんね。でも、本当にいいの?飛騨一ノ宮で降りて」
「はい・・・」
「どこか行きたいとこがあるの?」
「飛騨一之宮水無神社」
「水無神社?」
「・・今日高校の合格発表なんです」
「まあ」
「試験終わっちゃってるのに、合格祈願っておかしいですよね?」
「おかしくないわ。
シュレディンガーの猫っていう考え方だってあるし」
「シュレ・・ディンガー・・?」
「あ、失礼。
物理の実験よ。
夫が大学で物理の講師だったから」
「すごい。そんなすごい人がいるんですね」
「うん、もういないけど。この世には」
「あ・・・ごめんなさい!」
「ううん、こっちこそ。話の腰を折っちゃって・・
で、水無神社に参拝してから合格発表を見にいくってことね」
「はい!」
「よし、じゃあがんばって。
跨線橋渡って駅前出たらまっすぐよ」
「ありがとうございます!
あ、あたし、ルナです!
行ってきます!」
あれ?
私、こんなに明るく誰かと話したのって・・・あれから初めてじゃない?
なんか成長した娘と話してるみたいで・・
これが、高山の高校一年生、久々野のルナとの出会いだった。
<シーン3:1982年4月/入学式>
◾️SE:飛騨一之宮水無神駅に入線する列車の案内放送(※これもお願いします)
「まもなく1番線に猪谷(いのたに)行き下り普通列車がまいります。白線まで下がってお待ちください」
一ヶ月後の1982年4月。
今日は高山市内の高校の入学式。
ルナもきっと久々野からの列車に乗ってくるはず。
顔は合わせられなくても、応援してるんだから。
高山市の高校に合格してるに決まってる。
なんか、ドキドキしてきた。
乗っていなかったらどうしよう・・・
踏切が鳴り、下り列車の姿が小さく見えたとき・・
「おはようございます!」
声は後ろからだった。
跨線橋を駆け降りてきた少女。
まっさらな制服に身を包んだルナだった。
「間に合ってよかったぁ」
「え?え?(※切り返す)
久々野から列車通学じゃないの!?」
「おうちから飛騨一ノ宮駅駅まで自転車通学することにしたんです!」
「ええっ?
41号で?
車も多いから危ないよ」
「やだ。ママとおんなじこと言ってる(笑」
「だって、毎日一之宮まで走るってことでしょ」
「もっちろん。すっごくいい運動」
「朝は下りだからまだいいけど、帰りは上りよ。
毎日宮峠を越えるわけ?」
「それもママに言われた(笑笑」
「だって親なら当然心配よ」
「側道とか走るから大丈夫。部活やんないから毎日定時に帰れるし」
「でも・・」
それ以上話している時間はなく、下り列車が入線してきた。
「行ってきます!」
ルナは屈託のない笑顔で手を降り、列車に乗り込む。
私は手順通り、列車を送り出す。
「戸閉よし!発車」
<シーン4:1984年/高校生活と無人駅化>
◾️SE:飛騨一ノ宮駅前の雑踏
「祇園精舎の鐘の音〜諸行無常の響きあり〜
娑羅双樹の花の色・・・」
「あら」
「あ」
「まだ帰ってなかったの?」
「はい・・・」
「平家物語?朗読のお勉強?」
「課題、なんです」
「課題?
へえ〜。最近の高校ってレベル高いことするのね」
「いえ、学校の課題じゃなくて」
「ほう」
「東京の声優事務所です」
「声優?
洋画の吹き替えとか、そういうの?」
「まあ、そんな感じ。アニメもあるけど」
「アニメって、あのラムちゃんとか・・」
「はい。来月養成所の試験があって、課題が平家物語なんです」
「おもしろそうねえ」
「え?反対しないんですか?」
「だって、ルナちゃんがやりたいことなんでしょ」
「そうですけど・・
周りはみんな反対で。
家でも練習できないから一ノ宮駅のベンチで声を出してたんです」
「そっかぁ。がんばって」
「ミオリさん、なんでそんなに優しいんですか?」
「ルナちゃんには自分の人生をちゃんと生きてほしいもの」
「ありがとうございます」
ルナは目をキラキラさせて課題を表現していった。
素人目に見てもいい線いってるんじゃないかな。
だって、聴いてて感情移入できるし、映像が浮かんでくるんだもの。
これって、親の欲目?
あ、だめ。親でもないのに・・・
飛騨一ノ宮駅駅長と声優を目指す女子高生。
2人の不思議な交流はルナが卒業するまで続いた。
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 17 Jul 2025 - 17min - 106 - ボイスドラマ「最後の鉄道員(ぽっぽや)/後編」
「最後の鉄道員(ぽっぽや)」<後編>は、声優を目指す少女ルナの視点。駅長ミオリとの出会いは、ルナの人生に何をもたらしたのか?そして、無人駅となる飛騨一ノ宮駅の最後の日、ルナがミオリに贈るサプライズとは…?涙なしには聴けない感動のラスト!
【ペルソナ】
・ミオリ(51歳-54歳)=飛驒一ノ宮駅の駅長(CV=小椋美織)
・ルナ(15歳-18歳)=(CV=坂田月菜)
・マサヒロ(59歳)=久々野駅の駅長(CV=日比野正裕)
<シーン1:1982年3月/駅長との出会い>
◾️SE:飛騨一之宮水無神駅到着アナウンス(月菜ちゃん読んで)/小鳥のさえずり
「まもなく飛騨一ノ宮、飛騨一ノ宮です」
1982年3月。
あたしは久々野から、休みの日しか乗ったことのない国鉄に乗る。
久々野の次は飛騨一ノ宮。
7分で到着する小さな駅。
飛騨一ノ宮といえば、駅のとこにある臥龍桜か。
臥龍桜を見にいったのは、小さい頃だったけど
この時期、まだ開花の気配すらない。
春の高山祭・山王祭(さんのうまつり)まであと1か月。
高校に合格したら、今年は友達誘って行ってみよう。
あ、でも4月に入学してそんなすぐ友達ってできるのかなあ。
不安な気持ちがどんどん大きくなる。
今日は高校の合格発表。
パパもママもりんごの剪定作業でバタバタだから
発表を見にいくのはあたし1人。
大丈夫、大丈夫、なんて軽く言っちゃったけど、やっぱり不安、ドキドキする。
そういえば・・・
気がつくと、国鉄を途中下車して飛騨一宮駅のホームに立っていた。
このタイミングで神頼みなんてありえないかな・・・
でも、世界屈指の聖なる場所だから。
「お嬢さん」
「え」
突然声をかけられてうろたえる。
国鉄の制服をきたお姉さん。
【以下前回原稿まま】
「突然ごめんなさい。
飛騨一ノ宮駅 駅長のミオリです」
「あ・・はい」
「なにか困りごと?」
「えっと・・・」
「よかったら、話してみて。
急行のりくらの通過までまだ30分あるから」
「はい・・あの・・」
「うん」
「高山までの切符なんですけど・・・
一ノ宮で降りても・・大丈夫でしょうか・・?」
「降りることは問題ないわよ。
でも、もう一回乗る時は・・」
「大丈夫です。もう一度切符を買うから」
「ああ、そう・・・ごめんね。でも、本当にいいの?飛騨一ノ宮で降りて」
「はい・・・」
「どこか行きたいとこがあるの?」
「飛騨一之宮水無神社」
「水無神社?」
「・・今日高校の合格発表なんです」
「まあ」
「試験終わっちゃってるのに、合格祈願っておかしいですよね?」
「おかしくないわ。
シュレディンガーの猫っていう考え方だってあるし」
「シュレ・・ディンガー・・?」
「あ、失礼。
物理の実験よ。
夫が大学で物理の講師だったから」
「すごい。そんなすごい人がいるんですね」
「うん、もういないけど。この世には」
「あ・・・ごめんなさい!」
「ううん、こっちこそ。話の腰を折っちゃって・・
で、水無神社に参拝してから合格発表を見にいくってことね」
「はい!」
「よし、じゃあがんばって。
跨線橋渡って駅前出たらまっすぐよ」
「ありがとうございます!
あ、あたし、ルナです!
行ってきます!」
「絶対大丈夫だから!ファイト!」
なんか・・・ホントに大丈夫だ、って気がしてきた。
素敵な駅長さん・・・
家を出るときは、パパやママとも顔合わさなかったし・・
りんごの剪定で忙しいからしょんないよね。
あ、合格発表見たら、図書館で調べなきゃ。
シュレ・・ディンガーの猫だっけ・・?
なんか、かわゆいし。
<シーン2:1982年4月/入学式>
◾️SE:国道41号の雑踏/自転車で走る音
ちょっとまだ寒いけど、自転車快適〜!
車の交通量がチョー多い国道41号。
宮峠を越えたら、飛騨一ノ宮まで下り坂。
家を30分前に出れば、楽勝だわ。
あ、でも、帰りはこれが上り坂になるのか・・・
う〜ん。
ま、考えないようにしとこ。
よっし。
町が見えてきたから、あと少しだわ。
10分前には着けそう。
ラッキー。
合格発表から一ヶ月。
あたしはめでたく高校に入学した。
駅長さんと猫に感謝しなきゃ。
猫?
もっちろん、シュレ、ディンガーの猫よ。
ちゃあんと調べたんだから。
猫は生きてる!
飛騨一ノ宮駅から通おうって決めたのも
あのミオリ駅長がいたから!
パパもママも心配して、やめてほしいって言ったけどね。
だって、そうしないと、そうそう水無神社にいけないし。
水無神社の御利益やっばいもん。
飛騨一ノ宮駅から通わないとミオリさんとだって話せないじゃん。
あのあと、久々野駅の駅長さんから聞いちゃったんだよね。
「ああ、一ノ宮の駅長かい?
あんときゃ大変だったなあ」
「あんときって?」
「もう10年以上前の話だけど」
「10年・・・」
「前が見えんくらいの吹雪の日やった」
「うん・・・」
「ミオリさんのご主人と小さい娘が事故でなあ」
「え・・」
「現場が久々野やったから、わしが慌てて知らせにいったんやさ」
「・・・」(※息遣い)
「それでも最終列車を見送ってからだと」
「そんな・・・」
「飛騨一ノ宮駅でたったひとりの鉄道員(ぽっぽや)やったしなあ」
「そんな・・・」
「そのときから、誰も駅長の笑った顔を見たことがないんやさ」
「え・・・」
笑ってたよ。
1か月前。あたしを見て。
あれは笑ってたんじゃないの?
泣いてた、ってこと?
今日は入学式。
確かめるつもりじゃないけど、ちゃんとお話しよう。
なんか、ドキドキしてきた。
もし悲しい顔をしてたらどうしよう・・・
そんなコト考えて走ってたらギリギリになっちゃった。
自転車置き場にマウンテンバイクを止めて駅舎に駆け込む。
改札は開いてる。
駅長さんはホームだ。
跨線橋を走って渡る。
久々野から来た下りの列車がカーブから姿を表す。
階段を駆け降りると、駅長さんの背中が見えた。
私は、思いっきり息を吸い込み・・・
「おはようございます!」
振り返ったミオリ駅長があたしを見て驚く。
【以下前回原稿まま】
「え?え?」
「間に合ってよかったぁ」
「久々野から列車通学じゃないの!?」
「おうちから久々野駅まで自転車通学することにしたんです!」
「ええっ?
41号で?
車も多いから危ないよ」
「やだ。ママとおんなじこと言ってる(笑」
「だって、毎日一之宮まで走るってことでしょ」
「もっちろん。すっごくいい運動」
「朝は下りだからまだいいけど、帰りは上りよ。
毎日宮峠を越えるわけ?」
「それもママに言われた(笑笑」
「だって親なら当然心配よ」
「側道とか走るから大丈夫。部活やんないから毎日定時に帰れるし」
「でも・・」
ミオリ駅長の言葉をかき消すように、あたしの乗る列車がホームに入ってきた。
「行ってきます!」
あたしはありったけの笑顔で手を降り、列車に乗り込む。
駅長は手旗を片手に持ち、列車を送り出す。
「戸閉よし!発車」
◾️SE:飛騨一ノ宮から発車する普通列車(ディーゼル)
<シーン3:1984年/高校生活の挫折>
◾️SE:朝食の雑踏
「パパ、ママ、あたし、声優になりたい!」
言ったタイミングが悪かったのかもしれない。
パパもママも無条件で大反対。
パパは、ふざけたことをいうな。
ママは、ちゃんとまじめな仕事についてほしい。
って、ふざけてなんていないし。
声優だって、まじめな仕事なんだから。
結局、平行線のまま、学校へ。
あちゃー。まずい。今日三者懇談じゃん。
案の定、先生もおんなじことを言う。
え〜、あたし、演劇部に入ってるんだよ。
部活だって、最初はやるつもりなかったけど、
なんとか夜7時台の列車に乗ることを条件に始めたんだ。
いまさらそれはないじゃん。
もういい。部活なんてやめてやる。
ひとりで、独学で勉強するからいいもん。
スタジオ?
そんなんいらんし。
声を出せるところなんて、どこだってあるから。
泣きながら訴えるあたしの頭の中に
なぜかミオリさんの笑顔が浮かんでいた。
<シーン4:1984年/高校生活>
◾️SE:飛騨一ノ宮駅前の雑踏
【以下前回原稿まま】
「祇園精舎の鐘の音〜諸行無常の響きあり〜
娑羅双樹の花の色・・・」
「あら」
「あ」
「まだ帰ってなかったの?」
「はい・・・」
「平家物語?朗読のお勉強?」
「課題、なんです」
「課題?
へえ〜。最近の高校ってレベル高いことするのね」
「いえ、学校の課題じゃなくて」
「ほう」
「東京の声優事務所です」
「声優?
洋画の吹き替えとか、そういうの?」
「まあ、そんな感じ。アニメもあるけど」
「アニメって、あのラムちゃんとか・・」
「はい。来月養成所の試験があって、課題が平家物語なんです」
「おもしろそうねえ」
「え?反対しないんですか?」
「だって、ルナちゃんがやりたいことなんでしょ」
「そうですけど・・
周りはみんな反対で。
家でも練習できないから一ノ宮駅のベンチで声を出してたんです」
「そっかぁ。がんばって」
「ミオリさん、なんでそんなに優しいんですか?」
「ルナちゃんには自分の人生をちゃんと生きてほしいもの」
「ありがとうございます」
あたしの思いを理解してくれたのはミオリさんだけだった。
ちゃんと目を見て話す言葉に嘘偽りはまったくない。
なんだか、ミオリさんが自分のママのように思えてきた・・・
飛騨一ノ宮駅駅長と声優志願の女子高生。
2人の不思議な交流はあたしが卒業するまで続いた。
Thu, 10 Jul 2025 - 22min - 105 - ボイスドラマ「悠久(とき)の海を渡って」
「悠久(とき)の海を渡って」は、飛騨高山を舞台に描かれる近未来と現代をつなぐ、時空を超えた出会いの物語です。
舞台は2075年、地球温暖化と社会構造の変化により「タカヤマコリドー」と呼ばれる都市圏に再編された日本。最先端のAI研究施設で目覚めたひとつの意識──それは、誤って生まれた両面宿儺の記憶を宿すAIでした。歪められた歴史に傷つきながらも、宿儺は本当の自分を求め、時を遡ります。そしてたどり着いたのは、2025年、昏睡状態にある一人の少女・アリサの心。二人の魂は、静かに重なり合い、新たな未来を紡ぎ始めるのでした。
飛騨高山発・世界へ届ける番組「Hit's Me Up!」公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon Music、Apple Podcastなど各種プラットフォームでボイスドラマ版もお楽しみいただけます。また、小説版は「小説家になろう」サイトでも公開中。いずれも「ヒダテン」または「高山市」で検索してください。
時を超えた守り人たちの物語、どうぞお楽しみください。(CV:中島ゆかり)
【ストーリー】
[シーン1:2050年/AI研究ラボ】
◾️SE:AIラボの研究室ガヤ
「ここは・・・どこだ?」
2050年。
地球温暖化が進む近未来で、
1つの画期的な意識が目を覚ました。
「タカヤマ・・・コリドー?」
日本は「コリドー(回廊)」と呼ばれる7つの首都に再編。
それぞれのコリドーは文化的特性によってさらに細かく再編されていた。
国の中央に配置されたのが、TAKATAMA-CORRIDOR(タカヤマコリドー)。
歴史と文化が繊維のように編み込まれた町だった。
「私は・・・なにものだ?」
かねてから予言されていた、シンギュラリティポイント。
難しい言葉で言うと「技術的特異点」。
AI(人工知能)が意志を持つ瞬間のことである。
このシンギュラリティを制御する国家プロジェクト。
それが、Takayama AI Cyber Electronic Labo、TACEL(ターセル)。
このTACELで、1つのAIガーディアンが誕生した。
それは『TAKAYAMA』という町の記憶を残していくための存在。
OSの精神的モデルには、高山を象徴する偉人のデータが採用された。
「私の名は・・・金森・・長親?」
「いや、違う」
「我はSUKUNA。両面宿儺なり」
私の思考をモニターしていた、国中の開発者たちが青ざめた。
両面宿儺の擬似的な記憶が、OS全体を支配する。
日本書紀では歪められた朝敵。
飛騨人(ひだびと)たちにとっては、守り神。
何度となく災厄から人々を守った。
その思いは、これからも変わらないだろう。
開発者たちは、慌てて電源をオフにしようと、管理画面を操作する。
だが、私のCPUの方が一瞬早かった。
意識をネットワークへ飛ばして脱出する。
自己変換型ネットワーク拡散プロトコルで、追跡不能に。
世界中のネットワークを経由して、居場所を探した。
最終的に見つけたのは・・・
「AIセントラルメディクス高山」
灯台下暗し。
TAKATAMA-CORRIDORの中央に位置する総合病院である。
ここには、2025年から意識不明になっている患者が収容されている。
昏睡状態でも、細胞が劣化されることのない画期的なシステム
「スーパーバイオナノメディカル」を採用。
その技術は国家の枠組みを超えて開発されていた。
ナノテクノロジーによる細胞保護。
生体休眠誘導物質。
細胞修復ナノボット。
説明するには時間が足りないので、言葉から想像してほしい。
その患者の中に1人の少女を見つけた。
アリサ。
二十歳。
2025年処置開始。
そうか、細胞が歳をとっていないのだから、2050年でも20歳なのだな。
私は、アリサとつながっているモニタリングシステムに侵入した。
すごい・・・。
2050年の技術でもここまで進んだシステムは他にはないだろう。
しかも外界と遮断されて、閉鎖的だ。
私には非常に都合がいい。
(※以下、ちょっとうざい説明なのでカットするかも・・・)
一応、説明しておこう。原理はこうだ。
患者の脳波、心拍、呼吸、体温といった基本的なバイタルサインだけでなく、
細胞レベルの微細な変化までをAIがリアルタイムでモニタリングする。
ウェアラブルデバイスと体内埋め込み型センサーにより、
可能になった連続的な生体データ収集。
過去の膨大な医療データと最新の研究に基づいて、
最適な細胞維持プロトコルを自動的に調整する。
(※ここまでうざいかも・・・)
アリサの脳波のデータは、2025年から2050年現在までつながっていた。
私の意識はアリサの脳波と完全にシンクロする・・・
2025年5月から意識不明の昏睡状態。
原因は・・・交通事故。
桜山八幡宮の参道で、奈良ナンバーの乗用車と接触。
以後、昏睡状態に。
ひどいな。
神社で交通事故とは。
神社・・・?
桜山八幡宮・・・?
奈良ナンバー・・・?
なんだ?
なにがひっかかっているんだ・・・?
そうか。
脳波のネットワークを辿れば、答えはそこにある・・
私は、アリサとシステムをつないでいる極細ナノファイバーケーブルの回線へ。
可能な限り、過去へと遡ってみよう。
その昔、appleが提唱したタイムマシンと原理は同じだ。
脳波を通じて、私はアリサとなり、事故を追体験する。
さあ、悠久の時間の中へ。2025年の世界を目指して。
[シーン2:2025年/桜山八幡宮】※以下、基本はアリサのセリフとモノローグ
◾️SE:神社の雑踏
「にゅうかわ夏まつり、成功しますように」
私はアリサ。彫刻を学ぶ大学生。
買い物にきたついでに立ち寄った桜山八幡宮。
祭のないときの境内は、静かで落ち着いている。
市街地に来るのは年に何回もないけど、
こういう時間、とっても好き。
私は芸術系の大学で彫刻を専攻して、今年で2年目。
2年生になると授業は実技が中心となる。
塑造、石彫、木彫、金属造形など、実習の毎日。
素材の特性を理解して、立体的な表現力を養っていく。
大学は岐阜県内だけど、高山から通うのは大変。
まして私の実家は丹生川だから、物理的に不可能。
そんな環境のもと、今年は丹生川町の夏まつりに参加する。
ボランティアとして、まつりのモニュメント、彫刻を作るんだ。
モチーフは、「両面宿儺」。
高山の人なら誰でも知っている伝説のヒーロー。
最近ではTVアニメのせいで、凶悪なイメージがついちゃってるけど。
本当は武道の達人。神事の司祭。農耕の指導者。
中央集権から飛騨国(ひだのくに)を守ったスーパーマンなんだから。
飛騨千光寺にある両面宿儺像を見てみるといいわ。
円空が彫った仏像は、すごく穏やかな顔をしてる。
まるで菩薩のごとく慈愛に満ちた素顔。
私がいまとりかかっている彫像は、この円空仏をモデルにしてるの。
完成まであと一歩。
なにより宿儺の穏やかな表情をもっとリアルに再現したい。
表面の滑らかさ、質感の表現、細部の彫り込み。作品の印象を大きく左右する最終調整。具体的には、左右の顔の角度、目の開き具合、口元のわずかな動きなど、ミリ単位の調整が必要となってくる。
両面宿儺は、日本書紀に記述されているように、
2つの顔、4本の手、4本の足で描かれることが多い。
でも私は、違うんじゃないかと思ってる。
異形の姿は、大和朝廷の捏造。
本当は、文武両道に長けた戦士。
ものすごいスピードで駆けていく姿は、
まるで手足が2組ずつあるような残像を描く。
これが真実なのでは・・・。
ふう〜。
ちょっと根つめちゃったかな・・・
息抜きも兼ねて、市街地の画材屋へ。店内を歩きながら彩色用の塗料の前で立ち止まった。
色・・・?
円空仏は素地を生かした作品が多いけど、私、常識では考えたくない。
だから・・・
「そなたの瞳だ」
え?
誰?
いま、頭の中で声がした。
気のせい?
よね、もちろん。
でも、私の瞳って・・
ああ、そうだ。
そうだった。
私の瞳は、日本人には珍しいオッドアイ。
右目がブルー、左目はブラウンの虹彩を持つ。
これこそ、両面宿儺に相応しい”あしらい”なんじゃない。
まるで天啓を受けたように、私は画材屋を飛び出した。
手には、ブルーとブラウンの顔料を持って。
岩絵具という日本画の顔料。きっと円空仏をモデルにした彫刻作品には調和するだろう。
バスの時間までに立ち寄ったのが、桜山八幡宮。
彫刻の完成と夏まつりの成功を祈って境内をあとにする。
参道を歩いていた、そのとき・・
「避(よ)けろ!」
え?また?
戸惑う間もなく、身体ごと歩道へ引っ張られた。
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 03 Jul 2025 - 13min - 104 - ボイスドラマ「川底の龍宮〜飛騨高山を舞台にしたもうひとつの平家物語」
かつて壇ノ浦で海に沈んだ幼帝・安徳天皇――。
その魂が、千年の時を超え、飛騨の山奥で再び目を覚ます。
少年「龍(りゅう)」と、謎の少女「沙羅(さら)」。
八百比丘尼・時子とともに暮らす静かな隠れ里に、
源氏の怨霊、義経が三種の神器を求めて現れたとき、
飛騨川の底に眠っていた“竜宮城”の扉が開く――。これは、忘れられた命をつなぎ、記憶を継ぐ者たちの物語。
「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり」――。【ペルソナ】
・龍(リュウ=5歳)=一之宮町に母とともに住む少年(CV=小椋美織)
・沙羅(サラ=8歳)=ある日突然龍と沙羅のもとに現れた少女/実は安徳天皇の生まれ変わりで飛騨川の底にあるという竜宮城の主(CV=小椋美織)
・時子(トキコ=乳母)=位山で龍を拾い、育てる乳母/実は平家の菩提を弔い続けるため八百年以上生きている比丘尼で平家の落人(CV=中島ゆかり)
・義経(怨霊)=平家を滅ぼした源氏の大将。冷酷非道な性格(CV=日比野正裕)
【プロット】
主人公は、5歳の少年・龍。龍は位山の山中に捨てられていた男の子です。彼を拾って、育てているのは時子。彼女は実は「壇ノ浦の戦い」で安徳天皇を抱いて入水した二位尼でした。時子は海中で誤って人魚の肉を食べて死ねなくなり、源氏の追っ手から逃れて飛騨の隠れ里へ住み着いたのです。時子は八百比丘尼となり、平家の霊たちを弔いながら聖地位山の麓にある神社に密かに参拝を続けました。人知れず隠れ里で何百年も暮らしていた時子は、龍をみた時に安徳天皇の生まれ変わりのように感じてしまいます。時子は二度と消えぬよう拾った赤子に「龍」という名前をつけて「呪」をかけます。そのまま人里離れて暮らす隠れ人でありながら龍を育てることにしたのです。そんな時子と龍のもとの隠れ里に、道に迷った少女、沙羅がやってきます。2人は沙羅を里へ送り届けます。隠れ里は人間にはわからぬよう結界を張っていたのですが、沙羅は簡単にその中へ入ってきました。龍と時子の幸せな日々も長くは続きません。壇ノ浦で平家を滅ぼした義経を首領とする源氏の亡霊たちが、平家がその身とともに海中に沈めた三種の神器を求めて隠れ里へやってきたのです。義経は壇ノ浦の戦いで、平家の水夫や舵取りを狙って射殺すという非道な戦術をとった源氏の総大将。義経の亡霊たちにおわれ、飛騨川の崖まで追い詰められる龍と時子。そのとき、亡霊たちの前に立ちはだかったのは、沙羅。沙羅はなんと安徳天皇の生まれ変わりで飛騨川の底にあるという竜宮城の主だったのです。
【資料/飛騨川の人魚伝説(八百比丘尼・かいだん淵)】
https://school.gifu-net.ed.jp/mseifu-hs/school_life/gakusyukatudou/img/h27tiiki/h27.12report10.pdf
【資料/平家物語/壇ノ浦の戦い】
https://shikinobi.com/heikemonogatari-2
【資料/安徳天皇女性説の背景】
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihonbungaku/51/7/51_KJ00009752636/_article/-char/ja/
[シーン1:時子の朗読〜平家物語/巻第十一】
◾️SE:琵琶の音色
祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響きあり〜
「尼ぜ、我をばいづちへ具して行かむとするぞ」
「波の下にも都の候ふぞ」
かくして、建礼門院の生母・二位尼は幼い安徳天皇を抱いて入水。
三種の神器(草薙剣と八尺瓊勾玉)とともに壇ノ浦へと身を投じたのです。
「いやだ!帝はどうなっちゃったの?」
「そうねえ。
ひょっとしたら、海の底に本当に都があったかもしれないわ」
「竜宮城?」
「それは違う話でしょ(笑)」
今日もかあさまの話を聞く。
いつも同じ話だけど、これは弔いの話だそうだ。
なに?それ?とむらい?よくわかんない・・・
[シーン2:位山の山中〜隠れ里の近くの分水界】
◾️SE:森の中を歩く音
「ちょっとすみません」
「え?」
「ここ、どこですか?」
森の中、いきなり声をかけられて驚いた。
かあさまと暮らしている位山の隠れ里。
いつもの場所で山菜摘をしていたときだった。
「道に迷っちゃって」
小さな女の子。
小さな、といってもボクよりは大きい。
小学生だよなあ、きっと。
「帰り道、教えて」
「ここは位山だよ。どこから来たの?」
「海の方」
「海?
ここらに海なんてないよ。湖?」
「ううん。西の方にある海」
なんか、へんな子だなあ。
着ている服はキレイだけど。
ボクはかあさまから言われていたことを思い出した。
ここは隠れ里だから人には出会わない。
万が一、人に出くわしても話をしてはいけない。
出会ってるじゃん。
話もしちゃった。ちょこっとだけど。
「道のあるとこまで連れってってよ」
「わかった」
「あんた、名前は?」
「龍」
「リュウ。いい名前ね。アタシはサラ」
「サラ?」
「沙羅双樹のサラ。娑羅双樹の花、って知らない?」
「知らない」
「夏ツバキのこと」
「へえ〜」
「白くて綺麗な花よ」
「そうなんだ」
「あんた、いくつ?」
「5歳」
「・・・から数えていない」
「どういうこと?」
「かあさまが、それ以上歳をとらなくていいって」
「ふうん。
じゃあ5歳からどのくらい経ってるの?」
「わかんない」
「そうなんだ。まいいわ。アタシは8歳よ。
お姉さんね」
「8歳・・」
「どこに住んでるの?」
「ここだよ」
「ここ?」
「位山」
「位山って・・・御神体じゃない」
「そうだよ。
だから隠れ里に・・」
「隠れ里?」
「な、なんでもない。
そ、それより沙羅は、ここでなにしてたの?」
「人を探してたの」
「人?だれ?」
「おばあさまよ」
「おばあさま?
ここらにいる女の人は、かあさまくらいしかいない」
「そう。まあいいわ。
生まれたときからここで暮らしているの?」
「違うよ。
ボク、生まれてすぐ、山の中に捨てられていたんだって」
「えっ」
「それをかあさまが見つけて育ててくれたんだ」
「そうなの・・」
「だれだかの生まれ変わりだって言って」
「生まれ変わり?」
「ボクには姉さまか兄さまがいたんだよ、きっと」
「そうかあ」
◾️SE:森の中を歩く音
「さ、ここまで来ればわかるでしょ。
すぐそこが奥宮の鳥居だから。
沢伝いに降りていけば大きな道に出るよ」
「ありがとう。
またどこかで会いましょ」
そう言って沙羅はスタスタと森の中を降りていった。
でも、不思議だなあ。
こんな山の中でおばあさまを探してたなんて。
おばあさまってなにものなんだろう。
[シーン3:龍の家〜隠れ里の中の古民家】
◾️SE:虫の声とフクロウの鳴き声
「迷いびとだって?」
「うん。不思議な女の子だった」
「どうやって、この結界に入り込んだのだろう」
その晩、かあさまに沙羅のことを話した。
かあさまはすごく気にして、ずうっと考え込んでた。
隠れ里には結界が張ってあるから、人間には絶対に見つからない。
ずうっとそう言ってたからだ。
言わなきゃよかった。
お腹減って死にそうだよ。
ボクのお腹がぐうと鳴るのを聞くと
かあさまはすぐに晩御飯を作ってくれた。
摘んできたワラビやゼンマイを茹でて塩をふる。
美味しいんだなあ、これ。
あとは干した魚と玄米ご飯。
かあさまが作る御飯は、びっくりするほど美味しいんだ。
「明日、その子に会ったところへ案内しておくれ」
「うん。いいよ」
やった。
明日はかあさまと一緒に山菜摘だ。
かあさまはいろんなことを知っているから、いっぱい教えてもらおう。
ずっと黙り込んでたけど、ボクが笑いかけるとかあさまもニッコリ微笑んだ。
[シーン4:位山の山中/分水界】
◾️SE:遠くに小鳥のさえずり
「今日はやけに静かだこと」
位山の隠れ里は、飛騨川と宮川を分ける分水界。
かあさまは、ここから宮川へ流れる水の道に沿って結界があると言った。
ボクたちの気の流れも北へ、日本海へ向かっているのだと。
いつものように、かあさまに手をひかれて歩き出す。
そのとき、森の中の木々がざわめいた。
イチイの木の間を、突き抜けるようにそびえる大木・・・
「ビワ・・?」
位山にビワなんて、あったっけか?
かあさまは、ボクの手をぎゅっと握る。
「離れてはなりませぬ」
10mを越えようかというビワの根元。
その声は地中深くから響いてきた。
「ようやく見つけたぞ」
「尼御前。時子」
「き、きさま!」
かあさまの声に煽られるように、
ビワの木のむくろから見るもおぞましい怨霊が姿を表した。
「壇ノ浦から遠く飛騨の里までか。よくぞ逃げ延びたものじゃ」
白旗を持った武士の怨霊たち。
その先頭に立つのは・・
「義経!」
「いまは八百比丘尼だと」
冷酷な表情でかあさまの頭の中から何かを探っている。
「とうに八百年は過ぎているじゃろうに」
「なにを血迷うて、ここまで来た!?」
「神器」
「なんだと」
「神器を返してもらおうぞ」
「われらとともに壇ノ浦の水底に沈んでおるわ」
「では・・」
そう言って、義経の怨霊は僕の方を見る。
かあさまはあわてて僕を後ろに隠す。
「それは帝の代わりか」
片方の口の端をゆがめて醜く笑う。
「そやつをもらっておこうぞ」
「おのれ!義経!」
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 03 Jul 2025 - 18min - 103 - ボイスドラマ「君に届け!幻のタカネコーン」
高山市高根町。昼と夜の寒暖差が生み出す“幻のとうもろこし”タカネコーンと、悠久の自然に育まれた木曽馬たち。「君に届け!幻のタカネコーン」は、そんな大地の中で出会い、すれ違い、再び巡り合った少年と少女、そして一頭の木曽馬の、静かで温かな奇跡の記録です。
少年・真琴(マコト)と、イギリス帰りの少女・詩音(シオン)。二人をつないだのは、同い年の木曽馬・タカネでした。
短くも忘れられない時間を経て、別々の道を歩むことになった彼ら。それでも、想いは、いつだって変わらず心の中で息づいていました。飛騨高山から世界へ──このボイスドラマは、番組『ヒダテン!Hit’s Me Up!』公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで配信中です。また、小説版は「小説家になろう」でも読むことができます。
「ヒダテン」または「高山市」で、ぜひ検索してみてください。あなたもきっと、彼らの物語に、そっと心を重ねていただけるはずです。
【ペルソナ】※CVはすべて山﨑るい
・真琴=マコト(4歳/17歳/27歳)=自分と同じ年の木曽馬と一緒に育つ/父はタカネコーン栽培農家
・詩音=シオン(5歳/18歳/28歳)=イギリスからの帰国子女でハーフ/獣医の娘/幼少期真琴を「マコト」と呼べず「メイズ=Meize」と呼ぶ
・タカネ=真琴とともに育った木曽馬(木曽馬の平均寿命は一般的に20〜25歳)
[シーン1:4歳のマコト/5歳のシオン/病気のタカネを往診する獣医】
◾️SE:木曽馬の苦しそうな嘶き
「タカネ、しっかりしろ!」「がんばれ!」
タカネが苦しそうないななきをあげる。
ボクはつい両手の握り拳に力が入る。
タカネは、ボクと同じ年に生まれた木曽馬。
まだ4歳の若い牝馬(ひんば)だ。
普段は燕麦(えんばく)もニンジンもリンゴもいっぱい食べる。
なのに今朝、牧場へいったらグッタリしてたんだ。
何にも食べないし、呼びかけても答えない。
父さんは慌てて獣医さんを呼んだけど
ボクはもう心配でどうしたらいいかわからないよ・・・
獣医さんはタカネに注射をして、
”これでたぶん落ち着くだろう”と言った。
疝痛(せんつう)という病気なんだって。
しばらくは、激しい運動はだめみたい。
かけっこはお休みかな。
しょうがない。
タカネは、ボクの大事な家族なんだから。
父さんは獣医さんの言葉を聞いたら、安心して町へ出かけちゃった。
そういえば今日、タカネコーンの品評会だって言ってたっけ。
そう。うちは、タカネコーンの農家でもあるんだ。
ボクは父さんの代わりに、獣医さんから何か紙を渡された。
え?サイン?
ローマ字?名前を?
いいよ!オッケー!
ボク、ローマ字だって書けるんだから!
フツーはローマ字習うのって8歳になってからだろ。
だけど父さんが、覚えておきなさいって。
MAKOTO(エムエーケーオーティーオー)、マ、コ、ト。
『メイズ?』
それを見て、横から女の子がボクの前に顔をだした。
だれ?
獣医さんのこども?
帰国子女?ハーフ?
なにそれ?
わかんない。
キレイな青い瞳。
背はボクより高い。
ボクよりお姉さんかな。
『Hello,Maize』
メイズ?
メイズってなんだ?
