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氷砂糖のおみやげ

氷砂糖のおみやげ

夜学バー(東京・湯島)

「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。」 「でも氷砂糖は、おいしくて、すてき。」 「でもとりすぎには要注意。」 「このポッドキャストは、生まれてこのかた氷砂糖を手放したことのない二人が、ちいさい気持ちでたくさんのことを考えてみる放送です。」 東京・湯島に実在するお店「夜学バー」から、店主の尾崎昂臣(通称:ジャッキーさん)と、お客さんのぷにょがいつも通りお話をしています。 毎週月曜日15時に配信。数日続けて配信されることもあります。

77 - #075 「メンヘラ・モラハラ」「内向・外向」の四象限について考える(頭には四つの人格がある?)
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  • 77 - #075 「メンヘラ・モラハラ」「内向・外向」の四象限について考える(頭には四つの人格がある?)

    ノーテーマ、雑談という形で話し始めましたが、結局はワンテーマに集約していきました。


    【目次】

    ○今回は「何も考えない雑談の回」

    ・ジャッキーさんの日記と「奇蹟の四日間」

    ・先週の木曜から日曜までの夜学バーは確変のような面白さ(ここについて詳しくは第73回)


    ○「やべーやつ」を四つの方向性に分類する図

    ・3月24日の日記、「メンヘラ・モラハラ」「内向・外向」による四象限を想定

    ・基本的には「まちくたさん」が思いついたことです(責任逃れ)

    ・人間を二つに分けるというよりは、「そういう人っているよね」というくらいの緩やかさ

    ・メンヘラとモラハラが同じ数直線に並ぶわけではないが、便宜上「どちらの要素が強いか」を考えてみると面白い

    ・メンヘラというより「自分は根本的に正しくない」と思っている傾向のことで、モラハラというより「自分は根本的に正しいと思っている」と思っている傾向のこと 語呂がいいからついわかりやすいワードを使ってしまう

    ・「内向型自己否定」とか「外向型自己肯定」みたいな表現のほうが本当はふさわしい


    ○ジャッキーさんのこと

    ・ジャッキーさんは「内向型自己肯定」という自己評価、生まれながらの傾向は「内向型自己否定」だったが、だんだん少しずつ「肯定」を育てていったという印象

    ・過去を振り返って取り戻すように「自分には(根本的には)価値があったのだ」と思い直すことができた

    ・ぷにょさん「それは人間の成長として健全」


    ○『WHOLE BRAIN』との符合

    ・ぷにょさんが最近読んだ本『WHOLE BRAIN』、人間の頭には四つのキャラクターがあるという

    ・右脳と左脳に二人ずつ人格が住んでいる、感じる脳と考える脳

    ・左脳の感じる脳→トラウマや悲しいことの蓄積によって世界を見ている

    ・左脳の考える脳→段取りや効率を考える仕切り屋、批判や分析も得意

    ・右脳の感じる脳→生まれたばかりの子、楽しいことしかやりたくない

    ・右脳の考える脳→大きな宇宙を意識し、大局を見渡して結論を下せる

    ・A左感→泣く赤ちゃん、B右感→笑う赤ちゃん

    ・C左考→学級委員長、D右考→神父さん(?)

    ・↑でいうと、Aはメンヘラ(Cはモラハラってことかね)

    ・どれかが極端に成長しすぎると、偏った人間になる


    ○ふたたび、ジャッキーさんのこと

    ・ジャッキーさんの場合、Aが極端に強かったところから、他のBCDが伸びていってバランスがとれていったのではないか

    ・泣いてばっかりいた少年時代のジャッキーさん 家では暴れられない(兄に潰される)ので、学校で暴れていた 脅かされて、恐ろしくて、抵抗をしていた 弱いから武器を使うしかない 動物性の強い野蛮な状態だった

    ・「そこで学習ですよ」小2までに手塚治虫の漫画を徹底的に読み込むことによって知性を身につけていった


    ○この図式により客観視を可能にして、自覚することが大事

    ・内向メンヘラで居続ける必要はない

    ・自分に対しても他人に対しても、向き合い方を考えやすくなる

    ・小さいころ、あまり笑わなかったというジャッキーさん

    ・漫画を読んでいる時だけ、親に気持ち悪がられるくらい大爆笑していた

    ・少なくとも、サッカーとかで大爆笑(?)する子供ではなかった

    ・他人との関わりの中で笑うということがなかった

    ・兄弟の間でも楽しいことはたくさんあったが、泣かされることも多く、どこかで常に怯えていた

    ・漫画の中でだけ笑うコトができたんだ……

    ・小沢健二さんを好きになったのも、まだ泣いていた頃だったかもしれない

    ・彼がテレビの中で「楽しそうに歌っていた」「笑っていた」ことが、道しるべになった可能性がある

    ・お笑いが好きだったのもそう 笑いたかったし、笑うということを知りたかったのではないか

    ・人を笑わせるのも、自分が笑えないから人を笑わせて、一緒に笑いたかったのかもしれない(自己分析!)

