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オーディオドラマ「五の線3」

オーディオドラマ「五の線3」

闇と鮒

五の線2の続編です

211 - 184.2 第173話【後編】
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  • 211 - 184.2 第173話【後編】
    3-173-2.mp3 民泊の床下から続く通路は20メートル先の廃屋に通じていた。そこには生活の形跡はなく、何者かが常駐していた様子もなかった。ただ鑑識によるとバイクのタイヤ痕のようなものが確認されており、ここに出た朝戸は、そのバイクに乗って何処かへ移動したものと考えられた。 「駄目です。目撃情報はありません。」 地取り捜査の報告を受けた岡田は肩を落とした。 「自衛隊も公安特課も踏み込んだら対象居ませんでしたって…。」 昨日、自衛隊が踏み込んだアパートは今回の民泊とは目と鼻の先だ。どちらも常時監視という力の置きようで対応していたのにこのざまだ。こいつは四方八方から無能のそしりを受けるなと、気が滅入る岡田だった。 「地下通路って随分前から準備していたんですね。」 「…そうやろうなぁ。」 彼は机に広げられた現場付近の地図を見下ろしながら、生返事でしか応えることができなかった。 「ん?いま何て言った?」 「え?」 「あれ、お前、いま何て言った?」 「あ、いや、地下通路って昨日今日作れるもんじゃないでしょ。だから相当前からこのことを想定して準備していたんですねって。」 岡田は捜査員を見て目をしばたかせた。 「それだ。」 捜査員は首をかしげて岡田を見る。 「そうだ。どれだけの歳月をかけて準備をしてきたのかは知らんが、それがこうも立て続けに当局に踏み込まれるなんて、向こうにとったらしくじり以外のなにものでもないはず。」 「そうですね…。」 「なのに向こう側が焦っているような感じがせん…それ、俺だけかな。」 例の爆破テロは本日18時の予定である。あと6時間しかない。この土壇場で予定外の状況が発生し、今焦らないでいつ焦るというのだ。 「椎名が焦っていると自分聞いています。」 そうだった。この朝戸の失踪で一番焦っているのは椎名だった。テロの首謀者が一番焦っているのだから、岡田の見当違いだ。しかしその焦りをなぜか岡田は共有できない。その焦りの現場に自分が居なかったからか。 「暴走か…。」 「はい。」 「本当に暴走かね。」 「司令塔と突然連絡が取れなくなったんです。暴走といえば暴走じゃないですか。」 「この暴走も予定通りとかやったら話変わってくるんやけど。」 しかしその線は薄い。そう百目鬼らは判断している。椎名としてもここにきて制御不能の状況を作りたくはないだろうという見立てからだ。 しかし岡田はどうも納得がいかない。 この日のため莫大な月日と費用をかけて椎名達は準備をしてきたのだ。ちょっとやそっとのことで計画をふいにするなんてありえない。多少の変更点はあっても大筋は変えずに実行されるはず。 「制御不能を偽っとるとか…。」 制御不能をもしも偽っているとしたら、どこかでそれは回復をするはずだ。 朝戸は金沢駅にやってくる。きっと来る。なぜか岡田はそんな気がした。 この岡田の感覚を上司である片倉や百目鬼が抱いていない、何てことは考えにくい。彼らも岡田と同じ考えを持っていることだろう。 となればここで朝戸の行方を捜すことに力を割くことは、無駄とは言わないまでも、それほど価値ある事であるようには思えない。金沢駅にやってくるなら、その姿を捕捉した段階で排除する。それだけでよい。 「でもこれもただの俺の憶測…というか勘…。」 正直、いまの状況であっちこっちに人員や労力を割くことはできない。全員が疲労の局地にある。それがあと6時間。その6時間後にはいままでに経験をしたことがない極度の緊張状態を迎える。むしろ土壇場の今はそれに備えて休息をとらねばならないフェーズにある。おそらくこういった配慮もあるのだろう。百目鬼と片倉は朝戸の行方については、捕捉次第手か足を撃って、動けなくせよとだけ指示を出している。何が何でも探し出せとの指示は出していない。 朝戸は深追いしなくていい。俺は少し休む。お前も少しは休め。本番は6時間後だ。そう言って岡田は本部を後にした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    Sat, 30 Mar 2024
  • 210 - 184.1 第173話【前編】