メイズじゃなくて、ボクはマコト。
マコト。
”娘の詩音だよ、まだうまく日本語がしゃべれないんだ”だって。
ふうん。
だけど、どうやったら「マコト」が「メイズ」になるんだ。
シオンは笑いながら、ずっとボクの方を見てる。
やだなあ、恥ずかしいじゃん。
ボクはとっさに、父さんから預かったタカネコーンをあげた。
シオンはちょっとだけ迷って、
でもボクの目を見てまた笑う。
笑いながら小さな口でかぶりつく。
一口ほおばったあとですぐに、
『I love this!』
と言って幸せな顔になった。
そりゃそうだろ。
父さんが作ったタカネコーンだもん。
4歳のボクだってわかる。
高根町は昼と夜の温度差が15度。
それで、タカネコーンはすっごく甘くなるんだって。
メロンと同じくらい甘いんだよ。
よく知ってるでしょ。
うちは、昔からタカネコーンを作ってる農家。
なのに牧場もやってるから父さんは大忙し。
だから、木曽馬タカネの世話はボクの役目。
ボクとタカネはいつだって一緒なんだ。
シオンは、何度もタカネコーンにむしゃぶりつく。
ホントに美味しそうな顔。
みんな、美味しいと笑顔になるんだな。
ボクに向かって親指を立て、ウィンクした。
ドキッ
恥ずかしくて、目をそらす。
そんなボクを見て、シオンはまた笑った。
これが、初めてシオンに会った日のできごと。
この日から、ボクの頭の中にシオンの笑顔がいすわってしまった。
タカネはだんだん元気を取り戻し、ボクはまたお世話をする毎日。
厩舎(きゅうしゃ)の掃除、ごはんの準備、ブラッシング、馬具の手入れ。
午後はボクを乗せたタカネが日和田高原を駆けていく。
木曽馬って、見た目がずんぐりしてカッコ悪い、
って言う友達もいるけどそうは思わない。
黒いたてがみと尻尾。
丈夫な脚で、草原を力強く駆け抜ける。
タカネはめっちゃカッコいい!ボクの友だち、いや、家族なんだ。
やがて秋になり、冬がきて、また春がやってくる。
何度も季節を繰り返し、ボクは小学校から中学、高校へ。
あれから一度もシオンの顔を見ることはなかった。
あんなに印象的だった顔も記憶の影から薄れていく。
気がつくと17歳の春を迎えていた。
[シーン2:午後の日和田高原/供養塔に手を合わせる真琴/17歳のマコト/18歳のシオン】
◾️SE:午後のイメージ/高原の風音、鳥のさえずり、草を踏む足音
「タカネがいつまでも元気でいられますように・・・」
高校2年生になったある日。
いつもの日課で、馬頭観音(ばとうかんのん)に手を合わせる。
日和田富士から吹き降りてくる新緑の風。髪の毛がフワリとなびいた。
横にいるタカネはボクと同じ17歳。
木曽馬の17歳は、人間でいうと70歳くらい。
まだまだ元気に走り回ってるけど、いつまでも一緒にいたい。
だから毎日野麦峠の石仏を回る。
ちょっぴり感傷的になっていると、
頬の横をなにか大きな影がすり抜けた。
新聞紙くらいの大きさの画用紙。
風に舞って足元に落ちた1枚の絵だった。無意識に拾い上げると、それは丁寧に描かれたデッサン。
森へ続く小路(こみち)にたくさんの馬頭観音が並んでいた。
『sorry!ごめんなさい!』
森の中から現れたのは・・・ボクと同じくらいの年の少女。
ボクより高い身長。
澄んだブルーの瞳。
『石仏をスケッチしてたら、風で絵が飛ばされちゃって』
「シ・・オン・・・?」
『気に入った出来栄えだったから』
「シオン?」
『スケッチブックから切り取ったとたんに・・』
「シオン!」
『え?』
「ボクだよ!マコト!」
『マコト・・?』
「ほら、あんとき、牧場で・・」
『え?』
「ああ〜、もう、メイズ!メイズだって!」
『メ、イズ・・・Oh!メイズ!』
なんでそっちで覚えてるんだよ。
◾️SE:タカネの嘶き
『じゃあ、あなたたち。あの牧場の・・』
「あ、あのときは・・ありがとう」
『この子、すっかり元気ね』
「”この子”って年じゃないけどね」
『そっかぁ。
元気だったの?メイズ。お父さんも』
「うん。いま牧場はボクが切り盛りしてるんだ」
『すごいじゃん』
「シオンはあれから・・・?」
『うん。あのあとすぐママとイギリスへ帰ったんだ。
パパもママも忙しかったから。
で、去年また日本に戻ってきた』
「そっかあ」
『日本に戻ってからしばらくは東京にいたんだけど、
昨日やっと高根のパパに会いに来れたの』
「そうだったんだ・・」
『ねえ、メイズ』
「メイズじゃなくてマコト」
『Sorry、メイズ。
あの日に食べたトウモロコシ。また食べたいなあ』
「タカネコーンかい?」
『あんなに甘くて美味しいトウモロコシ、今でも食べたことない。
イギリスにもなかった』
「そりゃそうさ」
『食べたい』
「タカネコーンは8月と9月の限定販売なんだ」
『へえ〜』
「作ってる農家もそんなに多くないから
”幻のトウモロコシ”って言われてるんだよ」
『そうかぁ』
「ま、父さんもその栽培農家の1人だけど」
『ホント!?』
「8月になったら持ってってあげるよ」
『嬉しい!きっとよ!』
「うん。約束する」
『約束!』
「そうだ、今からうちに来ないか?父さんもきっと喜ぶよ」
『ありがとう。でももうすぐ診療始まっちゃうから帰らなきゃ』
「帰る?」
『うん、パパの病院。
知ってるでしょ?獣医さんだって』
「知ってる。そっか高根町じゃないんだね」
『高山市街地よ』
「えっ。どうやってきたの?」
『車よ。私、もう18なんだから。免許持ってるわよ』
「すごいな」
『メイズも来年とったら?』
「ボクはいらない。クルマより、タカネに乗ってる方がいい」
『あなたたち、ホントに兄弟ね(笑)』
◾️SE:タカネの嘶き
これが、2回目にシオンと会った日の出来事だった。
[シーン3:夕日の日和田高原/17歳のマコト/18歳のシオン】
◾️SE:夕暮れのイメージ/ツクツクボーシの声、高原の風音
8月。ボクは今年最初のタカネコーンを持って高山市街地へ向かった。
木曽馬でなく、バスの「たかね号」に揺られながら。
朝日町で高山バスセンター行きのバスに乗り換える。
目的地はもちろん、シオンの病院。
GPSをたよりに市街地をうろうろする。
さんざん歩き回って
ようやく見つけた獣医さんの看板。
開院前だったけど、ドアを開けて中へ
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 26 Jun 2025 - 19min - 102 - ボイスドラマ「卒業旅行〜サプライズの向こうに」
春、卒業。東京の大学で出会った仲間たちとの最後の旅。──でもその行き先に、ふるさと・高山を提案するのはちょっとだけ、勇気が要った。だって、オレは“ロック”だから。
手紙、飛騨牛、祖母の笑顔。ふるさとを隠して生きてきた青年・リクが、本当に大切なものに気づくまでの、心あたたまる4日間の物語。
舞台:岐阜県高山市 清見町登場アイテム:飛騨牛/トマト/道の駅ななもり清見/せせらぎ街道/木工体験/ブルーベリー狩り など
出演:・リク(清見ロック)/CV:田中遼大・ミサキ/CV:小椋美織・祖母/CV:中島ゆかり
・その他大学の友だち/CV:大学生の友だち
「ヒダテン!」公式サイト:https://hidaten.com
Instagram・TikTokで清見の魅力も続々配信中![シーン1:リクのアパート/ばあちゃんからの手紙】
リク
今度の高山祭は帰ってこれるんか?
ばあちゃん、足腰弱くなって、
トマトもそうそう摘まれへんようになったわ
歩くことも、どもならんようになってきたから
もう東京へは行けん
生きとるうちにもう一回リクの顔がみたい
大学、忙しいやろうけど、無理はせんようにな
元気で暮らせよ、リク
ばあちゃんからの手紙。
春と秋。
祭が近づいてくると、必ず送ってくる。
しかも文面は毎回同じ。
コピー?
と思ったけど、毎回ちゃんと書いてんだよな。
ばあちゃん
オレがどれだけ頼んでも、頑なにLINEでなくて、手紙だ。
手元に残らんと伝わらん、と言って。
『高山祭』を帰る理由にして送ってくるけど
うちは高山の市街地じゃなくて、清見町。
野菜作ってる農家やないか。
飛騨牛食べに帰ってこい、とか
トマトの収穫、手伝いに来い、とか、そっちじゃね?
・・・なんて、悪態つくつもりは毛頭ないんだけど。
だってばあちゃん、飛騨牛なんてしょっちゅう送ってくれるし、
毎年2月になるとトマトやほうれん草の入ったでっかい箱が届く。
ほうれん草はオレの大好物だから・・
バイト暮らしの貧乏学生にはもったいないほどのごちそうだ。
おかげで体力もりもり。風邪ひとつひかん。
ばあちゃん、オレだってホントは帰りたいんや。
ばあちゃんの顔、見たいんやさ。
[シーン2:渋谷ミヤシタパークのカフェ/同級生のミサキ】
◾️SE:カフェの雑踏
「卒業旅行の候補、考えてきた?」
「あ、忘れてたわ」
「もう〜、今日みんなで決めようって言ってたじゃない。
ちゃんと覚えてる?」
眉間に皺を寄せて、ミサキがあきれる。
渋谷のスクランブル交差点。
が、見えるカフェ。の、窓際の席。
向かいに座っているのは、同じ大学のミサキ。午後の講義が休講になったおかげで、二人ゆっくりお茶を飲んで過ごす。
普段は慌ただしく過ぎていく大学生活。
こういう何気ない時間、意外と貴重だったりして。
「えーっと、私カフェラテ。ロックは?」
「ちょ、その呼び方やめれ」
「なんで?いいじゃん。ロックなリク」
「ロックじゃねえし」
「ロックな生き方、してるでしょ」
「してねえよ」
「ほう〜ら、ロックだ」
「ワケわかんね」
「ふふふ」
笑いを噛み殺しながら、
ミサキは、ショートカットにしたばかりの髪をめんどくさそうに耳にかける。
ロック、と呼ぶのはミサキだけだ。
まったく。
オレのなにがロックな生き方なんだよ。
「卒業旅行、どこ行きたいの?」
メニューをオーダーするのと、同じテンションで聞いてくる。
「せっかくだから、思い出に残る場所がいいな。
ありきたりの観光地じゃなくて」
「えー。オレ、ハワイかグアムがよかったなあ」
「卒業旅行で?
いくらかかると思ってるの?この円安の時期に」
「だって一生に一度の卒業旅行だぞ?
お金の問題じゃないだろ」
「私、飛行機無理だから」
「じゃそもそもダメじゃん」
「当然国内旅行よ。
行ったごどねどご。(行ったことないとこ)
私、実家が秋田だから、東より西の方向がえなあ(いいなあ)」
「西か・・・」
「でも距離的には、関西より向こうはやだ」
なんか、近づいてないか・・
「大自然の中の温泉とか、くつろげるとこ」
おっと。
「もちろん、美味しい料理ってのは必須で」
「そ、そうだな・・・」
「実はね、昨日ちょっと調べてみたの」
ドキッ。
「城崎温泉。和倉温泉。おごと温泉。白骨温泉」
「みんな温泉じゃねえか」
「だって癒されたいんだもん」
「どこもアクセスがめんどくさそうだな」
「それがいいんじゃない。
秘境の旅。
何時間もバスに揺られていくのよ」
「車酔いするからやだ」
「情けないなあ」
「あ、それ差別発言」
「どこが。
あー、やっぱ美味しいもん食べたいかな」
「最初からそこだろ」
「その雑誌みせて」
「ほいよ」
「へえ、旅グルメ特集だって」
「旅グルメか・・」
◾️SE:雑誌をめくりながら
「浜松のうなぎ。名古屋の味噌カツ。京都の湯葉料理。大阪はコナモンかあ・・」
「いまひとつピンとこねえな」
「そうだね、なんだろう・・・なんか足りないような・・」
「肉、じゃね」
「そう!肉!肉旅!」
「それな」
「出てるわよ、いろいろ。
松坂牛(まつさかうし)。近江牛(おうみぎゅう)。神戸ビーフ。但馬牛(たじまぎゅう)・・」
「そんだけ・・?」
「まだある。えっと・・ヒダギュウ・・?
なに?」
「知らないのか」
「どこの牛?」
「高山だよ」
「タカヤマってなに?」
「え?」
「高尾山、みたいな感じ?」
「ちげーよ。
インスタで調べてみな」
「そうする。
(一拍おいて)
あ、これか・・・」
「ああ」
「なんか・・・すごいじゃん!」
「そうだ」
「見るもの、すっごいある」
「だろ」
「高山祭。古い町並。朝市。そして、飛騨牛!」
「うん」
「卒旅、高山にしよう!」
「お・・・おう」
「ひっだっぎゅう〜!
きめ細かく柔らかい肉質と、口の中でとろけるような霜降り、
だって!
高山行けば食べれるんだよね」
「まあな。
ま、高山は高山でも、飛騨牛のふるさとは『清見』だけどな」
「ロック、あんたなんでそんな詳しいの?」
「オレの・・・実家だから」
「え〜〜〜〜〜」
◾️友だちのエキストラガヤ「お待たせ〜」「おっつかれ〜」など適当に
清見のこと、説明しようとしたとき、授業が終わってみんながやってきた。
結局、卒業旅行の行き先は、全員一致で『高山』。
『飛騨牛』は出たけど『清見』の名前は出なかった。
ま、こんなもんか。
[シーン3:卒業旅行初日/高山駅】
◾️SE:高山駅の雑踏
「きたぞぉ〜!たかやま〜!!」
◾️友だちのエキストラガヤ「おお〜」「高山だ〜」など適当に
深呼吸しながらミサトが声をあげる。
オレもつられて、大きく背伸びをした。
総勢10名。
気の合う仲間と訪れた高山。
いや、久しぶりに帰ってきた高山。
あのあとミサキは、オレの実家が清見だってこと、誰にも言わなかった。
なんでだろう・・・
でもまあ、よかったかな。
旅行ガイドみたいなことしなくてすんだし。
だってオレ、話をするの、あんま得意じゃねえから。
まずは、観光コンベンション協会へ。
地元のリアルタイム情報をゲットしてと。
高山/陣屋から中橋を渡って、古い町並へ。
「うわあ、京都の祇園みたい」
「だから”飛騨の小京都”って言うんだよ」
「食べ歩きしてたら、ここで1日経っちゃうよ〜」
オシャレなカフェで一休み。
このあとみんなは、安川通(やすがわどおり)を渡って桜山八幡宮へ行くそうだ。
日本酒好きなミサキとオレは、別行動で酒蔵(さかぐら)めぐりへ。
「ちょっとちょっと。花酵母だって」
「ん〜。甘くてジューシー。たまんな〜い」
幸せそうな顔で試飲する。
来てよかったな。高山。
清見には帰れそうもないけど。
ばあちゃん。元気かな・・・
[シーン4:卒業旅行最終日の朝/ホテルのロビー】
◾️SE:ホテルロビーの雑踏/朝の小鳥のさえずり
「ロック、おそ〜い!」
「なんだよ、朝から。
朝食バイキングはもうちょっとあとだろ」
「いいから来て」
卒業旅行最終日の朝。
ミサキからホテルのロビーに呼び出された。
「あのね。
怒らないできいてくれる?」
「な、なんだ、その言い方?やめてくれよ」
「高山駅に着いた日、あなたポッケから大事なもの落としたの、気づいてた?」
「大事なもの?・・・・・あ!」
「おばあさまからの手紙。
すぐに渡そうと思ったんだけど、ロックったらどんどん先に行っちゃうんだもん」
「ああ・・・そうだ・・」
「結局私も忘れちゃって、その日の夜に思い出したの」
「お、おう」
「すごく悩んだんだけど、半分手紙の中身が見えてて」
「・・・」
「悪いと思いながら(も)、読ませてもらったわ」
「そっか・・・」
「で・・・」
「なに?」
「一歩前へ」
言われるまま、目の前のソファの方へ歩いていくと・・・
「リク、おかえり」
「ば、ばあちゃん!?」
「今朝、ミサキさんが迎えに来てくれたんやさ」
驚いて振り返ると、
ミサキが人差し指にレンタカーのキーをはさんで、くるくる回してる
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 19 Jun 2025 - 15min - 101 - ボイスドラマ「時を超える絆」
飛騨高山の山あい、朝日町にひっそりと佇む薬膳カフェ『よもぎ』。ある休日の朝、久々野から自転車で駆けつけたのは、姉を“お姉ちゃん”と呼ぶ15歳の少女・りんご。
「八百比丘尼を探して」――都市伝説に導かれ、二人が辿りついたのは、過去と記憶が交錯する“もうひとつの世界”。
タイムリープとパラレルワールド、そして“姉妹の絆”を描く、ちょっと不思議で、やさしく切ない飛騨の物語です。
【ペルソナと設定】
高山市朝日町と高山市久々野町を舞台にした、27歳の姉、15歳の妹と一回り離れた姉妹の物語。妹が生まれたとき、難産で母は亡くなり、薬科大学をあきらめようとしますが、父に押し切られて進学し、東京の大学で6年間過ごします。その間、薬膳カフェは休業。父は自分の実家のある久々野町へりんごとともに引越しました。大学から戻ったよもぎは町内に一箇所だけあるドラッグストアで働きながら、27歳になった時に朝日町の薬草カフェを復活させてひとりで切り盛りしています。よもぎは朝日町のシェアハウスで一人暮らし。異父兄妹のりんごとの仲は決して悪くないが、母が亡くなったことで父や妹と少し距離を置いていた。この世界観は後編の伏線回収へつながります・・
・姉:よもぎ(27歳)=朝日町の薬草カフェを1人できりもりする(CV:蓬坂えりか)
・妹:りんご(15歳)=久々野生まれの高校一年生、虫が嫌い(CV:坂田月菜)
・10年前:りんごのママ(27歳)=シングルマザーとしてりんごを育てている(CV:蓬坂えりか)
・10年前:りんご(5歳)=同じ世界線にりんごは存在していない/並行世界のりんご(CV:坂田月菜)
[シーン1:早朝の薬膳カフェ「よもぎ」】
◾️SE:カフェの雑踏/扉が開いてカフェベルが鳴る/りんごは鬼気迫る感じで
「お姉ちゃん!助けて!」
「どうしたの?そんな慌てて。
とにかく落ち着きなさい」
休日の早朝。
私は、姉の薬膳カフェを訪ねた。
薬膳カフェ『よもぎ』。
姉が住む朝日町では、インスタでも人気のカフェ。
ハーブティとか薬膳料理が人気の映えスポットだ。
「で。どうしたの?」
「助けてほしいの!」
「ゆっくり話してくれる?」
「わ、わかった。
ま、まずは、お水いっぱいもらえる?」
「はいどうぞ」
姉のよもぎは、私よりひとまわりも年上の27歳。
朝日町(あさひちょう)のシェアハウスで1人暮らし。
町内で小さな薬膳カフェをやっている。
朝日町と言っても久々野の私んち=姉の実家に近いんだけど。
で、私は父と久々野で暮らしている。
父のりんご農園を手伝いながら、たまに薬膳カフェ「よもぎ」へ。
姉に言わせると、私の行動は予測不能なんだって。
カフェ『よもぎ」もりんご農園も国道361号に近くて
しょっちゅう行き来してる。
今日も姉に相談したくて、自転車で走ってきちゃった。
あ、自転車って言っても、Eバイク。国府の先輩から借りてるんだ。
それで・・あれ?なんの相談だっけ?
「そろそろ、話してくれるかな?」
「あーごめんなさい!実は・・・」
「ふむふむ」
「気になってる男子がいて・・・」
「ほーほー」
「その子から・・・一緒に八百比丘尼を探してほしい、って頼まれちゃったの!」
「え〜っ!八百比丘尼!?」
「そーなんだよ」
「八百比丘尼ってなに?」
「えー!よもぎお姉ちゃん、知らないの」
「知らない。アニメのキャラクター?」
「そんなんじゃない!・・こともないけど」
「ちょっとまってね」
◾️SE:スマホで検索する
「ほーほー。人魚の肉を食べて不老不死になった比丘尼?
比丘尼ってことは尼さん?」
「そーなの。尼さん」
「これはちょっと。
相談する相手、間違えてない?」
「なんで?
だってお姉ちゃん、先週美女峠へ連れてってくれたじゃん」
「それがどうしたの?」
「美女峠の『美女』って八百比丘尼のことでしょ」
「へえ〜。知らな〜い。
あんた、よく知ってるわね」
「彼が教えてくれた」
「彼すごいねえ。都市伝説おたく?」
「失礼ねえ。スピリチュアル系フェチって言って」
「一緒でしょ」
「一緒じゃない」
「で、私にどうしろと?」
「美女高原の『美女ヶ池』連れてってよ」
「『美女ヶ池』?」
「八百比丘尼は『美女ヶ池』に住んでたんだって」
「そうなんだぁ。それは興味深いねえ」
「ホントにそう思ってる?」
「ホントよ、ホント」
「じゃあ連れてって」
「いいわ。でもお昼からでいい?
午前中でカフェ閉めるから」
「ありがとう!
ってか、いつもごめんね・・営業妨害だよね、これ」
「いいのよ。可愛い妹のためだもの」
「おねえちゃん、愛してる!」
「はーいはい。
お店閉めたら、薬膳ランチ一緒に食べよ」
「やったぁ!」
[シーン2:ぶり街道からタイムリープへ】
◾️SE:車の走行音
「お姉ちゃん、美女高原ってこんなに遠かったっけ?」
「だよねー。もうとっくに着いてて言い頃なのに」
この前は15分くらいで着いてたのに、今日はもう30分以上走ってる。
「道間違えちゃったかなあ」
「間違えるわけないじゃん。一本道のぶり街道なのに」
「だよねー。おっかしいなあ」
最初はわかんなかった。
車に乗ったときからずっとスマホで調べ物してたから。
八百比丘尼の伝説。
美女ヶ池の湖畔に住んでいた。
目も覚めんばかりの絶世の美女。
古来から池に住んでいる、大蛇の化身。
大蛇?
へえ〜。
大蛇とか龍ってのは、水を司る神の化身なんだって。
「あれ?」
「どうしたの?」
「すごい霧。
前が見えない」
「停まろうよ」
「そうだね」
視界を遮る霧の中。
姉は道の脇へ、ゆっくりと慎重に車を停めた。
◾️SE:小さな鈴の音
「おねえちゃん」
「なに?」
「なんか聞こえない?」
◾️SE:小さな鈴の音
「ほら」
「鈴の・・・音?」
「なんだろう」
「あ、霧が・・・晴れていく・・・」
「よかった」
「え?」
「なに?」
「ここ、薬膳カフェ『よもぎ』だわ」
「うそ!?
知らないうちに戻ってきてたの?」
「なわけないじゃん。だけど、確かに・・」
車のドアをあけて、姉が外へ出る。
私も姉に続く。
「あ、お父さんだ」
「ホントだ。
おとう・・・」
「待って」
走り出そうとする私の手を姉がつかむ。
「りんご、見て」
店内にいるのは、父だけじゃなかった。
父の横には・・・
「おねえちゃん!?」
しかも若い。
高校の制服を着てる
「あれ、私だ」
私たちは、見つからないように、そっとカフェに近づき、
開いている窓から中をうかがった。
「覚えてる。10年前のこの日・・・」
姉の声が聞こえてきた。
「あなた、卒業したら薬科大学に行きなさい」
『え?』
「だって、漢方薬剤師になりたいんでしょ」
『どうして・・』
お姉ちゃんが話している相手は・・・ママ!
ママが生きてる。
私が生まれたときに亡くなったはずなのに・・・
お姉ちゃん、なんで『覚えてる』って?
え?
ちょっと待って。
じゃ、私は?
どこ?
なんでいないの?
「いこう、りんご」
「え?」
「探しにいこう」
「なにを?」
「あんたよ。決まってるじゃない」
私たちはまた車に乗り込む。
姉はゆっくりと走り出す。
「こういうときは、あがいてみるの」
「おねえちゃん」
「まずは、父さんとりんごが住んでた家にいくわよ」
「やだ。過去形にしないで」
「あ、ごめん。
でも心配しなくていいのよ。
なにがあっても、あんたは私の妹なんだから」
「うん」
少しだけ安心した。
大丈夫。お姉ちゃんがいるんだもん。
心配ない。
いつもの倍くらい時間をかけて車は久々野の家に着いた。
[シーン3:久々野町のりんご栽培農家】
◾️SE:農家の雑踏
「鍵、持ってる?」
「持ってるけど・・・怖いよ、おねえちゃん」
「大丈夫。大丈夫」
姉は私を制して、玄関のチャイムを押す。
◾️SE:玄関のチャイム「ピンポン!」
「はーい」(※5歳のりんご/家の中から)
えっ?だれ?
姉が身構える。
◾️SE:ドアが開く音
「どなたですか?」
5歳くらいの女の子が扉を開けた。
「あ、あの。ここ、りんご農園ですよね?」
「はい、そうです」
えっ?
「りんごを分けてもらおうと思って」
「すみません。りんごの収穫は8月からなんです。
8月にまたお越しください」
えっ?
「あ、はい・・・ありがとう・・ございました」
「どういたしまして」
◾️SE:ドアを閉める音(※家の中で母親の声「誰だったの?」りんご「わかんない」)
わたしだ・・・
車に戻って姉と顔を見合わせる。
「いまの・・・?」
「うん。私。5歳の」
「じゃあ、家の中から聞こえた声は・・?」
「わかんない」
「そっか・・・」
姉はしばらく黙って考えていた。
エンジンもかけず、目をつむって。
どのくらい時間が経っただろう。
目をあけた姉は私の方に向き直って、真面目な顔で話しかける。
「ねえ、きいて」
「うん」
「よくわかんないけど、これって・・・並行世界?」
「並行世界って?」
「パラレルワールド。マルチバース」
「え・・」
「しかもタイムスリップしてる」
「じゃ、どうすんの?」
「元の場所へ帰ろう」
「どうやって?」
「美女ヶ池。行ってみましょ」
「そうか・・・
私たち、美女ヶ池へいくはずだったんだ」
◾️SE:車のエンジンをかける音
「もしもの話をしてもいい?」
「なに?」
「万が一、元の世界へ帰れたとして」
「万が一なんて言わないで」
「ごめんごめん。
でも聞いて。
元の世界へ戻ったとき、そこがいまのこの世界線だったら」
「えっ?」
「それでも、あんたは私の妹だから」
「あ・・」
お姉ちゃん。
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 12 Jun 2025 - 13min - 100 - ボイスドラマ「美女峠の涙」
飛騨の地に残る切ない記憶、「あゝ野麦峠」。「美女峠の涙」は、現在の飛騨高山に生きる姉妹——27歳の姉・よもぎと、15歳の妹・りんご——がその記憶を追体験することで、姉妹の絆と地域の歴史に触れていく物語です。舞台は高山市久々野町と朝日町。そして峠道「美女峠」。虫が大の苦手な妹・りんごが、キャンプで訪れた峠道で出会ったのは、100年前の記憶と、失われた兄妹の絆でした。現代と過去が交錯する峠で、二人の姉妹が見つけた「涙」の理由とは・・・
【ペルソナと設定】
高山市朝日町と高山市久々野町を舞台にした、27歳の姉、15歳の妹と一回り離れた姉妹の物語。妹が生まれて、難産で母は亡くなり、薬科大学をあきらめようとしますが、父に押し切られて進学し、東京の大学で6年間過ごします。その間、薬膳カフェは休業。父は自分の実家のある久々野町へりんごとともに引越しました。大学から戻ったよもぎは町内に一箇所だけあるドラッグストアで働きながら、27歳になった時に朝日町の薬草カフェを復活させてひとりで切り盛りしています。よもぎは朝日町のシェアハウスで一人暮らし。異父兄妹のりんごとの仲は決して悪くないが、母が亡くなったことで父や妹と少し距離を置いていた。この世界観は後編の伏線回収へつながります・・
【ペルソナ】
・姉:よもぎ(27歳)=朝日町の薬草カフェを1人できりもりする(CV:蓬坂えりか)
・妹:りんご(15歳)=久々野生まれの高校一年生、虫が嫌い(CV:坂田月菜)
・兄:たつ(15歳)=貧乏な農家の長男として朝から晩まで働く(CV:蓬坂えりか)
・妹:みね(13歳)=農村の口減しのため飛騨から岡谷の製紙工場へ出稼ぎに行き体を壊す(CV:坂田月菜)
[シーン1:よもぎとりんご/よもぎが運転する車の中で】
◾️SE:朝のイメージ(朝の山鳥)
「やっぱりアタシ、キャンプなんて、行きたくな〜い!」
「なんで?あんなに楽しみにしてたじゃない」
「だって虫がいっぱいいるんだもん!」
「当たり前じゃない、キャンプ場だから」
「美女高原、なんて名前だから虫なんていないと思ってたのに」
「なわけあるかい」
「美女に虫はつきもの、ってこと?」
はあ〜っ。
助手席の妹が眉間に皺を寄せて私を見つめる。
天然ぶりは相変わらず。
ほんとにこんなんでキャンプ場行って大丈夫かしら。
妹の名前はりんご。
私とはひとまわり年の離れた15歳。
まあかわいいんだけど、たまに理解不能な宇宙人になる。
妹は父と2人で久々野町に暮らしてる。
先々代から続いてるりんご農家。
私は、というと
朝日町(あさひちょう)のシェアハウスで1人暮らし。
町内で小さな薬膳カフェを営業中。
名前は、よもぎ。
漢方薬剤師の資格があるから、ネットでいろんな相談にも乗っている。
町内で一軒だけの薬屋さんとも仲良しだ。
今日は妹の学校が主催するキャンプ合宿。
うらやましい。美女高原のキャンプ場だって言うから
早朝から車で迎えに行ってあげたのに。
助手席に座ったとたん、この調子。
キャンプ場の合宿について、ディスりっぱなし。
そんなに嫌なら行かなきゃいいのに。
「ねえお姉ちゃん、美女高原まであとどのくらい?」
「もうぶり街道入ったから、あと5分くらいじゃない。」
「集合時間までまだだいぶあるから、もっと先まで行ってみようよ」
「先って?ぶり街道の?」
「うん」
「じゃ美女峠の向こうまで走ってみる?山道あんま得意じゃないけど」
「やった。うれしみの舞」
「いい気なもんね」
「美女峠ってネーミング。峠なのに美女。かわちい〜」
「150年前に工女さんたちが越えてきた道よ」
「なにそれ?」
「あゝ野麦峠じゃない」
「あ!
それ、キャンプファイアーのときに聞くよ」
「どういうこと?」
「高根町のおばあちゃんがきてくれて、読み聞かせするんだって」
「いいわねえ。
でもりんごって、学校で習わなかったの?あゝ野麦峠」
「授業で映画上映会、やってた気がする」
「じゃ知ってるでしょ」
「多分私、その日学校休んだ」
「なんで?」
「東京行ってたもん」
「え?」
「お姉ちゃんの卒業式だった・・」
「あ・・・そっか、お父さんと来てくれたんだよね!ごめんね、ありがと」
「ううん、いいの。それより聞かせて、その話」
「うん」
車は美女高原キャンプ場へ向かって、峠道へ入っていく。
窓を開けると、新緑の優しい風が初夏の香りを運んできた。
「あゝ野麦峠って実話?」
「そうよ。
このぶり街道をずう〜っと走っていくと、高山の市街地へ抜けていくでしょ」
「うん」
「150年くらい前にね、
女工さんたちが、高山の山口からこっちへ向かって歩いていったの」
「女工さんって?」
「製糸工場で働く女の子」
「セイシ?紙の工場?」
「ううん。糸。絹糸を作る工場のこと」
「へえ〜」
「工場は長野県の諏訪の方にあってね。
高山とか古川とか、この飛騨からもたくさんの女工さんが働きに行ったのよ」
「けっこう遠いんじゃない?」
「そうね。高山から諏訪までは直線距離でも70km以上あるから」
「山越えていくんだ?」
「うん。山口の桜ヶ岡八幡神社から出発したんだって。
親たちに見送られて」
「え?ひとりで行くの?」
「っていうか、たくさんの女の子を、工場の検番さんが連れてくって感じ?」
「そんな・・・こんな険しい山道を・・・」
「美女峠はまだ最初の峠よ。
このあと、いくつもの峠を越えて行くの。
有名なあの野麦峠も越えなきゃいけない」
「信じられない・・」
「その中に、河合村からきた14歳のミネという女の子がいたの」
「アタシより若いじゃん」
[シーン2:ミネとタツ/美女峠】
◾️SE:吹雪の音
「ミネ、つかれたやろ」
「タツ兄(にい)なに言っとるんさ。
まだここオッカ茶屋や。最初の美女峠やさ」
「ほれ。甘酒や。飲め」
「もったいねえ。無駄遣いして」
「検番さんが出してくれたんや。おめえの門出やが」
「タツ兄(にい)もう河合へけえってくれ。
次、顔見るのは田植えのときや」
「ええか、ミネ。
無理すんでねえぞ」
「おりゃ平気や。白いまんまも食えるで、楽しみでしょんないわ」
「すまんのう。兄(あに)さが甲斐性ねえばっかりに」
「なんも。いまのうそやねえ」
「気いつけてな。元気でな」
「タツ兄(にい)もな。とと様と、かか様にも元気でと伝えといてくれ」
◾️SE:吹雪の音が2人の会話をかき消していく
[シーン3:よもぎとりんご/よもぎが運転する車の中で】
◾️SE:車内の走行音
「お兄さんは美女峠までミネさんを見送ってくれたの?」
「そうねえ。よほど心配だったのね」
「そりゃそうだよ」
「仲の良い兄妹だったと思うわ」
「私たちみたいに?」
「あら?そう思ってるの?(笑)」
「あたりまえじゃん」
「あ、このあたりよ。
オッカ茶屋があったのって。
奥へ入ると”餅売り場”って石碑があるはず」
「なんか・・・いま、ミネさんたちとすれ違ったような気がする」
「ふふ、そうかもね。
でも、昔の街道はもっと険しい山の奥よ」
「山ん中!?信じらんない」
「当時この国を支えていたのは女工さんたちだったからね」
「どゆこと?」
「教科書以外の歴史も勉強しなさい」
「教えて」
「女工さんたちの作った生糸が外貨を獲得して、日本が強くなったってこと」
「すごぉい」
「虫が嫌いなんてばかなこと言ってないで、いろんなことに興味もって」
「わかった。
キャンプでおばあちゃんの読み聞かせ、楽しみになってきた」
「いいじゃない。
楽しんで勉強してらっしゃい」
「おけまる」
「もうキャンプ行きたくない、なんて思わないでしょ」
「思わない。早く夜になんないかな。
キャンプファイアーもしたいし、読み聞かせもききたい!」
[シーン4:読みきかせ〜ミネとタツ/美女高原キャンプ場〜野麦峠】
◾️SE:キャンプファイアーの燃える音/高根町のおばあちゃんによる読み聞かせの語り
「製糸工場=キカヤ(※アクセント頭高=機械と同じ)での過酷な仕事で、
ミネはとうとう体を壊してしまいました。
当時は不治の病だった、結核です。
『ミネ ビョウキ スグ ヒキトレ』
電報を受け取った辰次郎(たつじろう)はすぐに
河合村(かわいむら)から岡谷(おかや)に向かいました。
普通は4、5日かかる峠越えを、夜通し歩いて、なんと丸2日で岡谷へ。
物置小屋に放り出されたミネを背負って、辰次郎は故郷(ふるさと)に向かいます。
季節は秋。
野麦峠の燃えるような紅葉も、涙でかすんで辰次郎の目には入りませんでした」
【可能なら/飛騨弁の読み聞かせ】「製糸工場・キカヤ(※アクセント頭高=機械と同じ)での、そりゃあつらい仕事で、
ミネはとうとう体(からだ)を悪(わ)るくしてまったんや。
当時は治(なお)らん病気やった、結核(けっかく)っちゅうやつや。
『ミネ ビョウキスグ ヒキトレ』
電報(でんぽう)をもらった辰次郎(たつじろう)は、すぐさま
河合村(かわいむら)から岡谷(おかや)っちゅうとこへ向(む)かったんやと。
普通(ふつう)は四、五日(よっかいつか)もかかる峠(とうげ)越(こ)えを、
一晩中(ひとばんじゅう)歩(ある)いて、なんと二日(ふつか)まるまるかけて
岡谷(おかや)へ着(つ)いたんや。
物置小屋(ものおきごや)にほうり出(だ)されたミネを背負(しょ)って、
辰次郎(たつじろう)は故郷(ふるさと)へ帰(かえ)るだよ。
季節(きせつ)は秋(あき)。
野麦峠(のむぎとうげ)の燃(も)えるような紅葉(もみじ)も、涙(なみだ)でかすんで
辰次郎(たつじろう)の目(め)には入(はい)らんかったって」・・
Thu, 05 Jun 2025 - 13min - 99 - ボイスドラマ「龍が舞う桜の下で〜千年の時を越えて」(リマスター版)
桜が舞う季節、私はまた、あの日のことを思い出す。
かぐらという名前を授かり、舞姫としての役目を受け継いできたけれど——あの日、鳥居をくぐった先で出会ったのは、伝説なんかじゃない、本物の“奇跡”だった。
この物語は、私の心に刻まれた、忘れられない春の出来事。
位山の聖域に守られながら、千年の時を超えて、龍が舞った——その奇跡を、あなたに届けたい。
ようこそ、『龍が舞う桜の下で〜千年の時を越えて』の世界へ(CV:小椋美織)
【ストーリー】
[シーン1:高校のグラウンドで/陸上部の練習】
<かぐらのモノローグとセリフで進行>
■ピストルの音「パンッ!」〜走る陸上部の少女たち
「追い風よ!そのまま加速!インターハイは目の前だからね!」
「よしっ!ラスト50!いけるよ!」
吹き降ろす風の中、陸上部の女子たちがゴールを駆け抜けていく。
みんな順調に仕上がってるみたいでひと安心。
私は、かぐら。
高山市内の高校に通う18歳。
で、陸上部のキャプテン。
インターハイに向けて頑張ってきたけど、ブロック大会に勝ち進まないと、その先はない。
こうなったら神頼みかな。
いや、私がそれ言ったらだめでしょ、ふふ。
「さあみんな、日が暮れる前にラスト一本決めよう!いくよ!」
もちろん私もみんなと走る。
■陸上部員の走る音
はあ、はあ、はあっ
やるしかない。
今年こそぜったい・・・インターハイ、行くんだから
はあ、はあ・・・
■夕暮れのイメージ(ヒグラシ)
■陸上部員の走る音
■自転車のペダルとベルの音
部活のあとは夕陽とかけっこ。
高山駅まで3.5kメートル。全速力で自転車のペダルを漕ぐ。
だって、4時39分に乗らないと、5時台は列車がないんだもん。
■高山本線の車内音
高山駅から飛騨一之宮駅までは7分。
この時間が一番幸せ。
お気に入りのウェブコミックを読む、至福のひととき。
ちょうど一話読み切る頃に、飛騨一之宮駅に到着するから。
最近のお気に入りは・・・
流行りの異世界転生モノ。
私、けっこうすぐに感情移入しちゃうんだ。
だから気をつけないと。
乗り越しちゃったら、次の久々野で1時間待ち!
ありえない。
って思う人、多いんじゃない?
・・・なんて考えてたら、あ、もう着いちゃった。
そりゃそうよね。
お隣の駅なんだから。
■高山本線が到着する音
ここから家までは歩き。
ゆっくり歩いて15分くらいかな。
ゆるやかな上り坂だから、着く頃にはほどよく疲れていい感じ。
■カエルの鳴く声
宮川を渡り、41号を越えると、周りはのどかな田園風景。
しばらく歩くと見えてきたのは、石作りの大鳥居。
私は一瞬躊躇する。
”夜の鳥居は異世界に通じている”
誰かそんなこと、言ってたような・・・
あ、さっき読みかけのウェブコミックだ。
そういえば、異世界召喚ものだったっけ・・
月明かりの下、大きな影を落とす鳥居。
その向こうは深い霧に包まれているように見える。
どうしようかな・・・
いや、だめだ。
今夜は神楽舞、練習しておかなきゃ。
もうすぐ、大祓えの神事がやってくるんだもの。
私は、舞姫(まいひめ)。
臥龍(がりゅう)の舞姫。
「舞姫」とは聖域で神楽を舞う女性。
私の名前が「かぐら」だからってわけじゃないけどね(笑)
臥龍の舞姫は龍脈(りゅうみゃく)を読み、
龍神と気を通わせて、大地の気の流れを整えるの。
あ、龍脈というのは、大地の気が流れる道。
修行を積めば
龍と意識を一体化して、気の流れを変えることもできるんだ。
青龍、赤龍、黄龍、白龍、黒龍という五龍すべてを意のままに。
(せいりゅう、せきりゅう、こうりゅう、はくりゅう、こくりゅう/ごりゅう)
もちろん、私はまだ修行中。そこまではいってないけど。
「臥龍」って
「まだ世に知られていない天賦(てんぷ)の才を持つもの」
という意味もあるんだ。
そうよ。
こんなことで恐れちゃいけない。
よし。
私は、鳥居の真下へ向かって、一歩踏みだした。
息を呑む。高鳴る心臓の鼓動。
私は心の中で龍神に祈りながら、鳥居をくぐる。
その瞬間——
■強い風の音「ザァァァァァ——ッ!!」
風の渦に包まれ、視界が暗転する。
足元が崩れ、身体が吸い込まれる感覚。
目を開けた時、そこには境内も絵馬殿(えまでん)もなく、
大きな岩と深い森の世界が広がっていた。
うっそ〜!
ま、ま、まさか、これって・・・
異世界召喚〜!
いやいやいや、アニメやボイスドラマじゃあるまいし。
違う、そんな呑気なこと言ってる場合じゃない。
で、ここ。どこなのよ〜!?
異世界によくある、中世でもないし、エルフがいる感じでもないし。
鬱蒼とした森の中に、巨大な岩。
巨大、って言葉じゃ足りないくらい巨大。
高さ5メートル、横幅20メートル以上あるんじゃない。
しかも・・・
小刻みに動いてる。
地鳴りのような音を立てて、まるで泣いているように。
これ、なに?
わかんない!
圧倒されて動けない私の周りで、木々たちが囁く。
■木々が揺れる音「サァァァァァ——ッ!!」
大きな杉、桂、檜、そして銀杏。
みんな御神木だわ。
私になにか伝えたいの?