    ・そのように「笑う自分」を開発していった

    ・左脳が勝ち過ぎちゃうと窮屈な人になる?

    ・ジャッキーさんは左脳型だと思われがちだけど、実は右脳のほうが発達しているのかもしれない

    ・夜学バーの「複数の人に同時に話しかける」というのは、「ひと筋の論理」ではできない

    ・脳にちゃんと4人いる状態、それぞれの人たちがうまく連携できているかどうか

    ・チーム脳(チーム医療的な)

    ・右脳と左脳は本当に違うことを考えているらしい(リベットの話)

    ・あんまり自分を「こういう人間だ」と決めつけず、「4人いる」ということをもっと重く見てもいい

    ・自己紹介や就職活動のように「自分とはこういう人間」と規定しなければならないのは、「人格が一つである」という不自然さのうえにある

    ・「好きな曲なに?」と問われたとき、4人とも別の曲を思い浮かべている可能性がある、なんなら4人とも迷っているかもしれない


    ○便利な、気が楽になる考え方

    ・この人が(あるいは自分が)どこが強く出ちゃってるか、という視点を持てるのが良い

    ・まちくたさんの、人間へのクールな視線(科学者的な気質?)

    ・末は博士か大臣か……

    ・まちくたさんの自認は「外向モラハラ」で、友達に「メンヘラ」型が多い その関係の中で思いついたことだと思われる 自分が「外モラ」なので、無意識に加害者になってしまう、という危機感が彼女にはある、ほっとくと人を傷つけてしまう、だから考える(優しいやつダナー)

    ・天下取ろうとしない人の知恵 「このままでは強者になってしまう!」という危機感。「よっしゃーオレは強者!」という人もいますからね……

    ・いろんな世代のいろんなパターンの人をよく観察してきたからわかること

    ・前ばかり見て、うしろを振り返らないと……(詳しくは『モモ』回へ)

    ・この収録時点では、まちくた氏はまだ高校生だった こっそり褒めておきます そして卒業、入学おめでとう!


    ○次回は

    ・分類といえば岡田淳さんの『扉のむこうの物語』なので、いつか語りたい……けど、とりあえずこそあど4巻『ユメミザクラの木の下で』をやるぞ~。

    Mon, 29 Jul 2024 - 42min
  • 76 - #074 世代・年齢・時間⑤ 引き算で生きる――強者でも弱者でもない「無印の者(しゃ)」として

    色々ありまして(便利な言葉)……具体的にはジャッキーさんに心身と時間の余裕がなかったゆえ、ものすごく間が空いてしまいました。申し訳ありません。今回もおもしろいのでお許しください! 山梨の山中にて静養しつつ編集いたしました。

    ……収録が3月なのでもし違和感あったらごめんなさい~。


    【目次】

    ○弱者が強者に転じる循環について

    ・時代が流れ、ルールが変わることで弱者が強者になる

    ・柔軟な「86年の高校生」が強者に転じた?

    ・りりちゃんも関係ある?

    ・そのような循環は歴史上くり返されてきた

    ・ユダヤ人、芸能界……

    ・その芸能界もついにひっくり返される時が? ジャニーズ帝国の崩壊、松本人志の活動休止……

    ・権威はいつか失墜する

    ・この「下剋上の歴史」をいつまでくり返すのか?


    ○ゆる弱者ラジオ

    ・これ聴いてるのは「強者になろうという気はない人たち」?

    ・氷砂糖のふたりも、あまり強者になろうとは思っていない

    ・弱者でも強者でもない、中者? ただの者?

    ・何者でもないけど「自分」であり続ける感じ?

    ・ぷにょさんは「見つかりたくない」

    ・注目されるとちょっとのミスもつつかれる

    ・ジャッキーさんは「バズりたい」が、「売れたくもない」

    ・叩いたらどれだけ埃が出てくるか!