    3-173-1.mp3 時刻は正午となった。携帯を見た椎名は、力なく首を振った。 「梨の礫か…。」 「こうなったからには、朝戸は捨てます。朝戸は発見次第排除お願いします。」 百目鬼に椎名が応えた。 「朝戸の合図を持って事が始まるんだろう。」 「私の統制下で事を起こす分には、それは制御可能ですが、事態はそうではありません。なので危険は排除しましょう。」 百目鬼は隣に居た片倉と目を合わせてひと言。 「わかった。」 これに椎名は頷いた。 「逮捕とか考えなくて良いです。その場で排除してください。」 「って言ってもな、俺らはそんなに簡単に民間人を殺傷できんのだよ。」 「なにも殺せと言っていません。朝戸を発見次第、片腕、片足を打ち抜いてください。物理的に何もできなくさせます。」 随分具体的な指示だな。そう呟いた百目鬼だったが、これに関しては椎名の言ったとおりに行動するよう現場に指示を出した。 「ん?どうした。」 ふと椎名を見ると彼はしきりに目をしばたたかせたり、擦ったりしていた。 「すいません。まつげか何かが入ったようです。トイレで顔洗ってきていいですか。」 「ああ。」 椎名は監視員と一緒に部屋から出て行った。 ドアを閉める音 「さてどうしたもんか。」 「どうしたもんでしょうね…。」 片倉が浮かない顔で百目鬼に応えた。 「まぁ作戦開始の合図を出せない状況さえ作ってしまえば、テロの筋書きを壊せるわけだから、あとは朝戸の排除に戦力を集中させれば良いんじゃないかと思えてきた。」 「でもそれだと上層部の言っている、関係者一斉検挙は難しくなるかと思います。SATも椎名案を採用したことですし、ここにきて作戦の変更はどうかと。」 これには百目鬼は口をへの字にして、一息ついた。 「お偉方のことは話半分でいいさ。事が起こっちまって、収拾不能になったらそれどころじゃない。それくらいはお偉方も分かってる。」 「しかし…。」 考えに考えた結果だと百目鬼は言った。 「とにかく失敗がこわいんだ。あいつらは。無謬性を求めるがあまり、ついついあれもこれもってどうでも良いものまで求めてしまう。結果どれも中途半端で失敗すんのにな。」 「役人根性ですか。」 「ああ。俺らもその役人なんだけど。」 「しかし、だからといって朝戸排除だけに専念しても、それで危険が完全に消えるわけではありません。テロは奴の合図で始まるって事になっていますが、仮に奴がこのままどこかに姿をくらましたところで、本当にテロは実行されないなんて考えられない。相応の人員がこれにかり出されているんです。」 「だろうな。そのままもし撤収となっても、それだけの人員が金沢駅周辺に18時時点で展開しているんだ。何かしらバレる。足が付く。絶対に。」 「はい。それに朝戸のように暴発する奴が出でもおかしくない。」 「だとすればこのまま朝戸の合図無しにテロを強行する可能性は捨てきれない。」 片倉は頷く。 「SATについては、このままの作戦でいく。」 「そうですね。」 「朝戸が消えた現在、椎名の統制は当てにならない。状況がエスカレートする可能性があるってわけか…。」 「どうするんですか。」 「上層部に事前に了承をもらっておく必要があるだろう。」 「何を?」 「椎名の言っていた奴だよ。」 「躊躇わないでください。」 「何を。」 「相手はテロリストです。検挙は最良ですが、最良を求めるがあまり犠牲を出すのは愚です。基本は力で制圧する。結果数名検挙程度で良とするくらいの割り切りが必要です。」171 「いや、だからその作戦で行くって話で上層部はそれで了承しているんじゃ…。」 「何言ってんだ片倉。お前、警視庁で何やってたんだ。」 脱いでいたジャケットを羽織り直した百目鬼は、またもふうっと息をつく。向かい合う片倉は百目鬼の意図を酌みかねるといった表情だ。 「事後の根回しだよ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「なに?朝戸が消えた?」 広坂の中央公園を背を丸くして歩く矢高の姿があった。 「何があったんだ。」 「公安特課が朝戸が滞在する宿に踏み込みました。ですがそのとき既に朝戸の姿はなかったと。」 「少佐は。」 「少佐も把握していない事態らしく。朝戸の暴走であると。」 「なんということだ…。」 「朝戸の早期の排除を少佐は求めています。」 「わかった。で朝戸の手がかりは。」 「ありません。」 携帯をしまって天を仰いだ。開けたこの場所から見える空一面は雲で覆われていた。湿度も高い。 「雨が降る...。」 ドローンはウ・ダバの手に渡り、朝戸も行方知れず。ヤドルチェンコ側の動きはここにきて完全に統制が効かなくなっている。 「何れにせよ現場は金沢駅。」 こう呟いた矢高だったが、ふと足を止めた。 「金沢駅…。」 朝戸は自分の意思で椎名の統制から離れた。ならばその後の行動は当初の予定をなぞる必要はない。 「あいつ自身まったく別の場所に移動して、そこで起爆装置をポチるってのもありか…。」 起爆スイッチは彼の手にある。この起爆装置によって金沢駅の爆発物が爆発する。これの変更はない。 ここに来ての朝戸の失踪は、自身の保身を考えてのものだったとする。そうなると起爆すらせずに逃亡を図る方が逃げやすい。 「この際、朝戸の存在自体はどうでも良い。だがあいつの合図がないとタイミングがとれない…。」 矢高の手に汗がにじみ出てきた。ズボンでそれを拭いて再び携帯電話を手にする。呼び出し音が鳴るにつれて手にするそれが湿気を帯びてきて居るのが分かった。 「どうした。」 電話に出たのはベネシュだった。 「想定外の事態が発生しました。」 矢高は押し殺すような声で話した。 「ドローンがウ・ダバの手に渡った以上に、なにが想定外と言うのかね。」 「ウ・ダバ側の行動開始の合図を隊長はご存じですよね。」 「盛大な爆発があるんだろう金沢駅で。」 