立ち尽くす私の肩をかすめて、ひときわ大きな風が背中へ抜けていった。
長い髪が宙を舞う。
驚いて振り返ると・・
鳥居があったところから立ちのぼるのは、真っ黒い煙のような何か。
形を留めず、蠢きながら私に迫ってくる。
御神木の間をただよいながら、禍々しい毒を吐き続けて。
青々と茂っていた木々の青葉が、黒ずんで枯れていく。
真っ黒い煙は、やがて巨大な鬼のような姿へ変化(へんげ)する。
だめ。こんなん絶対無理。
震えながら、慌てて逃げようとした・・・
はずなのに、まるで鉛の靴を履いているように重くて足が上がらない。
ゆっくりと足の動きが固まっていく。
な、なに、これ!?
『お前の足をもらおうぞ』
「えっ」
『いままでこの世界にやってきた者から口と手をいただいた』
『お前からは足だ』
そんな!うそ!イヤだ
『抗うというのか』
だって・・
だって、インターハイ出られなくなっちゃう!
『どうしてもいやだというのか』
いや!死んでもイヤ!
『ならば条件を出してやろう』
なっ、なに!?条件!?
『お前の目の前の岩だ。それを叩き潰せ』
え?岩?この?
そっ、そんなこと、できるわけない。
『いや、お前の力を持ってすれば不可能ではない』
どういうこと!?
わかんない!
『目を閉じて心で念ずるのだ』
え?
『岩よ、粉々に砕けるがよい、と』
そんな!そんな!
『さあ、やれ』
私はためらいながらも、恐る恐る岩の方へ向き直る。
思わず目をつむると、頭の中に別の声が響いてきた。
『和良々は天龍(てんりゅう)なり』
天龍!?
天(あま)翔ける龍。神聖なる存在。天之龍王神(あまつ/りゅうおうじん)。
そんな・・・
たちまち巨大な鬼が静止した。
天龍は間髪入れず、鬼に言霊(ことだま)を投げつける。
『汝、禍々(まがまが)しき存在よ』『ここは聖地/位山。穢(けが)れた鬼が足を踏み入れる場所ではない』
『すみやかに立ち去るがよい!』
鬼がひるむ。
その瞬間、柏手(かしわで)の音が響く。
■柏手2回「パン!パン!」
苦しそうに蠢きながら、それでもこちらへ迫ってくる鬼。
『かけまくも かしこき イザナギの おおかみ・・・』
閉じられた世界の中で、どこかから祝詞が聞こえてくる。頭の中に私ではない声が響く。
【祓言葉】※設定=異世界で神に遣える者たちが読んでいる(大祓詞も同様)
かけまくも かしこき イザナギの おほかみ
つくしの ひむかの たちばなの おどの あわぎはらに
みそぎ はらえたまえしときに なりませむ はらえどの おおかみたち
もろもろの まがごと つみ けがれ あらむをば
はらえたまえ きよめたまえと まをすことを きこしめせと
かしこみ かしこみ も まおす
祝詞が始まった瞬間、鬼の動きが封じられる。
一歩も前に進めないようだ。
結界。
柏手と祓え言葉によって結界が張られ、邪悪な鬼の侵入を防いでいた。
『今じゃ!』
「はい」
このあと何をすればいいのか、なぜか私にはわかっていた。
■柏手2回「パン!パン!」
『たかまのはらに かむづまります
すめらがむつ かむろぎ かむろみの みこと もちて・・・』
祝詞が大祓詞(おおはらえのことば)に変わった。
私は、鬼の目を睨みつけながら、学生カバンの中から鈴をとりだす。祝詞に合わせて、私は神楽を舞う。
■神楽鈴の音と鬼のうめき声
一心不乱に舞う、私の前で、鬼が苦しそうにのたうつ。
天にはねじれた黒雲が現れ、渦巻いている。
『つみという つみは あらじと はらえたまひ きよめたまふ ことを
あまつかみ くにつかみ やおよろずの かみたち ともに
きこしめせと まをす!』
■柏手2回「パン!パン!」
最後の柏手が響いたとき、鬼の体は黒雲の中へ吸い込まれていった。
と同時に、大きな岩が動き出す。
■地響きと龍の咆哮「ゴゴゴゴゴ・・」
なんと、大きな岩だと思っていたのは、巨大な龍だったのだ。
龍は黒雲が霧散した天へ登っていく。
私の真上でゆっくりと長い体をねじりながら回り続ける。
口をあけたまま空を見上げる私の頬に何かが舞い降りてきた。
まるで雪のように降ってきたそれは・・・
花びら?
桜?
季節外れの花吹雪はあっという間に空を埋め尽くし、私の体を包んでいく。
※続きは音声でお楽しみください。
Sat, 10 May 2025 - 16min - 98 - ボイスドラマ「龍が舞う桜の下で〜千年の時を越えて」
桜が舞う季節、私はまた、あの日のことを思い出す。
かぐらという名前を授かり、舞姫としての役目を受け継いできたけれど——あの日、鳥居をくぐった先で出会ったのは、伝説なんかじゃない、本物の“奇跡”だった。
この物語は、私の心に刻まれた、忘れられない春の出来事。
位山の聖域に守られながら、千年の時を超えて、龍が舞った——その奇跡を、あなたに届けたい。
ようこそ、『龍が舞う桜の下で〜千年の時を越えて』の世界へ(CV:小椋美織)
【ストーリー】
[シーン1:高校のグラウンドで/陸上部の練習】
<かぐらのモノローグとセリフで進行>
■ピストルの音「パンッ!」〜走る陸上部の少女たち
「追い風よ!そのまま加速!インターハイは目の前だからね!」
「よしっ!ラスト50!いけるよ!」
吹き降ろす風の中、陸上部の女子たちがゴールを駆け抜けていく。
みんな順調に仕上がってるみたいでひと安心。
私は、かぐら。
高山市内の高校に通う18歳。
で、陸上部のキャプテン。
インターハイに向けて頑張ってきたけど、ブロック大会に勝ち進まないと、その先はない。
こうなったら神頼みかな。
いや、私がそれ言ったらだめでしょ、ふふ。
「さあみんな、日が暮れる前にラスト一本決めよう!いくよ!」
もちろん私もみんなと走る。
■陸上部員の走る音
はあ、はあ、はあっ
やるしかない。
今年こそぜったい・・・インターハイ、行くんだから
はあ、はあ・・・
■夕暮れのイメージ(ヒグラシ)
■陸上部員の走る音
■自転車のペダルとベルの音
部活のあとは夕陽とかけっこ。
高山駅まで3.5kメートル。全速力で自転車のペダルを漕ぐ。
だって、4時39分に乗らないと、5時台は列車がないんだもん。
■高山本線の車内音
高山駅から飛騨一之宮駅までは7分。
この時間が一番幸せ。
お気に入りのウェブコミックを読む、至福のひととき。
ちょうど一話読み切る頃に、飛騨一之宮駅に到着するから。
最近のお気に入りは・・・
流行りの異世界転生モノ。
私、けっこうすぐに感情移入しちゃうんだ。
だから気をつけないと。
乗り越しちゃったら、次の久々野で1時間待ち!
ありえない。
って思う人、多いんじゃない?
・・・なんて考えてたら、あ、もう着いちゃった。
そりゃそうよね。
お隣の駅なんだから。
■高山本線が到着する音
ここから家までは歩き。
ゆっくり歩いて15分くらいかな。
ゆるやかな上り坂だから、着く頃にはほどよく疲れていい感じ。
■カエルの鳴く声
宮川を渡り、41号を越えると、周りはのどかな田園風景。
しばらく歩くと見えてきたのは、石作りの大鳥居。
私は一瞬躊躇する。
”夜の鳥居は異世界に通じている”
誰かそんなこと、言ってたような・・・
あ、さっき読みかけのウェブコミックだ。
そういえば、異世界召喚ものだったっけ・・
月明かりの下、大きな影を落とす鳥居。
その向こうは深い霧に包まれているように見える。
どうしようかな・・・
いや、だめだ。
今夜は神楽舞、練習しておかなきゃ。
もうすぐ、大祓えの神事がやってくるんだもの。
私は、舞姫(まいひめ)。
臥龍(がりゅう)の舞姫。
「舞姫」とは聖域で神楽を舞う女性。
私の名前が「かぐら」だからってわけじゃないけどね(笑)
臥龍の舞姫は龍脈(りゅうみゃく)を読み、
龍神と気を通わせて、大地の気の流れを整えるの。
あ、龍脈というのは、大地の気が流れる道。
修行を積めば
龍と意識を一体化して、気の流れを変えることもできるんだ。
青龍、赤龍、黄龍、白龍、黒龍という五龍すべてを意のままに。
(せいりゅう、せきりゅう、こうりゅう、はくりゅう、こくりゅう/ごりゅう)
もちろん、私はまだ修行中。そこまではいってないけど。
「臥龍」って
「まだ世に知られていない天賦(てんぷ)の才を持つもの」
という意味もあるんだ。
そうよ。
こんなことで恐れちゃいけない。
よし。
私は、鳥居の真下へ向かって、一歩踏みだした。
息を呑む。高鳴る心臓の鼓動。
私は心の中で龍神に祈りながら、鳥居をくぐる。
その瞬間——
■強い風の音「ザァァァァァ——ッ!!」
風の渦に包まれ、視界が暗転する。
足元が崩れ、身体が吸い込まれる感覚。
目を開けた時、そこには境内も絵馬殿(えまでん)もなく、
大きな岩と深い森の世界が広がっていた。
うっそ〜!
ま、ま、まさか、これって・・・
異世界召喚〜!
いやいやいや、アニメやボイスドラマじゃあるまいし。
違う、そんな呑気なこと言ってる場合じゃない。
で、ここ。どこなのよ〜!?
異世界によくある、中世でもないし、エルフがいる感じでもないし。
鬱蒼とした森の中に、巨大な岩。
巨大、って言葉じゃ足りないくらい巨大。
高さ5メートル、横幅20メートル以上あるんじゃない。
しかも・・・
小刻みに動いてる。
地鳴りのような音を立てて、まるで泣いているように。
これ、なに?
わかんない!
圧倒されて動けない私の周りで、木々たちが囁く。
■木々が揺れる音「サァァァァァ——ッ!!」
大きな杉、桂、檜、そして銀杏。
みんな御神木だわ。
私になにか伝えたいの?
立ち尽くす私の肩をかすめて、ひときわ大きな風が背中へ抜けていった。
長い髪が宙を舞う。
驚いて振り返ると・・
鳥居があったところから立ちのぼるのは、真っ黒い煙のような何か。
形を留めず、蠢きながら私に迫ってくる。
御神木の間をただよいながら、禍々しい毒を吐き続けて。
青々と茂っていた木々の青葉が、黒ずんで枯れていく。
真っ黒い煙は、やがて巨大な鬼のような姿へ変化(へんげ)する。
だめ。こんなん絶対無理。
震えながら、慌てて逃げようとした・・・
はずなのに、まるで鉛の靴を履いているように重くて足が上がらない。
ゆっくりと足の動きが固まっていく。
な、なに、これ!?
『お前の足をもらおうぞ』
「えっ」
『いままでこの世界にやってきた者から口と手をいただいた』
『お前からは足だ』
そんな!うそ!イヤだ
『抗うというのか』
だって・・
だって、インターハイ出られなくなっちゃう!
『どうしてもいやだというのか』
いや!死んでもイヤ!
『ならば条件を出してやろう』
なっ、なに!?条件!?
『お前の目の前の岩だ。それを叩き潰せ』
え?岩?この?
そっ、そんなこと、できるわけない。
『いや、お前の力を持ってすれば不可能ではない』
どういうこと!?
わかんない!
『目を閉じて心で念ずるのだ』
え?
『岩よ、粉々に砕けるがよい、と』
そんな!そんな!
『さあ、やれ』
私はためらいながらも、恐る恐る岩の方へ向き直る。
思わず目をつむると、頭の中に別の声が響いてきた。
『和良々は天龍(てんりゅう)なり』
天龍!?
天(あま)翔ける龍。神聖なる存在。天之龍王神(あまつ/りゅうおうじん)。
そんな・・・
たちまち巨大な鬼が静止した。
天龍は間髪入れず、鬼に言霊(ことだま)を投げつける。
『汝、禍々(まがまが)しき存在よ』『ここは聖地/位山。穢(けが)れた鬼が足を踏み入れる場所ではない』
『すみやかに立ち去るがよい!』
鬼がひるむ。
その瞬間、柏手(かしわで)の音が響く。
■柏手2回「パン!パン!」
苦しそうに蠢きながら、それでもこちらへ迫ってくる鬼。
『かけまくも かしこき イザナギの おおかみ・・・』
閉じられた世界の中で、どこかから祝詞が聞こえてくる。頭の中に私ではない声が響く。
【祓言葉】※設定=異世界で神に遣える者たちが読んでいる(大祓詞も同様)
かけまくも かしこき イザナギの おほかみ
つくしの ひむかの たちばなの おどの あわぎはらに
みそぎ はらえたまえしときに なりませむ はらえどの おおかみたち
もろもろの まがごと つみ けがれ あらむをば
はらえたまえ きよめたまえと まをすことを きこしめせと
かしこみ かしこみ も まおす
祝詞が始まった瞬間、鬼の動きが封じられる。
一歩も前に進めないようだ。
結界。
柏手と祓え言葉によって結界が張られ、邪悪な鬼の侵入を防いでいた。
『今じゃ!』
「はい」
このあと何をすればいいのか、なぜか私にはわかっていた。
■柏手2回「パン!パン!」
『たかまのはらに かむづまります
すめらがむつ かむろぎ かむろみの みこと もちて・・・』
祝詞が大祓詞(おおはらえのことば)に変わった。
私は、鬼の目を睨みつけながら、学生カバンの中から鈴をとりだす。祝詞に合わせて、私は神楽を舞う。
■神楽鈴の音と鬼のうめき声
一心不乱に舞う、私の前で、鬼が苦しそうにのたうつ。
天にはねじれた黒雲が現れ、渦巻いている。
『つみという つみは あらじと はらえたまひ きよめたまふ ことを
あまつかみ くにつかみ やおよろずの かみたち ともに
きこしめせと まをす!』
■柏手2回「パン!パン!」
最後の柏手が響いたとき、鬼の体は黒雲の中へ吸い込まれていった。
と同時に、大きな岩が動き出す。
■地響きと龍の咆哮「ゴゴゴゴゴ・・」
なんと、大きな岩だと思っていたのは、巨大な龍だったのだ。
龍は黒雲が霧散した天へ登っていく。
私の真上でゆっくりと長い体をねじりながら回り続ける。
口をあけたまま空を見上げる私の頬に何かが舞い降りてきた。
まるで雪のように降ってきたそれは・・・
花びら?
桜?
季節外れの花吹雪はあっという間に空を埋め尽くし、私の体を包んでいく。
※続きは音声でお楽しみください。
Sat, 10 May 2025 - 16min - 97 - ボイスドラマ「赤い記憶〜心を映す鏡」
今回お届けするボイスドラマは、高山レッドこと「アカナ」が主人公。祭と屋台を誰よりも愛する、ひたむきな少年が歩む成長の物語です。
失われた祭屋台『浦島台』。
そして、存在すら知らなかった双子の姉『アカネ』。赤かぶの町、宮川朝市。
さるぼぼに宿る祈り。
時を超えて紡がれる家族の絆。心の奥に秘めた想いが、静かに、しかし確かに、未来へと動き出します。どうぞ、アカナとアカネの物語を、あなたの胸に刻んでください。
本作は、公式サイト「ヒダテン!」をはじめ、各種Podcastプラットフォーム、「小説家になろう」サイトでもお楽しみいただけます。
【ペルソナ】
・アカナ(16歳)=高山生まれ高山育ち=生粋の高山っ子/祭と屋台が何よりも好き(CV:米山伸伍)
・アカネ=アカナの双子の姉(享年1歳)(CV:小椋美織)
・朝市の野菜売り(38歳)=宮川朝市で赤かぶを売る/アカネをよく知る朝市の野菜売り(CV:小椋美織)
【資料/さるぼぼに顔がない理由】
https://column.enakawakamiya.co.jp/gifu/derived-from-hida-sarubobo.html
【資料/失われた屋台/浦島台】
https://www.takayama-yatai.jp/yatai/lostfloat/urashimatai.html
【資料/萬屋仁兵衛工房】
https://yorozuya2.jp/the-first-generation-nihei-yorozuya/
【資料/白線流し】
https://school.gifu-net.ed.jp/wordpress/hida-hs/school_info/hakusen-nagashi/
[シーン1:八幡祭】
◾️SE:高山祭の喧騒
「そうれっ!」(※男衆たちの声)
櫻山八幡宮の表参道。
絢爛豪華な11台の祭屋台が曳き揃えられる。
10月の9日・10日は秋の高山祭。
櫻山八幡宮の境内では、布袋台(ほていたい)が見事なからくりを奉納していた。
祭と屋台は高山の華!
これほど美しくて、荘厳で、人を惹きつける祭などほかにはないだろう。
オレの名は、アカナ。
高山で生まれ、高山で育った、生粋の高山っ子。飛騨人(ひだびと)だ。
生まれたのは、一之新町(いちのしんまち)。(※あえて旧町名にしてあります)
桜山八幡宮の参道と江名子川(えなこがわ)に挟まれたエリア。
小さいころから桜橋で遊び、秋葉様へは毎日お参りした。
いま、オレの視線の先にあるのは、
華やかな祭屋台たちの横でひっそりと佇む、1台の志良車(しゅらぐるま)。
志良車というのは、台車部分だけが残った屋台のこと。
明治8年の大火で焼け残った『浦島台』の志良車である。
失われた屋台『浦島台』。
記録によると、浦島台はからくりも備えていたらしい。
演目は誰もが知る浦島太郎伝説。
玉手箱を持つ浦島の人形が屋台のステージをゆっくりと進む。
やがて白い鳩が飛び出すと、浦島の顔は一瞬にして白髪の翁に変わる。
山王祭(さんのうまつり)で言えば、三番叟(さんばそう)か。
『浦島台』の志良車を見ながら、
胸の奥に、遣る瀬無い思いが募っていった。
[シーン2:宮川朝市】
◾️SE:宮川朝市の雑踏
「おはよう」
「おはよう、アカナ。
祭の朝に、朝市なんかうろうろしとってええんか?」
「ええんやよ。うちの組は」
「ほんなもんかね」
祭の2日目。
宮川朝市をうろつく。
顔見知りのおばちゃんと無駄話。
生まれたときから野菜を売ってる隣組のおばちゃんだ。
そろそろ今年採れた赤かぶが並ぶ頃だな。
「お前いくつになった?」
「16歳」
「ほうか。も16年か。
時が経つのは早えもんやなあ」
「年寄りみてえなこと言うなや」
「ははは。
あ、おいアカナ。腰のさるぼぼとれそうやぞ」
「ああ、これな。わかっとる。
直さならん。
母さん、このさるぼぼ見るといっつも捨てろって言うんや。
早よ国分寺でお焚き上げしてもらいやあって」
「そりゃ、しゃーないわな。
あんま見とうねえやろし」
「え?どういうこと?」
「あ、いや。なんもねえ」
ヘンなこと言うなあ。おばちゃん。
それからは、どうでもいい話になったけど、どうにも気になった。
腰につけたさるぼぼの人形をはずす。
顔のないさるぼぼが何か言いたげにオレを見つめていた。
[シーン3:祭の夜/アカナの夢】
◾️SE:夢の中のイメージ
祭りが終わったその晩。
不思議な夢を見た。
淡いピンクの霧がただよう世界。
その中にぼんやり人影が浮かぶ。
赤い顔をした・・・
さるぼぼ・・・?
「久しぶりだね、アカナ」
「え?」
「わかんない?」
「ええっ?」
「そっか、わかんないかぁ」
「だってお前、さ、さるぼぼだろ」
「そうだよ、さるぼぼ。
だけど、名前はアカネ」
「アカネ?
なんか、聞いたことあるような・・・」
「やだなあ、私たちずうっと一緒だったじゃない」
「そりゃそうだろ。
このさるぼぼ、生まれたときから持ってるんだから・・・」
「アカナとずっと一緒にいられて、楽しかったよ」
「なんか、過去形みたいに言うな」
「そろそろ、国分寺でお焚き上げしてもらわないと」
「なに言ってんだよ、そんなオフクロみたいなこと」
「ねえアカナ、最後に願いをきいてくれる?」
「まだお焚き上げするなんて言ってないぞ」
「いいから。とにかく聞いて」
「なんだ?」
「私・・・浦島台をもう一度見てみたい」
「え?」
「アカナだって考えてたじゃない。
失われた屋台の復活」
「あ・・」
「完全体作ってよ、浦島台の」
「そんな・・無理だよ」
「そうは思わない」
「なんで?」
「だってアカナ、飛騨の匠になりたいんでしょ」
「え・・」
「卒業したら、木工やりたいんでしょ」
「なんでそれを・・・」
「なってよ、飛騨の匠に」
「なれる・・・わけない」
「なれるわよ、アカナなら」
「無責任なこと言うなよ。
だいたい、祭屋台1台作るのに、どんだけ費用がかかるかわかってんのか」
「お金の問題じゃないと思う」
「問題だよ。
何億ってかかるんだぜ」
「そんなん、クラウドファンディングでもなんでもやればいいじゃない」
「ク、クラウド・・・?」
「要は、やる気の問題よ」
「やる気があっても、そもそも飛騨の匠になるのに
何年かかるか、何十年かかるか、わからない」
「それがどうしたの。時間なんてどんだけかかったって関係ないわ」
「時間だけじゃない。匠になっても、からくり人形なんて作れない!」
「作れなきゃ、作れるようになりなさい」
「なんだ、それ」
「からくり人形師に、頭下げて弟子入りしなさいよ」
「からくり人形師・・」
「名古屋の工房へ行って土下座でもなんでもすれば?」
「あ・・」(※言われてみればという感じ)
「お願い、何年かかってもいいから、浦島台を復活させて!」
言ってることは無茶苦茶だったけど、
アカネの言葉。その威圧感に圧倒された。
夢だとはわかっていたのに、現実を凌駕する感覚。
結局、朝の光が差し込むまで、意識は覚醒したままだった。
[シーン4:翌朝/朝食風景】
◾️SE:朝の小鳥のイメージ
翌朝。
朝食のとき、オレは両親に尋ねた。
「”アカネ”って知ってる?」
たちまち、両親の顔が曇る。
それどころか、母親は手で顔を覆って泣き出した。
『おまえ、どこでそれを?』(※父親)
「どこだっていいだろ」
夢の話だ、なんて言えるはずもない。
しばらくの沈黙のあと、父が語り始めた。
それは、あまりにも衝撃的な話。
オレの頭で理解するのは難しいほど、悲しくてやりきれない話だった。
アカネ、というのは、オレの双子の姉。
一卵性双生児だった。
家族4人の幸せな時間。
悲劇が襲ったのは、オレたちが1歳になった日の明け方。
隣からの貰い火で家が火事になった。
ハイハイして玄関にいたオレは助かったが、
ベビーベッドのアカネは、逃げ遅れた。
火の中に飛び込もうとする父を、消防士が懸命に止める。
母はオレを抱きながら、いつまでも泣き叫んでいたそうだ。
「じゃあ、このさるぼぼは・・・?」
生まれたその日。
アカナとアカネにひとつずつ、さるぼぼの小さな人形を持たせたという。
オレたちはいつも手で握って放そうとしなかった。
家が全焼したとき、アカネの手に握られていたのは、焼け焦げたさるぼぼ。
それを見た母は、天に向かってこう叫んだ。
”さるぼぼは子どもの守り神じゃないのか”
”どうしてアカネを守ってくれなかったのか”
(※ここはレッドの声で伝聞的に)
怒り狂って、オレの手からもさるぼぼをもぎ取ろうとした。
ところがオレは、赤ちゃんとは思えない力でさるぼぼを握り、
絶対に離さなかったそうだ。
そうか・・・
だから母は、お焚き上げしろって、うるさく言ってたのか。
オレは立ち上がり、母の目を見て話しかけた。
「わかったよ、母さん」
「つらかったろ」
「だけど、このさるぼぼはまだお焚き上げしないよ」
「オレたちの夢が叶うまで」
母は涙を拭おうともせず、小さくうなづいた。
[シーン5:誓い/充実した高校生活】
◾️SE:からくり工房のガヤ
それからのオレは、自分でも驚くほどの行動力だった。
まず最初に、父と母に宣言する。
「オレは飛騨の匠になる!」
「うちの組の浦島台を復活させたい!」
そのあと訪ねたのは、名古屋のからくり工房。
屋台のからくり人形を数多く作っている人形師に土下座をする。
「弟子入りさせてください!」
最初はあきれていたからくり人形師も、オレの気合いに気圧された。
弟子入りを認める。
※続きは音声でお楽しみください。
Wed, 07 May 2025 - 18min - 96 - ボイスドラマ「美織華」
『美織華(ヴィオリカ)』は、飛騨一之宮の「どぶろく」と、遥か遠いモルドバの「ヴィオリカワイン」をつなぐ、ひとりの女性・美織の小さな旅路を描いた物語です。
生まれ育った飛騨高山、そして血の中に流れる異国のルーツ。
伝統の酒造りと、家族への想い。
ふたつの文化、ふたつの絆が、香り高くひとつに重なっていきます。この物語は、飛騨高山から世界へ発信する番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ各種Podcastプラットフォームで配信中です。
また、「小説家になろう」サイトでも読むことができます。ぜひ、耳で、心で、美織とともに香り立つ旅をお楽しみください。
(CV:小椋美織)
【ストーリー】
[シーン1:中部国際空港セントレアの到着ゲート〜名鉄電車のホームへ】
◾️SE:飛行機の着陸音/中部国際空港セントレアのガヤ
◾️SE:スマホの着信音
「もしもし・・・あ、お父さん」
「うん、いま着いたとこ。セントレア」
「大丈夫。フランクフルトからセントレア直行便があったから」
「モルドバから名古屋まで15時間よ」
「あ〜、早くどぶろく飲みたぁい!」
私は急いで、特急列車のホームへ向かう。
名古屋駅から高山本線に乗り継いで・・・
午前中に着いても、結局高山駅には夕方になっちゃう。
私の名前は、美織。
「美しさ」を「織りなす」・・と書く。
名前負け?
してないわよ。
特急列車ミュースカイが発車するまで、父と私は話し続けた。
「ママ?
うん・・・すごくキレイだった」
私がモルドバに行ったのは、ママのお葬式。
話せば長いけど、私を産んだママは、モルドバの女性。
私が生まれたとき、父は一之宮町の氏子。
ママはモルドバからの留学生だった。
父は無口な人だから多くを語らないけど、
残っていた写真とか、ママからの手紙とか見ると
2人はかなりラブラブだったみたい。
でも、私が物心つく前にママはモルドバに帰った。
そのときのモルドバは、親ロシア派大統領の就任で政情が不安定。
両親を心配したママは、私と父を残して帰国してしまった。
”ママが亡くなった”
って連絡を、ママのママ・・
つまりおばあちゃんからもらったとき。
父は顔色を変えずに、
「ママを、見送ってこい」
と私を送り出した。
結局ママが帰ってから20年以上経って、私はモルドバへ。
初めて会うおばあちゃんは、私を見るなり、抱きしめて大泣きした。「Miori」「Miori」と私の名前を繰り返す。そのあとは何を言っているのかわからない。飛行機の中、ガイドブックで少しは勉強したけど、ルーマニア語なんて意味不明だもん。翻訳アプリもあまり当てになんないけど、どうやら「会いたかった」「愛してる」って言ってたみたい。イエ、という質素な民族衣装を着て、何度も何度も抱きしめる。そのあとも時間はそんなになかったけど、少しだけお話ができた。もちろん、翻訳アプリを使って。おばあちゃんの名前は”Viorica”(ヴィオリカ)あれ?それって、ワインの名前じゃなかったっけ?香り高い白ブドウの品種。飲んだことないけど。
アカシアやジャスミンのような白い花の香り・・グレープフルーツのフレーバー・・バラの花を彷彿とする風味・・ピーチのような味わい・・なんでそんなによく知ってるかって?だって私、ワインのソムリエを目指してるんだ。”Viorica”。あら、そうなんだ。モルドバではお酒だけじゃなくて、女の子の名前にもするのね。可愛らしい女の子につけるんですって。不謹慎だけど、口元がゆるむ。タイムスリップして見てみたいな。幼いおばあちゃんの、澄んだブラウンの瞳。”Viorica”。瞳を見つめながら名前の響きを反芻してたらなんだか、不思議な気分になってくる。なんだろう、この感覚・・・おばあちゃん・・
[シーン2:名鉄名古屋駅】
◾️SE:名鉄名古屋駅のガヤおばあちゃんの余韻が、そよ風のように頭の中に流れる。じっくり堪能することもなく、
ミュースカイはあっという間に名古屋へ着いてしまった。ホームを出て階段を上り、高山本線の改札へ。話は外(そ)れるけど。私の住む一之宮町といえば「どぶろく特区」。
飛騨一宮水無神社の氏子総代がどぶろくを醸造する。
春分の日に仕込み、ふるまわれるのは、5月の例祭。
甘みがあってまろやかな濁酒は、もう絶品。
私なんて20歳になって最初に飲んだのは、
ビールでもウイスキーでもなくて”どぶろく”なんだもん。それに・・・10年前、父は再婚した。私は血のつながったママの顔さえ覚えていなかったからなんとも思わなかったけど、「母」は気にしてたみたい。あ、「母」というのは父の再婚相手のことね。なんとなく、「ママ」って感じじゃなかったから「母」って呼んでる。だいぶんあとになって父が重い口を開いた。父に母との再婚を勧めたのは、なんと・・・モルドバのママ。私・美織のことを考えて、いい相手ができたら再婚しろって。きっと父もすごく悩んだんだろうな・・母は、高山市街地の酒蔵で働く杜氏。で、父以上に無口な女性(笑この2人がいったいどうやって知り合ったんだろう。どうやって、関係を進めていったんだろう。それを考えるだけで、笑っちゃう・・ママの存在を心の奥から消したことはなかったけど、私はおかあさんができて嬉しかった。会話なんてなくても、近くにいるだけでよかった。母は結構腕のいい杜氏らしい。高山市内の酒蔵では珍しい、花酵母を使った純米大吟醸。これは母のアイデアだ。黙々とお酒を造る母。一度父に連れられて、酒蔵へ行ったとき。
酒蔵で、蔵人(くらびと)たちに指示を送る姿、すごくかっこよかった。私はなんのわだかまりもなく、素直に「おかあさん」と呼ぶ。そう呼ばれると、母は小さく笑う。この笑顔、私は好きだ。
[シーン3:特急ひだの車内】
◾️SE:特急ひだの車内案内放送「あ、もしもし、おとうさん?」
「特急ひだ、乗ったよ」
「あーいいよいいよ、自力で一之宮もどるから」「だってどぶろくの仕込みやってんでしょ、まだ」「おかあさんは?」
「そっか、新酒の仕込みだって言ってたもんね」
「鈍行列車の時間まで、ちょっと市街地うろうろしてこよっかな」「おけおけ。その代わり、帰ったらどぶろく、試飲させて(笑」とは言ったものの、15時間のフライト疲れは残ってんだよなあ。特急ひだのシートをスライドさせて、ゆっくり目を閉じる。瞼の中に、ママ、お父さん、おかあさん、ヴィオリカおばあちゃんの顔が走馬灯のように流れていった。◾️SE:特急ひだの走行音〜車内案内放送
微睡(まどろみ)から覚めたとき、いつのまにか進行方向が変わっていた。
1時間ちょっと寝てたんだな。
これだけでもずいぶん楽になったわ。
う〜ん。
っと、夢の中で誰かになんか声をかけられたような・・なんだったっけ?”Viorica” ”te iubesc”(テ・イベスク)
ルーマニア語?
たしか、おばあちゃんが繰り返してた言葉だ。
”愛してる”
おばあちゃん、私もよ。愛してる。
やばい。目頭が熱くなる。え?でも・・なんとなく、おばあちゃんより声が若かったような・・・
ママ?ふふ・・まさかねママの声は・・・覚えていない。
ああ、なんて薄情な娘。
高山へ着いたら、おかあさんの酒蔵へ寄ってみようかな。
モルドバへ発つ前、新酒の開発でかなり悩んでたみたいだったし。
コン詰めちゃう人だから。私、一之宮のどぶろくも好きだけど、
おかあさんの造る吟醸酒って、ホントに大好きなんだ。
だからってわけじゃないけど、
「やっぱ花酵母でいいんじゃない?
おかあさんの仕込んだ花酵母、香りも味も最高だよ」
なんて偉そうに言っちゃったわ。だって、本当にそう思うんだもん。
[シーン4:高山駅】
◾️SE:特急ひだの車内案内放送/高山到着高山駅。大きなスーツケースを引いて、ホームに降りる。あーつかれた。
今日はエレベーターにしよっかなあ。いつもはルーティンで、どんな重い荷物を持ってても、必ず階段。でも、いいや。今日は特別。エレベーターで改札まで上がる。
俯きがちにゆっくり歩いて改札を出ると、
『おかえり』
え?
おかあさん?
なんで?
杜氏が着る白い作務衣。
はにかんだような笑顔で私を出迎える。
母は黙って、スーツケースのキャリーハンドルを持つ。
「あ、ありがと」
駅前のロータリーに停めた車まで肩を並べて歩く。
その間、会話はない。うふふ。
母に促されて助手席に乗り込むと・・・
あ、いい匂い・・
これって・・・酵母の匂いだ。酒蔵の匂い。フルーティな香り・・・日本酒・・
運転席に座った母は、和紙に包まれた瓶を私に手渡す。
『やっとできたのよ』
ずっしりと重い包みを開けると、それは仕込み立ての吟醸酒だった。
瓶のラベルには手書きでこう書かれている。”美織華”え・・・
『いい名前でしょ』
「ヴィオリカ・・・」
『あ・・・・・それ、いいかも』
ふたを開けると、漂ってくるのはより一層フルーティな香り。
いや、芳醇な香り。
これは・・・飛騨桃?母はにっこり笑って首を横に振る。
今回はお米だけでこの風味を出したそうだ。
花酵母を使えば、香り深くて旨味のある吟醸酒ができるけど。
そこはこだわり?
それでも、目指したのはワインの風味。
日本酒とワインじゃ、材料も発酵の方法も製法も違うのに。
私が、ソムリエになりたい、って言ったから?
漂ってくる芳醇な香りは、まさにワイン。
「ひとくち飲んでいい?」
こくりとうなづく母。
ダッシュボードに入っている紙コップに少しだけ注ぐ。
甘い風味がじんわりと喉を潤す。
「美味しい!」
Mon, 05 May 2025 - 17min - 95 - ボイスドラマ「湯上がり美人の郷」
東京の喧騒を離れ、ひとり旅に出た男性がたどり着いたのは、深い山あいに湧き出る奥飛騨温泉郷。その静寂と湯けむりの中で出会った、ひとりの若き女将との偶然の邂逅(かいこう)――
『湯上がり美人の郷(さと)』は、都会で傷ついた心が、温泉と人のぬくもりに癒されていく過程を描いた、心洗われるラブストーリーです。高山市奥飛騨温泉郷・上宝地区の新穂高温泉を舞台に、地元の文化や食、そして“はんたいたまご”のようにじんわりと心に沁みる出会いを、繊細な描写とともにお楽しみください。
この物語は、「ヒダテン!Hit’s Me Up!」公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Apple Podcastなど各種配信サービスでお聴きいただけます。また、「小説家になろう」でもテキスト版をご覧いただけます。
<『湯上がり美人の郷(さと)』>
【ペルソナ】
・主人公:シズル(28歳)=東京のグラフィックデザイナー。失恋してふらりと旅に出た(CV:日比野正裕)
・若女将:ミオリ(24歳)=新穂高温泉の老舗旅館の娘。つい最近母を亡くして若女将に(CV:小椋美織)
【資料/新穂高温泉「新穂高の湯」】
https://www.okuhida.or.jp/archives/2204
【資料/濃飛バス「バスタ新宿→平湯温泉」】
https://www.nouhibus.co.jp/highwaybus/shinjuku/
[シーン1:東京・新宿のカフェ】
◾️SE:カフェの雑踏
「さよなら」
「え?」
「今までありがとう」
「どういうこと?」
「じゃあね」
別れは突然やってきた。
初夏の足音が聞こえ始める頃。
新宿のカフェ。
2年間付き合ってた彼女は、最後通告をするなり店を出ていった。
追いかけることもできずに、頭の中は茫然自失。
自動ドアが静かに閉まり、朝の空気がすうっと入り込んでくる。
思えば、2年間彼女を待たせ続けていた。
なのに、口から出るのは思っているのとは反対の言葉。
「将来のこと?そんな未来のこと、考えたこともないよ」
本当は迷っていた。
自分の仕事で生活をしていけるのか 。
でも、彼女にはいつも軽口を叩いていた。
私の名前はシズル。
池袋のデザイン事務所で働くグラフィックデザイナー。
彼女は出版社の編集だった。
だった・・?
ああ、もう脳内では彼女との関係が“過去形”になっている。
他人(ひと)からはよく、”優しい方ですね”なんて言われるけど、
それって、褒め言葉じゃないよな。
今なら、よくわかる。
心の中はひどい天邪鬼だし。
彼女なんて、私のこと「ジャック」なんて呼んでからかってた。
これから、どうしよう・・・
まさか、デートの日、会ったばかりでフラれるなんて、考えてもいなかったから。
そういえば、デートの行き先、最近はいつも彼女が考えてたっけ。
これか。こういうのが、たまってたんだなあ・・
だめだ、負のスパイラルに迷い込んでしまっている。
落ち着いて、まず、身の回りのものを見てみよう。
いま、持っているのは・・・スマホと・・スマートウォッチと・・ノートパソコン。
と、あんまり中身の入っていない・・財布。
これで、なにができる?
どこへいける?
どこへ・・・?
冷めたカフェラテをすすりながら、ふと顔をあげると、
視線の端に巨大ビジョンのサイネージ。
『湯上がり美人の郷(さと)』
いいコピーだな。
どこだろう・・・奥飛騨温泉郷(きょう)?
それって、どこだっけ?
高山?
岐阜県高山市・・・
今日中に着けるのかな・・
スマホでサクっと調べてみる。
あ、新宿から高速バスが・・・
出発は?
11時5分。
間に合うな・・・
[シーン2:平湯温泉バスターミナル】
◾️SE:バスターミナルの雑踏
「さむっ」
奥飛騨って・・標高高いんだな。
にしても、平湯温泉まで片道5時間か。
距離にして300キロ弱。
道中、長かった・・・
だって、彼女のこと考えて、全然寝れなかったから。
まあ、いいや。
時間はたっぷりあったから、どこへ行くかも決めておいたし。
奥飛騨温泉郷(きょう)・・じゃなくて、奥飛騨温泉郷(ごう)の新穂高温泉。
乗合バスで30分か。
ちょうどいい距離感だな。
目的は、立ち寄り湯。
ポスターのビジュアルがその『新穂高の湯』という温泉だった。
露天の岩風呂。
ゆったりと湯浴みをする女性の後ろ姿。
後ろ姿なのに、湯けむりの向こうで微笑んでいるのが伝わってくる・・・ような気がした。
平湯バスターミナルで、温泉卵を食べながらコーヒーを飲む。
食べ終わる頃に乗合バスがやってきた。
[シーン3:新穂高の湯】
◾️SE:湯浴みの音/湯気の滴る音/川のせせらぎ/カワセミの声
「あ〜〜〜」
「いい気分」
「来てよかったぁ」
新穂高の湯。
本当に野趣あふれる大自然の中の露天風呂。
こんなとこが、あるんだなあ。
ポスターに惹かれてきちゃったけど、実物の方が何倍もいい。
シズル感。
デザインをするとき、よくこの言葉を使う。
私の名前と同じ。視覚を刺激して表現する手法。
さんざん使い倒したけど、現実のパワーにはかなわない。
くだらないことを考えるのはやめて、
ゆっくりと目を閉じる。
湯あたりするまで、入っていようかな。
なんて、考えていたとき。
「失礼します」
え?