    ・「埃の重りで夜学バー潰れますよ」「キャンセルされますよ」

    ・人間には、人様には見せられない、陰の部分がある

    ・こっそりやれば「面白いね」で済んでたことも……もちろん「地上波」では流せないけど、特別な、楽しいこと

    ・「どこに出しても恥ずかしくないもの」しか許されないのは、おもんない


    ○こっそりと、対等に

    ・だからYouTubeとかではなく「10人も入れないような小さなお店」で言論の自由を謳歌しているのだ

    ・知能が高いっていうことは、意地が悪いってことでもある? カラスの例

    ・強者になればなるほど「こっそり」を失っていく

    ・巨大化すると当たり判定も大きくなる

    ・松本人志さんの件も、「弱者男性」だったら「しょうがないわね」で許されたのだろうか?

    ・「対等な関係が結べないということは、すごいリスクですよね」

    ・対等じゃないってことは、ルールが変われば逆転しうるということ

    ・力を持つと自動的に「対等」ではなくなる

    ・爆笑問題の太田光さんや杉村太蔵さんは、「いかに権威的にならないか」を徹底している


    ○ナンチャンの何がすごいか――引き算の芸

    ・ウッチャンナンチャンも「いかに権力を握らないか、握っているように見えないか」に腐心していると思う

    ・太田さんの「恐妻家」キャラや、光代さんの存在がバランスを取っているのではないか

    ・(むしろいずれ光代さんが大炎上する可能性のほうが想像しやすい)

    ・「ちょっとバカにされておく」という戦法

    ・みんなナンチャンの凄さにまったくピンときていない そこがすごい

    ・「剣の達人は剣を持たない」を体現している

    ・90年代前半はナンチャンがものすごく前に出ていたが、だんだん洗練されて「面白いことをしないし言わなくても、なんだか良い」と無意識に感じさせるようにしているのではないだろうか

    ・ドラマ『不適切にもほどがある!』における八嶋智人さんのようなもの

    ・いてもいなくてもいいように思えるが、実はいないと成立しない

    ・存在感がない人間は替えが効かない

    ・タモリさんもそういう存在だったのかも

    ・「タモリって面白くないよね」と思われていた90年代

    ・2000年代以降から「実はタモリってすごいよね」になっていったと思う(クイック・ジャパンのタモリ特集が2002年)

    ・「気配を消す」ことが一番の芸

    ・引き算の、日本的な芸能(ナンチャンが狂言や落語などをやっていることも関係するかも)

    ・「本当のこと」という透明な感じのものを見つめていると、だんだん「引く」ほうに興味がいくようになるのでは?


    ○夜学バーにおける「引き算の美学」

    ・なぜ夜学バーが「強者になりたがらない人たちにとってかけがえのない場所(自称)」でありつづけられるのか? まずは店主が「べらべらぐいぐい喋らない」ということがある お客さんが「何かしなきゃ」という気持ちになりにくいようになっている

    ・「待つ」とか「黙る」という技術

    ・「今このタイミングで黙れば、全員が同時に黙るな」とわかる瞬間がある

    ・そこでいったんシーンとなると、ずっと黙って様子を見ていた人がきゅうに喋り始めたりする

    ・『こそあどの森』のスキッパー

    ・本宮ひろ志『やぶれかぶれ』における田中角栄の攻略エピソード「水を飲む瞬間に質問すべし」

    ・「飲みものを飲んでいる間は、しゃべらないですみます」

    ・「最小限の動きで最大の効果を出す」ということをタモリ、ナンチャンなど静かな名MCはやっていて、それを夜学バーでも援用している

    ・明石家さんまが炎上しないのは「うっすらバカにされているから」でもある

    ・「そこで要らないものってプライドなのかもね」


    ○「舐められること」の効用

    ・プライドは大事だが、それを引っ込ませる技術も重要

    ・知ったかぶりではなく、知らなかぶり

    ・「知らないと思われても別にいいや」と思えること

    ・低く見積もられてもムキにならず華麗にスルーして、優先すべきことを優先すること

    ・ムキになることで低く見られるほうが損である

    ・それは女性がずっとやってきたこと 男にはできないやつが多い

    ・なめてかかると怖いぞよ

    ・能あるたかやは爪を隠す

    ・舐められてるときはそのまま舐められていたほうが「しめしめ」となる

    ・安倍晋三が長期政権の秘訣を聞かれて、「なめられていること」と答えたらしい(浅羽通明先生がよく引用する)