「それが怪しくなってきました。」 矢高は朝戸の失踪についてベネシュに説明した。 「ウ・ダバは朝戸の失踪について把握しているのか。」 「わかりません。ですがいずれ発覚します。」 「しかしだからといってここに来てウ・ダバも作戦中止とはいかんだろう。」 「そうですね。ここまで準備して、何も気取られずに撤収というのも奴らにとってかなり難しいミッションとなります。」 「所詮、テロ組織。我々のような厳密な統率が取れているとは言いがたいしな。」 「はい。」 「なるほどそこでドローンか。」 「…そうですね。」 電話口のベネシュは乾いた笑い声をだした。 まるで朝戸の失踪を予期していたかのようなウ・ダバ側へのドローン供与だなとベネシュは言った。 「…決してそのような意図はございません。」 矢高は手汗でびっしょりの手をズボンで拭き、取り出したハンカチで額を拭った。彼の薄い頭髪は頭からの発汗を食い止める役割を果たしていなかった。 「分かっているさ。戦場は状況が刻々と変化する。これもそうだ。」 このとき湿った風が吹いた。それは彼の汗を幾ばくか吹き飛ばしてくれる恵みの風にように感じられた。 「今回の筋書きをどう変更して対応する…か。」 「はいそこです。」 今回の爆発テロの兆候を察知していたロシア政府と中国政府は、日本政府に今回のこのテロの押さえ込みをするよう働きかけていた。しかし、その努力も甲斐無く日本政府当局は対応を渋った。故に民間軍事会社であるアルミヤプラボスディアが、最悪の事態を想定し秘密裏に邦人保護作戦を準備していた。そして実際に爆破テロが発生。危機が現実化。結果やむを得ず出動、それらを鎮圧。安全が確保されるまでしばし現地を実力で占拠する。アルミヤプラボスディアの活躍によって救われたロシア系の住民と中華系の住民、通勤中の地元住民の感謝の声を大々的に国内外に宣伝。日本政府の安全保障能力のなさを知らしめ、日米同盟に亀裂を生じせしめる。これが当初描いていたシナリオだ。 しかしこのシナリオのきっかけである爆破テロが怪しくなっている。 「当てにならないものは予定とは言いません。現在の朝戸は自分たちにとって、混乱の元でしかなく、早期の排除が必要です。そう少佐はおっしゃっています。」 「…本作戦の前に我々が動くことは避けたい。」 風が吹く。湿った風だ。今度はそれが自分の手を汗っぽくさせた。 「その朝戸は何処に。」 ベネシュは静かに尋ねた。 「何の手がかりもありません。公安特課も奴の行方を捜しています。」 「公安特課よりも先に朝戸を探して消すか…。」 「はい。」 「無理だ。諦めよう。」 妙な汗が頭皮から直接襟首に流れ落ちてきた。とっさに彼はそれをハンカチで拭った。 「無理…ですか…。」 「無理だ。それは君も分かっているんだろう。」 分かっている。手がかりも何もない人間を探し出して、その存在を消す。しかも自分の身を隠し通して。そんなの映画の中の人物でも無理だ。 「朝戸の爆破がなくてもヤドルチェンコが確実に動くように仕向け、タイミングを計る方が、作戦的には良い。幸いあいつらはドローンという武器を手に入れたんだ。絶対に動く。」 「そうですね。」 信号機のない横断歩道を前に、ハンカチで顔を拭う矢高。汗を吸い込んだそれは全体がしっとりとしている。ふと空を見上げると、今度は先ほどの曇天がうっそうと生い茂る街路樹の隙間から漏れ見えた。 「隊長。つかぬ事を聞くのですが。」 「なんだ。」 「ドローンは雨でもいけるんでしょうかね。」 「今回、お前に手配してもらったやつは雨天対応型のはずだが。」 「だが。」 「昨日みたいな天候だと飛行は難しい。」 「……。」 矢高の存在に気がついたのか、横断歩道を前に一台の車が停車した。 その車の方を見て軽く会釈した彼は、そそくさと同断歩道を渡った。 渡りきって再び彼はその車を見た。運転をするのは妙齢の女性のようであった。横断歩道を分かる前とその後で挨拶をするなんて、随分丁寧な方ねと言ったように、彼女のほうも軽く頷いて走り去っていった。 「降り出した…。」 矢高は運転手を見ていたわけではない。車のワイパーが動き出していることに目がとまったのだった。
    Sat, 30 Mar 2024
  • 209 - 183.2 第172話【後編】
    3-172-2.mp3 腕時計に目を落としていた男が顔を上げると、前に居た男が頷いた。 ガラガラガラっと民泊の玄関扉を開くと、どこからともなく二人の背後から6名程度のアウトドアウェア姿の男らが現れ、物音ひとつ立てずに宿の中に全員流れ込むように入っていった。 「ごめんくださーい。」 「はーい。」 しばらくして奥から宿の主人が現れた。主人は目の前に突然屈強な男らが大勢現れたことに、驚きのあまり腰を抜かした。 「こちらに朝戸さんって方、泊まってらっしゃるでしょ。」 「あ、あ…。」 声すら出せない主人の驚きようだ。 「どちらに居ますか?」 この質問に主人はなんとか首を振って応える。 「わからない?」 これには頷いて応えた。 「そんなはずはないんだよなぁ。」 ちょっと中調べさせてもらうよと言って、主人は猿ぐつわをされ、両手両足を縛られた。 「はじめるぞ。」 リーダー格の男が握った拳を広げると、全員が宿の中に散らばった。