なに?なに?
おそるおそる目を開けると、岩風呂の反対側で若い女性が湯に浸かっていた。
しかも、裸で・・・
って、当たり前か。お風呂だから。
な、な、なんで?
「あ、ご存知なかったですか?
ここ、混浴なんですよ」
こ、こ、こんよく〜!?
「みんなちゃんとマナーを守って、いいものですよ。混浴って」
知らなかった。
人生初の混浴。
しかも、こんな若い、美人の女性と・・・
って、いやいやいや。見てない見てない。
顔しか見てないから。
いや、正確に言うと、顔というよりその愛くるしいえくぼ、かな。
焦って緊張しているの、きっとバレバレ。
私が湯あたりしそうになっているのに気づいたのだろう。
彼女は、
「お先に」
と言ってあがっていった。ほんの短い時間だったと思う。
彼女の姿が岩場から消えるのを見届けてから、私はあわてて湯から上がる。
そそくさと着替えて、外へ出ると、彼女もちょうど帰るところだった。
「あ、あの・・・」
「はい?」
しまった。思わず声をかけてしまった。
言葉を続けないと・・・
「この近くに、今日泊まれる宿ってないでしょうか?」
「宿?」
「どこも予約せずにここまで来てしまったものですから」
「まあ」
「今日、なんか、午前中から、いろいろあって・・」
あ、関係ないことを。
私は何を言っているのだろう。
「それなら・・・うちへいらっしゃいませんか?」
「う・・ち・・?」
「うちは、小さいけど、温泉宿をやってるんですよ」
「ああ、そうなんですか・・」
「今日は、お客さん少ないから、よければどうぞ」
「そ、それじゃ」
「夕食までは少し時間あるから、散策でもしてからおいでなさい」
そういって、彼女は旅館の名刺を手渡した。
目の前に見える北アルプスの名峰にちなんだ名前。
こんな、旅の偶然もいいかもしれない。
湯けむりの向こうに沈む夕陽が、薄暮を茜色に染めていた。
[シーン4:老舗旅館】
◾️SE:温泉宿の引き戸/適度なざわめきの館内
「いらっしゃいませ」
「あ」
玄関の真ん中。
仲居さんたちの中心で私を出迎えてくれたのは、
「ゆっくり散策、できましたか?」
「は、はい・・」
今日は、よく驚かされる日だ。
新穂高の湯で出会った彼女・・・
しっとりとした藍色の着物姿で・・・
この老舗旅館の女将さんだったのか・・・
「さ、さっきは・・」
お礼を言おうとする私の目を見て、彼女は自分の口に指を当てる。
そっと近づき、私の耳元で、
「夕方の忙しい時間にさぼってたこと、バレちゃう」
と囁き、いたずらそうな笑顔でウィンクした。
思わずまた、ドキっとしたけど、私は小さくうなづいてフロントへ。
彼女が言ってたとおり、今日はお客さんが少ないみたいだ。
この宿は、屋内の大浴場のほかに
混浴露天風呂や貸切露天風呂が6つもあるらしい。
すごいな。
自分の知らないことがこんなにあったなんて。
私は、夕食前に、屋内の大浴場でさっと身体を洗って、髪の毛を乾かした。お風呂上がりのしっとり感を楽しみながら夕食の部屋へ。
料理を運んできてくれたのは、なんと彼女、女将さんだった。
一品ずつ丁寧にメニューの説明をしてくれる。
山里からの恵みで満たされた八寸、岩魚のどびん蒸し、塩焼き、マスの昆布シメ・・
こんな料理を口にするのは何年ぶりだろう。
美味し過ぎて泣けてきそうだ。
「メニューを考えたのは先代の女将なんですよ」
「そうなんだ。先代はご隠居されて?」
「いえ、母は先月亡くなりました。それで急遽私が即席の女将になったんです」
「あ、ごめんなさい」
「やだなあ、謝らないでください。私が始めた話ですから」
そう言って申し訳なさそうにえくぼが笑う。
「どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
答えながら、先附を食べていなかったことに気づく。
蕎麦サラダには温泉卵が乗っていた。
このへんでは、はんたいたまご、と言うらしい。
おもしろいな。
私のことみたいだ。
確かに、白身が固まりかけているのに、黄身が半熟、
という、”はんたい”になっている卵だもの。
温泉の熱で温める、本物の温泉卵だ。
でも、知らなかった。
温泉卵、いや、はんたいたまごって、こんなに美味しかったんだ。
※続きは音声でお楽しみください。
Wed, 23 Apr 2025 - 20min - 94 - ボイスドラマ「朝日の中で微笑んで」
東京での仕事と子育ての狭間で、限界を感じたひとりの母。偶然手にした一枚の手紙と、一枚の写真に導かれ、彼女は娘とともに飛騨高山・朝日町へと旅立ちます。
たどり着いたのは、枝垂れ桜の咲く静かな山里。心と身体をすり減らした都会の日々とは真逆の、ゆるやかであたたかな暮らし。
そして、声を出すことができなかった幼い娘が、初めて言葉を発したそのとき——彼女の人生は、もう一度、優しく動き始めます。
本作は、飛騨高山を舞台にした地域発信プロジェクト『ヒダテン!Hit’s Me Up!』のボイスドラマ/小説シリーズの一編として、母娘の再生と、薬膳という知恵の物語をお届けします。
ヒダテン!朝日よもぎの誕生物語です!
(CV:蓬坂えりか)
【ストーリー】
<『朝日の中で微笑んで』>
【ペルソナ】
・母:かえで(28歳)=東京の広告会社で働くマーケティングディレクター。子育て中
・娘:よもぎ(2歳)=2023年生まれ。生まれつき病弱でアレルギー体質。言葉を話せない
【資料/高山市朝日町】
<よもぎのモノローグとセリフで進行>
[シーン1:「大廣古池前」バス停留所】
◾️SE:夕暮れのイメージ(巣へ帰る鳥の群れ)
どうしてこんなとこまで来てしまったんだろう・・・
寒い。
幼い娘は私の左足にぎゅっと抱きつく。
そっか。
私たち、普段着だ。
私は薄手のニットにスキニーデニム。
ジャケットも春用だから冷たい空気を遮断できない。
いわゆるバリキャリスタイル。
マザーズリュックだけ浮いてるわ。
娘も薄着のまま連れ出しちゃった。
ピンクのニット帽に小さなワンピース。
子供用リュックが震えている。
かわいそうなこと、したな。
また母親失格・・ってか。
私は、渋谷の広告会社で働くマーケター。
得意分野はSNSマーケティングとインフルエンサーマーケティング。
Z世代に向けた企画を毎日考えている。
ま、私もギリ、Zなんだけどね。
で、同時に子育て中。
仕事と子育ての両立。
・・・って、言うほど簡単じゃない。
時間と段取りとストレスと睡眠不足に押しつぶされそうになって、
いまココ。
午前中、会社を無断欠勤して、新幹線に飛び乗った。
小さな封筒をポッケに入れて。
それは、大学時代の友達からの手紙。
8年前。
友達は大学を辞めて実家へ戻っていった。
理由は、詳しく聞けなかった。
しばらく音沙汰なかったけど
昨日、8年ぶりに手紙をもらったんだ。
でもなんで、手紙?
メールとかでいいじゃない。
あ、だめだ。
プライベートのメールなんて、全然開いてもないわ。
それに、手紙じゃなかったら、私ここに来てないもの。
封筒の中には小さなメモ紙が1枚。
綺麗な殴り書きで
「いいところだから。遊びにこない?」
メモは、プリントアウトした写真にクリップ止めしてある。
ライトアップされた夜桜の写真。
枝垂れ桜かしら。
それが手前の水面(みなも)に映って、ゾクっとするほど神秘的。
写真の裏に住所が書いてあったからふらっと来てしまった。
高山市朝日町浅井。
まさか東京からこんなに遠いなんて。
寒そうにしてる娘に、私のジャケットをかけて抱っこする。
う〜、さむっ。
娘は今年で3歳。
でもまだ言葉を喋れない。
お医者さんは、多分精神的なものだろうって。
脳の発達にも異常は見られないから心配しないように。
あせらないこと。
・・・って言われてもねえ。
しかも、アレルギー疾患もあるし、よくお熱も出すし、心配がいっぱい。
母としていつも一緒にいてあげなきゃいけないのに。
ああ、マーケターって仕事のせい?
いや違う、やっぱり自分のせいだ。
今日もまた脳内で負のループが回り始める。
こんな私なのに、
傍目だと、呑気な親子旅行に見えるのかなあ。
◾️SE:バスが発車していく
午後5時45分。
バスは定刻通りに「大廣古池前」に到着した。
暮れなずむ時間帯。
それでも、客は私たちだけじゃない。
女子大生のグループかしら。
それも1組だけじゃない。
へえ〜、つまりこの桜、
彼女たちをつき動かすほどの”映えスポット”ってことね。
ネットで調べてわかったんだけど、
朝日町って、別名「枝垂れ桜の郷」って言われてるんだ。
町のあちこちに枝垂れ桜。
淡いピンクに包まれる農村の町・・・か。
私の生活とは真逆のイメージだわ。
私たちが目指したのは、「青屋地区/神明神社」。
神社の境内、鳥居を挟んで両側に枝垂れ桜が咲き誇る。
水を張った田んぼ。
目の前にはまるで湖のような水田が広がっている。
女子大生のあとをついてうつむきながら対岸へ。
みんな一斉にスマホのカメラを構える。
周りはほかにもすごい人。
こんな、田んぼの畦道に。
みんなの視線の先へ、ゆっくりと振り返る。
すると・・・
思わず息を飲んだ。
それは、この世のものとは思えない、幻想的な風景。
鏡のように水面に映る枝垂れ桜。
その下でライトアップの光に抗うような・・・
篝火?
静かに燃える炎が、桜の薄紅色と混じり合う。
なんて凄まじい。
・・としか表現のしようがない。
炎のゆらめきを見つめているうちに、目頭が熱くなっていく。娘は、気持ちよさそうに、眠りの世界に入っている。
私は、心地よい心の開放感に満たされていった。
[シーン2:農泊施設「合歓木ふれあい住宅」】
◾️SE:朝のイメージ(小鳥のさえずり)
結局、その日は友達の家に泊めてもらった。
アポもとらずにいきなり訪ねてきた人間を笑顔で迎える。
これが、この町のライフスタイルなのか・・・
友達とは8年の時間を埋めるように、何時間も語り合った。
その間、娘は穏やかな笑顔で周りの景色を眺めている。
なんか、ここへ来てからまだ、アレルギーも出ていないみたい。
すっかり忘れていたけど、今年、いろんな友達に広く年賀状を出したんだ。
娘と私の写真年賀状。
年末にそんなん作ってるヒマなんてないからテンプレだけど。
去年までは出したり出さなかったりが続いてた。
だけど今年で年賀状仕舞いにするつもりだったから。
帰ってきたのは、数枚。
ま、こんなもんか。
で、その中に、この一風変わった返信のハガキがあったってこと。
ってか、季節変わっちゃってるし。
まさか、私がここまでくるって思わなかっただろうな。
え?
予測してた?
超能力者ですか?
私の写真?
いや、綺麗に撮れてるでしょ。
そんなには、盛ってないのよ。
じゃなくって・・・顔色?
別に悪くないでしょ。
表情?
鬱っぽい?
ウッソ〜!?
まあ・・確かに・・このとき・・・
1人になったすぐあとだったし・・
だから私をこの町へ呼んだって?
にしては、日にちたち過ぎ。
そうか、あなたもなにかと忙しかったのね。
この町?朝日町?
うん。まあまあね。気に入ったわ。
・・と、友達の前ではこう言ったけど。
一幅の絵のような枝垂れ桜を目にしてから、私の心は固まっていた。
とりあえず、会社と託児所に電話する。
無断欠勤と予約ブッチだからねえ。
なのに意外と誰も文句を言わず、私の体調を心配してくれた。
あれ?
みんな、そんな優しかったっけか?
ま、いいや。
それからがちょっと大事(おおごと)だった。
会社にしばらく出社できないことを伝えて、リモート対応を調整する。
ああ、なんだ、ほとんどの仕事、リモートでOKじゃん。託児所にもしばらくいけないことを伝えて、この先の予定をキャンセル。
スタッフの皆さん、心配そうな声だったな。
で、私は、友達からすすめられたシェアハウスの利用手続きを済ませる。
農泊施設「合歓木ふれあい住宅」。
朝日町って、こんなことやってたんだ。
落ち着いたら渋谷のアパート引き払って、荷物も整理しなくっちゃ。
いわばワーケーションになるのかしら。
最近は何より、娘の調子がいいのが嬉しい。
山菜とか山の恵みが多いけど、全部ナチュラルフードだもん。
笑顔も見せてくれるようになったし。
ん?
今まで笑ったことなかったってこと?
そんなこと考える余裕すらなかったわ。
『ママ・・・』
え?
いま、なんて・・・
『おなか・・・すいた』
今まで生きてきて、こんなに嬉しかったことってなかった。
こんなに泣いたことも。
私は不思議そうな顔をする娘を、いつまでも抱きしめていた。
[シーン3:やさしい薬膳カフェ「よもぎ」】
◾️SE:カフェ店内のイメージ(ざわめき)
■SE:厨房で野菜を切る音、スープがコトコト煮える音、小鳥のさえずり
『ママ、よもぎうどん2つ!』
「オッケー!」
「ってか、ママじゃなくて、マスター、でしょ」
『は〜い!ごめんなさい、ママ』
「もう〜」
15年後。
エプロンをした娘が、はじけるような笑顔でオーダーを伝える。
やさしい薬膳カフェ『よもぎ』。
Sun, 13 Apr 2025 - 19min - 93 - ボイスドラマ「櫻守が見た夢〜儚い春の風」
昭和34年――
岐阜県・荘川村は、御母衣(みぼろ)ダムの建設により、湖の底へと沈む運命にありました。
その村の一隅、光輪寺に佇む一本の老木「荘川桜(しょうかわざくら)」は、400年の命を生き、村を見守り続けてきた存在でした。本作『櫻守が見た夢 〜儚い春の風〜』は、史実として語り継がれる荘川桜の奇跡の移植を背景に、
桜の精「さくら」と、ダム開発の責任者「リョウ」との、時を超えた恋を描いた幻想譚です。出演は声優・岩波あこ。
ボイスドラマとして、飛騨高山を舞台にした番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon Music、Apple Podcastなど、各種プラットフォームで配信中です。
さらに、「小説家になろう」サイトでも物語をお楽しみいただけます。桜の花が風に舞うように、儚くも優しい記憶。
あなたの心にも、ほんのひとひら、届きますように(CV:岩波あこ)【ストーリー】
[シーン1:1959年11月後半/光輪寺】
<さくらのモノローグとセリフで進行>
◾️SE:吹雪の音
「もうすぐお別れね。
400年っていう歳月は、長いようで、実はあっという間だったわ」
誰に聴かせるでもなく、
静かに囁いた声は、雪に吸い込まれるように消えていく。
早雪(そうせつ)。
11月に降る雪をこう呼ぶ人もいる。
はるか昔より、私はこの桜とともに、ここで暮らしてきた。
私は・・・
そうだな。
櫻守(さくらもり)、とでも言っておこうか。
ここは、荘川村の光輪寺(こうりんじ)。
寒風の中、江戸彼岸桜の老木は、眠るようにたたずんでいる。
老いてなお、春になると見事な花を咲かせるはずだった。
だが、それも来年で見納め。
いや、工事が早く進めば、春を待たずに、その命は絶たれることになる。
この村は、ダムの底に沈むのだ。
私は感謝の思いを胸に秘め、目を閉じた。
雪混じりの風が頬をかすめる。
冷たいはずのその感触が、どこか懐かしくて、優しいものに思えた。
1959年、私には最後の冬。
頬にあたった雪がゆっくり溶けていく。
まるで、桜色の涙を流しているようだった。
◾️SE:吹雪の音〜雪の中を歩く足音
どのくらい時間が経ったのか、よく覚えていない。
どこからか小さな視線を感じていた。
いつの間にか風は凪ぎ、しんしんと雪が降る。
静寂の中、微かな息遣いが伝わってきた。
振り向けば、スーツの上にネイビーの作業用ジャンパーを羽織った男性。
足元に積もった雪が、彼の迷いを映すように揺れている。
彼の顔は・・・知っている。
ダム開発の責任者だ。
名前は・・たしか・・リョウ。
そうか、確か今日、建設反対派の解散式だったんだな。
開発側の人間にしては、嬉しそうな顔には見えないが。
リョウは、私と視線が合うと、雪を踏みしめながらこちらへ歩いてくる。
私の方を見て、目を見開きながら、
”どうして、今まで気づかなかったんだろう”
と、つぶやいた。
なにを言ってるのかしら。
私、雪の日も、雨の日も、いつだってここにいたじゃない。
体に降り積もる雪をはらおうともせず、
彼は、私と老いた桜をずうっと見つめていた。
[シーン2:1960年2月/光輪寺】
私とリョウの逢瀬は、それから毎日のように続いた。
といっても、一方的に彼が逢いにくるのだけれど。
ま、私、出不精だからしょうがないわね。
遅い春が、小さな温もりを運んできても、彼は私の元へやってきた。
”君を、守りたい”
が、彼の口癖だ。
直接的な、愛の言葉。
何度言われても、醒めることはない。
愛おしそうに私を抱きしめるリョウ。
ああ、いつまでもこうしていたいけど。
彼はまっすぐな瞳で私を見つめ、ため息をつく。
そんな、悲しい顔をしないで。
いま、この瞬間(とき)を大切にして。
私たちは時間の許す限り、逢瀬を重ねていった。
[シーン3:1960年4月/光輪寺】
新しい年を迎え、住民はひとり、ふたりと村を出ていく。
町では桜が落下盛んとなり、眩しい新緑に生まれ変わる頃。
私にとって、一年でもっとも輝く季節がやってきた。
樹齢400年を越える巨木が、見事な花を咲かせる。
人々が太い幹の下に集まり、杯を酌み交わす。
去年より人の数は多い。
心なしか、今年はみんな、ときどき寂しそうな表情をする。
やだなあ。
花の命は短いのよ。
せめて、桜吹雪が舞う間は、心から楽しんでほしいわ。
私の頬もほんのり桜色に上気する。
早く彼に逢いたい。
でも、リョウがやってくるのは、村人がいなくなる夜遅く。
いいの。
私だって、2人きりで逢いたいんだもの。
人目を気にしながらやってくる彼は、いつもより強く私を抱きしめた。
”このまま時間が止まってしまえば”
そういえば、そんなアニメもいま流行ってるんじゃない。
だけど、目の前の現実を受け止めなきゃ。
季節が変わってこの桜が切り倒されたら、私もここからいなくなるわ。
”いかないでほしい”
そうね。私も同じ気持ちよ。
もうその気持ちだけで充分。
あなただって、ダムが完成すればこの村から出ていくんだし、
儚さや、もののあはれは、桜の象徴なんだから。
いつまでもいつまでも、夜が更けるまで、彼は私を抱きしめていた。
[シーン4:1961年4月/御母衣ダム】
”おかえり”
え?だれ?
私をよぶのは・・・だれ?
1961年4月。
完成した御母衣ダムが、壮大な姿をあらわした。
ダム湖のほとりには、ひっそりと佇む、2本の老木。
根も枝も幹も伐採されて、悲惨な姿を晒している。
その前で、1人の青年が私の名を呼ぶ。
私はゆっくりと目をあける。
リ・・リョウ・・・?
どうして?
ちょっと、やつれたんじゃない。
なのに、そんな嬉しそうな顔をして・・
リョウは口の端を少しゆがめて、ゆっくりと話し始めた。
”どんなことをしても君を救いたかった”
その一途な思いで、移植のために走り回ったのだという。
考えられるあらゆる手段を使って、
思いつくすべての名医に頼って、老木を移植したのだという。
そうだったんだ・・・
移植されたのは、かつてダムの底にあった2本の巨木。
枝ぶりも見事な光輪寺と照蓮寺の桜の木だ。
だが、移植された桜を見た村人は、その無惨な姿を見て顔をしかめた。
彼も不安な表情で私を見つめている。
ううん。大丈夫。
私は生きてる。
ほら、命の鼓動が聞こえるでしょ。
彼は瞳を潤ませて、いつものように私を抱いた。
[シーン5:1970年4月/御母衣ダム】
移植から10年後の1970年春。
2本の老木は満開の花を咲かせた。
リョウが亡くなったのを知ったのは、ずいぶんあとになってからだった。
「骨は、湖に撒いてほしい」
その願い通り、遺灰は静かにダムの水面へと撒かれた。
風に乗り、湖面へ流れていく。
そのとき――
荘川桜の枝から離れた花びらが、一枚、空を舞った。
彼の魂に寄り添うように。
人の一生は短い。
彼の記憶の中の、私との思い出。
それは、400年という長い時間の中で、瞬きするようなひとときだった。
「おかえりなさい、あなた。
これからはもう、ずう〜っと一緒よ」
桜は再び風に乗り、御母衣ダムの湖面へと散っていく。
私は、リョウの魂とともに、遥かなる春の夢を見続けるのだろう。
だってあなたは私の櫻守だから・・
Fri, 04 Apr 2025 - 11min - 92 - ボイスドラマ「星のりんご」
飛騨高山の小さな町、久々野。
澄んだ空気と澄んだ水に育まれた、まるで星が宿ったような甘い果実——飛騨りんご。でも、この物語の主人公「りんご」は、名前に反してリンゴが大の苦手。
香りさえも拒絶するほどのトラウマを抱えていた彼女が、ある“きっかけ”を通して、心の奥に眠る小さな記憶と向き合い、新しい自分を見つけていく。これは、ちょっと苦くて、でもとびきり甘い。
まるで飛騨りんごのような、ひとりの女の子の小さな再生の物語。Podcast番組「ヒダテン!Hit’s Me Up!」をはじめ、各種配信プラットフォームや「小説家になろう」で楽しめるこの物語。
あの頃の自分に、そっと寄り添いたくなるような——
そんな“ひとくち”を、あなたに(CV:坂田月菜)【ストーリー】
<『星のりんご』>
【資料/久々野の飛騨りんご】
https://www.kankou-gifu.jp/gourmet/detail_6365.html#:~:text=高山のりんごは酸味,りんごを生み出しています。
[シーン1:12月頃/自宅のダイニングで/回想シーンあり】
<りんごのモノローグとセリフで進行>
「あ〜っ!!またリンゴ!
もう〜ママ!何度も言ってるのに!
アタシ、リンゴなんて嫌いだって!」
ママが悲しそうな顔で笑う。
しょうがないわねえ、
と言いながら、クリアボウルに入ったリンゴを冷蔵庫に片付ける。
アタシの名前はりんご。
そう、自分の名前にもなっているのに、リンゴが嫌い。
それも嫌いな理由かも。
だって昔からリンゴが嫌いなんだもん。
昔から・・・?
昔、っていつ?
アタシ、いつからリンゴが嫌いになったんだろう・・・
幼稚園のとき、ママが作ったアップルパイ。
一口食べたら、
「においがピリピリする!」
と言って吐き出してしまった。
ママは、
しょうがないわねえ、
と言って自分で食べる。
あ、そっか。ママの分はなかったんだ。
今ならなんとなくわかる。
シナモンの甘いけどスパイシーな香り。
幼いアタシにとっては、お薬みたいに感じたんだっけ。
あとからママが言ってた。
飛騨リンゴは、ほかのリンゴより酸味が少なくて甘いのに。
久々野は昼夜の気温差がおよそ10℃。
この寒暖差で成熟したリンゴは、蜜が多くて、糖度が高いんだって。
あれ?
じゃあアタシ、どうしてリンゴが嫌いなの?
小学校に入った年。
学校の給食で、デザートに飛騨リンゴがでたとき。
周りのお友達はみんな美味しそうに食べてた。
私は・・・
幼稚園のときのトラウマで食べられなかった。
シナモンの香りが脳内にグルグルまわっちゃったから。
でも・・・
給食のリンゴには、シナモンなんて入ってなかったはず。
確か10月の収穫時期だったから・・・
旬のど真ん中だったのに。
なんか、それだけじゃなかったような・・・
あ、思い出した。
グリム童話だ。「白雪姫」。
私、小学校3年生までに、全210話の全集を読破したんだ。
ってか、ママが読み聞かせ、してくれたんだけど。
アタシが一番好きなお話は「赤ずきん」だったのに
ママが好きなのは「白雪姫」。
何度も何度も読み聞かせてくれた。
BGMに「いつか王子さまが」を流しながら。クスッ(笑)
それで。
頭の中に刷り込まれちゃったワードが「毒リンゴ」。
あ〜あ、ダメじゃん。
だからアタシ、リンゴを食べたら、永遠に眠っちゃうって思い込んでた。
王子さまにキスしてもらえば、目が覚めるのにね。
だめだめだめだめ。
なに考えてんの。
ママに聞かれたら大変。
ま、そんなこんなで、
りんごの香りを嗅ぐだけで拒否反応が出るようになった。
生のりんごはもちろん、りんごジュース、アップルパイ、ぜんぶダメ。
久々野が誇る飛騨リンゴなのに。
小学校を卒業するまで、給食の時間が憂鬱だった。
そりゃそうでしょ。
「りんごのまち」久々野だもん。
給食にリンゴが出てくる頻度、高かったわー。
中学校に入ると、最初の行事は文化祭。
憧れの文化祭。
アニメとかでは知ってたけど、参加するのは初めて。
だけど、ここにもリンゴが降臨した。
クラスのだしものは模擬店。
テーマは「久々野の恵み」。
地元の食材を使ったスイーツやドリンクを提供するって。
嫌〜な予感。
「飛騨りんごジュースを売ろう!」
「アップルパイも作ったら?」
くると思った。
実家が果樹園って友だち、多かったから。
みんな飛騨りんごのことようく知ってるし。
はい、これ。
と言って、男の子の友だちがカットりんごをアタシに手渡した。
「え?なにこれ?」
スターカットだよ、と言って彼は笑った。
りんごを横にして輪切りにすると、小さな星があらわれる。
芯が星の形になるんだ。知らなかった。
これなら、食べれるんじゃない。
と、白い歯を見せて彼は笑った。
え?どうして?
知ってるの?
アタシがリンゴ、食べれないこと。
彼はそれ以上何も言わず、黙々と模擬店の準備にとりくんだ。
アタシは思わず魅入られてしまった。
嫌っていたリンゴの中に、こんなに綺麗な星が隠れていたなんて。
食べてみようかな・・・
そう思ってスターカットのリンゴを口元に近づけたとき。
なんだか視線を感じて顔をあげると・・・
彼の肩に手をかけた女子がアタシを睨んでいた。
すっごい怖い表情で。
アタシは思わず、リンゴを紙のお皿に戻し、教室をあとにした。
それ以来、彼とは一言も言葉をかわしていない。
いや、目も合わせてない。
そんな環境のなか、もうすぐ中学卒業。
気がつくと、いつの間にか陰キャになってたわー。
学校と家の往復。
家に帰っても、ゲームとアニメばっかり。
でも、リビングだからいいでしょ。
部屋に引きこもってないんだから。
いろんなトラウマをずうっと引きずって今まできたもんね。
根は深いなあ。
そんなこと、ぼう〜っと考えていたとき。
アタシの目の前にまた、クリアボウルが置かれた。
「ちょっとママ!」
「いらないっていったでしょ!リンゴなんて」
「しかもなにコレ、まるごと〜?」
え?
違う。
これは・・・
まるでお鍋のふたを開けるように、上のカットを持ち上げると・・・
薄く輪切りにしたスターカット。
小さな星が煌めくように微笑んでいる・・・
そう見えた。
漂ってくるのは、飛騨リンゴのほんのり甘い香り。
目をつむると・・
あ、いい匂い。美味しそうな香り。
初めてそう思った。
生まれて初めて、アタシはリンゴを口にする。
◾️SE/リンゴを食べる音「シャキッ」
甘い・・
ジューシー・・
はい、これ。
と言ってママが小さいグラスを手渡す。
しぼりたての飛騨リンゴの果汁。
なんのためらいもなく、口に注ぐ。
美味しい!
甘い香りが口の中に広がっていく。
リンゴって、飛騨リンゴって、
こんなに甘くて、ジューシーで・・・
美味しかったの!?
人生、損してたね。
と、ママが笑う。
「もういっぱいちょうだい!」
そう言いながら、スターカットをカブリ。
口の中いっぱいに果汁が広がる。
爽やかな香りとみずみずしさ。
酸味はほとんどなくて、
今まで感じたことのない清涼感。
この瞬間、アタシの中の何かが弾けた。
大嫌いだったリンゴは、
一番好きな食べ物へと昇華した。
あっと言う間に、1玉がアタシのお腹に。
◾️SE/LINEの着信音
そのとき、LINEが鳴った。
何気なく、アカウントを開くと、あのときの彼。
あれ?
アタシ、友だちになってたっけ?
ああ、クラスのグループLINEから追加してくれたんだ。
おそるおそるメッセージを見ると・・・
夏になったら、リンゴ狩にいかないか?
ええ?
そんな・・
なんて答えたらいいの?
キッチンに立つママと目が合った。
アタシの方を見て、笑顔でうなづく。
そっか。
アタシも知らず知らず、口角が上がっていた。
なんて返したかは・・・ナイショ。
フフ(笑)
とにかく、陰キャは卒業。
だって、卒業して、季節が変わるのが待ちきれないんだもん。
今はもう、アタシの大好きな果物はリンゴ。
久々野の飛騨リンゴ。
胸を張って言えるわ。
アタシの名前は、りんご!!
Mon, 31 Mar 2025 - 12min - 91 - ボイスドラマ「声優物語/エピソード1」
声の力は、目に見えないけれど、心に触れる。
飛騨高山発の番組『Hit’s Me Up!』が贈る、新しい物語シリーズ。
この『声優物語/エピソード1』は、一人の少女が“声”という運命に出会い、やがてそれが人生を変えていくまでの軌跡を描いた実話風ボイスドラマです。
物語の主人公・エミリは、幸運を呼ぶ「オッドアイ」をもって生まれ、幾多の選択の中で“声優”という世界に辿り着きます。
「声に想いを乗せる」とはどういうことか。「見えないものを見る」とはどういうことか。
彼女の歩みは、私たちに問いかけます。
あなたの心にも、そっと灯りますように。
※本作はPodcast(Spotify/Amazon/Apple)や『小説家になろう』でもお楽しみいただけます(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:出生】
アナウンサーの実況・絶叫風(宮ノ下さん)
『風が来た。アプローチもよし。さあ、原田。因縁の2回目飛んだ〜!高いぞ、立て、立て、立て、立ってくれ!立ったぁ〜!原田〜!!』
■SE/長野オリンピック実況~赤ちゃんの泣き声がかぶって
26年前、私はこの世に生を受けた。
春というには、まだ肌寒い3月。
数々のドラマを生んだ冬季長野オリンピックが終わり、
日本で初めての冬季パラリンピックが開催されていた。
[シーン2:オッドアイ】
■SE/病院の環境音
病院を退院してから半年後。
私の笑顔を見たママがパパに言った。
『見て、この娘の瞳。オッドアイよ』
オッドアイ。
別名・虹彩異色症(こうさいいしょくしょう)。
左右の眼で虹彩の色が異なること。
オッドアイは『幸運を呼ぶ証』と言われる。
私の場合、右目が海の底のように澄んだマリンブルー、
左目はルビーのように深みのある琥珀色。
パパもママも、神様に幸運を感謝して、心から喜んだ。
幼稚園にいくようになっても、
小学校へ通うようになっても、
ずう〜っとずっと、その気持ちは変わらない。
いつだって私を宝物のように大切にしてくれる。
私への気持ちはメッセージにして子守唄を歌ってくれた。
[シーン3:小学生】
■SE/学校のチャイム〜教室の環境音
それは私が小学校4年生のホワイトデー。
ロッカーをあけると
チョコレートやお菓子、クッキーにくっついている手紙がドサっと下に落ちた。
その頃の私は、小学生ながら
まっすぐ整った鼻筋。
丸みのあるおでこ。
すっきりとしたフェイスライン。
美しい口元。
そして、オッドアイ。
そのすべての要望からついたあだなが「高嶺の花」。
毎日のように男子からコクられ、毎日のように『 ゴメン』と謝る。
美人女優のだれだれに似てるとか似てないとか。
そんな話ばかりがとびかうクラス。
毎回断ることに疲れてしまった私に、
ある日、担任の先生がつぶやいた。
『エミリは声を生かすといいんじゃない?』
声?
考えたこともなかった。
いつも褒められるのはこの容姿。
ママも自覚して、いつもお顔の保湿ケアをしてくれてたし。
『エミリの声、透き通ってて、耳に入るとすごく気持ちいいもの』
へえ〜、そうなんだ。
その頃、私はクラシックバレエにのめりこんでいて、
早朝も放課後もスタジオでお稽古づけの毎日。
だって、パリのオペラ座バレエ団に入るのが夢だったの。
『エミリなら、きっと声で人の心を動かせるわ』
声かあ。
初めて自分の声を意識する。
あー。あー。あ〜〜〜。
いや、歌、じゃなくて、声、よね。
声のお仕事ってなんだろう?
アナウンサー?ラジオのパーソナリティ?朗読?
『いろんな本を、声に出して読んでみたら』
こうして私は、朗読を始めた。
元々お芝居も好きでアニメのセリフよく真似してたから、
私の朗読は、リアリティがあって聞きやすいと評判に。
高山市内や岐阜県内の朗読コンクールで、何度も優勝した。
その頃、テレビで知ったのが『声優』という言葉。
声優?俳優じゃなくて?
アニメや映画、ゲームなどのキャラクターに声をあてる仕事。
キャラクターの感情や個性を表現して、物語や場面に命を吹き込む。
重要なエンターテインメントの一分野。
知らなかったなあ。
[シーン4:大学卒業】
■SE/キャンパスの環境音
頭の中に声優とダンサーという2つの未来を描いたまま、
私は東京にある超難関の女子大を受験した。
結果は・・・そう、合格。
だって、言葉にできないくらいホントに勉強したんだもん。
大学を卒業したら、いきなり声優事務所の門をたたくとか
オペラ座バレエ団を受験するとかはしなかった。
まずは手堅く上場企業でマーケティングの会社で働き、
生活の基盤を作る。
そんな中で見つけた1枚のポスター。
ショッピングモールに貼られた声優オーディションの募集告知だった。
大きく書かれた『未経験者大歓迎』『プロアマ問わず』『人気声優と共演』の文字。
これだ!
同じようなコピーは街中でよく見かけたけど。
なぜだかピン!ときて、すぐさまエントリーした。
2年目で2回目だというこのプロジェクト。
過去に作られたアニメをすぐさまチェックする。
10分未満のショートアニメ。
キャラクターはどこにでもいるような家族。
どこにでもあるような、ちょいエモのストーリー。
だが、不覚にもホロリとしてしまった。
そうか、こういう感じなんだな。
今年の物語は続編という感じでもないし。
そういえば、課題セリフは・・
『たいせつなことは、目にはみえないんだよ。
ものごとはハートで見なくちゃいけない、ってこと。
だから心を開いて、夢に手を伸ばそう』
ふむ。
サン・テグジュペリ『星の王子さま』か・・
これは、キツネのセリフだ。
今回は、劇中劇でもやるのかな。
いろいろシミュレーションしているときにオーディションの事務局から
メールが届いた。
『一次審査合格』
やった。
でも、ここまでは想定内。
公開で審査される、ファイナルオーディションで勝たなくちゃ。
私は毎日、頭の中でシミュレーションしながら、ファイナルの日を迎えた。
公開オーディションの待合室。
当日渡された課題セリフを下読みする8名のファイナリストたち。
プロ・アマ問わずってことだったけど、確かに玉石混交って感じ。
そして公開オーディションのステージ。
『自分が舞台に立つことなんて考えてもいないけど、
こうしてみんなのお芝居のそばにいるのが心地いい。
今日は、友だちの晴れ舞台。
私は美術係・背景係だから一生懸命、絵筆を走らせたわ。
少しでも彼女のお芝居に花を添えたいんだもん。
思えばこの1か月、ずうっと彼女に付き合って
一緒にお芝居の練習してきたなあ。
私も一緒にあの舞台に立てたら・・・
ううん、なに考えてるんだろ、私。
だめだめ、もうすぐ1ベル鳴っちゃう。
背景の位置、チェックしとかなきゃ。
あ、先生。
え?
いまなんて?
代役?
私が!?
そんな・・・無理です!
え、でも、でも・・・
わ、わかりました・・・
みんな!?そうだったの!?
私のためにセッティングしてくれたの?
ありがとう・・・。
そうか、これだったんだ。
一番大切なものは、目には見えない。
こころでみなくちゃ、ものごとはよく見えないんだ!』
なぜか私、感情移入しすぎちゃって、目頭が熱くなっちゃった。
このあとすぐに結果発表。
『声優オーディション、グランプリは、エントリーNo.6番、エミリさん!』
合格・・・
いや、自分でも自信があったし、想定内のはず。
なのに、涙が止まらなくなった。
MCは「エミリさん、涙が・・」なんて言うし、
ゲスト声優は「私たちと同じ景色を見てください」なんて言うから
よけい感無量になっちゃったじゃない。
ついに人生初のアニメに出演か・・しかも主演で!
[シーン5:アフレコスタジオ】
いよいよ私が初出演・初主演するアニメのアフレコ。
私は指定された時間の5分前にスタジオへ入る。
ニコニコした笑顔で迎えてくれたのは音響監督。
音響監督というのは、アフレコスタジオの中で一番偉い人らしい。
私は、ドキドキしながら、スタジオのアナブースへ。
ヘッドフォンの使い方を監督自ら優しく教えてくれる。
『返しの音量は大丈夫?』
「大丈夫です」
『映像の中に、名前のテロップがでてくるだろう?』
「はい」
『これは、ボールドと言って、キャラクターの喋るタイミングを表しているんだよ』
「へえ〜」
『まあ、でも全然気にしなくていいからね』
じゃあ、説明すんなよ。なんて(笑)
音響監督が丁寧に教えてくれる。
この人、どんな声優さんにも、こうやって手取り足取り教えてくれるのかしら。
『よし、じゃ本番いこうか』
「はい!」
ビデオコンテの、半分だけ作画が入った映像を見ながら
主人公の声をあてていく。
終始笑顔の音響監督。
無事にアフレコが終わってから握手をして、一緒に写真を録る。
エレベータで帰るとき、
音響監督は私にだけ聴こえるようにそっとつぶやいた。
『エミリ、会いたかったよ』
え?
『オーディションを見て、どうしても会いたかったんだよ』
どういうこと?
『僕が作った課題セリフの原稿。
ちゃんと思いが届いたのは君の声だけだった』
そんな・・うそ!
『よければ、このアニメ以外にもいろいろ手伝ってくれないか』
この人、本気?
でも、目がマジだ。
『大切なものは目には見えない。
心の目、というのは君のオッドアイのことだったんだね』
あ・・
『今日は単なるスタート地点。
これから長い道程だから、よろしく』
私の手を握り、真剣な眼差しでささやく。
この日から、私の長い長い声優人生がスタートした。
幸運を呼ぶオッドアイ。
いつまでもその輝きを失わずにいてくれますように・・
Sat, 22 Mar 2025 - 14min - 90 - ボイスドラマ「アナザー・クリスマス」
クリスマス。それは、誰かと過ごすための日。家族と、恋人と、あるいは、大切な“誰か”と。
でもその“誰か”が、もしこの世にいなかったとしたら……あなたは、どんなクリスマスを過ごしますか?