    ・太田光さん、杉村太蔵さん、ナンチャンも同じではないか

    ・バカにされても支持率が(岸田さんほど)下がらなかった安倍晋三のすさまじさ

    ・岸田さんも、支持率の低さが武器になっているところはあると思う

    ・「あたしゃそんな難しいことはわかんないんですけどね!」という林屋こん平の定番挨拶

    ・芸の世界では当たり前のテクニックだったのかもしれない

    ・積み重ねと繰り返し

    ・慢心、環境の違い


    ○まとめ 氷砂糖流

    ・頂点も要らないし転落もいらない

    ・考えてがんばって工夫するけど、ルールのあるゲームで勝とうとは思わない

    ・この話題を振り返ると、「どう生きるべきか」だったね! 弱者でも強者でもない、者(しゃ)は

    ・ジャッキーさん「今後は、自分のすることをスマートにしていきたい。研ぎ澄ませていきたい。徐々に……」

    ・「面白かったなあ~」


    ○次は雑談!

    ・どうでもいい話して、帰ろうか

    ・ここでしかできない話を……


    次回更新は7/29(月)の予定です。

    Mon, 22 Jul 2024 - 37min
  • 75 - #073 世代・年齢・時間④ 強者と弱者が反転する/柔軟性と既得権(『不適切にもほどがある!』を例に)

    【目次】

    ○前回は「卒業と再会、そして時間とは何か」だった

    ・最近はそういうの(世代間ギャップ)が流行っている?

    ・宮藤官九郎・作『不適切にもほどがある!』

    ・クドカンにパクられた!(詳しくはここで語っておりませんが、ジャッキーさんが16歳の時に書いて上演したお芝居『少年三遷史』がものすごく画期的なタイムスリップものだった、というお話です。くわしくはまたいつか……

    ・今日のお茶は


    ○ドラマ『不適切にもほどがある』

    ・簡単なあらすじ

    ・阿部サダヲ演じる主人公は昭和61年時点で50歳くらい、すなわち戦前生まれ→38年後(令和6年)にタイムスリップ

    ・いろんな人が昭和と令和を行き来するお話

    ・昭和と令和のギャップがギャグであり物語のキーになっている


    ○ぷにょさんの考えたこと

    ・昭和のスケバン純子は未来に行って、希望を持つ

    ・スケバンをあっさりやめて青学を目指して勉強を始める

    ・対照的に、マッチ(近藤真彦)に憧れるムッチ先輩はスタイルを変えない(この時点では放送されていなかった最終回ではスタイルを変えていた!)

    ・ジャッキーさんの視点:時代の流行に流される女として描かれていると思っていたが、実は自分の意志で未来をつかみ取れる人間であるということがわかった


    ○前回の話につながる

    ・ムッチ先輩へのあこがれ=「同化」の願望から、純子は卒業していく その時に「もう知らない、さよなら」ではなく「かっこいいっす」と表現している

    ・令和に希望を持つ昭和の女子と、昭和を面白がる令和の男子

    ・容赦なく変わっていく環境に順応せざるを得ない

    ・純子は常に「わたしは間違っているんじゃないか」という視点を持っている?ので、変わっていくことに抵抗がない 昭和の女性の立場が弱かったことに関係がありそう

    ・いっぽう昭和の男性は「男たるもの」という確固たる価値観(自己肯定の方法)があり、自分が間違っているとは思いにくい

    ・環境がガラリと変わったときに、食物連鎖の頂上にいた生物が絶滅したりする

    ・弱者たる女は「察知してふるまいを変える」ということを自然にできるが、男は強者だからこそそれができない

    ・純子とムッチ先輩の対比はそれを描いているのではないか

    ・1986年は男女雇用機会均等法が施行

    ・じっさいムッチ先輩は逃げ切れる世代なのかもしれない(生きていればいま60歳前後?)