彼らは手に拳銃のようなものを持っていた。 ただの民泊だ。朝戸を探すと行っても、時間はかからない。リーダー格の男は主人を前にどっかと腰を下ろして、報告を待った。 先ず、一階の捜索をしていた者たちがこちらに戻ってきた。彼はリーダーに向かって首を振る。 「わかった。ここで待機せよ。」 「了解。」 それから間もなく二階の捜索をしていた者たちが戻ってきた。彼らも首を振った。 「何だって?」 どこかに隠れているのかもしれない。再度入念に調べろとリーダーは全員に指示を出した。 ふと横に転がっている主人の様子を見ると、どこか笑っているように見えた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「なに…居ない…。」 民泊からの報告を受けた一郎の声が神谷に届いた。 「その民泊からの脱出経路があるはずだ。虱潰しに調べろ。」 神谷と卯辰兄弟がビル屋上からエレベーターに乗って事務所に移動中の時だった。 エレベーターの扉が開く音 「朝戸が消えたのか。」 「はっ。例の拠点に外への脱出経路が用意されていたと想定されます。」 「敵も然る者。」 「いかにも。」 「脱出経路を抑えたら、その先も抑えねばならんな。」 「はい。」 「人手がウチらだけでは足りないか…。」 「隠密行動なら事足りますが、大がかりになると無理かと。」 「すぐに公安特課に指示を仰ぐ。一郎は脱出経路の調査と、その先を抑えてくれ。」 「はっ。」 「くれぐれも注意せよ。」 「了解。」 「カシラ。」 次郎が神谷を呼ぶ。 「なんだ。」 「これで連中が動きを早めると言うことはありませんか。」 「ないとは言えないな。」 「ヤドルチェンコの警戒を強めます。」 「ああ頼む。」 「あと比例してアルミヤプラボスディアが早期に動く可能性も見越して、部隊に早めの待機を命じます。」 「ああそうしてくれ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「そうか…失敗か…。」 「はい。現在、脱出経路の探索をしています。しかしその脱出先の探索となると、現状の我々の人員では無理です。」 「わかった。先は公安特課で対応する。お前さんは早急にその脱出経路を特定してくれ。」 「了解。」 それでは仁熊会はアルミヤプラボスディア対応に全てのリソースを振り向けます。そう片倉は神谷から静か告げられ電話を切った。 「なんで分かった…。」 片倉は拳を握り締め、きびすを返して椎名が詰める部屋のドアを開いた。 「椎名。」 見るからに不機嫌そうな顔つきの片倉を見て椎名は無言で彼の目を見て応えた。 「朝戸が消えた。」 「…。」 二人の間に5秒ほど沈黙が流れる。 「いま、何て言いました?」 椎名は静かに片倉に問う。 「朝戸が例の民泊から姿を消した。」 「…待ってくださいよ…片倉さん。あなたら公安特課が24時間監視していたんでしょう。」 「しとった。けどおらんくなった。」 「どういうことですか。」 「ウチのもんにガサ入れさせたんや。」 「ええっ!?」 感情をあまり表に出さない椎名がこの時ばかりは、あり得ないという様子を露骨に出した。 「ガサ入れた段階ですでに居らんかった。」 「何言ってんだ。あんたらがガサ入れたから、危険を察知して逃げたんだろう。」 「違う。」 「無能だ…。本当に日本の警察は無能だよ!」 直球で非難する椎名に、片倉はこう返した。 「お前か。朝戸を手引きしたのは。」 これには即座に椎名は返した。 「私が手引き?どうやって?この監視がキツい環境下でどうやって奴を?」 「お前ならできる。」 「だからどうやったらできるって言うんですか!」 「んなもん言えるか!」 「馬鹿馬鹿しい。言ったじゃないですか。彼の合図をもってテロが実行される運びとなってるって。彼の手綱が引けないと、自分は制御できませんよ!」 椎名は百目鬼から渡された携帯電話を取り出した。 「あぁっ!椎名!なんだその携帯!」 「百目鬼理事官から返してもらいました。」 「なにっ!」 「朝戸に連絡を取ります。」 「待て!待つんや椎名!」 片倉の制止を振り払って耳にそれを当てていた椎名だったが、しばらくして彼は力なく腕を下ろした。 「駄目だ…繋がらない…。」 椎名は頭を抱えた。 「どうした。」 別の部屋に居た百目鬼だったが、異変を感じて二人の間に入ってきた。 「片倉さんが朝戸の宿にガサ入れました。」 百目鬼は無言のまま片倉を見る。 「何だって?」 「それがきっかけで、朝戸は行方不明です。自分とも連絡が取れません。」 みるみる百目鬼の顔が紅潮するのが分かった。 「片倉ぁ!何やってんだ!このボケナスがぁっ!」 百目鬼は片倉を一喝した。 「申し訳ございません。」 「ごめんで済んだら警察いらんわ!どうするんだ!」 「しかし、踏み込んだときには既に朝戸の姿はなかった…。」 「だからあんたらが踏み込んだから、朝戸が逃げ出したんだろうよ。」 「待て。」 片倉の言葉にかぶせるようにして言った椎名だったが、それは百目鬼によって更にかぶせられてしまった。 「踏み込んだときには既に居なかった…だと…。」 「はい。現在、脱出経路を探索中です。」 「現場に張り付いていたマルトクは、朝戸の姿を目撃していないのか。」 