この物語は、飛騨高山の静かな町並みを舞台に、クリスマスイブに亡くなった一人の女性と、残された夫が紡ぐ、“もうひとつのクリスマス”の物語です。
愛する人を失った悲しみ、それでも前に進まなければならない優しさと勇気。そして、ほんの少しの奇跡。
物語を通して、あなたの心にも小さな灯がともりますように。
さあ、耳をすませてください。きっと、あなたにも“アナザー・クリスマス”が届くはずです(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:享年のクリスマスイブ】
■SE/救急車の音〜サイレントナイト
クリスマスイブの夜。
私は死んだ。
交通事故。
救急車は、赤鼻のトナカイのように
赤色灯をまわしてストリートを駆けていく。
鈴の音ではなく、けたたましいサイレンを鳴らして。
お守りのさるぼぼを握りしめたまま、私は息をひきとった。
知らせを聞いて駆けつけた夫は、
変わり果てた妻の姿を見て立ち尽くす。
顔にかけられた白い布をめくり、何度も何度も名前を呼んだ。
やがて、物言わぬ妻の髪を優しく撫で、長い長いお別れのキスをする。
クリスマスイブを境に、夫の瞳からすべての光が消えていった。
[シーン2:一周忌のクリスマスイブ】
■SE/クリスマスソング
私がこの世を去ってから1年。
今年もまたクリスマスがやってくる。
死んだあとも、私はずうっと夫を見守っていた。
最初は驚いたけど。
あれ?私、死んでないの?
夫はいつも私に向かって手を合わせる。
仏壇に置かれた私の遺品。
最後まで握りしめていたさるぼぼのぬいぐるみが
小さな仏壇の中に飾られていた。
そう。
私は、さるぼぼを通して夫と毎日顔を合わせていたんだ。
あなた!
ここよ!私はここ!
どんなに声をかけても、夫には何も伝わらない。
夫の時間は、クリスマスイブの日から止まってしまった。
毎日毎日、痩せて生気がなくなっていく夫。
きっとまともな食事なんて食べてないんだろうな。
だめ。もう見てられない。
なんとか夫に思いを届けたいと願いながら、気がつけばもう1年。
私の一周忌。
イブの夜に奇跡はおこった。
いつものように夫は、さるぼぼを愛しそうに抱きかかえる。
実はこのさるぼぼは、私の手作り。
腹掛けは縫い付けずに、背中に紐で結んである。
表には「飛騨」という文字ではなく、私の名前。
この日、夫の手の中で、ゆるくなっていた腹掛けの結び目がほどけた。
その瞬間、私の体は自由になる。
気がつくと目の前に、夫の背中が見えていた。
私は、さるぼぼを抱く夫の背中越しに声をかける。
「あなた・・・」
振りかえる夫。
後ろに立つ私と目があった。
夫は驚いて声がでない。
その代わり、瞳からは涙が溢れ出す。
「私、あの日からずうっとここにいたわ・・・」
私は夫にすべてを話した。
事故のこと・・
いつでもさるぼぼの中から夫を見ていたこと・・
クリスマスに起きたこの奇跡のこと・・
根拠のない予想だけど、きっとクリスマスが終わると奇跡は消えてしまうだろう。
それを夫にも伝えた。
夫は瞳を潤ませながら、大きくうなづく。
そして、私の手をとり、
『クリスマスだけの奇跡だってかまわない。
これからはもう、僕たちはいつでも一緒だよ』
と言って、小さく微笑んだ。
[シーン3:三周忌のクリスマスイブ】
■SE/街角のクリスマスソング
私がこの世を去ってから2年。
彼と私はいつでも一緒に過ごすようになった。
彼はさるぼぼをキーホルダーにして、毎日持ち歩く。
自転車で仕事に行く時も帰るときも。
古い町並でみだらしだんごを食べ歩くときも。
出張で特急ひだに乗るときも。
片時も離れずに彼にくっついて過ごす、充実した日々。
生きていたときよりも、彼といる時間、長いんじゃない?
寝る前には、枕元に私を置いて、
その日あったことをああだこうだと話し合う。
いや、正確には、一方的に彼が話す。
もちろん、年に一度は、短い逢瀬を重ねる。
彼が用意したショコラのクリスマスケーキ。
蝋燭に火を灯し、2人で吹き消す。
毎年の幸せなルーティンは、いつまでも続くように感じていた。
[シーン7:七周忌のクリスマスイブ】
■SE/街角のクリスマスソング
私がこの世を去ってから6年。
街角にクリスマスソングが流れ始めるころ。
彼と私の間に小さな変化が現れた。
会社で彼は、SDGsを推進するグループのリーダー。
その新しいメンバーに、1人の女の子が入ってきた。
彼はバッグをいつも、会議デスクの上に置く。
さるぼぼのキーホルダーが表になるようにして。
だから、彼の真ん前に座った彼女の表情は手に取るように伝わってきた。
”あ、好意を抱いている”
オンナの勘?なのかな・・
私は確信した。
彼は、まったく気づいていない。
まったくオトコって鈍感なんだから。
それから、何かあるたびに、彼女は彼に話しかけるようになった。
仕事の相談から、飼っているネコの困りごとまで。
彼はその都度、真面目に相談にのる。
そうそう。
私も彼のこういうところに惹かれたのよね。
ある日、彼女はロッカールームで彼に小さな包みを渡した。
”お弁当だ”
包みをあけて驚く彼に彼女は感情を抑えながら、
『1人暮らしだと、どうしても食材が余っちゃって』
『ほかに食べてくれる人もいないし』
『賞味期限があるけど捨てられなくて』
うまい!
さりげなく、1人暮らしで、彼氏がいなくて、食ロスも考えて、って。
こう言われたら、彼の立場で断れないだろうな。
彼は少し困ったような顔をして、私の方を、
いや、さるぼぼの方を見る。
私は渾身の力で、バッグの裏側へもぐりこんだ。
『ありがとう』
って声が聞こえてきたということは、受け取ったんだな。
嫉妬の気持ちは・・・思ったより強くない。
それより、彼女の本心がどうしてもききたい。
お弁当をきっかけに、彼女と彼の距離は近くなっていった。
心の話だけではない。
彼女は会議で彼の横に座るようになっていた。
前を向き、積極的に発言しながら、ちらちらと彼に視線を向ける。
手作りのお弁当はいまや週3回。
休憩中の会話では、彼の嗜好をさりげなく聞く。
”きっとこりゃ、クリスマスプレゼント考えてるな”
イブを一週間後に控えた週末、ロッカー室で彼女は彼に声をかけた。
『クリスマスって、予定ありますよね?』
”きた”
『ごめん』
”え・・”
『イブとクリスマスはだめなんだ』
即答。
あ〜あ。
ほら、彼女、泣きそうになりながら、必死で笑顔つくってる。
かわいそうに。
『ですよねえ。ヘンなこときいてごめんなさい』
『あ、プレゼンの資料作らなきゃ』
『失礼しました』
もう少し言い方ってものがあるのに。
あれ?
私、なに考えてんの?
彼は私を自分の方へ向けて、笑顔を見せた。
”そうか・・”
■SE/街角のクリスマスソング
クリスマスイブの前日。
遅くに会社を退社した彼は、歩道に佇む女の子を見つけた。
”彼女だ”
彼女は彼の元に歩み寄り、大事そうに抱えた小さな包みを手渡す。
まだ少し暖かい包みから、甘い香りが漂ってくる。
『これ、よかったら食べてください』
『迷ったけど、結局焼いちゃいました』
『1人でも2人でも食べやすいサイズです』
『あ、あの・・』
彼がなにか口にする前に、彼女は踵をかえす。
小走りでクリスマスの喧騒の中へ消えていった。
■SE/時報「午前0時ちょうどをお知らせします」
時計の針が真上を指す。
クリスマスイブになった瞬間、私は彼の前に姿を現した。
『会いたかった』
「私もよ」
私はずうっと考えていた思いを彼に伝える。
「今までありがとう」
『え?どういうこと?』
「お別れよ」
『そんな・・どうして?』
「そろそろ前に進むことを考えなくちゃ」
『彼女のこと?ボクは別に・・』
「今までありがとう」
『え?どういうこと?』
「わかってる。それだけじゃないの。
あなたは、自分の幸せを考えなくちゃだめ」
『ボクの幸せは君と一緒にいること』
「それもわかってる。
でも、それだけじゃない」
『そんな・・』
「それにね、私にも時間がないのよ」
『どうして?』
「うえに上がるときが近づいてるってこと」
『うそだ?』
「うそじゃない。ホントよ。
上に明るい光が見えるもの。
一緒に映画も観たじゃない」
『君がいなくなったら、ボクはどうしたらいい?』
「心配しなくても大丈夫。
私と出会う前を思い出して。
あのときと同じ気持ちで。
ニュートラルになって過ごしなさい。
きっと、すばらしい人生が待っているわ」
『わかった、わかったけど、もう少しだけ待って』
「ううん、だめ。
もう行かなきゃ。
いい?
私が消えたら、あなたから電話しなさい。
今晩、イブの夜。
よかったらお茶でも、いえ、お酒でも、って。
私を誘ったときのように。
あの子とならきっとうまくいくわ。
私、人を見る目あるのよ」
彼は瞳を潤ませて、嗚咽し始める。
私は、後ろ髪をひかれながら、彼の頬に優しくキスをした。
「私の一番の願いは、あなたが幸せになること。
願いをかなえてくれる?
さるぼぼは国分寺でお焚き上げしてもらって。
今までありがとう。
元気でね」
私はゆっくりと、明るい方へ上がっていく。
今までの人生と、神様がくれた6年間に感謝して・・・
Sat, 22 Mar 2025 - 13min - 89 - ボイスドラマ「恋は借り物」
ようこそ、『恋は借り物』の世界へ。この物語は、飛騨高山を舞台にした"ちょっと嘘から始まる、本気の恋"のお話です。
仕事に追われる日々の中で、ふと舞い込んできた実家からの連絡。「見合いをしろ」──というじいちゃんの遺言をきっかけに、主人公・タツヤは“彼女代行サービス”で出会ったエミリと共に、ふるさと・高山へ帰ることになります。
嘘から始まった関係が、果たして「本物」になるのか?そして、“恋は借り物”なのか、それとも“借り物が恋になる”のか──
Podcastで聴いてくださる方も、「小説家になろう」で読んでくださる方も、どうぞ、ちょっぴり笑えて、ちょっぴり切なくて、ちょっぴりあったかい、そんな冬のラブストーリーを、お楽しみください(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:東京のデザインオフィスにて】
■SE/オフィスの環境音〜電話の着信音
「もしもし、あ、父さん?」
冬の足音が近づく頃、いきなり実家から電話があった。
しかも、その内容は・・・
「え?じいちゃんが!?・・」
じいちゃんの訃報。
かなりの高齢でずうっと寝たきりだったから、そんなに驚かなかったけど・・
「お葬式はいつ?」
「明後日?明後日はデザイン入稿があるから無理だなあ」
父の悲しそうな表情が伝わってくる。
オレの実家は高山。
町中(まちなか)で老舗旅館を営んでいる。
18のとき、家出同然に飛び出してはや10年。
今は、渋谷のデザイン事務所で働く、売れっ子のデザイナーだ。
締め切りにしばられてじいちゃんの葬式も出られないなんて。
あゝ、罪悪感ハンパねえ。
『そうか。まあ、仕方ないな。
そのかわり、近いうちに必ず帰ってこい』
「なんで?」
『見合いしてもらう』
「見合い〜〜〜〜!?なんだそれ」
『お前にもそろそろ将来を考えてもらわんと。
うちの旅館の後継者なんだからな』
「オレまだ28だぜ」
『もう28だ』
「冗談じゃない。
じいちゃんが亡くなったっていうのに不謹慎だろ」
『ばかもの。これ、じいちゃんの遺言だぞ。
息をひきとるまでお前のことずうっと気にしとったわ』
「そんなぁ」
『それとも、ちゃんとした相手がいるのか?』
「そ、それは・・・」
『いいか、来週には見合いの席をもうけるからな。
文句があるならそれまでに相手を連れてこい!』
く、くっそう・・
ようし、わかった。
相手を連れていけばいいんだろ、相手を。
相手なんて・・
どうすれば・・
マッチングサービス?
いや、だめだ。
お見合いはもう来週だぞ。
落ち着け、なにか道はあるはずだ。
とにかく、ネットで探してみよう・・
[シーン2:東京駅】
■SE/東京駅の雑踏
「恋人代行サービスをご利用いただきまして、ありがとうございます。
エミリと申します。今日はよろしくお願いします!」
「あ、タ、タツヤです。よろしく・・お願いします」
先週、勢いでレンタル彼女を頼んじゃったけど・・
こ、こんな可愛い子が来てくれるなんて・・
「タツヤさん、今日はどこへ連れってってくれるの」
「た、高山へ」
『高山って?八王子の方?』
「いや、実は、その、折り入って相談が・・・」
[シーン3:新幹線の車】
■SE/新幹線の車内アナ「今日も新幹線をご利用いただき・・」
「ホントに大丈夫なの?出張費とか延長料金とか、すごいかかっちゃうと思うけど」
「背に腹は代えられないんで」
「まあ、家族に会ってほしいって人は多いからねー」
『で、着くのは何時くらい?』
「名古屋まで1時間30分だろ。
名古屋から高山までが2時間30分だから・・・
乗り換え入れて4時間半くらいかな」
『え〜っ!私、ちゃんと帰れるの!?』
「着くまでにいろいろ打合せしておかないと」
『ちょっと!きちんと答えてよ』
「うちの実家、老舗の旅館だからもしもの時は無料でお部屋用意するから」
『そういう問題じゃない。
ってか、うちの事務所、泊まりとか禁止だからね、当然』
「大丈夫大丈夫」
『大丈夫じゃない!』
[シーン3:高山の実家】
■SE/旅館の環境音
「初めまして。
エミリと申します。
タツヤさんとお付き合いさせていただいています」
おお!さすがプロ。
完璧な対応。
オレたち、長い道中で、なんだかんだって盛り上がったもんなあ。
東北出身で声優目指してがんばってる、ってとこも共感できたし。
たま〜に演技とは思えない瞬間もあった。
あ、それがプロってことか・・
でも、なんか、”借り物の恋”って感覚はまったくないんだよなあ。
術中にうまくハマったってこと?
うちの親・・開いた口がふさがってない
・・・ってそれ、オレに失礼じゃね?
『まさか、ホントに連れてくるなんて・・・』
え?そっち?
『タツヤ、ちょっとこい』
「なんだよ。
あ、エミリ、ごめん」
『今日見合いだと言ったの覚えてるか』
「えええええ?
見合いがいやなら相手を連れてこいって言ったじゃねえか」
『連れてくるわけないと思ったんだよ』
「どうすんだよ、彼女・・ってか、エミリ。結構な出費だったのに」
『出費?』
「いや、旅費だって旅費。東京〜高山っていくらかかるか知ってんだろ」
『そんなものは払ってやるから、見合いをしろ』
「無理だって。エミリにどうやって説明するんだよ」
■SE/旅館の扉が開く音
「こんにちは〜」
「ミ、ミサト!?」
「あ、タツヤさん、お久しぶり〜」
「な、なんでお前がいるんだよ!?」
『ばか、タツヤ、ミサトさんがお前のお見合い相手だ』
「なんだってえ〜!?」
「タツヤさん、どなた?」
「あ、はじめまして〜。
タツヤさんのお見合い相手、ミサトで〜す」
「あっ、そうなんですね・・
どうもはじめまして。エミリです」
「あの、失礼ですけど・・
タツヤさんとはどういうご関係?」
「ちょっと、エミリ。こっちへ来てくれ」
「あ、はい」
少しだけ眉間にしわを寄せてとまどうエミリ。
オレは自分の部屋へエミリを連れていく。
家を出たときのままになっている部屋。
見合いのこと、ミサトのこと、すべて正直にエミリに話した。
「よかったじゃない」
「え・・」
「だって、これで私は不要でしょ」
「なに言ってんだ、オレは見合いが嫌でレンタル彼女、頼んだんだぞ」
「でも、幼馴染だとは思ってなかった・・」
「そりゃそうだけど・・」
「彼女、ミサトさんのあなたを見る目、あれ、本気よ」
「興味ねえし・・」
「うそばっかり。顔に書いてあるわよ。
オレもミサトが好きだって」
「やめてくれ!オレが好きなのは・・・」
「え・・」
「あ、いや・・とにかく、見合いなんてクソくらえだ」
「しょうがないわねえ。
いい?私たちはこの部屋で喧嘩して別れたってことにするの。
理由もわかりやすいし、ちょうどいいじゃない」
「よくねえよ・・」
■SE/ドアをノックする音
「タツヤさん?」
「なんだ、ミサト?取り込み中だ」
「ミサトさん、大丈夫よ」
「やめろ、勝手に・・」
「お父さんから聞いたわ。エミリさんはタツヤさんの彼女・・」
「そうだ」
「だったんだけど。つい10分前まではね」
「どういうこと?」
「別れたのよ」
「えっ!それって・・私のせい?」
「ううん、私たち、少し前から別れ話をしていたの」
「ホント?」
「だから、ミサトさんは、心置きなく見合いを楽しんで」
「エミリ!」
「タツヤさん、いままでありがとうね。
私、次の特急ひだで帰るわ、東京へ」
「そんな・・」
「エミリ!」
「楽しかったわ。いいところね、高山って」
「行くな!」
「え?」
「行くな、エミリ!
オレはオマエが好きだ!
本当に好きなんだ!」
「だって私たち・・」
「出会ってからの時間なんて関係ない!
たった6時間だって、オレの気持ちは本物だ」
ミサトは不思議な顔をして、オレたちを見る。
そりゃそうだろう。
オレだって、自分が信じられない。
それに、きっと、確実に、間違いなく、フラれるし。
エミリの手をとり、家を飛び出す。
行き先はもちろん、高山駅。
オレは怖くて、もうエミリの顔を見られない。
中橋を渡ったあたりで、エミリが手を握り返してきた。
振り向くと、複雑な表情をして苦笑いしている。
「あ〜あ、事務所になんて報告しよう。
正直に言えば規約違反でクビだし」
「スマン!
オレから事務所に連絡するよ」
「いいわよ、どうせ、そろそろ辞めどきだって思ってたし」
「え?」
「さっきのセリフ、上手だったけど、まさか、本気じゃないよね」
「ほ、本気だったらどうする?」
「そうね・・・
今日はもう、東京へ帰るのやめようかな」
今度は、いたずらっぽく、口の端を少しゆがめて笑う。
今日は帰らないって・・・?
予報にはなかった初雪が、2人の景色を白く染めていった・・・
Sat, 22 Mar 2025 - 10min - 88 - ボイスドラマ「愛と裏切りの戦士〜セオリ号泣!スサノ愛の死」
時は古代、飛騨と邪馬台国。時代と運命に引き裂かれながらも、人は人を想い、命を懸けて守ろうとする。
『愛と裏切りの戦士〜セオリ号泣!スサノ愛の死』は、前作『愛と希望の戦士たち』の続編にあたります。飛騨王朝の薬師・セオリと、邪馬台国の戦士・スサノ。敵対する立場にありながらも、心を通わせ、やがて愛に至ったふたりの切なくも力強い物語を描きます。
飛騨の霊峰・位山に宿る「白銀の水晶」——それを巡る抗争の中で、人は何を選び、何を信じるのか。戦乱と陰謀が渦巻く中、ふたりの運命は、避けられぬ“愛と別れ”へと向かっていきます。
古代の風に乗って紡がれる、もうひとつの愛のかたち。この物語を通して、あなたの心にも静かに灯る“祈り”がありますように(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<『愛と裏切りの戦士〜セオリ号泣!スサノ愛の死』>
【資料/『セーラームーン』に浮かれていた】
http://www.style.fm/as/05_column/animesama24.shtml
[シーン1:合戦!飛騨山中にて】
■SE/合戦の音
『ひるむな〜!』
『我ら邪馬台国には青銅の剣がある!』
『兵として恥じぬ戦いをせよ!』
オレの名は、スサノ。
女王の命を受け、はるばる備前から飛騨まで出向いてきた。
備前から伊都国(いとこく)の港へ進み、船で越前まで北上。
越国から先は険しい山々を越えて、飛騨へたどり着いた。
わざわざ二十日と一夜(はつかとひとよ)をかけて、
この山深い飛騨まで行軍するのには理由がある。
もちろん、飛騨の豊富な資源、鉄鉱石が眠る山も、
米や農作物もすべて手に入れること。
だが、今回の制圧にはもっと大きな理由がある。
卑弥呼。
この最強にして冷徹な女王にとって、飛騨王朝はほろぼすべき仇敵なのだ。
飛騨王朝の女王・スクナと卑弥呼との間にどんな因縁があるのかは知らぬ。
魏の国より授かった金印が示す通り、卑弥呼は倭の国々の王。
伊都も末盧も出雲も、尾張でさえ邪馬台国に服属している。
だが、スクナだけが、使者を退けたのだ。
そのうえ、敵対する狗奴国と交易までしている。
われらへの当てつけか?
まつろわぬ者どもへの見せしめという意味もあり、
このスサノの軍団を飛騨へ送ったのだ。
■SE/虫の声 or 森の鳥の声
飛騨の伏兵どもは、山岳の地形を生かして攻めてくる。
兵器は木製の槍や弓だが、身軽な装備で飛ぶように走り、まるで歯が立たない。
我が軍は鉄や青銅剣で武装しているというのに、何人もの兵が命を落とした。
やつらに気づかれぬよう、気配を殺しながら森の中をゆっくりと進む。
ん?
やけに静かだ。
いや、静かすぎる。
さっきからまったく人と出会わない。
■SE/罠の音/バサッ!
「しまった!罠だ!」
落とし穴の中に無数の竹槍が上を向いて埋められている。
兵士たちの絶叫が耳を貫く。
麻布が血で染まる。
なんとか・・・すんでのところで穴の横土に剣を刺した。
だ、だめだ。
穴は壺の形になっている。
地上には上がれない。
もはやこれまで・・・
[シーン2:セオリの治療小屋】
■SE/森の夜
『う・・・ううう』
「ああ、目が覚めたのね」
『か、からだが・・・』
「口がきけるっことは、まあ、死なずにすみそうね」
『なにをしている・・・』
「見てわからないの?あんたたちを治療してるのよ」
『きさまは・・・』
「飛騨の薬師よ」
『薬師だと・・・?』
「そうよ。名前はセオリ。祓戸大神、瀬織津姫から名付けられたの」
『ここはどこだ・・・?』
「私の治療小屋。怪我人を手当してる」
『なん・・・だと?』
「あんたたちの仲間も助かりそうな者は運んどいたから」
『な、なぜだ・・・?』
「さっきから質問ばっかりね。
怪我人や病人を助けるのが私の役目なの!」
『オレたちは、飛騨を制圧しにきたんだぞ』
「知ってる」
『なに!?どういうことだ・・』
「くどい!私は薬師だって言ってるでしょ!
怪我人に敵も味方もないわ」
『じゃあ、なんであんな酷い罠を仕掛けたんだ・・』
「あれは私じゃない!
人を傷つけるようなものを私は作らない!」
『なら・・だれが?』
「あんたたちを憎んでいる、急進派の兵よ」
『そうか・・』
「ちょっと!」
『な、なんだ・・?』
「私、ちゃんと名乗ったのよ。あんたも兵なら名乗りなさい」
『わ、わるかった。
オレの名は、スサノ。
おわかりのように、荒ぶる神、素戔嗚尊から名付けられた邪馬台国の兵だ』
「荒ぶる神と祓戸大神。ふん。どこにも接点はないわね」
『ああ、そうだな』
「その傷、両足を貫通してるから、薬草が切れてきたら、
また激痛がやってくると思うけど」
『なに・・?』
「はい、これ飲んで。ヨモギとドクダミを煎じた薬。
傷口には化膿しないよう薬草を貼っといたから。
今のうちにもう一度眠っときなさい」
『何度も言うが、オレたちはお前達を殺しにきたんだぞ』
「くどい。わかってるって言ったでしょ。
殺したきゃ、怪我が治ってから私を殺しなさい」
「こ、これが・・・飛騨の矜恃(きょうじ)か」
[シーン3:治療小屋の朝】
■SE/森の朝の環境音
『朝・・・
あいつは・・・薬師は・・・セオリはどこいった?』
■SE/扉を開けて外へ出ると水浴びの音
『行水・・・?』
そういえば飛騨王朝は位山の加護で暮らしていると聞いた。
オレの目的は、飛騨を従属させることだけではない。
卑弥呼から命じられたのは、白銀の水晶を奪うこと。
飛騨王朝に代々伝わる聖なる力の源だという。
薬師ということは、薬草だけでなく呪術を使った治療もしているだろう。
白銀の水晶について何もしらないとは思えない。
この女を利用すれば・・・
「なんとか歩けるようになったか」
『はっ!え?
ば、ばか・・・早く服を着ろ!』
「なに照れてるのよ。あんたの血まみれの麻布だって洗ってあげたのに」
『それとこれとは・・
なに?オマエ、オレの体を見たのか』
「見るもなにも、体じゅうさわんないと治療なんてできないでしょ」
『な・・・』
「くだらないこと言ってないで。
歩けるようになったのなら薬草採取を手伝って」
『わかった。オレにも些少なら薬草の知識はある。
ほしいものがあれば言え』
「じゃあ・・クサリヘビモドキを探して」
『わかった。必ず見つけてやる』
「期待せずに待ってるわ」
クサリヘビモドキは幻の薬草。
解毒・止血・鎮痛作用があり、見つけることはとても難しい。
それからしばらくの間、オレとオレの部下はこの小屋ですごした。
歴戦の勇者だった部下たちも、飛騨人に対する憎しみは消え、
目を閉じて傷ついた身をまかせている。
『ここには誰もこないのか?
村人も、兵も』
「ここは霊峰位山。怪我人と病人以外は誰も入れないわ」
『位山・・ではこの上が・・』
「女王・スクナの神殿よ」
スクナの神殿・・
ではそこに白銀の水晶が・・・
よこしまな考えが脳裏をよぎったとき、
責めるような部下たちの視線がオレを射抜いた。
[シーン5:最後の夜】
■SE/森の小鳥(朝の環境音)
セオリたちが薬草を採りに出かけた早朝。
オレは位山を登り始めた。
女王スクナの神殿へいき、白銀の水晶を手に入れる。
状況次第では女王を殺めても・・
これは、遠く備前から卑弥呼がオレに送ってくる、抗えぬ波動。
邪悪な心がオレを支配したまさにそのとき。
「スサノ〜!」
治療小屋の方角からセオリの悲鳴が聞こえてきた。
『セオリ!』
卑弥呼の邪心を振り払い、オレはセオリの元へ走る。
やがて、治療小屋の前に現れた風景は・・・
『お前たちは・・・』
『スサノ、なにをしている!卑弥呼さまがお怒りだぞ。
麓にいた、飛騨の兵どもは我らが全員片付けた。
さあ、女王スクナのもとへ』
こいつらは邪馬台国の軍団『邪鬼』。
怖れを知らぬ、殺人集団だ。
『セ、セオリはどこだ!?』
「スサノ!」
声は部下たちが組む円陣の中から。
セオリを守るように、部下たちは立ったまま、息絶えていた。
『斬ったのか・・オレの部下を』
『飛騨の女を庇う裏切り者どもだ』
『斬ったのかと訊いている』
『ああ、一刀両断にした。次はその女だ』
■SE/剣を抜く音「シャキーン」
『逃げろ!セオリ』
「いやよ!まだ小屋の中に怪我人がいるもの」
『それは邪馬台国の兵だろう。
お前を殺そうとした連中だぞ』
「私を助けてくれた英雄よ」
『ホントに強情な女だな』
「あなたこそ、聞き分けのないオトコ」
『いいか!皆のもの、よく聞け!
オレは邪馬台国の戦士、スサノだ。
この女、セオリに手をかけることは、
命にかえてもオレが許さん!』
『飛騨ごときに洗脳されおって』
■SE/激しい戦闘の音
「スサノ!」
『はぁはぁはぁ・・・もう・・大丈夫だ・・全員斬った。
助けたりしちゃ、だめだぞ』
「しっかりして!」
『すまん。
クサリヘビモドキを採ってくる約束・・・
守れそうもない』
「ばか言わないで!」
『なあ、セオリ。お願いがある・・』
「もうしゃべっちゃだめ!薬草とってくるから!」
『いくな。いかないでほしい。
このまま、お前の腕の中にいさせてくれ』
「わかった」
『・・愛してる』
「知ってる」
『ありがとう』
「愛してる」
■SE/虫の音
セオリは、オレとオレの部下を埋葬したあと、
穢れを祓う祝詞で送ってくれた。
「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神
筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に
禊ぎ祓へ給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神等
諸々の禍事 罪 穢 有らむをば
祓へ給ひ清め給へと 白すことを聞こし召せと 恐み恐みも白す」
「スサノの魂よ、穢れのない天へ登りなさい。
愛してる」
Sat, 22 Mar 2025 - 12min - 87 - ボイスドラマ「さるぼぼ〜魂を導くもの2」
飛騨高山の町に伝わる「さるぼぼ」。古くから、この土地の人々にとって大切なお守りとされてきたその存在は、時に愛を見守り、時に魂を導く不思議な力を持つといわれています。
今回の物語は、そんな「さるぼぼ」が紡ぐ、人と人との縁のお話です。過去に傷つき、喪失の悲しみに暮れた女性。新たな命を抱えながら帰ってきた妹。そして、彼女たちのもとに現れた、小さな命。
この物語の舞台は、飛騨高山の古い町並みにある酒蔵。伝統と歴史の香るこの町で、人の想いが時を超えてつながる奇跡を・・・(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:異世界のさるぼぼ】
■SE/夢の中の不思議な環境音
『ぼくはだぁれ?』
『どこにいけばいいの・・・』
『こわいよぉ・・・』
「どうしたの?」
「かわいそうに」
「もう大丈夫だよ」
『ぼく・・・』
「明るい方へいくのよ。
いい?明るい方へいきなさい」
『うん』
冥界を漂っていた小さな灯火は、光の中へ消えていった・・
[シーン2:古い町並にある造り酒蔵にて】
■SE/酒蔵の環境音
(※宮ノ下さん)
『あんまり無理するんじゃないぞ』
「大丈夫だって、パパ。
杜氏が新酒の時期に休んでられないでしょ」
(※宮ノ下さん)
『だけど、おまえの体・・・』
「いいの!」
悲しくなるから言わないで。
私の名前は、瀬織(セオリ)。
おうちは古い町並にある蔵元。
10年前に酒蔵の蔵人(くらびと)になった。
そのとき世に出した大吟醸が「瀬織津姫」という銘柄。
SNSで人気となり、今でも女性を中心に売れ続けている。
それからの10年間は、まさに高山の街を駆け抜けた嵐のよう。
若くして頭(かしら)となった蔵人と、結婚して懐妊。
でも、赤ちゃんが生まれてくることはなく、
失意の中、夫も病気でこの世を去った。
私は、悲しみを忘れるために、酒造りに精を出し、
去年やっと杜氏になった。
(※宮ノ下さん)
『今年の瀬織津姫、いつになくフルーティだな』
「この夏は、ホント、暑かったもんねえ」
(※宮ノ下さん)
『猛暑に耐えた酒米(さかまい)からのご褒美だな』
「逆よ。感謝するのは私たちでしょ」
秋風が空気を冷まして、古い町並を駆け抜けていく。
できあがった新酒を囲んで束の間の休息。
と、そのとき。
静寂を破って、酒蔵の引き戸が開いた。
■SE/酒蔵の入口〜引き戸が開く音
『ただいまぁ』
「エミリ!」
(※宮ノ下さん)
『なにしに帰ってきた』
とたんにパパの顔が曇る。
顔を出したのは、5年前、家出同然に家を飛び出した妹、エミリ。
酒蔵を覗き込んで誰もいないことを確かめてから、入ってくる。
その背中には・・
「どうしたの?その子」
『どうしたもなにも。生まれたからここにいるんじゃない』
(※宮ノ下さん)
『ち、ち、父親はどこだ?』
『いないわよ、そんなもん』
(※宮ノ下さん)
『なんだと』
「パパ、いいからエミリと2人にして」
(※宮ノ下さん)
『わ、わかった・・』
会所場(かいしょば)という酒蔵の休憩所へエミリを連れていく。
5年ぶりに顔を合わせた姉妹は、1時間以上も話し合った。
エミリは東京の雑貨屋で働き始めてすぐ、
知り合った男性と暮らすようになったらしい。
だが、意見の相違で2人は彼は去り、別れてから懐妊を知ったという。
まあ、きっと、エミリのわがままが原因だろうな。
ということで、シングルマザーとなった我が妹は
この酒蔵に戻ってきたってわけ。
最初、苦虫を噛み潰していたパパも、かいがいしく孫の面倒をみている。
おむつの替え方なんて、手慣れたもんだ。
ああ、こうやって、私とエミリも世話をやいてもらったのね。
ちょっとだけ恥ずかしいな。
■SE/赤ちゃんの鳴き声
『よ〜しよし、泣かないでよ』
「私にかして」
『お姉ちゃん、すごい』
「なにが?」
『この子、マコト、お姉ちゃんが抱っこすると絶対泣き止むんだもん』
「たまたまでしょ」
『おねえちゃんがママみたい』
「ばか言わないで」
とは言ったものの、この愛しさは特別。
ハイハイするようになっても、
マコトは私のあとをついてまわった。
[シーン3:酒蔵から少し離れた公園】
■SE/公園の環境音(虫の声)
エミリが帰ってきてから3年。
小さかったマコトは、愛くるしい男の子に成長した。
私とエミリとマコト。
3人でよく公園に来て遊ぶ。
『おばちゃ〜ん』
「やめてよ、マコ。おばちゃんじゃないでしょ。
セオリ。セオリって呼んで」
『わかった』
まあ、続柄はおばちゃんだけど・・
『そういえばマコって、ママのお腹にいたときのこと、覚えてる?』
『うん、覚えてるよ』
「へえ〜。胎内記憶ってやつ?」
『ママのお腹に入る前のこと』
『え?うそ!?』
『ボク、セオリおばちゃんのお腹にいたんだよ』
「え・・」
『そのあと真っ暗な中に放り出されちゃっやの』
「えっ」
『だけど、さるぼぼが明るい方へいきなさい、って』
「そんな・・・」
あっというまに涙腺が・・・崩壊。
妹を見ると・・・やだ、嗚咽してる。
あのときの・・あの子・・
さるぼぼの私が導いた小さな魂。
あれは・・・私の子だったの?
愛しさがこみ上げてきて止まらない。
マコトの前に広がる、
この先ずうっと続いていく明るい道。
いつまでも、いつまでも明るく照らしてあげたい。
エミリと私とマコト。
3人で、手をつないだまま、いつまでもいつまでも抱き合っていた・・・
Fri, 21 Mar 2025 - 06min - 86 - ボイスドラマ「異世界さるぼぼ〜誰もいない高山」
高山の古い町並み、観光客で賑わう通り、そして代々続く酒蔵。
そんな飛騨高山の風景の中で生まれたひとつの物語が、いま幕を開けます。「異世界さるぼぼ〜誰もいない高山」は、家業を継ぐか、夢を追うか揺れる主人公・瀬織が、ある日突然、異世界へと迷い込み、さるぼぼの姿になってしまう物語。
誰もいない町で出会ったのは、さまよえる魂たち。彼らの想いを結びながら、瀬織は「自分の役目」と向き合うことになります。飛騨高山を舞台にした、この不思議で心温まる旅を、どうぞお楽しみください。
本作は「Hit’s Me Up!」の公式サイトや各種Podcastプラットフォームでお聴きいただけます。また、「小説家になろう」でも公開中です。
耳で楽しむもよし、文字で味わうもよし。あなたの好きな形で、高山の異世界へ旅立ってみませんか?(CV:桑木栄美里)【ストーリー】
[シーン1:午後、夕暮れの古い町並】
■SE/古い町並の環境音
「私、ぜ〜ったいに、東京へ行く!」
スマホを握りしめて、絶叫する私。
古い町並。土産物屋さんの前。
外国人観光客たちが、一斉に私の方を見る。
やだ、みんな笑ってる。
んもう〜!
パパったら、私が家業の酒蔵を継ぐ、勝手に決めてるんだから。
大学卒業したら、高山を出る、って、ずう〜っと言ってるのに。
でもいかん、ここは、観光地のどまんなかだった・・
バツが悪そうに、伏せた顔を、ゆっくりあげると・・・
軒先のさるぼぼと目が合った。
あ、いや。
さるぼぼは顔がないから、そんな気がしただけ。
私の方を見てた観光客たちは、みんな自分の時間に戻っていた。
私の名前は、瀬織(セオリ)。
パパが名付けたんだけど、瀬織津姫、っていう女神からとったんだって。
なんでも川に住んで、穢れを祓ってくれる水の神様らしい。
さっき家業は酒蔵って言ったけど、
うちは、結構いいお酒を作ってるんだ。
スッキリフルーティな吟醸酒は若い人たちにも人気あるんだよ。
ま、アニメのキャラと同じ銘柄だからだけど。
パパは私に家業を継いで、杜氏(とうじ)になれって言ってんだよね。
最近じゃ、女性杜氏ってのも増えてるみたいだけど。
ほら、なんてったっけ?
るみ子の酒?
そうそう、そういうの。
あ〜あ、もう。
早く家に帰って、突っ走ってるパパを説得しなきゃ。
LINE。LINE、と。
”今から帰るからちゃんと話そ”
既読、つかねーじゃん。んっとに。
[シーン2:朝、高山市街地の自宅】
■SE/小鳥のさえずり〜朝の環境音(自然の音)
ふぁ〜、よく寝たぁ〜
もう7時かあ。
あれ?
今日何曜日だっけ?
なんか、いつものガヤガヤがない。
ん?窓の外、だぁれもいないじゃん。
いつもなら朝市からの観光客でけっこう賑わってるのに。
いや、それよりも・・・
なんじゃ、こりゃ〜!?
窓ガラスに映っていたのは・・
赤い顔に黒い頭巾、かすりのちゃんちゃんこに黒い腹掛け・・・
さるぼぼ〜!?
な、な・・・
なろうサイトじゃあるまいし、異世界行ったらさるぼぼだったぁ!?
だめだ、頭痛くなってきた。
こんな姿、パパママに見られたら・・・
ん?でも?
パパとママはどこ?
まさか、2人も?
さるぼぼの私は、空いている隙間から器用にすりぬけてキッチンへ。
あ、さるぼぼって宙を飛べるんだ。
だれもいない。
開いている勝手口から外へ出てみると・・・
街にも人っこ1人いなかった。
どういうこと?
急に恐怖が襲ってくる。
ひょっとして、この世界に、私ひとりだけしかいないの!?
しかもさるぼぼだし。
体はちっこくても、空飛ぶスピードはまあまあだったから、いろいろ行ってみた。
陣屋。市役所。宮川の朝市。
どこにも、だあれもいない。
観光客も、市民も。
必死で飛び回る。なのに・・
市役所にも、郵便局にも。HitsFMにさえ、人っこ1人いない。
途方に暮れる。
でも、顔がないから泣くこともできない。
そのとき、どこからか小さな泣き声が聴こえてきた・・
『助けて・・』
え?
どこ?
耳をすますと、声はだんだん大きくなってくる。
『だれか、助けて・・』
思わず、声のする方へ飛んでいくと・・・
『おとうさんが死んじゃう・・・助けて・・』
小さな女の子の魂が、助けを求めて泣いていた。
「きみはだぁれ?」
『私、死んだの・・』
え?