    ・ムッチ先輩は彦摩呂になってしまう

    ・「変わらない」を選んだ(柔軟性がない)ゆえ、彦摩呂になってしまうのではないか?(最終回では、柔軟性があった?ことがわかるので、彦摩呂を回避できたかもしれない)

    ・「空気読まなきゃ」と思っている(弱い立場の)人たちこそが新しい時代を創っていく


    ○強者と弱者の逆転、循環

    ・強者たちはいずれ弱者に転落する

    ・いじめられている昭和の「おじさん」たち

    ・弱者であったはずの純子のような少女が「青学」(強者側)を目指す、いっぽう強者であった男たちは「アップデート」を求められる

    ・「バカだから流行に乗っている」のか「時代の波に乗れる柔軟性がある」なのか

    ・ジャッキーさん「ドラマの話しに終始してしまいましたが、普遍的なことがいま出てきて、僕はとても知的に面白い、興奮していますわ」遠心的!

    ・革命は弱者が起こす

    ・しかし、落ちていく強者を「ざまあ」と見下しては、不幸がくり返されるだけ

    ・弱者、強者という考え方じゃないところに持っていかなきゃいけない(ジャッキーさんふうにいえば、数値化できるようなものの考え方はよくない)


    ○次回予告

    ・どこかへ飛んでいきましょう

    Mon, 29 Apr 2024 - 33min
  • 74 - #072 世代・年齢・時間③ ピーター・パンにならないために/すべてを引き連れて年をとっていく

    【目次】

    ○「ピーター・パン」とジャッキーさんの関わり

    ・ジャッキーさんの歴史 小4で「陰キャ」から覚醒し、小5でピーター・パンを演じる

    ・「このままでは地位が低いままなので、明るい人間になろう」

    ・自認が9歳なのは、「覚醒前の状態」がベースだから

    ・「服」ができたのが17歳くらい

    ・覚醒後、1年で学芸会の主役、2年で小学校のスターに

    ・演じることによってピーターがインストールされてしまった(たぶん11歳になる誕生日の前後)←本編では10歳と言ってしまっております

    ・小説版の『ピーター・アンド・ウェンディ』が好き。おすすめは偕成社文庫の芹生一訳

    ・卒論もこの作品で書きました


    ○ピーター・パンという概念について

    ・ウェンディは大人になるが、ピーターは大人にならない

    ・おばあちゃんの代からずっと「いる」存在

    ・自分はそういうふうなのかな、と思うこともある みんなから「卒業」されていく存在かと思った時期もある

    ・でもジャッキーさんは成長する「人間」なので、そうではない

    ・「子供の時にだけあなたに訪れる」は好きじゃない

    ・『雪渡り』は好きなのだが

    ・「小さいころは神様がいて」も同じ?

    ・「大人になっても奇蹟は起こるよ」→じゃあいい歌だね

    ・「あの曲のこざかしいところは」「小さい時の気持ちを人質にとって」

    ・夜学バーに来たらもっとひどいことがたくさん聞ける(かも)

    ・「大人になったら忘れてしまうよね」は嫌いなのだ

    ・大人になっ「ても」というところに引っかかってしまう

    ・今、素敵な気持ちを持ってくださいって僕は思うんです!(誰に言ってんだろうね)

    ・傲慢で不親切なジャッキーさん

    ・年をとるピーターでいたい

    ・小沢健二さんも「僕は年をとるので」と言っていた(邪悪は年をとらない)

    「本当に誕生するのはパパとママのほうで 少年と少女の存在はベイビーたちが続けていくよ」(小沢健二『涙は透明な血なのか?(サメが来ないうちに』)

    ・邪悪は若い女の人の肉体に宿る

    ・少年と少女という概念はベイビーたちが引き継いでいく

    ・「出番を終えた若い詩人たちがリハーサルを終えて出てくる」

    ・ピーター・パンという概念は続いていく

    ・年をとりながらも、その概念の片棒は担ぎたい

    ・年をとりたくない、とかアンチエイジングに命かけるということではなく、ともあれニコニコしていたい

    ・自分がピーター・パンでしかないならば、「再会」ができない


    ○『ピーター・パンとウェンディ』について

    ・ピーターが大人にならないから好き、というわけでは全くない

    ・ともかく面白い、とりわけ序盤の語り口がすさまじい

    ・ぷにょさんも言葉づかいや言い回しに感動した

    ・「こんな言葉浴びたことない」

    ・なんとなくショタコンになった気はするけど

    ・ピーターパンという存在に憧れたわけではない

    ・大人になりたくないと思ったこともたぶんない

    ・一度出会った友達と二度と会えないのはイヤだ

    ・ピーターは、概念としての子供たちと遊んでいるだけで、同じ子供と遊ぶことはない(あったとしても忘れている)

    ・ピーター・パンになるのは寂しい さよならだけの人生

    ・再会できる人間になりたい

    ・ウェンディと遊べないのは耐えられない

    ・ジャッキーさんの元同僚たちの話……

    ・新鮮さを求めているようで、同じものを享受しているだけ


    ○ピーター・パンにならないために

    ・「再会」を前提に人と付き合っていたい

    ・そのためにはピーター・パンになってはいけない

    ・ピーター型だと誤解されがちな人間 ジャッキーさんも、小沢健二さんも?