「はい。従って踏み込んだと同時に外に出て逃走を図ったとは考えにくいかと。」 百目鬼は椎名を見やって口を開いた。 「だ、そうだ。」 椎名は何も言わない。いや言えなくなった。 「どういうことだ。椎名。」 今度は椎名に百目鬼から冷たい視線が注がれた。 「もしも片倉さんのガサ入れが原因でないとすると、朝戸の暴走としか考えられません。」 「朝戸の暴走?」 「はい。私は空閑をして彼を正午辺りに金沢駅方面へ誘導せよと宿の主人に指示を出していました。ですがそれが私の承諾なしに変更されたのです。」 「本当にお前の承諾はないのか。」 「ありません。何で私がここに来て不確定要素をわざわざ作る必要があるんですか。」 百目鬼は黙って彼の目を見た。 「неуправляемый…。」 こう言って椎名は携帯を百目鬼に見せた。 「制御不能です。私からの電話に出ない。これは今までに無かった事態です。」 ここで片倉の携帯が震えた。 「はい片倉。……なに?…………地下通路?」 この場の三人が顔を見合わせた。 「わかった。すぐそこに公安特課を派遣する。」 即座に片倉は岡田と連絡を取って、民泊付近で待機する公安特課の人間に、神谷と合流するよう指示を出した。そして脱出経路と朝戸の捜索をするため、人員の再編成、配置についてを至急対応を求めた。
    Sat, 09 Mar 2024
  • 208 - 183.1 第172話【前編】
    3-172-1.mp3 「わかりました。公安特課が一時的に居なくなる隙を狙って、突入します。」 「現場の報告によると、今現在、対象の民泊で働いているのは、そこのオーナーただひとり。利用者も朝戸一名や。」 「環境は整っているというわけですね。」 「ああ。ほうや。事前に潜入しとったトシさんが見る限り、特段、武装しとるふうには見えんかったようや。が、油断は禁物。施設にどういった仕掛けが施されとるかわからんしな。」 「了解。」 ふと神谷は時計を見た。時刻は8時20分だ。 「こちらは0830(マルハチサンマル)をもって拠点制圧を開始します。」 「頼む。」 神谷は側の一郎にその旨を即座に指示した。 「アルミヤの方は何か分かったか。」 「金沢駅近辺にあった奴らの痕跡が一斉に消えました。」 「消えた…。」 「はい。攻勢の前触れかと。」 「それは自衛隊の方も把握しとれんろ。」 「勿論です。ただ…。」 「ただ、なんや。」 「例の影龍特務隊が気になりまして。」 「気になるとは。」 「中国語で会話をするビジネスマン風の人間がちらほらあるようです。」 「金沢駅にか?」 「はい。同様に観光客も居ます。」 「…わかった。頃合いを見てその中国人らに声をかけるようこちらから現場に指示を出す。」 「はい。」 「神谷。ところでお前は今はどこや。」 「機密上それは言えません。」 神谷は電話を切った。 昨日の天気が嘘のようだ。雲の切れ目からまばゆいかぎりの日の光が街を照らす。雨で濡れたそれらが反射によってさらに輝く。 美しい。そして静かだ。 この穏やかな状況がこのまま保たれれば、どんなに良いことであろうか。 神谷は、金沢駅近くのビルの屋上に居た。 「カシラ。」 次郎が神谷に声をかけた。 「何だ。」 「ヤドルチェンコの居所がわかりました。」 「なにっ。」 「奴はいま小松に居ます。」 「小松?」 「小松駅近くのホテルです。雨澤のダンナの解析を手がかりにホテルを虱潰しに当たったところ、突き止めました。」 「なるほど…」 神谷は眼下にある金沢駅から北西に延びる沿線を見やった。 「本体は大胆にも鉄道でやってくる可能性があるということか。」 「はい。しかしいくらボディチェックがないとしても、それでは相応の武器を運搬することは不可能かと思います。」 「ならば現地の近くに武器庫があるか…。」 「おそらく。」 「もしくは鉄道移動はヤドルチェンコのみ。他は既に散り散りにすでにスタンバっているとか。」 「そのほうが現実的でしょう。」 「ヤドルチェンコは俺から公安に情報を入れておく。次郎は一旦ヤドルチェンコからは手を引け。」 「はっ。」 「たった今からお前は一郎のフォローに重点を置け。雨澤は別の人間に引き継ぐが良い。」 「はっ。」 さてと言って、神谷は双眼鏡で金沢駅をのぞき込む。 「トシさんと相馬…。」 交番から古田と相馬が肩を並べて出てきた。古田は待ちきれずに喫煙所に付く前から煙草に火を着ける。方や相馬は煙草を吸わないため、手ぶらだ。彼らはそのまま近くの喫煙所へ吸い込まれていった。 視点を交番の中に移すと、若い男性2名が見えた。 「あれが自衛隊特務の二人か…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 喫煙所に到着したタイミングで、古田は煙を吐いた。 「前から思っていたんですけど、この外の喫煙所って本当に意味あるんですか。」 「あん?」 「くさいんですよ。何となく仕切っていますけど、ただの外じゃないですか。近くに居なくても風向きによっては結構臭うんで迷惑なんです。」 「んなら来んなや。」 煙草も吸わない人間がどうして喫煙所に来たのだ。 こっちはちょっとした息抜きで一人でここに来たと言うのに、わざわざついてきて小言まで言うとは喧嘩でも売っているのか。