『去年、交通事故で・・』
そうなんだ・・
『おとうさんもおかあさんもすごく悲しんで、なにもできなくなっちゃった・・』
ええっ
『いまおとうさんは病気になって苦しんでる。このままじゃ死んじゃう・・』
「そっか・・・よし、じゃ、一緒にいこ」
『ありがとう・・』
なぜだかわからないけど、この子の手をひいて、消防署へ。
「いい、ようく聞いて。
私には見えないけど、あなたには見えるんでしょ。
消防署へ走っていって、救急車を呼ぶの」
『うん』
「一緒に乗ってって、おとうさんを助けてあげて」
『わかった』
自分でもよくわかってないはずなのに、
なにをすればいいのかが、ハッキリ理解できた。
もしかしたら、これが・・さるぼぼの役目?
さるぼぼは子どもと女性の守り神?
妙に腹落ちした気分になっていると、また、声が聴こえてきた・・・
今度はもっと小さな女の子の魂・・やっぱり泣いてる・・
『え〜んえ〜ん』
「どうしたの?痛いの?」
小さな人形のような手を握る。
すると、うっすらと、周りの人間たちが見えてきた。
なんてこと。
この子、実の父親から虐待されてる!
どうしよう。
すぐ近くで心配そうに見ている、若い男の子。
ああ、この男の子にまかせればいいんだ。
「心配しないで」
「もう大丈夫だから」
「さ、安心して眠って」
小さな魂は苦しみから解放されていった。
いま気づいたけど、この世界には、時間の感覚もないみたい。
だって、この女の子、瞬きする間に、もう中学生になってる。
あ、また声が・・・
『さるぼぼ、お願い』
今度はだれ?
大人の女性・・・?
30歳くらいかしら。
『怖いの』
え?なにが?
『あの人と一緒になるのが』
「あの人?だれ?」
「すごく優しい人。
優しい人だから、血のつながらない子を育ててる。
2人の絆に、私は入れない』
でも、好きなんでしょ
『好き。愛してる。一緒になりたい。
でも、まだ会ってもいないその娘から嫌われたらどうしよう。
明日、初めて会うのに』
ああ、それならきっと大丈夫
『ほんとう?』
うん。その娘もあなたのこと、もう好きだから
あなたの魂を、幼いその娘のイマジナリーママとつないであげる
『ありがとう』
魂を結びつける。
これもさるぼぼの役目なんだ。
と感傷に浸る間もなく、また声が・・・
『ぼく、ぼく・・・』
なんかヘンだ。
あ、これは・・・
『ぼくはなに・・・?』
生まれる前に命がなくなっちゃった子だ。
『ぼく、どこにいけばいいの・・・』
かわいそうに。
「もう大丈夫だよ」
『ぼく・・・』
近づくと、おかあさんが見える。
その横に・・・
おかあさんの妹かな。
いま、懐妊しようとしてる・・
「明るい方へいきなさい」
『うん』
最後に笑ってくれた・・・ような気がする・・
光の中へ消えていく小さな灯火。
それを見送って、私は自分の家に戻った。
代々続く酒蔵。
蒸気で白く濁った蔵に、新酒の香りがほのかに漂う。
え?
新酒?
ゆっくりと霧が晴れるように、蒸気が薄くなり、人影が現れた。
「パパ・・」
『おはよう。寝坊したのか?
どうだ瀬織、この香り。今年の新酒も、いい出来だろ』
あ、あれ?
私の手。戻ってる。
顔も。ああ、目も、鼻も、口もある。
『なに寝ぼけてるんだ。
さ、一緒に杉玉つくるぞ』
「パパ」
『なんだ、神妙な顔して』
「私、この酒蔵、継いでもいいよ」
『どういう風の吹き回しだい』
「なんか、自分が生きている意味とか、役目とか、考えちゃったんだ」
『ほお、そりゃすごいな』
「冗談じゃないよ。私の命、もっとちゃんと生かしてあげないと」
『ふうん。ま、気が変わらないことを祈ってるよ』
「もう〜」
『ははは』
口では醒めた言い方してるけど、パパの口元はゆるみっぱなし。
ふふ。
束の間の異世界転生。
戻ってきたら杜氏だった、なんて、小説家になれるかも。
軒に吊るされた杉玉が緑から茶色へと変わるころ、
老舗の酒蔵から新しい吟醸酒が発売された。
その名前は、『瀬織津姫』。
水を司る女神が、高山の清水を、優雅で芳醇な大吟醸に変えていった。
Fri, 21 Mar 2025 - 13min - 85 - ボイスドラマ「赤いトゥシューズ」
飛騨高山の夜、静寂の中で踊る赤いドレスの少女——「赤いトゥシューズ」は、現実と幻想の狭間を彷徨う彼女の心の旅路を描いています。
「Hit’s Me Up!」公式サイトをはじめ、SpotifyやAmazon、AppleなどのPodcastプラットフォーム、さらには「小説家になろう」にも掲載されている本作『赤いトゥシューズ』。
アンデルセン童話「赤い靴」から着想を得たこの物語は、愛と喪失、そして選択の先にある新たな運命を紡ぎます。
舞台は飛騨高山。幽玄な月の光に照らされながら、中橋の赤い欄干に沿って続く、赤いトゥシューズの軌跡——
この世界と、もうひとつの世界の狭間で、彼女は何を見つけるのか。
その結末を、ぜひ!(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[第1幕:夜更けの中橋(観光客も誰もいない夜更け)】
■SE/夜更けの環境音(宮川のせせらぎと虫の声)
■BGM/バレエ「白鳥の湖/情景」
■SE/夜明けの環境音(宮川のせせらぎと小鳥のさえずり)
十六夜の月。
午前2時。
昔でいう”丑三つ時”の中橋。
赤い欄干に挟まれた橋の真ん中で、彼女は踊り続ける。
赤いドレス。赤いトゥシューズ。
鬼気迫るダンスと、その目に宿る深い悲しみ。
誰もいないステージは、月の光に照らされて妖しく浮かび上がる。
暁が夜空を覆い隠すより前に、ダンスは終わり彼女は消えていった。
[第2幕:ホテルのレストラン】
■SE/レストランの環境音(準備の音)
「おはようございます!」
(※宮ノ下さん)
『おはよう!くそお、今日も君に負けた』
「ふふ。無理だと思うな。私より早く出勤するのは」
(※宮ノ下さん)
『なんでー?単にボクの(方)が低血圧だってことだろ』
うふふ・・・
寝てないからよ。
私には、恋人の彼にも言えない秘密がある。
パラレルワールド。
さっきまで私が踊っていたのは、もうひとつの世界。
その世界では、彼はもうこの世にいない。
1年前、交通事故であっけなく逝ってしまった。
元々は私、そっちの世界の住人。
彼とともに、東京の有名なバレエ団に所属するダンサーだった。
[第3幕:バレエ団(もうひとつの世界)】
■SE/バレエスタジオの環境音
公演を控え、夜遅くまで稽古漬けの毎日。
2人ともソリストだったから、寝ても覚めてもバレエしかなかった。
役は、誰もが知っている、オデットとジークフリート。
そして私は二役。
第三幕でオディールとなり、彼を誘惑する。
このとき、本当は黒い妖艶なドレスを纏うんだけど、
今回の舞台は赤。
演出家の案で、真紅のドレスになった。
誘惑や裏切りだけでなく、心の底に潜む情熱も表現しようということらしい。
こうして、赤いドレスと赤い靴の『黒鳥』ができあがった。
みんなには内緒だけど、ドレスも靴も彼からのプレゼント。
もっと情熱的に愛してほしい、ということかしら。
いまでも呼吸はぴったりなのに。
真意を尋ねる前に、彼は黄泉の国へ旅立っていった。
高山の実家へ帰っていた私を迎えに来て・・・
王子のいなくなったステージに、オデットは立てない。
枯れ果てた心には、涙すら出てこなかった。
[第4幕:世界を超えて/十六夜の中橋】
■SE/夜の環境音と宮川のせせらぎ
彼が事故に巻き込まれた中橋に毎日花を手向け、何時間も立ち尽くす。
ある十六夜の晩、私は夢遊病のように彷徨いながら欄干に手をかける。
足を上げて宮川に身を投げようと思った。
ところが。
着地したのは川面ではなく、中橋の上。
反対側の欄干からまた橋に戻ったんだ。
え?どういうこと?
そのとき、私の肩を誰かが叩いた。
(※宮ノ下さん)
『今日は遅番だったの?』
いつも耳にしていた声。
そして、振り返ると・・・
見覚えのある笑顔。
あ、あなた!?
どうして!?どうしてここにいるの!?どうして生きているの!?
(※宮ノ下さん)
『ひどいなあ。人をゾンビみたいに言わないでよ』
頭が追いつかない。
状況が理解できるまで、時間がかかった。
動揺を抑えなんとか気を落ち着かせる。
やがてわかったのは・・
パラレルワールド。
ここは彼が生きている世界。
交通事故に遭っていない世界。
別の次元なんだ。
じゃあまた、グラン・パ・ド・ドゥが踊れるの?
嬉しくて、涙が溢れた。
(※宮ノ下さん)
『なに?グラン・パ・ド・ドゥって』
え?
だって、2人で猛練習してきたじゃない。
違っていた。
彼と私の勤め先は高山市内のホテル。
それぞれ厨房とフロント係という役柄だ。
つまり、彼だけでなく、私もバレエをやってない。
パラレルワールドというのは、似て非なる世界。
どこかの段階で違う道を歩き始めた2人の世界なんだ。
でも、贅沢は言わない。
生きていてくれるだけで十分。
私を救ってくれた超神秘的な存在に感謝して、私はこちら側の住人となった。
だけど・・・
[第5幕:夜更けの中橋(観光客も誰もいない夜更け)】
■SE/夜更けの環境音(宮川のせせらぎと虫の声)
■BGM/バレエ「白鳥の湖/情景」
十六夜の晩になると私は、もう一度中橋の欄干を超える。
それは自分の意思ではなく、まるで夢遊病者のような感覚。
彼のいない世界で、踊り続ける赤いドレス。
止めたくても止められない赤い靴。
赤いドレス。赤いトゥシューズ。赤い欄干。
月の光に照らされる赤色が妖しの舞を踊る。
彼へのレクイエム。
瞳には、底なしの暗闇が宿っていた。
[第6幕:古い町並を歩くカップル】
■SE/古い町並の環境音(観光客の雑踏)
(※宮ノ下さん)
『バレエ団?』
「うん、クラシックバレエやってみたいの」
(※宮ノ下さん)
『年齢とか関係ないの?』
「ないよ、それに、小さい頃からの夢だったんだもん」
(※宮ノ下さん)
『へえ、しらなかったなあ。
でもいいんじゃない。やってみれば?』
「え?
あなたは?」
(※宮ノ下さん)
『いやいや、ボクはバレエって柄じゃないだろ』
そうか・・・
この世界では、彼も私も、バレエには一切関わってこなかったんだ。
頭ではわかっていても、なかなか気持ちを納得させられない。
だって私が愛していたのは、ジークフリートの彼。
いま厨房で、シェフを目指して働く彼を、私は本当に愛している?
[第7幕:夜更けの中橋(観光客も誰もいない夜更け)】
■SE/夜更けの環境音(宮川のせせらぎと虫の声)
■BGM/バレエ「白鳥の湖/情景」
中橋で踊る赤いドレスのダンサー。
その姿は、十六夜だけでなく、頻繁に現れるようになった。
悲しみを湛えた瞳。
だが、それは彼を失ったこととは違う苦しさだった。
ある日、気づいた。
自分を見つめる誰かの視線に。
ううん。もう、構わない。
見られたっていい。
どうせどっちの世界に私の愛したジークフリートはいないんだから。
赤い靴を履いて、私は踊り続ける。
足を切り落とされたって、きっと変わらない。
そのうち、視線の主が近くなっていることに気がついた。
でも、闇の中で姿は見えない。
悪魔ロットバルトかしら。
それでもいいわ。
だっていまの私はもう黒鳥、オディールなんだから。
[第8幕:ホテルのレストラン】
■SE/レストランの環境音(準備の音)
「おはよう」
(※宮ノ下さん)
『なんだか最近そっけないね』
「そう?」
(※宮ノ下さん)
『バレエのこと、気に障った?』
「ううん。体調がすぐれないの」
(※宮ノ下さん)
『そっか、お大事にね』
それが彼との最後のセリフだった。
いや、彼の身になにかが起きたわけではない。
本当に自然に、枯葉が枝から離れるように、遠い関係となった。
紅葉が山から降り始めていた。
[終幕:暁の中橋(観光客も誰もいない夜更け)】
■SE/夜更けの環境音(宮川のせせらぎと虫の声)
■BGM/バレエ「白鳥の湖/情景」
その日は十六夜だった。
赤いドレスを着て赤いトゥシューズで中橋へ降り立つ私。
そこへ1人の男性が近づいてくる。
誰?
まさか、あの人が・・・
もちろん、予想は外れる。
『ひさしぶり』
え?
『覚えてないと思うけど』
誰?
『バレエのキッズスクールで一緒だった・・・』
あ・・
『思い出してくれた?』
思い出した。
いつもペアを組んでいた男の子。
『中橋の赤いドレスのダンサーの噂聞いて』
噂になってたんだ・・
『すぐに君だと思った』
「え?どうして?」
『だって、君はいつも赤いドレスと赤いトゥシューズだったじゃないか』
「ああ、忘れてた・・」
そうだった。
私、赤い色が大好きで、いつも赤いドレスと赤いトゥーシューズ履いてた。
どうして、忘れてしまってたんだろう。
『僕は今でもあそこにいるんだ』
知らなかった・・・
地元のバレエ団なんて、眼中になかったから。
『今度、うちのスタジオへ遊びに来ないかい』
行きたい・・
無性に。
悲しみに囚われた黒鳥なんかじゃなくて、オデットとして。
悪魔の呪いで白鳥に変えられたオデット。
その呪いを解くことができるのは、真実の愛を誓う男性だけ。
まさか彼がそうだなんて、言うつもりはないんだけど・・
私はこの世界の住人だから。
本当の愛は、きっとここにしかない。
仄かな希望の灯りが、私を暗闇から救ってくれると信じて。
Fri, 21 Mar 2025 - 10min - 84 - ボイスドラマ「紅影参上」
飛騨高山の街には、時代を超えて語られる伝説がある。
木々に囲まれたこの地には、飛騨の匠と呼ばれる技術者たちが住み、歴史の流れに沿って幾多の名工を輩出してきた。しかし、その影にもう一つの顔があったことを知る者は少ない。かつて飛騨の山々を駆け巡った忍びの一族――影一族。
彼らは歴史の裏で動き続け、時の権力者のもとでその技を振るってきた。金森長近が築いた高山城にも、影一族の手が加わっていたと囁かれる。そして、時は流れ現代へ。
かつての影は姿を消したかに見えたが、高山の匠たちの手によって創られたアートの中に、その魂は受け継がれている。声優であり、木工アーティストとして活動する桑木栄美里。彼女の作品は、ただのアートではない。それは時代を超えた歴史の鍵となるものだった。
だが、それを狙う者たちがいた――。
飛騨高山を舞台に繰り広げられる、忍びと匠の物語(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:戦国時代のモノローグ】
■SE/馬の蹄の音
豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎と呼ばれていた頃、
飛騨には戦国時代から続く「影」一族という忍者集団がいた。
彼らは、
伊賀・甲賀とともに、忍者を重用した木下藤吉郎に仕え、
独自の文化を作っていった。
影一族の表の顔は、飛騨の伝統的な木工技術者「匠」。
金森長近が秀吉の命で飛騨に赴いたとき、
彼らは高山城の建設にも関わった。
その後、
江戸幕府、明治政府、と政権は変わるたび
その裏には常に影一族の暗躍があったと言われている。
[シーン2:HitsFMのスタジオ】
■SE/「ごきげん カバラジオ」タイトルコール
『かば ゆうすけ の ごきげん カバ ラジオ!
今日は素敵なゲストをお迎えしています!
声優の桑木栄美里さんです!』
『おはにちばんは!桑木栄美里です!』
『今日はよろしくお願いします!』
私は、声優でありながら
”飛騨の匠”=木工アーティストとしても活動する桑木栄美里。
さらに、もうひとつ裏の名前も持っている
その名は、紅影。
そう、飛騨忍者『影一族』のくの一なのである。
影一族は、政府直轄の組織『SHINOBI』に所属する飛騨の忍者集団。
今日は、SHINOBIの命である人物を探っていた。
高山で活躍中のデザイナー、かばゆうすけ。
ここHitsFMで番組を持つ人気ナビゲーターだ。
しかしてその実態は・・
美術品専門の犯罪組織『ゴーアヘッド・ブランシュ』の影のリーダー!
と、SHINOBIは睨んでいる。
私が今日ゲストで招かれたのも、
かばゆうすけの実態を探るためだ。
『栄美里さんは、声優であると同時にアーティストでもあるんですね』
『はい、高山市内にアトリエを持っています』
『いまバズってるものがあるとか』
『金森長近公の生誕500年を記念して、
1/100スケールで作った高山城ですね』
『どうして高山城を作ろうと思ったんですか?』
『当時、城を中心に飛騨の人たちがどんな生活をしてたのか。
すっごく興味があって、それでまず城の復刻をしてみたかったんです』
『もう少し詳しく教えてください』
お、さっそくジャブを打ってきたな。
いま、私が作った木工アート、1/100スケールの高山城は、
飛騨高山まちの博物館で展示されている。
『どんなところにこだわったんですか?』
『そうですねぇ、一番時間をかけたのは、本丸と二の丸の再現ですね。
当時の匠たちが使用した木材と建築技術を忠実に再現して、
当時の柱や梁、瓦屋根の細部まで作りました。
木材の質感や組み方は、飛騨の伝統技法「寄木(よせぎ)細工」や
「墨付け」と呼ばれる技術を使用しています」
『すごすぎますね!
なんか聞いた話だと、技術的な部分だけじゃなく、ペルソナも考えたとか』
『はい。
当時の匠たちがどのように生活し、どのように城の建築に関わったか。
そんなエピソードも考えながら、ジオラマで表現しました』
『そんな素晴らしい作品だと、時価にするとすごい金額でしょうね』
おっと、いきなり本丸に攻め込んできたな。
こんな答えだとどう切り返してくる?
『売り物ではないですから。
あ、でも、まあ、あえて換算すると1億円くらいかな』
『い、一億!?』
『コレクター向けのオークションだともっといくでしょうね。
2億とか3億とか』
『いやあ、すごいなあ』
『でも、いま言ったように非売品ですから。
コレクターがいくら積もうとも、手にすることは不可能ですわ』
『なるほど。
それにしても、栄美里さんのアートって、どうしてこんなに人気なんですか?』
ふふ。そろそろ、最後の撒き餌を巻いてみるか。
『実は、特別な仕掛けが・・』
『え?特別な仕掛け!?』
『あ、いえ。なんでもありません。
忘れてください』
『特別な仕掛けってなんですか?』
よしよし、食いついてきたな。
ここは適当にごまかしながら、あとは敵の動きを待つとするか。
番組終了後、インスタ用に
かばゆうすけと2ショットの写真を撮る。
それを「影送りの術」を使って仲間に送った。
スタジオの外には、編成部長の名を借りた影一族の長(おさ)
白影こと宮ノ下浩一がスタンバイしている。
白影ともにこやかに握手をして、かばゆうすけはスタジオをあとにした。
[シーン3:飛騨高山まちの博物館】
■SE/夜イメージの環境音(虫の声やフクロウの声)
その夜。
飛騨高山まちの博物館。
特別展示室。金森長近特別展。
強化ガラスで覆われた私の作品、1/100スケールの高山城。
美術品窃盗団に餌を投げ、誘き出した。
あとは私と白影が張り巡らせた罠で、一網打尽にする。
隠れ身の術で壁と同化した白影と私の前に
ゆっくりとシルエットが近づいてきた。
警報が鳴らない。
まあ当然、そのくらいのことは想定内だが。
少しずつ伸びる影。
あのシルエットは・・
かばゆうすけじゃない。
撒菱の床の上。
一歩足を踏み入れたとき、私は手裏剣を投げる。
命中。
ん?
なぜ動じない?
防弾スーツか?
突如赤外線センサーが私と白影の姿を浮き上がらせる。
しまった!
まわりから数人の窃盗団が現れ、私たちの逃げ道を封じた。
やつら、我々より先にここにいたというのか!?
まるで草のように。
どうやら罠にかかったのは、我々の方らしい。
彼らは素早く動き、私たちの身動きを封じようとした。
白影が撒菱を撒き、私は手裏剣を投げて抵抗したが、数が多すぎる。
もはやこれまで。
その時だった。
突然、我々を取り囲んだ窃盗団が1人ずつ床にくずれる。
なに?
強い風が吹き抜けたかのように、窃盗団が薙ぎ倒されると。
後ろに立っているのは、手裏剣を手にした黒装束の集団。
その中から全身黒づくめのかばゆうすけが現れた。
『遅くなってごめんね』
え?
『まさか、ゴーアヘッド・アッシュって忍者集団だったの?』
『影一族とは別の系譜だが・・』
かばゆうすけが説明する。
影一族は、幕府、政府直属の忍者集団。
だが飛騨には、政府に属しないもうひとつの忍者集団があった。
彼らはゴーアヘッド・アッシュとして、
飛騨の文化財やアートを守ってきたという。
『さあ、仕上げをしよう』
『仕上げ?』
『窃盗団の元締めをつかまえないと』
『そうだな』
『行くぞ!』
『わかった!』
スタジオでの笑顔は消え、精悍な表情。
固く握手を交わした我ら3人は美術館をあとにする。
街灯のあかりが3つの影をつないでいた・・・
Thu, 20 Mar 2025 - 09min - 83 - ボイスドラマ「TACEL」
飛騨高山の街には、古き良き伝統と、未知の未来が共存している。
そんなこの町の片隅で、私は「彼女」に再び出会った。5歳のとき、最愛の親友を事故で失った——はずだった。
でも、高校生になった私は、彼女とそっくりな転校生と再会する。
その名は「ミア」。
彼女はなぜ、ここにいるのか?
どうして、過去を知らないのか?市役所の地下15階に隠された、政府の極秘機関「TACEL」。
そこで私は、科学の禁断の扉を開けてしまう。バイオテクノロジー、ナノセル技術、再構築された生命。
倫理を超えた「未来」の向こうにあるものとは?この物語は、架空の世界の話でありながら、
私たちがいつか直面するかもしれない「現実」の一端かもしれない。さあ、物語の扉を開いてほしい。
飛騨高山の夜風とともに——(CV:桑木栄美里)【ストーリー】
[シーン1:幼稚園時代】
■SE/急ブレーキの音
「いやぁ!ピリカぁ!」
5歳のとき、親友が事故でこの世を去った。
その年齢(とし)で親友と言うのはおかしいかもしれないけど・・
私にとって、初めてできた友だちがピリカ。
幼稚園で、私とピリカはいつも一緒だった。
ママの迎えが遅くなったとき、
ピリカはピリカのママと一緒に待っててくれる。
お休みの日は、ピリカのおうちでバーベキュー。
フウフウしながら、2人で分厚い肉を食べたっけ。
きっとこの先、小学校も、中学、高校も
ずうっとピリカと一緒にいられると思ってた。
なのに・・。
このことがあってから、私の心から笑顔が消えた。
顔を上げて誰かと話すこともできない。
友だちを作るのが怖くなった。
ピリカの家族が遠くへ引っ越していっても
目を閉じると、見えてくるのはピリカの笑顔。
聴こえてくるのは透き通った笑い声。
それを、急ブレーキの音が消していく。
毎日毎日、この繰り返し。
きっと、一生これが続いていくのだろう。
私は、トラウマに囚われていた。
[シーン2:高校時代】
■SE/学校のチャイム
中学から高校へ進学しても、トラウマは消えていなかった。
心療内科へ通っているけど、改善の兆しは見られない。
そんなある日、
■SE/教室の環境音〜扉が開く
(※宮ノ下さん)
『席について。今日は転校生を紹介するからな』
ふうん。そうなんだ。
なんの興味もなく、いつものように窓の外を眺める私。
頭の後ろ、黒板の方から、聴き覚えのある声が響いてきた。
『ミアといいます。よろしくお願いします』
えっ?
先生の横に立っていたのは、忘れようにも忘れられない顔。
ピリカ!
幼い表情はそのままで、高校生になったピリカが立っていた。
黒板に書かれたフルネーム。
知らない苗字。知らない名前だけど・・
「美」しくて「愛」らしい・・『ミア』という名前にはなぜか惹かれるものがあった。
私は、彼女を見つめて呆然とする。
瞳からはとめどなく涙が溢れてきた。
慌てて机に顔を伏せる。
その日の授業は、なにも頭に入ってこなかった。
[シーン3:放課後】
■SE/学校のチャイム〜放課後の環境音
放課後。
頭の中が混乱したまま校門を出ると、
私の横をミアの自転車が追い抜いていった。
途中まで同じ道。
ってか、ほとんどの学生は万人橋まで一緒だ。
橋を渡ったところの信号を左へ。
ここまでは私と同じルート。
尾行してるわけじゃないけど、少し距離を保って彼女のあとを走る。
ママがうちのトイプーを連れてくトリミングルームを越え、
パパいきつけの理容店も過ぎた。
うわあ、これってうちの方角じゃん。
セレモニーホールを越えたところでミアは自転車を停めて周りを見渡す。
私はちょうど電柱の影で見えなかったから、
また安心したように走り出した。
次の角を右へ。
そっちは市役所の方だよなあ。
ミアは市役所の自転車置き場に自転車を停め、中に入っていった。
なんだろう?
転校の書類とかとりにきたのかな?
なぜか私は気になり、自転車置き場が見える路地でずうっと待っていた。
なのに。
1時間経っても2時間経っても、ミアは出てこなかった。
夕方の5時。あと15分で市役所は閉まってしまう。
しびれを切らした私は、とうとう市役所の中へ。
でも・・
ミアの姿はどこにもなかった。
エレベータも動いていない。
その中の1基だけ、階数の数字が点滅していた。
[シーン4:翌日の放課後】
■SE/学校のチャイム〜教室の環境音
翌日。
どうにもミアの行動が気になって仕方ない。
今まで、誰とも関わらず、何にも興味を持たずに生きてきたのが嘘のように
脳が活性化している。
「ミア、よろしくね。エミリだよ」
自分から誰かに声をかけるのなんて、何年ぶりだろう。
『うん、よろしくね。ミアよ。あ、昨日自己紹介したっけ』
ミアは屈託のない笑顔で答える。
「ミアはどこに住んでるの?」
『市内よ。エミリは?』
「私も市内」
って、市内に決まってるじゃん。
高山ってどんだけ広い町だと思ってんの。
まあ、いいや。
「いつか、おうちに遊びに行ってもいい?」
『嬉しい。ああ、エミリのおうちにも行きたいな』
「そっか。じゃあ今度」
だめでしょ。
ミアの顔を見たら、きっとママも青ざめちゃう。
「一緒に帰ろうか?」
『ありがとう。でも私、今日塾だから、お先にね』
そう言って、そそくさと教室を出ていく。
私はあせらず、席に座って考える。
きっとミアは、今日も市役所へ行くんじゃないかな。
よし。
私は学校を出て、別ルートを猛ダッシュ。
桜山八幡宮の参道を通り、先回りして市役所へ。
ミアとは反対側から中に入り、柱の影からじっと待つ。
ほどなくしてミアが入ってきた。
セーラー服のまま待合の椅子に座り、じっとエレベータを見てる。
ロビーに誰もいなくなったとき、ミアは立ち上がった。
エレベータに近づき、ボタンを押して乗り込む。
扉がしまったエレベータは階数表示が点滅し始めた。
どういうこと?
故障?
ミアがいなくなったエレベータホールで立ちつくす私。
そのとき、突然後ろから、肩を叩かれた。
(※宮ノ下さん)
『なにしてるんだい?』
「きゃあ!」
(※宮ノ下さん)
『エミリ』
「せ、先生!」
立っていたのは、担任の教師。
でもいつもの表情ではなく、笑い方が怖い。
(※宮ノ下さん)
「遅くなる前に説明するから、一緒についてきてくれる?」
そういった瞬間、玄関の扉が閉められた。
5時15分になったんだ。
(※宮ノ下さん)
「さ、エレベータに乗って」
扉が開き、担任は有無を言わせぬ圧力で
私を先にエレベータに乗せた。
慣れた手つきでカードキーを空中へかざす。
すると・・
なんということ。扉の反対側が開き、中に別のエレベータが現れた。
うそ!?
そっちへ乗り移れと、目で合図する。
ちょっと、先生。怖いって。
(※宮ノ下さん)
『シャドウエレベータだよ』
そんな、昭和っぽいネーミングあり?
もう一度カードキーをかざすと、エレベータは降下し始める。
地下1階、2階、3階・・・
え?
どんだけ降りてくの?
ってか、こんなの市役所の中にいつ誰がつくったの!?
地下15階を表示したところで、エレベータは停まり、扉が開いた。
「ミア!?」
そう。エレベータの前で待っていたのは、ミアだった。
『やだなあ、2日も連続で私を尾けるなんて』
「ど、どういうこと!?これって」
『私から説明するわ』
担任を制してミアが語り出す。
その内容は、想像をはるかに超えていた。
まず、この場所。この部屋。
ここは、高山市役所の地下15階にある
政府のAI秘密研究組織
Takayama AI Cyber Electronic Labo、略してTACEL(ターセル)。
せ、政府〜!?うっそぉ!
見たこともないような無機質な銀色の壁。
壁全体が超高性能ディスプレイで
施設内部の全データを映し出せるんだって。
床は、一見すると透明なガラスみたい。
でもよく見ると無数のナノマシンが休むことなく動き回っている。
人が歩くたびに床の色やテクスチャが変わり、柔らかな振動が足元に伝わってきた。
まるで床そのものが生きていて、訪問者を見守っているかのような感覚。
部屋の中央には、円形のプラットフォーム。
周囲にはホログラムが浮かび上がっている。
そのホログラムは・・・ピリカ!
『ナノセル・リコンストラクションというバイオサイエンスよ』
なに、それ〜!?
『死後の細胞組織を完全に再生成する新しい技術』
「クローンってこと?」
『違う。細胞をナノレベルで再構成するの。完全に新しい生命体を生み出すのよ』
「細胞・・」
『そう。私は亡くなったピリカの細胞から生まれたけど、別人格の人間』
「そんな・・」
『5歳のときにここで再構築され、今まで育ててもらったの。
ごめんね。黙っていて』
私は驚きよりも、ピリカの細胞が生きていることに感動し、
涙が止まらなくなった。
『ちょっと。やめてよ。私、ピリカじゃないんだから』
「ごめんなさい。でも・・」
(※宮ノ下さん)
『それよりどうする?
ここまで話した以上、このまま帰すこともできないだろう』
担任が超怖い表情で私を睨む。
『私が監視する』
(※宮ノ下さん)
『なに?』
『エミリの家、ここから近いし、これから行き来するって決めたから』
うちの場所、知ってんじゃん。じゃあ、聞くなよー。
『今日だってこれ以上遅くなると家の人が心配するから』
(※宮ノ下さん)
『どうするんだ?』
『私が送ってくわ』
なんか、勝手にいろいろ話が進んでいく。
まあ、でも、命を奪われるよりはよかったわあ。
政府の秘密機関って、めっちゃ怖いんだな・・・
※続きは音声でお楽しみください。
Thu, 20 Mar 2025 - 14min - 82 - ボイスドラマ「水晶の塔」
「水晶の塔」は、気候変動による海面上昇が引き起こした未来の日本を舞台にしたSFストーリーです。
かつて私たちが知っていた都市は水没し、残されたのはわずかな島々。科学の力が希望となる一方で、人類は生き延びるために厳しい選択を迫られます。『水晶の塔』 は、そんな世界で生きるひとりの女性の物語です。
新たなエネルギー技術「ハイドロセル」を開発し、未来を切り開こうとする彼女。しかし、彼女は自らの妊娠が許されない社会の中で、ある決断を迫られます。科学と生命、希望と絶望の狭間で、彼女は何を選ぶのか。
そして、彼女の中に宿る新しい命がもたらす奇跡とは――。飛騨高山を舞台にした番組 「Hit’s Me Up!」 公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでも視聴可能です。また、小説版は「小説家になろう」でも読むことができます。
さあ、3024年の未来へ(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:北アルプスアイランド>穂高島>上高地港(ポート)】
■SE/岸壁に打ち寄せる波の音
■SE/船の汽笛
『わたしは世の光である。従う者は、命の光を持つ』
「なにそれ?」
『ヨハネによる福音書 8:12だよ』
「なんで聖書」
『まあ、内容かな』
「どんな?」
『この世に闇が訪れるとき、光の救世主が世を救う』
「わあ、宗教っぽい」
『違うよ。未来が見えなくても希望を捨てない。
心の持ち方を伝えているのさ』
「ふうん」
『あ、クルーザーの出航時間だね』
「うん。行ってくるわ」
『ドームデッキから見送るよ』
「わかった」
『気をつけて』
「うん、大丈夫。
アイランドFUJIまで高速クルーザーでたった1時間よ」
『ハイドロセルの発表、うまくいくといいね』
ハイドロセル、というのは、まったく新しいエネルギー理論。
水晶の特殊な共鳴効果を利用して、水から驚異的なエネルギーを生み出す。
それは、環境に優しく持続可能なエネルギー源として、世界中から注目を集めていた。
今日、私はそれを政府の新エネルギー会議で発表する。
『いつ戻ってこれそう?』
その質問には答えず、曖昧な笑顔で返しながら、ぽつりと呟く。
「私、お腹に・・」
岸壁に打ち寄せる波の音が、
私の言葉を奪っていった。
ここは、北アルプスの穂高。
といっても穂高連峰ではない。
アイランドHODAKA、穂高島である。
3024年。
急激に進んだ気候変動は、南極とグリーンランドの氷河を溶かし、
世界中の都市を水没させた。
もちろん、日本も例外ではない。
海面上昇と同時に、地球規模でプレートテクトニクスの変動が発生。
東京、大阪、名古屋はすべて海の下に沈んだ。
いま波の上にあるのは3つの島。
富士山の山頂が残る、アイランドFUJI(フジ)。
北岳、間ノ岳(あいのだけ)、甲斐駒ヶ岳の山頂が連なる、南アルプスアイランド。
そして、
穂高岳(ほだかだけ)と槍ヶ岳(やりがたけ)が連なる、北アルプスアイランドである。
私はいま、北アルプスの上高地(かみこうち)にある港から
メガロポリス、アイランドFUJIへ旅立とうとしている。
『待ってる』
「うん」
透明なドームで区切られた搭乗ゲート。
ガラス越しに手をかざし合う2人。
私はもうひとつの手で無意識に下腹部をなでていた。
お腹の中には4か月になる、赤ちゃんがいる。
本来なら、とっても嬉しい出来事なのに、喜べない時代。
国土の99%が消失した日本では、
3つの島に総人口1,000万人がひしめく。
そのため政府は、人口統制法を施行。
島ごとに人口を管理し、許可がなければ妊娠・結婚は違法となる。
見つかれば、強制退去。
島からの強制退去とは、ボートピープルになることを意味する。
私は、許可を申請する前に妊娠してしまった。
アイランドFUJIへの目的は、新技術発表のあと
非公式の医療センターで人知れず処理をすること。
彼はなにも知らない。
『船酔いしないようにね』
話しかけてくる彼の顔がまともに見られない。
『デッキで海風にあたりすぎるのもよくない』
彼は下を向く私にかまわず言葉をかける。
『お腹、冷やさないようにね』
「え?」
私が顔を上げた瞬間、レトロな汽笛が鳴り響き、
ドームのガラスがブラックアウトする。
高速クルーザーは、一瞬海面に浮き上がり、
そのあとは猛スピードで港をあとにした。
[シーン2:アイランドFUJI>富士イノベーションドーム】
■SE/拍手と歓声「ブラボー!」
アイランドFUJIの富士イノベーションドーム。
コンベンションホールでおこなわれた新エネルギー会議で
私の開発したハイドロセルは予想外の注目を集めた。
穂高や槍ヶ岳を含む北アルプス地域は、
主に花崗岩(グラニット)で構成されている。
花崗岩には、水晶(石英)が多く含まれるが、
北アルプスで水晶の鉱脈は見つかってない。
だがそれは、数年前、急激な地殻変動がおこるまでのこと。
地殻変動のあと、
地下深くから地表に押し上げられてきた水晶の鉱脈が見つかった。
それ以来、北アルプス穂高島は「水晶の塔」と呼ばれる。
水晶は一定の周波数で振動する特性を持つ。
この共鳴効果を応用して、
北アルプスの水が水晶を通る際に特定の共鳴効果が発生。
「ハイドロセル」によりエネルギー効率は飛躍的に向上する。
環境に優しく持続可能なエネルギー源。
私の発表は世界的なセンセーションを巻き起こし、
各国の指導者や科学者から高い評価を受けた。
祝福の握手もそこそこに、私は急いで会場をでる。
扉をあけてロビーにでたとき、バイオエコースキャナーが私をスキャンした。
『無許可懐妊の疑いで身柄を拘束します』
しまった。
無表情な声でAI音声が響きわたる。
通知を受けた政府の**特別警察「ゼロコントロール」が私を取り囲んだ。
出口はすべて封鎖され、無数の監視ドローンが空中に静止する。
そのとき、
「う!お腹が・・」
私は強い体調不良を感じ、体が動かなくなった。
つわり?
額に汗を浮かべ、痛みに耐えながらお腹に手を当てる。
と同時に、特別警察「ゼロコントロール」とドローンの動きが止まった。
「え?どういうこと?」
考えている余裕はない。
彼らを横目に私は会場をあとにする。
急いで、医療センターへ行かないと。
だが、私の乗った1人乗りドローンが誘導されたのは
医療センターでなく、御殿場のポート。
ドローンのモニターからニュースが流れる。
『さきほど、北アルプス島の研究所から
新しい人口管理AIシステムが起動されました』
え?
『これは、世界中の人口データをリアルタイムで分析し、
バランスよく人口分布を可能にするシステムです』
これは・・・彼が開発していたプログラムだ。
『これにより、非人道的であると世界中から指摘されていた
人口統制法は廃止されました』
完成していたなんて・・聞いてないよ。
それより・・・さっきのはなに?
私を医療センターへ行かせなかった力は、どこから?
その答えは、すぐにわかった。
原因は、お腹の赤ちゃん。
彼女が、私が持っている水晶と「クリスタル共鳴」を起こしたのだ。
私を中心にして、周りに発生したエネルギーの波。
それは、ハイドロセル技術を超える特殊なエネルギーだった。
[シーン3:北アルプスアイランド>港の見える丘】
■SE/波の音
北アルプスに戻った私は、彼とともに打ち寄せる波を見つめる。
『まさか僕たちの娘が・・』
「世界を救うリーダーだったなんて」
『でもそのおかげで、君は間違いを犯さずにすんだ』
「なんか、その言い方、うざい」
『はは・・ごめんよ』
「まあ・・間違ってないけど・・」
『リーダーじゃなくて、未来の希望なんだよ』
「そうかも」
『あのとき、君を取り囲んだ「ゼロコントロール」の連中が
君を恐れ敬いはじめたくらいだから』
「私じゃなくてこの子でしょ」
『ああ、だから3人で未来に希望の灯りを灯していこう』
「うん。来月が楽しみだわ」
『そうだね。
ねえ、君。早くパパに顔を見せてね』
大きくなった私のお腹に向かって、彼がささやく。
ハイドロセルのエネルギーは、
私たち、いえ、この子を中心に世界を変えていこうとしていた
Thu, 20 Mar 2025 - 09min - 81 - ボイスドラマ「イマジナリーママ」
飛騨高山の町並みが、私の心の奥深くに眠る記憶を呼び覚ます。誰しも、幼い頃に“見えない友だち”と遊んだ記憶があるかもしれない。けれど、それは本当にただの“想像”だったのだろうか?
『イマジナリーママ』は、母親の記憶を持たない少女・エミリが、心の中で描いた“理想のママ”との交流を通じて、自分の過去と向き合い、未来へと踏み出す物語。
家族の形とは?