    ・「過ぎたことにしない」という姿勢

    ・うしろを振り返らないで、前ばかりを見ていると

    ・見える角度が広がっていく

    ・おばあさんにも見えるし、少女にも見えるような人

    ・すべてを引き連れて年をとっていく

    ・きれいにたたんでたんすにしまう

    ・同時に取り出せる

    ・ジャッキーさんの好きな老婆

    ・金沢の「純喫茶ローレンス」

    ・わたしは年老いた森の小りす

    ・「年老いた」と「小りす」は同時にありうる!

    ・都会だけど森の小りす、というのもとてもいい

    ・その極致は楳図かずお先生 存在自体が芸術であり神的なもの

    ・生きているだけで意味がある

    ・筆を折ってからのこと


    ○剣の達人は剣を持たない

    ・その道を究めると、それが要らなくなる

    ・もはや描く必要すらない

    ・丸腰なんだけど誰にでも勝てちゃう感じ

    ・夜学バーにて、あるお客さん「水しか飲めないけどいいですか」

    ・飲食店なのに飲食物を出さずに成立してしまう……!

    ・夜学バーの「自習」という制度(?)も、飲食店なのに飲食物を出さないで成立させてしまおうという目論見なのであります

    ・最終的には何も出さないお店にしたい(楳図かずお状態!)

    ・あくまで飲食というのは手段でしかない(目的化したものが普通の飲食店)

    ・店を究めると商品は要らなくなる

    ・店の本質は商品にはないのかもしれない……

    ・ネット通販やUber等があるのに

    ・商品で勝負するのはジャッキーさんには向いていないし、これからの時代はそっちではないのではないかと思う

    ・水だけを飲んで、まとまったお金を払っていってくださる方

    ・北海道の幌別にあった「悦」という喫茶店の凄さ ママは何もせずコーヒーも出ないのだが、店として成立していた

    ・ちなみに「純喫茶ヒッピー」さんのことです

    ・「あること」「いること」がすなわち価値となる

    ・それは儀式のようなもの


    ○「世代」について語ろうと思っていたが

    ・ともかく「時間」というものについて話したいのだ

    ・例の、ピカソが絵を描くのにかかった時間のこと

    ・過ごしてきた人生の時間が重なり合う

    ・何も飲み食いしなくても「夜学バーっぽさ」は損なわれない

    ・そこが伝わってるってことが嬉しい

    ・自由さとか幅をもたせる


    ○次回予告

    ・もうちっとだけ続くんじゃ

    Mon, 22 Apr 2024 - 43min
  • 73 - #071 世代・年齢・時間② 誰かがだれかを「卒業する」ということ/出逢い、別れ、再会すること

    【目次】

    ○卒業という概念

    ・人間と人間の間にも「入学」と「卒業」がある

    ・憧れて、好きになって、近づこうとする(入学)。でもどこかのタイミングで離れてしまうことがある(卒業)

    ・卒業したら関係ない、という考え方がジャッキーさんはきらい

    ・「若い頃には必要だったけど」という切り離し方

    ・そんなこと当たり前でありますから

    ・入学されがちな人間

    ・先生だし、下の世代に目を向けがちな人間(J)

    ・憧れの存在と「一致(一体化)をめざす」のは自然だが、同じになれるわけがない

    ・自分は自分の人生をつくっていかなければならない

    ・いくら小沢健二さんに憧れていても

    ・新しいスターとして……!