古田はこう相馬に言った。 「さすがに交番にずっと居ると息が詰まります。」 「だからここに来たんやろうが。邪魔すんな。」 スーツ姿の男が喫煙所に入ってきた。彼は慣れた手つきで煙草をくわえてそれに火をつける。 そして大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。 それとなく彼は相馬と古田の様子を見る。 一方は火のついた煙草を手にしており、もう一方は喫煙者の風ではない。 変わった男がいるもんだという風な表情を見せ、彼は明後日の方を見て煙草を吸った。 「で、なんや。」 「え?」 「用があるから、ここにおれんろいや。」 「だから煙草はやめた方がいいですって言ってるじゃないですか。」 スーツ姿の男の手が止まった。 「お前、それここで言う?」 「あ。」 相馬はスーツ姿の男を見た。彼と目が合った。 間違いなく彼は不愉快な顔をしていた。 「ごめんなさい...。」 「あのな、ここは煙草を吸う場所なの。公で認められたそういう場所なの。ここに煙草を吸わんお前がおることのほうがおかしいの。わかる?」 相馬は無言で下を向いてしまった。 その様子をよそにスーツ姿の男は煙草を吸い終えたのか、この場の居心地の悪さに耐えかねたのか、そそくさとその場から立ち去っていった。 「ほら見ろ。お前の感じの悪さ、最高やぞ。」 「古田さん。見ました?」 「………。何を?」 古田は相馬の言葉の意味が分からないような応答をした。 「煙草の銘柄ですよ。」 「…見た。珍しいやつやったな。」 「はい。中国製のものかと。」 「しかし、あれやな。普通の民間人を装っとるけど…。」 「内から出てくる殺気が段違い。」 古田は頷いた。 「人に分かるような殺気なんか、堅気の人間に出せん。あれは死線をくぐってきた人間にだけ出せる奴や。」 「ただ者ではないことは確かですね。」 相馬は喫煙所から外に顔を覗かせた。 「どうやさっきのおっさん。」 「どこかに消えましたね。…それにしても今日は中国人観光客が普段よりも多いような…。」 「念のため、吉川と小早川に対策を相談やな。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 金沢駅の雑踏 「金沢駅に到着しました。我々はこれからホテルに散って予定時刻を待ちます。」 我们已经到达金泽站。我们现在将分散前往酒店,并等待预定的时间。 「はい。アルミヤプラボスディアは現在確認できません。」 好的。目前无法确认阿尔米亚普拉博斯迪亚的情况。 「ウ・ダバですか…ウ・ダバについても未だそれらしき人員を見たという報告は入っていません。」 乌·达巴吗?…关于乌·达巴,我们还没有收到任何看到类似人员的报告。 「かしこまりました。こちらも対象に勘づかれないよう、後方支援に回ります。」 明白了。我们也会转向后方支持,以避免被目标察觉。 「我々は利だけを得る。このことは徹頭徹尾、隊員に周知しておりますので、ご心配なく。」 我们只会获利。这一点已经彻底通知给队员了,请不要担心。 電話を切る音。 「はい。皆さんお待たせしました。ここが金沢です。この駅は世界で最も美しい駅14選というものがありまして、それにも選ばれています。」 是的,各位久等了。这里是金泽。这个车站被选为世界上最美丽的14个车站之一。。
    Sat, 09 Mar 2024
  • 207 - 182 第171話
    3-171.mp3 - 椎名はテロ実行直前までチェス組と連携し彼らをエスコートする。そこに警察は介入しないこと - 実行直前に公安特課の出番をつくるので、相応の人員を用意すること - 空閑と朝戸にはしっかりと専任者を配置し、勝手な動きをしないよう監視を強化すること - サブリミナル映像効果を少しでも薄めるため、こちらで用意した動画をちゃんねるフリーダムで短時間で集中的に配信すること - テロは爆発物によるものであるはず。可能性を徹底的に排除すること - 朝戸がテロの口火を切る行動をし、その後にヤドルチェンコがウ・ダバを使ってさらにそれを派手なものにする手はずである。したがってウ・ダバらしき連中の行動はつぶさに報告を入れること - その他現場サイドで気になることがあればすぐさま椎名に連絡し、その判断を仰ぐこと これが当初、椎名から警察側に要請されていたことだ。 空閑が保持してるであろう鍋島能力に関することも、今回の警察が椎名を隔離することも一切取り決めがない。 「だからと言ってここで椎名を完全隔離ってのは…。」 百目鬼は困惑した。 「理事官。椎名はまだ何かを企んでいます。」 腕を組んで片倉の顔をちらっと見た百目鬼は大きく息をついて視線を逸らした。 「椎名と話してくる。」 ドアが閉まる音 「空閑は鍋島能力を持っている。これは間違いないか。」 しばらく間を置いて椎名。 「間違いないかどうかは私にも分かりません。どうやらそのようだとしか。」 「お前自身、確証がないのか。」 「はい。未だに半信半疑です。」 空閑は鍋島能力を身につけている。この情報を得た椎名はダメ元で大川説得にその能力を使って見ろと指示を出した。結果それは功を奏したわけだが、椎名にとって空閑の持つ能力については未だ信用に足らないらしい。 