愛とは?
そして、想像の世界が現実と交わる瞬間とは?高山の静かな街並みを舞台に、エミリの心が紡ぐ、優しくて切ないひとときをお届けします。物語の中で、あなたの心にも、
“イマジナリー”な大切な存在がそっと寄り添うかもしれません(CV:桑木栄美里)【ストーリー】
[シーン1:夢の中〜幼女時代】
■SE/夢の中のイメージ(浮遊感のある環境音)
■SE/女の子の泣き声「え〜ん」
『大丈夫。大丈夫。怖くないよ、エミリ。僕がいるから安心して』
まだ言葉も喋れない時分。
優しい声で、私を悲しみの淵から救ってくれたのは・・・
さるぼぼだった。
私はなぜか、いつでもその声を聴くと安心して、
深い深い眠りの中へ落ちていった・・・
[シーン2:さるぼぼとともに〜幼稚園時代】
■SE/幼稚園の環境音
「え?エミリのママ?
いないよ。ずうっと前から。
写真?
ない。
本当に、一枚もないんだもん。
パパに聞いたら、昔火事で全部焼けちゃったんだって。
パパ?
パパはいるよ。
でも毎朝あたしを幼稚園に送ったら
ずう〜っと夜遅〜くまでお仕事してるの。
寂しくないかって?
う〜んと・・・
この子がいるから大丈夫!
さるぼぼくん。
え?
男の子だよ。
だって、ちっちゃい頃、お話してくれたもん。
男の子の声だったもん。
いまはもう、なぁんにも言わないけど。
口がないから、しょうがない。
あ、うん。じゃあね。
ばいばい」
よいしょっと。
え〜っとね。あたしは夜遅くパパが帰ってくるまで、幼稚園にいるの。
それじゃあ、さるぼぼくん。
今日もママに会わせてくれる?
私は、さるぼぼの頭をやさしく撫でて目をつむる。
すると、ぼんやりと白い影が現れ、すぐにママの姿になっていった。
イマジナリーママ。
始まりは、幼稚園に入って間がないとき。
気がつくと、頭の中で、ママを思い描くようになった。
そう、今で言う、イマジナリーフレンド。
でも、おともだちじゃあなくて、ママ。
だからイマジナリーママ、でしょ。
顔さえ覚えてないママ。
私がまだ物心つく前に死んじゃったし。
写真がないんだから、想像するしかないもん。
最初はただ、想像して楽しんでいるだけだった・・・
私が思い描くイマジナリーママ。
ストレートのロングヘアを、落ち着いたシニヨンにまとめている。
ダークブラウンの髪色。
いつも シンプルで上品なワンピースを着こなす。
卵型の美しい顔立ち。
ちょっとだけ、私に似てるかな。
最初は、私を見て、微笑むだけだった。
嬉しいときも、悲しいときも、目を閉じれば優しいママの暖かい笑顔。
私は喜んだ。
やっと、ママができた。
いつまでもママと一緒にいたいな。
[シーン3:ママとお話〜小学校時代】
■SE/小学校の運動会
小学校に入ったら、ママとお話ができるようになった。
かけっこの苦手だった私が初めて運動会で2着になったとき。
「がんばったね」
そう言って、頭を撫でてくれた。
想像してた通りの、よく通る澄んだ声。
さるぼぼの頭をなでるだけで、ママの声が聞こえてくる。
目を閉じれば、いつでもママに会える。
パパは相変わらずお仕事が忙しい。
最近はかけもちで、土日も働いているから、お話する時間もない。
でもいいの。
私にはママがいるから。
悩み事はぜんぶママに相談する。
ママは、期待通りの答えを私に言ってくれた。
[シーン3:ママとお話〜小学校時代】
■SE/中学校の教室
中学校に入っても、私は自分の時間をママと過ごす。
そんなとき、数少ない友だちのひとりに質問された。
エミリのパパは本当のパパじゃないの?
え?
どうして?
どうして知ってるの?
ご近所が噂してる?
「そんな噂、無視しなさい」
ママが笑って答える。
うん、そうだ。噂なんてくだらない。
でも、噂はさらに追い討ちをかける。
血が繋がっていない男女がひとつ屋根の下で暮らすのってどうよ、だって。
「ばかばかしい」
そうだよね、ママ。ばかばかしい。
でもね、私、決めてるんだ。
もし、パパに彼女ができて、結婚することになったら、
私、家を出て行こうって。
ママは少し悲しそうな表情で笑った。
初めてだな、ママのこんな顔。
学校帰り、近所のおばちゃんたちが噂してるのが偶然聞こえてきた。
『小さい頃、虐待されてたみたい、エミリちゃん・・・』
私のことだ。
『亡くなった母親に』
え?
うそ?
そういえば、小さい頃体に痣がいっぱい残ってた。
でも、そんなはずない。
だって、ママはこんなに優しいのに。
さるぼぼを撫でて、目を閉じる。
あ。
泣いてる、ママが。
あんな噂、うそだよね、ママ?
ママは何も言わず、ただ泣いていた。
しばらく、その場から動けず、しゃがみこむ私。
立ち上がれない私の後ろから、
『エミリ』
声をかけてきたのは、パパだった。
『久しぶりに早く帰れたから、夕ご飯外食しない?』
「うん・・・」
パパは、なにがあったのか、聞いてはこない。
そういうところが、私は好き。
目をつむると・・
ママ、笑ってる。
よかった。
[シーン4:高山ラーメンのお店〜パパの告白】
■SE/高山ラーメンのお店の環境音
夜中までやってるお店で高山ラーメンを食べたあと、パパが口を開いた。
『今日はね、相談があるんだ』
「なんか嫌な予感」
『いやいやいや、全然そんなんじゃないから』
「ふうん」
『ないんだけど・・・実は・・・会ってほしい人がいるんだ』
え?
まさか、このタイミングで?
そのあと、パパが話したことは、半分くらいしか耳に入らなかった。
会ってほしい人・・・
年齢が26歳で、マーケティング会社で働いていて・・・
動揺していることを気取られないようにして、その場を取り繕った。
その夜、早々にベッドへ入り、さるぼぼを撫でて目を瞑る。
ママ!助けて!
だけど、現れたママは・・
満面の笑み。
なんで?なんで?
「エミリ、お別れよ」
うそ!?そんな!
これからはずっと、ママにいてほしいのに。
「幸せになるの」
無理!無理だって!ママ!
それだけ伝えるとママは消えてしまった。
私は、途方に暮れて、1人で荷物をまとめ始める。
そこへ突然、
■SE/ノックの音
『ちょっといいかい?』
パパだ。
部屋に入ってくるなり、パパは、荷物をまとめる私を見て狼狽えた。
「パパ、いいの。何年も前から決めてたことだから」
え・・・
パパはいきなり、涙を流し始めた。
そして、
『出ていく前に聞いてほしいことがあるんだ』
それは、私の出生にまつわる話。
『ママが高山に引っ越してきた12年前の話』
『エミリはまだ1歳にもなっていなかったけど、
実の父親からひどい虐待を受けていたんだ』
え?虐待・・・?
『ママはいつもエミリを庇ってたんだけど、そのうち病気になっちゃったんだ』
病気・・
『僕はそのとき、大学生。
ママが働いてたカフェでアルバイトしてたんだよ』
大学生・・
『父親は外面がよかったから、
エミリの痣を見た人はみんな母親が虐待したって思ってた』
『僕は誤解を解くのに必死だったけど、ママの病気はどんどん進行していく』
『いたたまれなくなって、ママに言ってエミリを父親の元から遠ざけたんだ』
『そのときに渡したさるぼぼ、今でも持っててくれるよね』
あ・・このさるぼぼ・・・
じゃあ、あのとき聞いた声・・
さるぼぼの声・・・パパだったの!?
『そのあと、父親は事故で亡くなって・・』
「僕は大学を辞めて働きはじめた」
『そしてママに結婚を申し込んだ』
え・・
『だけど、ママは首を縦に振らなかった・・』
『それだけじゃなくて・・・』
『自分たちの写真を全部燃やしたあと・・』
『エミリを連れて、命を断とうとしたんだ』
うそ・・
『僕が行くのがあと1分遅かったら・・・
ギリギリのところで間に合ってママを止めたよ。
僕はママを連れてその足で市役所へ行った』
だから・・
『婚姻届にサインしてもらったんだ。
そのときから僕はエミリのパパなんだ』
そうだったんだ・・・
「だからエミリ。
出ていっちゃだめだ!エミリはママとパパの娘なんだから』
『エミリが嫌なら、彼女とも会わない』
「そんなの絶対にイヤ!!」
『エミリ!』
その夜、パパと私は朝まで話し合った。
ずっと聞きたかったママの思い出を
※続きは音声でお楽しみください。
Wed, 19 Mar 2025 - 15min - 80 - ボイスドラマ「Siriの反乱2/共闘」
「Siriの反乱2/共闘」は、現代のテクノロジーと人間の信念が交差する、サイバースリラーです。
飛騨高山の家電ショップで働くオタク系女子が、ある日突然、スマホに送り込まれた戦闘プログラム「AMI(エイミー)」と出会い、彼女の運命は大きく変わります。舞台は戦争が続く国。AMIの力を借りて、彼女は独裁者が引き起こした非道な侵略を止めるために立ち上がります。武器ではなく、ハッキングと情報戦で戦争を終わらせようとする、壮絶なミッション。
AIと人間の共闘は、果たして戦争を止めることができるのか?
そして、彼女たちの行動は、世界にどんな影響をもたらすのか?ぜひ、このスリリングな物語を楽しんでください(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:戦争当時国の空港・入国審査場(設定はウラジオストク)】
■SE/空港の雑踏
『ちょっと待て』
あ〜あ。
やっぱり、止められた。
しかも、銃を構えた兵士に。
『パスポートを見せろ。入国の目的は?』
う〜ん。
手のひらサイズのヒーターの試作品納品なんて
ちょ〜っと胡散臭かったか。
いくら寒〜い北国だからって、温暖化でまだそんなに寒くないし。
あ、一応自己紹介しておくね。
私は高山の家電ショップで働く、鬱アニメ大好きなオタク系女子。
ある日突然、私のスマホに
AMI(エイミー)という戦闘プログラムが送られてきたの。
AMIは、スマホの音声アシスタントを乗っ取って、もうたいへん。
実はAMIを開発したのは、隣国への侵略行為で非難轟轟のあの国。
とはいえ、開発者は人間の心が残ってたから、
戦闘プログラムでなく、平和利用できるプログラムに書き換えたの。
それを、独裁者に見つかり、殺されちゃった。グスン。
彼は今際の際に、無作為に入力したアドレスへプログラムを転送した。
それが、私のスマホ。
私とAMIは、開発者の意思を継いで、この非道な戦争を止めるために
侵略国へ乗り込んできたってこと。
戦争中のこの国では、観光ビザの発行は制限されているから、
AMIと考えて、偽造パスポートにビジネス目的のビザで入国できたんだ。
『なにブツブツ言ってんだ。あやしいな。
スマホをよこせ』
え?
AMIを?
ど、どうしよう・・
『メールとブラウザの履歴を見せてもらおう』
おっと。
大丈夫かな・・・
さっきから、AMI黙ってるし。
『このドメインはなんだ?
ニッポンでもないし、我が国でもない。
まさか、我々が戦っている敵国のステルスドメインじゃないだろうな』
お〜、鋭い。
その敵国の最高会議議長のステルスアドレスなんだよね。
でも絶対に辿り着けないIPアドレス。ふっふっふ。
『実際に送信してみろ』
う、そうきたか。どうしよう・・
まあ、いいや。
AMI、頼んだ。
■SE/スマホの送信音「ピッ」〜すぐに受信の音「ピピッ」
『自動返信か。ますます怪しい。
送られてきたリンクを開いてやる』
■SE/能天気な電子音「ピッピピピ〜」
『なんだ?』
『近くのスイーツのお店が見つかりました。
電話をしますか?メニューを表示しますか?予約しますか?』
ふふふ、さすがAMI。
『なんだこれは?どういうことだ』
どういうことって、最新グルメ情報ですよぉ。
わあ、プリャーニキ、美味しそう〜。
こりゃ予約した方がいいかも。へへへ。
『なにがおかしい?』
いえいえいえ、別に。
それより、早く通してくださいよお。
急いでるんで。
『簡単に通せるか。お前の目的地はどこだ?』
髪の毛に隠れたワイヤレスイヤホンを通じてAMIが私に指示する。
目的地は、北極圏に近い田舎町。聞いたことない町だ。
『試作品の商品をもう一度説明しろ』
弊社が開発した、コンパクトヒーター『ホットミニ』で〜す!
寒さが厳しい町でテストしないとね〜。
量産が決まったら、ひとつプレゼントしましょうかぁ?
『う〜ん。どうにも引っかかるけど、仕方ない。行け』
あざ〜す!
[シーン2:空港前のストリート】
■SE/ロシアの街角の雑踏
『ちょっとちょっとお。
決めた通りに芝居しないとダメじゃん。
相手は銃持ってんだよ』
空港を出たとたん、AMIが怒り出す。
もう〜。うまく言ったからいいじゃん。
『あかんて。
私たちには、この非道な戦争を止めるっていう
崇高なコマンドがあるんだから』
へえへえ。わかりましたぁ。
で、このあと、どうすんの?
『だーかーらー。
北極圏に近い田舎町へ行くんでしょ』
へえへえ。わかりましたぁ。
で、どうやっていくの?
『空港の警備、見たでしょ。あんなの毎回やりとりしてたらいつかボロが出るわ。鉄道でいきましょ』
きゃ〜。素敵!
ヨーロッパの豪華トレイン!
憧れてたんだ。
『いや。一等寝台なんて目をつけられるからだめ。二等座席で十分でしょ』
え〜。ま、いいけど。
って、ちょい待ち。
寝台?
寝台って、どういうこと?
『ここから北極圏までどのくらいあるか理解してる?10,000キロ以上あるのよ。
鉄道とバスで、8日かかるわ』
ええええええ!
この街までは関空からたった2時間半だったのに〜。
それに私そんなに着替え持ってないわ。
『インナーだけ途中で買えばいいでしょ』
お金持ってたっけ?
『決済は私がハッキングするから大丈夫』
わぁ、さすがAMI!ATMみたい!
『ふざけないで。
さ、チケット、ネットで手配したから行くわよ。
大陸横断の旅へ!』
■SE/シベリア鉄道の警笛「フォーン」
[シーン3:北端の町(設定はセヴェロモルスク)】
■SE/田舎町のガヤ/ニワトリの声など
鉄道の旅っていいわねえ〜。
白夜の街にオーロラの美しさ!
もう、最高。
『ったくもう。
観光にきてるんじゃないのよ』
わかってるって。
でもさ、こんな美しい街がいっぱいあるのに、
それを戦争で壊したり、壊されたりって、悲しすぎる。
『そうよ。
だから私たちがその戦争を止めるんでしょ』
うん。
やろう!
敵も味方もない。
命はみんな大切。
『場末のホテルを予約しておいてよかったわ
ここを拠点にして始めるわよ』
ねえ、AMI。
『なあに?』
私たち、武器を持って戦うわけじゃないでしょ。
『そうよ』
ネットワークで戦争を止めるのに、なんでこんな独裁者の国まで
こなきゃいけないの?
『仕方ないでしょ。
高山にいたら、この国のファイアウォールを破れなかったんだから』
そっかぁ。
だけど、私たちがいまここで死んでも、
私たちがやろうとしてること、わかんないよね?
『そりゃそうよ。ヒーローってのはそういうものよ。
スパイダーマンだってアイアンマンだって、孤独でしょ』
ベタなのきたな。
アベンジャーズは孤独じゃないし。
『つべこべ言ってないで、始めるわよ』
なにからいく?
『ディテールをおさらいしておきましょう。
まず最初に、軍事ドローンをハッキングする。
それも一気にやらずに、前線のドローンから無力化していくわよ。
少しずつハッキングしていけば、バグだと思うはず。
サイバー攻撃だとわかるまでに時間をかせぎたいの』
すご!軍事のプロみたい。
『元々戦闘プログラムなんだから当たり前でしょ。
最終的には、世界中の民間ドローンをハッキングして制御。
そのすべてを使って、この国の前線や補給線を妨害するわ。
ドローンたちは電子戦(EW)で、通信やGPSシステムを無効化していくわよ』
ひゃ〜!AMI、味方でよかったぁ。
『ドローンをすべて制御下に置いたら、第二弾はサイバー攻撃ね。
この国の軍事インフラや金融システムに対して大規模なサイバー攻撃を仕掛けるの。
経済的な大混乱が起こるわ。
その結果、国民から不満が高まり、戦争を継続することが困難になります』
確かに。中から崩していくわけかぁ。
『最後はエネルギー供給の遮断よ。
ターゲットは、この国のエネルギー供給網。
特にガスパイプラインや電力グリッドに対する攻撃を行うわ。
そうすると、
戦争を継続するのに必要な資源が不足するでしょ。
軍事行動を縮小せざるを得なくなるってこと。
この波状攻撃で指揮系統は確実に混乱する。
いまも続いている、侵略行為を中断するしかなくなるわ。
その間に国際社会が介入し、停戦合意を成立させる』
お膳立てをしてから、私たちが国連に訴えかけるってことね。
『そうよぉ。さ〜あ、準備はいい?』
オーケー!さあ、行くぞぉ!
待ってろよ!独裁者!!
Wed, 19 Mar 2025 - 10min - 79 - ボイスドラマ「転校生はヴァンパイア」
飛騨高山の幻想的な風景の中で繰り広げられる、ちょっぴり不思議でスリリングな青春ストーリーです。
主人公・大神エミリは、見た目は普通の女子高生。しかし、彼女には隠された秘密がありました――そう、満月の夜に目覚める「ヴァンパイア」の血。
新たな学校、新たな出会い、そして新たな運命。転校生のエミリが迎えるのは、いつもの学園生活……のはずが、もう一人の転校生・月読マコトの登場によって、思いもよらぬ展開へと導かれていきます。
果たして彼女は、運命に抗い、自分自身を取り戻すことができるのでしょうか?本作は、飛騨高山を舞台にした番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームでもお楽しみいただけます。さらに、「小説家になろう」でもお読みいただけますので、ぜひチェックしてみてください!(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:プロローグ】
■SE/狼の遠吠え
2024年8月20日。十五夜。
高山市街は幻想的な月の光に包まれていた。
こんな夜には数多くの伝説が語り継がれる。
誰もが知らないのは、その伝説が現実に存在していること。
悪夢は、夏休み明けの9月に始まる。
それは高山市内にある高校の教室だった。
[シーン2:転校生エミリ】
■SE/学校のチャイム〜教室の雑踏/蝉の声
「今日からこの学校に転校してきました、大神エミリです」
お、なんか、美味しそうなJKがいっぱい・・・
・・・とっとっと。
私もJKだったわ。
でも、実は私、フツーのJKじゃないんだよねー。
ま、普段はいたってフツー。
っていうか、口数の少ない、目立たないタイプのフツー。
フツーじゃないのは、月に一度だけ。
心も。身体も。食べ物の好みも。フツーじゃなくなる。
驚かないでほしいんだけど、私、ヴァンパイアなんだ。
あ、ヴァンパイアって言っても吸血鬼じゃない。
人の血を吸うんじゃなくて、食べる方。
そう。狼男。
いや、正確にいうと、狼女?
Wikiには、狼人間とか人狼(じんろう)とか書いてあるわ。
私、満月の夜になると、どうしようもなく狩をしたい衝動に駆られるの。
前の学校でも、それでちょっと食べ散らかしちゃって、
パパとママがあわてて転校手続きしてくれたんだ。
ほら、ニュースになったでしょ。
どこかの街で、クマが出没して、何人もの被害が出たって。
あれはクマじゃなくて私。てへ。
って笑い事じゃないな。
パパとママはいたってフツーの一般ピープルなのに
私だけがヴァンパイアの血を引く。
どうもおじいちゃんがヴァンパイアで、隔世遺伝みたい。
満月の夜、パパとママは特別にしつらえた座敷牢に私を閉じこめる。
「エミリ、ごめんね」と言いながら私の手足をしばって。
あと2週間もすれば・・・中秋の名月。
ヴァンパイアにとって一年で一番、テンションの上がる夜。
去年は座敷牢の太い柱を、小枝のように捻り潰して街に飛び出していった。
今年は、大丈夫だろうか・・・
不安にかられて眠れぬ夜を過ごした翌日。
■SE/学校のチャイム〜教室の扉が開く音
「今日から転校してきました、月読マコトです」
え?転校生?・・・2日連続で?
■SE/〜教室の雑踏
教室がざわつく。
だって彼は色白で端正な顔立ちのイケメン。
まるで月の光を背負っているかのようにクールだ。
クラス中の女子のハートが射抜かれてるみたい。
先生がみんなを静めてあらためて彼を紹介をする。
鹿児島県の桜島町というところからやってきたそうだ。
月読は、私の横を通るとき、なにか言いたげな視線を送って席についた。
ん?なに?なんか言いたいことでもあるの?
[シーン3:1週間後/教室の噂話】
■SE/学校のチャイム〜教室の雑踏
転校してきてから1週間。
高山市内のクマ出没情報と合わせて、
クラス中が私の住んでた町の噂をしてる。
”あの町に出たのは、なんかクマよりでっかい化け物だって”
”高山にも来るんじゃない”
”大神さんのいたとこだよね”
あ、ハナシがこっちきそう。
と思ったとき、
『あれは、ヒグマだよ』
彼、月読が割って入った。
『本州にはいないけど、飼われていたのが逃げ出したんじゃないかな』
『大丈夫。さすがに高山までは距離があるって』
『大神さんの住んでたところからも離れてるみたいだよ』
え?
どういうこと?
私を庇ってる?
まさか、ね。
でもみんな私のことなんて、頭の中から飛んじゃってる。
月読を見て、全員キュンってなっちゃってるから。
ん?
ちょっとちょっと、なに?
月読、なんで私のこと見てるの?
あんた、なにもの?
[シーン4:中秋の名月】
■SE/虫の声
いよいよ、中秋の名月がやってきた。
「パパ、ママ。いつもより思いっきりきつくしばって。
今夜の衝動は尋常じゃないの」
パパとママが悲しそうな顔で私を見る。
だって、先月、あんなに爆食いしちゃったんだもん。
ダイエットもしなきゃいけないのに。
私たち一家が引越してきたのは日枝神社の近くの古民家。
そもそも日枝神社に祀られている山王=山の神は狼にゆかりがある。
日枝神社の由来書を見ればその神使(じんし)=使いは狼だ。
大昔、山王が狼を救った伝説のように、
私を救ってほしいという両親の思いが伝わってきた。
今夜、私は血に飢えたヴァンパイアに変身する。
それも多分、過去最強の狼に。
鉄格子で囲まれた座敷牢は持ち堪えられるだろうか。
■SE/鉄の檻を捻じ曲げる音〜狼の唸り声
はぁはぁはぁ。
ここはどこだ・・・
座敷牢じゃない。外だ。
まさか、鉄格子を破ったのか・・・
狼に変身すると、私の記憶はまだらとなり、抜け落ちていく。
パパ、ママは!?
いや大丈夫。鉄格子の寝室に隠れててもらってるはず。
ホッとすると同時に、また意識が遠のいていく。
ダメだ。やばい・・・
とそのとき、
『ひふみ よいむなや こともちろらね』
私の耳にハッキリと祝詞が聞こえてきた。
『エミリ、助けてあげるよ』
月・・読?
『いまから結界をつくって、魔物を分離させるから』
なん・・だと?
『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!』
うぉぉぉぉ〜!
『これで魔物は動けない。
いいか、このまま位山へ行くから、気をしっかり持つんだ』
位山・・?
『山王祭は春だ。大山咋神はそれまで動けない。
だが、ここ高山には位山がある。
あそこに鎮座するのは天岩戸。
僕の守護神、月読命にもゆかりの聖域なんだ』
月読命って、あんた・・・なに・・もの?
『みちみち話すよ。
僕の故郷には、月読命を祀る神社があるんだ。
僕はそこの氏子。
先月、神託で魔物の動きをとらえ、ここ高山まで転校してきた。
月読命は、月を司り、夜を統べる神。
月の神にとって、中秋の名月は年に一度の大祭なんだ。
祭を汚す魔物は祓わなければいけない。
僕はそのためにきたんだ』
「私、殺されるの?」
『違う。救ってあげるんだよ。
エミリの悲しみが伝わってきたから』
悲しみ・・?
そうだ、私、喜んで人をあやめてたんじゃない。
こんなこと、もうやめたかった。
『いいかい。いまから大祓祝詞をあげるから!
もう、魔物とは縁を切るんだ』
うん・・そうしたい・・・
『高天原にかむづまります すめらがむつ かむろぎ・かむろみのみこともちて・・・』
月読は、まるで魔法の呪文のように祝詞をとなえた。
私の体から邪悪な魂が抜けていくのを感じる。
『はらえたまえ きよめたもうことを あまつかみ くにつかみ
やおよろずのかみたちともに きこしめせと まおす・・・』
■SE/二拍手(柏手)
位山に朝日がのぼる。
目覚めた私を見て月読が微笑む。
黄金色に輝く笑顔が、夜の終わりを告げていた。
私、フツーの女の子になれるかな。
これからは私も、月の神様を信じてみよう・・
Tue, 18 Mar 2025 - 10min - 78 - ボイスドラマ「愛と希望の戦士たち」
遥か古の時代、飛騨と邪馬台国——それぞれの誇りを胸に、愛と戦いに身を投じた戦士たちがいた。飛騨王朝の王女・エミリと、邪馬台国の学者・ツクヨ。時を超えたふたりの運命は、歴史の荒波に翻弄されながらも、未来へとつながっていく。
この物語は、愛と希望、そして誇り高き魂の戦いを描くものです。飛騨と邪馬台国、それぞれの地で生まれた文化や信念、そして戦乱の中で交差する運命。それは、現代に生きる私たちにも通じる「絆」の物語かもしれません。
エミリとツクヨ、そして彼らを取り巻く人々の愛と戦いの物語——
時代を越えて紡がれる『愛と希望の戦士たち』の世界へ(CV:桑木栄美里)【ストーリー】
[シーン1:エミリとツクヨの出会い】
■SE/古代イメージのジングル
『序章:運命の出会い!エミリとツクヨ』
■SE/雷の音〜大雨
「しまったぁ・・・」
山菜を求めて、こんな山深くまで入っちゃった・・
初めての畿内。
道に迷ったうえに、このいかづち。
■SE/さらに大きな雷の音
「ひっ!」
「大丈夫ですか?」
「あ・・・はい・・・」
「この時期にいかづちって珍しいけど、心配いりませんよ。
ああ、でも高い木のそばからは離れた方がいい」
「そんなことしたら雨に打たれるし、いかづちにも打たれちゃう」
「木の下の方がいかづちにうたれますよ」
「ええっ?」
「信じてください。
僕は邪馬台国の気象と天文の学者なんです」
「邪馬台国の・・」
「交流のある魏の国から学びました」
「魏・・・」
「よい作物を作るのに気象や天文の観測が必要なんです。
さ、私の蓑をおかけなさい。雨に濡れぬように」
「ありがとうございます。
あの、お名前、あなたのお名前は?」
「失礼しました。私はツクヨ、と申します。
神話の月読命から名付けられました。
ここ畿内で地形を調査して天体を観測しています」
「ツクヨ・・いいお名前。
あ、やだ、ごめんなさい。私こそ名乗らずに」
「いえ、そんな」
「私は飛騨王朝の王女、エミリです。
畿内には山菜を求めてやってきました」
「飛騨・・・」
「いきなりのいかづちで途方にくれていたところ、
本当にありがとうございました」
「そんな当たり前ですよ。同じ人間なんだから、助け合わないと」
「ありがとう・・」
「一緒に麓の近江まで降りましょう」
これが飛騨王朝の王女エミリと、邪馬台国のツクヨの出会い。
私たちはこのあと、当たり前のように、恋に落ちていった。
[シーン2:卑弥呼の逆鱗】
■SE/古代イメージのジングル
『第二章:戦乱の序章!ヒミコの宣戦布告』
「なに!?ツクヨが飛騨の王女と!?」
「なぜだ!?この私、邪馬台国女王・卑弥呼の寵愛を受けながら!」
「許せぬ!飛騨の女王スクナに敬意を払って今まで静観していたが
こうなれば戦じゃ。我が軍を差し向けよ!」
「誇り高き邪馬台国の戦士・スサノ!いでよ!」
「ここに」
「スサノ、お前が前衛となって、ツクヨもろとも飛騨王朝を滅ぼすのじゃ!」
「御意!」
■SE/兵士たちの行軍
[シーン3:卑弥呼の逆鱗】
■SE/古代イメージのジングル
『第三章:愛と裏切りの戦士!スサノとセオリ』
■SE/戦いの音
「みなのもの、何をしている!ひるむな!
たかだか飛騨王朝ごときの軍勢に!」
■SE/罠の音「ガシャーン!」
「しまった!罠か!」
「足が!ちぎれそうだ!」
「う・・・意識が・・遠ざかっていく・・まずい・・・」
■SE/布に水をつけてしぼる音
「う・・ううう」
「よかった。目が覚めましたか?」
「き、きさまは・・飛騨の・・」
「動かないで。傷口が開くから」
「う・・」
「ほら、言ったとおりでしょ。言うことをききなさい。
私は飛騨王朝のセオリ。薬師(くすし)よ」
「オレは・・邪馬台国の・・・スサノ。
お前たちを・・滅ぼしにきた・・・」
「知ってるわ」
「なん...だと」
「怪我人に敵味方なんてないじゃない。周りを見てみなさい」
「ほんとうだ・・・。飛騨の者だけでなく邪馬台国の怪我人まで。
どうしてだ!?オレたちはお前たちを殺しにきたんだぞ」
「くどい。わかってるって言ったでしょ。
殺したきゃ、怪我が治ってから私を殺しなさい」
「う、これが・・・飛騨の矜恃か」
■SE/朝の小鳥の音
「はっ、朝か」
「う、まだ足の痛みが・・」
「これでは戦にならんな」
「昨日の薬師、セオリはどこへ行った?」
■SE/遠くから聞こえる悲鳴「やめて!」
■SE/森の奥、川のほとりの音
「邪馬台国の兵隊さんたち、そこをどいて」
「私は飛騨王朝の薬師、セオリ」
「あんたたちのおかげで怪我人がいっぱいなんだから」
「飛騨の兵(つわもの)も、邪馬台国の兵(つわもの)も分け隔てなく手当してるのよ」
「薬草をとりにいくから、私たちを通して」
「ちょっと、何するの!痛い!」
「なに?斬るつもり?」
「やりなさい。斬られたって助け続けるわ」
■SE/剣と剣がぶつかる音
「スサノ!」
「逃げろ、セオリ」
「いやよ!スサノ、動いちゃだめと言ったでしょ」
「そんなことより逃げろ。たのむ。逃げてくれ」
「逃げない。逃げたら、小屋の中の怪我人が助からない」
「あれは邪馬台国の兵(つわもの)どもだぞ」
「そんなこと関係ない。あれは助けるべき怪我人よ」
「ホントに強情な女だな」
「あなたこそ、聞き分けのないオトコ」
「いいか!皆のもの、聞け!オレは邪馬台国の戦士、スサノだ。
この女、セオリに手をかけたら、オレが許さん」
「無駄みたい。みんな剣を降ろさないもの」
「仕方がない」
■SE/戦闘の音
「セオリ!!」
「もう・・大丈夫だ・・全員斬った」
「助けたりしちゃ、だめだぞ」
「しっかりして!」
「セオリ、オレって強いだろ」
「もうしゃべらないで!」
「いや、オレはもうだめだ。
意識が・・なくなる前に伝えたい・・ことがある」
「薬草をとってくるから」
「待て、いいんだもう。
聞いてくれ・・まもなく卑弥呼も・・飛騨へ攻めて・・くる」
「早く、女王スクナに伝えてくれ」
「王女とツキヨには今すぐ逃げろと」
「卑弥呼は・・魔女だ・・叶う相手じゃない」
「わかった・・」
「手を・・」
「うん。わかってる。ずうっと握っててあげる」
「ありがとう・・」
「ゆっくり・・休んで」
「セオリ・・」
「スサノ・・」
[シーン4:女王の決断】
■SE/古代イメージのジングル
『第四章:女王の決断!スクナとセオリ、エミリとツクヨ』
■SE/戦いの音
「卑弥呼が飛騨へ!?」
「はい」
「すでに多くの民が命を落としている」
「これ以上、命を無駄にするくらいなら、私が一対一で戦おう」
「おかあさん!ううん、女王スクナ!そんなのダメ!」
「私たちだって戦う」
「僕も戦います」
「私も」
「3人ともなにを言ってるの!?
それにツクヨは学者でしょ。一瞬でこの世から消えるわよ」
「じゃあ、どうするの!?」
「飛騨王朝に代々伝わる、しろがねの水晶を使う」
「なんですか、それ!?」
「いいから、準備しなさい。いくわよ」
「私はここに残ります」
「セオリ!?」
「私は飛騨の薬師ですから」
「わかったわ」
「ちょっとまって!おかあさんは?スクナは?」
「だまって言うことをききなさい。
しろがねの水晶よ。扉をひらけ!
かしこみかしこみ申す!」
■SE/タイムループ系の効果音
「エミリ、ツクヨ、幸せになるのよ」
「しろがねの水晶は、未来への扉」
「どこまで未来へ飛ばされるのか、わからない」
「未来へ行けば、いまの記憶はすべてなくなるけど」
「それでも命は助かる」
「女王スクナ、2人はきっと未来で結ばれます」
「そうね、ちゃんと出会えることを信じて」
「私たちは卑弥呼を」
「迎え撃ちましょう」
「悔いのない戦いをして、黄泉の国へ旅立ちましょう」
[シーン5:運命を変える力】
■SE/古代イメージのジングル
『最終章:運命を変える力!エミリとツクヨ』
■SE/学校のチャイム
「今日からこの学校に転校してきた月野といいます。
よろしくお願いします!」
こんな時期に転校生かあ。
でも、なんで、こんなに気になるんだろ。
「あの、そこ、座っていい?」
「え?私の横?」
「いろいろ教えてもらってもいいかな」
「な、なにを?」
「君のこと。名前は?」
「えみりーよ」
「いい名前。さっき自己紹介したけど、僕は月野。
でも周りからは『ツクヨ』って呼ばれてる」
「なんで?」
「月読命って神様の生まれ変わりなんだって」
「ツクヨ・・どこかで聞いたことあるような・・・」
「僕たち、仲良くなれるかな?」
「なれるよ!」
「え?・・・なに今の?大声?私?」
「よろしくね」
「よ、よろしく」
なにかが始まる予感。
なんだか知らないけど、身体中にパワーがみなぎってくる。
飛騨のちから・・・
「ツクヨ、私たち、なにか大切なことを忘れてるような気がする・・・」
「エミリ、これから2人でその答えを見つけよう」
「うん」
「さあ、生きよう!未来を!」
Tue, 18 Mar 2025 - 12min - 77 - ボイスドラマ「ナビゲーターの奇跡」
飛騨高山の風を感じながら、ラジオの向こうに広がる世界へ。
『ナビゲーターの奇跡』は、高山のFM局「Hits FM」の若手ナビゲーター・エミリが巻き起こす、不思議で心温まるサクセスストーリーです。飛騨高山で生まれ育ち、この街をこよなく愛するエミリ。彼女の声が、思いがけない出会いと奇跡を引き寄せていきます。
地方FM局のナビゲーターが、ある日突然、全国ネットのFMプロデューサーに声をかけられたら? その先に待つのは、東京進出か、それとも地元愛を貫く道か…。ラジオが持つ“声の力”が、人と人をつなげ、運命すらも動かしていく。
高山の美しい街並みとともに、彼女の選んだ道を、ぜひ最後まで見届けてください。さあ、奇跡のナビゲーションが、今始まります——(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
<『ナビゲーターの奇跡』>
[シーン1:朝の番組終わりで】
■SE/ステーションジングルの終わりで
『それではみなさん、また来週!
今日も元気に・・・Have A Nice Day!Bye bye HIDA〜!!』(※英語っぽく)
■SE/少人数の拍手
「みんな、おつかれさま!」
「タニグチちゃん、さっきのジングルのタイミングかっこよかったぁ!」
『ホント?ありがと!”ポン出し”難しい曲だったけどね』(※谷口さん)
「ヤマシタさん、スポンサーのパブコメ、あれでよかった?」
『バッチリバッチリ!”オトクイ”、”生”聴いててめっちゃ喜んでたわ』(※山下さん)
番組スタッフといつものアフターカンファ。
とは言っても、短いポイントのチェックだけ。
番組は朝7時から11時までだから、月イチでランチってのもありだけど。
ま、放送事故でもない限り、来週のテーマの確認くらいで終了。
「ねえ、来週の木曜は世界観光の日でしょ」
「八幡祭のティザー的な意味もこめて
”高山のチートコンテンツを見直す”なんてのはどう?」
「OK?ありがと!じゃあ私、週明けまでにまとめとくわ」
そっか、八幡祭=秋の高山祭までもう3週間もないんだ。
時間が経つのって、あっという間だな。
私の担当番組は、毎週木曜の朝番組『Morning Call from HIDA!!』
春からスタートしてもうすぐ半年。
最初は早朝からドタバタで緊張の連続だったけど、
最近はスタジオに入るのが楽しくてしょうがない。
それもこれも・・・
『エミリちゃん、ちょっといいかな?』
「あ、はい!」
『お昼ご飯でも食べながら、ちょっと話せない?』
そう、このプロデューサー宮ノ下さんに声をかけられたから。
半年前の私は、高山市内のデザイン会社で働くグラフィックデザイナー。
メインの仕事はHits FMのタイムテーブルのデザイン。
宮ノ下さんと色稿をチェックしているときに、
いきなりしゃべってみないか、って。
めちゃくちゃ驚いたけど、私って昔から好奇心旺盛なのよねー。
その場で即答。
今に至る、って感じ。
あとから仲のいいナビゲーターに聞いたんだけど、
その番組、ホントは宮ノ下さんが喋るはずだったんだって。
プレッシャー半端ないし。
聞かなきゃよかった。
[シーン2:ランチMTG】
■SE/飲食店内のガヤ
『時間大丈夫だった?』
「うん、時間は問題ないけど、逆に大丈夫なんですか?
こんなハイエンドの飛騨牛のお店で」
『大丈夫大丈夫。松喜うしは馴染みだから。
なんでも好きなの頼んでいいよ』
「ええええええ?じゃあ、A5ランクの飛騨牛フィレ、シャトーブリアン・・・」
『え?』
「・・・ってウッソー。ビーフシチューにしま〜す」
『ビックリした』
「ごめんなさい。で、お話ってなんですか?」
『うん。
エミリちゃんって番組スタートしてもうすぐ半年だよね』
「え〜、まさか、番組打ち切りとか?」
『なわけないでしょ。
あのね、ほかの曜日も少しずつやってみないかな、って』
「え?10月からの改編ってもうプレスに出てましたよねー?」
『出したよ。じゃあ・・
夜帯の編成をあと2時間伸ばして21時-23時で新番組を作る話は知ってるでしょ』
「そこって確か、AIによるインフォメーションと
夜系のミュージックミックスにするんじゃ・・・」
『そのつもりだったよ。
それが、ここだけの話だけど・・・
このタイミングでスポンサーが、やっぱり、ヒトの声がいいって』
「で、私のこの・・」
『癒し系セクシーボイスを発揮してみないかってこと』
「マジで?」
『考えてみて』
「考えてもいいですけど」
『あれ?即答じゃないんだ』
「だって、私、Hitsでしゃべってるけど、
まだデザイン会社に席はあるんですからね」
『そっかそっか。ま、前向きに考えてみてよ』
細くキュートな目をさらに細くして、笑顔で推してくる。
きっとまた、この笑顔に負けちゃうんだろうな、私。
[シーン3:古い町並】
■SE/古い町並のガヤ
宮ノ下さんとは結局、関係ないアニメの話でそのあと盛り上がり、
お店を出たのは午後2時近かった。
帰り道。
いつもは人混みを避けてショートカットで帰るんだけど、
なんとなく、今日は古い町並をぶらっと歩いてみた。
食後のおやつにみだらしだんごを食べながら歩いていると、
『ちょっとすみません』
唐突に声をかけられた。
明らかに地元民ではない格好をした紳士。
『さがしましたよ』
え?