    ・「空自認が星なんで」

    ・入学することは当たり前、卒業するのも当たり前

    ・「ジャッキー違ったわ」と姿を消すか、「こういうふうに違うんだ、じゃあこういう関係でいたほうがいいな」となるか

    ・憧れが解消されれば、上下がなくなる(不均衡がなくなり、対等になれる)

    ・ある意味「はやく卒業してほしい」

    ・ジャッキーさんだけに入学するわけではない(重要)

    ・過去とは違う付き合い方をすればいいだけ

    ・最初の気持ちが大きすぎると、それが冷めてしまったことに気まずさを覚えたりもする

    ・むしろ冷めてしまったことを喜ぶのがジャッキーさん、かもしれない

    ・いろんな意味の卒業生が来てくれる(夜学バーは職員室、というか国語科準備室、いや尾崎準備室?)


    ○古い友人たちの話

    ・比喩的には「卒業生」なのだが、そう書くと「上下関係」が香り立ちすぎてしまう。あくまで比喩でしかないということをご理解ください 何よりも先に友人、友達なのです

    ・Aくんの話 いろいろ書くべきことはあるのだが詳しくは本編で

    ・「1年前と比べたら赤ん坊と兵隊だ」

    ・男子3日会わざれば……会わないことが実は重要!

    ・目の前に大きすぎるものがあると、学ぶことは多いがそればかり見ているのは必ずしも良いことばかりではない

    ・逆に、「目の前にいるすごい人」が邪魔なこともある

    ・会わないことによってオリジナリティが伸びていく


    ○総集編のような4日間(再会の記録)

    ・木曜日にAくんが来て、金曜日にも……(ここから先は似たような話の繰り返しです

    ・高校時代の同級生(Bとしよう)の話

    ・エネルギーの大きいやつ同士が近づいてしまった問題

    ・18年くらい?会わなかった

    ・なぜ僕の近況を知っていたのか? ホームページはすごい

    ・お店もサイトも、再会のため

    ・生き方や考え方が違う人間がたまたま出会った、もちろん重なる部分もあった

    ・ちょっとずつ笑い話になっていく

    ・時間ってすごく必要 それ以上に「離れること」の重要性

    ・離れたからには、再会がなくてはならない 面白いから

    ・日記を書いているからこそ「変わってない」ことと「成長・成熟している」ことがわかる Podcastも今の「声」を伝えるためでもある

    ・SNS社会は「再会」がしやすい

    ・同じ日、高校時代の一個上の先輩(大親友)も来ていた(Cとしましょう)

    ・高校時代のジャッキーさん「ついに自分よりすごいやつが現れた!」(不遜)

    ・かっこよさ、スター性、言葉のきらめき

    ・自分とは正反対の道を歩んでいった彼

    ・友達の変化は歌手の「音楽性の変化」に近いのかもしれない

    ・もうしばらく「友達の話」にお付き合いください

    ・変わらない部分は変わらないのである

    ・そして金曜日のこと その高校時代の二大巨頭(B、C)がたまたま夜学バーに来て、肩を並べて飲んでいた(自分だけが面白い感動的光景)

    ・3人の目に見えない戦い(?)、みな衰えがない

    ・その能力(技術)はきっと仕事でも生きている


    ○話は逸れて、岡田淳さんのこと

    ・舞台『ふしぎな木の実の料理法』アフタートークでのお話

    ・岡田淳さんも演劇をやりたかったが、事情により教員になった

    ・ジャッキーさんも、もし親の借金とかいった事情があれば地元の公立中高の教員に落ち着いていたかもしれない その中で自分にできることを探っていたかもしれない

    ・教員、作家、演劇を結局はすべて全うした岡田淳さんのすさまじさ


    ○最後にもう一人

    ・日曜日にきた中学校教員時代の教え子(Dとする)

    ・一緒に東京から京都まで自転車で走るほどの仲

    ・高校くらいの時すでに「尾崎とは根本的に違う」とわかっていた

    ・そして静かに心は離れてゆくと

    ・夜学バー閉店中、新宿で奇蹟の再会を果たす

    ・お互い大人になってましてね

    ・ジャッキーさんはピーター・パンなのか説


    ○次回予告

    ・次は(ジャッキーさんが異様に詳しい)「ピーター・パン」という概念について

    ・ジャッキーさんは「再会」に命をかけている(コレクター)

    ・再会をストーリーに織り込んでいる

    ・エンデ作品のような無限の広がりと、その回収

    ・橋本治『蓮と刀』における幼児語という概念(詳しくはYouTubeに僕の講義があるので探してくださいませ)

    ・「幼児語って完結しながら続いていくんだもん」

    ・物語は、完結しながら続いていく 終わりながら続いていく

    Mon, 15 Apr 2024 - 40min
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