「だから試してみたかった。」 「さすが百目鬼理事官。その通りです。」 百目鬼は大きく息を吐いた。 「鍋島能力に関しての取り決めがないんだから、その能力が本当にあるのか、使えるものなのか。そういった実験をするのも椎名、お前の自由だと?」 「はい。私は一方的にこのような完全隔離状態にされているんですから。」 百目鬼は二度頷いた。 「片倉。こういうことだそうだ。」 「はい。」 片倉の返事が部屋にあるスピーカーから聞こえた。 「椎名、残念やったな。サングラスかけて空閑の対応したら、鍋島能力の有無は検証できんぞ。」 「だから参りましたと言いました。」 「いまから空閑を逮捕する。」 「ご自由にどうぞ。空閑は紀伊に命じて光定を殺害せしめました。」 「…。」 この椎名の言葉に片倉からの返事はなかった。 「ここで空閑が消息を絶つと、朝戸やウ・ダバの連中に怪しまれないか。」 百目鬼が椎名に聞いた。 「問題ありません。自分が制御します。」 「…。」 椎名の目を見つめて黙った百目鬼だったが、彼はおもむろに一台のスマートフォンを椎名の前に差し出した。 「解析が終わった。これはお前に返す。」 「…。」 「お前さんが制御するんだろう。」 「片倉さんが黙っていませんよ。」 「あいつは俺の部下だ。」 しばらく黙って椎名はそれを受け取った。 「百目鬼さん。」 「なんだ。」 椎名は声に出さずに口を動かした。 その動きを見た百目鬼は手元にあるスイッチを押した。 「この部屋の音は外に聞こえないようにした。」 「私にはその真偽を確かめる術がありません。」 椎名は百目鬼にそう即答した。 「アナスタシアに関する情報は公安特課でも俺以上しか知らない。」 「片倉さんも?」 「ああそうだ。このテロ対でアナスタシアという言葉を知っているのは俺だけだ。だから案ずるな。」 で、何が聞きたいと百目鬼は尋ねる。 「アナスタシアがどうしたんですか。」 「…。」 「公安特課はアナスタシアのどこまでを知っているんですか。」 「それは言えない。」 「彼女は息災なんですか。」 「それも言えない。」 「どうすれば教えてくれるんですか。」 「今回の結果次第だ。」 「結果次第とは。」 「何度も言わせるな。テロの防止と一斉検挙だ。」 「…。」 「だから変な気を起こすな。いまの空閑の一件は看過できん。」 「申し訳ございません。」 椎名は伏して百目鬼に詫びた。 「お前がこっちを試すのは構わん。だがこっちもお前を試させてもらう。火遊びが過ぎるとお前も俺らも共倒れって未来もあるってのを理解しておけ。」 「わかりました。」 「エレナと連絡はとっているか。」 「エレナ?」 「ああ。」 椎名の反応にかなりの間があった。 「いいえ。」 「そうか。」 「彼女は…。」 「それも言えない。」 やはりと言った顔を椎名はした。 百目鬼はエレナと連絡を取っているかと聞いた。ということはエレナは少なくとも健在であるということだ。 椎名はエレナとはそれほど接点がない。アナスタシアの送迎で彼女の家に寄ることがあり、そこで二三度顔を合わせた程度だ。しかしあの時、アナスタシアがオフラーナに連行されて行く時、自宅の窓からこちらに向かって憎悪に満ちた表情を見せていたことは鮮明に覚えている。アナスタシアが連れ去られていった原因は椎名にある。そうとしか思っていない表情だった。 まさかそんなことまでも公安特課は把握しているのか。いや、あのエレナの顔は自分しか見ていないはずだ。となるといま目の前で告げられたエレナの名前にはどういった意図があると言うのか。今の椎名には推し量ることができなかった。 「昼までは特に自分はやることがありません。現場は準備が整ったようですので。」 「俺らはどこで何をしていれば良い?」 「警察はまず金沢駅周辺に実力部隊を秘密裏に配置してください。ウ・ダバは5班編制で金沢駅に襲来します。それを力で抑え込んでください。」 「襲来を待って抑えるのか。」 「はい。」 「その手前で抑えられないか。」 「いかんせん、直前のウ・ダバの所在までは自分は把握できません。ウ・ダバの指揮を執っているのは私ではなくヤドルチェンコですから。なので直前の17時半に近隣を封鎖しましょう。人の往来にもそこで規制をかけましょう。」 「そんなギリギリで間に合うか。」 「ギリギリでないとテロ自体が中止となる恐れがあります。しかしこれだと犯行グループの一斉検挙という目的は達成できません。」 公安特課が最優先することはテロを未然に防ぐこと。犯行グループの一斉検挙はおまけだ。市民の生命と安全を守ることが最も優先されるべきものであり、本来なら犯人検挙は後回しでも問題ない。百目鬼は正直そう思っている。しかし昨今の警察に対する世論の風当たりを考えると、テロの防止はできても犯行グループを取り逃がしたと報道されれば、更なるバッシングが容易に想定される。警察上層部はそれを恐れ、今回の事案に関しては、何が何でも犯行グループの検挙をセットでと言ってきている訳だ。 「百目鬼さん。」 「なんだ。」 「ヤドルチェンコの班は5名で1班です。2名で1人を抑えるとして、少なくとも50名の熟練した実力部隊員が必要です。」 「50名?何手心細い人員だ。」 