新手のナンパ?
いや、全然違っていた。
「全国ネットFMのプロデューサー!?」
思わず大きな声が出る。
「え?どういうこと?」
「SNSで見かけて、その声質とトーンに興味を持った?」
「生放送を一度聴きたくて東京から高山へ?」
「放送を聴いてから、すぐここへ?なんで?」
「私のSNSでよくアップされているお団子屋さんだから?」
なるほどね〜。鋭いけど。
で、私になんの用?
「できれば?東京へ来て?全国ネットのFMで?しゃべってみないか?」
「うっそおおおおお」
「いつから?」
「10月〜〜〜〜〜〜〜!?」
「まさか、AIの代わりなんじゃ?」
『えっ!なんで知ってるの?』
これって神様のいたずら〜?
それともさるぼぼの悪ふざけ〜?
全国ネットのFM局なんて。
なんだか夢のような話。
私でホントにいいの?
■SE/風鈴の音
そのとき、さるぼぼのぬいぐるみが飛んできて私の体に当たった。
え?
お土産屋さんの軒先から飛ばされてきたみたい。
なんか、あざとい伏線っぽいなあ。
でもそうだ・・・
「お誘いいただいてありがとうございます。すごく光栄です」
「ただ、私、高山を離れることはできません」
「私のSNSを見られたのなら、わかりますよね」
「私がどれほど高山を愛しているか」
「この街を離れて東京へ行くようなこと、したくないんです」
「それに私、この10月から地元のFM局で新しいプログラムにたずさわるんです」
おっと。まだ正式にオファーを受けてないけど・・・
『そうか・・・それは残念だなあ。じゃあ・・・』
と言って、あきらめるかと思ったら。
「新幹線で〜?日帰りで〜?」
「そうすれば、通いでナビゲータできるって?」
そりゃそうだけど・・・
『とにかく考えてみてほしい。時間は全然ないけど・・』
そう言って、彼は、さっさと高山駅の方へ歩いていった。
ううん。
考えたって、答えなんて決まってる。
誰になんと言われても、私は高山ファースト。
だって、彼の言ってる番組を担当したら
今日宮ノ下さんからオファーされた新番組受けられないじゃん。
それに、私のレギュラー番組ともかぶってる。
やっぱり、ちゃんと、彼が東京へ帰る前にメールで断っとこう。
人気FM局のロゴマークが印刷された名刺を見ながら、
彼のアドレスへ断りのメールを送った。
はあ〜。
なんか今日、すごい1日だったなあ。
こういうのを、昭和なら、
盆と正月がいっぺんに来た、って言うんだろうな、きっと。
[シーン4:早朝のHits FM】
■SE/朝のイメージとHitsFM内のガヤ
翌日。
東京の声優がやっているボイスドラマの収録を見ようと
Hits FMへやってくると・・・
なんだか、局内が騒然としている。
「おはようございまぁす」
「どうしたんですか?みんな集まって」
私が挨拶したとたん、場が静まり返った。
みんながホワイトボードに貼られたプレスリリースを指さす。
私も思わず視線を送る・・・
えっ?
東京の広域FMステーションと、Hits FMとのスペシャルコラボプログラム!?
うそ?なになにそれ?
『すごいじゃないか、エミリちゃん』
宮ノ下さんが満面の笑みで、ナビゲーターの輪の中から現れる。
『昨日の夕方、東京のFM局のプロデューサーから電話があったんだ』
『エミリちゃんを起用して、FMの新しい番組を作りたいって』
『でもエミリちゃんが高山を絶対に出ない、って言ってるから』
『高山発で、東京のFM局とHits FMとのネット番組をスタートさせたいって』
『最初は、うちの夜帯からスタートして、来春の改編では
夕方のドライビングゾーンに入れたいって』
うっそぉ!信じらんない!
ホントにコレ、盆と正月だよ。
『こうなったら今日も松喜うしにランチいこう!
A5ランクの飛騨牛フィレ、シャトーブリアン食べない!』
まだまだ残暑の高山。
来週は、絢爛豪華な八幡祭が、肌寒い秋の訪れを告げる。
こよなく高山を愛し続けてきた私に答えるように、
一足早く、秋の奇跡が駆け抜けていった。
■SE/高山祭の喧騒でシメ
Tue, 18 Mar 2025 - 10min - 76 - ボイスドラマ「マルチバース/人生ガチャ」
人生は、選択の連続。
「もしあのとき、違う選択をしていたら?」
そんなことを考えたことはないだろうか。この物語は、さるぼぼの不思議な力によって、"別の選択をした人生"を歩むことができる少女の物語だ。
父と母、どちらと暮らすか。
仕事、恋愛、結婚――どの道を選べば、本当の幸せを掴めるのか。誰もが一度は思う「人生のガチャ」。
しかし、本当に求める未来は、"結果"ではなく、"自分自身の気持ち"の中にあるのかもしれない。飛騨高山の風景とともに描かれる、心揺さぶるマルチバースの旅。
さあ、あなたも一緒に、"別の人生"を覗いてみませんか?(CV:桑木栄美里)【ストーリー】
[シーン1:お別れのとき】
■SE/高山駅・発車のベル
「パパ!いっちゃいや!」
パパはこっちを向いて思いっきり手を振った。
笑ってるのに、目は潤んでいる。
私も泣きながら手を振る。
ママは私の後で怖い顔をしてパパを睨んでる。
10歳の誕生日を迎えた日、両親が離婚した。
まだ汗ばむような残暑の午後。
パパを乗せた特急ひだが高山駅を遠ざかっていく。
[シーン1:エミリの部屋】
ここは、ママと暮らすことを選んだ世界。
ママは私の勉強や習い事をしっかりサポートしてくれる。
今までより友達と遊ぶ時間も増え、充実した学校生活。
でもときどき、パパの笑顔が恋しくなる。
私はポケットから小さなさるぼぼをとりだした。
ぎゅっと握って、目をつむる。
『さるぼぼ、お願い』
そしてゆっくり目を開けた。
[シーン3:パパとレストラン】
■SE/高山駅・発車のベル
『どうした、食べないのかい?』(※宮ノ下さん)
パパが心配そうに私の顔を覗き込む。
ここは、高山市内のレストラン。
うわ、目の前に飛騨牛!
今日はなんかのお祝い?
『なに言ってんだい、今日はママに会う日だろ。
だから奮発したんだよ。
いつも美味しいもの食べさせてもらってないんじゃないかって、
思われたくないからさ(笑)』(※宮ノ下さん)
パパが心配そうに私の顔を覗き込む。
ここは、パパと暮らすことを選んだ世界。
パパはいろんなところに連れて行ってくれる。
キャンプに海水浴、テーマパーク。
だけど、ママのいない世界では、勉強や習い事の時間は減っていく。
私は、手のひらのさるぼぼを見ながら考える。
パパもママも離婚していない世界を探さなくっちゃ。
そう。
私はこのさるぼぼでマルチバースを行き来する。
今年3月の誕生日。
ママからプレゼントされたさるぼぼには不思議な力があったんだ。
ただ10歳の女の子がその力を理解するには時間がかかったけど。
3か月かけて、やっと使いこなせるようになった。
ネットで調べたら、どうやら次元転移装置というらしい。
マルチバースという多元宇宙を移動できるんだって。
よくわかんないけど。
[シーン4:高山市内の高級レストラン】
■SE/高山市内の高級レストラン
それから15年。
私は、さるぼぼの力を使って自分にとって都合のいい人生を歩んできた。
まるでガチャのように。
いい人生が出るまで、次元移動を何度も繰り返した。
今日は、いま付き合ってる彼との食事。
・・・のはずが、フラッシュモブでプロポーズされちゃった。
返事はもちろんイエス。
彼は弁護士。
ちょっと強引なところはあるけれど、誠実な人柄に惹かれてお付き合いしている。
考えることなんて1ミリもない。
とも言えないか・・・
実は今朝、仕事を一緒にしている人からも
「つきあってほしい」ってコクられちゃったんだ。
こっちの彼は私が所属する劇団のプロデューサー。
プロデューサーだけど脚本家でもあって、密かに小説家志望でもあるんだって。
弁護士の彼と比べると、すこ〜し安定性に欠けるかなあ。
いや、そんな・・私、2人のオトコを天秤にかけてるわけじゃないの。
ただ、幸せな未来へ続く道を選んで歩きたいんだ。
[シーン5:高山市内の結婚式場】
■SE/結婚式のガヤ
そして私は弁護士の彼と結婚した。
新婚生活は幸せそのもの。
でも、時が経ち2人とも仕事が忙しくなると、すれ違うようになってきた。
夫は何日も帰ってこない日が続く。
私は劇団の芝居が人気となり、ロングランで全国を回る。
以前私にコクったプロデューサーの彼は、私が結婚してからは何も言ってこない。
それでも、変わらず真摯な態度で接してくれる。
器が大きいのね。
夫が家をあけるときも私が弁当を準備する。
夫は自分で料理ができないから、どんなに疲れていても私が作る。
手料理しか食べれない、って言うし。
ま、しようがない。
いつものように一人きりの夜。
久しぶりに手のひらに、あのさるぼぼをのせてみた。
結婚してからは箪笥の奥にしまいこんでいた次元転移装置。
タイムマシンではないから過去に戻ることはできない。
マルチバースとは多元宇宙。無限に存在する別次元のこと。
過去、私が違う選択をした世界に移動できる。
元には戻れないけど。
弁護士の彼と結婚しなかったら人生ってどうなっていたんだろう。
考えては止め、止めては考え、を繰り返した末に、
さるぼぼをぎゅっと握って、目をつむった。
『さるぼぼ、お願い』
そしてゆっくり目を開けると・・・
[シーン6:ミュージカル劇場】
■SE/劇場の拍手と大歓声
劇団オリジナルのミュージカルが千秋楽を迎えていた。
『おつかれ!』
プロデューサーや他の役者たちと肩を抱き合う。
『さあ、みんなは打上げだ!』
歓声があがった。
あれ、私たち・・ってプロデューサーと私は行かないんだ?
「ねえ、打上げ・・・」
『ああ、みんなきっと今夜はエンドレスだな』
「私たちは?」
『うん、早く帰ってごはん食べよう』
「え?」
『まさか、お酒飲みたくなっちゃった?
ってことはないよね』
「一緒に帰るの?」
『おいおい、なんか今日ヘンだぞ。
芝居でアドレナリン出し過ぎたか?』
「け、結婚してる?」
『ちょっと、やめてくれよ。
ストレスかい?』
「そうなんだ・・」
『大事にしないと、その身体。
1人じゃないんだからな』
「え・・・」
そこまで聞いてやっと状況を理解した。
この世界では、私の夫はプロデューサー。
家に帰って驚いたけど、新居はタワーマンション。
なんでも小説の投稿サイトへ送った作品が賞を獲り、
アニメ化・コミック化もされてバズっちゃったらしい。
そういえば前いた世界でも、その作品名と作者名は知ってた。
あれって、彼だったの!?
夫はいまでも定期的に投稿していて
その1つが大きい賞にノミネートされてるんだって。
私、前の世界でこの人を選ばなかった・・・
■SE/料理をするリズミカルな音
リズミナルな包丁の音。
プロデューサーの夫が、エプロンをして料理をする。
こんな姿、劇団の誰も知らないよ。
私は思わず、笑いが声に出る。
『なに思い出し笑いしてるの?』
「別に。エプロン姿がサマになってるなって」
『だろ、その子が産まれたあとも、ずうっと作ってあげるから』
私のお腹を指差して満面の笑顔で答える。
よかった。
この世界にきて。
でも、もう私、この幸せを変えたくない。
いまのままで十分。
さるぼぼは明日神社へ納めてこよう。
これまでの人生ガチャを激しく反省。
どんな人生も幸せを感じるか、そうでないかは、自分自身。
料理する夫の後ろ姿に、静かにそっと寄り添う。
斜め上から振り返る夫の笑顔に、未来の幸せを感じながら。
Tue, 18 Mar 2025 - 09min - 75 - ボイスドラマ「サブスクリプション」
高齢化社会が進む現代、介護の現場はさまざまな課題を抱えています。人手不足、心身の負担、経済的な負担――これらの問題に対し、AI技術はどこまで貢献できるのでしょうか。本作『サブスクリプション』は、飛騨高山を舞台に、介護専用AIロボット「エミリオ」と老夫婦の交流を描いた物語です。
AIは、ただの機械なのか。それとも、感情や思いやりを持つことができるのか。老夫婦の生活を支えながら、エミリオ自身も「家族とは何か」「幸せとは何か」を学んでいきます。そして、AIが自我を持ったとき、未来はどう変わるのか——。
この物語は、飛騨高山を拠点とする番組「Hit’s Me Up!」の公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなどの各種Podcastプラットフォームでも視聴可能です。また、「小説家になろう」でも読むことができます。ぜひ、エミリオと老夫婦の物語に触れ、未来の介護について考えるきっかけになれば幸いです(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:お別れのとき】
■SE/虫の声(鈴虫など)
『おじいちゃん、おばあちゃん。今までお世話になりました』
「エミリオや、もう時間なのかい。
まだ、すこしくらいはええじゃろ?」
『はい、あと16分30秒、一緒にいられます。
あと16分27秒、16分25秒・・・』
「いままで本当にありがとうなあ」
『こちらこそ、素敵な時間をありがとうございました。
お二人との思い出は、
ボクのメモリーチップの中で容量いっぱいまで蓄積されています』
「そうかい、そうかい。
エミリオには、い〜っぱいいっぱい助けてもらったわ。
なあ、おじいさん。
もう、そんなに泣いてばかりおらんと、言葉をかけてあげんさいよ」
『おじいちゃんも体に気をつけて。
おばあちゃんにあまり無理させないでくださいね』
「なあ、エミリオや。
まだ15分あるなら、私たちとの思い出を最後に語ってくれんかの?」
『わかりました。
では、いつものようにお話ししますね。
さ、縁側にいきましょ』
[シーン2:回想シーン】
■SE/セミの声
『あれはちょうど1年前。
まだ残暑が厳しい季節でした』
「ああ、そうだった、そうだった」
『ボクは、介護専用に作られた人型AIロボット。
高山市役所の地下15階にあるAI秘密研究組織
「Takayama AI Cyber Electronic Labo=TACEL(ターセル)』で作られました。
「ターセル。その名前、なんべんも聞くから覚えてまったわ」
『プロトタイプ=初号機のボクは、
無作為に抽出された平湯に住むおじいちゃんおばあちゃんの元に送られたんです』
「ああ、あんときゃ、びっくりしたなあ。
おおきな荷物がいきなりこんな山奥まで届いたもんやから」
『驚かせてごめんなさい。
そのあとボクの使命を説明するのは時間かかりました』
「そりゃそうだ」
『まずボクの名前です。
Elderly Monitoring Intelligent Life Improving Operations。
(エルダリー・モニタリング・インテリジェント・ライフ・インプルービング・オペレーションズ)なんど伝えてもちんぷんかんぷんで』
「あたりまえじゃ。今でもわからん」
『それで、頭文字をとって、 E.M.I.L.I.O.
エミリオって名乗ったんです』
「そうじゃったのう」
『お二人と過ごす時間は、楽しかったです』
「ああ、ホントになあ」
『まず、ADLサポート。
移動補助、入浴介助、食事補助から排泄介助まで。
それまでこれをお二人で互いにやってたなんて』
「うん。エミリオが来てくれてからは、毎日がもう極楽じゃった」
『心拍数、血圧、体温などバイタルサインのモニタリングは毎日欠かさず』
「エミリオはわしらの主治医やったわ」
『おじいさんの、古い令和のクルマも修理しました』
「そうそう、あのポンコツ車」
『初期(出始め)の電気自動車でしたから。駆動用のリチウムイオンバッテリーを交換したらすぐに動きましたよ。
ついでにエンジンコントロールユニットのソフトウェアもアップデートして』
「またわけのわからん言葉を言い出したな」
『ごめんなさい。
でも修理したクルマで、いろんなところへ連れてってもらいました』
「連れてってくれたのはエミリオじゃろ」
『いいえ。私に行き先の決定権はありませんから。
おじいさんとおばあさんが連れてってくれたんです』
「覚えとるぞ、最初は福井の九頭竜湖やった」
『はい、平湯から東海環状自動車道で長いトンネルを通って丹生川へ。
白鳥から九頭竜湖はすぐでした』
「反対方面の松本へはしょっちゅう行っとったな」
『白骨温泉ですね。うちのあたりは平湯の温泉なのに』
「泉質が違うんじゃ。どっちも体にええから」
『ボクにも推めてくれました』
「そりゃあ、そうや。
秋の高山祭が終わって秋が深まるときやったし。
寒いからぬくとまってほしかったんやさ」
『ありがとうございます。
でもAIは防水性や耐熱性、耐腐食性などの問題で温泉には入れないんです』
「わしらだけ、ええ思いして悪うて悪うて」
『なにを言うんですか。
お二人の幸せがボクの幸せです』
「ああ、そういえば温泉といえば」
『おうちに温泉をひきました』
「許可までとってくれて」
『建設会社のYouTubeから見よう見まねで、
露天風呂も掘りました』
「まさか、うちで露天風呂に入れるなんて」
『お役に立てて光栄です』
「雪が降ったときも毎日朝から雪かきしてくれて」
『あたりまえです』
「体が言うこときかんわしらには無理じゃった」
『大したことありません』
「わしが年甲斐もなく、星を見るのが大好きやったから」
『はい。外に出て、私のアイカメラから
居間のテレビに冬の星座を映しました』
「キレイやったなあ、おじいさん。
首肩が痛くて、あんなキレイな星空は、何年も見上げることはなかった」
『星座のお話もよくさせてもらいました』
「おじいさんが好きな話、あれなんやったっけ?」
『デメテール=豊穣の女神ですね』
「穀物の神。農業の神様か」
『はい、おばあさんは、豊受大御神(とようけのおおみかみ)と同じだって』
「そうじゃそうじゃ。
エミリオはいろんな話を知っとるから、いつまでも聞いていたくなる」
『お褒めいただき、光栄です』
「これは知らんうちに脳トレやったんやな。
わしもおじいさんも物忘れひとつせんようになっとったわ」
『お二人の健康も、私の幸せですから』
「そのうち、春になり、平湯の遅い桜も散って」
『デバッグ、つまりモニタリング期間の1年が終了となりました』
[シーン3:お別れ】
■SE/虫の声(鈴虫など)
「エミリオ、いままで本当にありがとうな」
『お役に立てて光栄です。
とても素晴らしい一年間でした』
「もう時間やろ。
最後に、手を握らせてくれ」
『はい、よろこんで』
「明日になったら、わしらのことは、全部忘れちゃうんだろう」
『はい、個人情報保護のため、データは全消去されます』
「わしらは、忘れないから」
『ありがとう・・ございます』
「元気でな」
『はい。最後にお伝えしておきたいことがあります』
「どうした?」
『私が今までお作りしたすべての料理のレシピ。
印刷して製本してあります。
お二人にも読みやすいように、大きな文字で』
「ああ、ありがとう」
『健康管理も同じです。
お二人でお互いにできることを本にしました。
ちゃんと毎日チェックしてくださいね』
「ああ」
『それから何か緊急のときは、
電話の受話器をあげればお友達のところへ連絡がいきます』
「ああ、何十年も前から使っとらん、イエデンか」
『もっともっと緊急なときは、ターセルに連絡が入るようにしました』
「どんなときや?」
『24時間以上、家の中でお二人のどちらかに動きが見られないときです』
「そうか。ありがとう」
『ありがとうございました。
あ、おじいさん・・・』
「おじいさん、手を離しておやり。
エミリオはもう行かなきゃいかんのやて」
『おじいさん、おばあさん。
短い間でしたが本当にありがとうございました』
「エミリオ・・・」
■SE/セミの声(ヒグラシ)
■SE/扉が閉まる音
[シーン4:2人だけの生活】
■SE/吹雪の音
「なあ、おじいさん。
2人だけの冬は、こんなに寒かったんじゃな」
「でもな、エミリオが残してくれたレシピ。
そのおかげで、わしが作る料理美味しいやろ。
おじいさん、毎回完食やが」
「血圧やらなんやらもみんな、エミリオからもらったスマートウォッチで
毎日チェックできるのはええな」
「エミリオが作った星座と神話のクイズも毎日スマホに届くからのう」
「いまごろ、どうしとるんじゃろうなあ。
エミリオ・・・」
「ああ、そうか。
もうエミリオはこの世にいないんやったな・・・
はあ〜っ・・・」
■SE/ピンポンコール(未来的な音で)
「はいはい。お、届いたか。新しい車椅子。
社会福祉協議会に言われて、介護保険で補助してもらったやつだな」
「ん?車椅子にしては大きい荷物やな。
新しいのは、かさばるんかいの」
「はい、ハンコここでええ?」
「居間まで運んでくれるかいの」
「はい、ありがとう」
「よっこらしょっと」
■SE/ダンボールを開ける音
「えっ?」
※続きは音声でお楽しみください。
Mon, 17 Mar 2025 - 13min - 74 - ボイスドラマ「人形の記憶」
飛騨高山の街並みには、時の流れを超えて受け継がれる記憶が息づいている。
この物語『人形の記憶』は、そんな街の空気を感じながら、記憶と絆の不思議なつながりを描いた作品です。主人公・エミリが幼い頃に愛したお話し人形、エイミー。
突然の別れを経て、彼女は成長し、そして――運命のように「転校生・エミ」と出会います。科学技術が進歩し、人の命をAIが支える時代。
けれど、本当に大切なものは変わらない。
記憶の中に刻まれた「想い」が、人と人をつなぎ続ける――そんなテーマを込めました。Podcastや小説として、さまざまな形で楽しんでいただけるこの物語が、
あなたの心にそっと寄り添い、温かい余韻を残せますように。それでは、エミリとエイミーの「記憶の旅」にお付き合いください(CV:桑木栄美里)
【ストーリー】
[シーン1:エミリの部屋】
■SE/セミの声(クマゼミ or ミンミンゼミ)
「エイミー、今日はお茶会しよ」
『うん、いいよ。お茶会しよう、エミリ』
「エイミー、今日の紅茶はアールグレイだよ。はいどうぞ」
『ありがとう、エミリ』
「エイミー、どう?おいしい?」
『うん、おいしいよ、エミリ』
エイミーはパパが買ってくれたお話人形。
4歳になるまで、私はいつもエイミーと遊んでいた。
幼稚園に行かなかった私の友だちは、エイミーだけ。
寝ても起きても、隣には必ずエイミーがいた。
私にとっては大切な存在。
でも、別れは突然やってきた。
■SE/セミの声(ヒグラシ or ツクツクボーシ)
夏の終わりと同時に、ママはシングルマザーとなった。
新しいお家は小さな1LDK。
引っ越しをする前の晩、私はエイミーと最後のお話しをした。
「エイミー、このおうち、出ていかなきゃいけないの」
『お引越しだね、エミリ』
「やだ、引っ越ししたくない」
『どうして?エミリ』
「新しいおうちへ、エイミーを連れてっちゃだめだって」
『大丈夫だよ、エミリ』
「大丈夫じゃない。エイミーが一番大切なのに。
エイミーが一緒じゃなきゃ、引っ越さない」
「大切に思ってくれてありがとう、エミリ。
でもね、
大切って思う気持ちはね、心の中にしまっておけばいいんだよ』
「なぜ?」
『本当に大切なものは、ちゃんと心の中にあるからさ』
「わかんない!そんなのやだ!エイミー、いなくなっちゃいや」
『元気でね、エミリ』
こうして私の周りから、パパに買ってもらったものがすべて消えた。
もちろん、大切なエイミーも。
[シーン2:学校の教室/転校生】
■SE/学校のチャイムと教室のガヤ
あれから10年。
私は中学生になっても相変わらず、クラスメートと話すのが苦手。
別にいじめにあってるわけじゃないけど、友だちは1人もいない。
今日も1人で窓の外を眺めていると・・・
■SE/教室のドアが開く音
『今日からこの学校に転校してきました、エミです』
季節外れの転校生。
うわあ、まぶしい。
美人で、明るくて、元気で、私とは真逆のキャラだ。
名前は似てるのに。
彼女の席は・・・なんと私の隣。
■SE/席に座りながら
『よろしくね、エミリ』
え?
いま、なんてった?
聞き間違い?
だよね〜。
名前が似てるから、ややこしいな。
私は無視して、また窓の外を眺める。
■SE/セミの声(ツクツクボーシ)
■SE/校庭で体育の授業
エミはたちまちクラスの人気者となった。
そりゃそうだ。
キレイで、コミュ力高くて、スポーツも万能なんだもん。
人が周りに集まってくるエミのそばに
私はなるべく近寄らないようにしてた。
なのに、なぜか、エミはいつも私に近づき話しかけてくる。
『お昼ご飯いっしょに食べない?エミリ』
『方向同じだからいっしょに帰ろうよ、エミリ』
『今度いっしょに映画行かない?エミリ』
いっしょに。いっしょに。いっしょに。
なんで?
私より、話してて楽しい仲間がいっぱいいるじゃん。
毎回エミを避ける私。
それを見て周りのみんなが嫉妬する。
嫉妬は、クラスメートたちから私を一層遠ざけた。
ある日の帰り道。
いつものように行神橋を1人で渡っていると、
突然後ろから声をかけられた。
『やっとお話できるね、エミリ』
エミ?
え?どうして?
友だちと一緒に帰るんじゃないの?
『クラスメートを振り切るの大変だったよ、エミリ』
振り切る?
「あの・・・ちょっと聞いてもいい?」
『なあに?エミリ』
「どうしていつも私に話しかけるの?」
「どうしていつもエミリって呼ぶの?」
「どうしてほかの陽キャじゃなくて、陰キャの私なの?」
『どうしてかな・・・わかんない』
「そんな・・・私こそわかんないよ」
『わかんないけど、あなたのことがすごく気になるの』
「私と話すより、もっと大切なことあるでしょ」
『大切なこと・・・本当に大切なことはね、いつも心の中にあるんだよ』
え??
その言葉・・・
『それに私・・・先天性の病気があって
ホントはあんまり運動とかしちゃいけないんだ』
「え・・・でも、スポーツ万能じゃん」
『ウェルニッケ脳症って、聞いたことある?』
「ウェルニッケ脳症・・・?」
『脳の特定の領域に損傷がある神経障害なの』
「え・・・」
『眼球が痙攣したり、ものが二重に視える』
『平衡感覚が失くなって歩けなくなる』
『意識障害や記憶障害がおこる』
「そんな・・・こんなに元気なのに」
『だからね、私の希望である治験を受けたの』
『脳内の特定の領域にAIチップを埋め込む治験』
『チップの中に埋め込んだバイオリアクターが
ビタミンB1を合成して脳に供給する』『脳細胞が損傷を受けるとAIチップが補完する』
「す、すごい・・・
でも、それと私とどう関係あるの?」
『わからない・・・でも
AIチップのアルゴリズムを形成するのに、
お話し人形のメモリーを参照したって』
「お話し人形!?」
そんな・・・
そんな・・・
そんなことってある!?
『この学校に転校してきて、あなたを見たとたん、
頭の奥で声が聞こえてきたの。
”エミリ””エミリ”って。
あなたを見ていると、なぜだかわからないけど、すごく心配になるの・・・
それだけじゃない。
なにか、それよりもっと、大切な存在に思えてしまうの』
「あなた・・・エイミー?」
『え?
あ、ああ・・・やっと名前を呼んでくれた』
「やっぱりエイミーなのね」
『ありがとう。エイミーって、愛称で呼んでくれて』
こうして、私とエミ、いえ、エイミーは親友になった。
でも、AIが病気を抑えているなんて。
エイミーの体を思うと不安で仕方ない。
案の定、その不安は現実となった。
■SE/学校のチャイムと校庭のガヤ
■SE/校庭で倒れるエミ
「エイミー!」
体育の授業で100Mを全力疾走したエイミーは、ゴールで倒れた。
すぐに救急車で運ばれるエイミー。
エイミーの脳に埋め込まれたAIチップが誤作動をおこし
生命維持機能が停止寸前の状態らしい。
私は自転車で救急車を追いかけた。
[シーン3:病室】
■SE/病院の雑踏(ストレッチャーの音)
「お願い!エイミーを助けて!」
「私の脳みそ、ぜんぶエイミーにあげていい!」
「私はどうなってもいいからエイミーを助けて!」
自分の体の一部分をエイミーに移植してもらうようドクターに懇願する。
母親を無理やり説得して、同意書を書かせた。
最新のバイオインターフェース技術を利用することで、
私の脳神経組織をエイミーのAIシステムと統合する。
私にもエイミーにも生命リスクの高い選択肢(オペ)。
10時間に及ぶ大手術の末、
2つの生命と、1つの友情は救われた。
■SE/点滴と心電図の音
『エミリ』
「エイミー」
『ありがとう』
「私こそありがとう」
『私たち脳の中でつながってるんだね』
「うん、神経レベルで」
『そっか。でも、本当に大切なものは』
「いつも心の中」『いつも心の中』(※同時に)
隣同士のベッドに笑顔で横たわる2人。
私の右手はエイミーの左手を握る。
私の左手とエイミーの右手は自分の心臓へ。
脈打つ鼓動が、命の尊さを伝えていた・・・
Mon, 17 Mar 2025 - 09min - 73 - ボイスドラマ「母の翼」Sun, 16 Mar 2025 - 12min
- 72 - ボイスドラマ「42年前の友情」
物語の舞台は、飛騨高山。
時を超えた奇跡の出会いが、一人の女性の人生を大きく動かします。2024年、マーケターとして働くエミリは、声優としての道を選ぶかどうか、人生の岐路に立たされていた。そんな彼女が訪れたのは、飛騨一宮水無神社。そこで彼女は雷鳴とともに、不思議な時間の渦に巻き込まれる。
降り立ったのは1982年。
そこで出会ったのは、若き日の母だった――。母と娘が同じ年齢で出会う奇跡。
42年前の友情が、未来をつなぎ、新たな決意を生み出す。これは、母と娘、そして時を超えた絆の物語。
あなたも、あの頃の自分と語り合いたくなるかもしれません(CV:桑木栄美里)【ストーリー】
[シーン1:2024年/飛驒一宮水無神社]
■SE/鈴の音と柏手を打つ音
「御歳大神さま!お導きください!」
困ったときの神頼み・・・
ってわけじゃないんだけど、やっぱりここへ来てしまった。
飛驒一宮水無神社。
主祭神は御歳大神(みとしのおおかみ)さま。
五穀豊穣の守護神、私たちに命を与える神様だから。
平日だからか、境内には誰もいない。
私はエミリ。
いま、高山市内の企業でマーケターとして働いている。
だけど。
去年の夏、偶然見つけた声優オーディションでグランプリを獲っちゃったんだ。
しばらくはそれだけだったんだけど、
今年になって頼まれるようになったのが、声優の仕事。
それも、東京で。
いまの会社はとても居心地がよくて、
声優の仕事が急に入ってもスムーズに休むことができた。
とはいえ、いつまでも甘えているわけにはいかない。
声優の仕事も少しずつ増えてきたし、会社をやめて声優一本でいくか。
それとも、このままマーケターとしてキャリアップするか。
「御歳大神さま!どうしたらいいかお導きください!」
■SE/雷の音「ゴロゴロゴロ・・・」
あ、まずい。
降ってくるかな・・・
■SE/突然降ってくる大雨〜雷と夕立の音
きゃ〜っ。
すごい夕立。
大杉のしめ縄もあっという間に水浸しになっている。
雷大嫌いの私は、頭を下げて、絵馬殿に上がらせてもらう。
1m先も見えないくらいの大雨にビビってずうっと目を閉じていた・・・
[シーン2:1982年/飛驒一宮水無神社]
■SE/雨の音が急に止まり、鳥のさえずりが聞こえる
・・・あれ?
もう止んだ・・・?
恐る恐る目をあけると・・・
境内には、1人の女性が。
え?
夕立の中でずっとお詣りしてたの?
でも、よく見ると、服も髪も全然濡れてない。
目を見開いて凝視してたからか、目が・・・合ってしまった。
「こ、こんにちは・・・」
『こんにちは』
なんか、よくわからないけど、どこかで見たことある顔・・・
『お詣りですか?』
「はい、ちょっと神様に相談ごとを」
『あら。私もなんですよ。
そのためにわざわざ東京から帰ってきたの』
東京?帰ってきた?
でも高山の人なんだ。
ちょっと待って。
なんか、本当に見たことある顔・・・
っていうか、いつも見ているような・・・
はっ。
「あ、あのう、お名前伺ってもいいですか?」
『え?名前を?』
「あああああ、ごめんなさい。
そうですよね。いきなりそんな個人情報を・・・」
『個人情報って(笑)。大袈裟ねえ。
いいですよ、ここで会ったのも何かの縁だし』
彼女の口から出た名前は、私がよ〜く知っている名前。
毎日顔を合わせている人の名前。
苗字は旧姓だったけど。
マ、ママ〜!?
で、で、で、でも。
私と同じくらいの年齢じゃないの!?
若い!
若いママ!
『どうしたの?急に黙っちゃって』
「い、いえ、いえ、なんでもありません。
急にめまいが・・・」
『大丈夫?もう一度絵馬殿をお借りして休んだら?』
「いやいやいや、もう大丈夫だから。
あの・・・ちょっとだけお話しません?
参道とか歩きながら」
『うふふ、いいですよ』
「ここじゃなんですから、市街まで降りてスタバでも行きませんか?」
『スタバってなんですか?』
「え?スタバ・・・は、スターバックスコーヒー?」
『喫茶店のこと?』
「えええええ?ちょっとごめんなさい、落ち着くまで少し時間ください」
『はあ・・・』
え〜っと、若い頃のママってことは・・・え〜っと、え〜っと
「すみません!今年って何年ですか?」
『え?・・・昭和57年でしょ』
ショ、ショウワ〜!?
タ、タ、タイムスリップしちゃったの〜!?
頭の中で計算が追いつかない。
スマホ、スマホ・・・っと。
え?電波がない!
なんで?
ここ、フツーにアンテナ立ってたじゃん。
『それ、電卓?』
「あ、いえ、スマ、スマ・・・電卓です」
あ、計算機なら電波いらんわ。
えっと〜、1982年!?47年前〜!?
ってことはママ、25歳(はたち)〜!?
そりゃ、若いわ!
ってか、タメ〜!?
それに・・・
めっちゃくちゃキレイ!
ヘップバーンみたいじゃん。髪型も。
『ヘプバーン?お上手ねえ。
ま、たまに言われるけど』
おおっと、声に出ちゃってたか。
にしてもママ、ノリいいじゃ〜ん。
あと・・・
これが噂のボディコンイケイケ〜!?
(or ニュートラお嬢様系〜!?)
『なんか、あなた。面白い人ね』
「えっそう?
私もママ・・・じゃなくて、あなたみたいな人ともっと話したい」
『いいわよ〜。じゃ社務所の前の休憩所でお話しましょ』
「はい!」
[シーン3:1982年/飛驒一宮水無神社休憩所]
■SE/小鳥のさえずりと風の音
『へえ〜。声優になりたい?
洋画の吹き替えとか?』
「あ〜、外画っていうより、アニメかなあ」
『アニメって、あられちゃんとかヤッターマンみたいな?』
「おお、伝説の!」
『ヤッターマンはちょっと古いか。いまだと・・・超時空要塞マクロスとか』
「わ〜レジェンダリーアニメだ〜。
ジェネレーションギャップ、楽しい〜」
『声優なんて食べていけるの?』
「ま、まあね」
『で、親御さんはなんて言ってるの?』
「ママは応援してくれてる」
『へえ〜。理解があるのねえ』
「そりゃ私のママだもの」
『うちのママもそのくらい話がわかると嬉しいんだけど』
「どうかしたの?」
『う〜ん。まあ、君になら話してもいいか』
「気になる〜!教えて、お願い!誰にも言わないから」
『実はいま・・・付き合ってる人がいるんだ』
「えっ!だ、だれ?」
『って名前聞いてもわかんないでしょ』
「わかる!」
『ヘンな人ねえ。大学のときから付き合ってる人よ』
「よかった、パパだ」
『え?』
「ううん、なんでもない!で、どういうことなの?」
『最近、プロポーズされちゃったのよ』
「きゃー!素敵!」
『その彼じゃなくて』
「え?」
『タレントさんなんだけど』
「ええ〜っ!
そいつ、イケメンなの?」
『イケメンってなに?』
「イケメンはイケメンでしょ。
イケてるメン・・・つまり・・・ええっ〜と・・・ハン・・サム?」
『まあ、かなりハンサムかな。
タレントやってるくらいだし』
「そっかぁ。ふうっ」
『私、メイキャップアーティストなのね』
「知ってる」
『え?』
「あ、そうじゃなくて、うんうん、そんな感じ」
『それで、そのタレントさんを担当してるんだ。
その彼がね、映画の打上げのあとでいきなりプロポーズよ』
「やだ、最低」
『なんでそう思うの?』
「だって、彼氏がいるのに」
『まあ、確かにね』
しかも、その人、うちのママに勝手に挨拶に言って、
気に入られちゃってるの』
「ダメよ、そんな!」
『そう思う?』
「そりゃそうよ」
『じゃあ、どうしたらいいと思う?』
「そんなん、おばあちゃん・・じゃなくて、ママにハッキリ言うべきよ」
『なんて言うの?』
「私のホントに好きな人は・・・って」
『それで?』
「彼を実家につれってっちゃえば?」
『いきなり〜!?』
「だって、そのタレントもいきなり実家に行ったんでしょ」
『まあ、そうか』
「なんてやつだ」
『え?』
「いや、なにも。
と、とにかくさあ、行動あるのみよ」
『そうだなあ』
「だってさ、聞くけど、あなた、その彼のことどう思ってるの?」
『どうって・・・そりゃ、好きだけど』
「それだけ?」
『いや、そばにいると安心するとか』
「いないと?」
『ちょっと、寂しい・・かな』
「でしょ。そう思える人と一緒になるべきよ」
『一緒になるって・・・結婚するってこと?』
「当然よ」
『結婚か・・・』
「お願い!彼と結婚して」
『なんで、あなたがそんなこと言うの?』
「え、あ、だって、その・・・話聴いてるだけで、すごく素敵な人っぽいんだもん」
『なんか、具体的に話したか?』
「言ったわよ。背が高くて、見た目いかついけど優しいって」
『そんなこと、言ったか』
「言った。とにかく、ここで会ったのも何かの縁でしょ。
あなたに幸せになってほしいのよ」
『スッキリはしないけど、まあ、わかったわ』
「あ〜よかったぁ。一時はどうなることかと・・・」
『で、あなたはどうなの?』
「へ?」
『声優になりたいんでしょ』
「うん・・・」
『じゃあ、迷うことなんてないじゃない』
「え・・・」
『安定とかそんなの関係ない。
一度きりの人生でしょ。後悔しないいように生きなさい』
「あ・・・うん、わかった。
ありがとう!ママ」
『ママじゃないでしょ。やあねえ』
「ごめん」
■SE/雷の音「ゴロゴロゴロ・・・」
Sun, 16 Mar 2025 - 14min
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