「ではもっと手配していると。」 「数は秘密だ。しかし相応の人員を手配しているとだけ言える。」 「それは頼もしい。」 「因みにやつらの装備はどんなもんだ。」 「奴らも相応の武装をしていると考えてください。機関銃、手榴弾、RPGといったもので普通に攻めてきます。」 「SATは相応の装備と訓練をしている。なので対応については問題は無いと思うが、問題は相手方に気づかれずにどう配置させるかだ。」 椎名は金沢駅を移した衛生画像をスマホで表示した。 「奴らはおそらく金沢のシンボルである、この鼓門を破壊するでしょう。なのでこの門の上やもてなしドームの上に潜むというのは得策ではありません。」 百目鬼は頷く。 「ではその地下広場ならどうかとなりますが、低地から高地の制圧となります。地下広場は構造上広く見下ろせますが、見上げ分には視界を広く保てません。従ってこちらも選択しないほうが良いでしょう。」 「ではどうする。」 椎名は金沢駅に向かって右側の施設を指さす。 「ここに商業ビルがあります。この施設に協力してもらってバックヤードに潜ませましょう。」 「このビルの規制はどうする。」 「先ほどの17時15分をリミットに全員退去してもらいます。もちろんテロがあるという理由でなく、急遽メンテナンスが必要なったためとかで、アナウンスしてもらいます。17時15分には従業員が退去しはじめます。17時半には規制をしますので、一定の安全確保はできるものと思います。」 椎名は続ける。 「この商業ビルの高所に狙撃犯を配置します。1階の部隊は金沢駅に侵入してきた平地のテロ部隊を制圧します。1階部隊はこのビルを出て鼓門を包み込むよう音楽堂方面へ圧迫。音楽堂やホテルと言った周辺の施設はもちろんこの時にはアリ一匹も入り込ませない警備状況を作り出しておくことが必要です。」 「わかった。」 「この時注意して欲しいことがあります。」 「なんだ。」 「躊躇わないでください。」 「何を。」 「相手はテロリストです。検挙は最良ですが、最良を求めるがあまり犠牲を出すのは愚です。基本は力で制圧する。結果数名検挙程度で良とするくらいの割り切りが必要です。」 椎名の的確な作戦立案に百目鬼は驚きを隠せなかった。これがツヴァイスタンの秘密警察か。まるで軍人のようではないか。 「オフラーナはこのようなテロ対策も任務の一つに?」 「はい。ツヴァイスタンの国境近くでの少数民族のテロ事件は比較的多く発生しています。自分の何度かその現場にかり出されましたので。」 なるほど、ますますこいつは敵に回したくない。そう百目鬼は思った。 「今のお前の作戦。SATにも図ってみる。採用するかしないかはあいつらが判断する。」 「もちろん。自分の作戦はあくまでもプランAです。検討いただけるなら幸いです。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 備え付けの電話がなったのでそれに出た。 「はい。」 電話の取次の案内だった。 自分がこのホテルに滞在しているのは椎名しか知らない。 「どなたからですか。」 椎名さんとおっしゃる方からですとの返答だった。 あり得ない。どうして椎名が携帯ではなく固定電話に連絡をよこすのだ。何かあったのか。 不審に思いながらも空閑はそれに出た。 「もしもし。」 「ビショップか。おれだキングだ。大川の件よくやった。」 やはりキングだ。 「どうした。」 「携帯を奪われた。」 「え!?」 「すまない。俺としたことがヘマした。」 「何があった。」 「説明すると長くなる。もうしばらくしたら俺の使いの人間がその部屋に行く。そいつに金を渡して携帯を用意するよう手配してくれ。」 「待て。公安がうろうろしてるんだぞ。」 「大丈夫だ。ルームサービスとしてお前のところに行く。」 「でも身体検査くらいされるだろう。」 「それくらいうまく凌いでみせるさ。」 間もなく部屋のインターホンが鳴った。 のぞき窓には制服姿の女性がうつむき加減で映っている。 空閑は部屋のドアを少し開いた。 刹那彼女はそこに右足をねじ込んだ。 そしてそれを閉めようとする空閑の手を振りほどき、ドアを全開した。 「てめぇ!」 空閑は彼女の顔を見た。 彼女はサングラスをかけていた。 「!?」 彼女の背後から2,3名のこれまたサングラス姿の屈強な体つきの男達が続いて部屋に突入してきた。 あっという間の出来事だった。 「空閑光秀。殺人教唆の疑いで逮捕状が出ている。署まで来てもらおうか。」 「逮捕状?」 「あぁそうだ。」 「待ってくれ。」 空閑は男の目を見ようとするもサングラスで隠れているため、それは適わない。 「何を待つんだ。」 「いや…。キング…。」 「キング?なんだそれは。」 「5月1日 8時10分 確保。」 男に手錠をかけられた空閑はその場に崩れ落ちた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【X】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    Sat, 24 Feb 2024
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